3話 都市へやって来た
森の中で焼き肉をしていたら、黒くてデカい狼のような生き物に襲われ――恐怖心に駆られた俺は、森から早く出るべくマウンテンバイクを漕ぎ続け、やっと森の切れ目に到達した。
そこで緊張が解けて安心したのか、眠り込んでしまった。
――目が覚めた。
寝込んでしまった事を少々後悔したが、幸いまだ日は高い。眠っていたのは3時間ぐらいか?
早く、ここから右手に進んで道路を目指さなければ……。だが、この世界って、異世界人の扱いはどうなんだろうなぁ。
もしかして、いきなり捕まって奴隷とか? あり得るな……しかし、このままではどうしようも無い。
とりあえず、パンをかじりながら、シャングリ・ラの画面を出して残金を確認してみる。
「7万6千円ちょっと……もう半分使ったのかよ」
ヤバい。チャージした金が既に半分ぐらいになっている。やはりなんとかして金を稼がないと――とか言いつつ金を使ってしまう。
疲れたので、甘い物が食いたい。シャングリ・ラでチョコレートを検索――訳ありの割れチョコが1kg2000円で売ってるじゃないか、これにしよう。
このチョコレートやら、お菓子を売るのも良いかもしれないが、この世界に無い物を売るとヤバいかもしれんしなぁ……。
チョコレートを食べながら頭を捻る。甘いチョコの味が俺を元気づけてくれる――疲れた時には糖分が一番だ。
う~む。ここはやはり、定番の胡椒でいってみるか。何より一番無難そうだ。ナイフとか刃物でも良いだろうが、胡椒の換金率が一番高そうな感じがする。
シャングリ・ラなら、詰替え用が100g400円で売ってるし、これが金貨や銀貨に化けるなら、大儲けが出来るだろう。
しかし、ナイロンパッケージの袋やガラス瓶も、やっぱり拙い気がするな。ガラスも無い世界だとトラブルになるかもしれん。
こんな物をどこで手に入れた! とかな。捕まって拷問とかはゴメンだぜ。
シャングリ・ラで入れ物を探す。
「革製の巾着袋とか無いかな? お! あるじゃん」
1個3000円だ。胡椒より遥かに高い。巾着袋を購入して詰替え用の胡椒を中に入れる。
それを腰のベルトに括りつけると――おお! RPGの装備っぽい! こんなのをゲームで見たことがあるぞ。
これがダメなら、都市まで行ってから市場を回って、売るものを決めよう。商売の前に俺の存在が、この世界でどう捉えられるかが問題だしな。
脚立を出しっぱなしなので、アイテムBOXに収納。マウンテンバイクに跨ると、今までやって来た方角から右手――3時の方向へ漕ぎ始めた。
「電動アシストマウンテンバイクが欲しいけど高いよなぁ」
シャングリ・ラで検索しても、10万円ぐらいする。勿論、人前では使えないが……。
腹が減ったので、チョコをもう少し食う。
1時間程漕ぐと、森の切れ目に道らしき物が見えてきた。
「ここからは、マウンテンバイクは拙いだろう。徒歩にするか……」
マウンテンバイクをアイテムBOXに入れて歩き出すと、すぐに道路に出た。勿論、舗装はされておらず、砂利も敷いていない。タダの土の道だ。
こりゃ、雨が降ったら、泥濘そう……。だが、森の中よりは歩きやすい。アイテムBOXのおかげで、荷物も無いしな。
しばらく歩くと、結構交通量が多いのに気がつく。荷物を積んだ馬車がひっきりなしに通るのだ。
幌付き、幌なし色んな馬車が通る。皆形が違うので、全部手作りのオーダーメイドなんだろうな。
馬車の邪魔にならないように、道の端っこを歩いていると、突然声を掛けられた。
「あんた、歩きかい?」
「は?」
突然の声に振り向くと、横に一頭立ての馬車が止まっていた。馬は黒毛で大型、かなりがっちりした体格だ。
「ダリアまで行くのかい?」
カーキ色の服を着た、若い男が俺の方を見ていた。いや、そんな事より――問題は、言葉が通じるって事だ。
「もしかして、俺の事か?」
「あんた以外に誰がいるんだよ? この先のダリアに行くんだろ?」
「ああ、そうだ」
森の所から見えた都市は、ダリアというらしい。やはり、言葉が通じる。こいつはラッキーだ。
「乗っていくかい?」
「有り難いが、金を持っていないんだよ」
「ダリアはすぐそこさ、タダで良いよ」
マジか、渡りに船だな。マウンテンバイクが使えれば、すぐに到着するんだが。男の顔を窺っても何か裏がありそうな気もしないので、素直に乗せてもらうことにした。
「俺の名前はフヨウだ、よろしくな。 商人だよ」
「俺はケンイチだ」
「はは、変わった名前だな」
人が良さそうな男なので、ここぞとばかりに色々と聞いてみるが――俺の黒い髪も珍しくはないようだ。
馬車にガタガタと揺れて、男との会話が続く。男の胸の所には、首から下げた棒状の金属で出来たアクセサリーのような物が光っている。
先端には石が付いているな。
「それじゃ、あんたの在所じゃ、黒い頭ばっかりだったのかい?」
このフヨウって男の髪の毛は、赤っぽい茶色だ。染めたのではなくて、元々こういう色らしい。
「ああ、そうだな。恥ずかしながら、この歳になるまで、村の外にあまり出た事がなくてな」
「まぁ、商人でもなきゃ、そういう奴は多いよ。あんたも商売でもするつもりで、村を出てきたのかい?」
「ああ、そんなところだ」
とりあえず、そういう事にしておこう。家じゃ畑仕事もしていたし、ど田舎だったんで、それなりの農業知識もある。
「それにしては、手ぶらじゃねぇか……あんた、もしかしてアイテムBOX持ちか?」
「アイテムBOXを知ってるのか?」
こいつは驚いた。アイテムBOXって単語がすでにあるのか……たしかにステータス画面にはアイテムBOXって書いてあるがなぁ。
画面は日本語で書いてあるし……。
「滅多に持ってる奴がいないって話だけど、俺もアイテムBOX持ちに会ったのは初めてだぜ」
「そうなのか」
「アイテムBOX持ってるのに、今まで商売をしてこなかったのか?」
「ああ、畑で取れた野菜とかを入れていた。中に入れておけば、芽が出たり腐る事も無いしな」
無論、嘘だ。
「そんな話は聞いたな。そりゃ、便利だよなぁ。生物の荷物や貴重品の運搬でも稼げるじゃん」
「まぁな。色々と試してみようかと思っている」
彼は、商人らしいので、商売のやり方について色々と質問する。商売をするのには、商業ギルドに登録しなくてはならないらしい。
登録料は銀貨1枚だと言うが、銀貨1枚がどのぐらいの価値なのかは不明だ。
途中、小さな川に架かった石橋を越える。橋の上から見ると、河原で子供達が魚取りをしているようだ。子供が元気な街は良い街だと思う。
――彼と話をしている間に街に到着した。分厚い城壁を潜り、中に入ると街が広がっている。
高い建物は見当たらない――高くても石造りで3階程だ。通りは人通りも多く活発な街だという印象を受ける。
入り口には歩哨が立っていたが、何か検査をさせるようでもなく、全くのスルーだったな。
他の人達も、自由に出入りしているようだった。そのまま馬車で街の中を進む。
「街に入るのに検査とか、税金を取られたりはしないのか?」
「税金は無いねぇ。そういうのがある街の話も聞くが――この辺りには無いな。野盗が出たりすると、城壁の扉が閉まったりする事もあるが、滅多に無いしな」
5分ぐらい進むと目的地についたようだ。荷物を下ろし始めたので、俺も手伝う事に。
「悪いね」
「何、乗せてくれたお礼だよ」
作業が終わった後、彼に商業ギルドと宿屋の場所を教えてもらう。こういうのは地元の人間に教えてもらうのが一番だ。ボッタクリの心配も無いしな。
「兄さん良い人だし、色々と教えてもらったんで、コレをやるよ」
俺は、腰に付けていた胡椒を入れた革の巾着袋を彼に差し出した。
「なんだいこりゃ?」
男が巾着袋を開けて、そして匂いを嗅いで驚いた。
「こりゃ、胡椒じゃねぇか!」
「そうだ」
「おいおい、冗談だろ? こんな高い物貰えないぜ? 金を払うよ」
「いや……」
「おっと待ちねぇ――俺たち商人は、安い物は大好きだが、タダじゃ物は貰わねぇ。何故だか解るかい?」
しばし考えて、俺は人差し指を立てた。
「ただより高いものはない」
「その通りだ。あんたは商人に向いているぜ。商売の基本は物々交換だ。対価の無い物は取引しない。これが基本さ」
男はそう言うと、懐から金の入った袋を取り出し、俺に銀貨を2枚寄越した。
「大体こんなもんだろ。それに、この革袋も上等な物だな。これの値段は銅貨6枚ってところだろ」
一緒に銅貨も貰った。
「随分と堅いな」
「堅くなきゃ、商売は出来ないぜ。石橋を叩いて渡らないってな。ハハハ」
しかし、現金は手に入った。価値はちょっと不明だけどな。だが、高価な物と言って、対価を渡してきたのだから、それなりの金額なのだろう。
「ちょっと変な事を聞くかもしれないが、銀貨は何枚で金貨になるんだ?」
「ここは、銀貨4枚で金貨1枚だな。まぁ場所によって換金率が違う国もあるから、聞くのは、おかしな事じゃないと思うぜ」
「そうかありがとう」
「ははは、あんた変わってるな」
そりゃ、異世界人なんだから、変わってるのは当たり前だのクラッカーだな。
「しかし、あんた。まさか、胡椒で商売をするつもりじゃないだろうな?」
「ダメかな?」
「ここの香辛料は、バコパって連中が抑えてる。そいつ等に目を付けられると厄介だぜ?」
「価格協定や、流通の制限をして値段を釣り上げているのか?」
まぁ、どこにでもある話だな。儲かるものには利権が出来てそいつに群がるってわけだ。
「その通りさ。あんた中々やるねぇ」
「気をつけるよ」
「じゃあな」
若い商人に別れを告げ、俺は宿屋に行ってみる事にした。とりあえずの活動拠点が必要だ。
しかし、胡椒や香辛料で簡単に儲けようと思ってたら、出鼻を挫かれたな。残念……市場を回って、何か他の物にしないと。
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通りをしばらく歩きながら、街を観察してみる。中々賑やかだな。
ちょっと上等そうな建物の窓には透明な板が入っているので、ガラスは存在しているが、高価な代物なのだろう。
ガラスじゃなくて、テクタイトやらファンタジーな物質かもしれないが……。
5分程で、教えられた宿屋らしき建物が見えてきた。石造りの2階建てで、壁には白い漆喰のような物が塗られているのだが、かなり剥げ落ちている。
そして、木の扉の上には、肉と皿が描かれた看板――。
「いかにも、それっぽいな……」
扉を押して中に入ってみると、後ろで勝手に扉が閉じた――見れば、錘と滑車を使った装置で自動で閉まるようだ。
外側は石造りだが、中は板張りで薄暗く、木製のテーブルが8つとその周りに椅子が並んでいる。宿屋というよりは食堂だな。
奥にはカウンターが見える。
客はいないのだが――既に昼を過ぎていて、今は恐らく2時頃だろう。昼飯の客もいなくなって、空いているのだと思う。
「いらっしゃい~。 食事? それとも、泊まり?」
「泊まりだ」
出てきたのは、後ろで纏めた黒髪にエプロンのような前掛けをしている、ちょっとつり目の女の子。18歳ぐらいであろうか、中々可愛い。
「泊まりだと、飯付きで小四角銀貨1枚、素泊まりなら銅貨3枚」
飯は、シャングリ・ラで色々と買えるからな。現地通貨は節約しないと。
「素泊まりで頼む」
「代金は前払いだよ~」
若い商人から貰った銅貨を3枚渡す。
「お一人様泊まりで~」
「はいよ~」
奥から、ここの主人らしき男の声が聴こえる。
「ここの娘なのか?」
「違うよ。 近所に住んでて、ここで働いてるの。 おじさんは? この辺りの普請で稼ぐために、口利き屋でも探しているの?」
「いや、商売をやろうと思ってな」
「じゃあ、読み書き計算が出来るんだ」
「うっ!」
そうか、読み書きがあったか。すっかり失念してたぜ。俺がショックを受けていると、女の子が宿帳らしき物を持ってきた。
「読み書き出来ないのに、どうやって商人になるのさ。商業ギルドの登録には読み書き計算が必須だよ?」
「そうなのか……異国の言葉なら読み書き出来るんだけどなぁ。それに、計算もできるぞ」
「じゃあ、リンカーが12個入った袋が4つありました。リンカーの数は全部で何個?」
リンカーがなんだか解らんが、答えは解る。
「48個だろ?」
「すご~い! 本当に計算は出来るんだ! おじさんの名前は?」
「ケンイチだ」
「ふ~ん、変な名前。あたしは、アザレア。よろしくね」
アザレアが宿帳に俺の名前らしき物をスラスラと書いている。この子は読み書きが出来るようだ。
――しかし、書かれたその文字は――なんだか、ローマ字のような……。
「アザレア、ちょっと頼みがあるんだが……」
「なんだい?」
「簡単で良いので、俺に読み書きを教えてくれないか?」
「ええ?」
俺のいきなりの頼みに、彼女は少々困惑しているが――そりゃそうだな。だが、手っ取り早く読み書きを覚えるなら、彼女に聞くのが一番早い気がする
「簡単で良いんだ。お礼に、異国のお菓子をやるぞ?」
「本当に? お菓子って甘い?」
お菓子の言葉に、アザレアの目が子供のようにキラキラと輝く。
「ああ、甘いのもある」
「じゃあ、仕事が入ってない時なら良いよ」
「そうか、それじゃ頼むよ。簡単で良いんだ」
俺は、2階の部屋に案内された。板張りの部屋にベッドだけ。天井板もなくて、上部の構造物が剥き出しになっている。
だが――幸い清潔で綺麗そうなので、俺は一安心した。やっとベッドで眠れる。
「シーツは毎日、このカゴに入れて出してね。洗濯物が他にもあるなら、追加料金になるから」
「ああ、解った。それじゃ、暇な時で良いから、文字をちょっと教えてくれよな。ここには、何日か泊まるつもりだから」
「解ったよ。お菓子忘れないでね」
「大丈夫だ」
アザレアが部屋から出ると、俺はベッドに倒れ込んだ。肌触りからシーツは麻だな。
とにかく、色々とありすぎだ。異世界らしきこの世界で――これから何とかして、暮らしていかねばならないのだ。
しかし、やっと辿り着いたベッドに安心してしまった。
ちょっと、横になるだけのつもりだったのだが、そのまま眠ってしまったのだ。