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196話 オダマキへ


 帝国で咲くという毒の花。

 それが、ダリア近くの森の中に咲いているということで、俺たちは駆除に向かった。

 アキラによれば、いつもは燃やして駆除をしているというのだが――。

 俺とアネモネのタッグで、簡単に駆除することができた。

 アネモネのゴーレム魔法で毒の花を一箇所に集めて、俺のアイテムBOXの中に入れたのだ。

 アイテムBOXの中にあるゴミ箱に投入すれば、駆除完了。

 俺だからできるチート行為だが、燃やせば毒ガスが出るというのだから、危険が少ないのに越したことはない。


 街に戻り、伯爵を屋敷まで送ったあと、俺たちはマロウ邸に戻ってきた。

 到着すると日は傾き夕方近い。

 昼飯も食わないで作業をしていたので腹ペコだ。

 車から降りると、プリムラが作る料理のいいにおいが漂っていた。

 その香りからすると、料理はカレーらしい。

 アマナとマロウ邸のメイドのマーガレットも料理を手伝っており、先に帰っていたアネモネはパンを焼いていた。


「ただいま~」

「ケンイチ、おかえりなさい。すぐに料理ができますよ」

「旦那、なんの仕事か解らないけど、上手くいったのかい?」

 アマナが心配そうな顔をしている。


「ああ、大丈夫だよ」

 まさか、この街まで危険にさらされていたなんて彼女は知る由もないが、俺たちの雰囲気で危険な仕事だと察していたのだろう。


「アキラ、先に飲むか?」

「お? いいねぇ。駆けつけ3杯! 仕事のあとのビールは格別」

「ダリアで伯爵に会うだけだったはずなのに、なんでこんなことに」

「まぁ、お貴族様だから、これも仕事のうちってやつよ。仕方ねぇな、ははは」

 アキラは俺から渡されたビールを一気に半分ぐらい飲んだ。


「ぷはーっ! たまんねぇ!」

 ニャメナとアマランサスにもビールを渡した。


「うめぇぜ!」

「ふうう、仕事のあとのこれは格別じゃのう……」

「アマランサス、アキラと同じことを言ってるぞ」

「む……」

 アマランサスがちょっと嫌そうな顔をする。

 おっさんくさいと、遠回しに言われたと思ったのだろう。

 彼女を抱き寄せると、軽くビール味の口づけをする。


 ニャンコロは元気そうで、ミャレーに抱きつかれ、なでられまくって好きなようにされている。

 彼を取られたアマナが寂しそうにしているので、アネモネが声をかけた。


「アマナ、一緒に食事を食べよ?」

「おお、そうかい。それじゃ一緒に食べようかねぇ」

 ミャレーに捕まり、体中をスリスリされているニャンコロの所に行く。

 そんなに好きか。


「ニャンコロ、身体は大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」

「これからは君が一人前になるまで、ガレー地区の長が面倒見てくれるからな」

「なにも心配いらないにゃー!」

「うん」

「あうう~可愛いにゃ~」

 ミャレーが、ニャンコロに頬ずりして、耳を甘噛みしている。


「ミャレー、おもちゃにしちゃ可哀想だろ? ほどほどにしなさいよ」

「うにゃー!」

 そうは言ったものの、ニャンコロも嫌がっていないようなので好きにさせよう。

 料理ができるまで俺にはやることがある。

 コンテナハウスにぶら下げてある、スライムが入ったプラの虫かごだ。

 中には透明なスライムがうねうねと動いている。


 アネモネに頼んで冷却の魔法をかけてもらいたいところだが、彼女は料理中だ。

 そこで、シャングリ・ラから冷却スプレーを購入してみた。

 こいつをスライムに吹きかけると、すぐに表面が白く凍りつく。

 冷えると動きがかなり鈍くなったので、ゴム手をつけてスライムを掴み、ナイフで半分に切る。

 透明な虫かごをもう1つシャングリ・ラから購入して、その中に半身を入れた。

 次に、アイテムBOXから、今日採取した毒花の芋を取り出して虫かごの中に投入。

 これで様子を見てみる。


「おっ? ケンイチ、早速実験か?」

 ビール缶を持ったアキラがやってきた。


「毒花の芋でスライムが死ねば、芋でスライムの駆除ができるし、死ななければ毒花の駆除にスライムが使える」

「森で言ってた毒をもって毒を制すだな」

「まぁ、そういうことだ」

 食事の準備ができたので、皆で集まってカレーを食う。

 ニャンコロも美味しいと喜んでいた。

 カールドンの所にもカレーを持っていってやる。


「ケンイチ様、その様子では上手く駆除できたようですな」

「まぁな。色々といい方法が見つかったよ」

「ほう」

 彼にゴーレムのコアの利用法を話した。


「なるほど、そのような使い方が……」

「畑を耕すのにも使えるし、もっと色々な使い方が増えて、コアが使われるのが普通になるかもしれないぞ」

「なんと……いままでは、あまり見向きもされていなかった技術ですが……」

 カールドンが立ったままカレーを食い始めた。


「う、うまい……」

「カールドンだって歴史に名前が残るかもしれないぞ」

「はは、私は面白い研究ができればそれでいいのです」

「その研究がより面白くなるように、俺も協力するぞ」

「ありがとうございます」


 そして夜――ニャンコロはミャレーと一緒に寝るようだ。

 彼もなついているようだし、問題ないだろうが――。


「ニャメナ、大丈夫だろうな? ほら――その……」

 俺の言葉にニャメナが怪訝な顔をする。


「はぁ? 只人じゃあるまいし、大丈夫だよ旦那! 獣人たちの社会で、子どもなんかに手をだしたら、大変なことになるし」

 マジで磔になるらしい――剣呑剣呑。


 ------◇◇◇------


 ――赤い花を駆除した次の日。

 俺は朝早くに起きると、真っ先にスライムの所に行って様子を確認した。

 毒芋を入れた透明な虫かごの中で、スライムは変わりなく生きており、毒芋も綺麗に平らげられてなくなっている。

 ――ということは、毒芋も効かなかったってことだが、スライムに変化が現れた。

 透明なウネウネの中に小指の先ぐらいの黒い粒が見える。


 俺はゴム手をつけると――アイテムBOXから出した冷却スプレーをスライムに吹きかけて、その黒いものを取り出した。


「ふ~む」

 黒い石――これは……。

 摘んだ石に、俺が力を送り込むと中が青く光る。


 こいつは魔石だ。

 まるで真珠を作るアコヤ貝のように、スライムで魔石ができた。

 びっくりたまげた門左衛門とかいうネタがあったが……そうではない。

 スライムの前で悩んでいるとアキラが起きてきた。


「うっす! ケンイチどうした? スライムはくたばったか?」

 彼になら話しても大丈夫だろう。


「普通に平気だったし、コレができてた……」

 俺は、アキラに黒い小さな玉を見せた。


「ああん? これって――魔石か?」

「そうだ」

「う~ん、確かに毒花の芋は空中の魔素を取り込むから、そいつを食わせれば魔石ができるっちゅーのは、理屈にはかなっていると思うが……」

「こんな話を帝国で聞いたことは?」

「ないない、初めて聞いたぜ。だいたい、スライムと赤い花の生息域がまったく違うからな」

 スライムが繁殖しているのは水のある所、赤い花は森の中に生えて芋をなすために湿地には向かない。

 普通の芋も水分が多い場所では腐ってしまうし。


「でも、スライムと毒花を養殖すれば、魔石を量産できるってことが解った」

「ええ~? ケンイチ、本当にやるつもりか?」

 アキラの口ぶりからすると乗り気ではないようだ。

 彼が乗り気ではなくても、これはハマダ領の大きな産業になる。

 スライムを駆除する方向ではなく、捕まえて養殖するのだ。

 湿地帯にいけばスライムなんていくらでもいる。


「ああ、カールドンの作ったコアモーターが普及すれば、この世界での魔石の需要は爆発的に増える。こりゃ、お義父さんにも話して、金を出してもらわにゃ……」

「そういうのはケンイチに任せた」

「金になるぞ?」

「いやいや、俺はスライムも赤い花もうんざりだよ」

 彼は帝国で、この2つに相当苦しめられたらしい。


 皆で朝飯を食べ、片付けをしたあとプリムラを呼ぶ。

 彼女にもスライムでの魔石生産について話すため、庭の隅で彼女とひそひそ話をする。


「え?!」

 プリムラも俺の話に驚いたようだ。

 そりゃ魔石を人工的に生産するなんてな。


「今のところ一個できただけだけど、これから追試を何回かして、本当にできるかを調べる」

「これって、もしかして凄いことなのでは……」

「そりゃ成功したら凄いぞ」

「あの……父に話してきます!」

「他の人には漏らさないようにな」

「もちろんです!」

 しばらく待っていると、マロウが慌てて走ってきた。


「ケンイチ様! ハァハァ……それは本当でございますか?」

「とりあえず、実験で1個だけできたのは間違いない。スライムを持ってきているから、旅の間に追試を繰り返すから」

「もし本当なら、あのコアモーターという魔道具との組み合わせで、世界がひっくり返るのでは……?」

「上手くいけばな。それには、スライムと赤い花の養殖が本当にできるかどうかの実証もしないとだめだし」

「うむむ……運河と合わせて、辺境伯領が世界の中心になるのでは……」

「そんな大げさな、ははは」

 そこに耳のいいミャレーがやってきた。


「ケンイチ、スライムがどうかしたのきゃ?」

 まだ極秘事項なので、人に話すのはまだ早い。


「いや、スライムを食うか?」

「うぎゃ! そんなもの食わないにゃ!」

 彼女が毛を逆立てる。


「ミャレー、ニャンコロをガレー地区まで送っていってやってくれ」

「解ったにゃ!」

 あそこに車でまた行くよりは、彼女に担いでいってもらったほうが早い。

 それに獣人は獣人同士のほうが話も通じるだろう。

 ミャレーはニャンコロを肩車すると、マロウ邸の門から飛び出ていった。


「旦那~! あいつを置いて、俺たちだけで出発しようぜ」

 ニャメナがそんな意地悪なことを言ってくる。


「そうはいかないだろ」

 まぁ置いていっても、獣人の能力があれば追いかけてはこれるだろうが。

 まさか、そんなことをするはずがない。


 ダリアでの用事はすべて済んだので、出発の準備をしながらミャレーが帰ってくるのを待つ。

 庭に出していたコンテナハウスも全部収納した。

 カールドンが朝食のパンを齧って、カップでスープを飲んでいる。


「研究はすすんだか、カールドン」

「ええ、ケンイチ様。たまに環境を変えるというのもありですねぇ」

「それは言える」

 ミャレーが帰ってくる間に、再びスライムに芋をやってみようと思うのだが、今回は実験だ。

 データをしっかりと取らなければならない。

 ゴム手をつけると――アイテムBOXから天秤ばかりを出し、芋の重さを計る。

 芋に溜まっている魔素の量も関係してくるから、あまり意味がないかもしれないがな。

 たとえば高濃度の魔素が湧く場所があれば、そこで赤い花を育てれば濃い芋ができるかもしれない。


「ケンイチ様、それが例の花の芋でございますか?」

「そうだ。こんなものが役に立つかもしれないなんてな」

 彼にも、スライムと魔石のことを話す。


「なんと! そのようなことが――のけものにされているものだからこそ、研究が遅れていたのでは?」

「アキラの話によると、帝国でも全く研究が行われていなかったらしい」

「そうでしょう」

 スライムに芋をやっていると、ミャレーが帰ってきた。


「ニャンコロは、受け入れられそうか?」

「もちろんにゃ!」

「でも、次に会うときには、可愛くなくなってるにゃー」

 ミャレーが本気でそんなことを言っている。


 屋敷からマロウがやってきたので車の準備をしているのだが、マロウ商会のメイドであるマーガレットも一緒だ。


「私も参ります。旦那様のお茶を入れるためには必要でしょう」

「それは構わないが、乗れるかな?」

 俺の車の助手席にはプリムラ。後ろの座席にはアネモネとベルとアマランサス。

 3列目シートには、獣人たち。


 アキラの車にはマロウとマロウ商会の番頭――そしてアマナとカールドン。

 3列目シートにマーガレットが乗った。


「なんとか乗れたか」

 運転席に座ると、アキラから連絡が入る。


『ケンイチ、こっちはいいぞ~』

「そうか、こっちもオッケだー」

「オッケーにゃ!」

「にゃー」

「お母さんもオッケーか。それでは出発!」

『はいよ~』

 サクラに移築する建物を集める仕事と、伯爵に会うだけだったはずなのに、色々とありすぎたダリアから出発した。

 車は縦列になって大通りを進み、南門から街の外に出た。

 シャガの根城になっていた古城跡、そこから助け出した女たちを村まで送っていったが、その先はまったく未知の土地。

 マロウ商会の面々は、目的地のオダマキには行ったことがあるらしいので、彼らに道先案内人になってもらう。


 ダリヤの近辺に広がる穀倉地帯を抜けると、しばらくは荒野。

 ここらへんには水源がないためらしい。

 それでもかつてはここらへんでも畑作が行われていたようなのだが、水源が枯渇したため、皆北へ北へと移動したようだ。

 もともとは海辺に植民したというが、アニス川周辺はスライムだらけ、そこでそれを避けて北上、最後にたどり着いたのが王都周辺らしい。

 王都のすぐ近くにもアニス川が流れているが、あそこにはスライムはいないからな。

 王都の北は山脈、その向こうは砂漠なので、それ以上北には行けない。


 やはり水と土地があって……開拓に適した土地ということになればアニス川周辺ということになるのだろう。

 ただし、スライムを駆除することができれば……だが。


 ダリアから王国最南端のオダマキまで、約500リーグ――800kmだ。

 道路が舗装されていれば、1日で800kmぐらいは余裕ではあるが、さすがに1泊は必要だろう。


「プリムラ、ここらへんは治めている貴族はいないのかい?」

「多分、いないと思いますよ」

 見るからに荒れ地だからなぁ。

 デカい領地を持っているアスクレピオス伯爵みたいのが親貴族だとすれば――シャガ討伐の功績から陞爵したノースポール男爵は子貴族ってことになる。

 位階こそ、辺境伯の俺のほうが高いが、伯爵がここらへん一帯を治めている大貴族なのは間違いない。

 ノースポール男爵は寄子貴族ってことになるので、本当は俺が彼の領地に援助するのは少々マズい。

 本来なら、男爵領になにかあったら助けるのは伯爵なのだ。

 ――とはいえ、デカい貴族なら寄子も多いので、後手後手になってしまうことも多い。

 今回のような魔物退治は、たまたま遊びに行ったら魔物に襲われたので退治しました――という感じになる。

 あまり表立って援助はできないが、あとはマロウ商会経由でやればいいだろう。

 商人が貴族を援助するのは普通だからな。


 街道には人や荷馬車が多いので、注意して走る。

 事故ったら大変だ。こちらは大丈夫でも、馬車などはバラバラになってしまうだろう。

 しばらく走っていると、脱輪している馬車が見えてきた。

 道からはみ出て片輪が落ちてしまっている。

 一旦停止して、後ろのアキラに連絡を取った。


「アキラ、ちょっと一旦停止する」

『あいよ~』

「花摘みや、雉撃ちしたいやつは、いまのうちにしとけ~」

「雉撃ちってなんにゃー!」

 後ろから声が聞こえてくるが、アキラには通じるだろ。

 まぁ、この世界には鉄砲がないから通じないか。

 でも花摘みって言葉はあるんだが。


『オッケー!』

「ケンイチ、気をつけてください」

 旅に詳しいプリムラから注意するように言われる。


 エンジンを停止して降りると、皆がバラバラと降り始めた。

 女性陣は固まって行動しているが、まず獣人たちが周囲を警戒する。

 こういうのが罠のときがあるのだ。人助けをするために、馬車が止まったところを襲ってきたりと――元世界でもそういうのがあったと思う。

 ベルもアネモネと一緒に車を降りたのだが、様子が変だ。

 周囲のにおいをすごく気にしているのだが――敵だろうか?


 心配していたのだが、周囲を確認したミャレーとニャメナが草むらから手を振っている。

 大丈夫そうだ。それを確認してから脱輪している馬車の所に行く。


「手伝おうか?」

「は、はい……」

 馬車の近くにいたのは若い男。

 茶色の短い髪に、麻のズボンに緑色のベストを着て、首飾りを多く付けている。

 肌は日に焼けていて浅黒い。商人らしい恰好だ。


「馬を外してくれれば、簡単に上げられるが……」

「わ、解りました」

 男は汗だくになっていたので、孤軍奮闘していたのだろう。

 かなり疲れた様子で、他に手がないと悟ったのか、俺の申し出を受け入れた。

 そこにマロウたちがやってきた。


「ダリアの商人ですな。顔を見たことがある」

 マロウと番頭もうなずいている。


「そうなのか」

 一流の商人の彼は、顔を覚える能力が凄い。

 プリムラもそうだが、一度会った人の顔はほとんど覚えているという。

 逆に俺はすぐに忘れる。自分で言うのもなんだが、人に興味がないのが問題だ。

 興味がないので覚えていられないのだ。


 若い商人が馬を外しているのだが、もたついているのでマロウと番頭が手伝う。

 馬車と馬を繋いでいる大きな木製のピンを外す。2人とも中々手慣れている。


「マロウも昔は自分でやっていたのか?」

「もちろんです。親の財産を引き継いだのでなければ、皆が露店から始めるわけですから」

 まぁ、俺もそうだったな。


「千里――いや、1000リーグの道のりもまず一歩からってな」

「その通り、その一歩を歩みださない人間には、絶対に成功は訪れません」

 俺たちの会話から、若い商人がマロウの正体に気がついたようだ。


「あの! マロウ商会さんですか?」

「その通りですよ」

「あの! 俺も、マロウ商会のような大店になることを目指しています!」

「ほほ、期待してますよ」

「はい!」

 ピンが外れたので馬をどかしてもらう。

 馬車を動かすだけなら簡単。

 こいつをアイテムBOXにいれて、道の上に出せばいいわけだ。

 カールドンもやってきた。


「ケンイチ様、手伝いましょうか?」

「いや大丈夫だ、収納」

 簡単なはずだったのだが、馬車が収納されない。

 なんのことだか解らない若い商人がきょとんとしている。

 そこに、ベルがやってきて、馬車のにおいを懸命に嗅いでいる。


「え?! 森猫?!」

 彼女を見た商人が驚いた。


「ああ、彼女は俺の家族だ」

「しゃー!」

 馬車のにおいを嗅いでいた彼女が、突然牙をむき出した。


「え? こんなやつを助けるなって? そうもいかんだろ?」

「しゃー!」

「ええ?」

 彼女がこんなに怒るのは……。

 アイテムBOXに入らないってことは、その原因があるのだ。


「もしかして馬車に、なにか生き物が積んであるのか?」

「あ! はい!」

 商人が馬車に乗り込むと、大きな木の箱を降ろしてきた。

 閉じた木の箱だが、穴が空いていて、ガタガタと動いている。

 どうやら生き物のようで、こいつが収納を邪魔していたのだろう。


「しゃー!」

「え? 中身は森猫だって?」

 どうやら箱に入っているのは森猫らしい。


「は、はい――森猫ですが」

「しゃー!」

「森猫を粗末にするやつを助けるなと、彼女が怒っているのだが……」

「し、しかし、これは売り物ですし……」

 まぁ、彼の言葉も一理ある。

 普通の人間にとっては、森猫も森の中の生き物に過ぎないのだ。

 森猫の売買は違法でもなんでもない。

 そこに、アキラと獣人たちもやってきた。


「おお? なんだなんだ?」

「その中身、森猫にゃ?」

 獣人たちもにおいで解ったらしい。


「ああ、そうらしい」

「旦那、そんな商人は助けることはねぇよ」

 ニャメナも怒っているようだ。


「お前たちまで」

 まぁ、獣人たちにとっては、森猫は神様みたいなもんだし。

 そりゃ怒るのも無理もないが、解決するのは簡単だ。


「それじゃ、そいつが商品だっていうなら、俺が買い取るよ。それならいいだろ?」

「そ、それはそうですが……」

 俺には相場が解らん。マロウと相談して値段を出した。


「金貨10枚――(200万円)出す。それと君の馬車をそこから救出してやる。悪い取引ではないだろ?」

「はい……承知いたしました。金貨10枚でお譲りいたします」

「ほい」

 俺はアイテムBOXから金貨を10枚出すと、商人に渡した。

 シャングリ・ラからバールのようなものを購入して、ニャメナに渡す。


「アイテムBOX?!」

 俺がなにもない所からものを出したので、その存在にやっと気がついたらしい。


「そうだよ。ニャメナ、そいつで箱を開けてやってくれ」

「はいよ~」

「あの……あなたも商人なのですか?」

「いや、俺は貴族だよ」

 それを聞いた商人が顔を青くして、ペコペコしだした。


「知らぬこととはいえ、ご無礼のほど申し訳ございません!」

「ははは、まぁ貴族らしい恰好をしてないからな」

 話している間に木箱が開いた。

 開けた途端、逃げるかな? ――と思ったのだが、ちょっと衰弱しているようで、そんな元気はなさそうだった。

 中を覗くと、暗い箱の底に黒い毛皮の森猫の子どもがいる。

 大きさは、ちょっと大きな家猫並だが足が太い。

 森猫の特徴である、大きな三角形の耳もベルと同じだ。

 心配そうに箱の周りをウロウロしていたベルだが、顔を突っ込んでペロペロと黒い毛皮を舐め始めた。


 可愛いな!


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