274話 俺たちの国もこうなるのだろうか?
サクラを突然訪れた男。
この世界を管理している管理者の代理だと言う。
超常の科学力で動いていると思われる乗り物を使っていることからも、間違いないものと思われる。
彼の口から語られる元世界の状況に、俺とアキラは絶句した。
地球はすでに絶滅状態だと言うのだ。
結果的に、こんな世界に放り込まれた俺たちは逆に命拾いをしたことになる。
チートがあるせいで、元世界とほぼ変わりない生活ができているしな。
マヨネーズ能力とかいう変な力をもらったアキラは、苦労したようだが……。
管理者の代理として、男の謝罪を受け入れた俺たち。
詫びの対価として、子どもを作れるように身体を改造してもらえるらしい。
種族の違いから子どもが作れないことに困っていた俺たちには、まさに渡りに船。
男の話ではすぐにその場所に向かうという。
これは困った。
いきなりそんなことを言われても――少々困惑した俺だが、この機会を逃したら次はないかもしれない。
砂浜に放置してあったラ○クルに皆で乗り込むと、男も一緒に乗り込んだ。
彼はラ○クルの3列目シートに座る。
どうやらサクラを見学してみたいらしい。
一緒にいた精霊とかいう女の子は、白いアレイの中に押し込めたようだ。
結構乱暴に扱っているようなのだが、大丈夫なのだろうか。
車を走らせて慌てて家まで戻ると、リリスに事情を話す。
「ちょっと待て! そなたの言っていることが理解できぬのだが?」
俺の突然の申し出に、彼女はかなり困惑している。
「俺の身体を治療して、子どもが作れるようにしてもらえるんだ。次の機会はないかもしれない」
「そ、それが本当なら素晴らしいのじゃが……」
「というわけで、1週間ほど留守にする」
「そなた、悪魔かなにかに騙されているのではないのかぇ?」
「そんなことはない――と思う」
彼の言っていることはすべて辻褄が合っているし、騙す理由がない。
それに同じ日本人だし――というのは理由としては、ちょっと浅いかもしれないが。
リリスとユリウスに領のことを頼むと、外に出た。
プリムラがいないが勘弁してもらうしかない。
あとでなにか言われるかも知れないが――まぁ仕方ない。
いつものように怒られることにしよう。
男が村の見学から戻ってきた。
「あの魔石モーターってのは面白いな」
「あれはゴーレム魔法なんだよ」
「ゴーレム? へぇ~。魔石からの力を直接回転運動にできているから効率がよさそうだ」
「魔法を使うから、この世界でしか使えないが。サンプルをやるよ」
「ありがたい。それから、人が群がっていたのは人工ダンジョンか?」
「そうだ、ポップする魔物を倒して魔石を生産している」
「システムを上手く利用しているなぁ」
「ははは……」
この男にそう言われると、本当にゲームでもしているんじゃないかと思えてくる。
「奥方には、なにか言われなかったか?」
「悪魔に騙されているんじゃないかと……」
「ははは、そりゃ俺は地元じゃ悪魔とか言われてるけどなぁ」
男がゲラゲラと笑っていると、アキラが来た。
「ケンイチ、お姫様は?」
「問題なし」
「それじゃ行こうぜ!」
「行くか」
行こうとすると、アネモネが俺の所に走ってきた。
「ケンイチ! 私も行く!」
「アネモネ、ちょっと無理だよ。無理無理」
「ぷー!」
拗ねても駄目なことがある。
「あのポッドの中は狭いから、4人で一杯なんだ」
「ゴメンな、待っててくれよ」
「解った……」
まぁ、乗り物に乗れないとなれば引き下がるしかない。
俺の乗り物なら強引にでも乗せるのだが、他人の乗り物だし無理は言えない。
「アマランサスとセテラも悪いが、留守番な」
「仕方ありませぬ」
「ちぇ、つまんないのぉ」
男がセテラを見つめている。
「あのエルフは本当に5000年生きているのか?」
「本人申告だから確かめようがないが、船で宇宙を越えてきたって言っているから間違いないと思う」
「そうか」
そこにベルとカゲがやってきた。
「お母さん、ちょっと1週間ぐらいでかけてくるからな」
「にゃー」「みゃ」
彼女の黒い毛皮をなでてやる。
「なんだそれ!?」
男が森猫に驚いている。
「森猫だよ、そちらにはいないのか?」
「いない――なんだそれ、すげー羨ましいんだけど」
「そんなこと言われてもな。獣人たちはいないのか?」
「いるけど……そんな大きい猫は……欲しい」
男は興味津々って顔で、森猫のことを見つめている。
大陸や島によって、動物や植生に違いがあるらしい。
元世界でもそうだったから、この世界でも当然同じことが起きるのだろう。
ベルとカゲは駄目だが、彼なら森猫を捕まえるぐらいはできると思うが……。
皆に別れを告げると、男3人でラ○クルに乗り込む。
車で湖にたどりつき、今度は白いアレイの中に乗り込んだ。
未知の乗り物の中は白くてシンプル。
どういう仕組みか解らないが、窓のように外周の一部が透けて外が見える。
「俺たちは上にいるから、下にいてくれ」
「解った」「オッケー」
中は確かに狭いが、子どもならあと1人乗れそうな感じもする。
まぁ、なにがあるかまったく解らないので、アネモネには留守番してもらうのがいいだろうな。
一体どうなるか?
ちょっとドキドキしていると、俺たちが乗り込んだそれは、ふわりと宙に浮いた。
みるみる地面が離れていく。
かなり速く感じるのだが、加速度などは感じない。
上空から見た俺たちがいた世界は大陸だった。
俺はドンドン小さくなる大陸を見て、心の中でため息をついていた。
まさか、こんなことになるなんて……。
白い乗り物は、あっという間に高度を上げて宇宙の境目が見える地点まで上昇。
なんと宇宙旅行まで体験できてしまったわけだ。
「どこまで上昇するんだ?!」
「ここらへんから水平移動に移る。下でスピードを出すと色々と不味いことになるからな」
上から男の声がする。
空気の薄いところまで上昇してからスピードを出すのだろう。
アレイの上下に部屋があって、男と精霊という女の子が上。
俺とアキラが下にいる。
部屋は狭いがなんとかなる。
「こりゃ宇宙旅行だぞ?」
「ははは、元世界でこんなことやったら、いくら金がかかるか解らねぇ」
アキラと2人で、青い星の風景を楽しむ。
「アキラ、なにか飲むか?」
「いいねぇ。それじゃコーラ。ポテチもつけて」
「あいよ」
シャングリ・ラからコーラとポテチを買う。
手が汚れるのが嫌なので、箸も買うか。
「ふう……、俺にもこの力が手に入るのか」
「まぁ、手に入ったらびっくりすると思うが……」
「手品にはタネがあるんだろ? 楽しみにして待つさ」
窓から見える景色は壮大だ。
白い雲が青い海の上に渦を巻いている。
宇宙ステーションからの写真でこんなのを見たが、まさかこの目で見られることになるとは……。
アキラと一緒に食べているポテチに目をやる。
色々とこの世界のことを知らされると、このシャングリ・ラがどういう原理なのか気になる。
ちょっと聞いてみるか……。
「お~い、俺たちの能力ってどういう仕組みなんだ?」
「そうだな。マヨネーズとかどこから出てくるんだよ」
「さっき体内プラントの話をしただろ?」
上から声が聞こえてくる。
「ああ」
「プラントのサブ脳から管理システムにアクセスして、望んだものが転送されてくる」
「それじゃ、やろうと思えばなんでも呼び出せるんじゃねぇのか?」
アキラがポテチを箸でつまんでいる。
「転送できるものには大きさの制限があるから、なんでもってわけにはいかないな」
「それじゃ、今呼び出せる大型の車両ぐらいが限界ってことなのか」
「そうだな」
「あの転移門ってのも同じ仕組みなんだろうな」
「多分……」
アキラとひそひそ話をする。
「言っておくが、俺たちの国にはそういう変な力を持ったやつはいないんだ」
独自魔法とかいうものは、帝国やカダン王国があるあの大陸だけらしい。
「それじゃ俺たちだけ?」
「ああ、あの大陸は特に、この精霊たちの遊び場になってしまっているから、色々と生活の中にシステムが入り込み過ぎている」
「ダンジョンとかいうのもそうなのか?」
「そうだな。普通に考えたら魔物が湧いたりとか、アイテムドロップしたりとか変だろう?」
「それはそうなんだが……」
アキラと2人で顔を見合わす。
子どもの遊びに命がけで付き合わされているようなものなのだから、笑えない。
「でも、ダンジョン使って魔石集めとかしちゃっているしなぁ」
「便利なシステムは、利用したほうがいいと思うぞ」
「そういうものだと思って諦めるしかねぇな。アトラクションとかゲームみたいなもんだよ」
アキラの言うとおりか。
だが普通の魔法とかはどうなのだろう?
「普通の魔法とかも、そのシステムとやらの干渉なのか?」
「いや、普通の魔法は――」
この世界に充満している精霊と呼ばれるものを使って引き起こされる現象らしい。
男が連れている少女が人工精霊ならば、空中に漂っているのも精霊。
すべてが、エルフたちによってバラ撒かれたものらしい。
「それについてはセテラは話してくれなかったな」
「魔法文化というものも、エルフが持ち込んだものだし」
「そのエルフは宇宙人だって話だったが、この世界にいる住民たちは?」
「宇宙進出した元人間だよ。自分たちで遺伝子いじくり回しているので、大分変わってしまっているけどな」
「え?! マジで?」
「ちょっと待て、それじゃこの世界は未来なのか?」
アキラの言葉どおり未来ってことになると……ここは地球?
「ここが未来の地球とか、そういうオチか?」
「いや、ここは違うぞ」
「そうなんだ……でも、未来って……」
「地球と繋がっているって言ったろ? ここは地球とは別の次元なんだよ」
「どのぐらい未来なんだ?」
「確か――1万年ぐらいじゃなかったか」
「そんなに?」
「いや、宇宙の歴史からすれば、1万年でも10万年でも、誤差みたいなもんだし」
「その人間の成れの果てが、なんで魔法とか使える?」
アキラの質問に男が答える。
「この世界の住民たちは、さっき話した体内プラントを使って精霊をコントロールしているんだよ。遺伝的にそういう器官が身体に組み込まれているわけだ」
そんなに遺伝子をいじったりしているなら、レガシー人類である俺たちと子どもなんてできないはずだ。
そういうテクノロジーを持ち込んだのもエルフのようだ。
「俺たちのは後づけだったけど、生まれもってそういう器官があると」
「そういうことになる」
「それじゃ、そのシステムとやらをいじくれば、どんなパワーアップでも可能ってことか……」
アキラがシステムについてつぶやく。
「それが俺たちの祝福の力なんじゃね?」
「なるほどなぁ」
「もしかしたら、魔石とかの対価なしで、テレポートとかもいけるかも」
「解った――要は、あの精霊とかいうガキと仲良くなれば、やりたい放題ってわけだ」
「言っておくが、こいつらは俺にしか懐かないから、仲間にするとか無理だぞ」
上から声が聞こえてきた。
どうやら俺たちの会話が聞こえていたようだ。
「フヒヒ、サーセン!」
彼の話によれば、この世界に避難している日本人によって、魔法の研究もされているらしい。
日本人に、その体内プラントを移植する実験なども行われているという。
今のところは成功していないようだが――今、地球上を襲っている氷河期が明けるまで数百年。
時間はたっぷりとある。
アキラと話す。
「この星の地形ってどうなっているんだろうな?」
「さぁ、管理者っていうなら、惑星のデータとか持っているだろ?」
『マップを見ますか?』
「「うお?」」
突然聞こえた声に2人でたじろぐ。
「誰だ?」
『私は、このポッドのAIです』
「は~、人工知能……」
『そうです』
「AIといっても、全然不自然じゃないし普通だな」
アキラの言うとおり、人間の通信と言われても気づかないだろう。
一応、女性の声なので彼女ということにして、星のマップを出してもらう。
空中に画面が出て、星のマップが表示されている。
俺のアイテムBOXやら、シャングリ・ラの画面の出方によく似ているが、これは脳内に表示されているわけじゃなくて実際に空中に出ている。
その証拠にアキラにも見えているのだ。
「俺たちがいたのは、太陽の動きから北半球だと思う」
「南半球でも太陽は東から出て西に沈むぞ? でも、動きは反対になるがな」
「そ、そうなんだ?」
頭がこんがらがるが、アキラは世界中を旅をしたそうだからな。
『表示したい場所はありますか?』
「それじゃ、俺たちがいた場所を表示してくれ」
場所が表示された。
スケールを出してもらうと、3000km四方の大陸だということが解る。
真ん中が砂漠になっているのが目につく。
「へぇ、こんな感じになっていたのか」
「ほとんど移動してなかったから、随分と狭い範囲で戦っていたなぁ」
「まぁ、井の中の蛙大海を知らずってやつか」
「はは……」
アキラが苦笑いをしている。
「俺たちが向かっているのは?」
『この大陸です』
表示されたのは、俺達が住んでいた場所と同じぐらいの大きさ。
「ここに、地球のオーストラリア大陸を重ねて表示したりできる?」
『可能です』
隣に見慣れた大陸が重なった。
ほぼ同じ大きさである。
「ほんじゃ、俺たちがいた大陸もオーストラリアと同じぐらいの大きさってことだな」
アキラの言うとおりだが、この大陸は普通の大陸と少々異質なところがある。
普通の大陸は、海からの湿った空気が流れていくと、その途中で雨を降らせる。
そのあと大陸の中央にきたときには空気が乾燥しているわけだ。
そのため大陸の中央は砂漠になることが多い。
実際、俺たちがいた場所もそうなっていたが、この大陸の真ん中は密林。
なにかわけがあるのだろうか?
「ちょっと聞きたい」
『なんでしょうか?』
「大陸の中心部まで密林が広がっているように見えるんだが、水源がなにかあるのか?」
『大陸の地下には巨大な地底湖が広がっており、植物はそこから水を汲み上げています』
「そうなのか」
どうやら地下には独自の生命圏もあるらしい。
大量の水があれば、植物から蒸発した水分で雲ができて、また雨が降る。
そうやって水分を自給自足しているようだ。
「すげぇな。その地下って調査はされているのか?」
アキラの質問にAIが答えてくれる。
『何回か調査はされていますが、ほとんどが未知の領域です』
「おお、川○浩探検隊が生きてたら番組になってたな」
「そうだな」
その大陸の反対側にも、もう1つ大陸がある。
「大陸間の航路って整備されているのか?」
『いいえ、海上は巨大生物が多数生息しているので、通常艦船では航行不可能です』
「巨大生物……」
その生物の図が表示された。
巨大なクラーケンやら、サーペントがうじゃうじゃいるらしい。
「こりゃ海を行くのは無理ゲーだな」
アキラの言うとおりだ。
「王国も帝国も、海路をまったく使っていないということは、昔にやってみて懲りたんだろうな」
「帝国でも、海にはデカい魔物がいるってことで、海岸沿いの航路しか使えないって話だったしな」
それは王国でも、まったく同じだ。
話をしていると、共和国のことを思い出した。
そのことを男に質問してみる。
「俺たちのいた場所の隣の国にも、元世界の人間がいるんじゃないのか? それっぽい知識が広まっていたようなんだが」
「ああ、いたようだが、すでに死んだらしい」
男の話からすると、やはり他の転移者がいたようだ。
「死んだ――最近か?」
「いや、かなり前のようだ」
それでは国を立ち上げただけですぐに粛清でもされたのか。
今となっては確かめる術もない。
やはり精霊とかいう連中に仕組まれた、命がけのゲーム。
こいつは洒落にならない。
変なチートを与えられて、命がけのゲームの駒にされるのがよかったのか。
それとも地球に残ったまま、隕石の衝突に巻き込まれて死ぬのがよかったのか。
究極の選択だ。
1時間ほどで目的地である大陸が見えてきた。
マップで見たように、中心が鬱蒼としたジャングルになっている。
「これから降下する」
上から声がする。
「解った」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか――」
「国自体は、俺たちの国とさほど違わないんじゃないのか?」
「でも、日本と繋がっていたんだろ? それなりにテクノロジーとか入ってきてるんじゃね?」
「そうか――そうだな」
下を見ると、延々と続く果てしない森の隣に大きな都市が見えてきた。
その周りには豊かな穀倉地帯。
近くを巨大な崖が大陸を引き裂くように走っているのが見える。
どうやら、ここがこの国の王都らしい。
「なんだ? すげー! 星型要塞か!」
「お~!」
巨大な都市が丸ごと、ギザギザの城郭と堀でぐるりと囲まれており、沢山の塔が立つ。
その上には高射砲らしきものまで見える。
マジで要塞だ。
沢山の家々が城郭から溢れて、周辺まで広がっているようだ。
アキラと2人で驚いていると上から声が聞こえてきた。
「日本との共同で、公共事業を行なって作ったんだよ。予算は1兆円以上かかった。最終的には1兆5000億だったかな?」
「そ、そんなに金があるのか?」
「色々と売るものもあったし、海岸には原油も出るしな」
「マジか……」
「この公共事業に使った重機が大量に入ってきていたせいで、移民してきた日本の復興を早めることができたんだ」
「原油が出るなら、ガソリンやら軽油に困る必要もねぇしな」
アキラが下を見ながらつぶやく。
長く続く崖の上には白く美しい城も見える。
「海岸には製油プラントもあるしな」
「石油製品があるのは強いなぁ」
「だな」
「都市の人口はどのぐらいなんだ?」
「今は70万人ぐらいだな。俺がやって来たときは十数万ほどの僻地の都市だった」
日本と繋がったことで、ここまで発展したのだろう。
高度を落とすと、異世界らしくない近代的な建物も見えてくる。
「ここにも日本人が住んでいるのか?」
「ああ、王都の近くにある日本人街に住んでいるのは、世界が終わりになる前に入植してきていた人たちだ」
「そいつらは勝ち組じゃん」
アキラの言うとおりかもしれない。
「老後を緑豊かで空気が綺麗な異世界で――とか、そんなことを考える爺婆がいそうだな」
「実際、そういう人も結構いたぞ。それに王国は、タックスヘイブン特区を作って日本企業を誘致していたからな」
「へぇ~、そんなこともしていたのか」
「うちの陛下は金儲けが大好きなので、儲かることはなんでもやるんだ」
「それで政治は大丈夫なのか?」
「もちろん。敵に対しては暴虐非道なこともするが、自国民には優しい方だよ」
それならいいが――まぁ、下を見ても都市はにぎやかで発展しているように見える。
その他、気になるのは巨大な白い卵型の建造物と、裾が広くなっている高く白い塔。
彼の話では、卵のほうは発電機で、塔は新興宗教団体の施設らしい。
「新興宗教団体なんて、よく認めたな?」
「いや、この国で信じられている神様を祀る新興宗教団体なんで問題ない」
「ええ? 異世界の神様を信じてるのか?」
「まぁ、神様というか、この世界の管理者のことなんだが」
「その管理者って神様なのか?」
「違うな。科学力が超発達したただの生命体だよ。やることがなくて、いつも暇してるやつだ」
「そいつらにとっては、こういう街の発展も、シミュレーションゲームをやっているような感覚なんだろ?」
アキラの愚痴に男が反応した。
「おおよそそんな感じだが、力があるのは間違いないので逆らうのはおすすめしない」
「解ってる」
地上にいる虫みたいな俺たちが、どこにいるのか解らない神様みたいな連中に逆らえるはずがない。
それに、俺たちの力だって管理者のシステムやらを利用しているわけだし。
それを停止されてしまったら、俺とアキラはただのオッサン。
手も足も出ない。
「そりゃ、身体を自由自在に作り変えることができるような連中相手じゃどうしようもないだろ?」
アキラの言うとおりだが――ベルの身体とか、どうなっているんだろう?
本当に生まれ変わったのか?
脳みそだけ入れ替えた?
そういう設定のNPCとか?
この乗り物のAIですら、普通に話していて不自然さは感じない。
どこまでが本物で、どこまでが作り物なのか?
考えると怖くなるので止める。
「そういうことだ」
下に見える白い卵型の発電機も、管理者から貸し出されているものらしい。
「その管理者って月に住んでいるのか?」
「いや、月は侵入者に対する自動防衛システムなので無人だ」
「望遠鏡で見て、街の灯りみたいのが見えたんだがなぁ」
「システムは生きているが、誰も住んでいない」
「そうなのか……」
月に行かないと、この異世界騒ぎは終わらないと思っていたのだが、こんな迎えが来るとは。
街を見ると、太いアスファルト舗装された道路が、森の中を突っ切って崖の中に消えている。
そこには砦が作られて、封鎖されているように見える。
「ケンイチ、あそこが門とかいう場所らしいぞ?」
「らしいな」
あそこを通れば元世界に戻れるが、もう故郷は存在しない。
「そもそも、なんで異世界とつながることになったんだよ」
「管理者が、今の地球のラグランジュポイントにいるからだ」
「はぁ? そ、それじゃ地球に隕石が落ちるのも阻止できただろ? すげぇ科学力を持っているんだろ?」
「そんなことをしても管理者にメリットがない」
上から冷たい男の言葉が響く。
「それよりも、惑星に巨大隕石が落ちるなんてイベントを外から見物したほうが面白いってわけだ」
「くそ! とんでもねぇ野郎だぜ……その管理者ってのはよぉ!」
「一応、俺も頼んではみたんだが、取り合ってもらえなかった」
「なんて野郎だ!」
アキラが吐き捨てる。
「そうは言うが、管理者がいてもいなくても隕石は地球に落ちたわけで、全人類の全リソースをつぎ込めば、小惑星の軌道を逸らすことができたはずだと、やつらは断言している」
異世界に通じる穴があったことで、自分たちだけ抜け駆けしてそれに逃げ込めばいいと――思ってしまったわけだ。
全人類が団結し、危機に立ち向かわなかった報いというべきか。
下には鉄道や高速道路らしきものも見える。
やはり、かなり日本の技術が浸透しているようだ。
「それで? 俺たちはどこに行くんだ? お前さんが、その施術やらをしてくれるわけじゃないんだろ?」
アキラが少々ふてくされている。
「はは、俺には無理だな。もうすぐ、その場所に到着する」
男の言うとおり、乗り物は崖の近くに到着した。
下には懐かしいアスファルト舗装の道路もある。
ガソリンで動く車も止まっているのだが、それはシャングリ・ラで買ったラ○クルとかがあったから、さほど目新しくもない。
「おお、ケンイチ。なんだか、すげぇ懐かしい景色だな!」
「そうだな。ここらへんは日本みたいだ」
その先を見ると、崖の中になにかあるようで、白い材料でできた入り口がある。
「しばらく上方で待機」
『かしこまりました』
男が白いアレイに声をかけると、ゆっくりと浮き上がった。
目で追うと――そこでふっと消える。
「消えた? なんだ?」
「遮蔽したんだよ」
「そんなこともできるのか」
恐るべし管理者のオーバーテクノロジー。
3人で壁の中にあるらしい建物の中に入ったのだが――そこには外からは考えられないような光景が広がっていた。
「おおっ、こりゃすげぇ」
中にあったのは高い天井の駅らしきホール。
俺が見る限り、トラムのターミナル駅に見える。
グレーの5両編成の車両が並び、左手を見ると沢山の下向きのエスカレーター。
下から人が上がってくるのが見える――日本人の女性だ。
思わず声をかけたくなってしまうが、それじゃ変なオッサンだ。
自重する。
「でも、外見と中身が違っているんじゃね?」
「ここは、管理者の技術が使われている特区だからな」
サクラでコンテナハウスを拡張する魔法を使ったが、あれの拡大版みたいな感じか。
俺たちはトラムの1つに乗り込むと、トンネルの中を進む。
視界が開けると清潔そうな白い街が見えてきた。
「ここに住んでいるのは日本人なのか?」
「そうだな」
どういう状況でこういう場所に住むことになったのか、まったくの不明だが、まるで未来の都市のようだ。
駅に到着すると、俺たちは白い建物に向かった。
「外観から病院っぽいが」
「そうだな」
俺はアキラの言葉にうなずいた。
白い建物の中に入ると、広いホール。
真ん中が吹き抜けになっていて、そこに受付がある。
そこで男が受け付けをしてくれると、白い看護服をきた女性の看護師がやって来た。
黒髪のすごい美人だが、なにか作られたような感じに見えなくもない。
「どうぞ、こちらに」
どうやら彼女が案内をしてくれるようだ。
「処置が終わったら迎えに来るから。待っててくれ」
「俺たちの希望を全部伝えてくれたのか?」
「ああ、ポッドに乗っている精霊から、データがきているから大丈夫だ」
「そうか解った」
男と別れて看護師について歩いていく。
「だ、大丈夫なんだろうな?」
アキラが心配そうだ。
「ここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。わざわざ俺たちをはめるために、こんな場所まで連れてきたとも思えんし」
「そうだけどよぉ……」
ここまで来たら、なるようにしかならん。
どの道、ここで処置を受けるしか子どもを作れるようになる手段がないのだ。
白い通路を歩き、エレベーターに乗り、俺たちはある部屋に連れていかれた。
部屋に足を踏み入れると、そこはSFの世界。
映画の宇宙船のような様々な機器が並び、透明なチャンバーが横たわっている。
「これってガラスじゃないよな? もしかして幻の硬化テクタイト……」
透明な入れ物を触っていると、看護師が俺たちに服を脱ぐように言ってきた。
「ん~、しょうがない」
俺が服を脱ぎ始めると、アキラが看護師の所に行く。
「フヒヒ、脱がしてくれない?」
「はい、それでは」
本当に彼女がアキラの服を脱がし始めて、あっという間に裸にしてしまった。
「おお! まるで流れるような作業だ、すげー!」
彼が変なことに感心している。
裸になったオッサン2人で、透明なチャンバーの中に寝る。
「お手柔らかに頼むぜぇ」
「次に気がついたら、処置は終わってますよ」
へぇ~とか思っていると、俺は気を失った。





