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199話 月の秘密


 俺たちは海辺の街、オダマキに向かっている。

 途中の村でキャンプがてら領民を募集したりして、領主の仕事もしっかりとこなす。

 いままで仕事というと、なんでも1人でやってしまって抱え込んでしまったのだが、ここには俺より優秀な人材が沢山いる。

 マロウ、プリムラ、リリス、アマランサス――皆、人を使うのが上手い。

 組織が大きくなればなるほど、1人では動かせなくなる。

 人に任せることを覚えねば。


 俺とアキラの車は、青い空の下を順調に街道を進む。

 異世界といっても、青い空と白い雲は全く同じ。

 高い建物がないので空が広く、大気汚染もないので何処まで行っても空気は綺麗。

 ダリアから海までほぼ平地で、アンジュレーション(起伏)もない大地。

 もともと、このカダン王国がある山脈に囲まれた平地は、凹凸が少ない。

 高くなっている場所といえば、サクラの近くにある大きく平らな台地とストック山という小さな山だけ。


「あ~そういえば……」

「なんでしょう?」

 車の助手席に乗っているプリムラが、俺のつぶやきに反応した。


「サクラの隣にある台地の測量もしないといけないな~と思ってな」

「……」

 プリムラが黙って悲しそうな顔をする。

 測量に行くと、魔物に襲われるとでも思っているのだろう。

 まぁ本当に襲われているんだけどな。

 危険なことは重々承知だが、これも仕事だ。

 自分の領地のことは知っておかなければならないだろう。


「そんなに心配することはないよ」

「でも……」

「台地の上には魔物はいない。隔絶された世界なので、せいぜい鳥ぐらいのもんだ」

「でも、ワイバーンなら飛んでこられるよね!」

 会話にアネモネが入ってきた。


「確かにそうだが、ワイバーンって山みたいな所に住んでいるんじゃなかったか?」

「それじゃ、本物のドラゴンにゃ!」

 車の一番後ろから、物騒な意見が飛び出す。


「止めてくれよ。そりゃウチには竜殺しのアキラがいるけど、そうそう上手くいくとは限らないし」

 アキラの話によると、ドラゴンの口に飛び込んだって話だったが――4階建ての建物からダイブしたって話だし、ここら辺でそんな建物はない。

 いや、アネモネのゴーレム魔法で持ち上げて、アキラをドラゴンに放り込むって手があるか……。

 でも、そんなことを彼に頼めるか?


「大丈夫! 旦那ならドラゴンだって一捻りだって!」

「ニャメナ、お前な~勝負はときの運ってな。達人だって油断すればゴブリンに負けることだってあるんだぞ?」

「聖騎士様の言うとおりじゃな。古今東西、相手を侮った挙げ句、敗北した話は尽きない」

 俺もアマランサスの意見に賛成だ。


「危ないことは止めてくださいね」

 プリムラが心配そうな顔をしているが、マジでそんなのが現れたら領主としての務めを果たさにゃならん。

 そういう場面に遭遇しないように願うしかないが。


 車は順調に進み、水平線が真っ赤に染まる頃に海の近くまでやってきた。

 見事な夕日が俺たちを出迎えてくれた――久々の海。この世界で初めての海。

 これから左折して海岸沿いをオダマキまで進むという。

 窓を開けると潮の香りが漂ってくる。

 俺が元世界で住んでいた地元は、海のすぐ近くまで行かないとあまり臭くはなかったのだが、場所によっては凄い臭い海岸もある。


 ハザードを出して一旦停止すると、次々と馬車が追い越していく。

 どの馬車も馬なしで走る車に興味津々だ。

 ここから街まではすぐなので、今日中に到着したいのだろう。


 後続車に連絡を取る。


「お~い、アキラ」

『どうした?』

「このまま行けばオダマキまですぐだと思うが、いくらマロウの知り合いとはいえ、夕方の飯時にお邪魔するのは失礼だろう」

『そうだな。それじゃ海岸で一泊するか?』

 無線にマロウが出た。


『旧知の仲なので問題ないと思いますが』

「マロウとプリムラだけなら問題ないと思うが、大人数だからなぁ。海岸で1泊して、明日のお日様が高くなってからお邪魔しよう」

『ケンイチ様がそうおっしゃるなら……』

「決まったな」

 通信を終了して、3列目シートの獣人たちに確認する。


「結構、潮のにおいがするが、獣人たち的には大丈夫なのか?」

「嫌なにおいではないにゃ」「大丈夫だよ旦那。魚のにおいみたいなもんだ」

 大丈夫らしい。


「港町には獣人が沢山いるにゃ」

「そうなのか?」

「網を引くのは力仕事だからにゃ」

「ああ、なるほど」

 適当な場所を選んで、道から砂浜に降りると、ラ○クルをデフロックして砂浜を進む。

 街を走るナンチャッテSUVには真似ができない芸当だ。

 だてに砂漠の国でベストセラーになってない。

 まぁ、本格的にスタックしても、アイテムBOXに入れてから、再び出せば簡単に抜け出せるし。

 後ろに連絡を入れる。


「アキラー大丈夫か?」

『はは、モーマンタイ!』

「にゃ? 新しい言葉にゃ?!」

 アキラが喋るいい加減な言葉を、ミャレーが面白がって覚えてしまう。

 俺はなるべく、皆がいるところでは元世界の言葉を使わないようにしているのに。

 海辺に生える草が高く茎を伸ばして白い花を咲かせ、それが砂地に交互に重なっている。

 500mほど海に向かって進むと、海岸が見えてきた。

 左右見る限りずっと海岸で、マロウの話ではその向こうに街があるらしい。

 ここから10kmほどなので街は見えないようだ。

 右にむかえば、アニス川の河口があるという。

 オダマキの街から河口までおよそ20kmぐらいか。


 皆を車から降ろすと、早速テーブルやら料理の道具を出す。

 車は出しっぱなしでいいだろう。

 一緒にコンテナハウスも並べるが、カールドンのコンテナはちょっと離れた場所に。

 サクラで待っているリリスのために動画を撮ってやろうか。

 カメラで景色を写していると、アキラがやってきた。


「ケンイチ、海釣りはできねぇか?」

「釣りか~。俺は海釣りやったことないぞ?」

 こういう場合は、シャングリ・ラを検索する。

 以前、アネモネと釣りをしたが、あれは渓流釣り用だ。

 ご丁寧に、竿と仕掛けなどがセットになった、海釣りセットというのが5000円で売っている。

 遊び用だとは思うが、俺にはさっぱりわからん。

 これでいいだろう。ついでにメタルジグや、仕掛けなども何種類か買う。


「ポチっとな」

 ドサドサと釣り竿と仕掛けが落ちてきた。


「これでなんとかしてくれ」

「はは、玩具みたいな竿だな」

 アキラが袋から出した竿を見ているが、派手な色に塗られていて、レジャー用の使い捨てみたいなものだ。

 行楽地に行ったらこいつで釣りをして、帰るときにポイって感じなのだろう。


「もうちょっといいのにするか?」

「いや、遊びならこれで十分。どうせ、ここでしか使わないだろ?」

「まぁな」

「弘法は筆を選ばずってな」

 彼は自信があるようで、玩具を組み合わせて釣果を狙うらしい。

 川釣りは多少やったことがあるのだが、海釣りはまったくわからん。

 頭につけるLEDヘッドライトを彼に一つ渡して、あとは任せた。


 大分日が落ちてきて薄暗くなってきたのだが、夜目が利く獣人たちがカゲと一緒に走り回っている。

 光が反射すると、彼女たちの目が光るので怖い。

 獲物がいるようには見えないので、なにをやっているのだろうか――と思ったが、なにやら黒いものがひらひら飛んでいるような……。

 後ろから声をかけられた。


「何をやっているのでしょう?」

「カールドンか。なにか獲っているみたいに見えるが……」

「ケンイチ! ケンイチ! にゃー!」

 ミャレーがなにかを持ってやってきた。

 両手で黒いものを広げているが、カゲも口に同じものを咥えている。


「な? なんだ? コウモリ?」

 元世界のコウモリに比べて尻尾が長い。


「これは面白い!」

 カールドンが俺から灯りを借りると、コウモリをスケッチし始めた。


「そうにゃ! これも食おうにゃ!」

「まぁ、食えると思うが――ミャレーは食ったことがあるのか?」

「あるにゃ! 洞窟にいたりするにゃ」

 湖の洞窟にはいなかったが、コウモリがいることもあるらしい。

 ミャレーがさばいてくれるそうなので、彼女に任せた。

 カゲが獲物をくれるというのでもらう。


「よしよし、ありがとうな」

「みゃー」

 頭をなでてやるとゴロゴロいっている。

 カゲをなでてやっていると、暗闇からLEDライトの光がやってきた。


「ケンイチ! ケンイチ! これこれ!」

 今度はアキラだ。

 彼がなにか岩のようなものをテグスにぶら下げている。

 ゴツゴツしてて丸く、茶色と赤が混じり、どう見ても生き物には見えない。


「なんだそれ?!」

「はは、多分――オコゼだろう」

「オコゼか?」

「これもまた面白い!」

 得体のしれない生物の登場に、カールドンは目を輝かせている。

 そう言われれば、そう見えないこともない。

 彼のためにテーブルと、LEDランタンを出した。


「なんだって、そんなゲテモノばっかり持ってくるんだい!」

 コウモリに続き、アキラが持ってきたオコゼにアマナが叫んだ。


「別にアマナに食えとは言わないよ。そっちはそっちで、プリムラとアマナの料理を食べればいいだろ?」

「まったく物好きな……」

「旅の果てでしか食えないものを食うのも、旅行の醍醐味だぞ?」

「ははは、それな!」

 元世界でも世界中を巡ったアキラが笑っている。

 マロウたちも笑っているのだが、オコゼを食べる勇気はないようだ。

 別に勇気が必要なものでもないと思うが、元世界のオコゼと似たようなものなのか判別できないので、危険がないと解るまで食わせるわけにもいかないけどな。

 テーブルの上で動いている岩のような魚に、アマランサスがやってきて興味深そうに覗き込んでいる。


「ほほう、本当に生きているのぅ。どう見ても岩のようにしか見えぬが――このような魚が海におるとは……」

「アマランサス、危ないぞ。この手の魚はヒレに毒を持っているからな」

「ほう……」

「そうそう」

 アキラが自分のアイテムBOXから出した包丁で、オコゼの背びれを持ち上げると、トゲトゲからピュー! っと透明な液体を発射した。


「おおぅ!」

 さすがのアマランサスも驚いたようである。

 毒液は1mぐらい噴き上がり――アキラが背びれを持ち上げると、次々に液体が発射される。


「これは、凄い!」

 見物していたカールドンも目を丸くする。


「これって結構猛毒なんだよ。こんなのが目に入ったら失明して目が見えなくなるだろ」

 アキラのネタに俺も乗る。


「食っても大丈夫なんだろうな? 腹痛で腹が痛くなったりしないか?」

「俺たちにゃ祝福があるから、下痢して下りのスペシャリストになるぐらいだろ」

「「ははは」」

 アホなことをやっている場合ではない。

 アキラは本気で食べるつもりだ。


「ケンイチ、ハサミをくれ」

「はいよ」

 アキラにアイテムBOXから出したハサミを渡すと、オコゼのヒレをジョキジョキと切り始めた。


「鱗とか剥ぐのか?」

「いや、こいつは皮が厚いからな」

 彼は、魚の皮をリンゴのように剥ぐ。

 岩のような皮を剥くと、中には真っ白な身が詰まっていた。


「おおっ、美味そう」

「内臓に毒があるかもしれんから、傷つけないようにしないとな」

 アキラが魚の腹を割ると緑色の内臓がこぼれ落ちる。

 においは――少々臭い。


「ケンイチ様。この様子を写してもよろしいですか?」

「ああ」

 魚といえど内臓はキモいのだが、カールドンは懸命にスケッチをしている。

 チラ見させてもらったが、彼は絵も上手いようだ。

 発明が多いので、クリエイティブな才能があるのだろう。

 かの、天才レオナルド・ダ・ヴィンチも、色々な発明をしたが絵も天才的だったし。


 クリーム色の魚の臓器をアキラがつまみ上げた。


「これは肝だろ」

「食うのか?」

「はは、食ってみないとな」

 チャレンジャーだ。

 包丁を入れて頭を落とすと、綺麗に輝くような白い身が3枚に下ろされた――さすがの包丁捌き。


「見事じゃのう」「見事ですねぇ」

 彼の包丁さばきに、アマランサスとカールドンが感心している。

 アキラは一部を包丁で切り落とすと、口に入れた。


「ん~、ちょっと歯ごたえありすぎるな。ケンイチ、ふぐ引を出してくれ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 ふぐ引きってのは、ふぐ用のペラペラの薄い包丁だ。

 包丁がしなるぐらいに刃が薄い。

 以前、買ったものがあるので、アイテムBOXから取り出した。


「おお! これこれ!」

 アキラは包丁を確かめると、オコゼの身をふぐ刺しのように薄く切って、皿に並べ始めた。

 その様子をアマランサスが食い入るように見ている。


「ほう、見事じゃのう! なぜ、そのように薄く切るのじゃ?」

「身にすごく弾力があるから、薄くしないと歯ごたえがありすぎるんだよ。逆に柔らかい魚は、身を厚く切る」

 俺の説明に、アマランサスが唸っている。


「素材に合わせて、切り方や道具を変えるのかぇ?」

「そうだ」

「これは興味深い……旅先でしか知ることができないことばかりですねぇ」

「カールドン、俺の故郷には、『百聞は一見にしかず』という言葉があるし」

「まさに、そのとおりでございます」

 並べ終わったら、アキラが皿を差し出してきた。


「食ってみるかい?」

 彼の用意した小皿に醤油を入れて、一枚食べる――本当に身がつんでいて歯ごたえがある。

 身体に変化はないし、毒はないようだ。


「唐揚げも美味そうだな」

「そうだな、残りは唐揚げにするか」

 アマランサスとカールドンも刺し身に挑戦してみて美味いと喜んでいる。

 俺たちは、ほどほどにしてプリムラたちが作る料理を食べないと、彼女たちが飯を作ってくれなくなってしまう。

 それはまずい。

 カールドンはアキラから刺し身を少しもらって、自分のコンテナに戻った。

 あとで唐揚げも食べてみたいという。


「それじゃ、俺はこっちで1人でやってるぜ」

「解った」

 アキラに6本セットの缶ビールを渡す。

 彼は自前のアイテムBOXを持っているからな。


「お! ありがてぇ」

 アキラの所から、皆の所に戻ってくると料理ができあがっていた。


「できたにゃー!」

 ミャレーはコウモリの姿焼きを持ってきたのだが――せっかく作ってもらったので食ってみなきゃならんでしょ。

 少々不気味だが、香辛料がかかっているので臭みは気にならないし、結構美味い。

 鳥みたいだが、鳥ではなく間違いなく動物の肉。

 風味はうさぎに似ているので、味噌焼きが合うかもしれない。

 見た目はコウモリなのだが、本当に元世界のようなコウモリなのかは不明。

 それにコウモリって伝染病とかを媒介するんじゃなかったか?

 少々心配だが、焼いてあるので平気だろう――多分。


 一緒に料理を食べているマロウと番頭に、料理の感想を聞いてみる。


「一緒に旅をして、プリムラの料理を食べた感想は?」

「どの料理も美味くて驚きました。娘がこんなに料理上手だとは」

「お嬢様の手料理を食べるなど、店の皆に自慢ができますよ」

 普通は、大店のお嬢さんが料理なんてしないらしいからな。


「マーガレットはどうだ?」

「正直、驚きました。私も負けてはいられません、モグモグ」

 どうやら彼女は、食に関して関心があるようだ。

 それじゃ――ということで、アキラのオコゼの刺し身と、できあがったばかりの唐揚げを持ってきた。

 それを見たマロウたちは、顔をしかめている。

 やっぱり生食っていうのは抵抗があるらしいが、マーガレットは気にせずに刺し身を口に入れた。


「うわっ」

 マロウと番頭が声を上げた。

 彼女が食べるとは思わなかったのだろう。


「た、食べたことがない味です! これが生の魚……」

「もちろん、なんでも食えるわけじゃないし。こういう具合に調理するには、技が必要だ」

「解ります。魚の身をこんなに薄く……」

「こちらの唐揚げは?」

「魚を油で揚げたものですか?」

 ついでに、俺も一つつまむ――これは美味い。

 身が詰まっていて、口の中に入れるとホロホロと崩れる鶏肉のよう。


「これも、おいひいれす!」

 マーガレットが、オコゼの唐揚げを頬張ったまま感激している。

 それを見ていると袖を引っ張られた。


「ケンイチ! 私も食べる」

「おっ! アネモネもか、あ~ん」

「あ~ん」

 オコゼの唐揚げをアネモネの口に入れた。


「美味しい!」

 プリムラが睨んでいるので、彼女の口にも唐揚げを入れてやる。


「美味しい……」

「サクラには王宮からやってきた料理人もいるから、王国中の珍しい料理が……」

「ケンイチ様! 困ります!」

 マロウからそう言われて、俺も気がついた。

 商会からマーガレットを引き抜かれると、マロウも困ると言っていたからな。


「まぁなんだ、気が向いたら、サクラに訪れるといい」

「はい、是非とも」

「……」

 マロウがじ~っと俺を見つめている。

 故意じゃないんだ。そちらでも引き止め工作をしてくれよ。


「あたしももらっていいかい?」

 唐揚げに手を伸ばしてきたのは、アマナだ。


「いいぞ」

「ほっ! こりゃ、たしかに美味いねぇ! エールとよく合うじゃないか」

「黒狼の肉も油で揚げれば美味いと思うぞ」

「それじゃ、明日やってみようかね」

 元世界じゃ、豚こまの唐揚げをよく作ってた。

 とんかつが美味いんだから、唐揚げだって美味いのだ。


「それじゃ、コウモリも唐揚げするにゃ」「鳥の唐揚げがエールに合うなら、コウモリの唐揚げもエールに合うだろ?」

 ミャレーもニャメナも、コウモリを唐揚げにする気満々だ。

 いや今日食べた感じだと、コウモリの唐揚げも美味いと思うが……。

 まぁ何ごともチャレンジだな。


 飯も食い終ると辺りは真っ暗。

 水平線だけが薄っすらと紫色になって、かろうじて解る海と空の境界線。

 暗い中、波が打ち寄せる音だけが聞こえる。

 車の屋根に置いてあるスライムの世話をしていると、波打ち際が光っているように見えるのだが――。


「ん?」

 波打ち際まで行ってみると、波が打ち寄せる度に青い光を放っている。


「夜光虫か?」

「ケンイチ、どうした?」

 後ろから、ビール缶を持ったアキラがやってきた。


「夜光虫だぞ。面白い」

「マジで? おおっ!」

 彼が波の中に入ると青い光が渦巻く。


「結構綺麗だが、カメラで映るかな?」

 アイテムBOXからカメラを出して、ISOを最大限まで上げて撮影してみた。

 その場で確認すると青い光が写っている。最近のカメラの性能は素晴らしい。

 真夜中でも街頭の灯りがあれば、普通に写ってしまうからな。


「月が綺麗で夜光虫までいるってのに、オッサン2人とは締まらねぇな、ははは」

 アキラがビールを一口あおった。


「港町で羽目を外すのもいいが、程々にな」

「フヒヒ、男にはやらねばならぬときがある――ってな」

「気持ちは解るが……」

「なんにゃ! 光ってるにゃ!」「おお~っ! すげーっ!」

 獣人たちも夜光虫に気がついたようだ。

 波打ち際ではしゃぎまわっている。

 その騒ぎにつられて、他の皆も集まってきて夜光虫で遊んでいる。


 アキラが言うように暗い海の上には白い月が出ている。

 月はまぁ――普通だと思うが、元世界の月とは模様が違うので、ここは地球ではないのだろうと改めて思う。

 それにしても、まんまるな月がよく見える。

 俺はそれを見ていいことを思いついた。


 シャングリ・ラを検索して、天体望遠鏡を探す。

 安いのもあるのだが、玩具みたいなものだ。

 光学系のものは多少高くてもそれなりのメーカー製を買わないと後悔するし、経緯台や三脚も良いものが必要だ。

 それがないとぐらぐらしてとてもじゃないが、見られたものではない。

 経緯台と頑丈そうな三脚付き――4万2000円のものをチョイスした。

 口径は80mm、とりあえずなら十分な性能だといえる。


「ポチッとな」

 白い天体望遠鏡が落ちてきたので、早速セッティングした。


「なんだ、ケンイチ? 天体望遠鏡か?」

「ああ、月を見てみようかと思ってな」

「なるへそ」

 小さい照準用のスコープがあるので、そいつで大まかな位置決めをしてから望遠鏡を覗く。

 焦点をあわせると、白い月の表面が見えてきた。

 月は動いている――というかこちらが自転しているので、どんどん位置がずれる。

 経緯台のダイヤルを回しながら、接眼レンズを高倍率に変えてみた。


「おお~っ ん?」

「ケンイチどうした?」

「暗い所にチラチラと灯りのようなものが見える」

「マジで?」

「俺の目の錯覚かもしれんから、アキラも見てくれ」

「よっしゃ!」

 アキラに、望遠鏡の接眼レンズを渡す。


「どうだ?」

「ああ、見える見える。マジで灯りみたいのがチラチラしてる」

 2人で顔を見合わせる。


「ねぇ、ケンイチ、見せて! 見せて!」

 アネモネが見やすいように、台を置いてあげた。


「すごーい! 月ってこんななの?」

「なんにゃ! なんにゃ! 面白いのきゃ?!」「俺も見るぜ!」

 皆が集まってきて、交代で天体望遠鏡を覗き込んでいる。

 それを横目で見るように、俺とアキラは暗闇にやってきて、ひそひそ話。


「あれって、月に人がいるのか?」

「そうかもな。俺たちをこの世界に呼んだ連中か……」

 アキラがビールを飲んだ。


「だがさすがに、俺の作れるものを組み合わせても、月までは行けん……それに、元の世界に帰りたいか、アキラ?」

「ん~? 全然。ケンイチと一緒にいりゃ、元の世界のものもそれなりに手に入るし。ぶっちゃけ外国をまわると、この世界とさほど変わらないような所がわんさかあるし……」

「俺もド田舎で畑仕事とかだろ? TVなんて観てなかったし、ネットがないのは少々寂しいが……」

「ケンイチ、パソコンは出せないのか? アネモネちゃんはタブレット使ってるようだが……」

「出せる」

 彼にノートPCを見せた。


「複数出せるなら、それでネットができるが」

「WIFIの飛ぶ距離だろ?」

「超ローカルネットだな、ははは。まぁ、ジタバタしてもしゃーないし。この世界を楽しもうぜ、ケンイチ」

「そうだよなぁ……」

 シャングリ・ラにある知識を全部この世界に解放して、200年ぐらい経てば月まで行けるようになるかもしれない。

 それに相手が天空の城だっていうなら、空を飛ぶぐらいはなんとかなると思うが……。


 月に行く前にテクノロジーを使った大戦争になるほうが早いと思うし……月の灯りが人が住む証と決まったわけではない。

 この世界の特有の天体現象である可能性も否定できないし。


 暗闇の中で皆で楽しんだあと、それぞれのコンテナハウスに向かう。

 獣人たち、アマナ、そしてアキラはいつものようにテントだ。

 俺のコンテナハウスには、アネモネとベルと、カゲ。

 彼女は俺のシャツの中に頭を突っ込んでいる。


「これ、止めなさいって」

「いーやー!」

 本人は大人だと言うのだが、やっていることは子どもだ。


「にゃー」

「なぁ、お母さんもそう思うだろ?」

 彼女が俺の顔にスリスリしてきた。

 ここがどんな世界なのかは不明だが、とりあえずできることをやって暮らしていくしかない。

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