187話 黒狼とゴブリン
ダリアで、サクラに移築する建物をゲットしたが、一緒に南のオダマキに行く予定のマロウは留守のまま。
合流するのにはまだ数日の余裕がある。
その余裕を使って、ダリアから100㎞ほど離れた場所にあるノースポール男爵領を訪れた。
シャガの討伐で一緒に戦ってくれた騎士爵が、手柄を立てたことで陞爵して男爵となったのだ。
ここには俺が紹介してやったクロトン一家も住んでいる。
男爵の屋敷を訪れたのだが、当の男爵がいない。
アキラに車で迎えに行ってもらうと、男爵とクロトン、そしてクロトンの娘のマリーがやってきた。
マリーはアネモネの同世代の友人であり、再会をとても喜んでいるのだが、その横で男爵の顔色が優れない。
話を聞いてみると――森に黒狼とゴブリンがいるらしい。
この村では戦闘ができるのは男爵だけ。
彼の戦闘力はそれなりに高いが、1人で黒狼とゴブリンの群れと対峙するのは不可能だろう。
領主として、その対応で追われていたようだ。
人の上に立つってのは大変だなぁ――って他人ごとみたいだけど、俺もそうなんだけどね。
彼はサクラでのクラーケン退治にも参加してくれたし、恩は返すべきだろう。
「よし解った! 男爵は我が領のクラーケン退治にも馳せ参じてくれた。まさに恩を返すべき機会を与えてくれた神に感謝せねばなるまい。私も義を以って男爵領に助太刀いたす!」
「お! ケンイチやるのか?」
アキラは、すでにやる気満々だ。
「ああ、やるぞ。ここでやらにゃ、男が廃るってもんだろ」
「俺も水の上の戦闘ばかりで、まったくいいところを見せられなかったからなぁ。ちょいとすごいオッサンだってところを見せてやらんとなぁ、へへへ」
「やるにゃー!」「おう!」
獣人たちも乗り気だ。
チラリとアマランサスを見ると、彼女は黙ってうなずいた。
「私もやるぞー! マリーを守ってあげなくちゃ!」
アネモネがフンスと気合を入れる。
「ええ? アネモネも戦うの? 相手は魔物だよ、危ないよ」
マリーはアネモネの心配をしているようだ。
「大丈夫! 黒狼なんて何十匹も倒したんだから!」
「でもアネモネ、森の中で炎の玉の魔法とか爆裂魔法は駄目だぞ。火事になったら大変だ」
用水路の工事現場には作業員が沢山いて消火ができたし、近くに民家はなかったが、ここは違う。
「うん、大丈夫だよ! 光弾の魔法もあるし」
そこにアマナがやってきた。
「ちょいと旦那! アネモネは本当に大丈夫なんだろうね?」
「問題ない。こんな戦闘経験が多い大魔導師なんて、王都にもいないぞ」
俺の言葉にアネモネがドヤァ――という顔をしている。
「心配だねぇ……」
心配するアマナをよそに、アネモネとマリーは手を握っている。
「アネモネ、気をつけてね」
「任せて!」
アネモネも、随分とたくましくなったものだ。
「しかし――我が領にはお礼できる金品が……」
男爵は、まだ渋っている。
「男爵、義を以って参戦するって言ってるんだから、そんなのはいらないんだよ。そうだなぁ、仕留めた黒狼はもらうとするか」
「それでよろしければ……」
「アイテムBOXがあれば保存もできるし。ウチは人数が多いから、肉はいくらあっても困らない」
そこにベルがやってきた。
「にゃー」
「そうか、お母さんも参戦するか」
「にゃー」
彼女が俺の身体にスリスリをする。
「プリムラ、悪いが男爵領に一泊することになるぞ」
「解りました。マロウ商会としても、投資をしている男爵領の魔物退治は必須だと思います。この領の被害が甚大になれば、投資したものが無駄になってしまいますから」
「ほら、男爵。出資元のマロウ商会もああ言ってるし」
「承知いたしました。それでは皆様、よろしくお願いいたします」
男爵が膝をついて礼をした。少々、真面目すぎるのが彼の欠点だな。
早速行動に移す。
獣人たちも森の中で見たと言うし、少しでも数を減らしたほうがいいだろう。
攻撃の準備をするために、アイテムBOXから道具を出す。
獣人たちの防具や武器などだ。
「お前たちに買ってやった装備の出番が多いな」
防具はドワーフの店で買ったもの。
「そりゃ旦那。どんないい道具でも、使わないと意味がねぇ」
「そうだにゃ」
彼女たちに、コンパウンドボウやボウガンを渡す。
森の中は薄暗いが、獣人たちの目なら昼間も同然だ。
そこにカールドンがやってきた。
「あの――辺境伯様。私は戦闘は苦手でして――戦闘経験もありませんので、役に立たないと思うのですが……」
「ああ、ここで待っていて構わんぞ。騎士を川で戦わせるような真似はしないよ。そうだ――時間がかかるかもしれないから、お前の部屋も出しておこうか」
アイテムBOXからカールドンの部屋を出した。
彼の頭脳は、様々な魔道具やらアイテムを作り出す才能だ。
戦いが苦手なものに参加させずとも、戦力は十分にある。
彼には研究をしてもらっていたほうが領のためにもなるしな。
餅は餅屋って言葉もあるし、この世界にも、商売は商人に聞け――とか、武器は武器屋に聞け――といった言葉がある。
「ご理解いただき、ありがとうございます」
カールドンが頭を下げた。
アキラは、自分のアイテムBOXから帝国魔導師の制服である、黒い服とマントを取り出すと――車の陰で着替え始めた。
「アキラ、その服はなにか特殊なのか?」
「ああ、魔法に耐性があるし、剣などでも簡単に切れないようになっている」
「防刃ベストみたいな感じか」
「そうだな。でも、メイスなどで殴られると意味はないけどな」
刃に耐性があるといっても、巨大な剣で殴られるとダメージがはいるが、黒狼の牙などは通らないらしいので、今回の戦いに相応しい装備ってことになる。
水上の戦闘じゃまったく意味がないので、使っていなかったらしい。
俺の戦闘力は、コ○ツさんと爆薬だけなので防具はない。
剣も振れないしな。
多分、帰ってきたら昼だ。
腹が減っていると思うので、残る女たちに食事の準備をしてもらうことにした。
アイテムBOXから道具と食材を出す。
「う~ん、肉団子のスープで良いですか?」
プリムラが食材を見て、献立の結論を出したようだ。
「オッケーにゃ!」
「まぁ、俺もそれでいいよ」
皆に確認を取ると異論はないらしい。
物足りない者は、あとでなにか追加で食べればいい。
「私も料理を手伝うよ」
「アマナ、頼む」
俺たちの準備を、クロトンと彼の娘、マロウ商会の番頭が心配そうな顔で見ている。
クロトンには村中を回って、魔物退治をすることを告げてもらう。
討ち漏らした魔物が農地に出るかもしれない。
皆で準備をしていると、鼻だけ黒いシャム柄の男の獣人が走ってきた。
あいつは――クロトンといつもいた獣人だな。
確か――ニャニャスだったような……そうか、あいつもいたか。
懐かしい獣人の顔を思い出した俺だが、男爵と彼と2人いても、黒狼の群れを相手にするのは厳しい。
魔導師でもいればいいが……。
「おお~い!」
「ニャニャスだったか? 元気そうだな」
「はぁはぁ……変な鉄の箱が走り回っているって聞いたもんで、もしやと思って飛んできたんだ」
獣人と言えども、全力疾走してきたので息を切らすが――彼はベルを見て、ペコリとお辞儀をした。
「辺境伯様が、ここの魔物退治を引き受けてくれてな」
クロトンが、ニャニャスにことの成り行きを説明している。
「なんじゃそりゃ! そんな面白そうなことに、オイラも混ぜてくれよ!」
「それは構わんが、余分な装備とかないぞ? 武器はあるが……」
こういうときのために、汎用の装備などがあったほうがいいかもな。
「相手は黒狼とゴブリンだろ? 武器だけあればいいぜ」
そう言うニャニャスに、カットラス刀とポリカーボネートのバックラーを渡す。
「俺がもらったのと同じやつだな。こんなことになるなら、持ってくればよかったぜ」
以前、彼には同じものをプレゼントしていた。
ニャニャスが軽々とカットラス刀を振り回している。
「ついてくるのはいいけど、足を引っ張るんじゃないにゃ」
「おお、姉ちゃんはまだ旦那のところにいたのかい?」
「むふー、ウチは辺境伯様の愛人だにゃ」
ミャレーが両手を腰に当ててドヤ顔をしている。
愛人を誇るってのもよくわからないが……。
「滝の所にいた旦那が貴族様になったって話には聞いちゃいたが、物好きな貴族様もいたもんだ」
「どういう意味だにゃ」
そこにニャメナが入ってきた。
「俺みたいないい女を愛人にするならともかく、クロ助みたいなチンチクリンを愛人にするのは酔狂だって話だろ?」
「チンチクリンなら、トラ公だってドッコイだにゃ」
「なんだと?!」
「やるきゃ?!」
「「ぐぬぬ……」」
「そんなことで、言い争っているんじゃない」
とにかく、戦力が1人増えた。
このニャニャスって獣人は、一緒にクロトンを助けにいったりしたが十分に戦力になる。
皆の準備が整ったので、2台の車に分乗しミャレーたちが敵を見かけたという森へ向かう。
もちろんプレートアーマーを着た男爵も同行する。彼はニャニャスと一緒にアキラの車に乗り込んだ。
「おいおい! この鉄の箱は唸っているけど、大丈夫なのか?」
プ○ドのエンジン音に、ニャニャスがビビっている。
「大丈夫だから、さっさと乗れ。俺はアキラな、よろしく」
「オイラは、ニャニャスだ」
ニャニャスも車に乗り込んだ。
彼の大きな身体だと、大柄なSUV車でも窮屈そう。
車のエンジンをかけると、プリムラに告げる。
「それじゃ行ってくるよ。夕方前には戻ってくるから、料理を作って待っててくれよな」
「解りました」
「旦那、大丈夫なんだろうね?」
「アマナは心配性だな。大魔導師に剣の達人――竜殺しもいるんだ。1国の軍隊並の戦力だぞ?」
「アキラの旦那がドラゴンを倒したって本当なのかい?」
「街の噂で帝国の竜殺しの話は聞いたことがあったろ?」
「そりゃ、聞いたことがあるけど――それがあの人だなんて信じられないよ」
「そんなこと言っても、彼が帝国皇帝の近衛で竜殺しなのは事実だし」
心配性のアマナと話していてもキリがない。
俺は車を発進させて、ミャレーたちが黒狼を見たという森へ行くことにした。
彼女たちは出かけて30分ぐらいで戻ってきたので、獣人たちの脚の速さから逆算すると5~6㎞といったところだろう。
獣人たちの案内で車を走らせ、そのあとをアキラの車がついてくる。
「あの向こうにゃ!」
「解った」
ミャレーのナビ通りに走り、森の中へそのまま突入すると、後ろのアキラの車にも連絡を入れた。
「アキラ、このまま車で入るぞ」
四駆をデフロックして、ゆっくりと森の中に進入――小さな草むらなどはそのまま乗り越える。
『オッケー!』
『なんだ?! いったい、誰と話してるんでい?!』
無線機からニャニャスの声がする。
『前にいるケンイチだよ』
『辺境伯様はシャガ戦のときも、離れた場所と話すことができる魔道具を使っていらした』
この声は男爵だろう。
「ケンイチ、ここらへんにゃ」
森の入り口から200mほど入った所だ。
「解った――アキラ、停止する」
『オッケー!』
辺りを警戒しながら皆で降りると、後ろの車からも人が降りてきた。
男爵とニャニャスが車のことを話している。
「あの距離をこんな短時間で……やはり、ケンイチ様の鉄の召喚獣はすごい脚だ」
「男爵様は、こいつに乗ったことがあるんで?」
「ああ、もっと沢山の人を乗せて、野盗の討伐に赴いたのだ」
「へぇ、そりゃ野盗の悪党どもも驚いただろうな」
「無論だ」
獣人たちに辺りを警戒させる。
「どうだ、においはするか?」
「ああ、旦那。鼻の曲がるようなにおいがプンプンしやがるぜ」「イヌコロのにおいだけじゃないにゃ」
彼女たちの話だと、おそらくはゴブリンのにおいだと言う。
「それじゃ、一緒にいるってことか?」
「それは解らねぇが、においは混じってる」
散開すると、森の奥へ進み始めたのだが、すぐに黒い影が集まってきた。
かなりの数がいる――少なくとも、数十……。
「随分といるな……」
「黒狼って雑食だからな。年に2回繁殖期があるし、子どもも多い」
アキラの話では――帝国にも黒狼が沢山いるらしく、魔狼と呼ばれることもあるようだ。
「森の中に軍の駐屯地を作ると、まずやるのが黒狼狩りよ」
「確かに、ここら辺でも多いな。俺が初めて襲われたのも黒狼だったし」
アイテムBOXから、双眼鏡を出して敵を覗く――距離は100mほどか。
「なんだありゃ……?」
大きな黒狼の上に緑色の肌をした子鬼が乗っているのが見え、俺たちを見つけて徐々に集結しつつある。
「ケンイチ、何か見えるか?」
アキラは敵の様子が気になるようだ。
「黒狼の上に、ゴブリンが乗ってる……」
「ああ、そりゃ厄介だな。黒狼と共存状態になったゴブリンは、移動距離が飛躍的に上昇するんだ」
「そりゃまずいな――それじゃ早々にぶちかまそう」
「やるか!」
「まずは先制攻撃を仕掛ける」
俺はアイテムBOXから、圧力鍋爆弾を取り出した。
ゴーレム魔法も一瞬考えたのだが、黒狼は動きが速いので追従できないだろう。
アネモネの爆裂魔法は爆炎が上がり火災が発生するのだが、こいつは純粋な爆風しか生まない。
ついでにポリカーボネートの盾も取り出す。
「こいつを、黒狼の群れの中に投げてくれ――ニャメナ」
「はいよ~!」
獣人たちのパワーなら、この鍋を100m近くは余裕で飛ばせる。
「よし、行け!」
「おりゃぁぁぁ!」
圧力鍋の黒い取手を掴んだニャメナが、オーバーハンドでそれを投げ飛ばす。
銀色のステンレス製の鍋は、放物線を描き木々の葉っぱを飛び散らせながら、腐葉土の上にバウンドした。
黒狼の群れが一瞬割れたのだが、すぐにまた集結しつつある。
「皆、この透明な盾に隠れろ!」
「旦那、どうなるんで?」
ニャニャスが、俺のやったことが理解できずに棒立ちになっている。
「あれが魔法で爆発する」
「ええ?! マジですかい?!」
「ああ」
「ケンイチ様、火災の心配は?!」
「あれは大丈夫だ、男爵」
皆にポリカーボネートの盾を渡すと、それに隠れるように指示をした。
アネモネに双眼鏡を渡す。
「ちょっと見づらいみたいだが、いけそうか?」
「う~ん――多分、大丈夫。銀色がはっきりと見えているし」
「よ~し、あいつが爆発したら、敵は混乱するだろう。そこに突っ込む」
「「「おう!」」」「にゃー!」
「お母さんは俺と一緒に」
「にゃー」
ベルの黒い身体を抱き寄せ、透明な盾を寝かせると、その陰に隠れた。
「いっくよ~!」
「「「おう!!」」」
「むー! 爆裂魔法!(小)」
魔法によって点火された圧力鍋爆弾は、一瞬にして白い煙と化し、衝撃波と爆風で辺りを吹き飛ばした。
森の中に積み重なった落ち葉が、波のように押し寄せ、大木がなぎ倒される。
黒い狼たちも周囲に吹き飛んだ。
爆心地近くにいた連中は即死しただろう。
落ち葉が舞う中、俺たちは立ち上がった。
「すげぇ!」
「よし! 突撃~!」
「「「おおお~っ!」」」
前に突っ込むのは、アキラ、アマランサス、男爵――そしてニャニャス。
突入する前衛たちの後ろから、援護の矢が次々と飛んでいく。
真っ先に黒狼の群れの中に飛び込んだのは、獣人で脚の速いニャニャスだ。
「うぉぉっ!」
剣技などなく、力任せに黒狼にカットラス刀を叩きつけて、黒い毛皮を次々に切り刻んでいく。
左腕に食いついてきた黒狼を、そのまま高く掲げて地面に叩きつけた。
「ギャイン!」
「死ねぇ!」
彼が刀を振り下ろすと、黒狼の首が胴体から離れ、赤い血が噴き出す。
その血しぶきの中、次に戦場に到着したのは、アマランサスだ。
くるりくるりと、まるでダンスを踊るように黒狼を両断していく。
「ギャン!」
飛びかかってきた黒い毛皮を下から回すように切り上げる。
槍を持ったゴブリンの攻撃をダンスのステップとターンで躱し、そのまま水平に敵の喉を切り裂いた。
「ギャワ!」
緑の子鬼が腐葉土に頭から突っ込む。
「さ、さすがアマランサス様!」
男爵は、ゴブリンが乗った大きな黒狼の突進を幅広な剣で受け止め、体当たりで敵の体勢を崩し間合いを取った。
「ぬおお! 吼えろ、我がウルフファング!」
円を描くように振り上げた剣が、黒狼に乗ったゴブリンごと、正中線から真っ二つ。
瞬時に血まみれの屍が2つ、落ち葉にまみれた。
『聖なる盾!』
透明な見えない盾が男爵に飛んできた矢を防ぐ――アネモネの魔法だ。
「アネモネ殿、かたじけない!」
「うひょう! 男爵様やるね!」「そうだにゃ!」
ミャレーとニャメナは、後ろから援護のための矢を次々に飛ばしている。
「シャー!」
ベルが黒い疾風となって、黒狼の上に乗ったゴブリンの攻撃を躱し、首に牙を立てた。
そのまま引きずり落として地面に叩きつけると、大きな音とともに子鬼の首が折れる。
「グギャ!」
残った黒い魔物がベルにビビり、攻撃を躊躇していると身体に矢が突き刺さった。
その場に崩れ落ちるとトドメの矢が次々に襲う。
「おお~? 皆やるなぁ。俺もいいところを見せないとな、へへへ」
黒狼の群れの中に飛び込んだアキラが、左腕を獣に噛みつかせた。
一見やられているように見えるのだが、魔物の鋭い牙でも彼の黒い服を突破できないようだ。
「ガウウ!」
「ほい! マヨネーズ!」
彼の右手の指から出たマヨネーズが、魔物の口の中にたっぷりと注ぎ込まれた。
「ガフッ! ゲフッ!」
気道を黄色い粘液で塞がれた黒狼が、地面を転げ回る。
「ガウッ!」
「今度はこっちか! おらよ! マヨネーズ!」
右手を噛みつかれたアキラが、今度は左手からマヨネーズを出して、獣の気道を塞いだ。
この攻撃は、アキラがソバナで野犬を倒した方法と同じだ。
どんな凶悪な生物でも、生きとし生けるものはすべて呼吸をしている。
それをネバネバした粘液で塞がれたら、取り出すことは不可能。
かろうじて息ができるようになった場合でも、肺に入ったマヨネーズは腐り、肺水腫を引き起こす。
魔物では治療は不可能だし、人間であってもこの世界の医学では助からない。
彼は、これを使ってドラゴンも仕留めているのである。
窒息して戦闘不能に陥った黒狼が、腐葉土の上に転がる。
簡単には死ねないので魔物たちはのたうち回り、地獄の苦しみを味わうだろう。
「くわ~っ、それがアキラの旦那の魔法かぁ。えげつねぇ」「あんなの絶対に喰らいたくないにゃ」
攻撃方法を知っていれば、口を開けない――などの方法で防げるのだが、初見殺しってやつだな。
彼と初めて対峙した敵が、まさか指から黄色い粘液が無限に出てくるとは思わないだろうし。
「へへへ、マヨ油を撒いて、火を点ければ一番早いんだがなぁ」
「森でやったら大変なことになるだろ?」
「一応、マヨで消火もできるぞ?」
「そんなに大量のマヨネーズなんて、処理に困るだろ?」
「はは、まぁな」
彼はマヨを使って山火事を消したこともあるらしいが、ここでは火の使用は控えてもらう。
一番後ろにいたアネモネの周りに光が集まってきて、細長い槍となった。
「むー! 光弾よ! 我が敵を討て!」
顕現した6本の光の矢が敵に向かって撃ち出され、暗い森の中を進んでいく。
光が命中すると、魔物たちの身体に大穴が開き次々と崩れ落ちた。
「すげぇ、これが大魔導師ってやつか……」
アネモネの魔法を初めて見たニャニャスが唸っている。
彼らのすごい戦闘を黙って見ているだけの俺。
こんなにすごい面々が揃っているんじゃ、俺のコ○ツさんの出番もない。
回り込まれないように周囲を警戒する役目を担当している。
「ギッ!」「ギギィ!」「ワォォン!」
ゴブリンと黒狼たちが、森の奥へと引き始めた。
「ミャレーとニャメナ、やつらの後をつけてくれないか? 近くに巣があるかもしれない」
「解ったにゃ!」「おう!」
「巣を見つければ、一網打尽にできるかもな」
アキラの言うとおりだ。
「あまり森の奥に入るようなら、追跡を諦めてもいいぞ。大分数は減らしたし、痛い目にあったと解れば他に移動するかもしれない」
「旦那、それでも可能な限りは全滅させたほうが……」
ニャメナの言うとおりだが……皆を危険に晒したくないな。
「ふむ、そのとおりじゃな」
「私も、アマランサス様の意見に賛成でございます」
アマランサスと男爵も同意見か……。
「そりゃ、もちろんだが――森の奥だと危険が増すからな……」
「大丈夫にゃ! これだけの戦力があれば、ドラゴンだって倒せるにゃ」
そりゃここには帝国の竜殺しがいるけどな。侮りは禁物。
「あの~男爵様。その女は奴隷なんじゃ……?」
ニャニャスは、男爵がアマランサスに対して敬語を使っているのが気になるようだ。
「ニャニャス、この方は我が主となるお方ゆえ、無礼のないようにな」
「え? それじゃ、男爵様より偉い方ってことですかい?」
「そうだ」
そう言われても、彼にはなにがなんだか解らないだろう。
男爵には、アマランサスの身分を明かさないように言ってあるし。
アイテムBOXからトランシーバーを出して、ミャレーに渡す。
「ミャレー、こいつは前に使ったよな。使い方を覚えているか?」
「にゃ! 遠くからでも話せる魔道具にゃ!」
「そうだ」
「大丈夫にゃ!」
トランシーバーを受け取った彼女が、その場でバック宙をして機械を掲げた。
「旦那、オイラも行くぜ」
「ニャニャス、頼む」
「おう!」
獣人たちが、魔物を追って森の奥に消えていく。
彼らの鼻からは逃げることは難しいだろう。
一緒にお母さんもついていったから、大丈夫だと思うが……。
『ケンイチ! 聞こえるかにゃ!』
「あ~、聞こえるぞ! 待ち伏せや罠に気をつけろよ」
『解ってるにゃ!』
『クロ助、俺にも貸せ! 旦那、愛してるぜ~!』
『このトラ公は、どさくさ紛れになに言ってるにゃ!』
「ははは」
一抹の不安は残るが……獣人たちに任せよう。
俺は、仕留めた黒狼をアイテムBOXに収納しつつ、獣人たちからの連絡を待つことにした。