205話 これってサンゴ?
オダマキで船を作るのが決定したあと、最後の仕事であるこの地方の領主に会った。
初めてあった領主――ハナミズキ男爵は、好意的に見えたのだが……。
俺の後ろに立っているアマランサスを見て、態度を硬化させてしまった。
贈り物も拒否されてしまったので、領主邸を早々に立ち去ることになったのだが――。
カダン王家に絶対的な忠誠を誓っていて、王族を奴隷にしている俺を許せなかったとも考えられるが――。
ここの領主は長年の陞爵を断っており、王家ともっとも疎遠と言われているので、それはないだろう。
おそらくアマランサスに、なにか個人的で特別な感情があったに違いない。
それなら俺を許せないのも解る――とはいうものの、別に俺が彼女に奴隷を強制しているわけじゃないんだがなぁ……。
アマランサスに止めてくれといっても聞いてくれないし。
領主邸を離れたあと俺は、貴族街の屋根の塗装に使われている赤い塗料の元を見に行った。
その物質の正体が気になるのだ。
聞いたところ、サンゴのようにも思えるし、もしそうならば金になる。
この世界では価値がなくても、アイテムBOXの買取で値段がつくかもしれない。
うまくいけば錬金術だ。
海岸沿いにある白い倉庫にそれは積まれていて、4つの小山を作っていた。
平たい赤い石が崩れかけの達磨落としのように、つながって伸びる物体。
色は本当に真っ赤――真紅だ。
確かに、こいつを砕いて塗料にすれば、綺麗な赤になるに違いない。
「これが海の中にあるのかい?」
「ああ、少し潜ればいくらでもあるよ」
店主の言葉を聞いた、俺の胸は高鳴る。
その中から1つを拾い上げた。
硬くて、ゴツゴツした手触り――本当に石みたいだな。
俺の様子を、隣にいるシュロが見ているが、不思議そうな顔をしている。
こんなものに興味があるなんて、変なオッサンだと思っているに違いない。
「これって1個、いくらだ?」
「銅貨1枚(1000円)」
安いな。
原料としては安いが、加工の手間がかかるので、でき上がった塗料などは高い。
男に銅貨を1枚払うと、アイテムBOXに入れシャングリ・ラの買取に突っ込んだ。
【査定結果】【サンゴ原木 買い取り値段300,000円】
「ええ? いちじゅう――30万円か?」
俺が上げた声に、店主の男とシュロが変な顔をしている。
こいつは文字通り金の生る木だ。元世界のものとは種類が違うが、サンゴらしい。
海の中には沢山あるので、この地方では価値がないものなのだろう。
1000円が30万円だから、300倍だぞ?
「これを加工して装飾品を作ったりしないのか?」
シュロに加工品のことを尋ねてみた。
「ええ? 加工が大変ですし、そこら辺に転がっているものを磨いても、誰も買いませんよ」
道端の石を加工するようなものだからな。そりゃそうか。
「ここにあるのを全部くれ」
「ええっ?!」
店主が驚いたのだが、こんなものを大量に買うとは思っていなかったのだろう。
「俺は貴族で、地元に屋敷を建てるんだよ。ここの貴族たちみたいに屋根を赤く塗ってみたい」
もちろん大嘘だ。
「え?! 貴族様なのですか?! これはご無礼をいたしました!」
店主が急にペコペコし始めた。
まさか、こんなオッサンが貴族だと思わなかったに違いない。
ちょっと金持ちの商人ぐらいだと思っていたのだろう。
「ああ、構わん」
値段を聞く――1山銀貨2枚(10万円)らしい。
1個1000円で1山10万円なら、100個以上ないと割にあわないが、100個はあるように見える。
山が4つで金貨2枚(40万円)――それが、300倍になるのだから1億2000万円だ。
まさに錬金術。
金に困ったらここに来て、このサンゴを買えばいい。
海に潜ればいくらでもあるっていうのだから、ドワーフたちにナイフを作ってもらうより簡単だ。
店主に金貨2枚を渡す。
そこら辺に転がっているものが、金貨2枚になったのだから店主はホクホク顔だ。
俺は早速ゲットしたものをアイテムBOXに入れようとした――が入らない。
サンゴがただ積んであるだけなので、塊として認識されておらず、1個ずつしか入れられない。
「あちゃ……」
「ケンイチ様、どうかなされましたか?」
シュロが心配そうな顔をしているのだが、大したことではない。
「ああ、この山がアイテムBOXに入れられなくてな、はは」
俺はシャングリ・ラを検索して、プラ製のパレットを買った。
物を載せて、フォークリフトなどで持ち上げるあれだ。
皆の荷物をまとめる際などにも使っている。
パレットの大きさは約1m×1mで3500円。
そいつを10個買ったので、3万5000円だ。
得体のしれないものが、ガシャガシャと落ちてきたので、2人が驚いている。
「店主、ちょっと仕事をしてもらえないか?」
「仕事ですかい?」
「俺はアイテムBOXを持っているのだが、この山をアイテムBOXに入れられないんだよ」
そこで、パレットの上にサンゴを5個ほど積んでみせた。
「こうやって、板の上にこの赤い石が載っていれば――」
パレットをアイテムBOXに収納すると、一緒にサンゴも取り込まれた。
「おおっ! なるほど! この板の上に赤い石の山を載せるって話ですね」
「ああ、銀貨1枚やるので、明日までにできるか?」
「いやぁ――それだけもらえるなら、お安い御用ですぜ。暇な奴らに声をかけて一杯おごるからって言えばいい」
「それじゃ頼むよ」
彼に銀貨1枚を渡した。
明日、またここに来ればいい。
場所は解ったから、シュロの案内がなくても大丈夫だ。
シュロと2人で倉庫の外に出ると、アマランサスとキキョウが待っていた。
「聖騎士様、面白いものがありましたかぇ?」
「ああ、さすが場所が違うと面白いものが見れるな」
「ケンイチ様は屋敷を建てられるのですかな?」
シュロは、さっきの話を聞いていたからな。
「ああ、用意しようとは思っているのだが、民の住宅事情が逼迫していてな。そちらが最優先になっている」
「それでは、ケンイチ様はどこに住んでおられるのですか?」
「庭に、黒い鉄の箱があっただろ? あれを並べて皆で暮らしている」
「なんと……」
「まぁ、住めば都ってやつだよ」
「聖騎士様が魔法で作り出した部屋は、並の家より快適じゃぞ?」
気密性もしっかりしているしな。雨漏りはしないし。
ただ、直射日光が当たると暑いのが欠点だが、ゴザやシートでも屋根に被せれば大分違う。
「だが、明日ここに荷物を取りにきたら仕事は終わりだな。辺境伯領に帰らねば――」
「もう少し、ゆっくりしていけばよろしいのに……」
キキョウがつぶやくが、あまり領を留守にもできない。
「確かに、美しい景色と美味い食い物――名残惜しくはある」
そんなことをしていると留守をしてくれているリリスの機嫌が、限界突破してしまうかもしれない。
皆を車に乗せると、シュロの屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、塀の外に獣人たちが増えていた。
騒ぎにならないといいんだが……。
「お~い、森猫を拝むのはいいけど、騒ぎにするなよ」
「あ、ケンイチにゃ!」「旦那~、こいつらに説明してやってくれよ」
「なにを説明するんだ?」
「俺たちが普通の獣人とは、ちょいと違うってことをさ」「そうにゃ」
「違うってことはないと思うが――まぁ、貴族の愛人になった獣人ってのは、あまりいないんじゃないのか?」
「ほらな! お前らとは違うんだよ! 帰れ帰れ!」「そうにゃ!」
ニャメナが相手にしているのは、主に獣人の女たちのようだ。
「ぎぎぎ――」「ちくしょう!」「少しくらいわけてくれてもいいじゃんか!」
「分けたら減るだろ! 旦那ぁ――ブラシをかけておくれよぉ」
ニャメナが普段見せないような色っぽい顔をして俺に抱きついてくると、腕を首に回してきた。
「ええ? ここでか?」
「な~ん↑」
ニャメナが語尾の上がった聞いたこともないような変な声を出す。
「ふぎゃー! トラ公止めるにゃ! その変な声はどこから出してるにゃ!」
ミャレーの毛が逆立ち、尻尾が太くなる。
よほど気持ち悪いらしい。
「な~ん↑」
「ふぎゃー! 止めるにゃー!」
「解った解った」
ニャメナの変な声は、ブラシをかけないと収まりそうにないので、アイテムBOXからブラシを出す。
それはいいのだが、公衆の面前でブラシかけとかやっていいものなのか?
いつも人のいない場所でやっていたのだが……。
ニャメナを後ろから抱いて腹をブラシしてやる。
ブラシが毛皮をなでるとニャメナが甘い声を上げた。
「なぉぉん」
その次は正面から抱いて、背中から尻尾をブラシ。
「なぉぉぉん」
「ぎゃぁぁぁ!」「くやしいぃぃぃ!」「見せつけやがってぇぇぇ!」
塀の外の女たちは阿鼻叫喚――男たちは、美女の色っぽい仕草に今にも塀を乗り越えそうだ。
「ぎゃはは、バーカ!」
「あまり煽るなよ」
「な~ん、旦那ぁ」
そこにベルがやってきた。
「にゃー」
「ほら、ベルもいい加減にしろって言ってるぞ」
「解ったよ」
ニャメナが俺から離れた。
ベルが塀の外にいる獣人たちの所に行くと、なにかを話している。
それが終わると、獣人たちがぞろぞろと帰り支度を始めた。
「お母さん、いつもすまないねぇ」
「にゃー」
騒ぎが収まったので、皆の所に戻るとアキラがやってきた。
「すまんな。獣人たちが中々引き下がらなくてな」
「解ってる、ニャメナたちが煽りすぎだ」
「ちぇ!」
珍しくニャメナが不満気な顔を見せる。
「ケンイチ!」「領主様はいかがでしたか?」
留守番していたアネモネとプリムラがやってきた。
アマナはテントの中で昼寝をしているらしい。
「それがなぁプリムラ。話をする前に追い返されてしまったよ」
「え? なにがあったのですか?」
彼女の表情が曇る。
ここの領主に不興を買ったとなると、マロウ商会としても商売がやりにくくなるかもしれない。
「詳しくは解らんが、どうやらここの男爵はアマランサスになにか特別な思いを抱いていたらしい」
「アマランサス様が奴隷の身分になっているのに激怒したと?」
「激怒ってわけじゃないが、怒っていたな」
「だから、アマランサスじゃなくて、私を護衛に連れていけばよかったのに」
アネモネはそう言うが、結果論だ。
ダリアの伯爵も、アマランサスを見て驚きこそすれ、怒ることはなかったからな。
俺が無理やり奴隷にしているわけでもないし。
ここの男爵がアマランサスになんらかの感情を持っていたってのが想定外ってやつだ。
「まぁ過ぎてしまったことは仕方ない。船の建造は決まったし、明日1日滞在して明後日の朝に発つつもりだが――マロウ商会のほうはどうだ?」
マロウと番頭は俺たちとは別行動だったが、積極的に物件を探していたようだ。
「支店に使える物件は何軒か当たりをつけましたので、番頭が残って手続きを始めます」
「彼だけがここに残るのかい?」
ちょっと可哀想だと思ったら違うらしい。
「はい、そのまま支店長になりますので」
「そいつは出世というか、栄転だな」
「はい」
彼は若い頃に見習いとしてマロウ商会に入ってくると、読み書きそろばんを覚えて、番頭から支店長まで昇りつめた。
結果を出せば出世して支店長にもなれる――そうなれば他の店員たちの励みにもなるってわけだ。
昼になったので飯を食う。
アイテムBOXから取り出した魚をアキラに捌いてもらい、カニをデカい寸胴で茹でる。
カニの形はあまり変わらないようで、茹でると赤くなるのも一緒だ。
皆はカニをそのまま食っているが、女性陣の中でも獣人の2人は手をつけてない。
獣人たちは、食い物に関しては結構保守的だな。
俺はカニチャーハンを食いたくなったので、パックのご飯をシャングリ・ラから買った。
中華といえば中華鍋だろ。
ダリアに住んでいたときに買った中華鍋を取り出し、飯を炒める。
「おっ! カニチャーハンか! 俺も食いてぇ」
「え? アキラもか?」
「それって美味しい?」
「アネモネちゃん。美味いぞぉ」
「それじゃ、私も食べる」
マジか――それじゃカニが足りないじゃん。
急遽シャングリ・ラから、カニ缶を購入した。
街の市場に行けばカニを売っているのに、わざわざシャングリ・ラで買うなんて――と思うが、今から市場に行って買っていられない。
アキラとアネモネに1個1200円のカニ缶と缶切りを渡した。
外国からの輸入物らしく、プルトップではない。
「缶切りが必要な缶詰って久々に見たぜ」
アキラがカニ缶を眺めている。
「早く開けてくれ~」
「おっと! そうだな」
2人にカニ缶を開けてもらい、チャーハンに投入。
辺りに炒めものの香ばしい匂いが漂うと、獣人たちが覗きにやってきた。
「なんだか、いい匂いがするにゃー」「本当だぜ」
「お前ら、カニの姿が不気味だと言ってたろ?」
「バラして肉になったら、わからなくなったにゃ」「そうそう」
チャーハンを食いたいらしいので、ちょっと待ってもらう。
そんなに沢山は一気に作れん。
アキラにもう1缶、カニ缶を開けてもらう。
「おし、できたぞ。とりあえず食ってくれ」
すぐに俺と獣人たちの分を作り始めた。
「おお~っ! カニチャーハンなんて久々だぜ」
「せっかく生のカニがあったのに、缶詰になってしまったがな」
「いや、これでも十分に美味い」
「美味しい!」
アネモネも喜んでチャーハンを食べている。
「これは素晴らしいですわ」
「こ、これは美味い! 宮廷で出ても評判になるぐらいの旨さじゃの!」
プリムラとアマランサスも満足そうだが、そこにマーガレットがやってきた。
「あのぉ……」
いつもすまし顔の彼女が、涎を垂らしている。
「解った解った、お前の分もか」
「ちょいと旦那ぁ! あたしが寝てるうちに美味そうな飯を食うなんて酷いじゃないか」
匂いにつられて、昼寝をしていたアマナも起きてきたようだ。
やれやれ――さらにシャングリ・ラからパック飯を買って、チャーハンに投入した。
「……」
チャーハンを口にいれたマーガレットが、そのまま固まって放心している。
「おい、マーガレット、どうした?」
「おいひいです……魂が抜けてました」
「そんなに?」
カニチャーハンをマーガレットが食べ始めた。
獣人たちはそのチャーハンに、赤い缶のカレー粉をぶっかけている。
俺からもらったカレー粉の缶を宝物のように持ち歩き、どんな料理にも振りかけて食べているのだ。
まぁ、カレーチャーハンというものもあったから、かけてもいいと思うが……。
「うみゃー! うみゃーで!」「これは、マジで美味いぜ!」
獣人たちはあまりご飯を食べないのだが、これは気に入ったらしい。
昼飯が終わると、そのまままったり。
ここに来てからは、夕方になるとちょっと涼しくなっていたので、そういう気候かと思っていたのだが――今日は、夕方になっても気温が下がらない。
そのうちマロウたちも戻ってきたのだが、汗だくになっている。
彼らはシュロ邸で寝泊まりしていて、俺たちとは別行動だ。
遊びにきたキキョウによれば、たまにこういう日もあると言う。
晩飯は、海の幸をメインにした寄せ鍋にしようとしたのだが――暑いので断念。
辛くて冷たいスープを中心にした料理にした。
スープは温かいものという固定観念がある世界だが、この暑さではさすがに無理だったようだ。
皆が暑さでぐったりしている中、毛皮を着ている獣人達が少々つらそうなので、水浴びをさせてやった。
獣人たちが裸になると、頭からザバザバと水をかぶり始めた。
モバイルバッテリーにつないだ扇風機で風を送ると――庭であぐらをかいた獣人2人が、口を開けて舌を出し風に当たっている。
彼らは汗をかかないが、長い舌には沢山の血管が集まり、そこで血液の温度を下げることができる。
「ふにゃー、天国だにゃー」「ああ、全くだぜ」
「そういう涼みかたをすると、かえって暑さが増すと思うが……」
その光景を見ていたアキラがつぶやいた。
「フヒヒ、毛を刈って、普通に服を着ればいいんだよ」
「にゃんて恐ろしいことを言うにゃ!」「そんなことになったら恥ずかしくて外を歩けねぇ……」
俺も、プードルみたいなカットにしたらいいんじゃないかとちらりと思ったが、どうやらそれは論外らしい。
「あ、あの! それって魔道具でしょうか?」
キキョウは扇風機が気になるようだ。
「そうだな。似たようなものを王家にも献上したから、そのうち巷にも出回るかもな」
「作るのが難しいのですか?」
「難しいというよりは、そいつはゴーレム魔法の応用なんだ」
「ゴーレムだと、国の許可が必要になりますね」
「そうなんだ。でも、ゴーレムコアだけの運用なら、許可をもらわずに使用できるようにお伺いを立てている最中ってわけさ」
アイテムBOXから小さなテーブルと小型のゴーレムコアを出して、魔石を近づける。
「あっ! 回り始めました!」
テーブルの上にコアがくるくると回る、不思議な光景。
非科学的だが、詳細を調べて理論を構築すれば、これも科学なのかもしれない。
「こいつを台などに固定して羽をつければ、風を送るこいつになるってわけさ」
俺は、回っている扇風機を指差した。
「凄いですぅ! ――でも、魔石が必要になりますね」
さすが商人の娘。目のつけどころがシャープだ。
現時点では魔石を手に入れるには、魔物を倒すしかない。
とても危険な仕事で、魔物を倒したとしても魔石があるとは限らない、割に合わない商売だ。
「こういうものが作れるようになると、魔石の消費がはね上がるからな」
「そうなると、魔石の値段も上がりますね」
キキョウがなにか考えている。
「それも、なんとか解決できそうなんだが、マロウやプリムラからは聞いてないか?」
「いいえ……」
さすがに、仲がいいと言っても、そこまで教えないか。
「それじゃ俺の口からも言えんな」
「……私も辺境伯領に入れば、教えていただけるのでしょうか?」
「はぁ? なんでそうなる?」
キキョウが迫ってくるので後退りをする。
「これって、もしかしたら凄いことなのでは? 世界がひっくり返るような……」
さすが大店の商人の娘だ。コアモーターが普及すれば、どういうことになるか理解したらしい。
「ちょっと待ちなさいって」
後ろに下がろうとしたら人にぶつかった。
「ケンイチ~、まさか彼女に手を出したりしないでしょうね?」
俺の後ろにいたのはプリムラだ。
彼女の身体から溢れでる黒いものが見えたようで、ビビる。
「おわっ! 大丈夫だよ。心配するなって」
「プリムラお姉さま! 私にも教えてください!」
「これは商売の秘密ですので、キキョウでも駄目」
「そんな~」
こんなところで企業秘密を漏らしたら、背信行為だからな。
彼女もバリバリの一流商人だ。情けなどで信条が揺らぐことはあるまい。
押しても引いても駄目なことが解って、キキョウも引き下がった。
父親のシュロを通じて、マロウと交渉が行われるかもしれないが、それは商人同士の問題だ。
俺は、技術を開発するだけで、流通や商売はマロウに完全に任せてしまっているからな。
最後にでき上がった料理をカールドンの所に持っていく。
「おおっ! こいつは美味い!」
「カールドンも、結構いろんなものを食べるよな」
「常識などで括ってしまっては、見出せないことが多々ありますので」
彼は、ゴーレム=人形という概念を打ち破って、コアモーターを作ったのだから、その言葉には含蓄がある。
「扇風機は、商人にも評判がいいぞ」
「ここは気温が高めですからな。需要が望めるでしょう」
彼がカニチャーハンを頬張っている。
「別にコアモーターじゃなくても手回しで作ればいいのに」
「その扇風機ですが、ケンイチ様!」
「うん? なんだ?」
「扇風機の羽の向きを逆にして横倒しにすれば、ケンイチ様の空飛ぶ召喚獣のように、空を飛べるのでは?」
そこに気づくとは、やはり天才か。
「重量と出力の兼ね合いになると思うが、飛べると思うぞ」
「やはり!」
カールドンが勢いよく飯を食い始めた。
彼なら、俺の使っている技術の秘密を全部解いてしまうかもしれないなぁ……。
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――それから1日滞在して、サクラに帰る日がやってきた。
塀の所には、朝から獣人たちが来てワイワイしているのを、朝飯を食いながら眺める。
ベルとカゲは、お祭りの神輿みたいなもんか。
朝飯のあと、コンテナハウスなどを収納して出発の準備をしていたのだが、街が騒々しい。
「ケンイチ、街がなんかおかしくないか?」
アキラも感じてるらしい。
「旦那、なんか騒ぎみたいだぜ」「あちこちから大声が聞こえるにゃ」
獣人たちが耳をくるくる回している。
出発しようと思ったが状況がつかめない。少し様子をみたほうがいいか……。
マロウ親子を呼ぶ。
「マロウ、ちょっと待っててくれ。街の様子がおかしい」
「そうですな。なにかあったのでしょうか?」
「帝国軍が攻めてきた?」
アネモネが物騒なことを言う。
「それはないと思うがのう」
「そうだなぁ、ブリュンヒルドは冷淡ではあるが、野心があるタイプではないし」
アキラがアマランサスの意見に同意する。彼は帝国皇帝を個人的に知っているからな。
彼女は実の母親である前皇帝を殺害したが、暗殺されそうになったので、殺られる前に殺っただけだと言うし。
本人は皇帝の椅子には、あまり執着していなかったらしい。
しばらく様子を見ていると、シュロ邸に人がなだれ込んできた。
応対したシュロとワイワイと大騒ぎになっている。
そのうちシュロが青い顔をして俺の所にやってきた。
「どうしたんだ? なにかあったか?」
「石灰の鉱山から、魔物が溢れたそうで……」
「ええ?!」
鉱山の一部がダンジョンとつながってしまい、魔物が溢れてしまったようだ。
こりゃ、手伝いに向かったほうがいいだろうか?





