208話 ボスがあらわれた ▼ たたかう
南の港町オダマキで、仕事を終えて帰ろうとすると、鉱山から魔物が溢れたという。
無視して帰るわけもいかず、俺たちは鉱山に向かった。
この街の鉱山は石灰鉱山で、王国の各地にとどまらず海を伝って帝国にも輸出されている重要産業である。
海から回り込み鉱山に向かった俺たちを出迎えたのは、大量の動く骨――スケルトン。
慌てて助太刀に入るも、領主の男爵から拒否されてしまう。
そのまま黙って見ていたのだが、徐々に魔物に押され始めて、けが人も出始めたので辺境伯の身分を使って強制介入をした。
戦闘の中、俺はスケルトン相手にアイテムBOXに収納する裏ワザを発見。
そのほとんどを、アイテムBOXに閉じ込めることに成功したが、アキラの話ではこういうダンジョンには中ボスっぽいのがいるらしく、そいつを倒さないと魔物が無限湧きするらしい。
俺たちは鉱山の中を進み、ダンジョンの入り口らしきものを見つけ――その中に躍り込んだ。
俺たちを待ち構えていたのは、またしても骨。
カタカタと音を鳴らしながら、こちらに向かってきた。
「ひゃぁぁぁ!」
吟遊詩人のポポーが悲鳴を上げた。
「アネモネ、ここで火は使うなよ!」
「うん」
「そういえばなぁ、洞窟でマヨ油に火を点けてな~、煙突効果で死にそうになったことがあったなぁ、ははは」
「ここで使ったら、マジでそうなるだろ。カゲ! ひっくり返せないか?」
「みゃ」
カゲが力を使ったようだが、迫ってくるスケルトンに変化はない。
「どうした?!」
「にゃー」
暗闇に溶け込んでいるベルの声が聞こえる。
カゲの能力は敵に影がないと使えない。頭につけているLEDライトだけでは、光量が足りないようだ。
それならば――。
「アネモネ! 天井に光よ! の魔法を!」
「解った! むー! 光よ!」
彼女が魔法を使うと、天井に光の玉が現れて周囲を明るく照らす。
暗闇で瞳孔が開いていたので、かなり眩しい。
「みゃ!」
カゲの声で、10体ほどのスケルトンが一斉にひっくり返った。
「おっしゃ! 収納! 収納! 収納!」
ひっくり返った骨を次々とアイテムBOXに収納する。
「旦那! あとは任せろ!」「うにゃー!」「おりゃ!」
ひっくり返っていないスケルトンもいるので、獣人たちに任せた。
「おい! 剣だ!」
アイテムBOXから取り出したカットラス刀を犬人に渡す。
「おまかせを!」
カットラスを振りかぶった彼が、スケルトンの脳天めがけて刃を振り降ろした。
刃が正中線を通り、スケルトンが首の辺りまで真っ二つに。
「ほう! なかなかやるのう」
それを見たアマランサスが、自分の剣でスケルトンを斬りつけると、頭から骨盤まで真っ二つ。
骨はそのまま崩れ落ちた。
さすがに、正中線から真っ二つにされると、上半身も下半身も復活できなくなるらしい。
ここにいるスケルトンは片付いたようなので、周囲を警戒する。
「お見事!」
アマランサスの剣捌きを見た犬人が、叫んだ。
「ほほほ、奴隷に称賛を送るのかぇ?」
「首に奴隷紋が刻まれているとはいえ、元はさぞかし名のある剣士様なのでは……?」
「ほほほ、それはどうじゃろうのう」
「お前もなかなかやるじゃないか。いい男だし腕も立つ。女にモテるんじゃないのか?」
「いや、それほどでも」
カットラスを構え、尻尾をパタパタと振る犬人がポーズを決めると――その姿は映画スターのようだ。
「ケンイチ! そんなやつを褒めるんじゃないにゃ!」「そうだよ旦那!」「お貴族様は、犬コロの味方なのかい!」
ミャレーとニャメナ、そして三毛も尻尾を振っているが、猫人と犬人とでは尻尾を振る意味が違う。
猫人の尻尾ブンブンはイライラしているポーズだ。
「腕の立つのは事実だからな」
「にゃにゃにゃ!」
ミャレーの尻尾の動きが激しくなるが、腕が立つなら戦力になってもらう。
「まぁまぁ非常事態だ。敵を倒すまで一時休戦といこうぜ」
アキラの言葉に獣人たちも納得したようだ。
ここで仲違いしても仕方ないしな。
皆で確認すると、石灰岩の洞窟を更に奥に進む。
ここは坑道ではないので、この先がどうなっているか誰もしらない。
途中、地下水が溜まって浅い池のようになっている場所もある。
腰ぐらいの深さだが水は冷たく、それが奥まで続く。ちょっと手を浸けただけでビリビリするぐらいに冷たい。
まるで氷に手を浸けているようだ。
「こんなところを潜ってスケルトンがやってくるのか」
「奴らは骨だから、冷たいとか感じねぇだろうし」
「そうだな」
「しかし、こんな真っ暗で地図もないのに、よく魔物たちは出口が解るな」
「あれじゃね? 蟻みたいなフェロモンを出していて後を辿ってくる――みたいな」
先発隊が残したフェロモンを辿って後続が続くのか。
アキラの面白い考えだが――スケルトンの動きを見ていると、たしかに蟻みたいな動きをしている。
骨だし、においも感じ取れないはずだから、本当にフェロモンってことはないだろうが。
冷たい水に、どうしようか悩んでいると、犬人がやってきた。
「貴族様、どうしますか?」
「俺のことはケンイチでいい――今、船を出す」
「船でございますか?」
俺はアイテムBOXから、ゴムボートを出した。
こいつの世話になりまくりだな。
多分、これからも出番が多いと思うが、よろしく頼むぜ。
ゴムボートをねぎらうと、冷たい水の中に放る。
「湖で使った、柔らかい船にゃ」
「船ですか?」
一緒についてきているポポーが驚く。
「冷たい水に濡れると、暖を取ったり毛皮を乾かしたりして時間が取られるからな。濡れないに越したことはないだろう」
ゴムボートを2台出して、地下の池を渡り始めた。
俺たちのボートには、アマランサスとアネモネ、ポポーも一緒。漕ぎ手は犬人がしてくれている。
先を行くボートには獣人たちとアキラ、森猫たちも一緒だ。
犬人と猫人の仲が悪いので、気を使わねばならない。
池は暗く奥まで続いており、ライトで照らしたところ全長は100mほどあるように見える。
「うひょー! 冷てぇ!」
アキラが手を突っ込んでいるのか、声が聞こえる。
「こんなダンジョンで船に乗れるなんてぇ」
ポポーが洞窟内を見回している。
「ここを甲冑を着た騎士などが渡ったら、寒さで動けなくなるのではないかぇ?」
「そうだろうな。そう考えるとダンジョンが作り出した防衛機構なのかも」
「ふむ、渡っている最中に攻撃でも受けたら全滅するかもしれぬ」
「この柔らかい船はすごいものですね、ケンイチ様」
犬人がオールで漕ぎながらゴムボートに感心している。
「俺が魔法で作り出したものだ」
「慰安にきていた吟遊詩人が歌う歌を誰も信じていませんでしたが、すべて本当なのでございますね」
「私は嘘なんて歌ってないのに!」
街の噂にポポーが憤慨している。
「俺は歌を聞いていないので、どれだけ誇張されているか解らんが、それに近いことはやった。ワイバーンを倒して、王女殿下を救ったのは事実だぞ」
「誇張なんてしていませんよ!」
「ははぁ――おみそれいたしました」
2艘のゴムボートは黒い水面を進むが、獣人たちのボートの進みが速い。
ライトで下を照らすと、石灰岩の白い底が反射して見える。
「ふぎゃー!」
突然、ミャレーの声が洞窟の中に反響する。
「どうした!」
「旦那、スケルトンだ!」「あわわぁ!」
ニャメナと三毛の声が聞こえてくる。
「今、行く! 無理に戦うな!」
「うわぁ!」
今度はアキラの声だ。
慌てて駆けつけると、半分沈没しかけたゴムボートが見えてきた。
胸の辺りまで水に浸かったスケルトンが、剣を振っている。
魔物が振る剣がゴムボートを傷つけたのだろう。
ボートの空気室は複数に分かれており、一気には抜けない構造になっている。
しかし、ボートの上では上手く戦えないし、カゲの力も使えない。
「くそ、どうすりゃ」
「ケンイチ! ゴーレムのコアを出して!」
アネモネがなにかを思いついたようだ。
「解った!」
アイテムBOXから、ゴーレムのコアを出して水に浮かべた。
「むー!」
空中に現れた青い光の粒子が水に溶け込むと、コアが水面を走り出す。
それが水面を滑ってスケルトンの所まで行くと、骨を包み込み奥に押し戻し始めた。
「やった! アネモネ、そのまま奥に押し戻してくれ!」
「うん!」
押し寄せる水によってスケルトンが塊となり、暗闇の中に押し戻されていく。
その隙に、俺は新しいゴムボートをシャングリ・ラから購入して、水面に浮かべた。
「ななな! なんですか、アレ!」
ポポーが、俺にアネモネの魔法について質問をしてくる。
「彼女のゴーレム魔法だよ」
「ゴーレムって人型で……」
ポポーが身振り手振りを使って、人形の真似をしている。
「まぁ、そういう魔法の新しい使い方だ」
新しいボートに皆を乗り換えさせる。
「皆、こっちに乗り移れ!」
「ケンイチ、すまねぇ!」
破れてしまったボートはアイテムBOXに収納した。
「うにゃー! 冷たいにゃ!」
「はっくしょい!」
腰まで濡らしたニャメナが大きなくしゃみをすると、洞窟内に反響する。
そのまま、俺たちのボートが先行すると対岸が見えてきた。
そこにアネモネのゴーレム魔法によって押し流されたスケルトンが、ひっくり返って屍を晒す。
いや、最初から死んでいるか。
「アネモネ、時間稼ぎに光弾を撃ってくれ!」
「うん! むー! 光弾よ! 我が敵を討て!」
彼女の周りに現れた数本の光の矢が次々と発射されると、石灰の上に転がっていた骨は辺りに四散した。
「チャーンス! 皆で上陸しろ!」
「よっしゃ!」
岸に這い上がると、バラバラになったスケルトンが集まり始めていた。
「くそ! 収納! 収納!」
骨をアイテムBOXに入れていくのだが、俺はあることに気がついた。
骨が集まっていくときに、ある骨を中心にして形が作られていくのだ。
試しに、そいつを真っ先に収納してみると――集まりかけていた骨がバラバラに崩れた。
こいつらの動力になっているのは魔石らしいが、そいつがどの骨にあるのか解らなかった。
「骨が集まっていく中心に魔石が入った骨があるっぽいぞ!」
「ああ! そうにゃ!?」
「なるほどな! そういえば、合体する中心になる骨があるみたいに見えるな」
アキラもそれに気がついたようだ。
「そいつを壊せばいいってことか!」「そうと解かりゃこっちのもんだよ!」
ニャメナと三毛が、その骨らしきものを見つけてハンマーを叩きつけた。
中から黒い石が転がり、集まっていた骨がくっつくのを止めるとタダの白い骨に戻る。
「なんか、ゴーレムみたい!」
そういえば、アネモネが使うゴーレム魔法に似ている。
「多分、魔法の質としては似たようなものなのだろうな」
魔石がエネルギー源で、魔石が入っている骨がコアになるのだろう。
仕組みが解ったら、俺はそのコアになっている骨を見つけてアイテムBOXに入れればいいってわけだ。
「収納!」
全部のスケルトンがタダの骨に戻り、水場での戦闘が終了した。
「ヘックション!」
ずぶ濡れになったアキラがでかいくしゃみをする。
「災難だな」
「いやぁ、すまねぇケンイチ。今回、俺はマジでやくたたずだ」
「まぁ気にするな」
彼が鼻をすすっているが、このまま進むのは少々マズい。
服を乾かすぐらいはしたほうがいいだろう。
俺は犬人に周囲の警戒を頼んだ。
「スケルトンが近づくと音がするから、解るだろう?」
「おまかせください」
「礼にこれをやる」
俺はシャングリ・ラから、犬用のチュ○ルを買ってみた。
彼らを犬扱いするわけではないのだが、ミャレーやニャメナが猫用チュ○ルが好きなように、犬人には犬用チュ○ルがいいのではないだろうか?
――そう思っただけだ。
「これは?」
「食い物だ、こうやってなめる」
スティックの封を切って彼に渡すと、少し匂いを嗅いでから舐め始めた。
「こ、これは美味いですな! なんという美味!」
目をキラキラさせて、犬人が尻尾をブンブンと振っている。
「口に合ってよかった。もう一本やる」
「ありがとうございます!」
犬人が尻尾を振りながら、辺りを警戒し始めた。
「ケンイチ、ウチにもにゃー!」「旦那俺にも!」
「あ、こらこら、こいつは犬人用だから!」
「そんなわけないにゃー!」
俺からミャレーがチュ○ルを奪い、ニャメナもそいつを舐めたのだが――そのまま無表情で固まっている。
「だから犬人用だと言っただろ。お前らは、こっち」
俺はいつも、彼女たちと森猫が食べているチュ○ルを取り出して猫人たちに手渡した。
「これにゃー! ペロペロペロペロ」「ペロペロペロペロ」
「それって美味いのかい?」
質問してくる三毛にニャメナが黙ってチュ○ルを差し出した。
それを咥えた三毛も、一心不乱に舐め始める。
俺はその間に、アイテムBOXからジェットヒーターを取り出して用意した。
モバイルバッテリーにつないで点火すると、轟々と温かい空気が噴出する。
「アキラ、服を脱いでアネモネに乾燥してもらったほうがいいぞ」
「おお、アネモネちゃん、頼むわ」
「うん」
裸になりバスタオルを腰に巻いたアキラの黒い服を魔法で乾かす。
「乾燥!」
乾燥の魔法は服を着たままでは使えない。
人体の水分まで抜いてしまう可能性があるからだ。
この魔法は、使い方次第では攻撃にも使えることになる。
この魔法によって、すぐに乾くと思ったのだが、魔法の青い粒子が服に染み込まない。
触っても濡れたままだ。
「アキラ、魔法が効かないぞ?」
「ああ、魔法を弾く素材だからか――そういえば魔法で乾燥させたことがなかったな、ははは」
アキラが笑いながら、自分で服を持ってジェットヒーターで乾かしている。
獣人たちも服を脱ぐと毛皮を乾かし始めた。
毛皮のせいで裸には見えないが、尻をこちらに向けると、うねうねと動く尻尾の下にゴニョゴニョが丸見えである。
「温かい風が――辺境伯様、これって魔道具ですか?」
ポポーがジェットヒーターに手をかざしている。
「そうだ」
「皆で風呂にはいったときは、これで乾かすにゃー!」
獣人の女3人が温風の前でダンスを踊る。
「こりゃいいねぇ! 家にもこういうのがあればねぇ」
三毛もジェットヒーターが気に入ったようだ。
獣人たちは、毛皮を乾かすのが大変みたいだからな。
「皆って……あの」
ポポーが顔を赤くしている。
「当然だろ?」
濡れた身体と服を乾かし終わったので、再び奥に向けて進み始めた。
幸い、1本道なので迷う心配がないのが救いだ。
そのまま10分ほど進むと、少々広い場所に出た。
天井も結構高い。
「ここってボス部屋っぽいが」
「そんな感じがするよな」
俺とアキラは、元世界の共通の認識を持っている。
彼は、いわゆるボス戦をしたことがあるらしいので、ここがそれっぽいと直感したようだ。
「旦那! 奥になにかいるぜ!」
暗くて解らんが、獣人達は奥になにかがいるのを感じているらしい。
臨戦態勢のまま待っていると、奥から白くて巨大なものが、ガタガタと音を立ててやってきた。
現れたのは、洞窟の天井まで届くような巨大な骨。
俺たちの目の前には、大きな頭蓋だけが目立って見える。
図体はデカいが、骨だけなので重量はあまりないのだろう。
地面の震動などは感じない。
「なんの骨だ!?」
「こりゃ、ドラゴンかなにかじゃねぇか?!」
「おそらくレッサードラゴンじゃの」
アマランサスのいうとおり、ドラゴンにしては小さいし、羽も生えておらずデカいトカゲのよう。
お城で倒したレッサードラゴンに似ているような気がする。
「ドラゴンゾンビってやつか?」
アキラの言葉に俺も乗った。
「そうだな! それが近いかもしれん」
「ケンイチ! こ、こんなのとどうやって戦うにゃ?!」「旦那ぁ!」「ぎゃぁぁ!」
歴戦であるウチの獣人達は冷静だが、初めての大物に三毛がパニクっている。
「きゃあああ!」
ポポーの悲鳴も響く。
「うわぁぁぁ! き、貴族様! いったいどうするんで?!」
冷静に見えた犬人もさすがにビビっているようだ。
「皆! 下がれ! アネモネ、時間稼ぎの光弾を!」
「うん! 光弾よ! 我が敵を討て!」
撃ち出された光の矢が、ドラゴンゾンビの太ももに命中して、丸太のような骨が外れて転がった。
脚をなくした巨大な骨の化け物がバランスを崩して、地面に倒れ込む。
「コ○ツさん、戦闘バージョン召喚!」
コ○ツさんを出せるギリギリの高さに見えたが、ここで出してみた。
多分、目一杯アームを振り上げたら激突すると思われる。
運転席に乗り込みエンジンを始動させると、相棒が目を覚まして黒い息吹と咆哮を上げた。
「コ○ツ大切断! それは大地を割る、怒りの一撃」
アームの先に取り付けたアダマンタイトの刃が、巨大なドラゴンゾンビの頭蓋に向かって振り下ろされた。
こいつはアダマンタイトってファンタジー物質だ。
ドラゴンの鱗だって切れるとか言われたんだ、このまま骨なんて真っ二つに――と思ったのだが、そうはいかなかった。
硬く乾燥した骨に、刃が弾かれてしまったのだ。
緑色の火花が暗闇に散る。
「げっ!」
俺の攻撃が失敗すれば、今度は向こうのターン。
そう決まっているわけじゃないが、こっちが隙を見せれば戦いの女神が向こうに微笑む。
白く巨大な頭蓋が、アネモネの魔法で飛んだ太ももを修復すると、ギザギザの歯をむき出してこちらに突進してきた。
「聖騎士様ぁ!!」
洞窟の中にアマランサスの声が響く。
彼女の戦闘能力でも、この巨大なゾンビには敵わないだろう。
敵は骨しかないので当然声帯もなく、大きな口を開けているが咆哮も聞こえない。
静かなる敵の攻撃に、確実な死の予感が俺に迫る。
「ちょ、ちょっと……!」
俺は脱出する間もなく、コ○ツさんの運転席で硬直した。
迫りくる白い山がゆっくりとスローモーションのように見える。
皆との楽しい思い出が浮かんでは消える――こりゃ走馬灯か?
いやいや、俺はこんな所で殺られるわけにはいかないだろ!
「至高の障壁!」
山のような頭蓋の突進が、突如現れた見えない壁に阻まれた。
乾いた石が擦れ合うような、骨と骨がぶつかり軋む音が洞窟の中に響く。
攻撃を止められた敵が、怒りに満ちた大きな口を開いて黒い霧を吐き出した。
周囲が悪意に染まるように黒くなっていく。
それはアネモネの防御魔法をも侵食しているように見える。
「なんだ?! 毒?!」
慌ててアイテムBOXから防護服を取り出そうとしたのだが、そこに黒い影が立ちふさがった。
「フシャァ!」
洞窟内に響くベルの叫び声で、黒い霧が渦を巻き始めた。
彼女を中心にして、漆黒がかき消されるように中和されていく。
「はぁはぁ……とりあえず助かったか」
アネモネの最上級の防御魔法で突進は止まったが、防御するだけでは敵は倒せない。
ここで撤退する手もあるだろうが、ここでボスを叩かないと再びスケルトンが溢れて出てきてしまう。
なにか、いい手を考えろ――そうだ!
俺は運転席から飛び降りてアキラに叫んだ。
「アキラ! 車を出してヘッドライトで照らしてくれ」
「わ、解った!」
アキラがアイテムBOXから車を出したので、俺もアイテムBOXからラ○クルを出した。
エンジンをかけなくても、ヘッドライトは点灯できるからな。
2台のSUV車から放たれたまばゆい光が、ドラゴンゾンビの白い骨を浮き上がらせる。
「カゲ! これでやつをひっくり返せないか!?」
「みゃ!」
アネモネの防御壁が消えると、黒い影がドラゴンゾンビの足下に走る。
「みゃ!」
カゲの声とともに白い山が宙を舞う。
物理法則も無視した彼の能力に、骨の化け物がひっくり返るとバラバラになった。
白い石灰岩の地面に打ちつけられて、丸太のような骨が木琴のような乾いた音を出して転げ回る。
俺もそこに飛び込み、狙いを定めて叫んだ。
「収納!」
俺が狙ったのは、アダマンタイトの刃を跳ね除けた硬く白い頭蓋。
それがアイテムBOXに吸い込まれると、骨でできた小山は活動を止めて沈黙した。
もうピクリとも動かない。
「やったか?!」
その言葉を叫んだアキラが慌てて口を塞ぐ。
口に出した単語がフラグだと知っているからだ。
それを聞いた俺にも緊張が走るが――なにも起きない。
どうやら、ここのボスを撃破したようだ。
収納した頭蓋にこの骨の山を動かしていた魔石が入っていたのだろう。
それがなくなったので、活動を停止したってわけだ。
「ふう……」
額の汗を拭い深呼吸をした俺に、アマランサスが抱きついてきた。
「聖騎士様ぁ!」
「よしよし、もう大丈夫だ」
「ケンイチにゃー!」「旦那ぁ!」「うにゃぁぁぁ!」
獣人たちにも抱きつかれて、もみくちゃにされた。
「ちょっと待てぇ! なんでお前も旦那に抱きつくんだよ!」
ニャメナと三毛が言い争いを始める。
「いいじゃないか!」
「よくねぇ!」
俺に抱きついたまま行われる獣人たちの言い争いを止めた。
「こらこら喧嘩するな」
「やれやれ、これだから猫どもは……」
犬人も無事のようだ。
俺は獣人たちを引き離すとアネモネの所に行った。
魔法を使い過ぎたのか、座り込んでぐったりとしている。
そりゃ、あんなデカい魔法を連発したんじゃな。
「アネモネ、ごめんよ! 俺が不甲斐ないばかりに! ありがとう助かったよ! もう、チューしちゃうぞ!」
彼女を抱き上げ、抱きしめてキスをする。
「えへへ」
照れているアネモネのその横で、アキラが落ち込んでいる。
今回彼は、まったくいいところなしだったからな。
「にゃー」「みゃ」
「お母さんと、カゲもありがとうな!」
俺は森猫たちの首に抱きついた。
倒した敵をチラ見するが、車のヘッドライトに照らされた巨大な骨の塊は沈黙したまま――俺たちは、間違いなくボスの討伐に成功したようだ。





