188話 赤い煙
俺たちは、サクラとアストランティアの隣街であるダリアを訪問。
そのついでに近くにあるという男爵領にお邪魔した。
ここを治めているノースポール男爵は、シャガ討伐や、ハマダ領でのクラーケン討伐で世話になった人物だ。
久々に会った男爵であったが、顔色が優れない。
なにか心配ごとのようだ。
俺が心配していると、森に狩りに出かけた獣人たちが戻ってきた。
森には沢山の黒狼がいたと言う。
男爵に話を聞くと、黒狼の他にもゴブリンが出没しているらしい。
世話になった男爵のため、俺は魔物退治をして一肌脱ぐことにした。
早速、森へ繰り出すと黒狼の群れと遭遇。
こちらは一国の軍隊にも匹敵する戦力――狼やゴブリンなどに、そう簡単には負けるはずがない。
ある程度、敵の戦力を削ぐと、向こうは逃亡を始めたので、そのあとを獣人たちに追跡させる。
彼らの能力を使って魔物の住処を突き止めることにした。
俺からトランシーバーを受け取ったミャレーと他の獣人たちが、魔物のあとを追っていく。
彼らの鼻から逃げることはできないだろう。
かなり臭いのが俺でも解るぐらいだからな。
追跡は獣人たちに任せて、俺たちは一休みすることに。
仕留めた黒狼をアイテムBOXに収納したが、ゴブリンの死体はそのままゴミ箱へ直行。
耳をギルドに持っていけば小遣いになるだろうが、今更小銭を稼いでも仕方ない。
それが終わると、アイテムBOXからテーブルと椅子を出して飲み物を出す。
俺とアキラは立ったまま缶コーヒー、アネモネとアマランサスは座って桃のネ○ターを飲んでいる。
男爵にはカップにペットボトルの紅茶を注いでやった。
王侯貴族は、器から直接飲むというのは抵抗があるらしい。
まぁ確かに、瓶に口を付けたり鍋から水を飲んだりしたら、少々行儀が悪いかもしれないな。
30分ほど皆で休んでいると、ミャレーから連絡が入った。
『ケンイチ、見つけたにゃ!』
「そうか! 悪いが、こちらに1人戻ってきて案内をしてくれ。俺たちは獣人みたいに鼻が利かないんでな」
『解ったにゃ』
テーブルと椅子を片付けて待っていると、10分ほどでやってきたのはニャメナ。
「よし、いける所まで車で行くか」
「そうだな。俺たちの脚じゃ、獣人たちみたいにゃいかんし」
俺とアキラ、それぞれのアイテムBOXから車を取り出して乗り込む。
アキラの車には、男爵が乗り込んだ。
下は腐葉土で多少凸凹はあるがほぼ平地――問題はないだろう。
「アキラ、行くぞ~」
『オッケー!』
デフロックしたSUV車はゆっくりと走り出した。
案内人のニャメナは俺の隣に座って、窓を開けてにおいを嗅いでいる。
「へへっ、いつも後ろに乗っているが――旦那の隣ってのもいい眺めだな」
「ニャメナ、案内を頼むぜ」
「任せてくれ旦那!」
車はゆっくりと進んでいるが、後ろの座席にはアマランサスとアネモネが乗っている。
「聖騎士様、どのようにして攻略するのじゃ?」
「行って現場を見てみないことには、解らんなぁ」
「爆裂魔法で吹き飛ばす?」
俺はアネモネの物騒な提案を否定した。
「入り口だけ壊しても、裏口や抜け穴があるかもしれない」
「そうなんだよ旦那。でも、それを探すためには、かなり広範囲を歩き回らないとね」
後ろの車に連絡を入れる。
「アキラ大丈夫か?」
『問題なし~』
『この召喚獣はすごいな。こんな森の中でも平気で走れるのか』
この驚いている声は男爵だな。
『もっと急斜面でも登れるぜ――ケンイチ!』
「お? なんだ?」
『こいつのウインチってないのか?』
「ちょっと魔法で作れるか解らんな……」
『そうか……まぁ使わねぇとは思うが』
確か小屋の中などに取り付けるウインチは、シャングリ・ラで売っていたような気がするので、それを改造して取り付けるか。
もしかしたら、車用のウインチも売っているかもしれない。
いや、ウインチ付きSUV車に乗り換える手もある。
小型のジ○ニーとかな。
木漏れ日の中、柔らかい腐葉土の上を2台のSUV車が走る。
この車も、まさか異世界の森の中を走るとは思ってなかっただろう。
10分ほどで、目的地が見えてきた。ミャレーとニャニャスが立っているのが見える。
ベルの姿が見当たらないが、周辺を警戒中か?
「あそこか」
「ああ」
俺とアキラは手前で車を止めると、アイテムBOXに収納。
歩いて獣人たちに合流した。
「あの召喚獣は、森の中も走れるのかい?」
ニャニャスが、腐葉土の上を走ってきたSUV車に驚いている。
普通の馬車じゃ、森の中じゃ埋まって走れない。
「ああ――ミャレー、敵の巣はどこだ?」
「この先にゃ。穴の周りににおいが集中しているので、そこに逃げ込んだのは間違いないにゃ」
「穴? 巣穴なのか?」
「そうにゃ、地面に穴が開いているにゃ」
とりあえず行ってみることにした。
ポリカーボネート製の盾を持って、罠や待ち伏せに注意して歩く。
矢に毒でも塗られていたらヤバい。
俺やアキラは祝福とやらがあるから、なんとかなるかもしれないが……。
数分歩くと、その場所が見えてきた。
なるほど、地面に穴が開いていて、周りが踏み硬められている。
腐葉土が普通の土のようになっていて、穴からは異臭が漂ってくる。
「くせぇ!」
アキラが鼻を摘む。
人間の俺やアキラが臭いと感じるのだから、獣人たちには文字通りに鼻が曲がるにおいだろう。
「聖騎士様、どうするのじゃ?」
「やっぱり魔法で吹き飛ばす?」
「待て待て、他の出口から逃げられるかもしれないと、さっき言っただろう」
「ケンイチ様、この穴の中で戦うのは……」
男爵も俺の所にやってきた。
「それは解っている」
しばし悩む……。
「男爵」
「はっ!」
「村でさらわれたりした住民は?」
「いません」
男爵とクロトンで村中を回って確かめたらしいので、間違いないだろう。
「う~ん……」
「ケンイチ、これが洞窟なら煙で燻す手もあるが……」
アキラの言葉にひらめいた。
「そうだな! それがいいかもしれない」
「マジで燻すのか?」
「いや、燻すのが目的じゃなくて、抜け道を探して潰すためだ」
俺はシャングリ・ラを検索して発炎筒を購入した。
車などに装備されているものだが、最近はLEDのものも増えているらしい。
1本3000円のものを5本購入――結構高い。
「ポチッとな」
赤い筒が5本落ちてきた。
「ケンイチ様、なにをなさるのですか?」
男爵がアキラと一緒に発炎筒を見ている。
「煙を出そうかと思ってな」
「なるへそ~発炎筒かよ。確かにこれなら煙が出るなぁ」
「他にも必要なものがあるな」
再びシャングリ・ラを検索すると、大きな蛇腹のダクトがついた送風機を購入した――1台2万円也。
オレンジ色に塗装された蛇腹のダクトが落ちてくると、獣人たちが飛び上がった。
「うわぁ!」「ふぎゃ!」「ひぇ!」
「なんだ? どうした?」
「管虫にゃ?!」
「ああ、違う違う――こいつは魔道具だよ」
「旦那、驚かせないでくれよ」「全くだぜ……」
まぁ、確かに土管のように口を開けている様は、管虫によく似ている。
色もオレンジ色で、それっぽいしな。
「ケンイチ、これはなぁに?」
アネモネがダクトを指でつついている。
「いつも髪を乾かすのに使っている暖かい風が出てくる魔道具があるだろ? あれと似たようなものだが、もうちょっと強力」
「こいつを使って、発炎筒の煙を中に押し込むのか」
アキラが発炎筒を手に持って振っている。
「ああ、そうすりゃ、抜け穴があればそこから煙が噴き出すだろ? 煙に色もついているので、見つけやすい」
「よっしゃ! 早速やろうぜ」
同じ元世界出身者がいるから話が早くていい。
これが地元民ばかりだったら、ものの説明からして厄介で話が進まないだろう。
「よくは解らぬが――妾は聖騎士様に従う」
「まぁ、見ていれば解るよ」
アイテムBOXから発電機を取り出して始動させると、送風機につなぐ。
アキラと一緒に発炎筒に火を点けて、穴に次々と放り込む。
発炎筒の蓋を取ると大きなマッチのようになっていて、擦ると火が点く仕組みだ。
赤い炎を上げて、もうもうと煙が湧き上がる。
「すごーい! 煙が沢山!」
「にゃー! 魔法かにゃ?!」
アネモネとミャレーが煙に喜んでいる。
そこに送風機のダクトを突っ込み、機械のスイッチを入れた。
ゴウゴウと送風機が唸りを上げて、穴の中に風を送り始める。
「なるほど! 聖騎士様解ったわぇ!」
アマランサスが、いつの間にか取り出していた自分の扇子で手を叩いた。
「獣人たち、他の穴から赤い煙が出てくるから、そこを探してくれ」
「そうか! 解ったぜ旦那!」
「ウチも解ったにゃ!」
「赤い煙だな!? おう!」
獣人たちが森の中に散らばっていく。
「このような方法があるとは……」
男爵が腕を組んで唸っている。
「まぁ、他のやつには、不可能な芸当だな」
俺も、アイテムBOXとシャングリ・ラがあるからできるわけだ。
こちらの穴から出てくるかもしれないから、警戒は怠らない。
10分ほどしたが、こちらの穴から出てくる気配はない。
ミャレーはトランシーバーを持ったままなので、連絡をしてみる。
「ミャレー、見つかったか?」
「一箇所見つけたにゃ! 赤い煙が出てるにゃ!」
「そうか!」
俺は、アイテムBOXからドローンを出して、上空から見てみることにした。
上から見れば、何箇所から煙が出ているか一目瞭然だろう。
ドローンを飛ばす。
「うおっ! 空を! あれもケンイチ様の召喚獣ですか?」
「そうだ」
アマランサスは、俺が工事の方向を確認したりするときにドローンを使っているのを見ている。
「ケンイチ、どんな感じだ?」
「まてまて、今見てみるから」
ドローンを旋回させると、森の様子がコントローラーの画面に映し出された。
「おおっ! ケンイチ様! これは空から見た絵がここに写っているのですか?」
男爵が液晶の画面を覗き込む。
「そのとおり」
「私にも見せて!」
アネモネも一緒に覗き込んできた。
「おっ! 赤い煙が見えるぞ!」
上空から見ると、森の中の3箇所から赤い筋が立ち上っている。
一箇所は俺たちがいる場所、もう一箇所はミャレーが見つけた場所だろう。
ミャレーに連絡を取る。
「ミャレー、煙が出ている場所は3箇所だ。お前はそこにいてくれ。俺がそちらまでいく」
「解ったにゃ! 場所は解るにゃ?」
「多分、大丈夫だ」
ドローンの画像からおおよその方向は解っている。
「穴から敵が出てくるかもしれないから、気をつけろよ」
「解ったにゃ!」
穴の中は暗いはずだし、煙でかなり視界が悪くなっているだろうから、敵も動かないとは思うが……。
敵が出てきたら、無理をせずに逃げるようにミャレーに伝えた。
「ちょっと行ってくる。ここを見張っててくれ。多分、ここが一番デカい穴だと思うし」
「そうだな。まぁ、これだけの戦力があれば大丈夫だろ?」
アキラが辺りを見回して戦力を確認している。
「頼む」
ラ○クルを出して乗り込むと、アネモネも乗ってきた。
「私も行く!」
「解った」
車で森の木々の中を縫って走ると、赤い煙が見えてきたが、そこにはニャメナとニャニャスがいた。
「ありゃ、こっちは違ったか」
ミャレーに連絡を入れる。
「ミャレー、もう一個の方へ来てしまったみたいだ。こっちにはニャメナとニャニャスがいた。引き続きそっちを見張っててくれ」
「解ったにゃ!」
連絡が終わると車から降りた。
「ニャメナ、穴から奴らは出てきたか?」
「いや、ここは静かなもんだよ。それにここら辺には、においが少ないね。多分、あまり使ってない穴なんじゃ」
「そうかよし!」
「ケンイチ、どうするの?」
アネモネは、俺がなにをするのか解らないようだ。
「まぁ、見てろ」
俺はアイテムBOXから、久々に相棒を呼び出した。
「ユ○ボ召喚!」
空中から青いユ○ボが落ちてきて、地面を揺らす。
「おおっ! こいつは、旦那がアストランティアで使った召喚獣だな?!」
ニャニャスは、俺が使ったユ○ボを覚えていたようだ。
「そうだ」
「なんだよ! 俺と知り合う前に、こんなやつと面白そうなことやってたのかよ!」
「そう言うなニャメナ。男爵の屋敷に男が来てたろ? あいつが8○3に捕まってたのを、ニャニャスと一緒に助けに行ったんだ、ははは」
「そっちのほうが、ゴブリン退治より面白そうじゃん!」
ユ○ボに乗り込むとエンジンを始動――穴へと近づくと出入口を潰し始めた。
鋼鉄のバケットで地面に開いた穴を崩し、また埋め戻す。
こうすりゃ、この出入口はもう使えない。
その証拠に出てくる煙もなくなった。
「よし! 次だ!」
ユ○ボを収納すると、代わりに再びドローンを出して飛ばす。
「うおっ! 空を飛んでる! なんじゃありゃ!?」
森の上を飛んでいるドローンにニャニャスが驚いている。
「あれも、旦那の召喚獣さ」
ドローンで上空から見ると、赤い煙の筋は2本になった。
機械を収納すると、画面で見た方向を指差す。
「もう1箇所は向こうだ。そこには、ミャレーがいる」
「よし旦那、行こうぜ!」
そこに森の中からベルが現れた。
「にゃー」
「お母さん、敵はいたかい?」
彼女を労い、黒い毛皮をなでる。
「にゃー」
「そうか、いないか……」
ベルが来ると、ニャニャスは頭を下げている。
俺とアネモネは再び車に乗ると、前の座席にベルも飛び乗った。
獣人たちは走って行くらしいが――確かに、森の中なら獣人たちの脚のほうが速い。
俺も祝福で疲れしらずといえど、脚が速くなったわけじゃないし――車で移動したほうが便利だし速いので、文明の利器を使う。
数分移動すると、煙の出ているのが見えてきた。
俺たちの接近に気づき、穴のある地点からちょっと離れた場所にいるミャレーが手を振っている。
車を止めて降りると、アネモネが後ろをついてきた。
「ミャレー、奴ら出てきたか?」
「いまのところ動きがないけど、地面から音がするにゃ」
「本当か?」
ミャレーの話を聞いて、他の獣人たちも地面に耳を付けている。
「旦那、マジでなんか来るぜ」
「それじゃ急ぐか! 穴から逃げるやつがいたら、頼む」
「「おう!」」「にゃ!」「任せて!」
「ユ○ボ召喚!」
俺は再び、アイテムBOXからユ○ボを取り出した。
重機に乗るとエンジンを始動させて穴の所へ移動する。
「おりゃ!」
バケットで大きく土を掬うと――ぽっかりと開いた穴から緑色の子鬼がこちらを見上げていた。
「な!? ユ○ボアタック!」
俺はそのまま掬った土を穴の中に流し込んだ。
「ギャー!」
そのまま子鬼が生き埋めになったかと思ったのだが、寸前で2匹が穴から這い出たようだ。
「ゴブリンが逃げるにゃ」
「させるか!」
ニャメナがボウガンを構えると発射――ゴブリンの肩に命中した。
もう一匹はベルが追う。
「トラ公の下手くそにゃ!」
「うるせぇ!」
「むー! 光弾よ! 我が敵を討て!」
アネモネの上に出た一本の光弾が、すぐに発射されて逃げる子鬼の胴体にヒット。
緑色の小人は上下に裂けた。
「うわっ! エゲツねぇ!」
魔法の威力に、ニャニャスがつぶやく。
アネモネが人型の魔物にマジックミサイルを使ったのは、今回の戦いが初めてのはずだが躊躇がないな。
これが異世界のメンタルか……魔物はあくまで魔物というカテゴリなのかもしれない。
もう一匹のゴブリンは、ベルによって簡単に仕留められてしまった。
俺はユ○ボを回転させると別の場所の土を掬い、さらに出入口に盛って重機で踏み固めた。
「これで、簡単には掘れまい」
「旦那、出入口を埋めたけど、どうするんだい?」
ユ○ボを収納しているとニャメナがやってきた。
「これから皆の所に戻る」
「それじゃ、そこでなにかするんだね?」
「そうだ」
「なにをするの?」
アネモネの質問に答えるのは難しい……。
「まぁ、見てもらったほうが早いな。皆のいる場所は解るか?」
「解るにゃ!」
「俺を先導してくれ」
「解ったにゃ!」
やっぱり森だと獣人たちがいれば、色々とはかどる。
においで自分たちの通ってきた道も覚えているし、迷うこともない。
戻ってきたベルと、アネモネを車に乗せると、アキラたちが待っている元の場所へ戻ってきた。
「アキラ、奴らは出てきたか?」
「いや――ケンイチはなにをしてきたんだ?」
「他の穴を潰してきた」
「旦那が鉄の召喚獣を出して、ドカーっと!」
ニャニャスが、腕で重機のマネをして説明している。
「奴らを閉じ込めたわけだな?」
「そうだ」
「それで、つぎは? まさか穴の中に入るのか?」
「このまま重機で穴を塞げば窒息すると思うんだが――」
「他になにか確実な手が?」
「毒ガス攻撃だ」
「は? 毒ガスゥ? マジか」
元世界からやってきたアキラは、毒ガスを知っているが、この世界にはそんなものはない。
「聖騎士様、毒ガスとは何なのじゃ?」
「毒の霧だな。吸い込むと苦しんで死ぬ」
「うにゃ?! そんなのがあるにゃ?」
「もう、旦那はこれだから怖いんだよ……」
俺の話を聞いたニャメナの尻尾が垂れ下がる。
「毒ガスって、そんなものを持っているのか?」
「いや、今から作る」
シャングリ・ラで洗剤を検索する。
洗剤を買うとボトルに書いてある「混ぜるな危険」をやるわけだ。
なぜ、混ぜるな危険かというと、毒ガスが発生するからなのだが。
業務用カビ取り剤10Lで5600円を4本購入――全部で40L。
業務用トイレ洗剤10Lで3500円を4本購入――こちらも全部で40L。
「ポチッとな」
ドサドサと洗剤が落ちてきたが、それを見たアキラも、俺がなにをやるか解ったようだ。
「ははぁ、有名な混ぜるな危険か――ここにも書いてあるな」
アキラが洗剤のボトルに貼ってあるラベルを見ている。
「こいつを穴の中にぶちこむ」
「混ぜてできるのは、なにガスだっけ?」
「確か塩素ガスだな。危険物の試験には出てこなかったのか?」
アキラは危険物の免許を持っていると言っていた。
「俺が取ったのは乙4ってやつで、石油とかガソリンのやつだからな」
「そうなのか」
穴に流し込むための塩ビ管を買う。
直径80mmで2mの管が3500円――こいつを3本連結して穴へ入れる。
こちらの安全を考えて、なるべく奥へ入れたい。
こんなパイプは使い捨てなので、なんでもいい。
汚染されていると思うので、あとでアイテムBOXのゴミ箱へ直行する。
「ケンイチ、手伝う?」
アネモネがやってきたが、彼女には無理だな。
「危ないから、ちょっと離れてなさい」
「うん……」
ベルも興味深そうにやってきたので、ちょっと離す。
好奇心でにおいを嗅いだりしたら危険だ。
皆に離れてもらい、俺とアキラで作業を進行させる。
彼には説明がいらないのがいい。
この世界の住民たちには、なにをやっているのか不明で、頭に「ハテナマーク」が出ているだろうが。
穴に塩ビ管を入れると、カビ取り剤を投入し始めた。
全部で40Lなので結構な量がある。
次にトイレ用洗剤――よく店に売っているサ○ポールってやつだ。
緑色の液体をドバドバと入れると、パイプに残っていたカビ取り剤と反応して、黄色いガスが少し出てくる。
「黄色いのが出てきたにゃ!」
「黄色いモヤモヤを吸うなよ。喉が焼けただれて死ぬぞ!」
「ぎゃ!」「ひゃぁ!」
ミャレーとニャメナが慌てて穴から離れた。
「剣呑剣呑」
ニャニャスが難しい言葉をつぶやく。
まぁ、このぐらいなら平気だろうが、穴の中はこれから阿鼻叫喚地獄になるはず。
「塩素ガスは登ってこないのか?」
「これは空気より重いから、下に流れていく」
「なーる。それじゃ、穴攻めにぴったりだ」
入れ終わったので、再び重機を出して穴の入り口を埋めて塞ぐ。
「ふう……これで中にいるのがゴブリンでも黒狼でも全滅だ」
「ひぇぇぇ……」
獣人たちが震え上がっているが、神妙な顔をしている2人がいる。
いつの間にか出した扇子で口元を隠しているアマランサスと男爵だ。
「アマランサス様、これを地上で使われたら……」
「うむ」
「この毒の霧は色がついているし、地を這うから武器にはちょっと向かないな」
「なるほどのう……」
「それに、風向きが変わると自分に戻ってきてしまうから、使い所は慎重に選択しないといけない」
たとえば狭い谷に押し込めてとか、城の城壁の中に閉じ込めてとか――。
「聖騎士様は、この霧をお使いになったことがあるのかぇ?」
「使ったのは今日が初めてだが」
「それにしては、使い方の知識が豊富な気がするのじゃが……」
「それについては話せないな」
俺の言葉を聞いたアマランサスが悲しい顔をする。
「失礼いたしました」
どうしたもんか。奴隷紋がある彼女は俺に不利なことはできないし、本当のことを話してもいいのだろうか?
それはさておき、毒ガス攻撃の本当の効き目は解らないが、穴は完全に閉じてしまった。
ガスの効き目が少しでも、いずれは穴の中で窒息するに違いない。
穴の中を確認することはできないし、これで撤収することにした。
「よし、男爵の屋敷へ戻るぞ」
「う~い! 腹が減ったぞ」
「多分、帰れば飯が待っている」
「やったぜ! 一仕事終えたんで、いっぱい飲みたいところだな」
「アキラ、まだ昼だぞ?」
「昼のビールが美味いんじゃないか」
戻りは簡単だ。
腐葉土の上に、車で走ってきた轍ができているので、それをたどっていけばいい。
一仕事終えたというのに、ニャメナが難しい顔をしている。
「どうした、ニャメナ」
「今日は、また旦那の怖いところを見ちまったぜ……」
「大丈夫にゃ。トラ公が死んだら、ケンイチがバラして隅から隅まで調べてくれるにゃ」
「止めろ! クロ助! 毛が逆立つ!」
そう言うニャメナの尻尾から尻の毛が逆立って、ふわふわになっている。
「ニャメナ、そんなことしないから心配するな」
「むー! あまり活躍できなかった」
「そんなことないぞ、アネモネ。魔法も使ったじゃないか」
「そうだけど!」
「皆無事なら、それに越したことはない」
「そうだぞ、アネモネちゃん」
「うん」
「森の中じゃなかったら、爆裂魔法で一発だろうがなぁ」
「ケンイチ、黒狼もゴブリンも森の中にしかいないにゃ」
まぁ、皆が無事でよかった。
時間的には昼頃だ。
帰ったらちょうど飯の時間だな。