240話 始まりのエルフ
俺たちは、転移門で共和国に飛ばされたらしい。
深い森の中でエルフと出会い、情報を収集中だったのだが――獣人たちに発情期が来てしまい、滞在中。
その発情期も明けて次をどうすべきか、朝食を食べながら判断しあぐねていたのだが、獣人たちが突然、耳をくるくると回し始めた。
すわ、魔物かなにかか? と心配したのだが、獣人たちはアキラの車の音だという。
「え?! アキラのか?!」
「間違いないにゃ」「ああ、この音はそうだよな」
慌てて食べていた朝食を放り出して外に出ると――俺の耳にも車の音が聞こえてきた。
草木が折れる音を響かせて森の中から出て来たのは、アキラの白いプ○ド。
フロントにカンガルーバンパーもついているし、シュノーケルも装備しているので間違いない。
「お~い!」
俺が手を振ると、車の窓を開けて男が手を振った。
「ケンイチ! 生きてたか!」
手を振ったのは、もちろんアキラだ。
車が走ってきて、コンテナハウスの隣に止まった。
「転移門で来たのか? 無茶しやがって」
「ははは!」
助手席のドアが開くと、金髪の女が走ってきて俺に抱きつく。
「聖騎士様ぁ!」
「アマランサス、お前まで」
「妾は聖騎士様の奴隷なのですから、当然ですわぇ!」
「いやぁ、ケンイチがいなくなった途端に、アマランサスさんの行動の早いこと」
「当たり前であろ!」
そのとき、足になにか絡みついた感触がする。
下を見れば黒い毛皮が2体――俺の足にスリスリしている。
「ベルとカゲも来たのか?」
「にゃ」「みゃ」
「当然ってか……いやぁ、まさかここまで追っかけてくるとは……」
「ケンイチ、森の中にピンクで印をつけていたろ?」
「ああ、迷ったときに備えてな」
「それを追ってきた。んで、丘の上でエルフに会ったら、村に変な鉄の箱の家を出した只人がいると聞いて――こりゃ、ケンイチしかねぇなと」
「まぁ、そのとおりだったな。ああ、でもダンジョンの暗闇はどうした? 真っ暗だったろ?」
「ああ、光よ! の魔法があったから――ほら」
アキラが車の後部座席を指差した。
「生きてたのねぇ~」
軽い調子で男のエルフと一緒に車から降りてきたのは、おかっぱの金髪と長い耳――エルフのセテラだった。
「ええ? セテラまでやってきたってことは――、一度サクラに戻ったのか?」
「そうそう、俺とアマランサスさんまでいきなりいなくなったら、ヤバいからな。説明をしに戻ることになって、少々遅れた」
「いや、サクラに事情を話してくれて助かるよ」
さすが、アマランサスだ。
ハマダ領の政を預かる俺とアマランサスがいきなりいなくなれば、そいつが全部リリスに行く。
何も知らないでただひたすらに俺の帰りを待つのと、もしかして帰ってこない可能性がある――のとでは、対応がまったく違う。
「お姫様にも事情は話したぜ」
彼の話では、俺を助けてくれと、プリムラから泣いて頼まれたらしい。
「リリスの反応は?」
「呆れていて、心配はしてなさそうだったが」
彼女はかなり気丈だし、人の上に立つ人間だ。取り乱したりしたところを見せるわけにはいかないのだろう。
「ほらなぁ、ドラゴンスレイヤーとしては、美女の涙の懇願に応えないわけにいかねぇだろ?」
「無茶すぎるぞ。まとめて全滅する可能性だってあるのに……」
騒ぎを聞きつけて、コンテナハウスからアネモネと獣人たちも出てきた。
「あ、BBAが来た」
「BBAじゃねぇ! このちびっこめ!」
セテラがアネモネを捕まえると、抱き上げて頬ずりしている。
このエルフは女好きだから……。
「いやぁぁぁ!」
アネモネは嫌がっているのだが、それよりもセテラに聞きたいことがある。
「ひどいじゃないぃ! もう! 転移門とかあんな遺跡とか、あんな面白いものがあるのを隠してたのねぇ?」
「別に隠していたわけじゃ……いや、転移門は秘密にしていたな」
俺の言葉を聞いたエルフが、腕を組んでむくれている。
どうやら、セテラが魔法陣を調べて、アキラの魔力を使って飛んできたらしい。
「セテラ! それよりも――ここのエルフたちに、お前のことを疑われてしまったぞ? 存在がありえないエルフだと言って」
「ああ~解ってる。多分、ここらへんには来たことがないんでしょうよ」
俺の言葉にも彼女には動揺がない。
いつものルーチンワークのような反応を示している。
「彼らは、ここが共和国だと言ってたぞ?」
「え?! マジかよ!? よりによって共和国? かぁ~詰んだ?」
「だから言ったのに。無茶しやがってって……」
セテラが、一緒に乗ってきた男のエルフに族長に会わせろと言っている。
「大丈夫なのか?」
一応、彼女に確認を入れる。
「うん、大丈夫だから、任せてぇ」
セテラは飄々として、軽い足取りで男のあとをついていく。
「平気なのか?」
「さぁな」
アキラにも、始まりのエルフの話をするが――。
「俺のパーティーにいたエルフからその話は聞いたぞ?」
「そうか、アキラのパーティーにはエルフがいたんだっけな」
「始まりのエルフは50人。そのウチ女は20人で、19人が子どもを残したって話だろ?」
「そうそう、ここのエルフたちも同じ話をしていたが、最初のエルフは5000年前だと言っていたぞ?」
「そんな前からエルフたちは住んでいるんだな」
俺たちがいたカダン王国は約1000年の歴史があるらしいが……。
「にゃー」
俺の足下にいる、ベルにも話を聞いてみる。
「ベル、リッチのやつが、君を王妃だと言ってたが、いつの時代なんだい?」
「にゃー」
今は猫だし、森の中で暮らしていたので、なん年たったか彼女にも解らないらしい。
「でもカダン王国の話ではないんだ」
一緒に話を聞いていたアマランサスが話に加わる。
「それでは、カダン王国ができる前に存在していた王国の話ということになりますわぇ」
「その王国の話というのは、記録などは残ってないのかい?」
「初代のカダン国王が国をまとめたときに、土着の民から集めた話ぐらいしか……」
「その話が、『禁呪に至る病』なの?」
アネモネがリッチが載っていた本の題名を出す。
「そのとおりだわぇ。聖騎士という言葉も、土着の民が口にしていたものをそのまま取り入れたのじゃ」
奴隷の身分から成り上がった男が、不思議な力を持った土着の民の女性から祝福を受けて、敵を打ち破る力を得て国を立ち上げたってのが、カダン王国の成り立ち。
そのときにも、リッチと戦ったのかは不明。
「でも、お母さんがリッチと一悶着あったのは事実なんだろ?」
「にゃ」
彼女の話では、宮廷魔導師だった男が自らを召喚してリッチとなり、ものが腐敗する禁呪を使って国を滅ぼしたという。
そのときに、リッチと戦ったのが祝福の力を持つ王妃と聖騎士と呼ばれた男。
「それで、お母さんはリッチを倒したのかい?」
「にゃー」
「まぁねぇ。そこで倒していたら、あそこにリッチはいないか……」
リッチは逃げ延びて、襲い来る魔法の腐敗から逃れるために、召喚魔法の中に身を隠したのだという。
この世界の召喚魔法はアイテムBOXと似ていて、魔法で作った空間にものを入れられる。
アイテムBOXと違うのは、アイテムBOXには生物は入らないが、召喚魔法の中には入れることができるのだ。
便利そうに見えるのだが、召喚魔法に生物を入れると魔物化するらしい。
「よく、そんなことをしたなぁ」
「にゃ」
「聖騎士に強引に入れられたのか?」
王妃を守るためとはいえ、彼女が魔物化する可能性もあったと思うが、祝福の力に一縷の望みを託したのだろうか。
一か八かだと思うが無茶しすぎだ。
「それじゃ、お母さんも祝福持ちだったのか」
「にゃー」
「え~? でも魔物にはならなかったが、森猫に……」
「にゃ」
結果的に――また聖騎士と出会ってリッチを仕留められたから、よかったらしいが……まぁ、ベルがそう言うならいいけど……。
彼女としてみれば、命を懸けた念願がかなったということになるのだろう。
「にゃー」
ベルが俺の身体に黒い毛皮をスリスリしてくるので、顎の所をなでてやると、ゴロゴロと大きな音を立てて目を細めている。
「ええ?」
俺は言葉に詰まった。
運命的に彼女と聖騎士は結ばれる運命にあったというのだが、これはさすがに訳せない。
アマランサスがこちらをじ~っと見ている。
「それじゃ、人間の身体に戻る方法ってのは……?」
「にゃ」
ないらしい。
「ないのか~、ベルの黒い髪の毛は綺麗そうだったんだがなぁ」
俺のつぶやきにアネモネが反応した。
「ケンイチ、ベルの髪が黒いってなんで解るの? 毛皮が黒いから?」
「夢の中でな。人間のベルと会えるんだよ」
「そうなの?」
アネモネが怪訝な顔をしているが、事実だし。
まぁ、信じてもらえそうにない。
ベルの耳元で囁く。
「ベルの本当の名前で呼んだほうがいいのか?」
「にゃ」
ベルのままでいいらしい。
彼女の本当の名前はセレスティスというようだが、これは秘密にしておこう。
「つまりだ、まとめると――ベル姉さんは、はるか昔の王国の王妃様で、あのリッチと戦った後遺症で森猫になってしまったと……」
「にゃ」
アキラが要約してくれた話に、ベルがうなずく。
「すごいにゃ! もしかして、森猫ってみんな誰かの生まれ変わりなのかにゃ?!」「マジですげーよ!」
「そ、そんなわけないだろ? ないよな?」
「にゃ」
俺の不安と獣人たちの話をベルが否定した。
まさかそんなことはないと思うが、カゲも話すことはできないとはいえ、俺たちの言っていることは理解しているようだし、妙に知能が高いのが気になる……。
「まさか、カゲはお母さんと戦った聖騎士の成れの果てってことは?」
「にゃ」
「違う? あっそう、ははは」
「それじゃ、ワンコロたちは生まれ変わると、黒狼になるにゃ?」「そうだよ、そうに違いねぇよ、旦那!」
「いや、本当にそうだとすると、犬人が黒狼を殺せないのは当然ってことになるがなぁ」
まさか、そんなことはないだろう。
俺たちが殺しまくっている魔物が、人の生まれ変わりだなんて考えたくもない。
「でもようケンイチ、この世界に例の畜生鳥みたいな管理者がいて、命の輪廻転生を管理しているかもしれねぇぜ?」
「やめてくれ。考えたくもない」
アキラがいう畜生鳥ってのは、ある漫画に出てくる生命の生と死を司る、不死の鳥。
「ケンイチ、管理者ってなぁに?」
「そうだなぁ、一番近いのは神様だと思うが……」
「ふ~ん。本当にいるのかな?」
「解らん。俺も、あったことないし」
皆で森猫とこの世界のことを話していると、エルフたちが戻ってきた。
どうやら話し合いが済んだようで、ここの族長もいる。
ベルたちは、周囲のパトロールに出かけるようだ。
「納得できる話し合いになったのか?」
セテラに声をかける。
「もちろんよねぇ」
俺の言ったことを信じていなかったエルフたちも、俺の所にやってきた。
「ケンイチ殿。疑いの眼差しで見てしまったことを謝罪する」
「ああ、いいってことよ。あくまで特殊な例なんだろ?」
「そういうことだ」
族長も俺の所にやってきた。
「あなた方は、すでにエルフの同胞と言える。好きなだけ、ここに滞在しても構わない」
「はは、そんなに長居するつもりもないが、お言葉に甘えよう。そうそう――そちらに提供する必要な物資の話し合いはできただろうか?」
「はい――しかし、本当にもらってもよろしいのか?」
「構わんよ。前にも言ったが、友好の証ということで」
「それでは……」
族長の言葉どおり、塩と小麦粉、それと香辛料を渡した。
砂糖の提供も申し出たのだが、断られてしまった。
他のエルフたちからはブーイングが出ていたが、エルフの教義的にそぐわないものなのだろう。
俺がシャングリ・ラから購入した物資を出すと、それを担いでエルフたちが戻っていく。
それを見た俺はアキラに話しかけた。
「アキラの好きそうな子がいるぞ?」
「え? どこだ?」
「右端の若い子」
彼は標的をみつけたようだ。
「お? いいねぇ。いっちゃう?」
「はは、それは、アキラに任せるよ」
彼が喜び勇んでエルフの所に走っていくと、何やら話をしている。
彼も翻訳の指輪を持っているからな。
様子を見守っていると、アキラがバタバタと走ってきた。
「どうした? 振られたか?」
「ケンイチが食わせてくれた、甘いチェチェがあるならいいと」
「ああ、チョコか」
俺はシャングリ・ラから業務用のチョコを一袋購入した。
「ほいよ」
「サンキュー!」
アキラがまたバタバタとエルフの所に走っていった。
2人でどこかに行くらしい。
彼がこちらに向けて手を振っている。
前に、そんな趣味じゃないとか言っていたような気がするが、まったく隠すつもりもなくなったようだ。
「アキラの旦那も好きだねぇ!」「よくやるにゃ」
「ケンイチ、私もチョコを食べたい……」
「ほい、食べすぎないようにな」
「やった!」
「妾もじゃ!」
「ウチも!」「当然、俺も!」
「まぁまぁ――それじゃ皆で座ってお茶にするか。セテラも座って話を聞かせてくれ」
「いいけどぉ、そんなことに興味あるのぉ?」
彼女は俺の言葉に訝しげな顔をしている。
「あるに決まっているだろ?」
エルフは只人やら他の種族のことはまったく興味がないので、俺たちがエルフのことに興味を持つのが理解できないのかもしれない。
テーブルを出して皆で囲むと、チョコやお茶を並べる。
俺はブラックコーヒーにした。
ニャメナは酒のほうがいいと思うのだが、朝っぱらから酒はいかん。
――と思ったのだが、俺はあることを思いついて、シャングリ・ラを検索した。
「ポチッとな」
落ちてきたのは、白い紙の箱に入ったウイスキーボンボン。
22粒で3000円とちょっと高めの高級チョコだ。
普通のチョコなら100円ちょっとで買えるのだから、1粒約130円っていうのはかなり高い。
元世界でも、買ったことがないような高級チョコ。
皆に一粒ずつ渡す。
「これもチョコ?」
「まぁ、アネモネでも1つぐらいなら平気だろう」
「なにか特別なものなのかの?」
「解ったにゃ! 甘い毒入だにゃ!」「そんなの食ったら死んじまうだろ!」
真っ先に、エルフのセテラがカラフルな包装を解いて口に放り込んだ。
「んなぁ? これって、チェチェの中にお酒が入っているのねぇ!」
「なんじゃと? 酒?」「マジかよ」
エルフの言葉を聞いて、酒好きのアマランサスとニャメナが、ボンボンを口に入れた。
セテラが話しているのは共通語なので、うちの家族にも理解できる。
「おおっ! 本当に酒が入ってるぜ! うめー!」
「これは……菓子に直接酒を入れるとは――なんという……」
「サンバクに教えたら喜ぶだろうな」
「これは、考えもつきませんでしたわぇ」
「美味しい!」「美味いにゃー!」
アネモネとミャレーもボンボンを食べている。
俺も子供の頃に食べたが、平気だったから――まぁ大丈夫だろう。
「ほんじゃ、セテラとアマランサスとニャメナには、もう1つずつ」
「なんでぇ?!」「ずるいにゃ!?」
「ええ?」
俺はアネモネとミャレーの思わぬ反撃に、たじろいだ。
「ほんじゃ、アネモネとミャレーにもやる」
「やったにゃ!」
チョコもいき渡ったところで話を進める。
「ほんで、セテラ。さっきの話だが?」
「本当に話すの?」
「エルフの秘密で漏らせないってなら、諦めるが……」
「そんなことはないんだけど、知ってどうするの?」
俺がエルフのことを知りたがっているのが、彼女には本当に理解できないようだ。
「俺とアキラが知りたい情報が含まれているかもしれないからだ」
「まぁ、いいけど――始まりのエルフのことは聞いた?」
「ああ、50人で女が20人。子孫を残したのが19人って話だろ?」
「そう! その中で、子孫を残してない1人ってのは私なの」
「え? ええ?! ちょ、ちょっとまってくれ?」
「なぁに?」
俺のリアクションに、セテラが不思議そうな顔をしている。
え~と、始まりのエルフってのは、5000年前って話じゃなかったか?
「それじゃ、セテラは5000歳だっていうのか?」
「うん」
「じゃあ、本当のBBAじゃん!」
エルフの本当の歳を聞いて真っ先にその言葉を口にしたのはアネモネだ。
「BBAっていうなよ、ちびっこめぇ!」
「ちびじゃないし!」
「「ぐぬぬ」」
「こら、アネモネ。やめなさい」
「ぷう」
アネモネが横を向いてしまった。
「それってどのぐらいの歳にゃ?」「解んねぇ……」
獣人たちには、まず5000という数字が理解できない。
「え~と、カダン王国が5回滅びるぐらい」
「そんなにBBAなのにゃ?!」「大BBAだ!」
「BBAっていうなよ!」
獣人たちにも止めさせる。
「エルフというのは、そんなに長寿なのかぇ? 初めて聞いたが……」
セテラの話を聞いていたアマランサスが、もう1つボンボンを口に入れた。
「普通は1000年ぐらいで、森に入っちゃうんだけどね」
森に入る――要は自殺のようなものらしい。
日本でいうと、即身仏に近いのだろうか。
「セテラはそれをしないで、ずっと生きていると」
「まぁね。森に入るのは義務でも決まりでもないわけだしぃ」
セテラも口にボンボンを入れるが――まさか5000年も生きているなんて。
そんなことがあり得るのか? 少々疑問だが、彼女が嘘をつく理由もない。
「まさか永遠に生きられるとか、そういう生物なのか?」
「いやぁ、それはないと思う。そろそろ寿命がきそうなんだよねぇ。ケンイチたちは、歴史上初めて老衰で死ぬエルフを見ることができる貴重な体験をするかもよぉ」
彼女を延々と長生きさせる原動力はなんなのか?
ただの気まぐれなのか?
「現世にしがみつくのは未練があるとか、なにかやりたいことがあるとか……?」
「別にしがみついているわけじゃないけどぉ。そうねぇ、死に損なっただけかな。後は惰性でズルズルと――でもねぇ、最初は使命があったのよ?」
「使命?」
「そう! エルフってのは、本来はもっと大きいのぉ! その身体をいじって、この星に合うように調整したから、それを見届ける仕事ねぇ」
「調整って、遺伝子レベルでいじったってことなのか? エルフにはそんな知識と技術が?」
「遺伝子ってのが、なにか解らないけどぉ。身体の構造を支える最小単位のことよね?」
「そうだ」
待てよ――エルフたちは入植してきたと言っていたが……。
「エルフもここに入植してきたらしいが、どこからやってきたんだ? 海を越えてきたのか?」
「違うのぉ」
彼女は空を指差した。
「もしかして、他の世界から?」
「そうねぇ」
俺はアイテムBOXからスケッチブックを取り出すと、恒星とそれを中心に回る惑星を描き、外からやってくる矢印を描いた。
「こういうことか?」
「うん」
「なに言っているか、全然解らんにゃー!」「さっぱりだぜ?」
そりゃ解らんだろう。
こんな話を理解できるのは、俺とアキラだけだ。
「私の言っていることが理解できるってことは、ケンイチたちもそういう世界からやってきたってことでしょぉ?」
「まぁ、そのとおりのような違うような……」
「ケンイチ! 私にも教えて!」
アネモネにがぶり寄られて、俺は困惑した。
果たして話していいものなのか……。
「う~ん……転移門があっただろ? あれみたいな感じで、俺とアキラは他の土地から飛ばされてきたんだよ」
この話は以前、アマランサスに話したが……。
「それでは、以前に聞いたとおり聖騎士様はカダンの人間ではないと?」
「そういうことだな」
アマランサスの言葉を聞いて、アネモネがすねている。
「私は聞いてない……」
「黙っていて悪かったんだが――こんな話は信じてもらえそうにないし」
「ケンイチ! どんな世界から来たの?!」
俺はシャングリ・ラから東京の本を購入した。
「ほら、ここに載っている、こんな世界だ」
「すごい! 石の林?!」
「これは――まさか全部石の家なのかの?!」
アネモネとアマランサスが本を食い入るように見つめている。
「すごいにゃ!」「なんじゃこりゃー!」
「はぁ~やっぱりねぇ」
エルフが納得したようにつぶやく。
「エルフの故郷ってのも、こんな感じなのか?」
「そうねぇ」
「その割には、俺の船とか召喚獣に乗って喜んでたけど……布を縫うミシンだって」
「ああ、昔のことは、ほとんど忘れちゃったんだよねぇ」
「忘れた?」
「だってぇ、5000年よぉ? そんなに沢山の記憶は頭に入らないからぁ。全部 捨 て た のぉ」
自分たちが文明的な暮らしをしていたらしいことは、うっすらと覚えているが、ほとんど忘れてしまっているらしい。
覚えているのは、ここ500年ぐらいのことだという。
「それじゃ知識も技術も?」
「もちろん、こんな世界じゃ役に立たないでしょぉ? ミシンだっけ? あれはびっくりしたのは確かよ。あんな機械なかったしぃ」
要するにレトロ過ぎて、なかったらしい。
彼女の説明だと、布は分子同士を結合させるので、縫ったりする必要がなかったという。
どんな形状の服でも1枚構造でできるってことだ。
全部忘れてしまっているから、船やら車に乗っても喜んでいたわけだ。
元々は、もっとすごい乗り物にも乗っていたはずなのに……。
言葉は悪いが、ボ○老人……。
「なにか悪口を考えてるぅ?」
セテラが俺の顔をジッと見つめている。
「いや、ゲフンゲフン!」
彼女が普通のエルフたちと同じ暮らしをしていたのも、そのせいか。
エルフの先進的な科学力やら知識を全部捨てて、原始的なエルフの生活を選んだのだろう。
俺はアイテムBOXからタブレットを取り出した。
「ああ、うん――こういう板も使っていたような気がするぅ」
セテラがタブレットを持って、裏表を見ている。
彼女が言うように星の外からやって来たのであれば、星の海を渡れるってことになる。
要は恒星間航行技術を持っていたわけで、当然タブレットのような情報端末もあっただろう。
「エルフたちは宇宙を渡る術を持っていたのか?」
「宇宙ってのがなにか解らないけどぉ、星の外に広がる空間なら、アグ・イルと呼ばれていたわぁ」
ああ、やっぱりなぁ。
アキラが帰ってきたら、彼とも話し合わないとだめだなこりゃ。





