192話 きれいな花には毒がある
マロウ商会の手引で、ダリア周辺を治めているアスクレピオス伯爵と会談。
俺のイメージしている貴族とはいい意味で遠い人物。
非常に好漢であり、彼の家族も温和で睦まじく礼儀正しい――その姿は俺を安心させてくれた。
伯爵に贈り物をして、屋敷を見学させていただく。
建物の造りも趣味がいいので、俺の屋敷を建てる際の参考にするつもりだ。
無事に会談も終わり帰るつもりだったのだが――小さな女の子に裾を掴まれた。
彼女は伯爵の娘であり、名前はエリカ。
エリカの話では、友達が病気なので助けてほしいと言う。
彼女の頼みを承諾して伯爵に許可を取り、街の一角へ向かうと――そこには病気らしい獣人の子どもが横たわっていた。
どこで彼とエリカが知り合ったのか不明だが、治療のために男の子を抱えてマロウ邸へ向かう。
到着すると、アイテムBOXからコンテナハウスを出して治療室を作り、治療を開始。
俺の祝福の力で病状はよくなったように見えたのだが、そこにアキラが入ってきた。
男の子に色々と質問をしていたアキラであったが――ある結論に達して、急に顔が曇り始める。
「おいケンイチ――こりゃ、やべーやつかも」
「なんだ? どうした?」
「もしかして、花かもしれねぇ」
「花?」
「ああ、ひまわりぐらいに背が高くて、大輪できれいな赤い花が咲くんだ」
「それが問題なのか?」
「そいつがなぁ――上から下まで全部毒なんだよ。もちろん、それから飛ぶ花粉もな」
話が見えてきた。
「それじゃ、その子は花粉でやられたかも――って話なのか?」
「症状を見ている分には、そう見えるな。獣人ってのは風邪やインフルの類には――さっき言ったか」
「それじゃ、この子を早く治療して、その場所に案内してもらわないと駄目だな」
「そうだな。なるべく早いほうがいい」
とりあえず、ほとんど食事を摂っていない男の子に栄養をつけさせないといけない。
シャングリ・ラでドリンクタイプの栄養食を買ってカップに注いでやった。
1回目の治療で、彼の状態はかなりよくなったように見える。
「飲み物なら飲めるか」
「うん……」
彼がカップに口をつけた。
「甘くて美味しい……」
飲んでいるな。
これを飲ませたら、消炎剤も飲ませよう。
シャングリ・ラで検索して市販薬を買う。
もっと強力な薬が売っていればいいのだが、通販で購入できるのはドラッグストアなどで売っているような市販薬だけ。
俺が買ったオレンジ色の箱が落ちてきた。
「小児用か?」
「普通のは強すぎるだろ?」
「まぁな」
俺も力を使って腹がへったので、カロリーバーを食う。
「ケンイチ、次は俺が治療をしてやるから、俺にもくれ」
「はいよ」
彼にもカロリーバーを渡す。
その間に子どもの食事が終わったので、薬を飲ませた。
「そりゃ!」
子どもを寝かせると、今度はアキラが祝福の力を使った。
こいつの力は、巷で使われている回復の上位だと思われる。
「普通の魔法が回復だとすれば、こちらは超回復って感じだろうか」
「まぁ、そうだな」
「魔法で、回復の上級魔法ってあるのか?」
「ない!」
彼が端的に答えた。
王国より魔法文化が進み、そこで大魔導師をしていたレイランさんを相方にしているアキラが、そう言うのだから間違いないのだろう。
「それじゃ、HPが1でも復活したり、なくなった手足が生えたり――」
「ないな――そんなのあったら俺が欲しいわ」
しゃべりながら男の子の治療は完了した。
ベッドの縁に腰をかけたアキラが、カロリーバーをむしゃむしゃ食べ始めた。
それを男の子がじっと見ている。
「なんだ、調子がよくなったので、腹が減ったのか?」
「……うん……」
「はは、正直だな。少し食ってみるか?」
「空きっ腹に、大丈夫か?」
「獣人ってのは丈夫だからな」
アキラがカロリーバーを一口分、ちぎって子どもにあげた。
「まだ、さっきのが飲めるようなら、飲んでみるか?」
「うん」
カップに違う味の栄養食を注いでやる。
「この力は、使うほうも腹が減るが、治るほうも腹が減るからな」
「そうなのか? 術者も対象者も、体内のエネルギーを治癒に使うみたいな感じか……」
「多分、そんな感じだろう」
「だが、慌てて連発はできないよな」
「まぁ、少し間を空けたほうがいいだろうなぁ」
少し元気になった男の子から、続けて話を聞く。
アキラが聞く限りには、その赤い花の特徴に一致するらしく、すでに開花していたらしい。
「それじゃ、その花の花粉でやられたのか」
「まぁ、即死するような猛毒じゃないんだが……ここは医療が発達してないからな」
「そうだな」
あるのは魔法だけ。
「あの……」
「なんだ?」
アキラと男の子の話を聞いていると、エリカに花の苗をプレゼントしたらしい。
「そりゃ早く処分しないと」
「まぁ、すぐに咲くってわけじゃないけど、地下茎でも増えるので根が残っているとマズい」
「それじゃエリカちゃんに話を聞いて、その苗を確認すれば、赤い毒花かどうか確認できるってわけだな」
「そのとおりだ」
男の子から、使っていた街の門を聞く――北門だ。
北門というと、俺がダリアでいつも使っていた門。
俺が住んでいた場所の近くにそんな恐ろしい花が咲いていたのだろうか?
早速、行動するためプリムラを呼ぶと彼女に事情を話し、かん口令を敷いてもらう。
「解りました、ケンイチ」
「子どもを見ててくれ。流行り病じゃないから心配しなくてもいい。大分よくなった」
「よかったですね」
「旦那! 流行り病じゃないなら、私にも面倒見させておくれよ、子どもが可哀想じゃないか」
俺の所に飛んできたのはアマナだ。
もちろん彼女にも面倒をみてもらおう。伝染病じゃないから感染の心配もないしな。
俺たちの所に、エリカもやってきた。
「ニャンコロ、よくなったの?!」
「ああ、だが、もっと厄介なことになりそうだぞ?」
「厄介?」
エリカが首をかしげる。
「君は、彼から花の苗をもらっただろ?」
「うん! 赤い綺麗な花が咲くって!」
「それが毒の花かもしれない」
「え?!」
彼女が目を見開き、顔が不安でいっぱいになっている。
「それを、どこかに植えたりしたのかい?」
「お屋敷の庭に植えた……」
俺は、アキラの顔を見た。
「これは早速確認して、伯爵にも相談しないと」
「だな!」
「聖騎士様、なにごとかぇ?」
俺がアイテムBOXから車を出すとアマランサスがやってきた。
「アマランサス、帝国の赤い花――っていうのは知っているか?」
「赤い花というと――あれかぇ? 毒の花で、街が放棄されることもあるという」
やっぱり有名なのか。
「アキラ、街がなくなることもあるのか?」
「ああ、それでなくなった街もマジである」
「ヤバいじゃん!」
「ヤバいぞ?」
俺はちょっと甘く見ていた。
森に入るのが禁止になるぐらいかな? ――なんて思っていたら、それどころではなくなった。
「それでは伯爵の所に参るのかぇ?」
「そうだ、彼にも協力をあおがないと」
「それでは妾も一緒に行ったほうがいいじゃろ」
アマランサスも車に乗り込んだ。
「私も――」
やってきたアネモネを制止する。
「すぐに戻ってくるからな」
「……解った」
皆の騒ぎに、コンテナハウスの研究室にいたカールドンもやってきた。
「皆さん慌ててますが、なにごとですか?」
彼にも赤い花の話を聞く。
「ああ、聞いたことがありますよ。都市が全滅することもあるとか、なんとか」
カールドンの話に、ちょっとアキラが意見を述べた。
「全滅というのは、ちょっと語弊があるな――広がり過ぎると駆除のために近づけなくなってしまうから、駆除できなくなってしまうわけなんだが」
「結果、都市を放棄する羽目になると――」
「まぁな」
アキラは、その赤い花を駆除したことがあるそうだが……。
「そんな花をどうやって駆除したんだ?」
「ふはは、俺は無限に近く油を出せるからな。それでひたすら燃やし尽くした」
「ああ、そういうことか」
この世界の油は高価だ。
普通ならそんな方法は使えないのだが、そこはチート持ちのアキラだから可能な戦法だろう。
「それじゃ、今回もそれで頼むよ」
「おお任せろ! いつも世話になってばかりで、全然いいところも見せてないし、恩返ししてないからな、ははは」
「やれやれ、今回も私はお役に立てそうにありませんね」
「カールドンは魔道具の研究で役立ってくれればいいよ」
「ありがとうございます」
「ニャメナ、子どもについててやってくれ。同じ種族がいたほうが落ち着くだろ?」
「解ったよ旦那」
ミャレーは子どもが住んでいた地区の獣人たちの長に、クレームを入れに行ったまま戻ってこない。
車の助手席にはアキラが乗り込んだが、一度行ったので伯爵邸の場所は覚えている。
後ろの座席にはエリカも乗り込んだ。
「よっしゃ! 行くぞ!」
「おう!」
車はマロウ邸を出て大通りを進むと、そのまま貴族街へ直行。
伯爵邸に戻ってきた。大きな金属製の扉の前には門番がいる。
「門を開けて!」
エリカが窓を開けて、門番と話をする。
「これは、お嬢様!」
この屋敷の者がいれば話が早い。
門がすぐに開かれたので、そのまま車で乗り入れた。
「エリカちゃん、その花を植えたのはどこだい?」
「あそこ!」
彼女は右手の花壇を指差す。
そこの近くまで車で行くと、皆を車から降ろし花壇の所に行った。
すぐに移動するので、車はこのままでいいだろう。
花壇は手入れが行き届いており、様々な美しい花が咲いている。
「エリカちゃん、どこだい?」
「ここ!」
エリカが走って花壇の隅を指差した。
少々ギザギザした緑の葉っぱが列をなしてならび、太い茎がピンと伸びている。
高さは30cmぐらいだな。
「アキラ、どうだ?」
彼が葉っぱを見ながら、難しい顔をしている。
「……まちがいない。赤い花だ」
「エリカちゃん、伯爵を呼んできておくれ。火急だと言ってな」
「解った!」
エリカがパタパタと走って屋敷の中に消えていくと、女性の声が聞こえるが――この屋敷のメイドだろうか?
「繁殖力は強いのか?」
「ああ、種も沢山できるし、地下茎でも増えるからな」
「竹とか、笹みたいな感じか?」
「そこまではひどくない。地中に芋ができてな。芋の欠片からでも芽がでるから、意外としつこいぞ」
普通の雑草でも根絶するとなると結構な手間がかかる。
元世界の植物で思い出したのは、カラスビシャクだ。
引っこ抜いても、根が残っているとまた生えてくる。
「もちろん、芋も毒なんだろ?」
「芋は猛毒な。間違って食うと死ぬぞ」
「そんなに」
「あまり研究するやつもいない植物だが、おそらく空気中の魔素を取り込む、一種の魔植物なんじゃないかと思ってる」
この世界の魔物も、空気中の魔素を取り込んで魔石にしているらしい。
魔石が大きくなれば魔力も沢山使えるようになるので、より強力な魔物になる。
「それじゃ、芋に魔力が溜まっているんじゃないのか?」
「もちろん溜まっちゃいるが……」
「花が咲く前に蕾をとれば、芋を大きくすることができる」
「でも猛毒だぞ? 利用価値がない」
う~ん、なにか利用ができないだろうか。
猛毒芋の利用方法を考えていると、伯爵が慌ててやってきた。
「辺境伯様、アマランサス様、火急の用事とは?」
「伯爵! 先に彼を紹介させてくれ、帝国の大魔導師、アキラだ」
「ご紹介にあずかりました、アキラでございます。火急な用のため、私服にて失礼」
彼が膝を折って礼をした。
「帝国の魔導師がなぜここに?」
「まぁ、それはおいおい説明するが――伯爵は、帝国に生えるという赤い花の話をご存知か?」
「赤い花――あの毒花で、都市を放棄することもあるという?」
「それだ」
話を聞き、俺たちの表情を見た伯爵も気がついたようだ。
「ま、まさか、その赤い花があると?」
「閣下、これでございます」
アキラが花壇に植えてある、緑の植物を指差した。
「な、なぜここに」
伯爵の娘のエリカが、獣人の子どもと知り合い、彼から譲ってもらったものだと説明をする。
「俺たちが慌てているのが、どういうことかと解っていただけたかと思う」
「そ、それでは、ダリヤ近くの森に、その花が咲いていると?!」
「花畑を見た獣人の子どもは、呼吸器の障害で重病だったが、俺と彼の力で回復しつつある」
「な、なんということだ……」
伯爵の顔がみるみる青くなる。
「可及的速やかに赤い花を駆除せねばならないのだが、ここは伯爵領だ。俺たち部外者が勝手にあれこれするわけにもいかないので、許可をもらわねばならない」
「こちらからもお願いいたします! アマランサス様、申し訳ございません! 王家から賜った土地でこのような不祥事を……」
「閣下、妾はすでに王族ではない。そのような謝罪は不要じゃ。それに、これは災害じゃからの、やむを得ん」
「ありがとうございます……それで駆除はどのように……」
「そこで伯爵、彼の出番だ。アキラは帝国で赤い花を駆除したことがある人物でな」
その駆除の場に、即位する前の皇帝がいたらしい。
「それは、心強い!」
「皇帝ブリュンヒルド様から、過大なお褒めの言葉をいただきました」
すましているアキラに思わず笑いを堪えてしまうが、これが普通なのだ。
かくいう俺も、いかにも貴族な言葉で話しているけどな。
「おお……」
伯爵にアキラの生い立ちを説明するとやはり驚く。
王国でも、帝国の竜殺しってのは、そのぐらい有名なのだ。
もう、子どもでも知っているレベル。
まぁアキラの話は置いて、話は決まった。
「伯爵、忙しいとは思うが、貴殿には事の顛末を見届けてもらう必要がある」
「無論でございます」
「保護している子どもが回復次第、現地へ向かう予定だ」
伯爵に北門から出た森だと説明をする。
「北門だと、街道が通っておりますな」
「閣下――帝国でも街道沿いに赤い花が咲き、それによって通商が分断されてしまいました」
アキラの言葉に伯爵もうなる。
「ここでも、その可能性は十分にございますな」
「ダリアには被害は少ないと思うが、南からの物資に頼っている、アストランティア以北の街が被害を受けるだろうな。もちろん王都も」
「一大事でございます! それで――子どもは、どのぐらいで回復するのでしょうか?」
「多分、明日の朝には……」
「そんなに早くでございますか?」
「ウチには優秀な魔導師が揃っているからな」
「それでは、明日にも出かける準備をいたしましょう。それで手勢はいかほど用意すれば……」
俺とアキラで顔を見合わせる。
毒花がすでに咲いている場所に、俺とアキラ以外が近づけるとも思えない。
「いや、伯爵――駆除は俺の手勢だけでやる。おそらく俺たち以外は現場には近づけないだろう」
「そうは申されましても、見ているだけというわけには……」
「なるべく被害者を出したくない。それに少人数なら、毒を防ぐ手立てもある」
「ケンイチ、そんなのがあるのか?」
「ほら、スライムのときに使ったようなやつがあればなんとかなるだろ?」
「ああ、あれか。要は花粉を防げればいいんだからな」
相手がアキラだと話が早くて助かる。
「悪いが、伯爵だけ諦めて付き合ってくれ。貴殿の身体には健康被害は出さないようにするゆえ」
「……もちろんでございます。止められても、この身だけは参加させていただきますので」
伯爵がまともな貴族でよかったが、現地でどのぐらい花が広がっているか、まだ不明だからな。
「しかし伯爵。とりあえず現地を見てからだ。手に負えないぐらい広がっていると、手勢が必要になる可能性もある」
「そ、そうでございますな」
「そのときは――どうしようかなぁ」
「まぁ、ケセラセラってやつよ」
「伯爵、聖騎士様に任せておけば間違いない」
アマランサスはまったく心配していないようだ。
「あの――アマランサス様、聖騎士様というのは……」
「はは、王族の方々は、俺を聖騎士だと言うんだよ」
「はぁ……」
単語だけ聞いてもわからんだろうが、詳しく説明もできない。
話が決まってよかったとはいえ心配もある。
「う~ん、森から煙がもうもうと上がったら、騒ぎにならないだろうか?」
「た、確かに」
「あの――駆除というのは、火を放つのでございますか?」
「閣下、あの花の駆除は燃やすのが一番いい。刈り取っても処分に困るし。実際、帝国でも燃やして駆除しております」
アキラの言葉に伯爵の顔は暗い。
「伯爵、延焼しないように配慮するから大丈夫だ。ゴーレムや召喚獣を使って木を倒せばいい」
「し、しかしゴーレムの起動には、国の許可が……」
「私が辺境伯だから、大丈夫だ」
俺の言うことを伯爵も理解したらしい。
辺境伯ってのは、そういう権限も持っているのだ。
「た、たしかに――」
「一応、王族もいるし」
「聖騎士様、妾はすでに王族ではないぞぇ?」
「でも、話はつくだろ?」
アキラが、火を付ける言い訳の案を出してくれた。
「なにか、魔物でも退治することにするか?」
「火を使って倒す魔物な――キラーホーネットにでもするか?」
「そ、それはいいですな。キラーホーネットの巣を焼くために火を放つが、延焼しないように最善を尽くしていると、役人に告知させましょう」
「そのぐらいなら混乱にはならない――はず」
「はぁ……まさか、こんなことになろうとは……」
伯爵としては胃が痛いところだろう。
話が済んだので、毒花の苗を引っこ抜きアイテムBOXのゴミ箱へ入れる。
念の為、周りの土もシャベルで掘り起こしてバケツに入れ、ゴミ箱へポイ。
これでここは問題ないだろう。
問題は多少ありそうだが、なんとかなりそうだ。
伯爵も理解を示してくれたし――万が一ごねられでもしたら、そのまま放置したくなるところだが――。
ダリアの森で毒花が広がったら、アストランティアにも辺境伯領にも絶対に影響が出る。
これは俺たちの問題でもあるのだ。
お友達が心配だろうが、エリカには屋敷で待っててもらうことになった。
子どもには危ない真似はさせられん。
伯爵も、気が気じゃなくなるだろうしな。
領主とも話がついたので、俺たちはマロウ邸に戻ることにしたが――もうひとり応援を頼んでおくか。
「アキラ、寄り道をしていいか?」
「おう、いいぞ」
「助っ人を頼みに行く」
「あの道具屋の爺さんのところか?」
「そうだ」
車を走らせ大通りを進む。
人混みを車でかき分け、爺さんの道具屋にやってきた。
車を降りて、そのまま店の中に入る。
「お~い、爺さんいるかい?!」
「はーい!」
出てきたのは茶色の髪をポニーテールにしている、爺さんの彼女。
「あ、旦那――って、貴族様だっけ。なにか買いにきたの?」
「爺さんに火急の用だ」
「パルド~!」
彼女が奥に走っていくと、しばらくして眠たそうな顔をしている爺さんがやってきた。
どうやら昼寝をしていたらしい。
「なんじゃ、辺境伯様じゃありませんか」
「のんびりしている場合じゃないぞ、爺さん――帝国で咲く赤い花って知っているか?」
「赤い花……ああ、もちろん知っておるぞ。悪いが、そんなものは扱っておらん」
「そうじゃない、そいつがダリア近くの森で確認されたんだ」
「ふ~ん、そいつは大変じゃの……ふわぁぁぁ」
爺さんが大きなあくびをした。
「おい、爺さん……俺の話を――」
寝ぼけているのか、曖昧な返事をしていた爺さんが突然目を開いた。
「なんじゃと!」
半分寝ぼけて聞いてた彼も、ことの重大さを理解したらしい。
「理解したか?」
「こりゃ一大事じゃ! 領主様にご報告を――」
「それは俺がしてきた、駆除する話もつけてきた」
「ほう――仕事が早いのう」
「それで爺さんにも参加してもらいたい」
「うむ、承知した。店を捨てたくはないからの、ほほほ」
そこに彼女がやってきた。
「パルドー! なにか危ないことをしに行くの?」
「大丈夫じゃよ、心配するでない。よしよし……」
爺さんが、ポニーテールの巨乳に挟まれて、鼻の下を伸ばしている。
ラブラブバカップル状態になっている爺さんには構ってられん。
「大丈夫だろうな? 多分、明日の朝一で迎えにくるぞ?」
「大丈夫じゃ、ドーンと来い」
「伯爵も一緒だからな」
「領主様も慌てておったろ?」
「そりゃ当然――爺さん、人には話すなよ。騒ぎになると困るからな」
「無論じゃ。余計な騒ぎで余計なけが人が出るだけじゃからの」
「さすが、年の功」
「歳は余計じゃ」
爺さんとも話はついた。
「ケンイチ、オッケーだったか?」
「大丈夫だ。これで魔導師を1人確保できた」
ギルドで魔導師を集めることもできるが、あまり騒ぎにしたくない。
大々的に募集したら、パニックになるかもしれない。
車でマロウ邸に戻ってくると、ミャレーが戻っており、そこに獣人が1人増えていた。
ゴツくて体格のいい女の獣人だ。虎柄だが、ニャメナの金色系とは違いグレー系だ。
「ミャレー、戻ったのか。その女性は?」
「はい、あたしはガレー地区の獣人の長をしてます、ニャルニャルサといいますです」
俺が貴族だというので、無理に敬語を使おうとして苦労している。
「俺は気にしないので、普通に話していいぞ。ウチの獣人たちにもそうしてもらっている」
「はぁ、さいですか。ありがとうございます! いや、もうしわけねぇ! 子どもを死なせかけるなんて獣人の恥だ」
「子どもがいるってのは把握していなかったのか?」
「はい」
そこにミャレーとベルがやってきた。
「おそらく、外から流れてきたやつの子どもじゃないきゃ――っていう話みたいにゃ」
「へへ~っ! 森猫様までいるなんて! この度は面目もねぇっす!」
長が頭を下げまくる。
「にゃー」
「へへ~っ! もちろんです!」
ニャルニャルサが、座っているベルからお小言をもらっているようだ。
ペコペコしている。
子どもから話を聞いていた、ニャメナを呼ぶ。
「旦那、母親と一緒にダリアに流れてきて、途中で親が死んじまったらしい」
「そうか、可哀想にな」
「貴族様! 森猫様も! これからは、ガレー地区の獣人たちが、あの子の面倒をみますので」
「それなら安心した――よろしくな。今、治療中なので、身体の具合がよくなったら送り届けるから、皆で優しくしてやってくれ」
「解りました!」
ニャルニャルサという獣人は自分の在所に帰っていった。
外の人間がいなくなったところで、うちの獣人たちにも赤い花の話をする。
「赤い花にゃ?」
「そうだ、毒の花粉が飛ぶと、あの子どもみたいな症状になる」
「それで旦那、どうするんだい?」
「伯爵の立ち会いの下、そいつを駆除する」
「駆除って、刈るわけじゃないんだろ?」
「アキラの話では、燃やすのが一番いいらしい。彼の魔法で作った油を撒いて火を点ける」
「解ったぜ。俺らも手伝わなきゃな」「にゃ!」
「ちょっと危ないんだが――まぁ現地を見てから、決めようか」
とりあえずどうなっているか――そこに行ってみないことにはな。