201話 カゲの力
南の港町、オダマキにやって来た。
綺麗な海に石灰でできた白い建物が並ぶ、まるでエーゲ海を思わせるような美しい街だ。
多数の獣人たちが働いており、猫人と犬人が共存している。
俺たちはマロウの知り合いであるシュロという商人の下を訪れて、キャンプのための敷地を貸してもらった。
場所を貸してくれたお礼に蜂蜜をあげたのだが、代金が釣り合わないということで、鮮魚の差し入れをしてもらった。
俺がアイテムBOXから出したテーブルの上には、大きな木箱。
その中には沢山の魚や貝、カニなどが山盛りになっている。
新鮮な海の幸をもらったんだ――早速、昼飯で食うことにした。
アキラのアイテムBOXからは、まな板や包丁が出てくる。
「アキラ、どれにする?」
「このデカいのからいってみるか!」
彼が取ったのは、1mほどある大きな流線型の魚。
身体が赤くて、真ん中に銀色の線が入っている。
元世界だとマグロやカツオに近いのだろうか。
「ここじゃ、貝やカニも食うんだな」
「海藻も食うみたいだしな」
「生食もするのか?」
「わからん……」
アキラが自分のアイテムBOXから出した包丁で、鱗を剥ぐと魚の頭を落とした。
鱗は背中の部分にしかないようだ。
大きな魚をくるくると回転させながら、5枚におろしていく。
取り出した内臓などはスライムに食わせるが、なんでも食うからごみ処理にピッタリだ。
こいつを使って、ごみ処理や汚物処理器も面白いかもしれないが、この世界のスライムは結構凶悪だからなぁ。
「相変わらず、見事な刃物捌きじゃのう」
「フヒヒ、あざーす!」
切ることに関してはアマランサスも凄いので、アキラの腕に感心するのだろう。
「とりあえず食ってみるか」
彼が小皿と醤油を用意した。
生食をするので、一旦アイテムBOXに収納。
こうすることによって滅菌ができる。
「ケンイチもやってみろ」
「おう」
切ったばかりの切り身を指で掴むと醤油をつけて口に放り込む。
「おお~っ。こりゃうめぇ」
アキラが舌なめずりをする。
「脂がのってるな――マグロというか、カツオというか……」
「血の匂いはしないな」
「アキラ、俺も切っていいか。生で食えないやつには、焼いて食ってもらおうかと」
「タタキみたいに焼いても美味いかもな」
アキラからもらった柵を厚めに切る。
ベルとカゲにも切り身をあげると、ハグハグと美味しそうに食べている。
切り身を大皿に盛り付けて、女性陣の所に持っていく。
「俺とアキラみたいに生では食えないだろうが、焼いて食ってみろ」
生食はしないが、この世界でも焼いた魚は食うから大丈夫だろう。
カセットコンロと網を用意して、その上で魚の切り身を焼いてやる。
半生が美味いと思うが、食いかたは彼女たちに任せよう。
獣人たちは最初、カセットコンロの臭いが苦手だったのだが、最近は慣れたようだ。
気にせずに食べている。
焼いた切り身にアマナがフォークを突き刺した。
醤油やポン酢も苦手なので、塩コショウなどで食うようだ。
「……ほ! こりゃ美味いよ! 獣の肉より美味いかも!」
俺はアキラからマヨネーズをもらった。
当然、こいつは彼の指から出たものだ。
「マヨネーズも美味いと思うぞ」
シーチキンがマヨと合うなら、この魚とも合うはず。
「うみゃー! こりゃ、うみゃーよ!」「こいつはいけるぜ! 旦那、エール!」
「昼からか? まぁ、このあとに予定がないからいいけどな」
「旦那! こっちにもおくれよ!」
アマナとアキラにもビールをやる。
マロウについてきたマーガレットも、焼いた切り身を食べて舌鼓をうつ。
「魚がこんなに美味しいなんて……ダリアでも食べられるようにはならないのでしょうか?」
「ん~、マロウのアイテムBOXに入れてもらえば、マロウ邸で食べることはできると思うが」
「旦那様に、そんなことを頼むなんてできません」
「マロウ商会に残る取引材料として、使ってみては?」
「魚とカレーでは、カレーを取りますが」
「ええ?」
マジですか。
アネモネとアマランサスは、俺と同じように生で食べている。
「美味しい!」
「これはいけるのう……」
「2人とも、俺の食事に無理して合わせる必要はないんだぞ」
「そんなことないよ。ケンイチが食べるものは、みんな美味しいから」
「そのとおりじゃな。いままで食したことがないようなものを食べられる喜びに、心が躍るわぇ」
「まぁ、喜んでもらえてるなら、いいんだが……」
焼いた魚をカールドンの所へ持っていってやると、彼はマヨネーズをつけて食べ始めた。
「ほう、これは美味……研究に明け暮れて、食事などには気を使ってきませんでしたが……」
「お城の半地下に閉じこもって、毎日似たようなものを食っていたんだろ?」
「はは、お恥ずかしい」
そういう俺も、仕事で忙しかったときは、毎日コンビニやスーパーの弁当だった。
人のことは言えんが、食生活が豊かってことはとても大事なことなんだと実感する。
カールドンと、ここで作る船について話していると、シュロが木箱を抱えてやってきた。
「辺境伯様、お食事中申し訳ございません」
「いや、早速もらった魚をありがたく食べているよ。素晴らしい魚で申し分ない」
「お褒めいただきありがとうございます。これもお持ちいたしました」
彼が持ってきたのは、乾燥昆布っぽい。
カチカチに乾燥していて、表面に白い粉が浮いている。
「アキラ」
「おお~っ! こりゃ、いい昆布だ! 美味そう!」
「帝国で昆布は?」
「あるはずねぇ」
「あの、帝国のご出身ですか? 海岸沿いのヘレズーレタップシュタットには、輸出されてますよ」
「マジか!? ミダルには入ってきてなかったがなぁ……」
ミダルというのは、アキラが住んでいたという都市だ。
「帝国の商業都市のご出身なんですね」
「あそこなら大抵のものが入ってきていたと思ったんだが……」
「多分、需要がなかったのでしょう」
「ははは、まぁな」
そこに、獣人たちがやってきた。
ベルとカゲもやってきて、昆布をクンカクンカしている。
「それはなんにゃ?」「草かい旦那?」
「海に生える草を乾燥させたものだよ」
「ケンイチはなんでも知ってるにゃ」「へぇ~。だんな、なんに使うんだい?」
「これでスープを作ったり、水で戻してそのまま食べたり……」
「でも、ケンイチ。海藻を消化するってのは、特定の遺伝子がないとできないとかなんとか……」
「ああ、聞いたことがあるなぁ」
昆布やワカメを消化できないと、そのまま下から出てくるのだろうか?
「ちょっと試してみるか?」
「なんだ?」
「ケンイチ、普通のお茶を用意してくれ」
「煎茶とかでいいのか?」
「ああ、アネモネちゃん。魔法でお湯を沸かしてくれないか」
「いいよ」
アキラが、用意したカップにハサミで切った昆布を入れていく。
「ああ、昆布茶か」
「そうそう」
昆布茶なんて、缶に入った粉末しか飲んだことがないが。
人数が多いので、ヤカンにお茶っ葉を入れて、アネモネが魔法で沸かしてくれたお湯を注ぐ。
お茶が出たら、カップに淹れれば完成だ。
辺りに香ばしいいい匂いが漂う。
「おおっ! こんな飲みものがあるとは!」
昆布茶を飲んだ、シュロが声を上げた。
昆布はあるのに、お茶に入れて飲んだことはなかったようだ。
「美味しい!」
「これは美味いのう」
アネモネとアマランサスが、昆布茶を飲んで感心している。
「旦那、あたしにも飲ませておくれよ」
「アマナ――得体のしれない不気味なものだって言わないのか?」
「これはお茶だろ? 魚を生で食うよりはマシってもんだよ」
アマナの話を聞いたシュロが驚いて、カップを置いた。
「え? 辺境伯様は、魚を生で食べるのですか?」
「あはは、まぁな。彼と一緒にな」
俺はアキラを指差した。
「なんと――この街でも魚を生で食べるのは、ほんの一握りの通でして……」
「貴殿はどうなんだい?」
アキラが刺し身を差し出した。
「私も実は愛好家でして」
「おお!」
彼に魚を食べさせてみる。
醤油とマヨネーズを合わせたものだ。
ちょっと醤油の匂いを嗅がせてみたが大丈夫な模様。
「ここにも、これと似たような魚醤がありますので」
魚醤や虫醤があるのに、豆醤がない。
まぁ醤油や味噌は作るのが難しいからなぁ。
「この黄色いものは……」
「マヨネーズだ。帝国で流行っているんだぞ」
「マヨですか。まさか生の魚につけて食べることになるとは……」
シュロは、ちょっとビビったようだが、黄色いどろりをつけた魚の刺し身を口に入れた。
「どうだ?」
「こ、これは、なんという豊かな味……」
刺し身を食べたシュロが固まっている。
「いけるだろ?」
ツナマヨが美味いんだから、カツオやマグロみたいな魚にマヨネーズが合うのはあたり前田のクラッカー。
「辺境伯様は、いつもこのような食べ方を?」
「私の領地には湖があるので、そこで獲れた魚を食べるときは、その黒い醤だけで食べてる」
「これも美味いものですな。魚醤より匂いが柔らかい」
まぁ、醤油もそれなりに匂いがあるが、魚醤よりはなぁ……。
「ちなみに、帝国でマヨを作ったのは、そこのアキラだ」
「フヒヒ」
「そうなのですか?」
「ああ、小麦粉を焼いて食べる料理があると思うが、それにつけるように作ったんだ」
まぁ嘘である。彼のマヨは、彼の指から出るのだ。
「それから王国にも入ってきている、複式簿記を作ったのも彼だ」
「えええ?! うちにも導入されましたが、帝国の商業大臣が発明したものだと聞きましたが……」
「ああ、そいつに教えたのが俺なんだよ、ははは」
「なんと……」
「ミダルの商業ギルドで只の地区長だったやつが、商業大臣までなったんだ。大出世ってやつよ。だから、やつは俺には頭が上がらんのよ」
「そりゃ、そうだろうな」
「フヒヒ、だから散々利用してやったぜ」
アキラが悪い顔をしている。
「可哀想に」
「てやんでぃ! やつも、そのぐらいいい思いをしているからな。俺が死地に行ってる間に、帝都にデカい邸宅を建てやがって……20歳も年下の貴族の娘も嫁にもらったんだぞ?」
「それは、アキラにこき使われてもしゃーない」
「ははは、そのとおりだろ!」
アキラとアホな話をしていると、塀の外がワイワイと騒がしい。
見れば、獣人たちが集まってきている。
屋敷の周りを木の塀が囲んでいるが、背が低いので獣人たちなら飛び越えることも可能だろう。
そういえば、ソバナでもこんなことがあったな。
あそこでは、ベルに集まってきていたのだが――今回も森猫絡みだろうか?
あまり騒ぐと、ここの主であるシュロに迷惑がかかるので、ベルとカゲを連れて獣人の所まで行く。
様々な毛皮の色の獣人たちが集まって、実にカラフルだ。
当然だが1人1人、全部ガラが違う。
俺と森猫の黒い毛皮を見て、外に集まっている獣人たちがざわめく。
「おおっ、森猫様だ」「本当だ」「2人もいるぞ」
2人? 森猫が複数いたことがなかったので不明だったが、獣人たちはそう数えているのだろうか?
彼らにとって、森猫も同じ人なのかも。
柵の前でベルとカゲが凛と座っている。
「お前ら、中に入ってきちゃ駄目だぞ」
「ここは、大店の商人シュロの屋敷じゃねぇですかい」「こんな所に忍び込んだら、この街で仕事ができなくなっちまう」「そうそう」
ちゃんと礼儀はわきまえているようだな。
「森猫を拝みたいなら拝んでもいいけど。あまり騒いで近所の迷惑にならないようにな」
「「「へへ~っ!」」」
獣人たちが頭を下げて拝み始めたが、そうでない連中もいる。
「ねぇねぇ旦那ぁ!」
「なんだ? お前たちはいいのか?」
「その森猫様も、旦那が主なんだろ?」
「主ってわけじゃないが――まぁ家族だし、そうとも言えるな」
「その家族にさぁ……あたいたちもどうだい?」
獣人の女たちが、様々な色の毛皮を着て色っぽいポーズで俺を誘っている。
どこの獣人たちもそうだが、基本は薄着だな。
女たちはミニスカだが、毛皮を着ているせいか生脚には見えない。
「ふ~ん」
黒っぽい虎柄の女の所にいくと、顎をなでてやる。
ゴロゴロと俺にも聞こえるような大きな音を立てて、喉を鳴らす。
「なう~ん」
その声を聞いた男の獣人たちが、一斉にこちらを向いた。
多分、そういうときの声なのだろう。
「おいおい、変な声を出すなよ」
「おかしいよ、ただなでられただけなのにさぁ……」
今度は女のほうから、俺の手に頭を擦り付けてきた。
「ちょっと、あたいにも触らせておくれよ!」「私のほうが先だって!」
少々揉めそうになっていると、大声が聞こえてきた。
「ふぎゃー! なにやってるにゃ!」「くそ! ちょっと目を離すと、すぐこれだ!」
慌てて、ミャレーとニャメナがやってきて、塀から俺の身体を離した。
「ちょっとズルいじゃないのさ! 旦那を独り占めでさ!」「こっちにも分けておくれよ!」
「誰が分けるかにゃ、バーカ!」「旦那は俺たちのもんだ! どうだ? この毛皮は? ピカピカだろ?」
「そうにゃ、トラ公が言ってるように、ピカピカにゃ!」
2人が、塀の外にいる獣人たちに艷やかな毛皮を見せびらかしている。
獣人たちってのは、毛皮の美しさを競うらしい。
ミャレーとニャメナには、シャングリ・ラで買ったペット用のシャンプーを渡してあるし、毎日ブラッシングも欠かさない。
「ぎゃー!」「きぃー!」
外にいる女たちは、悔しそうにして阿鼻叫喚だ。
「でも、本当にニャメナの毛皮は綺麗になったよな。俺と初めて会ったときは、ボロボロだったのに……」
「旦那ぁ、気にしてるんだから、そういうことを言わないでくれよ……」
「ああ、悪い悪い」
只人の女性に、太ったとか痩せたとか、言ってしまうような感じらしい。
「悪いが、これ以上家族を増やすなって言われてるからな」
「「「え~っ?」」」
獣人たちから残念そうな声が上がる。
「ほんじゃな。あまり騒がないでくれよ。ベルも適当なところで引き上げてな」
「にゃー」「みゃー」
ちょっと騒然となっていたが、獣人たちが再び森猫を拝み始めた。
問題ないようなので皆の所に戻ると、ミャレーとニャメナが俺の身体にスリスリしている。
匂いを上書きするためだろう。
「旦那ってば、変な女の匂いをつけてよ!」
「悪いな、ははは」
皆の所に戻ると、シュロが心配そうな顔をしていた。
「なんですかな?」
「獣人たちが、森猫を拝みに集まったようだ」
「ほう、森猫は猫人たちにとっては、神様みたいなものだと聞いておりましたが……」
「そうらしい」
俺は、アイテムBOXから、陶器の瓶に入ったシャンプーとリンスを取り出した。
これらは、マロウ商会に卸しているもので、貴族などに高級品として販売している。
「これは、魚介類のお礼だ。女性の髪を洗うための洗剤だな。貴族などには喜ばれている代物なので、奥方や娘に贈り物とすればいいだろう」
「このような貴重なものを……」
「これから色々と世話になるしな」
「ありがとうございます」
「使い方はプリムラに聞けばいい。彼女が全部知っている」
「承知いたしました」
シュロがリンスとシャンプーの入った瓶を掲げて、頭を下げた。
これからこの商人に、船大工などを紹介してもらう手はずになっているのだ。
この街にやってきて、いきなり船を作ってくれと言っても、誰も引き受けてくれないだろう。
有名なマロウ商会ですら、警戒されるかもしれない。
外からやってきた新規の客ってのは、どんな客か解らないからな。
そこで、この街の大店であるシュロが間に入ってくれれば、スムーズに物事が運ぶってわけだ。
当然、シュロは仲介料を取るのだが、それはスムーズな取引のための必要経費。
こんな遥々やってきて、トラブルになるのはごめんだ。
飯が終わったので、何もやることはないし観光に出かけることにした。
アキラは遊べる場所を探すらしい。
「ほんじゃな~。俺が帰ってこなかったら、飯を食っちゃっていいからな」
「オッケー!」
彼に海鮮類を捌いてもらって、海鮮鍋にでもしようと思ったのだが、やむを得ない。
なにか他のものを食べることにしよう。
青い空と高い太陽の下、坂になっている路地を歩くと少々汗ばむ。
俺の隣にはアネモネ、後ろにはアマナとアマランサス。
獣人たちは、まだ周囲を警戒中。
その他はキャンプ地で留守番をしている。
白い建物の壁が光を反射しているので、横からも日に焼けそうだ。
さすがに800kmぐらい南下すると気候も違うらしい。
温帯から熱帯になった感じかな。
東京から小笠原諸島まで1000kmぐらいだったはずだから、そのぐらい気候が変わってもおかしくない。
昼過ぎたので、太陽の位置も高く真上からさしている感じ。
「暑いね!」
アネモネの青いローブを脱がして、アイテムBOXから以前買った麦わらを出す。
ついでに、日焼け止めのクリームも出して塗ってやる。
この世界の女性は手足を出さないので、あまり塗らなくてもいいようだ。
「ほら、アマランサスとアマナにも」
2人に麦わら帽子を差し出す。
「おお、どうじゃ?」
「似合ってるぞ」
「旦那、あたしにゃ言ってくれないのかい?」
アマナがふてくされている。
「その帽子は露店で使ってもいいかもな」
「そうだねぇ」
文句を言いつつも、気に入ってるようだ。
「南に行くと、太陽がほぼ真上からさすようになるから気温が上がるんだ。当然それによって気候も変わる」
「へぇ~面白い!」
一緒についてきている、獣人たちにも麦わら帽子をかぶせてやる。
「ミャレーとニャメナは暑くないのか?」
「暑いにゃ」「でも、気を抜くと――」
ニャメナが周りに眼光を飛ばしている。
獣人の女たちが、まだ俺たちの周りを囲んでいるらしい。
見えないようについてきているようだ。
俺たちは獲物か。
一緒にいるベルたちも黒い毛皮なので暑そうだ。
犬猫用の麦わら帽子をシャングリ・ラで検索してみるが――これはアクセサリーだな。
小さな帽子を頭だけに載せても仕方ない。
身体全部を覆うようなものじゃないと。
そのまま30分ほどブラブラしてみたのだが、元世界の観光地みたいに観光客用の施設があるわけでもない。
女性が喜びそうな小洒落た店があるわけでもなし、景色が綺麗だといっても、すぐに飽きてしまった。
アキラがムフフな店を探しに行ったのは、正解なのかもしれない。
さすが世界中を旅した男だ。
旅の楽しみ方を踏まえている。
仕方なく戻ろうとしたのだが――。
「ふぎゃー!」
叫び声が聞こえてきた。
「これは獣人の女の声だな。ちょっと行ってみるか」
「旦那も物好きだねぇ」「にゃ」
「女が可哀想じゃないか」
さっき俺たちを囲んでいた女たちかもしれないしな。
声が聞こえた方向に、白い壁に囲まれた路地を入っていくと、背の高い毛皮を着た集団がいた。
猫人ではなく、犬人の男たちだ。
猫人の男はムキムキが多いのだが、ここにいる犬人の男たちはスラリとしてて、まるでアフガンハウンドのような雰囲気。
中々、恰好がいいのだが。
その男たちに、三毛の猫人の女が足を持たれて宙吊りになっている。
女たちが牙を剥き出して必死に牽制しているのだが、まったく応えてないようだ。
「へっへ! いいケツじゃねぇか。俺らが可愛がってやるぜぇ」
「フシャー!」
足を掴まれた女が毛を逆立てて牽制している。
「おい! その女を離してやれ!」
「ああ? 只人のオッサンがなんの用だぁ?!」
女たちが、一斉に俺の後ろに隠れたので、気になることを尋ねた。
「どうでもいいんだが、種族が違うのにやるのか?」
「あいつら、穴があればなんでもいいんだよ!」
そう言われると、獣人たちとゴニョゴニョしている俺も耳が痛いな。
さてさて、どうするか――この狭い路地だとユ○ボは出せないしな……。
家を壊してしまったりすると、大騒ぎになってしまうし。
「アネモネ、アマランサス、手を出すなよ」
戦闘力がある2人を止める。死者が出たりするとマズい。
俺はアイテムBOXから爆竹を1個取り出し、ターボライターで火を点けて放り投げた。
それがなんであるか理解している俺の家族は、一斉に耳を塞いだ。
つんざく爆裂音が白い壁に反響し、耳を塞いでいなかった連中は、びっくりしてそのまま固まっている。
犬人たちも驚き、掴んでいた女の脚を離した。
落下した女はくるりと回転して着地すると、すばやく俺の後ろに隠れる。
「くそ! 魔法か?!」「あ~、耳が聞こえねぇ!」
犬人たちは、ちょっとパニックになっているようだ。
「おとなしく下がらないと、もっと凄いのが炸裂するぞ?」
「魔導師がなんだってんだ!」「相手は女ばかりだぜ!」「次の魔法の前にやっちまえ!」
引き下がらない敵に俺が構えようとすると――小さい黒い毛皮が前に歩み出た。
「カゲ?」
「みゃー」
「ああ? なんだ、このちっこいのは?!」「こりゃ森猫だぜ!?」
「捕まえて売りゃ大金持ち――」
彼らが、そんなことを言った瞬間、毛皮の男たちがまとめてひっくり返った。
倒れたのではなく、文字通り綺麗にひっくり返った。
1人バックドロップというか、1人飯綱落としというか、まさにそんな感じで地面に這いつくばっている。
「ケンイチの魔法にゃ?」
「いや、多分カゲがやったんだと思うが」
ひっくり返って動かなくなった者が多いのだが、リーダー格を含めて3人ほどが再び立ち上がった。
「くそ! なんじゃこりゃ!?」
そう男が言った瞬間、再び逆さまにひっくり返った。
下は固い石畳。かなりのダメージだと思われる。
最後にリーダー格の男だけが残った。
さすがにしぶといが、立ち上がった瞬間――またひっくり返った。
「みゃー」
カゲの言葉に、石畳にひっくり返った犬人がぐったりとしている。
「ゆ、ゆるしてくれ! もう、猫人には手はださねぇ……」
彼らの所にいくと、祝福の力を使う。
「治療してやるから、動けるようになったら仲間を連れて帰れ」
「解った……」
後ろでは獣人の女たちが飛び跳ねている。
「やったにゃ!」
「カゲ、すごーい!」
アネモネがカゲに駆け寄って背中をなでている。
「みゃー」
「旦那、森猫って魔法を使うのかい?」
アマナが驚いているが、ベルもテレパシーのようなものを使うし、特殊能力を持っているのかも。
「カゲが持っている個人的な力だろうな」
獣人の女たちに囲まれた。
「旦那は命の恩人だよぉ!」
「大げさな」
「ほんとさ! アイツラに捕まったら何をされるか!」
「それじゃ、もうちょっと懲らしめたほうがよかったか。でも、騒ぎになると面倒だしな」
世話になっているシュロに迷惑がかかるとマズい。
「お礼にあたいたちを好きにしていいからさぁ」
「そうか?」
彼女たちの色とりどりの毛皮をなでる。
「なぉーん」「なぅーん」「ゴロゴロ」
毛玉のおしくらまんじゅうだが、その光景を見てニャメナが激怒している。
「てめぇら、旦那から離れろ! 旦那もなんでそんなやつらなでてるんだよぉ!」
「解った解った、泣くことはないだろ」
女たちを離すと、俺たちはシュロの屋敷に戻ることにした。
ひょんなことから、カゲの意外な力を発見できたな。





