197話 旅の仲間が増えた
ダリアでの用事を済ませて、俺達は当初の目的地である南の港町であるオダマキに向かった。
途中、脱輪している馬車を発見。
気まぐれでそいつを助けることにしたのだが――ベルの様子が少々おかしい。
彼女の話によれば、馬車の中に森猫がいると言う。
それを運んでいたのは若い商人だが、森猫の取引は違法でもなんでもないので、彼を責めるわけにはいかない。
それ相応の金貨を支払うことで、森猫を引き取ることにした。
木箱を開けて出てきたのは黒い毛皮の子猫。
ちょっと大きな家猫ぐらいの大きさだが、脚の太さが大きな身体に成長することを予感させる。
頭の上の大きな三角形の耳も森猫らしい。
ベルが子猫をペロペロしているところにカールドンがやってきた。
「ほう! これが森猫の幼体ですか! 初めて見ました!」
カールドンがメモ帳を出して、なにやら書き込み始めた。
このメモ帳は俺がプレゼントしたもので、彼もメモを取るのに愛用している。
アキラも箱の中を覗き込む。
「男の子か女の子――どっちだ」
「にゃー」
ベルによると男の子らしい。
「へぇ~森猫の子どもなぁ。ケンイチの彼女ぐらいの大きさになるには、どのぐらいの年月がかかるのかね?」
アキラがなんだかニヤニヤしているが。
「ベルは、森猫の中でもかなり大きいということだったが……」
「だろうなぁ。話に聞いた森猫は、もうひと回り小さいイメージだったし」
おっと、森猫が可愛いので仕事を忘れていた。馬車を助けてやらないとな。
生き物が載っていたことで馬車をアイテムBOXに収納できなかったが、これで問題は解決したはず。
「よし、それじゃあとは――収納!」
アイテムBOXに馬車が吸い込まれたので、道の上に出せば救出作業は完了だ。
道の上に馬車を置くと、商人が馬をつなぎ始めた。
「馬車も入るような大きなアイテムBOXとは……」
「それじゃ、あとの作業は自分でやってくれよな」
「はい……ありがとうございました」
商人が頭を下げたので、これで仕事は終了だ。
「こっちもなんとかなるかな?」
森猫が入っている箱に手を入れて俺の祝福の力を使ったが、あまり変わらないようだ。
身体が衰弱していると、効き目がないのかもしれない。
たとえば死にかけの人間にこの力を使っても、生き返ることはない。
アネモネとプリムラもお花摘みから戻ってきた。
アマナとアマランサスも一緒だ。
「なぁに?! それって森猫の子ども?」
アネモネが子猫を見て叫んだ。
「かわいい!」
意外、プリムラが目をきらめかせている。
「ほう、森猫の子どもかい? これは可愛いねぇ……」
「うむ」
アマナとアマランサスも、箱の上でぐったりしている黒くて小さな森猫を見ている。
ベルが懸命に舐めているのだが……。
「どうだろう……元気になるかな?」
俺はアイテムBOXから水とチュ○ルを取り出した。
「アネモネ、こいつをやってみてくれ」
「うん!」
アネモネが森猫にチュ○ルを差し出す。
彼は2~3回においを嗅いでいたのだが、すぐにペロペロし始めた。
皿に入れてやった水も飲んでいる。
「かわいい! でも……痩せてる……」
チュ○ルをやりながら、アネモネが黒い毛皮をなでる。
毛皮を見ただけでは解らないが、触ると痩せているのが解るらしい。
そういえば毛艶もよろしくない。こりゃ、元気になるまで面倒をみないとだめだろうなぁ。
「おとなしいなぁ。ベルと最初に会ったときには、凄い怒っていたが」
「にゃー」
「え? 怒ったのは一回だけだって?」
まぁ、すぐにぐったりしてしまったので、俺のなすがままだったが。
「にゃー」
「私の身体をなで回したくせに……って、そんなに撫で回してないだろ? 男か女か確認しただけだ」
「「「じ~っ」」」
女たちの視線が突き刺さる。
あの場合はしょうがないだろ。
「森猫を助けた旦那のことをモノ好きだと言ったけど、結果的には正しかったのかねぇ」
アマナが子猫の黒い毛皮をなでている。
「情けは人の為ならずってな」
「その聖騎士様のお慈悲を支え寄り添うのが我らが務め」
皆で子猫を囲んでいたのだが、いつの間にかその後ろにマーガレットがいて、じっと子猫を見つめていた。
皆で森猫を見ながらワイワイしていると、後ろから声がしたので振り向いた。
「あ、あの旦那ぁ……」
「なんだ?」
見れば、ニャメナとミャレーがよだれを垂らしている。
「お前らもか、ほい」
「やったにゃー!」
獣人たちと森猫にもチュ○ルをやると、皆でペロペロし始めた。
彼が回復してもここらへんで放すわけにもいかないな。
多分、ダリア近辺の森で捕まえられた森猫だろうから、そこまで運んでやったほうがいいだろう。
旅の仲間が1匹増えそうだ。
森猫を見ていたマーガレットが、満足したのかマロウの所にやってきた。
「旦那様、一休みしたついでに、お茶でもいかがでしょうか?」
「おお、それはいい! ちょうど喉が乾いていたところだ」
マロウが嬉しそうに返事をした。
よくできるメイドであるマーガレットを手放したくないというのは、納得できるところだ。
彼女の荷物をアイテムBOXから出す。
皆の荷物が俺の収納の中で、どんなに沢山の荷物を抱えても、手ぶらで旅行や仕事に行ける。
それどころか、この中には家まで入っているのだ。
マーガレットの荷物は、小さなコンテナに詰められていて――彼女は、その中からお茶のセットを取り出した。
準備をするためにはテーブルが必要なので、一緒に用意した。
小さな魔導コンロと、ヤカンに入った水。そしてティーセット。
お茶の葉は、俺が譲ったアールグレイだ。
マーガレットが淹れるお茶タイムは、マロウにとってとても大切な時間らしい。
それを邪魔しちゃいかんので、俺とアキラは缶コーヒーを飲んでいる。
その他の女性陣は、オレンジジュースやミルクを飲む。
アキラはビールを飲みたそうなのだが、いくら祝福で分解できるといえ、明るいうちからは駄目に決まっているだろ。
マーガレットがお茶を淹れると、辺りにアールグレイの香りが漂う。
お茶を飲んでいるマロウは目を細めて幸せそうだ。
それを横目で見ながら、プリムラを呼んでひそひそ話をする。
「プリムラ、そんなにマーガレットが大事なら、一緒になればいいんじゃないのか?」
「え? 誰と誰がですか?」
「え? お義父さんとマーガレット……」
「あはは、ありえませんよ。2人とも、そんなことは考えてないと思いますけど」
プリムラが笑っているので、2人はそういう関係ではないらしい。
あくまで優秀な従業員と雇い主という立場。
どうやら俺の勘違いのようだ。
「ケンイチさま。このお茶を生産できればいいのですが……」
「チャノキ自体はあるんだが、摘み取ったあとに醗酵させたりするので、それを習得するのに時間がかかりそうだ」
「この見事なお茶には、それだけの手間暇がかかっているということなのですね?」
「そうだな」
緑茶も紅茶も、元は同じ葉っぱだと聞いたから、生産自体はできると思うのだが。
マロウが若い商人を呼んで、お茶を御馳走している。
「こ、これは凄いです! これがお茶ですか?」
この世界のお茶ってのは普通、薬草茶だからな。
シャングリ・ラでチャノキの苗を購入してみる――1本500円と安い。
「これが、チャノキだ」
「この光沢のある葉っぱがそうなのですか?」
「いや、先端に伸びてくる若芽を摘むんだ」
「それでは、常時採れるというものではないのですね」
「そういうことになるかな」
なにせ、俺がいた北海道にチャノキなんてなかったからな。
温暖な地方の植物だと思うので、ここらへんでも育つだろう。
「これは、是非とも生産に挑戦してみなくては……」
「やることがありすぎて、大変だな」
「もう、休む暇もありませんよ。私の身体が朽ち果てる前に、なんとかできればいいのですが」
「あまり無理をしないほうが……」
「もう、ケンイチが次から次へと面白そうなものを出すので、お父様が張り切ってしまうのです」
俺がシャングリ・ラから出すアイテムに、プリムラが怒っている。
「ええ~? そうかい、それじゃもう出すのはやめよう」
「そ、そんな殺生な……」
マロウが慌てている。
マロウ商会で売れているアイテムやドライジーネも、俺のネタが元なのだ。
それが全部なくなったとしたら、マロウ商会も困るだろうが、この男がそれぐらいで折れるとも思えん。
「まぁ冗談だけどな」
俺たちの会話を聞いていた若い商人が肩を落としている。
「俺が、こんな凄い商品を扱えるようになるには、いつになるのか……」
つぶやいた商人にマロウが声をかけた。
「若い商人は、まずは誠実な取引を心がけなさい」
「マロウ商会、金儲けの秘訣だな」
「そのとおりです。悪いことをすれば簡単に儲けることはできるでしょうが、それは博打と一緒です」
「プリムラも、商売で博打をするのは駄目だと言っていたなぁ」
「無論です。商売で確実に儲けを出すことも非常に難しいのに、博打で儲け続けるなんてのは、不可能というものです」
「インチキやイカサマじゃなければな」
王都に行く途中で車に乗せてやった若い商人も、賭けをして峠で死んだしな。
一か八か、賭けたくなるのは解るが、地道にでも確実にプラスにするべき――というのが、マロウ商会金儲けの秘訣なのだろう。
「そのとおり」
「解りました、肝に銘じます」
若い商人がお茶を飲み干すと、自分の馬車で出発をした。
先に発っても、すぐに俺たちの車が追い越すだろう。
お茶会が終わったので、道具を片付けて俺のアイテムBOXに入れた。
拾った森猫の様子を見る。
「どうだ?」
「ちょっと元気になったよ!」
「そうか」
アネモネの言うとおりに、かなりよくなったように見えるな。
目に生気が戻っている。
つまり箱に閉じ込められていたので、空腹と脱水症状だったのかもしれない。
祝福の力を使っても、身体の水分が増えるわけじゃないしな。
「それじゃ、もう少し食事をあげようか」
俺はシャングリ・ラから猫缶を購入した。
前は獣人たちが喜んで食べていたが、いまはすっかりとカレーの虜になってしまっている。
猫缶を皿に開けて箱の中に入れてやると、ハグハグと食いついている。
やっぱり腹が減っていたようだ。
「飯が食えるなら平気だな」
「にゃー」
「名前? こいつのか? そうだなぁ――黒いからシャドウにしてみるか」
「それは、ちょっと中二臭くね?」
アキラに不評だ。
「ええ? それじゃ影丸」
俺の提案にも、皆の反応がよろしくない。
俺は名付けが下手なんだよなぁ。
「それじゃ、クロとかラッキーとか」
「犬かよ!」
「それじゃ、カゲ」
「そっちのほうがマシだぞ」
「マジか――それじゃ、お前はカゲってことで」
「みゃー」
顔を上げて森猫が返事をすると、彼が起き上がった。
「なんだ、いい子だな」
喉をなでるとゴロゴロ言っているので、怒ったり敵対するようなことはないようだ。
俺が助けてやったと理解しているのだろうか?
それとも、ベルが通訳してくれたのかな?
助けた子猫――カゲが動けるようになったので、車に乗せた。
ベルと一緒に俺のラ○クルの後ろの座席だ。
彼の身体はまだ小さいので、入り込めるスペースがある――と思ったら、アームレストの所で香箱座りになっている。
「そこがいいのか?」
「みゃー」
彼は大きな耳をクルクルと動かしている。
慣れない場所なので少々緊張しているらしく、狭い所のほうが落ち着くらしい。
皆が乗り込んだのを確認して、後ろの車に連絡を取る。
「アキラ、行くぞ~」
『オッケー』
『オッケーにゃ!』
車は新しい仲間を増やして、再び街道を走り出した。
そのまま1時間ほど進み、あまり代わり映えしない風景が窓の外を流れていく。
途中で仲間になったカゲの調子はいいようだ。
車から降りると俺の脚にまとわりついて、スリスリしている。
こうやってみると、本当に猫のようだが、違いは大きな耳と野性味溢れる太い脚。
それに猫と違い力強い。
いずれはベルぐらいでかくなるんだろうか?
いや、オスだからもっとデカくなるのか?
車で走っていると、さっきの若い商人の馬車を追い越した。
「にゃー!」
ミャレーとアネモネが手を振っている。
車が走り続けていても、アームレストの上でカゲはじっとしていたのだが、そのうち俺の所にやってきた。
ハンドルを握っているその下に潜り込んで、俺の股の所で丸くなったのだ。
「ええ? そこに入るかぁ?」
「ゴロゴロ」
「いや、ゴロゴロじゃねぇし」
まるで、パソコンのキーボードを打っていると邪魔しにくる猫だ。
シートの間からベルが顔を出す。
「にゃー」
「私もやりたいって……無理に決まっているだろ」
なんで子どもと張り合ってるんだ。
俺とベルとの会話に、プリムラが驚いている。
「ケンイチ、森猫の話していることが解るのですか?」
「ん~、はっきりと解るわけじゃないんだが、なんとなくは……実際、エルフや獣人たちは森猫と会話しているからね」
このことから森猫が高い知能を持っているのは間違いないと思う。
「ウチも森猫と話をしてるにゃ!」「お嬢もそのうち話せるようになるんじゃね?」
「私も話してみたいですが……」
「私も話したい!」
いつもベルといるアネモネも彼女の言葉は解らないらしい。
「にゃー」
「只人だと、森猫と話せる人の数は少ないようだよ」
「そうですか」
「え~? つまんない」
エルフからもらった翻訳の指輪がなくても、ベルが間に入ってくれれば、通訳をしてもらえるかもな。
ハンドルの下にいる森猫の毛皮をなでる。
ベルはうっすらと模様があるのだが、彼は真っ黒に見えるな。
アネモネも言っていたが、毛皮の下は肋が浮いているし、毛並みもよくない。
「よしよし、沢山食べて、ブラシも毎日してやるからな」
「みゃー」
そこにベルが割って入る。
「にゃー」
「お母さん、いい歳して張り合うんじゃないよ」
「しゃー!」
牙を剥き出して左パンチで殴られた。
そんなに怒ることはないだろ。
彼女が怒るってことは、いい歳なのは間違いないらしい。
「今のは聖騎士様が悪いのう」
「ははは、ごめんよ」
そのまま車は2時間ほど走り、昼になって一旦停止。
昼飯を摂ることにした。
道端にテーブルと椅子を出すと、マロウたちと女性陣は座って食事を摂っている。
俺とアキラ、獣人たちは座らないで立ち食いだ。
お行儀悪いが、道端で食事をするのに行儀など関係ない。
ベルは腹が減ってないのか、周辺のパトロールに行ったと思ったら、すぐに鳥を咥えて持ってきた。
茶色の鳩ぐらいの鳥が、まだパタパタしている。
「おお、ベルありがとう」
子猫がいるので、いいところを見せたいのかもしれない。
その子猫は、ずっと俺の近くにいる。
俺が助けたってのを解っているのかもしれないが、おとなしくていい子だ。
まぁ、文字どおり猫をかぶっているだけかもしれないが。
俺の脚にスリスリしているカゲを、アネモネがなでている。
「可愛いよな」
「うん! 可愛い!」
カゲをなでているアネモネはニコニコ顔だ。
そこにベルもやってきて、ペロペロ舐めはじめた。
「お母さん、随分と過保護だな」
「自分の子どもを思い出しているのかもしれん」
アマランサスの言葉に、突然アマナが涙を流す。
どうも彼女はこの手の話に弱いらしい。
「お前も苦労したんだねぇ」
「にゃー」
「子どもは産んでないらしいぞ?」
「なんだい! ぐすっ……相変わらず旦那の召喚獣ってのは凄い速さで走るんだねぇ」
ちょっとバツが悪そうなアマナが、鼻を啜り伸びをしている。
車の椅子に座っていると疲れるようだ。
「旦那様、辺境伯様のこの乗り物は本当に凄いですね」
マロウ商会の番頭が、日光に光る車のボディを眺めている。
定期的にアネモネの魔法で洗浄してもらっているので、ピカピカだ。
たまにはワックスもかけてやったほうがいいだろうか?
「凄いのは当然だし、アキラ殿に荷物を運んだりしてもらっているが、これにあまり頼るのはよくない」
マロウの意見に俺も賛成だ。
「そうだ、俺やアキラの魔法に頼って商売を構築してしまうと、俺たちがいなくなった途端、一気に崩壊してしまう」
「それゆえ、どうしても急ぎの荷物などに限らせていただいております」
マロウぐらいの商人なら、そこら辺は理解している。
「そのほうがいい。俺やアキラだって人間だ。いつどうなるか解らんからな」
「旦那、今日1日でどのぐらい進むんだい?」
アマナは、車の速度が気になるようだ。
「途中で一泊して、順調なら明日にはオダマキに着けると思うが」
「ひゃあ! 馬車や馬でも20日はかかる距離だと思うけどねぇ」
確かにそんなにかかるなら、今日商人から買ったカゲは、あのままだと確実に死んでたな。
「アキラー、燃料はどうだ?」
「ん~? 半分ぐらいだな。余裕だと思うが……」
「まぁ、一応入れておこう」
「オッケー」
2人で、アイテムBOXから出したバイオディーゼル燃料を車に入れる。
そこにカールドンがやってきて、じ~っと給油作業を見ている。
彼と油について話をする。
この世界にあるのは植物油と魚油が多い。
どちらも車の燃料には向かないし高価だ。
俺もシャングリ・ラで油を買ったり、アキラに出してもらったりしなければ、とてもディーゼルエンジンを積む車両を運用できない。
人間と車の昼食も終わり、車は再び出発した。
青空の下、そのまま車で3時間ほど進む。
途中に小さな宿場町もあったが、スルー。
プリムラの話では――街道で輸送をしている商人が沢山いるので、街道沿いに店があれば結構儲かるらしい。
野宿するより宿場町に泊まったほうが荷物も安全だしな。
ここらへんを通るのは、実は初めてではない。
野盗のシャガに捕まっていた女たちを送るために、ここらへんまでやってきたのだ。
「丘を越え行こうよ~ってくらぁ」
無線機のマイクを取る。
「アキラ、問題ないか~?」
『問題な~し』
さて、そろそろ夕方だ。
タイミングのいいところで、宿泊する場所を確保しないとな。
ふと右手を見ると村が見えるが、なんかデジャヴュが……。
「あれ? ここってきたことが……」
スピードを落とす。
「はい、シャガから助けていただいた帰りにここまで来ましたよ」
プリムラが覚えていたようだ。
「にゃー! ここに女を1人送ってきたにゃ!」
ミャレーも、そのことを覚えていたらしい。
「そうか、その女が覚えているか解らないが、村の隅っこを貸してもらえるかもしれない」
「ふむ、街道で寝泊まりするよりは、安全かもしれぬ」
後ろからアマランサスの声がする。
「それに、空き家があれば、購入して移築できるし」
「いいかもしれません」
ボロボロの家でも、ゼロから建てるよりはコストが安いからな。
アキラの車に連絡を入れる。
「アキラ~右手の村は見えるか?」
『おう!』
「あそこに間借りしてキャンプしようと思うが」
『おおぅ、いいねぇ。解ったぜ』
「そんじゃ、右へターン!」
『了解!』
「ケンイチ、ターンは、曲がるだにゃ?」
「ははは、そうだ」
「ターンにゃ!」
「タダのターンだと、ぐるりと引き返す意味になる」
「面白いにゃ!」
こんな言葉を覚えても、俺とアキラにしか通じないだろ。
アネモネにも通じるかな?
右へ曲がった2台のSUV車は、ガタガタの道を進み始めた。
このぐらいの道ならどうってことはない。スタックしてもデフロックで抜け出せるしな。
500mほど進むと、30軒ほどの小さな村が見えてきた。
ここまで女を送りにきたときは、街道で降ろしてしまったのだが。
女はひっそりと1人で帰っていった。
帰ってくるところを見られたくなかったのだろう。
野盗に捕まったのを、村の人間たちは知っているだろうしな。
俺たちは、キャンプをする場所の交渉するために、車を村に乗り入れた。