29話 村を巡る
「行けども行けども……」
荒野は続く。たまに草地はあるが、あまり林や森が無いな。
灌漑の技術が無いせいか、川から離れると畑作が大変なようだ。オマケに雨が余り降らないんじゃ乾燥するわけだ。
俺が住んでいる森から北は緑も多いという話なのだが、緑が多いと今度は魔物も多いらしい。
どっちが良いか? ――と人に聞いても、どっちもどっちという答えしか返ってこない。
俺の隣の助手席にはアネモネとプリムラさんが乗っているが、馬なしで動く車に乗って楽しそうだ。
その他の客は皆が荷台に乗っているが、街道沿いを走っているため道もそれなりに良い。荷台でも乗り心地もそんなに悪くはないだろう。
荷台からは笑い声も聞こえてくるから和気あいあいだ。
出発する前、討伐成功の報告をするために獣人の1人に食料と水を持たせ街へ走らせた。
獣人の脚なら、ゆっくりと向かっても数時間で到着出来るだろう。
トラックのハンドルを握りながら代わり映えしない景色に飽きた。車載ラジオが付いているといっても放送が入るわけもない。
仕方なく歌を口ずさむ。
――蘇州夜曲だ。
「その歌は何という歌なのでしょう?」
助手席で俺の歌を聞いていたプリムラさんが曲名を聞いていた。
「蘇州夜曲だよ」
「いい歌ですねぇ。今度教えて下さい」
「ああ」
日本語が通じるから歌も通じるってわけだ。
それからしばらく街道沿いにトラックを走らせ村々を巡る。
村の場所を知っている連中の話を統合して、なるべく無駄が出ないように、一筆書きで回れるようにコースを決めた。
すれ違う人々もトラックには驚くのだが、俺が召喚した魔法で動く召喚獣だと言うと納得してくれる。
言い訳に使う魔法という言葉が最強過ぎだな。
とりあえず説明が付かない事は魔法だと言えば信じてもらえるのだが、本当に信じているのかは少々疑問が残る。
それでも、この世界には実際に魔法で光るライトや、魔法で動く小物もあるらしいので、まんざら的外れでもないらしい。
まぁ、魔法を使う爺さんにはバレバレみたいだが、詳しいツッコミはしないでくれているので非常に助かる。
村へ近づくと、1人また1人と女達が降りていく。俺からもらった白いブラウスと紺のスカート、そして麻で出来た袋に毛布と自分の持ち物を入れて。
どの女達も村へトラックを入れる事を拒み、かなり手前で降りて歩いていくのだ。
ひっそりと帰って、ひっそりと暮らしたいのであろう。
女達には餞別として金貨を1枚ずつ渡してやった。
街でも月に銀貨2枚(10万円)もあれば暮らしていけるって話なので、約2ヶ月分の金って事になる。
「ありがとうございます」
「なぁに、街へ戻れば討伐成功の金が入ってくるんだ。このぐらいはさせてくれ」
ペコリと静かに頭をさげて、また1人女が村へ戻っていく。
「本当に――旦那は人が良いんだから」
「野盗に酷い目に遭わされたんだ、彼女達にも金をもらう権利が多少はあると思うがな」
「そんな話は聞いたことがありませんよ」
アマナの話では被害者の賠償請求みたいなものは、この世界には無いようだ。
村を3つ程回り4人の女が降りて日が暮れた。残り5人だが、明日中には全て回れるだろう。
辺りが暗くなり小川の近くでキャンプをする事になった。
アイテムBOXから、野盗のアジトの畑で採れた野菜を出すと女達がそれをもって小川まで洗いにいく。
たわしは、そこら辺の枯れ草を束ねて縛り自分達で作るようだ。
さすがに手慣れている。
さて、スープは何にしようか。もっと他の料理を出しても良いのだが、手間のかかるのは無理だしな。
醤油が受けないようなので、和食もダメだろうし。麺類もダメ――う~ん、難しい。
そんな感じで、いつものスープとパンになってしまうわけだ。
だが街の人間も普段の食事はスープとパンらしいので、文句も出ていない。
それどころか美味いと好評なのだから。
「旦那! 前に食った、とろとろのスープにしてくれ」
獣人達からスープのリクエストがあったのだが、とろとろのスープ? 多分ポタージュの事だろう。
シャングリ・ラで検索してみる。1箱8個入りが300円だ。え~と、冒険者が16人――女が4人いなくなったので16人で、合計32人か。
普通は1食1袋なんだろうが、1人前をタップリと作りたいところだから1人に3袋は使うな。――という事は、109袋、14箱買えば良い。
肉を再び10kg買って、女達が洗ってカットしてくれた野菜と煮る。
火が通ったら、ポタージュのスープの素を109袋入れれば良い。
まぁ言葉で言うのは簡単だが、100袋以上あると大変だ。皆に手伝ってもらう事にした。
「この袋を千切って、粉をお湯の中に入れれば良いのですか?」
「プリムラさん、頼みます」
「ほう、これはスープの素か? どうやって作るのじゃな?」
爺さんが、インスタントスープに興味を示したようだ。
「出来たスープをドンドン乾燥させて、水分を全部抜くんだ。それを砕いて粉にしたのが、これだ。水分が無いので腐らないから日持ちがする」
「ほう、これまた理に適っておるのぉ」
「魔法で乾燥って出来ないのか?」
「無論、出来る」
白い髭を撫でて爺さんが得意げな表情で言う。
「それじゃ、爺さんの魔法を使えば、作れるんじゃね? あの、カリカリした保存食もそうやって作っているんだろ?」
俺のやったグラノーラを参考にした保存食だ。爺さんはそれを、マロウ商会経由で卸して販売している。
「ほほ、バレたか」
そんな話をしているうちに出来上がったポタージュを皆で食う。
今日の料理も皆には好評なのだが、ミャレーが立ち上がって、俺に身体をスリスリし始めた。
「今日のスープも美味しいんだけどにゃぁ~うち等、あれが食べたいにゃ~」
あれってのは猫缶だろう。本当に好きだな。まぁ、このぐらいは良いだろう。
「よぉ、旦那。酒は無いのかい?」
獣人達に猫缶を配っていると、マッチョが切り出した。
「ちょっと! あんた達!」
アマナのお小言が始まりそうだったので、手で制してシャングリ・ラから酒を買った。
ペットボトルに入った例の4Lの焼酎だ。
女達の中にも飲みたい者がいるようなので、人数分の陶器製のカップも購入した。
それにしても【4L焼酎】で検索すると、色んな種類が各メーカーから出ているな。
みんな同じじゃねぇか――と思うのだが――。
この手を愛飲していた知り合いに話を聞くと意外と個性があるらしく、好みに合う合わないがあるらしい。
「これしかないけど、これで良いか? 以前、獣人達に飲ませた時は好評だったぞ」
「うひょ~、ちゃんと酒があるじゃねぇか」
「ちょいと、旦那~」
アマナが呆れているが、戦勝祝だ。酒ぐらいは良いだろう。元々の軍資金は、マロウさんからもらったものだしな。
「まぁ、いいじゃないか。そいつも大金が入って、女房と良い暮らしが出来るんだ。酒ぐらいは飲みたくなるだろう」
「へへへ! 旦那のお陰でさ」
出発する前に変なフラグを立てまくりだったのだが、何事も無くて良かったな。
「お! こりゃ、美味いぞ」「ああ、どんな酒かと思ったら、街の飲み屋の酒より上等じゃねぇか」
ペットボトルの焼酎を飲んだ冒険者達は上機嫌だ。
「私は――前に貴公から、いただいたのと同じ物を所望して良いか?」
「はいはい、これで御座いますね」
騎士爵用にシングルモルトウイスキーを購入した。前はスクリューキャップを交換したり、ラベルを剥がしたりしたのだが、もうそのままだ。
「うむ、これだ」
カップにウイスキーを入れた騎士爵様は満足そうに飲んでいるのだが、水で割ったりはしないようだ。
まぁ、この世界の生水はちょっと信用出来ないってところもあるから、そのせいもあるのかもしれない。
水石を使って浄化すれば大丈夫なのだが、そういう習慣自体が無いのかも……。
「騎士爵様、このような回り道をして申し訳ございませんねぇ」
「なんの、これも民のため。女子供が困っているのだ見捨てるわけにはいかぬ」
みんなで集まって飯を食ってるのだが、すでに何人かカップルが出来ている。
荷台の上で意気投合したらしい。そりゃ、街へ帰れば大金持ちだからな。女から見れば優良物件なのかもしれない。
男に酷い目に遭わされたのに、男を頼らないと暮らしていくための選択肢が少ないという、この世界の事情が複雑に絡んでいる。
「女達とアネモネは果実の汁でも飲むか?」
シャングリ・ラから、みかんジュースを購入して、カップに注いでやる。
「美味しい!」
珍しく、アネモネが声を上げた。
「甘酸っぱくて美味しいねぇ。まるで貴族様の飲み物だよ。まぁ、男共が酒を飲んでいるなら、あたし等も飲んで良いよねぇ」
アネモネの隣にいるアマナも、みかんジュースを美味しそうに飲んでいる。
その後、男達は暗い中でどんちゃん騒ぎを始めたので、少し離れた所で火を焚き、俺と女達は寝ることにした。
付き合ってられん。
寝る前に、アネモネの頭を虱取りシャンプーを使って、アマナに洗ってもらう。
これを1ヶ月ぐらい続ければ、大丈夫だろう。
------◇◇◇------
――次の日。
俺が目を覚ますと、すでに女達は起きていて後片付けをしてくれていた。
俺が出したペットボトルの焼酎は見事に全部空だ。焼酎だけではなくて騎士爵が飲んでいたウイスキーの瓶も空だ。
元気な女達と対照的に、男共は見事にへたり込んでいる。恐らく宿酔いだろう。
「呆れたよぉ! こいつら馬鹿なんだからさ、酒なんて出してもあるだけ飲んじまうのさ! 何ですか騎士爵様まで一緒になって!」
「め、面目ない……」
アマナのお小言に答える騎士爵様の顔も中々に酷い有様だ。
役に立たない男共を尻目に、女達は食事のスープを作っていく。
朝は中華スープにしよう。業務用の鶏の胸肉が2kg1200円で売っているので、こいつにするか。
女達も圧力鍋の使い方が解ったようで、材料さえ揃えれば勝手に作ってくれる。
「この鍋は便利ですねぇ」
「そのうち、マロウ商会で売り出すかもな。でも、マロウ商会で売ると高くなりそうだな」
要は蒸気を閉じ込めれば良いのだから、蓋を乗せて上から重石でも掛ければ良い。
問題なのはパッキンだな。この世界にはゴムがないからな。それが、この鍋を異世界で売れない理由だ。
だが、何か代わりになる――異世界ならではの素材が見つかれば圧力鍋も作れるかもしれない。
スープが出来たので、男共にも配る。
「ふぅぅ……スープか。ありがてぇ」
「獣人でも宿酔いになるんだな」
「そりゃ、なりますぜ」
「でも、普通はこうなる前に金が無くなるからにゃ」
まぁ、ミャレーの言うとおりなのだろう。こんな調子じゃ貯金も無いはずだ。
病気でもしたらどうするのか? ――なんて考えるのは日本人だからか。
飯を食い終わったので、再び皆をトラックの荷台に乗せ、村巡りのために出発した。
だが、荷台に揺られている宿酔いの男共は、辛そうである。
「こんなの自業自得ですよ」
醜態を晒している男達に女達の視線が冷たい。カップルになりそうだった奴らも、百年の恋から冷めてしまったか?
「もうねぇ! 若い頃は見てくれが良いとか、多少金を持っているとか目の前の事ばかり気になるけどね! 男は誠実さが一番だよ! ちょっとぐらい金を持ってたって、ろくでなしじゃあっという間に文無しになっちまうからね」
なんだか、荷台でアマナの演説が始まってしまった。
「さすが姉さん、参考になりますだ」
「そりゃ伊達に長く生きてないよ」
まぁ、アマナと女達は20歳ぐらいは歳が違うだろうから、それなりの人生経験に裏打ちされている発言ではある。
「じゃあ、ケンイチの旦那みたいな人かい?」
「ああ、ダメダメ。ああいう人は女なんてどうでも良いのさ」
「ギクッ!」
「自分のやりたい事があれば、女なんて捨てちまって、どっかへ1人で行っちまう人だね」
「ギクッギクッゥ!」
クソ、さすがに長く生きてねぇな。俺の本質を見抜いてやがる。
「にゃ~! それじゃ、うちは愛人で良いにゃ~」
「まぁ、遊びならそれでも良いんじゃない? でも、すぐに捨てられても、泣くんじゃないよ?」
「にゃはは」
ミャレーはケラケラと笑っているのだが、嘘なのか本気なのかよく解らん。
「ケンイチさん――アマナさんの言ってる事は本当なのですか?」
「まぁ、当たってるかねぇ……俺は趣味に生きる人間だからな」
「……」
ずっと荒野だが電信柱の一本も無い長閑な風景。高い建物など一切無いので空が広く、地平線まで見渡せる。
これまた長閑な村々を巡り女達を故郷へ返していく。村まで送ると、どんな愁嘆場が待ち受けているか解らん。
そういう場面に皆を巻き込みたくない――という思いも、故郷へ帰る女達には、あるのかもしれない。
昼過ぎにパンを配って、軽い食事にする。
この世界では農家などは皆が1日2食だ。1日3食、食うのは街の商人ぐらいだな。基本は朝晩でドカ食い。
だが貧しければ、そのドカ食いも出来ないのだ。
午後3時頃に、一番遠くの最後の村へ到着して、女を1人降ろした。
ペコリと頭を下げて、村へ歩く女を見送りながら、トラックをダリアに向ける。
「もう、夕方になるよ? こんな遠くの村から本当にダリアの閉門前に着くのかい?」
まぁ、アマナの疑問ももっともだ。
恐らく、ここからダリアまで100㎞程度。時速50㎞で走っても2時間で着く。
門は6時頃に閉まるから、余裕だ。間に合わなければ、もう1泊すれば良い。
荷台に皆を乗せて、傾きかけた太陽を背にトラックはひた走る。
だが、事故は起こさないようにしないとな――注意一秒怪我一生。
「禍福は糾える縄の如しってな」
「何ですか?」
プリムラさんが――疲れてしまったのか眠っているアネモネを、助手席で抱えている。
「縄ってのは、2本を手に持って綯うじゃありませんか。そのように幸と不幸は隣り合わせで絡んでいる――という比喩ですよ」
「確かに、その通りですわ……父と買い出しの旅をしていたのに、このような事に……」
「まぁ、こちらには犠牲者は出ませんでしたし、上々の結果ですよ」
「これで、ケンイチさんが、ダリアに帰ったら英雄扱いですよ」
「ははは、止めてくれよなぁ。そんなの性分に合わないし」
「村々も正式に訪問すれば歓待してくれたと思いますよ。あのシャガという野盗には度々襲われていたという話でしたし」
「でも、捕まっていた女達が人々の目を集めてしまい、暮らしにくくなってしまうからなぁ。これで良かったと思うよ」
「ケンイチさんらしいですわ。名誉欲とか全くありませんのね」
「ないない、全く無い。とりあえず飢えない程度に稼いでゆっくりと暮らしたいだけ」
それが、なんでこんな事になったんだ。
だが、救える可能性があったのに、プリムラさんを見捨てるわけにはいかなかった。
空が赤く染まり、影が長く伸びる頃――やっとダリアの城壁が見えてきた。
「おおい、着いたぞ!」
窓から顔を出して後ろの荷台に呼びかけた。
「本当にゃ~! もう着いたにゃ!」
「これじゃ俺達獣人並の速さだぜ」
「すげぇ! マジで着いたんか!」
冒険者達が荷台で沸いているのだが、はしゃぎ過ぎて落ちるなよ。
だが閉門間近なので、門は少々馬車で混雑している。皆が閉門に合わせて急いでやって来るからだ。
「はいはい! 御免なすって、御免なすってぇ」
通りに出ると、馬車を追い越して冒険者ギルドへ向かう。
ギルドの前には、マロウ商会の馬車が停まっていた。
その前で、ウロウロと落ち着かない動きをしている緑色の服を着た男――マロウさんだ。
トラックのクラクションを鳴らし、マロウさんの注意を引く。彼もすぐに気がついたようで、こちらへ走りだした。
ギルドの少し手前でトラックを止めると、左のドアを開けて、プリムラさんが飛び出していく。
そして道の真中で親子が抱き合った。
「お父様!」
「プリムラ! おおお! プリムラァ! よくぞ無事で!」
抱き合いながら、おいおいと泣き合う2人だったのだが――。
「プリムラ――これは随分と上等なブラウスじゃないか」
「ええ、お父様。ケンイチさんからいただきました」
「これは――商会でも扱える」
途中から商売の話になっていて、さすが根っからの商売人だ。どんな時も商売を忘れない、商売人の鑑だな。
抱き合う親子を見ながら、ギルドの前にトラックを横付けした。
そのトラックの天井へ乗っかり、獣人のニャケロが叫んだ。
「野盗のシャガを俺達が殺ったぜ! 俺達を笑った奴は前に出てこいってんだ! ハハハ!」
だが言葉だけでは信じない奴もいる。
「旦那! シャガの首だ!」
えええ? ここで出すのかよ! だが仕方ない。気色悪いが、シャガの生首をアイテムBOXから取り出すことに……。
なんの因果で、俺がこんな目に……しかし、これが異世界らしいと言えば、その通りだ。
俺から渡された鮮血滴るシャガの生首を高く掲げるニャケロ。
「どうだ! こいつがシャガの首だ!」
「「「おおお~!」」」「確かに、手配書の通りに左頬にデカいキズがあるぜ」
騒ぎに集まってきた観客が、お互いに顔を見合わせながらあれこれ話をしている。
住民の予想通りの反応に、ニャケロは鼻高々だ。
さて、これで一件落着とはいかない、事後処理をしないとな。