23話 急転直下
――朝起きる。
隣にはプリムラさんが可愛い寝息で寝ているのだが、先に起きてベッドの縁に腰掛けると軽いため息をつく。
「なんで、こんなオッサンが良いんだろうなぁ……」
アイテムBOXから出したテーブルの準備をしていると、プリムラさんが起きてきたので朝食にする事にした。
彼女がグラノーラで良いと言うので――彼女に牛乳、俺はコーヒーだけにする。
「その黒い飲み物は?」
「これはコーヒーって飲み物ですが」
プリムラさんが飲みたいと言うので、一口飲ませてあげる。
まぁ、いわゆる間接キスであるが、いい年したオッサンがそのぐらいでオタオタするはずも無い。
彼女も別段気にしている風でも無いしな。
「……あの、苦いんですけど」
「はは、慣れると、この味が癖になるんですよ」
食事をしながら、アイテムBOXの話になった。
俺のアイテムBOXの容量の大きさに、マロウさんは気がついていたようだ。さすがに同じアイテムBOX持ちにはバレていたか。
実は、マロウさんのアイテムBOXもそれなりの容量があると言う。だが、それがバレると悪巧み目的で近寄ってくる連中が多いので、ずっと隠していたらしい。
それ故、俺が容量を隠しているのにも、なんとなく察しが付いて黙っていてくれたみたいだな。
取引先のマロウさんが良い人で良かった。たまたま本当に運が良かっただけだがな。
食事が終わったので、川の所までプリムラさんを送って家まで戻ってきた。
彼女の話では、1ヶ月程買い付けの旅行へ出かけるので、その期間はマロウ邸は留守になると言う。
旅行に彼女も同行するようで、大店になっても自分で買い付けをこなすのがマロウ流らしい。
「さて、畑でも見るかな……」
だが畑をみると――実がなり始めたトマトの苗が綺麗に全部倒れている。そりゃもう見事に――。
「なんじゃこりゃ! もしかして根切か?」
根切ってのは、蛾や甲虫の幼虫が作物の茎の中に入ってしまい、根本から食われ倒れてしまう食害である。
本当に見事に倒れる。葉っぱじゃなくて茎なので倒れたらそのまま枯れてしまう。もう本当に笑うぐらい簡単に全滅する。
元世界の家庭菜園でも、これで一面が全滅して途方に暮れた事があった。
「マジかよ! 異世界にも根切がいるのかよ……マリーゴールドは効かなかったか?」
脱力しながらシャングリ・ラを検索――根切用の農薬も確かに売っているが、道具屋の爺さんの所から、虫除けの魔石をもう1個買った方が良いな。
魔石は高いが農薬を使うよりは良いだろう。スローライフと言えば無農薬のイメージがあるしな。
でも元世界の家庭菜園では農薬を普通に使っていた。だって薬を使わないとマジで全滅するからな。
使い過ぎなければ便利な物は使うべきだ。だが、ここには魔石という便利な物があるので、コレを使う。
相当がっくりきたが、このまま放置するわけにもいかない。
ダメになった植物を片付け、堆肥置き場へ持っていくと畑に耕うん機を掛ける。
耕うん機をアイテムBOXへ収納して、鍬で畝を作っていると不意に後ろから声を掛けられた。
「もし」
「は?」
ふり向くと見覚えがある顔だ――それは俺の店に、よく来てくれる騎士爵様だった。
だが、いつもと違い立派なプレートアーマーを着込んでいる。フル装備って奴だ。
「貴公は……森の中に怪しい男が住んでいるという事だったので、調べにきたのだが」
「これはこれは騎士爵様。こんな所でお会いするとは」
「森の中に住んでいるというのは貴公だったのか」
「ええ……まぁ。しかし森の中に住んではいけないという決まりも無いので御座いましょう?」
「それはそうだが……よくこんな所に、このような家を建てたな」
彼は俺の建てた家を眺めているが、ちょっと呆れているようにも見える。
「結構、苦労しましたよ」
苦笑いする俺だったが、騎士様は外に並んでいる太陽電池パネルに気がついたようだ。
「あれは?」
「え~と、あの……魔法に関する物なので、申し訳ございませんが、お話しする事ができません」
ヤバい! やっぱり、あれは目立つよなぁ。だが快適な生活のためには、どうしても電気は必要だし。
人がいないような僻地では、街へのアクセスが面倒になるし……。
「魔法? あのような奇々怪々な物を使うとは――貴公は魔導師なのか?」
「ええ、まぁ……申し訳ございませんが、この事はご内密に……」
俺が、アイテムBOXから金貨を出して、彼に手渡そうとすると手で制された。
「そうだな――貴公が強力な魔法を使う魔導師と解るといささか拙い事になるな」
「それ故、ひと目を避けて、ここで暮らしていたのですが……」
勿論、大嘘だが。人目を避けていたのは本当だ。
「私も貴族の端くれだが――確かに貴族の横暴には目に余る物があるし、身分を隠したいと言う貴公の気持ちも解る」
彼のような騎士爵というのは一代貴族で、子供に継がせる事は出来ない。役職もなければ治める領地も、もちろん無い。
「それでは……」
「まぁ、叶うならば、1つ願いを聞いてもらいたい」
「なんでしょうか? 私に出来る事ならば、なんなりと」
彼は腰にぶら下がっていた短剣を取り出した。
それは俺が露店で売った剣鉈を改造した物で、オリジナルと違って大きな鍔が付けられて戦闘用に改良されていた。
「貴公から買った、この短剣は大変に素晴らしい。願わくは、これと同じ物で大剣が欲しい」
「う~ん、私の所では長物は扱っていないのですが……」
銃刀法何とかで、剣なんてシャングリ・ラでは売ってないからな。
俺は改めて検索してみるが、そんな物は売っていない。まさかコスプレ用に売っているエクスカリバーの模造刀を渡すわけにもいくまい。
だがナイフを検索していて良い物を見つけた。
「それでは、こういたしましょう。私は大剣を扱ってはいないのですが、鋼材は持ちあわせています。その鋼材を騎士爵様にお渡しいたしますので、そちら様が懇意にしている鍛冶に剣を打ってもらうというのは、いかがでしょうか?」
「なるほど――そういう手もあるか」
俺は、シャングリ・ラからナイフ用の鋼材を取り寄せた。
彼に売った剣鉈は青紙という鋼材なのだが、それは売っていなかったので、A○Sー34という物を取り寄せた。
これは強靭で錆びず中々の優れ物で、俺もこの鋼材を使ったナイフを何本か持っていた。
値段は寸法5mm×200mm×600mmの物が7万円だ。これが4枚もあれば大剣でも何でも作れるだろう。
とりあえず1本だけを彼に渡してみる。
「これになりますが」
鋼材を見た騎士爵様の目が煌めく。
「これは凄い! まるで刃物で切り出したかのようだ」
ああ、鋼材じゃなくて正確な四角さに感動したわけね。
「これを4枚程差し上げますので。それならば、どんな大剣でも造る事が出来ましょう」
「ううむ……よし! その話に乗ったぞ」
「ありがとうございます。ああ、1つだけ注意すべき点が――その鋼材と他の物を混ぜないでいただきたい。性能が落ちますので」
「解った」
残りの鋼材を3枚渡す。かなり重いが大丈夫だろうか。鋼材の値段は、しめて28万円……痛い出費だが口止め料として致し方無い。
シャングリ・ラから、40㎝ぐらいの麻で出来た巾着袋を買って彼に渡す――1300円だ。
「これに入れて、お持ち下さい」
「これは、かたじけない」
「騎士爵様、この鋼材の出処も、くれぐれもご内密に」
「解った」
俺はテーブルと椅子をアイテムBOXから出すと、彼を誘った。
「お急ぎでなければ、少々お話とお飲み物でも」
「そうか――それでは馳走になるか」
さて、何を出したものか……
「まさか、騎士爵に牛乳ってわけにもいきませんし――まだ昼前ですが、お酒でよろしいですかねぇ」
迷ったが、シングルモルトウイスキーから、グ○ンフィディックの12年350ml――2000円を選んでみた。緑色の瓶が綺麗だ。
すぐに【購入】ボタンを押しそうになったのだが、スクリュウ-キャップとかラベルとか拙いじゃん。
一旦家へ入ると、シャングリ・ラからコルク栓を購入してフタ代わりに、ラベルもアルコールを吹きかけて慌てて剥がした。
木の盆に乗せて、陶器のコップと水、そして酒瓶を一緒に並べて騎士爵様にお出しした。
「強い酒なので、水で薄めてお飲み下さい。水は浄化して御座いますので」
「ほう! これは美しい酒瓶だ」
椅子に座った騎士爵様が、緑色の瓶を覗き込むように見ている。瓶に映った自分の顔を見ているのかもしれない。
「異国の酒で御座いますよ」
彼は琥珀色の酒を注ぐと、水で割らずにグイっと一口でいった。
「はぁ! 確かに、こいつは強い! だが美味い! こんな美味い酒は初めてだ」
「それは良かった。よろしければ、こちらもお持ち下さい」
「よろしいのか?」
「もちろんで御座います」
2000円で口止め出来るなら安いもんだ。男を落とすなら金と酒と女と相場が決まっている。
ここで女もいれば最高だが、ここにはいないからな。
「これだけ美味い酒を貰って、タダというわけにもいくまい。聞きたい事があれば答えるぞ」
彼は、おかわりの酒をグラスに注ぎ足した。
「はは、お見通しで御座いましたか――それでは、この国の対外関係はどのような状態なのでしょうか?」
「商人となると、他国の事も気になるか?」
周囲の国については全く解らんからな。街の住民じゃそういうことは全く知らないし。
商人達にとっても大切な情報故、対価も無しに聞かせてくれる事も無い。タダで聞けるのは、せいぜい噂話程度だ。
やはり、ある程度の地位がある人間でなければ正確な情報も入ってこないだろう。
「それは、もちろんで御座います。戦が近くなったりすれば、売れる物売れない物がはっきり致します故」
「そうだな――国境沿いで、帝国との小競り合いは続いているが、帝国での内紛問題が解決するまでは、しばらくは問題ないだろう」
「帝国内で揉め事で御座いますか?」
グラスに口を付けている彼の目が光る。
「ああ、皇帝と皇太女が権力闘争の真っ最中だ」
「皇帝と皇太女って――実の親子なのですよねぇ?」
「その通り正真正銘、母と娘だ。だが皇帝は溺愛している第二皇女に後を継がせたいようでな。皇太女を暗殺しようとして失敗。それから確執が決定的になった」
うわぁ、実の母娘で殺し合いかよ。ドン引きだわ。それにしても伊達政宗もこんな話じゃなかったか。
「それでは問題は長引きそうですか?」
「いや、そうでも無い。皇太女側が独自魔法を持った強力な魔導師を手に入れてな。戦力が逆転しそうなのだ」
独自魔法ってのは、普通の魔力を使う魔法と異なる全く異質な物で、対価が必要なく普通の魔法より際限無く使えるのが特徴らしい。
それじゃ俺が使ってるシャングリ・ラも独自魔法って事になるのか? 自分では魔法を使っているって感じはしないけどな。
「地方商業都市の大貴族、アインシュテュルツェンデノイバウテン公爵家が、皇太女側に付いたという情報もある」
アイン……? なんだって?
「その独自魔法というのは、どのような物なのでしょうか?」
「なんとかという、黄色い物を大量に造り出して、辺りを埋め尽くすらしい」
「黄色い物? なんですか?」
「なんと言ったか――マヨ……マヨ」
「もしかして、マヨネーズ?」
「そう、それだ!」
なんだそりゃ!? マヨネーズを造る能力? そんなのありか?
「そして、それから大量の油を生み出す能力もあるらしい。魔物の群れを大量の油の海に沈めて、焼き殺したという逸話もある」
「それは恐ろしいですね」
「まったくだ。その魔導師が我が国との戦に参戦すれば、拙い事になるのは必至だ。何せそいつはドラゴンも倒したという話だからな」
彼はグラスの酒を飲み干した。
「ドラゴン?!」
マヨネーズなんて、何の冗談かと思ったが、大量に作れるとなると武器としても利用出来るってわけか。
だが間違いないな――そいつが例の転移者だ。しかし戦は勘弁してほしいわ。そうならないように願うしか無いが……。
それから帝国では魔法を使う者の商売を禁止していると言う。商人に不利になるからという理由らしいが。
この国では魔導師の商売は禁止されていないみたいだがな。
「あの――帝国、帝国って言いますけど、帝国の正式名称って何と言うのでしょう?」
「んん?」
「私は、僻地の田舎にいたものですから……」
「ディライヒフォムメートヒェン(少女帝国)だ」
騎士爵様の話によると――女帝が即位すると神器を使って、少女の姿となりて国を統治する習わしがある国家らしい。
それで、少女帝国かよ。どこの中二病国家だ。
ウイスキーを2杯程飲んだ騎士爵様は上機嫌で帰っていった。
ここへ来た理由も、森に住んでいるのが野盗の類だと拙いので確認しに来ただけらしい。
それならば――森にいたのは俺の知り合いで変わり者のオッサンでした――と彼に報告してもらえば良い。
多分、大丈夫だろう。
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――それから1ヶ月後。
そろそろ、マロウ商会のキャラバンが帰ってくる頃だ。
野盗もいるようなので、完全武装の護衛を連れたキャラバンらしい。
帰ってきているなら、顔出しをしておかないとダメだろうな。何か変わった商品があるなら見てみたいし。
昼前に、いつものように街へ行く――だが様子がおかしい。何か人々がざわついているようだ。
通りへ向かう通行人に話を聞くと、マロウ商会のキャラバンが野盗に襲われたらしい。
「なんだって?!」
そりゃ、ヤバいやつじゃん! 今、冒険者ギルドにマロウさんが来ていると言う。
良かった、マロウさんは無事だったか……。
俺は急いで大通りにある冒険者ギルドへ向かった。
「娘を! 娘を助けてくれ! 誰でも良い! 金は出す!」
冒険者ギルドの前で必死に叫んでいる初老の男性。草色の服がボロボロになって汚れているが――。
マロウさんだ。
「マロウさん! ご無事でしたか!」
「おおっ! ケンイチさん! 私は無事でしたが、娘が! 娘がぁ!」
なんだってぇぇぇ?!
彼の話では――マロウ商会のキャラバンが野盗に奇襲を受けて、散り散りになってしまったという。
護衛に守られて、マロウさんとプリムラさんが脱出したのだが彼女は逃げ遅れたらしい。
それでも彼は護衛に引きずられて何とか逃げ延び、このダリアまで辿り着いたと言う。
生き残ったのは、マロウさんと護衛が2人だけ。
襲ったのは、シャガという札付きの野盗。アマナもヤバい野盗がいるって、いつか言ってたな。そいつらか。
マロウさんは冒険者ギルドへ討伐の依頼を出してきたらしいが……。
「娘を助けてくれ! 金ならいくらでも出す!」
渾身の力を込めて叫ぶ彼の声に通りの人々の反応は薄い。冒険者ギルドの中からも人が出てきているが反応はイマイチだ。
聞けば、30リーグ(50km)程離れた、森の中に野盗のアジトがあると言う。そいつ等に略奪を受けた村は1つや2つでは無いらしい。
そんなにヤバい奴らなら、国で討伐隊が組まれるべきなのでは?
しかし野盗に捕まっているプリムラさんの事を考えた俺は、マロウさんの肩を掴み顔を向き合い叫んでいた。
「マロウさん! 俺が何とかする!」
気がつけば、そう叫んでいた。無茶かもしれない――いや、無茶だろう。
当たり前だのクラッカー、俺はタダの素人だ。だが俺にはシャングリ・ラがある。
戦闘なんてやったことがないが、シャングリ・ラにある物で何とか出来るかもしれない。
俺は誰から貰ったか、どうして貰ったかも解らないシャングリ・ラという能力に一縷の望みを託した。