33話 湖の辺りにて
しばらく住んでいたダリアという街を去り、後ろにアネモネと森猫を乗せて、オフロードバイクは森の中の街道をひた走る。
勝手に動く乗り物と、後ろに乗せた見事な森猫の組み合わせに通り過ぎる人達の視線を集める。
話し掛けてくる商人もいたりするのだが、魔法で動く新型のドライジーネだと言うと納得してくれるのだ。
すべて魔法で済んでしまう。まさに魔法の言葉。
売ってくれとせがまれる事もあるが、こんなオーバーテクノロジーを売れるはずもない。
こんな姿では目立ってはしまうのだが、とりあえずは貴族から逃げる移動の間だけだ。
どこかに住み着いたら、オフロードバイクは緊急時以外は使わないだろう――と思う。
バイクのオドメーターで100㎞程来たが、ここから5~6㎞進んだ所に次の街があると言う。
街の名前はアストランティア。それにしても、とんでもなく広い森だ。
ダリアと同じように街の一歩手前まで森が続いているらしい。
これは迷い込んだら出られない――日本で有名な富士の樹海など可愛い物だ。
しかも奥にいけば行くほど凶悪な魔物が住むというからな。
それでも、忘れ去られた遺跡やダンジョンを探して、足を踏み入れる冒険者が多いと言う。
一攫千金――この言葉に、この世界の住民も弱いようだ。大抵の場合それは失敗に終わるものなのだが……。
それに宿屋のアザレアが言っていたが、ダリア――アストランティア間をショートカットするために森へ入る者も多い。
その理由は――最初ダリアの街を出た時は北に向かったのだが、いつの間にか東へカーブをし始めて回りこむような所にアストランティアの街がある。
結果的に、かなり遠回りをするような形になっているため、これを嫌い森の中を抜けてショートカットしようとする連中が結構いるのだ。
何故このような道のりになったかというと、魔物が薄い地域の森を切り開いた結果らしい。
森が少々切れた所に小川が流れていて、その上に石造りの小さな橋が掛かっている。
バイクを止めて、橋の上から覗くとキラキラと輝く水面に魚影が見える。
「魚がいっぱい、いるね!」
アネモネと森猫がバイクから降りると、下を覗きこんでいる。
魚達は橋の陰へ隠れているようだ。こうやって上空からやってくる鳥等の襲撃に備えているのかもしれない。
「こりゃ、魚を捕るしかないな」
時間も丁度昼前だ。昼飯の準備をするには良い時間だろう。
バイクはアイテムBOXへ収納して、橋の下へ降りる。川幅は2m程で、河原の両脇には森が迫ってきている。
水は澄んでいて、とても綺麗な水だが結構冷たいので森の中にある湧き水が源泉かもしれない。
「さて、どうやって魚を捕るか……」
シャングリ・ラを見ると釣り竿のセットが2500円ぐらいで売っている。必要な物が全部揃っていて、すぐに始められるキットだ。
こりゃ便利で安い。
「ポチッとな」
専用の鞄に入った、釣り竿セットが落ちてくる。伸縮する竿でリールや毛鉤等まで付いている。至れり尽くせりだ。
釣りなんて何十年ぶりだろうか。正直、小学生以来だな。30年近く前か……。
その時の釣りと言えば竹竿にテグスを付けて、ミミズで釣るのだ。
こんなリールやら毛鉤なんて使ったことがない。ウチの親父が釣り好きだったのだが、俺は釣りがあまり好きではなかったのだ。
子供の頃、無理やり釣りに親父に連れていかれた事もあったが、暇を持て余した――俺は待つのが苦手なんだよな。
そのくせ、ウチの親父なんて短気でどうしようもないのに、釣りだけはじっと座ってやっている。全く意味不明だ。
とりあえず、虫除けの魔石を置いて場所を確保。
たまに橋の上を馬車が通りすぎていくが、覗きこまれないと下は見えない。
こんなリールを使った釣りなんてやった事がないので、どうやって釣るのかも解らん。先ずは適当に、テグスに毛鉤を付けて水面へ投げてみる事にした。
水面にぽちゃんと毛鉤が落ちると水の上を漂い、そのまま下流へと流れていく。
これを水に落ちた虫と勘違いをした魚が食いつくわけだな。しかし鮎のような苔を食っている魚は、これじゃ釣れないのだが――。
鮎も毛鉤で釣る方法があると――聞いたことがあるのだが、ウチの近所ではやってる人はいなかったので詳しくは解らない。
ウチの親父は鈎針で引っ掛けるような仕掛けを作って鮎を捕っていたが、あれは違法だ。
まぁ、ここには漁業権等はないだろうから、どんな捕り方をしても良いだろうが電気ショック等は使いたくない。
あれは、ちょっとスローライフには相応しくない。どうしても食料が欲しくて切羽詰まれば別だろうが食事には困ってないからな。
毛鉤を引き上げて再度投げ込む――突然、水面が跳ねた。
慌ててリールを巻き始めると、パチャパチャと水面をかき分けて、黒い斑点と虹色の輝く魚が上がってきた。
「おおお! 釣れたわ! こんな簡単でいいのか?」
大きさは20cmぐらい――元世界のニジマスに近いのか? だが色がとても綺麗だ。
アイテムBOXからカメラを出して写真を撮る。
こういう写真を集めて図鑑を作りたいのだ。そうすれば、アネモネにも教える事が出来るからな。
俺に鑑定する能力はないが、鑑定する事は出来る。こいつをアイテムBOXへ入れれば良いのだ。
そうすれば名前がある物は名前が表示される。
「すご~い!」
釣り上げた魚に、アネモネが手を叩いて喜んでいる。やはり応援してくれる人がいると気合が入るものだな。
川岸にシャベルで穴を掘って生け簀を作ると釣ったばかりの魚を入れた。
「さて、もっと釣ってやるか!」
気合を入れて竿を握ったのだが――横目で見ると、さっき入れた生け簀の魚を森猫が狙っている。
「おい、ちょっと待て!」
目にも留まらぬ右フックを繰り出すと、森猫が魚を弾き出し咥えて逃げた。
お魚くわえた森猫~某国民的アニメの音楽が頭の中にリフレインする。
そんなに捕るの上手いなら最初から捕ってくれよ。
まぁ森猫が食うって事は安全なんだろう。淡水魚で毒持ちってのは聞いた事はないが、何と言ってもここは異世界。
何があってもおかしくはない。ただ、人間には毒だが、動物は平気ってのは意外とある。
例えば、マムシに噛まれると人間はヤバいが、犬は平気――とかな。
ウチの親父が海釣りをしていると、フグがよく掛かるそうなんだが、危なくて食えないので放り投げる。
すると、それを若いカモメが食うわけなんだが、バタバタと痺れるだけで死にはしないらしい。
だが、いっぺん毒に当たると、カモメも食わなくなるようだ。やっぱり学習するんだな。
しかし生魚とか食って寄生虫は大丈夫なんだろうか?
野生動物は基本全部生食だよなぁ……影響あると思うが。
シャングリ・ラで検索すると【犬猫用の虫下し】が普通に売っている。これから察して、やはり影響は少なからずありそうだ。
彼女が痩せてきたりしてたら飲ませてみよう。
俺が魚を釣っている間、アネモネにお湯を沸かしてもらう。
水は水石を入れた川の水だが、沸かせば大丈夫だろう。生き物も住んでいるし、鉱毒の心配もなさそうだ。
川の水ってのはどんなに綺麗に見えても、色々なプランクトンや原生動物がいるからな。
アメーバー赤痢の心配もある。生水は危険だ。
ふたたび毛鉤を川面に投げ入れ、都合5匹――いや、森猫に食われた分を入れて6匹釣った。
その1匹を、しめてアイテムBOXへ入れてみると――【虹マス】と表示が出た。
そのまんまやん。
早速、まな板をアイテムBOXから出して、三枚におろす――と言っても刺し身で食うわけではない。
淡水魚は寄生虫が怖いからな。ちょっと無理。
アイテムBOXから、モバイルバッテリーとフードプロセッサーを出して、三枚に下ろした魚を投入。
調味料、塩、小麦粉――後はなんだっけ? そうだ、つみれと言えば生姜だな。
シャングリ・ラから瓶に入った生姜を買う、250円だ。
全部をフードプロセッサーへ投入してスイッチON! あっという間に粘りが出るから、それを丸めて鍋へ投入すれば良い。
中華スープの素を入れて、圧力鍋の蓋を閉じる。
これで20分もすれば、つみれ汁の完成だ。つみれから出汁が出るから、塩か醤油でも良いんだけどな。
時間が来たので圧力鍋を川に浸けて温度を下げると、勢いよく蒸気が吹き出す。
「よっしゃ! 完成だ。食おうぜ」
「うん!」
スープを深皿に盛り付け、パンもアイテムBOXから出す。
川辺で魚を釣って、つみれ汁か――これはスローライフっぽいぞ。ちょっとポイント高いんじゃね?
この調子で、シャガ討伐戦というバイオレンスに傾いた非日常から脱出するのだ。
あれは悪夢! 無かった事にしたい!
「美味しいね! ケンイチの料理は、みんな美味しい!」
最近、よく食べるアネモネだが彼女の自己申告によると12歳――だが、それにしては身体が小さい。
多分、碌な食事にありつけず栄養不足なんだろうなぁ――と思う。
俺も一口つみれを食べてみる。中々美味いな。生姜が魚の生臭さを上手く中和している。
ヤマメやイワナ等の川魚は生臭かったりするからな。やはり生姜は必須だろう。
腹もいっぱいになったので、今後の作戦を練る。
このままアストランティアの街に行くのもなぁ……それじゃスローライフにならんぞ?
この川沿いに良いところがないかな? この川なら魚も沢山いるみたいだし……。
このまま川を下ってみるか……。
だが、良い事を思いついた。
「ドローンはどうだ? ここから飛行させて、周囲の地形を把握出来ないだろうか?」
「どろーん?」
俺の独り言を聞いたアネモネが不思議そうな顔をしている。
早速シャングリ・ラでドローンを検索する。 評判良さそうなのは、2万円ぐらいの機種だな。
あまりショボイのを買っても後悔する事も多い。安物買いの銭失いって奴だ。
要はラジコンみたいな物だから、この世界でも使えるだろう。トランシーバーだって使えたしな。
だが、スマホ必須みたいな物もあるようだ。この世界じゃスマホは使えない。
中古のスマホを買って、スタンドアローンで動かせば良いのか? ――と思ったのだが、アプリをダウンロードしてインストールしなければいけないようだ。
それじゃ無理だな。
「ポチッとな」
漆黒のアタッシュケースが落ちてきたが、これがドローンの箱らしい。そいつを開けて黒いドローンを取り出すと、ローターが4つあるクワッドタイプだ。
コントローラーは液晶モニター付き――ということは、このモニターを見ながら飛ばせるって事か。
すげぇぇ。ドローンなんて初めて買ったが、今はこんなにハイテクになってるのかよ。
世の中進歩しているな。歳を取ると新しい事に挑戦する事が億劫になってしまうんだよな。
これじゃダメだと解っていても腰が重くなってしまう……。
いやいや、そんな事はどうでも良い――とりあえず飛ばしてみよう。
ドローンとコントローラーにバッテリーを挿入して、スイッチON!
こいつにはジャイロが入っているので、操作は簡単だと書いてある。別に飛び回らせる必要はないのだ。
高い所に登って、周囲を見渡せれば良い。説明書には高度は100m程と書いてある。
「よし! いけぇぇぇ!」
コントローラーのレバーにかかっている親指に力を入れると、機体がふわりと浮かんだ。
「凄い! 飛んでるぅ! これって魔法?」
ドローンを見たアネモネがはしゃぎ回っている。
「まぁ、そんなもんだ」
機体は安定して、ホバリングも可能のようだ。そして、モニターにはドローンに搭載されているカメラからの映像が映し出されている。
こいつはマジで凄い。感激もそこそこに、ドローンを垂直上昇させて周囲を見渡す。
モニターに映ったのは、川の向こうに見える大きな湖。
「へぇ、この川は湖へ流れ込んでいたのか」
そして、川の左手には、小さな村が見える。
街道の途中に小さな脇道があって、看板にはサンタンカと書いてあったから、その村の事だろう。
そのままドローンを180度回すと、彼方にアストランティアの城郭が見える。
アストランティアの背後には結構高い崖が続いているのだが、その崖に沿うように街道が続いているようだ。
「よし、決まった! とりあえず湖まで行って、景色の良いところを探そう」
「うん!」
そのままドローンを少し飛ばしていたら、上空に黒い鳥が集まってきた。
どうやらドローンが彼等の縄張りに入ってしまったらしい。攻撃をしかけようとしている。
「ヤバいヤバい」
すぐにドローンを降下させて回収した。こいつには、まだまだ使い道はある壊されちゃ堪らん。
例えば、崖の上がどうなってるか調べるとか、廃墟の中がどうなってるか調べるとかな。
食事の後片付けをして、ドローンをアイテムBOXへ収納すると、両脇に木々が茂る河原を下流へ下り始めた。
ちょっと河原は凸凹しているので、バイクは使えない。
そういえば、森猫の姿が見えないが、どこへ行ったのであろうか? 新天地の縄張りを主張すべく辺りをうろついているのかもしれない。
緩やかな小川なので道は険しくない。歩いた距離は3㎞程であろうか。
木々が途切れると目の前に、深い緑に囲まれた巨大な湖が広がっていた。
俺から見た正面、森の向こうには山が見える。標高は500~600mぐらいだな。
「こりゃ、デカいな!」
こんなに大きな湖でも森の木々に遮られているので全く存在が解らなかった。
鏡のような水面――そんな例えがあるが正に鏡だ。 湖畔に行くと小さな砂浜にチャプチャプと、これまた小さな波が打ち寄せている。
「こりゃ、綺麗だわ」
「うん」
透き通る冷たい水、かなり深くまで底が見え青から緑色にグラデーションが掛かったように色の変化が美しい。
これだけ綺麗なら、保養地や別荘地になってもおかしくないのになぁ。
見渡す限りでは家らしき物は小さな村だけだ。
シャングリ・ラで双眼鏡を検索すると20倍の双眼鏡が2500円ぐらいで売っている。恐らくは某国製だと思うが、評価は悪くない。
【購入】ボタンを押すと双眼鏡が落ちてきた。
双眼鏡を覗き込む――結構よく見えるじゃないか。高いのは手振れ補正とかが付いているのだが、これでも十分だ。
村の方を覗くと、小さな舟がいくつも見える――という事は、ここの湖の魚を捕っている漁村なのか。
反対側を双眼鏡で覗くと、高さ10m程の崖が湖に沿って走っているのだが、そこに木々に埋もれるような滝を見つけた。
「おっ! 滝だ! あそこなら、景色が良いんじゃないか?」
アネモネにも双眼鏡を覗かせてみる。
「凄い! 遠くが近くに見える!」
俺はオフロードバイクをアイテムBOXから取り出すと、首に双眼鏡を掛けたままのアネモネを後ろに乗せて、湖畔を走りだした。
アネモネは双眼鏡をえらく気に入ったようだ。
水際は砂が固まっていて走りやすい。滝までの距離は5㎞程だろう。
水しぶきを上げて、オフロードバイクでゆっくりと走っていくと滝が見えてきた。
水際から滝までの距離は100mぐらいだろうか。滝の水量はあまり多くなく腹に響くような低音もない。
滝壷からそのまま湖へ注いでいる川の所で森の木々が途絶えて、向こう岸にはまた緑が続いている。
この湖の周りは、森で囲まれているのだ。
危険性はどうなんだろうか? 漁村があるぐらいだから、岸辺なら大丈夫そうだが……。
「にゃ~ん」
何処かへ行っていた森猫が、木々の間から出てきた。
彼女の顔を見ても大丈夫そうだな。
「良いな、ここなら水がたっぷりあるし、井戸を掘らなくても済む」
この周りを少し伐採して畑を作れば良い。便所も水洗に出来るかもな。
ここを、第2のキャンプ地としてみるか~。
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