32話 旅立ち
野盗のアジトから助けだした女達と一緒に狭い家で暮らしている。
これだけ人数がいれば――あいつが気に入らないとか、こいつがダメだとか普通は始まるのだが、苦境を共にした女達故、結束は固い。
それから女達は男を見つけて転がり込んだり、就職したりで1人また1人、俺の家からいなくなり――最後にアリッサだけが残った。
アネモネもいるのだが、まだ12歳だ。この世界では働き始める歳だって言うが、もう少し勉強させてやりたい。
結構頭も良いし覚えも良い。磨けば光る宝石だと思う。
しかし、アリッサは困った。
街では、貴族が俺の事を探しているなんて話も聞こえてくる。
市場の人間は、皆が貴族嫌いなので口を噤んでくれているようだが、いずれはバレるだろう。
そりゃ街中でトラックや重機まで出して、あれだけ暴れたんだ。人の口に戸は立てられない。
限界だな――。
早急にアリッサの勤め口を探さなくてはいけない。
それと並行して撤収の準備を始める事にした。家の周りに植えたマリーゴールドを抜き、柵をばらし始める。
完全にバラバラにする必要もない。ある程度パーツになっていれば、そのままアイテムBOXへ収納出来るのだ。
太陽発電パネルも収納して、エンジン発電機に切り替えた。これなら咄嗟の撤収でも、すぐに逃げられるからな。
アリッサと話して、仕事が決まらない原因が何かを知る必要がある。
「あたしは、上がり症なんで……面接やらになると、喋れなくなってしまうだ……」
「力は強いし、正直で働き者なんだがなぁ。その良い所をアピール――いや、雇い主に訴えられないとな」
これだけ力が強いなら冒険者でも良いんじゃね? ――と思うのだが、この力持ちは血が全くダメ。凄く臆病者なのだ。
俺は最後のコネを使うことにした。
------◇◇◇------
「よくぞいらっしゃいました」
マロウ邸の裏庭で主のマロウさんが出迎えてくれた。
そう、俺の最後のコネはマロウ商会だ――というか、コネがあるのは、ここしかない。
「この度は無理なお願いをいたしまして、申し訳ございません」
「いいえ、何をおっしゃいます、娘の命の恩人に報いねば商人の名が廃ります故。こちらが多大な御礼をしなければならないのに商品まで頂いてしまって……」
「戦の支度金は、あくまで前借りでしたから――商人ならば、約束を守らねばなりません」
「そう言っていただくと、助かりますが……」
マロウさんに、アリッサを紹介する。
「この娘なんですがね。とても正直者で力は強く、良く働くのですが、口下手のせいか職が決まりませんで……」
「おお、そうでしたか」
早速、彼女の働きっぷりを見てもらう。論より証拠だ。
マロウ邸の裏庭を少し歩いた所に、倉庫と荷物の積み下ろし場所がある。
そこで、アリッサのパワーのデモンストレーションを行う事になった。
彼女は、大の男でも数人がかりで運ぶ荷物を軽々と持ち上げて荷馬車へ積んでいく。
「ほう! これは凄い力持ちだ」
「獣人並ですね」
マロウ親子も驚くその圧巻のパワー――まさに人間起重機。
獣人は読み書きと計算は出来ないし、複雑な手順などは覚えられないが彼女は違う。
「彼女は読み書きと簡単な計算も出来るんですよ。ただ、玉に瑕と言っちゃなんですが、非常に大飯食らいでして……」
アリッサは口下手なので、俺が彼女の説明をする羽目になっている。彼女は本番に弱いタイプだ。
「3人分の力持ちは、3人分飯を食うというわけですな。よろしい、雇わせていただきましょう」
「ありがとうございます。ほら、アリッサもお礼を言って」
「あ、ありがとうございますだ!」
彼女は大柄な身体を小さくして、ぺこりとおじぎをした。
「ああ、もう一つ。彼女は非常に力持ちなのですが、凄く臆病で戦い等には向きませんので、そこら辺を考慮してやって下さい」
「お優しいのですね」
プリムラさんは、女達が寝泊まりしていた俺の家へ何回か訪れているから、彼女の事も少々知っている。
最初、女達と一緒に暮らしている事を知ったプリムラさんは不機嫌だったのだが、人助けの為だと理解してくれたようだ。
「よ、よろしくお願いしますだ。お嬢様!」
「プリムラでいいですよ」
アリッサはひたすら恐縮しまくっている。大丈夫かな?
彼女の心配をしていると、プリムラさんが俺に話しかけてきた。
「ケンイチさん。人の心配をするよりも自分の心配をなされては?」
「ああ、貴族の事ですか? 街の噂は聞いていますよ。なぁに、私がいなくなれば全てが解決するでしょう」
「ケンイチさん! 街を出るおつもりなんですか?」
「まぁ、そういう選択もあるって事です」
「一度、領主様に謁見してお話を聞かれた方がよろしいのでは? ここの領主、アスクレピオス伯爵様は、そんなに悪い方ではありませんよ?」
「それでも私が凄い魔導師だとバレて、徴発を命令されたら逆らえないのでしょう?」
「た、確かにそうですが……」
マロウ親子には世話になったが、プリムラさんを助けた事で恩は返しただろう。
やはり、そろそろ限界だ。
マロウ邸を出て家に帰ると、アネモネに今後の事を聞いた。
「アネモネ、俺はこの街を去る事にした。このままだと貴族に捕まって働かされる事になるからな。君はどうする? アマナの所へ行くか?」
「……ケンイチと一緒が良い」
「住む所がなければ、しばらく野宿になるかもしれないぞ?」
「うん」
「そうか――解った」
多少読み書きを教えたからといって、放り出すわけにもいくまい。アマナの所が良いと思ったが、本人が望むのであれば仕方ない。
そうと決まれば、早速、逃げる準備を始めた。
柵は撤去し終わっていたので、後は風呂と便所と井戸だけだ。
みんなバラしてアイテムBOXへ収納。井戸は途中まで塩ビ管を引っこ抜いて、パワーショベルで埋めた。
苦労して井戸を掘ったが仕方ない。この経験は次に活かせるはずだ。
水場のコンクリートもパワーショベルで破壊してステータス画面のゴミ箱へ全て投入。
堆肥は……そのままで良いか。森の栄養になってくれるだろう。
下水の浄化槽なども全て取り外した。
残るは家だけだ。こいつをアイテムBOXへ収納すれば、全てが無くなる。
だが、辺りが暗くなってきたので、次の日に持ち越すことにした。
家――アイテムBOXへ入るよな?
大きさ的には大丈夫のはずだ。トラックだって入ったんだし……。
夕飯をアネモネと一緒に食べた後、シャングリ・ラで中古のオフロードバイクを購入した。
バイクの免許はちゃんと持ってる。中型免許ってやつだ。今は呼び方が違うらしいが。
俺の親父が車の免許を取った時は、自動二輪ってやつがタダで付いてきたらしい。
限定解除しなくても大型バイクに乗れる羨ましい免許だ。
買ったのは、250ccの古い2ストバイク――10万円也。わざわざ古い2ストにしたのは、シャングリ・ラで売っている混合燃料を使えるからだ。
それにシンプルな構造で壊れにくい。まぁ燃費が悪くて環境にもよろしくはないけどな。
オイルタンクに入っている2ストオイルは要らなくなるので、デフォルトで装備されているオイルポンプを殺す。
街ではドライジーネと呼ばれる自転車が流行っているので、一見変わったドライジーネって事で誤魔化せるだろう――多分。
こいつで、スローライフのために良い場所が見つかれば良いのだが。
------◇◇◇------
――次の日。
朝起きると、飯を食って出発の準備をする。
だが荷物は全てアイテムBOXの中だ。着の身着のままで出発できる。なんという便利機能。
そして少々心配なのだが、家をアイテムBOXへ収納してみた。
「家、収納!」
消えた――見事に消えた。アイテムBOXの中には【小屋】×1 となっている。俺の心配は杞憂だったようだ。
しかし、家じゃなくて小屋なのかよ。アイテムBOXの判断では、これは小屋らしい。
まぁ買った時の品名も小屋だったしな……。
だが土台まで一緒に吸い込まれたのは良かった。家の一部と、みなされたのか。
これで綺麗さっぱり無くなった。残っているのは畑だった所だけ。
アネモネに子供用のゴーグル付きのヘルメットを買ってやる。
「これを被ってな。倒れたりすると危ないから」
「うん」
地面に小さい板を敷き、アイテムBOXからオフロードバイクを取り出して、チョークを引く。
板が無いと、スタンドが腐葉土にめり込んでしまい、バイクが倒れてしまう。
キックでエンジンを掛けると、甲高い2ストエンジンの音が森にコダマし、サイレンサーから白い煙が噴き出る。
先ずは俺が乗ってから、地面に敷いた板をもらいアネモネを乗せる。
恐る恐るバイクに跨る彼女だが――まぁ、こんなの乗るなんて初めてだろうから、おっかなびっくりなのは仕方ない。
「横に飛び出ている所に足を乗せて、手で俺の腰を掴んでくれ」
アネモネに腰骨の所に掴まるように指示する。
「こう?」
「よし、いい感じだぞ。これに乗ってるときは、後ろで勝手に動くなよ、危ないからな」
「うん」
いざ出発! ――と思ったら、森から黒い影が出てきて、俺の脚に絡みついた。
「なんだ、お前か」
「にゃ~ん」
やって来たのは、森の間から差し込む木漏れ日に黒い毛皮が艷やかに光っている森猫だ。
彼女は身体を擦りつけてくるのだが――。
「よしよし、お前も達者で暮らせよ」
「にゃ~ん」
森猫の頭を撫でて、さよならをする。
「じゃあな」
俺はスロットルを煽ると、クラッチを繋いで森の腐葉土の中を走り始めた。進行方向は西だ、街道を目指す。
なに、急ぐ必要はない。ゆっくり時速10㎞~20㎞ぐらいで走れば良い。
心残りと言えば――マロウ親子をはじめ、世話になった皆に別れの挨拶が出来なかった事か。
だが話せば辛い別れになるだろう。それに皆を俺のゴタゴタに巻き込む事もしたくないしな。
これで良いんだ。
勝手な解釈で自分を納得させる。
しかし横を見ると――森猫が付いてくるではないか。
「おいおい、俺達は別の所へ行くんだぞ? 森猫が故郷の森を出て良いのか?」
何回か止まるのだが、それでも森猫が付いてくる。
「もしかして、俺達と一緒に行くってのか? 本気なのか?」
言葉が解っているのかは不明だが、彼女は身体を俺の脚に擦り付けるのだ。
「解った解った」
バイクを止めて一旦休止だ。シャングリ・ラを検索して、エー○ンステーという穴が開いた汎用の長い板を買う。
ボルトとナットを一緒に購入して、ステーとリアキャリアを交差するように水平に2本取り付ける。
その上に箱を取り付けて、彼女を乗せたいと思うのだが――いい箱が見つからない。
木の箱が良いのだが、あまり大きいのは売っていないようだ。森猫が入るのだから横は80㎝ぐらいは欲しい……。
少々悩んで、透明なプラ製の衣装ボックスを買うことにした。これに木目調のシートを貼って誤魔化す作戦を実行する。
木目調になった衣装ボックスをボルトでステーに固定して、中に彼女が使っていた毛布を敷き詰めて完成だ。
「俺達と行くとなると、こいつに乗らないとダメだぞ? 乗れるか?」
まさか、ずっと走って同行させるわけにはいかないからな。
俺の言葉を理解したのか、森猫は全身のバネを使ってぴょんと飛び上がると、衣装ボックスの中へ着地した。
「そうそう、そんな感じだが――これで大丈夫かな? 落ちるんじゃないぞ?」
まぁ、野生動物だ。このぐらいの高さから落ちても平気だろうとは思うが……。
改めて、俺とアネモネが乗り込んで、オフロードバイクを発進させる。
2人乗りの経験はあるが3人乗りなんてやった事がない。ゆっくりと柔らかい腐葉土の上を進んでいくと、5分程で街道へ出た。
ハンドルを右に切ると北へ向かう。ここから先は森と緑が多いと言う。
どこか水のある場所――眺めの良い綺麗な池か湖の畔が良いが、そんな場所はあるだろうか?
不安はあるが期待もある。そこで今度はスローライフが行えるだろうか。
もう金はあるんだ。アイテムBOXを見せて商売をする必要も、しばらくはない。黙って普通に暮らしていれば、怪しまれる事もないだろう。
なるべく、この世界の金を使って現地の食材で暮らせば、シャングリ・ラというブラックホールへ金を入れないで済む。
それか、どこかの鉱山で貴金属でも掘って、シャングリ・ラへチャージする手もあるな。重機も道具もあるんだ。燃料代以上を稼げれば、ワンチャンある。
それに、この世界では役に立たない鉱石でも、シャングリ・ラなら買い取ってくれるかもしれない。
それから俺以外の転移者がいるようだが、相手は敵国にいるようだし、あまり会いたくはないな……。
転移者同士で戦うなんて勘弁だぜ。
まぁ時間はあるんだ。落ち着いてから、ゆっくりと考えれば良いさ。
時速30㎞で30分程街道を進むと、前方から見覚えのある顔が荷馬車でやって来た。
一番初めに街へ案内してくれたフヨウという商人だ。
「やぁ! フヨウさん。お久しぶりです」
「こりゃ、いつぞやの」
商人が馬車を止めて、挨拶を返してくれた。
「私も商人になれましたよ」
彼に商人の証――細い金属の棒を見せた。
「これからどちらへ? その乗っている物は、街で流行りのドライジーネですか? その後ろにいる見事な森猫は?」
立て続けに質問が飛んでくる。
「行く先も決まっていない、あてもない旅ですがね。これは私専用のドライジーネ。 後ろに乗っているのは彼女ですよ、ははは」
俺の軽い冗談だったのだが、商人はちょっと引き気味の表情をしている。
後ろに乗っている少女と森猫、どちらが彼女だと言っても、あまり良い冗談ではなかったようだ。
だが、ドライジーネと聞いて、マロウ親子の事を思いだした。
バイクを止めて、アネモネと森猫に降りてもらう。
そして、スケッチブックをアイテムBOXから出して、以前に書いた新しいドライジーネのページを捲った。
俺が、スケッチブックに描いていたのは、元世界で昔に流行った前輪が大きい自転車と、足踏み式の自転車だ。
そこにマロウ親子への手紙を描いた。マロウさんなら、この自転車を実用化してくれるだろう。
「フヨウさん、この手紙をマロウ商会へ渡してくれませんか?」
手紙と一緒に駄賃の小四角銀貨1枚(5000円)を渡した。
「マロウ商会ですね? ははぁ、そのドライジーネはマロウ商会の物ですか……確かに受け取りましたよ」
勝手に勘違いをしてくれたようだが、都合が良い。
「よろしくお願いいたします」
「それでは、旅の安全を願ってますよ」
「ありがとうございます」
フヨウという商人に別れを告げて、街道を再びオフロードバイクで走り始めた。
森の木々の間からのぞく、青い空と白い雲。
そのうち、なんとかなるかな?
こうして、オッサンと少女、獣1匹の次の目的地探しが始まった。