31話 異世界の女子校は森の中
野盗の討伐が成功して金の分配も済んだ。
ギルドからの金は大金になるので、支払いにはもう少し時間が掛かると言う。
事が済んで、いざ家に帰ろうとしたら女達が俺の後を付いてくる。
話を聞けば、住居と仕事を探すまで金を節約したいので俺の所へ泊めてほしいと言うのだ。
まぁ、可哀想な目に遭った女達が困ってるって言うんだから放ってはおけないが……。
「俺の家は森の中にあるんだぞ? それは聞いたか?」
「ええ、ちょっと怖いですけど旦那は住んでるんでしょ?」
「まぁな、今のところは大丈夫だ」
「畑もあるんだべ? オラが手伝うからよ!」
アリッサが腕をまくり、力こぶを作って俺に見せてくる。
「畑っていっても小さな畑だぞ?」
何故か皆が乗り気だ。断る理由も無いし人助けのついでだ。
それに、いつまでも居候だと困るが、仕事を探すまでの間って約束だからな。何ヶ月もいるつもりでも無いだろう。
女達をぞろぞろと引き連れて門から城壁の外へ出ると――俺が作った道を通って家に到着した。
「ほら、ここだぞ? この小さい家に12人も泊まるって言うのか?」
女達は、辺りを見回しながら森の中に建てられた焦げ茶色の家に驚いている。
「旦那が良いのなら、わたし等は狭くても全然構いませんけど……」
まぁ、悪党のアジトでは狭い所へ押し込まれて、雑魚寝させられていたようだからな。
「宿賃は要らないけど食費は取るぞ? これだけの人数だと食材だけでも大金が掛かるからな」
その件も皆が了承してくれた。
あまり、わがままを言うようなら断っても良いのだが、身寄りのない女達ばかりだ。
他に頼る所が無いんだろう――仕方ない。
皆で家に近づいたのだが、陰にいた黒い動物に女達が飛び上がって叫んだ。
「ぎゃぁぁ!」
「なんだ?!」
陰から出てきたのは森猫だった。
「なんだ、お前か」
彼女の口には黒い毛皮の獲物が咥えられている。だが、3日程留守だったので、すでに死後硬直が起きて獲物の鮮度がかなり落ちている。
こりゃ肉にするのは無理だな……。毛皮としてもどうなんだ?
一応、アイテムBOXへ入れておいて後で冒険者ギルドで聞いてみるか。ダメなら彼女には悪いが、ゴミ箱行きだな。
「よしよし、ありがとうな」
彼女の喉を撫でると、ゴロゴロと音を鳴らして応えてくれる。
「はぁぁ、びっくりしたぁ。その森猫は旦那の知り合いですか?」
「ああ、噛んだりしないから心配するな」
アネモネが俺の隣へやって来て、一緒に森猫の背中を撫でてニコニコしている。
あまり笑顔を見せない子だが、森猫は可愛いらしい。
「調教師だって聞いたけど、本当だったんですね」
「もう、そこら辺も内緒にしてくれって言ったのに」
まぁ、本当は調教師じゃないけどな。家の扉を開けると森猫が黒い身体をくねらせ中にするりと入った。
「あそこにある板は、なんだい?」
女の1人が、太陽電池パネルに気がついたようだ。
「ああ、あれは魔法に関する物だから、聞かないでくれ」
「畑も、もっと広くするっぺ!」
畑を見たアリッサが大声を上げたのだが――。
「俺1人なら、このぐらいで十分だよ。それに畑を広げて、作物が大きくなる頃には誰もいなくなるんだろ?」
だが、皆が黙る。
何故、黙る?
少々、先行きに不安を感じながらも、ここまで来て、いまさら追い返すわけにもいかない。皆で一緒に住むことになった。
本当に、マジデスカ?
だが、この人数が住むとなったら、多少は手を入れないとダメだろうな。
先ずはスペースの問題だが、それは2段ベッドを購入して解決することにした。
女達が10人だから、2段ベッドが5つあれば良いだろう――ということで、シャングリ・ラを検索して、一番安いパイプベッドを2万円で購入した。
木製のベッドも4万円程で売っているのだが――この2段ベッドは、これっきりしか使わないだろうから、なるべくコストを抑える事を優先する。
このベッドは女達がいなくなったら下取りに出してしまおう。
力持ちのアリッサにベッドの運搬と組み立てを手伝ってもらう。
ただ、大人数でワイワイガタガタと騒々しいので、家の中にいた森猫は不機嫌そうに、シンクの前で丸くなっている。
「これなら、上下で2人寝られるから、雑魚寝にならないで済むだろう?」
「こんな立派なベッドを用意してくれなくても良いのに、旦那は人が良いって聞いてたけど、本当に人が良いねぇ。こんな人じゃ悪い女に騙されるんじゃないかと心配だよ」
「別にお前らに心配されなくても大丈夫だ。その手の修羅場は、それなりにくぐっているんで、騙されたりはしないから」
「え? それって、どんな修羅場なんですか?」
「あたしも聞きたいんですけど?」
「あたいも~」
あ~非常に煩い。女が3人いれば、かしましいって言うが――それが10人だからな。
女子校の教師とか、こんな感じなんだろうな。
「そんな事よりベッドの設置を手伝え」
「「「は~い」」」
完全に乗りが女子校だ。
2段ベッドは買ったが、下に敷くマットレスも買わないとダメか。
う~ん、一番安いマットレスが3000円か……こいつも10枚必要だな。
それとシーツだ。この世界では定番の麻のシーツを買おう。
「ポチッとな!」
マットレスとシーツが10枚落ちてくるので、女達にベッドへ敷かせる。毛布は俺がやった物があるので、それで十分だろう。
この狭い中に俺とアネモネ、そして女達が10人。狭い部屋の中には女達の匂いが充満する。どんな状況だよ、これは。
結構、美人揃いなので、ハーレムと言えない事も無いが……。
だが、困った問題が1つ起きた。
アリッサの巨躯がベッドに入らないのだ。
デカいダブルのベッドを買えば良いのだが……。
「あたしなら床で寝るだべ」
「それでいいのか? それじゃ、その柔らかい敷物を床に敷いてくれ」
それに床に直敷きすると、身体から出る水分で床が濡れるんだよな。畳なら通気性があるから大丈夫なんだが……。
こういうフローリングだとマットレスにカビが生えたりする。毎日、乾燥させないとダメだ。
「それじゃ2段ベッドが1箇所開くからそこにアネモネが寝れば良い」
だが、その話を聞いたアネモネが首を振る。
「え? 嫌なのか? それじゃどうしたら良い?」
「ケンイチと一緒に寝る……」
「え~、俺とか?」
「……」
アネモネの顔が急に悲しげに変わる。
「待て待て、アネモネの事が嫌いじゃないんだよ――解った解った、一緒に寝てやるから」
「……うん」
まぁ、いきなり親に売られたりしたからなぁ。子供としてはショックだったろうな――そのせいで愛情に飢えているのかもしれん。
「アネモネには読み書きと計算も教えてやるからな」
「え~っ! ずるい! あたし等にも教えてよ!」
「ええ? お前等にもか、そりゃ構わないが……」
「だって、読み書きと計算が出来れば、仕事だって色々と出来るでしょ?」
「なるほど、一理あるな」
この世界で女達が出来る仕事ってのは限られている。女には厳しい世界だ。
「勉強もそうだが、ブラウスとスカートを、もう1着ずつやろうか? 換えが無いと、洗濯をする時に不便だろう?」
「いいんですよ旦那、そこまでしなくても。そのくらいは自分達の金で買いますから。もう、本当に人が良いんだから」
俺にしてみれば、シャングリ・ラで一番安いブラウスだからな。
だが街で買えば、その20倍~50倍以上は軽くする。何せ全部、手織りなのだから。
故に金の無いやつは、服がボロボロになっても継ぎ接ぎをして着続けるのだ。
ベッドの設置が終わったので、外を案内する。
「ここが水場だ。この鉄の瓶の中に水が溜まるから、これを使ってくれ。洗い物とかもここでな」
ここは風呂場だが、この人数で風呂は無理だ。そのまま水瓶として使う事にする。
井戸で身体を洗ったりするのは、この世界では普通なので、それで我慢してもらう。
「旦那、井戸はどこにあるんだい?」
「あの、小さな祠みたいのが井戸で、魔法を使って汲み上げているんだよ」
「へぇ~」
続いてトイレへ案内する。
「これが便所だ。こうやって座ってする」
「ええ? 変なのぉ」
この世界の便所はウンチングスタイルだからな。当然、洋式便器は無い。大体陶器製の便器なんて超高級品だ。
王侯貴族しか買えない。
「し終わったら、この紙でケツを拭け」
「ええ~? 紙をこんな事に使ってもいいんですか?」
「ああ、街の奴らには内緒だぞ?」
「へぇぇぇ……」
なんだか感心しきりなんだが。まぁ、この世界じゃ紙も高級品だからな。紙でケツを拭く奴なんて誰もいない。
それが貴族様でもだ。
それじゃ、皆はどうやってケツを拭いているかと言うと――便所にある溜め水で、パシャパシャ洗うわけだ。
「便所の下にある容器が一杯になったら、あそこにある土と枯れ草を混ぜて肥料にする」
ただ、さすがに10人にもなったら、すぐに一杯になりそうだな。
重機で穴を掘って、もっと大型の容器にするか――それとも、毎日こまめにやるか。
う~ん、女達がいるのは、そんな長期じゃないはずだからなぁ。このままでも良いかな……。
汲み取りも肥え作りも、この世界では普通の作業だ。どこでも普通に行われているので、女達にも抵抗は皆無。
俺が住んでいた元世界のド田舎でも、普通に汲み取りだったから俺も平気だ。
だが、元世界で生まれた時から水洗トイレしか使っていなかった奴が、こんな世界へ転移してきたら、さぞかしストレスが溜まると思う。
「じゃぁ、最初からあそこでしちゃえば良いんだべか?」
アリッサが堆肥のある場所を指差す。
「お前がそれで良いなら、構わないが……」
どうも、文化の違いってのは、いかんともしがたい。
だが、合わせて12人分の下の量はかなりになる。きちんと管理しなければならない。
身の回りを清潔に保つ――ってのが、文化的な生活の第一歩だからな。
それと、薬用石鹸で手を洗わせる習慣を付けさせないと。寄生虫とかの心配があるからな。
それから12人ともなると洗い物の量も膨大だ。それ用に大型の洗濯機を購入するか迷ったが――。
皆が手洗いをするようなので、それに従う事にした。
大型の電化製品を買っても彼女達が居なくなれば無用の長物だからな。
部屋の中はベッドで一杯になってしまったので、食事は外にテーブルを並べてするしかない。
雨が降ったら大変だな。その日は家の中でパンでも食うしかない。
カセットコンロでお湯は沸かせるので、カップスープぐらいは出せるだろう。
それでは――ということで、皆で晩飯の準備をしていると森の外からミャレーがやってきた。
「楽しそうだにゃ! ウチも泊まるにゃ!」
「おいおい、家の中はびっちりなんだぞ?」
「ウチ1人ぐらいどうとでもなるにゃ。 梁の上で寝ても良いにゃ」
「本気か?」
獣人は3世代ぐらい一緒に住む大家族構成。しかも一夫多妻も有りらしいので、家の中が騒がしいのは普通だと言うのだが。
「しかしミャレー、こんだけ人数がいるから、風呂は無理だぞ?」
「まぁ、仕方無いにゃぁ」
皆で一緒の食事をして、終わる頃には辺りは真っ暗。
後片付けをする女達にランプを渡して、俺は部屋の中へ戻る。
この世界は暗くなったら寝る――そして明るくなったら起きる、そんな世界だが寝るにはちょっと早すぎるな。
そうだ――女達の勉強の準備でもするか。
シャングリ・ラを検索すると、A4サイズの黒板が売っていた――値段は1500円でチョークと小さな黒板消しが付いている。
これだな、こいつを11枚購入する。それから追加のチョークか。これは72本入りで500円で売っていたので、こいつで良いだろう。
この世界でも黒板と白石というチョークのような物があるので、女達に持たせたら、そのまま使えると思う。
餞別に持たせてあげよう。
問題は教科書だな。例えば読み書きを教えるのに五十音表が人数分が必要になる。
まさか、このためにPCとプリンタを買うわけにもいくまい。さて、どうしたものか?
「印刷――印刷かぁ、そうだ! ガリ版はどうだ?」
シャングリ・ラでガリ版を検索すると、油紙やスクリーン、インクとローラーまで売っている。
全てセットになってる物が売っていたので、そいつを購入してみた――7000円だ。
珍しくダンボールに入ったセットがドシャ! ――と落ちてくる。中を覗くとそれらしい物が入っているのだが――。
俺の記憶の中にあるガリ版は、鉄筆とヤスリのような鉄板を使っていたはずだ。それが無い。
だが、説明書を読むと印刷は出来るようだが、ガリ版というよりはシルクスクリーン印刷に近い物らしい。
原理的には一緒かもしれないが、何か違うよなぁ……。まぁ、無い物ねだりをしても仕方がない。
それとガリ版と言えば、わら半紙だ。1000枚が2000円で売っていたので、こいつを購入した。
これで、皆の教科書を作る事にしたが、本を作って市場で売っても面白いかもな。挿絵は俺が描けばいいわけだし。
「何やってるにゃ?」
「皆が読み書きを習いたいって言うから、その準備だよ。 ミャレーもどうだ?」
「あにゃにゃ! ウチ等は読み書きは全くダメだから要らないにゃ」
獣人達の記憶力が悪いわけではない。道も覚えているし、人の顔だって覚えている。記憶力はそんなに悪くない――むしろ良いぐらいだ。
だが、文字がまったく覚えられないらしい。
元世界でも難読症っていう読み書きが困難な病気があるから、種族単位でそれに近いのかもしれない。
かくして女達10人と俺、そして女の子1人の寿司詰め共同生活が始まった。
朝起きて飯を食ったら女達は街へ行き、仕事と住む所を探す。
一応、仕事が決まりそうになったら、アマナや道具屋の爺さんに勤め場所の評判を聞くように勧めている。
慌てて就職しても、とんでもないブラックだったら困るからな。
そして夕飯を食ったら、寝るまで皆で読み書き計算のお勉強。
しかし勉強を始めてはみたが、小学生低学年レベルとはいえ、やはり教育ってのは子供の頃にやったほうが良いな。
当然のことながら、女達の中で覚えがいいのは一番若いアネモネだ。
それが1ヶ月程続き――ギルドから報奨の金をもらい、皆で集まって酒を飲んだり騒いだり。
街の噂じゃ、貴族の1つが改易になったという話を聞いたり。
騎士爵様が陞爵して小さな領を任される男爵様になり、新しい領地では絶賛領民を募集中って話を聞いたり。
アネモネの頭にいた虱を退治したり。
戦闘の時に使った薬の後遺症を心配したり。
俺の家にミャレーやプリムラさんの訪問を受けたりして日常を繰り返していた、ある日――。
俺の所へ珍しくアマナがやって来た。
彼女は何か思いつめているような表情をしている。
いつも、ひょうひょうとしている彼女だが、どうしたのだろうか?
アマナの話を聞いてみる事にした。
女達が何人かいなくなり、2段ベッドの数が減ると、テーブルを置くスペースが出来た。
アマナと向き合って座り彼女の話を聞く。2段ベッドには女達も座っているのだが――。
「人払いは良いのか?」
「別に構わないさ。内緒話じゃないし」
「それにしても、アマナがここにやって来るのは初めてだな。街の人間でもまったく寄り付かないのに」
「そりゃ、気味が悪いさ、でも――」
アマナが思い詰めたように、話を切り出した。
「アネモネを私の所へ、くれないかい?」
「くれって言われてもなぁ――犬猫の子供じゃないんだぜ? まぁ、アネモネも12歳っていえば働き始める年頃だろ? 自分で選択する権利がある。本人が何て言うかだよ」
「アネモネ! わたしの所へ来れば商売だって教えてやるよ。一緒に住んで商売をやろうよ」
必死に訴えかけるアマナに、彼女は少しも考える節を見せずに即答した。
「……ケンイチと一緒にいる」
その答えを聞いたアマナは、奈落の底へ落ちたような顔をして両肩を落とした。
余程ショックだったのだろう。
「ははは! アマナ姉さん! 12歳っちゃ、もう大人だよ。母親代わりより男が良いのさ」
すでに半数程に数が減っていた女達が、アマナに茶々を入れる。
「お黙り! アネモネ、辛くなったらいつでも私の所へ来ても良いんだよ?」
アマナはアネモネの両肩をつかむと、優しく彼女に呟いた。
「……うん」
アマナは憔悴した顔つきで帰路についたが――大丈夫かな? 余程ショックだったようだが……。
まぁ、これは本人の選択だからな、俺には何も言えない。
彼女には悪いが、アネモネが望むようにしてあげたい。
「そりゃ旦那! 女の幸せってのは好きな男と一緒にいる事でしょうや」
「そうそう!」
女達はそう言うのだが、アネモネが望んでここに残ったのだ、出来る事はしてやりたいと思う。
「それにしても旦那ぁ」
「なんだ?」
「こんだけ女がいるんだから誰に手を出すか――皆で賭けをしていたんですが、本当に手を出さないつもりですか?」
2段ベッドに腰掛けている女達が何やら言い出した。
「何を言うんだ。男に嬲られて酷い目に遭った女達に、そんな事を出来るはずないだろ」
「はぁ……こんな、人が良い旦那で大丈夫なのかねぇ。あたしゃ心配で働きに行けないよ」
「旦那になら、どんな事をされても良いのにねぇ」
「そうそう」
「そんな心配は要らんから、とっとと働き口を探してこい!」
「はいよ~」
「「「あはははは!」」」
酷い目に遭った女達だが明るく前向きなのが救いだ。
早く皆の仕事が見つかれば良いのだが……。