213話 バス旅行
平原の中で孤立した村から移民を募集したら、全員が手をあげた。
その数30人。その中には、かつて盗賊シャガの下から助けだした女性も含まれている。
不思議な縁があるな。30人の引っ越しとなると大変だが、俺にはアイテムBOXがある。
村にあった彼らの家を荷物ごと全部アイテムBOXに入れるという、裏技だ。
そのままサクラに行ってから、整地をした土地に家を出せばそのまま村の移転が済んでしまう。
住民は俺が出したマイクロバスに乗せる。多少、定員オーバーだが、なんとかなるだろう。
外国に輸出されたマイクロバスが、天井まで人を乗せて走っているのを見たことがあるし。
まぁ――ああいうのは、サスペンションとか強化されているんだろうけど。
ぎゅうぎゅう詰めの住民を乗せて、T社のコ○スターは街道を走りだした。
道はそんなに悪くないし、SUV車じゃなくても、なんとかなるだろう。
スタックしたら、俺のアイテムBOXに入れて出し直せばいいわけだし。
先頭を切るのは、アキラのハ○エース。
マロウや一緒になった犬人、アマナ、マーガレット、プリムラが乗っている。
プリムラもこちらに乗りたそうな顔をしていたが、父親とマーガレットがいるので、ハ○エースに乗ってもらうことにした。
こちらはぎゅうぎゅう詰めだから少しでも乗客を減らしたいが、犬人と猫人は一緒にできないし、中々気を使う。
ペットのスライムは、後部にあるトランクルームに入っている。
さすがに30人以上乗っていると、車内はにぎやか。
定員が29人乗りなのだが、補助席を出して4人がけの所に5~6人を無理やり座らせ――扉の所には獣人たちが陣取っている。
三毛の娘もそこに座っているが問題ない様子。
荷物は全部俺のアイテムBOXに入っているので、意外とスペースはあるのだが……。
運転席の隣でも補助席を出して、アネモネとアマランサスが座っており、森猫たちもここだ。
猫は狭い所が大好きなので、まったく苦にはしていない。
ハンドルを握っていると、カゲが飛びついてきたりするので、注意が必要だ。
ベルが注意してくれているようなのだが、まだまだやんちゃ盛りって感じなのだろう。
扉がある狭いスペースで団子になっている獣人たちと話す。
「お前達、向こうに乗れば、そんなぎゅうぎゅうにならないのに……」
「犬コロと一緒なら、こっちのほうがいいにゃ」「そうだよ旦那」
まぁ、彼女たちがそう言うならいいが。
「それに、この子と一緒に遊んであげられるからいいにゃ~!」
ミャレーは、三毛の娘をずっと肩車している。
「ふう……娘と遊んでもらえると助かるよ。子どもの元気に負けて疲れてしまうことがあってさ」
子どもってのは、小型台風だからな。
獣人でも、子どもの相手をするのは疲れるらしい。
「それなら、ウチに任せるにゃ!」
「うん、ミャレーお姉ちゃんと遊ぶ」
「うにゃー! 可愛いにゃ! 食べていいかにゃ?!」
ミャレーが子どもを肩から降ろすと、頬ずりしまくっている。
「本当に食うなよ、クロ助」
ニャメナは、あまり子どもが好きではないらしく、少々うんざりとした顔だ。
こんな感じでバスの中はぎゅうぎゅうなのだが――俺やアキラは、元世界の便利な生活に慣れてしまっているので、この世界の住民の感覚とのズレがある。
とにかく彼らからすれば、自分で歩いたり走ったりすることもなく、移動ができるってだけで十分にすごい。
狭いとか乗り心地なんてどうでもいいことらしい。
住民たちが交互に窓にへばりつき、外で変わる景色をずっと眺めている。
「す、すごい速さだ……」「どんどん景色が変わっていくな」
「ウチらの全力疾走と同じぐらいの速さにゃ」
「へぇ、獣人たちってのはこういう景色を見ているのか……」
ミャレーのドヤァ顔の解説に、住民たちが聞き入っている。
車は順調に進み、土の道を走りながら、たくさん走っている馬車を追い越していく。
途中にある宿場町も通り過ぎる。
「もう、宿場町かい!?」「通り過ぎちゃった……」
「今日中には、ダリアに着くぞ」
「「「えええっ!?」」」
住民たちは、1日でダリアに到着するその速さに信じられないようだ。
昼になったので昼食を摂るが、人数も多くあまり時間はかけていられないため、シャングリ・ラで購入したインスタントものなどで賄う。
シャングリ・ラで買ったパンと、インスタントのスープ、そして冷凍ものの唐揚げ。
それらを、アネモネの魔法レンジでチンすれば、すぐに食えるようになる。
「これは肉か? 美味い!」「スープも美味しい!」「この世に、こんな柔らかいパンがあるなんて」
唐揚げもインスタントスープも住民たちの評判はいい。
シャガの討伐のときにもインスタントスープを出したが、評判がよかったからな。
この世界の住民たちの舌にも合うらしい。
特に柔らかいパンは年寄りに人気だ。
パンをかじりながら、アマナの所に行く。
「アマナ、色々と世話になったな」
「いやですよ。あたしが勝手についてきただけですし。美味いものをたらふく食わせていただきましたから」
そこにワルターとアキラがやってきたので、猫人たちが警戒しているが、犬人はチラリとも見ない。
「ケンイチ様、今日中にダリアに到着するというのは本当ですか?」
「ああ――多分、余裕で間に合うだろう」
「ダリアで一泊するのか?」
アキラもパンを齧っている。
本当はビールを飲みたいところだろうが、まだ運転が残っているからな。
「いや、門が閉じる前に街を抜けられたら、そのまま森を突っ切るつもりだ」
「まぁ、2時間もあれば抜けられるしな」
「……」
ワルターがなにか考え込んでいる。
「どうした?」
「もうしわけございません。あまりに信じられなくて……」
「まぁ、最初はそうだな。すぐに慣れる」
ベルとカゲがやってきたので、軽くブラシをかけてやる。
それを見た、ワルターが尻尾を振っている。
「どうしたワルター? お前もブラシをかけてほしいのか?」
「いえ?! そんな恐れ多い……」
彼は尻尾をブンブンさせているが、俺としても男のブラシがけはなぁ……。
そこに三毛の娘が走ってきた。
「あたしもブラシー!」
「おっ!? よしよし」
ふわふわの三毛にブラシをかけてやる。
「あわわ! ケンイチ様、もうしわけございません!」
親の三毛が飛んできた。
「ああ、構わないよ。ほら、ベルもなにも言わないし」
ベルは自分の手をペロペロして、顔を洗い、毛づくろいをしている。
「ふみゃー――だっこ」
子どもがねだるので、彼女を抱き上げる。
だが、なにか黒い視線を感じたので、そちらを向くと――アネモネだ。
「アネモネ、まさかこんな子どもに嫉妬したりはしないよな?」
「うう……」
キャッキャとはしゃぐ子どもに、アネモネが苦い顔をしている。
いつも大人だって言い張っているのに、子どもにヤキモチじゃ恰好悪いだろう。
そこにアマランサスが飛び込んできた。
「聖騎士様ぁ! 妾にもブラシをかけてたもれぇ」
「編み込んでいる髪を解かないと無理だろ」
「そっちではないわぇ……」
アマランサスが抱きついて離れない。
「昼間から、止めなさいっての」
「アマランサス様! こ、こんな昼間からなにをなさるんですか!」
プリムラからもクレームが入った。
「オダマキで魔物退治してから、ちょっとおかしいぞ?」
「そんなことはありませんわぇ……」
「いや、変だ」
俺の言葉にアマランサスが、ちょっと間をおいた。
「聖騎士様、妾は奴隷でございますわぇ」
「まぁ、そうだなぁ。なんで奴隷を望むのか、解らんのだが」
「妾は奴隷ですわぇ!」
「解ったっての、なにが言いたい?」
「もっと奴隷のように扱ってくださいませ、ハァハァ」
「はぁ? なじったり、足蹴にしたりしろっていうのか?」
「その通りですわぇ! そして、ボロ布のようになって、聖騎士様にすがるのですわぇ、ハァハァ」
アマランサスの目が怖い。冗談ではなく、本気でこんなことを言っているのだ。
「アマランサス様! この場で、そ、そのようなことを!」
プリムラの顔が真っ赤だ。
「アマランサス! くっつきすぎぃ!」
アネモネが俺たちの間に割って入ろうとしている。
「どうじゃぇ? 正室や側室には、このようなことはできぬじゃろうて」
ドヤ顔のアマランサスにプリムラが反論した。
「そ、そんなことはありません! 私だって、やろうと思えば!」
「お嬢様落ち着いてください」
スープを持ち、パンを咥えているマーガレットが真顔でツッコミを入れる。
「マーガレットの言うとおりだぞ。プリムラも落ち着け」
そんな俺たちから、ちょっと距離をおいて――必死にアホなことを言っている自分の娘に、マロウが無表情で固まっている。
娘のこんなやりとりを聞かされる父親の心境はいかがなものか。
自分の娘が貴族の側室になったということで、親としての心は捨てて、大店の商人として貴族との付き合いを優先しているのだろう。
まぁ、それは解るんだが、一言注意してくれてもいいんじゃないだろうか、お義父さん。
離れた場所で、俺たちのやりとりを真剣に見ていた住民たちも、ざわついている。
「さすが貴族様だぁ」「あんな美人の奴隷を使い捨てか?」「たまげたなぁ」
ほらほら、誤解されているだろうが。
興奮しているアマランサスを抱き寄せる。
「ほら、アマランサス、いい子だからやめような」
彼女の頭をなでる。
「妾は奴隷なのじゃ! いい子ではありませんわぇ!」
「アマランサスがいい子なのは、俺がわかっているから」
「違うのじゃぁ!」
そんなやりとりをしていると、アマランサスが泣き始めた。
情緒不安定だなぁ。割って入ろうとしたアネモネも呆れている。
「モテる領主様はつらいな」
アキラが皮肉っているが、ちょっと困った状態だ。
「なんとかしてくれ」
「無理だな。望んでいるんだから、椅子にしてケツにでも敷いてやればいいだろ?」
「そんなことできるかい!」
「それじゃ! 聖騎士様ぁ! 妾をなぶって椅子にするのじゃ!」
「ほら、ダメダメ! お~し! 皆、満腹になったなぁ――出発するぞぉ!」
「「「おお~っ!」」」
「聖騎士様ぁ!」
涙目で騒ぐアマランサスをバスに乗せる。
一応、命令すると素直に従う――というか、従わないと激痛で転げ回るからな。
それにしても、彼女が奴隷にこだわるのが、そんな理由からなんてな。
ハ○エースとバスは、再び街道を走り始めた。
順調に走り続けるが途中で雨になる。
以前に遭遇した、前も見えなくなるような土砂降りではなく、普通に走れるレベル。
「アキラ~、そのまま走るぞ~」
『オッケー』
ギッコンバッタン、フロントガラスに揺れる黒いワイパーに、カゲがじゃれついている。
それを見ていた獣人たちも飛びかかりそうだ。
本能のようなものなので、自制するのは大変らしい。
見なきゃいいと思うのだが、音や動くものがあると反応してしまうようだ。
「こんな雨の中でも、平気で走っているぞ」「全然、雨も入ってこないし」
村人たちの声が聞こえるが――雨の多い日本で作られた車だからな。雨の対策はバッチリ。
雨は30分ぐらいで止んだが、舗装されていない土の道は泥濘と化す。
馬車の車輪は細いので、すぐスタックしてしまう。
それを横目で見ながら俺たちはゆっくりと追い越していく。
さすがに助けている余裕はない。なにせ数が多すぎるしな。
湿気があるのか、車内が暑くなってきた。
なにせ乗っている人数も多いからな――俺は、エアコンのスイッチを入れた。
「おおっ!? 冷たい風が出てくる!」「魔法ですか?」
「そうそう、魔法だ」
「なんと、魔法で中が涼しくなる乗り物なんて」
「暑いときは、この召喚獣の中で寝ればいいにゃ」
ミャレーが妙案を思いついたようだ。
「この中でか?」
「にゃ」
「アネモネの魔法で十分だと思うけどなぁ」
シャングリ・ラで窓クーラーを買って取り付けるという手もあるが、発電機がうるさいからな。
なにかカバーを作って被せればいいが……ガソリンも高いし……。
このコ○スターは、ディーゼルだから、バイオディーゼル燃料が使えるけどな。
馬車を追い越しまくり、俺たちはダリアを目指す。
日が傾く頃、ダリアの塀が見えてきた。
「あれがダリアの街だ」
「本当にダリアについたのですか?!」「すごい!」「なんという速さ!」
住民たちのざわつきを聞きながら、アキラの車に連絡を入れる。
「アキラ、まずはマロウ商会へ」
『オッケー』
閉門には余裕で間に合った。
マロウ商会にマロウとマーガレットをおいても、街を通り抜けられるだろう。
街の通りを進むと、たくさんのドライジーネが走っている。
結構、普及しているようだ。
その中に、前輪にペダルがついたものが走っているのを見かけたので無線を取った。
アキラの車に乗っているプリムラに話を聞く。
「プリムラ、新しい型のドライジーネが走っているようだが……」
『アレはボーンシェーカーですわ』
俺が渡した手書きの図面から、あれを開発したらしい。
最初は俺やプリムラが乗っていた自転車をコピーしようとしたが、それは無理だと悟って、こちらにしたようだ。
少々テクノロジーが遅れているとはいえ、同じ人間だ。
一旦、発明がされると、かなりのスピードで改良され商品化がなされていく。
まさに日進月歩。
コアモーターを使った車などが開発されたら、毎年のように新型車が現れるかもしれない。
その前に、コアモーターには魔石の問題があるがな。
家の外には洗濯物が干されているのが見えるが、木の洗濯バサミが使われてる。
アレも俺がマロウ商会に卸して、街で売られているものだ。
やはり便利なものは普及が早い。
そんな街の景色を見ながら、マロウ商会の屋敷に到着した。
バスから降りて、マロウに挨拶をする。
彼と一緒についてきていた商会の番頭は、オダマキに残って支店の準備をしているそうだ。
「予定より、遅れて申し訳なかったな」
「いいえ、魔物の襲撃という予想もしなかった事態であれば、仕方ありません」
「アマナの孤児院の件は相談に乗ってやってくれ。俺も金を出すし」
「承知いたしました」
一仕事追えて晴れやかな表情――とか思いきや、彼の顔はどんよりと暗い。
「どうした? なにか心配ごとか?」
「いいえ――」
そういえば――マーガレットはどうした。
アキラの車を見ると、マーガレットが乗ったままだ。
「おいおい、本当にサクラに来るつもりか?」
「ええ、旦那様とも、話し合いがつきましたので」
「お前の荷物とかはどうするんだ? 部屋か家があるんだろ?」
「しばらくしたら、ダリアに戻って身辺整理をいたします」
「ウチには、王家のメイドたちがいるから、なにかとうるさいぞ?」
「私は、お嬢様のメイドなので、関係ありません」
なるほど、そうきたか。
もう決めてしまったようで、雇い主のマロウにも話をつけているんじゃ、俺の出る幕ではないな。
俺が雇うメイドではなくて、プリムラのメイドであるんだし。
暗い表情のマロウに別れを告げると、車に乗り込んだ。
「俺は、恨まれないだろうな?」
準備が整うと――傷心のマロウに手を振り、俺たちはマロウ邸を出発した。
「アキラ、次はアマナの家だ。俺は知らんから彼女に聞いてくれ」
『市場で降ろせばいいって言ってるぞ?』
「そうか、それじゃ市場だな。でも、時間的に混んでいると思うので、近くまでしか行けないと思うが」
『それでもいいってさ』
市場の近くまで行くと、ハ○エースからアマナが降りた。
「ほんじゃな。お土産に黒狼でも持っていくか?」
「そんなのもらっても、持っていけないよ」
「獣人を掴まえて、金を払ってギルドまで運んでもらえばいい」
「その手があったね」
「そんじゃ、ほい」
アマナの前に黒狼を出す。
「孤児院の件はマロウ商会が力になってくれるそうだ。金もマロウ商会経由で俺も出す」
「解ったよ。楽しくなってきたじゃないか!」
三毛の娘とアネモネが、窓から手を振る。
アマナの顔も少々寂しそうだが――日がな一日、ぼ~っと露店を経営する日々から脱却するわけだ。
とんでもなく忙しくなると思うが、それは彼女が望んでいること。
人生の転機ってのは、いつ来るか解らない。
「面倒だから、途中で止めるとか言わないでくれよ」
「旦那じゃあるまいし!」
彼女は俺の性格をよく知っている。
――とはいえ、さすがに領主までなって家族もできたのに、放り投げたりはできない。
守るものができたのだから、可能な限りしがみついて足掻けるだけ足掻く暮らしをしなくてはならないのだ。
車を出す前に皆に確認する。
「このまま森を突っ切って辺境伯領に入る。多分あと2時間ぐらいだな。腹が減ったと思うが我慢してくれ」
「大丈夫でございますよ、昼も食べさせていただきましたから」「まともに昼飯なんて食べたのは久しぶりだったぜ」
「そうか、辺境伯領についたら飯にしよう。それじゃ出発する」
村人たちと話していると、プリムラがこちらに乗り込んできた。
「おい、プリムラ。こっちは一杯だぞ?」
「もう父もいませんし、こちらに乗ってもいいでしょう?」
プリムラの言葉に無線機を取った。
「アキラー! そっちのスペースが空いただろ? こちらの人を何人か乗せてやってくれ」
『オッケー』
村人たちを6人ほど、ハ○エースに移す。
これでちょっと座席にも余裕ができる。
アキラの車を先導させて、バスを発進させると――人混みを縫うように進め、街の北門を抜ける。
普通、今の時間は慌てて街に入ってくる馬車ばかりなので、出ていく馬車などは一台もない。
門を抜けると、いよいよ暗くなってきた。
右手の森には、以前俺が住んでいた場所がある。
あのときに、こんな波乱万丈の人生になるとは想像もできなかった。
たまに商売をして、森の中でひっそりと、スローライフをしていればよかったはずなのに……。
俺が右の森を見ているのを、プリムラも気がついたようだ。
「ケンイチ……ごめんなさい。あなたはあの場所でひっそりと暮らしていたかったのですよね?」
「ははは、そうだけど。今の生活も結構面白いし」
「でも、私と知り合いにならなければ……」
なんだ、プリムラはまだその話を引きずっているのか。
「そんなことはないぞ。前にもその話はしたが、マロウ商会と知り合いになったから、商人として自立できたんだし」
「私も、プリムラのおかげでケンイチと一緒に暮らせて、魔法も覚えられたし」
アネモネのは、プリムラのおかげというのは、ちょっと違うような。
ちょっと嫌味が入っているのか。
まあ、プリムラがシャガに捕まったせいで、俺がアネモネと知り合えたのは間違いないが。
「私だって……子どもに負けるなんて……」
なんかプリムラがブツブツ言ってる。
「妾もそうじゃな。聖騎士様がダリアでおとなしく暮らしていたら、一緒にはなれなかったのう」
「プリムラはアホだにゃ。さっさとケンイチとやって、マロウ商会で囲ってればよかったにゃ」
「うぐっ!」
ミャレーの核心をつくツッコミに、プリムラが顔を赤くして言葉に詰まる。
マジで、あそこでやってしまったらダリアに住むか、マロウ商会に婿入りなんてことになったな……。
「ううう……わ、私だって精一杯……ゴニョゴニョ……まさか、ケンイチがあんなに奥手だなんて……」
別に奥手でもないのだが、どうしても元世界の常識が邪魔してしまうんだよなぁ。
「まぁ、俺もお嬢のおかげで旦那と知り合えたんだから、感謝だなぁ」
ニャメナが、頭の後ろで腕を組んで話す。
「ううう……」
「お~い、プリムラをあまりいじめるなよ」
「にゃははは」
ミャレーの笑い声を聞きながら、アキラの車に連絡を入れる。
「アキラ――マーガレットを出してくれるか?」
『はいよ~……話すときは、このポッチを押してな……はい、なんでしょう?』
「マロウが簡単には辞めさせてくれないと思っていたんだが、どんな話し合いをしたんだ?」
『それは簡単です。私は、マロウ商会の裏も表も知ってますから』
「あ~、それを盾にしたのか。でも、他の商会だったら命を狙われるような交渉だなぁ」
『そのときはケンイチ様が守ってくれると信じてますから』
「まぁ、貴族に正面切って喧嘩を売る商人はいないだろうしなぁ……」
うちのメイドたちと仲良くやってもらえばいいが――どういう扱いにしたらいいんだろうか。
完全に、プリムラが個人で雇っているメイドってことにしたほうがいいのかな?
無線を終了する。
真っ暗な中をライトを点けて走る。
前には、アキラが運転するハ○エースの赤いテールランプ。
森の中――ライトの光になにかキラキラ反射しているのが見えるが――生き物の目だ。
危険なやつも危険じゃないやつもいる。
「こんな真っ暗な道を、まるで昼間のように……」「すごい明るい」
住民たちが、バスのヘッドライトの明かりに驚いている。
「本当は、部屋の中にもあかりを点けられるんだが、中が明るいと、こいつの操縦が難しいんだ」
「明かりが点けられるにゃ?」
「試しに点けてみるか?」
車内灯を点けてやる。
「「「おおおっ!」」」「まるで昼間のような明るさだ!」
「こんな風に中が明るいと、外が見にくくなってしまうんだ、明かりを消すぞ」
スイッチを切ると、一瞬で中が真っ暗になる。
「「「きゃぁ!」」」
女性の悲鳴が上がった。
順調に車が走っていたのだが、前を走っていたハ○エースが急ブレーキを踏んだ。
「アキラ、どうした?!」
『悪い、黒狼をロードキルだ! 少し壊れたかもしれねぇ』
「動けないのか? ライトが切れたのか?」
『いや……大丈夫だ』
「それなら、そのまま進もう。黒狼なら1頭ってことはないだろうし」
『オッケー!』
「オッケーにゃ! にゃはは! あの犬コロは、今どういう顔をしているのにゃー!」
まぁ、ミャレーの言っていることは少々悪趣味だが、自分たちの乗っている乗り物で神の遣いを轢いたんじゃ……。
「アキラ、ワルターは大丈夫そうか?」
『お? ちょっと待ってくれ…………大丈夫だと言ってるぞ』
そうか、それならいいんだが……。
そのまま2台の車は暗い森の中を進み――途中にある宿泊場所も通り過ぎて、辺境伯領に向かう。
突然、明るい光とともに走ってきた2台の化け物に、なにやら騒ぎになっているが、そのまま通りすぎる。
そして1時間ほどのち、サクラに向かう左折道路が見えてきた。
「やった、帰ってきたぞ~」
「うにゃー!」
俺の声に、乗っている住民たちもどよめく。
「本当に、辺境伯領に着いたのか?」「本当?」
まぁ、信じられないのは無理もない。
道交法もないのに、アキラと一緒に律儀にウインカーを上げて左折。
俺たちは、真っ暗なサクラに戻ってきた。





