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193話 ロードキル


 ダリア近くの森に、赤い花が咲いているという。

 その花を知っているアキラによると、大輪で綺麗な花らしい。

 きれいな花には棘があるの言葉どおりに、こいつの棘は上から下まで全部毒で、花粉にも毒があるという。

 その花粉によって都市がまるごと廃棄されることもあるという厄介な代物だ。

 帝国にしか咲いておらず、王国では噂に聞く程度だったが――。

 なぜかダリアの森の中に咲いていたところに、獣人の子どもが遭遇して花粉にやられた。

 獣人の子どもを助けたことで、今回の毒花が発覚した。


 まさに瓢箪から駒。

 この世界では似たような意味で、「灰からドラゴンが出る」という言葉が使われている。


 領主である伯爵との話もついたし、あとは子どもの回復を待つだけだな。

 とりあえず花のある場所は彼しかしらない。

 まぁ、大体の場所が解れば、俺がドローンを飛ばしてその場所を見つけられると思う。

 獣人たちに担いでもらえば、子どもが歩く必要もないし、あの森なら車でも入れる。


 ――子どもが担ぎこまれた次の日。

 子どもの症状をみるとすっかりといいようだが、やせ細った身体が魔法で戻るわけでもない。

 これから栄養のあるものを食べて、徐々に身体を戻していかなければならない。

 ものが食えるようなので、コンテナハウスの中で養生させ、牛乳をかけたグラノーラを食わせた。

 ミャレーとニャメナも彼と一緒に朝食を食べている。

 彼女たちは、毛布を持ち込んで夜もここで寝たようだ。


「言ってくれれば、ベッドを出してやったのに……」

「そんなの、大丈夫にゃ」

「おいひい……!」

 子どもが、グラノーラを食べて目を輝かせている。


「美味しいよにゃ!」

 やはり同族がいると安心するようだ。

 もともと獣人たちってのは、大家族で生活をするらしいからな。

 食べ終わった子どもにミャレーが抱きつくと、身体をなで回す。

 まぁスキンシップってやつだ。


「可愛いにゃ!」

 彼女が子どもの耳を甘噛している。

 黒い毛皮に白い手袋が本当に可愛い。


「そうだな……サクラには、まだ獣人の子どもはいないな」

 サクラにも彼らが増えれば、この街のように獣人たちの生活共同体ができるに違いない。

 ニャメナも子どもをかわいがっているので、基本的に獣人たちは子どもが好きらしい。


「にゃー! 子どもの頃はこんなに可愛いのに、なんでデカくなると、あんなクソになるにゃ?」

「クソとは酷いな……」

「クソはクソにゃ!」

 ミャレーが言っているのは、成人した男の獣人のことだ。

 獣人は女性のほうが早熟で、子供の頃はスピードもパワーも上。

 そのうち男が第二次性徴期に入ると、体つきが変わり力も強くなる。

 そこで、よくいる獣人の男のようになるらしい。


「ニャンコロ、身体は大丈夫か? 彼女たちから聞いたと思うが、君が見つけた赤い花を駆除しなくてはならない」

「うん、大丈夫だよ」

「心配いらないにゃ、移動はウチがおんぶしてあげるにゃ!」

「ありがとう、お姉ちゃん……」

「にゃー!!」

 ミャレーが、また男の子に抱きついた。


「にゃー」

 コンテナハウスの外でベルの声がするので、アルミの扉を開けてやる。

 隙間を少し開けただけで、黒い毛皮がスルリと入ってきた。


「にゃー」

 彼女は一回鳴くと、男の子のベッドに飛び乗り彼の顔を舐めた。

 ベルを見た彼はすごく驚いたようだ。

 まさか、ここに森猫がいるとは思わなかっただろう。


「ありがとう、森猫様」

「随分とモテモテだな」

 俺は男の子にそういう感想をもったのだが、少々事情が違うらしい。


「街の中で森猫様に出会えるなんて……」

「にゃー」

 ベルは、男の子が森の奥に入った理由を尋ねたようだ。

 かなり深部まで行ったらしい。


「森猫様に会いたくて」

「ここで会えたわけだけど、会ってどうする?」

「……お母さんを生き返らせてください……」

「にゃー」

 彼女の返答を聞いた男の子ががっくりと肩を落とす。


「……だめ?」

「にゃー」

 そりゃ死人を生き返らせるなんて不可能だし、死体すらない。

 いや、死体のまま起き上がったらアンデッドだけどな。

 俺が以前襲われたスケルトンのように駆除対象になってしまう。

 落ち込んでしまった彼を、獣人たちが励ます。


「心配いらないにゃ! あそこの地区をまとめてるニャルニャルサには、話をつけたにゃ! 皆お前の力になってくれるにゃ!」

「このクロ助の言うとおりだ」

「そうだ、獣人たちの長も約束してくれた。もう1人じゃなくなるぞ」

「にゃー」

 ベルが、男の子の肩に前脚をのせた。


「……うん、解った……」

 彼も前向きに暮らしていくことを決めたようだ。


「ちょっと早いけど、独り立ちしてもいい歳だにゃ!」

「俺もこのぐらいには働いていたぜ」

 まぁ、ミャレーとニャメナの言うとおり、いずれは1人で生きていかなきゃいかんけどなぁ。

 少々心配だが、獣人たちの仲間が沢山いるんだ。

 なんとかなるだろう。


 子どもの調子はいいようなので、森に案内してもらう。


「ケンイチ、気をつけてください」「旦那、危ないことばっかりするんだねぇ」

 プリムラとアマナが心配そうな顔をしている。彼女たちは留守番だ。


「はは、ここは他領とはいえ、それが貴族の仕事だからな。それに、ダリアの街には世話になったし、マロウ商会の本店もある」

 そういえば、マロウの姿が見えない。

 キョロキョロと彼の姿を探している俺に、プリムラが答えた。


「あの……父は、南への出発がもう少し延びそうだというので、他の商売を……」

 じっとしていられない人のようだ。

 やはり、ものごとで成功する人ってのはバイタリティが凄い。

 まぁ構わないさ。


 俺とアキラの車を出して、皆で乗り込む。

 俺の車には伯爵が乗り込むので、獣人たちはまとめてアキラの車に乗ってもらった。

 ベルも向こうだ。彼女が一緒なら男の子も安心するだろう。


「アネモネ、こちらには伯爵と爺さんも乗るんだ。アキラの車に乗ってくれないか?」

 伯爵側から、追加のメンバーを申し込まれるかもしれないし。


「うー……解った……」

「ありがとうな」

 彼女の頭をなでる。

 アマランサスは俺の護衛だと言い張るだろうから、絶対に譲らんと思う。

 俺の車にはアマランサスを乗せて、出発することにした。


「アキラ、先に北の門の所で待っててくれ。俺は伯爵と爺さんを拾ってくる」

『オッケー!』『オッケーにゃ!』

『オッケー!』

 聞き覚えのない声が聞こえてきた。誰の声だと思ったら、男の子の声だ。

 大きな声を出せるぐらいに元気になったみたいでよかった。


 俺は車を発進させると、マロウ邸を出て大通りへ。


「聖騎士様、どうなりますかぇ?」

 後ろからアマランサスの声が聞こえてくる。

 ルームミラーでチラリと見るが、不安そうな顔ではない。


「さてな、とりあえず行ってみないことには解らん」

 貴族街に入ると、伯爵邸に到着した。

 時計がないので、元世界のように○○時にきっかり――というわけにはいかない。

 少々もやもやするが、元世界の分刻みで行動する生活に毒され過ぎだな。

 スローライフとか言ってるのに、根がスローライフになっていない。

 少し落ち込みながら、アーマーを着ている門番に挨拶した。


「ハマダ辺境伯だ。伯爵と約束がある」

「ははっ! お通りください!」

 そのまま庭を進み、玄関の前までやってきたのだが、伯爵と彼の娘が揉めている。

 伯爵は、白いシャツに茶色の乗馬ズボンのような服装をしている。

 胸には革のアーマー、足下にはブーツを履き、腰に剣を差す。

 戦闘をするわけじゃないが、森の中にはそれなりの危険があるからな。

 玄関には、青いドレスを着た伯爵夫人の姿も見える。


「伯爵! 迎えにきたぞ」

「おお、辺境伯様!」

「私も行くー!」

「エリカ、屋敷で待ってなさい! 遊びに行くのではないのだぞ?! お母さんも心配するだろう」

「そうですよ、エリカ。お父様の言うことをお聞きなさい」

「いやー!」

 どうやら、娘のエリカも行くとわがままを言っているようだ。

 金髪のツインテールの女の子が、伯爵の脚にしがみついている。

 車を降りて彼女の所に行く。


「エリカちゃん。とても危ない所だから屋敷で待ってようね。ニャンコロは元気になったから」

「ホント!?」

 彼女が伯爵の脚から離れた。

 どうやらニャンコロの容態が気になっていたようだ。


「ああ、騒ぎが収まってから、彼に会いに行けばいい。街の獣人たちも、彼の面倒をみてくれることになったから」

「う~ん、解った!」

「いい子だね」

 彼女の頭をなでると、彼女は伯爵から離れて夫人の所に行った。


「申し訳ございません。お見苦しいところを……」

「問題ない。これに乗ってくれ」

 俺がラ○クルの助手席のドアを開けた。

 アマランサスが後ろから降りて、3列目のシートに移った。


「あの、彼を護衛に連れていきたいのですが」

 玄関の奥から出てきた男を伯爵が紹介した。

 アマランサスがシートを移ったのは、この男の影を見たからだろう。

 長い剣に、ライトアーマーを装備した短い金髪の男。

 高そうな装備なので、この男も貴族だと思われる。

 伯爵も自分の知り合いがいないと不安――と見た。

 気持ちは解る。


 伯爵と騎士が、恐る恐る車の座席に乗り込んだ。

 助手席に伯爵――その後ろの席に騎士が座る。


「こ、これが噂に聞く、召喚獣の中でございますか」

「唸ったりしているが、俺の言うことしか聞かないからな、大丈夫だ。噛み付いたりしない、ははは」

「座席もかなり上等でございますね、辺境伯様」

 後ろの騎士から声が聞こえる。


「ケンイチでいいぞ」

「私は、パキラ・ラ・パープルハートと申します」

「よろしく」

 ルームミラーで見ると、剣を立てて座席に座っている。

 それなりに腕に覚えもあるようだが、実戦はどうかな?


 そんなことより発進だ。

 アキラが門のところで待っている。

 車を発進させると伯爵が驚く。


「うおっ! なんという速さ!」

「その気になれば、休むこともなく王都まで1日で到着できるからな」

「なんと!」

「まぁ街の中を通ったりして、速度は落ちるから実際には無理だが……」

「それでも信じられない速さでございます。獣人の全力疾走ぐらいの速さですかな?」

「そのぐらいだな」

 もっと出せるのだが、そこは隠しておいたほうがいいだろう。

 伯爵と話していると、爺さんの店に到着した。


「伯爵、ちょっと待っててくれ。助っ人を乗せる」

「はい――ここは……」

 車から降りると爺さんの店に入る。


「おーい! 爺さん、迎えに来たぜ」

「おおっ! 待っておったぞ、辺境伯様よ」

 爺さんが深緑色のローブと杖を持って出てきた。


「すでに伯爵も拾ってきた」

「これは伯爵様、お元気そうでなにより」

「これはパルド殿! 助っ人というのは、パルド殿でございましたか」

「まぁ、辺境伯様とちょっとした知り合いでな。例のシャガ討伐で一緒じゃったり、ほほほ」

「皆が辺境伯様と知り合いなのに、私だけのけものにされていたわけですな……」

「そう、ひねくれるものではないですぞ。まぁ、貴族というのは嫌われているからのぉ、ほほほ」

 爺さんの言葉に、伯爵が本気で落ち込んでいる。

 車から降りると、後ろのドアを開けて爺さんを乗せた。


「ほう! 以前乗ったものより、かなり上等じゃの――それに後ろには美女も乗っておる」

 爺さんが3列目シートに乗っているアマランサスを、なめるように見ている。


「パルド殿、その方は――」

 アマランサスの正体を言おうとした伯爵を止める。


「ご内密に」

「……解りました」

 街の中を車で走り北門に近づいてくると、銀色のアーマーに身を包んだ兵士たちが並んでいる。

 10人の小隊が、3つほど並ぶ。


「森で魔物退治をするということにして、警戒させるように伝えました」

「いいですね」

 通りを進み、北門を抜けるとアキラの車が待っていた。

 無線を使って彼と連絡を取る。


「アキラ待たせたな」

『おう、伯爵様は拾えたかい?』

「ああ、バッチリだ」

 無線機から流れてくるアキラの声に、伯爵が慌てている。


「いったいどこから……」

「向こうの召喚獣と、魔道具を使って話している。爺さんは知ってるよな」

「おお、シャガ戦でも偵察で使っておったの。あれかい」

「そうだ」

 道案内役の子どもは、アキラの車に乗っているので、彼の車を先行させる。

 ダリアの北門の向こうには巨大な森が広がり、壁のように立ち塞がり、行く手を阻む。

 その森を左右に分断するように街道が走っている。

 向かって右が俺が住んでいた森だ。

 俺は無線機のマイクを取った。


「アキラ、街道を挟んで右左どっちの森だ?」

『左側らしい』

「オッケー」

 アキラの車が街道を10㎞ほど進むと、左の森に入り始めた。

 俺もデフロックをして、森に突入する。


「辺境伯様! このまま森の中に入るのでございますか?!」

「大丈夫だ」

 伯爵が驚いて、シートからずり落ちそうになっている。

 2台の車が巨木の間を縫い、根っこを乗り越えて走っていく。


「ひいい!」

「辺境伯様、大丈夫じゃろうな?」

「大丈夫だよ爺さん、心配すんなって」

 ――と言いつつ、すでに10㎞は森の奥に入っている。

 子ども1人でよくこんな森の奥までやってきたなぁ。

 森猫にあって、なんとかしてもらいたい一心だったに違いない。

 それからさらに10㎞ほど進むと、黒い影が見えてきた。


「黒狼だな」

 どうやら数十頭はいるらしい。


「ま、魔物ですか?!」

「そうだよ伯爵」

「辺境伯様、どうなさるんで?」

 後ろから爺さんの声がするが、幸いここは十分に広い場所がある――こりゃ1択だな。


「アキラ、ここは木の間隔も広くてスペースがある。ロードキルして蹴散らそう」

『オッケー! ヒャッハー!』

『これに乗ったまま戦うにゃ?! ケンイチ、弓を貸してにゃ!』『俺のボウガンも!』

 どうやら、車の窓から狙い撃つつもりらしい。

 アキラの車に横付けして、彼女たちに武器を渡す。


「辺境伯様、私も出て戦闘を!」

 パキラという騎士が外に出たがっているのだが……。


「いや、この鉄の召喚獣で蹴散らす。これには奴らの牙も通じないからな」

 今回は魔物の殲滅が仕事じゃない。

 赤い毒花の駆除が目的なのだから、魔物は蹴散らせばいい。


 まずはアキラの車が加速して、黒狼の群れの中に突っ込んだ。

 向こうのプ○ドには、カンガルーバンパーが装備されているので、衝突に強い。

 大きな音がして、次々と黒狼が撥ね飛ばされる。

 前の車が左折したのをみて、大きく割れた群れの右側に車を突っ込んだ。


「ギャン!」「キャイン!」

 叫び声を上げて、黒い毛皮が飛ばされて、下敷きになった。

 ジャンプした黒狼が、ボンネットに飛ばされて、フロントガラスに当たり血まみれになる。


「ひぃぃ!」

 目の前が真っ赤になり、伯爵が腰を抜かす。

 群れを突っ切ったところで、俺はウォッシャーとワイパーを使いながらハンドルを右に切った。

 目の前で黒い棒が左右に動く。


「うわぁぁ!」

 ターンと同時に身体を振られて、伯爵が大声を上げる。


「ぬおお!」

 後ろでも、ひっくり返っている声がするが、今は非常事態。

 ワイパーで前が見えるようになったが、ガラスは大丈夫だ。

 アキラの車からは射撃も始まり、矢と白い光が放たれた。

 白いのはアネモネの魔法だろう。


「魔法矢は、あの嬢ちゃんが撃ってるのかの?」

「そうだよ爺さん」

「まったく恐ろしい才能じゃのう……」

「爺さんも撃ってもいいぞ?」

「いやいや、若いやつに任せるよ。ワシがあんなに撃ちまくったらすぐに息切れしてしまう」

 黒い獣の群れを蹂躙し、ドリフトで車の尻を振って撥ね飛ばす――すぐに敵は、文字通り尻尾を巻いて逃げ始めた。


『やったにゃ!』

「今回は黒狼退治じゃないから、追っかけなくてもいいぞ」

『オッケーにゃ!』

『すご~い!』

 無線の向こうで叫んでいるのは、ニャンコロだな。

 どうやら簡単に黒狼を蹴散らしたので、感激したらしい。


「なんと、あのような巨大な黒狼の群れを一瞬で蹴散らすとは……」

 後ろでひっくり返っているパキラが、目を白黒させている。


「ちょっと乱暴で済まなかった。戦闘だからな、勘弁してくれ」

「我が領の軍だけでやってきたら、今の戦闘だけで多大な被害を……」

「まぁ、無事ではすまんじゃろうのう……」

 一番後ろを確認する。


「アマランサス、大丈夫か?」

「問題ないわぇ、聖騎士様」

「ほ、奴隷なのに、王妃様と同じ名前とは豪気じゃのう」

 爺さんが、彼女の首にある奴隷紋を眺めながら言う。


「爺さん、彼女は大切な俺の護衛なので、粗末に扱ってくれるなよ」

「ほほほ、解っておるわい。おまえさんほどの人間が、護衛だと言うのだから、只者ではないのじゃろうて」

 爺さんがアマランサスの胸の辺りを見て、白いひげをなでている。

 本来なら不敬で首が飛びそうだけど、爺さんはそんな事とはつゆ知らず、ニヤニヤしている。

 爺さんなのに、よくやるぜ。


 アキラのほうを見ると、彼が外に出て車の前部を確かめている。


「アキラ大丈夫か?」

『ははは、全然問題ないが、車を少し凹ませてしまったぜ、悪い悪い』

「多少、傷ついたって走ればいいだろ?」

 あっちのプ○ドは、アキラに貸したままなので彼に任せている。

 最悪ぶっ壊して、廃車確定しても仕方ない。

 彼に手伝ってもらっていることを考えれば、車1台ぐらいどうってことないしな。


『ははは、無問題! しかし、あとで洗車しないと錆びるな』

「全部片付いてからな」

『オッケー!』

『オッケーにゃ!』

 とりあえず車は大丈夫のようだ。

 だてに中東の砂漠で戦争に使われてねぇ。

 車を走らせて、黒狼をアイテムBOXに回収する。

 肉も食えるし毛皮も使えるからな。


『ケンイチ、俺のアイテムBOXにも入れるからな』

「容量は大丈夫か?」

『まぁ大丈夫だ』

 その会話を聞いた爺さんが驚く。


「向こうの魔導師も、アイテムBOXを持っているのか?」

「ああ、あいつは元帝国の魔導師だよ」

「なんじゃと、ううむ――お前さんの交友関係はどうなっとるんじゃ……」

「爺さんを含めてな、ははは」

 この爺さんだって、ギルドマスターの師匠だっていうんだから、結構な猛者だ。


 黒狼のむくろを回収し終わると、アキラの車がまた先に進み始めた。

 獣人の男の子が窓から身体を乗り出して、箱乗りをしている。


「おい、あぶないぞ?」

『森のにおいを嗅いで、方向を確認しているらしい』

『森の中も場所で全然においが違うにゃ!』

 獣人たちは、森の大まかなにおいを把握して、ここのマップを頭の中で作っているらしい。

 そのまま、しばらく進むと男の子が突然引っ込んだ。


『ケンイチ! 聞こえるか?』

「ああ、どうした? そろそろか?」

『いや、クマのにおいがするらしい』

『旦那、マジでにおいがするぜ!』『にゃ!』

「おいおい、今度は熊かよ……」

 それぐらい森の奥地に来てるってことだろうが……。

 車を低速でソロリソロリと走らせる。

 アキラたちの車にも全周警戒をしてもらっていると、後ろの座席から声がした。


「聖騎士様、右の前の方向」

 アマランサスがなにかを見つけたようだ。

 車を停止させて、アイテムBOXから双眼鏡を出した。

 あいにく俺は、あまり目がよくない。

 この世界にやってきて、遠くばかり見ているので、かなり視力も回復したように思えるのだが……。


「アキラ、ストップ」

『どうした?』

「2時の方向に黒くてデカいのがいる」

『マジか』

「刺激しないように離れつつ、ゆっくりと行こう」

『オッケー』

 ソロリソロリと走って、徐々に離れていたのだが、向こうが気がついたようだ。

 こっちに向かってきている。


「アキラ、こっちに来るぞ!」

『ぎゃー! 来たにゃ!』

 まるで山みたいな毛むくじゃらが、こっちに猛スピードで向かってくる。


「外に出るなよ! アキラ、鼻先を向けろ!」

『了解!』

 両車右ターンをして、正面を向き合うと、熊は止まって立ち上がった。

 白く鋭い爪を上に向けて万歳すると、こちらを威嚇している。


「グワァァ!」

「クソ、デケェ!」

『ふぎゃー!』

『うるせぇぇ!』

 無線から、獣人たちの叫び声とアキラの怒鳴り声が聞こえる。

 獣人たちは自分より強いやつには立ち向かわない。

 その本能から叫び声を上げているのだ。


 敵は万歳していると5mほどありそうだ。

 以前サクラでエンカウントした、牙熊ってやつだろう。

 立って威嚇してくる巨大な黒い毛の壁の口にデカい牙が見える。

 さすがに、こいつに衝突されたら車も壊れる。

 向こうも数トンの重量があるから、運動エネルギー的に対等だ。


「アキラ! ゆっくりとバック!」

『了解!』

 

 俺とアキラの車は、立ち上がる巨大な黒熊からゆっくりと後ずさりを始めた。



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