200話 白い家々
オダマキの一歩手前までやってきた。
すでに夕方になっていたので、目的地であるマロウの知り合いの所に行くのは一泊してからということになった。
アキラが釣った海の幸に舌鼓を打ち、地方情緒を満喫していたのだが、思いつきで天体望遠鏡をシャングリ・ラで購入して、月を覗いてみた。
宇宙に浮かぶ白い衛星に光る人の営みらしきもの。
それが本当に文明の光なのか、今の俺には確かめる術がない。
とりあえずジタバタしても、相手が月にいるのではなにもできないので、今の生活を続けていくしかない。
それに、今の暮らしに不満があるわけでもないしな。
元世界のど田舎で暮らしているのと対して変わらない――シャングリ・ラもあるしな。
金もあるし、守るべき家族もいる。
元世界の俺にはなかったものだ。
同じ境遇にあるアキラは、帝国で相当苦労したようだがな。
――海岸で一泊した次の日。
波の音で目が覚めた。
起きると俺の腹の上にはカゲとアネモネ。
目を開けると、ベッドの上でベルが俺の顔にスリスリをしてくる。
「おはよう、お母さん」
「にゃー」
ベルの声でカゲも起きたようだ。
「みゃー」
彼も俺の顔にスリスリしてくる。
「ん……」
最後にアネモネが目をこすりながら目を覚ました。
「おはよう」
「……ん」
彼女は、まだ俺の腹の上でもぞもぞしている。
「ほら、朝飯の準備をしないとな」
俺がコンテナハウスから出ると、すでに食事の準備が始まっていた。
車も道具も全部出しっぱなしだったからな。
街道沿いじゃ盗まれる可能性もあるが、こんな誰もいない海岸じゃその心配もない。
それに誰かやってきても、獣人たちやベルがいればすぐに気づく。
女性陣が食事の準備をしている間に、車の屋根に乗っているスライムを確認。
やはり毒芋を食わせた個体には、黒い魔石ができている。
「間違いないか……」
できるのは間違いないようなので、今度は大きくなる過程を観察してみよう。
そこにアキラがやってきた。
「オッス!」
「オッスオッス!」
「ケンイチ、昨日のアレはどう思う?」
「昨日って――月の話か?」
「そうだ」
「今のところはどうしようもないだろ? 俺たちの知識を全部解放して、月を目指すか?」
「100年ぐらいあれば可能だと思うが……」
「その前に、近代兵器を使った世界大戦になるぞ? 生き延びることができると思うか?」
「だよなぁ……皇帝の下で露払いさせられただけで死にそうになってたのに、戦争か……はぁ……」
がっくりと肩を落とす彼も理解しているはずだ。
この世界が自然に技術開発してそういう事態になるのは自然の摂理、いわゆる歴史の成り行きだが、俺たちがその引き金を引くとなると、少々話が違う。
民間人を巻き込んで何百万人という人たちが、戦いに巻き込まれるのだ。
「そんなに元世界に帰りたいのか?」
「いや全然」
彼はあっけらかんと答えた。
「それじゃ、アキラが言ったとおりに今の生活を楽しもうぜ。俺の力があれば元世界とそんなに変わらないだろ?」
「ははは、そのとおりだな」
皆でワイワイガヤガヤと朝食が終わると、荷物をアイテムBOXに収納した。
後片付けが終わり全員で車に乗り込むと、アキラから連絡だ。
『ケンイチ! このまま海岸沿いを走ればいいんじゃね?』
「ええ?」
『マロウさんに聞いたが、海岸はこのまま街までつながっているそうだぞ』
「それなら海岸を走ったほうが早いか……それじゃ行くか」
『ヒャッハー!』
アキラが車を発進させると、どんどんスピードを上げていく。
「アキラ、底引きをしている漁師とかいるかもしれないし、流木が埋まっているかもしれんぞ」
『オーケーオーケー!』『ぎゃぁぁ!』『ひぃぃぃっ』
無線から叫び声が聞こえてくるのだが、大丈夫なのだろうか。
少し離れて彼の車の後をついていく。
濡れて締まった波打ち際を時速80kmほどのスピードで走行する。
波は穏やかで見通しはとてもよく、障害物はなさそうに見える。
「あ、あの! ケンイチ! 凄い速さなのですが! 大丈夫なのですか?!」
助手席に座っているプリムラが顔を青くしている。
「まぁ、大丈夫だと思う」
「にゃー! 凄いにゃー!」「おおっ! いけいけぇ!」
3列目シートに座っている獣人たちは大喜びである。
「おおお! 凄い速さじゃ!」
「わーい!」
アマランサスとアネモネは平気らしい。
そのまま車を進めると、10分かからずに街が見えてきた。
湾のようになっていて、白い家が沢山見える。
奥に岬が突き出ているが、その上にも白い家が建っているのが見える。
「プリムラ、白い家が多いのは、なぜなんだい?」
「近くで石灰が採れるので、それを利用しているためです」
逆に森が近くにないので木材は高いという。
「それじゃ、アニス川を運河にできれば、森の木々をオダマキに運ぶこともできるかもな」
「はい、父もそれを考えていました」
さすが大店の商人だな。
車が街に近づくと人が多くなってきた。
底引きをしている漁師や、浜辺で大きな棒のようなものを立てている者もいる。
「プリムラ、あれはなにをやっているんだい?」
「多分、貝採りです」
「貝か……」
棒の先は大きな熊手のようになっており、それで浜辺を掘り起こして貝を採っているらしい。
網を引いている者には獣人も多い。パワーが必要なので彼らはぴったりだろう。
いるのは猫人族だけではなく犬人もいるようで、一緒に働いている。
ソバナでもそうだったが、両種族が沢山いるとそれなりに共存していく必要があるのだろう。
いがみ合っていては仕事がなくなるだけだしな。
鉄の乗り物を見て驚く人々の間を縫うように走っていくと、街の中に防潮堤と石の桟橋が見えてきた。
ここで行き止まりだ。
「到着っと」
停止すると皆で車から降りる。
「ははは! 久々にぶっ飛ばしたぜ!」
車から降りたアキラが上機嫌だ。
「ここに高速はないからな」
「それどころか、舗装もないだろ?」
「石畳はあるけどな」
「ヨーロッパも石畳が多かったな。走るとガタガタするから、バイクやスクーターのタイヤも大きかった」
日本のスクーターのような小口径のタイヤではないらしい。
「そうなのか?」
「ああ、電装などはちょっとアレな車が多かったりするが、足回りはしっかりしているってわけさ」
「北海道にも一応高速はあったが、あまり走ったことはなかったな」
北海道だと、下道でも時間的にあまり変わらないことが多いからな。
「本州の高速は?」
「首都高、東名、中央、色々と走ったが、首都高はわけがわからん。変な場所で降りてしまって、また上るのにすげぇ苦労したり」
「まぁ慣れだよ慣れ、ははは」
車からスライムの入った箱を降ろす。
普通ならここから戻って車の登り口を探さなければならないが、アイテムBOXがある俺には心配無用だ。
石の桟橋にある階段を上ると、こいつも石灰のコンクリートのようなもので作られている。
石灰は漆喰などにも使われるし、街で使われているコンクリートにも使われているようだ。
王国の他の都市でも、コンクリートや漆喰などが使われていたので、すべてここから輸出されたものなのか?
石灰は腐らないし運ぶのにも有利――各地方での需要が望めるので産業の大きな強みになる。
王都から一番遠くて王家の威光が届かなくても、余裕でやっていけるのは当然だ。
海で漁をすれば、食うにも困らないしな。
「プリムラ、石灰ってここしか出ないのか?」
「いいえ、帝国側でも産出する所があるので、ソバナなどは帝国から買ってますよ」
「なるほどなぁ」
桟橋の上に上ると、アイテムBOXからカメラを取り出して写真を撮った。
美しい青い海の写真、そして街全体が坂になっており白い家々が並ぶ街の写真。
家はサイコロのように四角くて、屋根は平ら。
道はすべて石畳で舗装されているようで、家の壁の白さにマッチしている。
海と街並みを一緒に被写体に入れることができればいいんだが……。
「家が白くて綺麗だね!」
アネモネが初めて見る景色を喜んでいる。
「そうだな、いい景色だ」
「エーゲ海みたいな感じだな」
世界を回ったアキラの感想だ。
「エーゲ海って聞くけど、国で言うとどこになるんだ?」
「映画とかで有名なあの景色は、ギリシアだと思うぞ」
「ああ、あそこはギリシアなのか」
どうも外国のことはピンと来ない。
大体の国の場所は知っていても、どんな国だって聞かれると、ハテナマークが出てしまう。
アキラと話していると、街の獣人たちが集まってきてペコペコしている。
ベルとカゲがいるからだ。
「ああ、そうだ。森猫といえば、ここのギルドに行かないと駄目かもな」
「ギルド? なにをするんだ?」
アキラが不思議そうに答えた。
「カゲを街中で連れ回すために鑑札がいるだろう?」
「ふ――聖騎士様、貴族にそんなものは必要ありませぬ」
アマランサスが扇子を口に当てて笑っている。
「え? そうなのか?」
「ケンイチ様は、ご自分が特権階級だともう少し自覚したほうがよろしいですよ?」
マロウからも笑われてしまった。
「そんなことだから、サンタンカの女たちにも、からかわれるのです」
プリムラが言っているのは、干物やスモークサーモンなどを作っている加工場に勤めている女性たちのことだ。
俺が水産加工場に訪れたりすると、女たちが集まってきて、もみくちゃにされたりする。
普通の貴族なら、近づくことすらできない。
マロウとプリムラにそんなことを言われてしまったが――俺は新米貴族だしな。
でも、なにかやるのにギルドが必要ないのは楽だな。
顔パスでなんでもできるってことだろ?
大店の商人に特権階級と言われると、改めてそうなのかと思ってしまうが、だから嫌われることも多いってことだ。
なんでも顔パスされて上から目線で命令されたんじゃ、平民から嫌われて当然ともいえる。
その分テロの対象にも選ばれやすいってことだし。
「旦那は全然貴族様らしくないからねぇ」
アマナの言うとおりだが、まだ貴族になりたてだからな。
「リリスも人を顎でこき使ってこそ貴族みたいなことを言っていたが、別に貴族らしい貴族になるつもりもないぞ」
「ケンイチは変わってるにゃ!」
「まぁ、そこが旦那らしいけどねぇ。でもクロ助――旦那が貴族様らしい貴族様になったら、俺たちなんてお払い箱だぞ」
「それは困るにゃ。ブラシをかけてもらえなくなるにゃ」
「そこかよ!」
ニャメナがツッコミを入れた。
「それじゃ、トラ公はブラシでなでてもらえなくなってもいいのきゃ?」
「そりゃ――困るに決まってるだろ!」
「にゃー」「みゅー」
ベルとカゲがやってきて、俺の周りをぐるぐる。
身体をこすりつけ始めた。
「なーん」
それに釣られたのか、ニャメナまで変な声を出して、俺に身体を擦り付け始めた。
顎の所をなでてやると、ゴロゴロと大きな音をたてる。
「トラ公までなにやってるにゃ!」
ミャレーが、俺とニャメナの間に入ろうとしたのだが、突然動きが止まった。
「はっ!」「にゃ!」
ニャメナだけではなくミャレーも俺から離れ、尻尾を太くして身構えている。
集まってきた人々や獣人たちを尖い視線で睨む。
「どうした? 敵か?」
「獣人の女にゃ!」
「くそ、いつの間にか囲まれたぜ。ちょっと油断すると集まってきやがって……」
よく見ると、人混みの中に目が光っているような気がする。
「やっぱり、ケンイチの身体から、なにか変なにおいが出てるんじゃないのきゃ?」
「ケンイチ、獣人たちにモテモテだな」
アキラがからかうのだが、そんなことはないと思うがなぁ……。
人も集まってきてしまったし、マロウの知り合いという商人の所に行かなくては。
それから観光しても遅くはない。
「それじゃマロウ、その知り合いという商人の所へ行こうか? 遠いのか?」
「ここからなら、歩いても行けると思いますが……」
「そうか」
どのみち人が集まってきてしまったので、車を出すスペースがない。
こんな所で車を出したら、下敷きにしてしまう。
「はいはい、ちょっとごめんなすって!」
「通すにゃ!」「おい、邪魔だ! 見せもんじゃねぇぞ」
人混みを抜け出たのだが、獣人たちは警戒を解いていない。
まだ狙われているようだ。
「旦那、召喚獣を出してくれ。あれに乗ってさっさとずらかろうぜ」
「そうか? それじゃ召喚!」
アキラも車を出したので、皆で乗り込む。
周りの人間がざわついているが――まぁいつものことだ。
乗り込んでから、アキラの車に連絡を入れる。
「アキラ、そっちが先行してくれ」
『はいよ~』
向こうに乗っているマロウに案内してもらう。
俺たちは車を発進させた。
歩いて行ける距離ってことは、車だと数分だと思うがな。
それで獣人たちから逃げられるとも思えんが……。
白い建物が並ぶ少々細い道を車で走り出した。
プリムラの話では、街の中のどこもこんな感じらしく、大通りというのはないようだ。
それに街中はずっと坂になっているので、馬車などは少々つらいかもしれない。
電動アシスト自転車が欲しいところだ。
「運送のために獣人の力が必要になっているのです」
「この街では獣人が重宝されているのか……」
「はい、それゆえ待遇もいいですよ」
「けどよぉ旦那! ここで働くためにゃ、犬ころと仲良くしなくちゃならねぇ」「そうにゃ」
「ソバナもそうだったが――それが嫌なやつは、こういう所には来ないんだろ?」
「そのとおりにゃ」「だから俺たちは無理だねぇ」
金より信条を取っているってわけだ。
獣人たちと話しているうちに、小高い場所にある商人の邸宅へ到着した。
白い門の向こうに、白い壁に覆われた2階建ての大きな建物が建つ。
屋根も平らで四角形なので、元世界の住宅のようにも見えるな。
敷地は木製の柵に囲まれており、整備された庭もある。
ここの庭を借りればキャンプもできるな。
アキラたちの車がそのまま進入したので、そのまま後ろについていく。
車が止まると、マロウが降りて茶色の木でできた玄関に向かった。
ここの主人が留守だったら、どこかで時間を潰さないとだめになる。
俺たちは、このまま待つとしよう。
車の中で待ちながら、プリムラと話す。
「上に来るほど、金持ちが多いような……」
「そうですよ。物を運び上げるのにもお金がかかりますし」
「それじゃ、あの岬の上にいる連中もか?」
丘の上には崖があり、さらに一段高い岬が海まで伸びている。
「はい、上には貴族などが住んでいます」
「ここの領主の男爵もか?」
「はい、ハナミズキ男爵様ですね」
「上に行く道も整備されているのか……」
「道というか、階段しかありませんが……」
「階段?」
上に上るには階段で行くしかないらしい。
馬や馬車などは、岬の下に各貴族の厩があって、そこから乗り込むようだ。
「そんな面倒なことを……だが、戦に対する防御のことを考えると理にかなっているかな……」
「ここでは、崖の上に住むのが特権階級の証なので」
プリムラが困ったような顔で俺に答えてくれた。
階段を上ることができるポニーのような小さな馬もいるらしいのだが、運搬のためにそれを飼うよりは獣人たちに頼んだほうが早いという判断のようだ。
小さな馬は、主にタクシー代わりに使われている。
待っていると玄関からマロウが背の高い男と出てきた。
マロウが呼んでいるので、そこに行く。
「初めてだな。ケンイチ・ハマダ辺境伯だ」
「これはこれは、辺境伯様。ようこそ、このような場所にお越しくださいました」
歳は50歳ぐらい。浅黒い肌をした黒い髪の背の高い男が膝をつく。
金糸の刺繍をした青い服を着て木の杖をついている。
どうやら脚が悪いらしい。
物腰は柔らかいのだが視線は鋭い。
「ああ、堅苦しい挨拶はいらないよ」
男の名前はシュロ。この街に住む大店だ。
彼と話そうとしたのだが、女の子の声で遮られた。
「プリムラお姉さま!」
「まぁ、キキョウ。大きくなって」
薄青のロングワンピースを着た黒髪の女の子が、プリムラに抱きついた。
浅黒い肌に黒い髪をポニーテールにしている、健康そうな女の子。
腰には白いリボンをしており、歳は――高校生ぐらいか。
「お姉様こそ、あの――お姉様、輿入れされたとか……」
「はい、そこにいらっしゃるのが、私のご主人様ですよ」
「ケンイチだ、よろしく」
「キキョウです。辺境伯様に拝謁できる、このような機会に巡り会え、光栄にございます」
女の子がスカートを持ち上げて、ペコリとお辞儀をした。
大店の娘らしく、しっかりと礼儀作法を踏まえている。
「キキョウ、貴族様の前で……」
「ああ構わん」
「申し訳ございません」
「――それで悪いのだが、早速だが頼みがある」
「なんでございましょう」
頼みと言われて、ちょっと男は警戒したように見える。
彼の娘を見て頼みと言われたので、娘を求められるとでも思ったのかもしれない。
「俺たちが宿泊するために、庭の隅を貸してほしいのだ」
「は? お部屋もご用意いたしますが……」
俺の予想もしない頼みに、商人が慌てている。
「そちらの面子を潰して悪いが、勝手にやるので心配いらない――ん~そうだ、風呂はあるかな?」
「塩水風呂でよろしければご用意できますが」
「俺の家族で入りたいものがあれば、いれてやってほしい……まぁ、ただとは言わん。今、なにか欲しいものがあるか? 俺のアイテムBOXの中に入っているもので、それがあれば出してやる」
「辺境伯様はアイテムBOXをお持ちなのですね。マロウの手紙によく書かれていた商人が、貴族にまでおなりになるとは……」
マロウは彼に、手紙で俺のことを書いていたらしい。
「ははは、まぁ――紆余曲折の果てにな」
「欲しいものでございますか……?」
俺の突然の言葉にシュロが困っている。
「ん――それでは、蜂蜜をいただけますか?!」
困っている父親に代わり、娘が元気に答えた。
海辺の街なら、蜂蜜は貴重品なのだろう。
「よし、それで決まりか」
シャングリ・ラで蜂蜜を探す。
瓶に入っている3kgの蜂蜜が3500円で売っている。
プラ容器よりは瓶のほうがいいだろう。
「ポチッとな」
琥珀色のドロドロがたっぷりとつまった広口の瓶が落ちてきたので受け止めた。
「ほい、これが宿泊の代金だ」
「わぁぁ! こんなに沢山の蜂蜜がぁ! 綺麗!」
女の子が蜂蜜が入った瓶を日にかざして、小躍りしている。
「え? あ、よ、よろしいのでございますか? こんな貴重なものを」
どうやら金貨1枚ぐらいの価値があるものらしい。
「俺のことはケンイチでいいよ。料金が余るようなら、新鮮な海の幸でも差し入れてくれ。昼飯にするから」
「かしこまりました。お安い御用でございます」
シュロの話では、獣人や森猫も問題ないらしい。
この街は獣人も多いから偏見もないようだ。
屋敷の主の許しも出たので、スライムの箱を持って2台の車を収納。
庭の花畑の隅にコンテナハウスを出してキャンプ地を作ることにした。
まぁ、彼には悪いと思ってるんだけどねぇ。
やっぱり自分の部屋が快適だし。
プリムラを含めたマロウ商会の面々は、屋敷に泊まるらしい。
積もる話もあるだろうしな。
あの女の子もプリムラと知り合いらしいし。
多分一緒に寝たりして、キャッキャウフフをするんだろう。
「屋敷に泊まりたい人がいれば頼んでやるぞ」
「ここでいいにゃ」
「アマナは? たまには上等な部屋に泊まってみたいだろ?」
「あたしゃ、1人で天幕に泊まるのがお似合いだよ。普段と違う景色を眺めながら、旦那からもらった美味い酒をちびちび飲むのが旅の醍醐味ってやつさ」
「アキラは?」
「屋敷に泊まったら、街に繰り出せないじゃないか、フヒヒ」
「解った解った。可愛い男の子がいるかもしれないしな」
「そうそう――って違ーう! ケンイチ、誤解するなよ?」
「5階は家具売り場でございますぅ」
「そういえば、最近エレベーターガールっていないよな――そうじゃねぇ!」
そこにシュロがやってきた。
「こ、こんな巨大な鉄の箱がアイテムBOXの中に入っているとは……」
「悪いが、普段から使っている部屋のほうが具合がいいんでな」
「マロウから聞かされていたのは、嘘や誇張ではなかったということになりますな」
「マロウと古い付き合いなら、彼がそういう男ではないと知っているだろう」
「誠に、そのとおりでございますが……にわかに信じがたい話が多くございまして」
まぁ、そうだろうなぁ。
キャンプ地を設置して、しばらくするとシュロから新鮮な海の幸が差し入れされた。
大きな木箱に入った大小の魚や大きな貝、カニなどがいる。
「おおっ! こりゃすげぇ!」
喜んだのはアキラだ。
「この地の人が差し入れてくれたってことは、食っても問題ないものばかりだからな」
毒の心配はないってことだ。
「そのとおりだな。こいつは腕が鳴るぜ」
「あ、そうだ、シュロ。ここに海藻の乾物とかはないか?」
「ございますが――そのようなものをお求めになるとは、辺境伯様はお目が高い」
海藻があるなら出汁に使えそうだな。
元日本人の俺とアキラにとっては、実に楽しみだ。





