186話 クロトン親子
俺たちはダリアにやってきた。
懐かしい人々と再会し、そのあと街中の不動産を巡り、サクラに移築する家をアイテムBOXに入れた。
マロウとは数日あとに合流して、この地を治めているアスクレピオス伯爵に会う予定だ。
――マロウの屋敷の庭を借りて泊まった次の日の朝。
コンテナハウスの外に出ると、テントの様子を見る。
アキラが寝ているので、夜遅くに帰ってきたに違いない。
そこにニャメナが起きてきた。
「ニャメナ、おはよう」
「旦那、おはよう」
遊んできたので、寝不足かと思ったのだが、そうでもないらしい。
「ふ~、旦那の所で飲み食いしていると、外のものが不味くて仕方ねぇ。金を払うのが馬鹿らしいよ」
「なんだ、それじゃすぐに帰ってきたのか?」
「ああ、古い知り合いにちょっと会ってね。そいつとちょっと飲んだだけさ」
ニャメナが、シャツの中に手を入れて、大きなあくびをしている。
「それじゃ、ミャレーとは別行動だったのか?」
「ああ、クロ助はアキラの旦那を案内したあと、ダチの所へ行ったみたいだったよ」
ここは、ミャレーのホームだったからな。知り合いも沢山いるだろう。
そこにミャレーが起きてきた。
「ふにゃ~」
「ミャレー、昨日は知り合いに会ってどうだった?」
「ひどい目にあったにゃ」
「ひどい目?」
「にゃ」
彼女の話では全員が借金を抱えており、ミャレーにたかりにきたと言う。
「貴族様の愛人になっているから、金を持ってると思われたんだろ?」
どうやら、ニャメナの言うとおり、あっという間に噂が広まってしまったようだ。
「そうにゃ」
ニャメナのからかいに、ミャレーが短く答えた。
実際に彼女は金を持っているが、全部がギルドの金庫と俺のアイテムBOXの中だ。
「へへ、そんなに金を稼ぎたきゃ、旦那のところにくればいいって言ってやれよ」
「そう言ったにゃ」
「ええ? それじゃ獣人たちが領に増えるかもしれないのか。まぁ公共事業は続けるつもりだから、しばらく仕事はあると思うが……」
しかしギルドに借金をしているなら、どこの街でも返済は可能だが、相手が商人だとそうはいかない。
借金を返してから動かないと、逃げたと思われて指名手配され――捕まると奴隷落ちしてしまう。
それを防ぐためには、借金の付け替えが必要だ。
「話は聞かせていただきました」
やってきたのは白いワンピースの寝間着を着たプリムラだ。
「話は――って、どうするんだい? プリムラ」
「ハマダ領の領民になることを条件に、マロウ商会で借金の付け替えを行いましょう」
「それでマロウ商会にメリット――じゃない、利点があるのかい?」
「作業員を集める苦労が減りますし、事業が順調に進めば結果的には、うちの利益になりますから」
どんな公共事業でも人員の確保ってのは重要だ。
作業員が沢山集まれば、そいつらの生活必需品や食料などもマロウ商会が手配することになるから、かなりの稼ぎになる。
もちろん事業が成功すれば、金も入ってくるしな。
すでにハマダ領とマロウ商会は官民一体の一心同体。
マロウ商会が実の娘を辺境伯の側室に入れているとなれば、商会と辺境伯は親戚同士。
他の商人たちは口を出せない。
元世界では官民癒着だの言われるところだが、この世界では普通だしな。
むしろ貴族の側室に自分の娘を押し込んだマロウの手腕が評価されるだろう。
実際の成り行きは、まったく違うが。
「マロウ商会金儲けの秘訣。損して得取れ」
「その通りですわ」
プリムラが寝間着のまま抱きついてくる。
「けど、金の回収やらはどうするんだ? 逃げられたら大変だぞ?」
「ギルドを巻き込んでやりますので、大丈夫ですよ」
ギルドに返済するようにすれば、どこでも返済できるし、借金を踏み倒すとギルドが使えなくなるというかなりのデメリットが生じる。
「なんだ、その話し方だと、すでにギルドと話がついているような感じだが……」
「実はダリアの冒険者ギルドの支部をサクラに作ろうという話になっていまして……」
「俺のところには、その話は来てないが……」
「まだ、内密な段階です」
プリムラを抱き寄せて、大きな胸を揉む。
「なんで、アストランティアの支部じゃなくて、ダリアの支部なんだ?」
「それは……ああっ……だ、ダリアの支部のほうがマロウ商会の縁故が使えるので……うふふ」
「うちの奥さん、結構悪い商人かもしれないなぁ」
「あらぁ、その言葉はとても心外ですわ」
プリムラと口づけをしていると、コンテナハウスからアネモネが出てきた。
「あ~! もー! プリムラは、ずっとケンイチと寝てたのに!」
「私はサクラからずっと離れていたので、このぐらいは当然です」
「むー!」
「ほら、喧嘩しない。朝飯の準備をしよう」
「「ぐぬぬ……」」
アネモネとプリムラが睨み合っていると、ベルがコンテナハウスから出てきた。
「にゃーん」
「よしよし――おはよう、お母さん」
彼女の黒い毛皮をなでてやる。
「にゃー」
一緒にスリスリをしてきたのはミャレーだ。
「なんだ、お前もか。よしよし」
ミャレーもなでてやっていたのだが……。
「なうーん……」
変な声で抱きついてきたのは、ニャメナだ。
「お前どこから声を出してるんだ?」
ニャメナも抱き寄せて、尻尾の根本をモミモミする。
「ケンイチ、そういうことすると、またトラ公が小便漏らすにゃ」
「にゃ、にゃー!」
ニャメナの股間から少々なにかが漏れる。
「ほら! やったにゃ!」
「なうーん……」
ニャメナを抱き寄せて、ナデナデしてやる。
「もー! ケンイチ、朝からぁ!」
「ははは、ごめんよ、アネモネ」
アマランサスも起きてきて、結構ワイワイしているのだが、アキラのテントは閉まったままだ。
別に急ぐ予定はないので、そのまま寝かせといてやるか。
「にゃーん」
お母さんには猫缶をやろう。
そのうち、アマナもテントからはいでてきた。
「お、アマナ、おはよーさん」
「おはようございます、旦那。話をちょっと聞かせてもらったけど、本当に大商人と貴族様の会話だねぇ」
さすが商人だ、聞き耳を立てていたらしい。
「解っていると思うが、他言無用だぞ」
「解ってますよ。でも、悪いことをして民を苦しめるのは止めてくださいよ」
「もちろん、そんなことはしないよ」
今日の予定は――ノースポール男爵領へ赴き視察をする。
朝飯の準備をしながら、皆と話す。
「ケンイチ、今日はマリーの所へ行くの?」
「ああ、ノースポール男爵領に行くぞ。クロトンのやつは真面目に働いているだろうな」
「男爵領に問題があると聞いていませんので、大丈夫だと思いますよ」
プリムラの話のとおり、ノースポール男爵領にもマロウ商会が手を伸ばしている。
手を伸ばすなんていうと、悪く聞こえるのだが――普通は貧乏貴族領なんかを懇意にしてくれる商人はいない。
せいぜい巡回してくる物売りぐらいのものだが、マロウ商会は積極的に男爵領に投資をしているのだ。
俺から買った農作物の種などの作付けも行なっている。
本当はビートなどを作らせればいいのだが、砂糖大根とか言われるこの植物は他の土地でも栽培できてしまう。
反面サトウキビは、栽培場所が特殊な作物のため、サクラ以外の土地での栽培は難しい。
他の貴族や商人は全部敵。便利な作物をバラ撒いて、そいつらに塩を送ってやる必要はない。
この国の貴族として王国の繁栄を願うなら、ビートを放出すべきだとは思うのだが――。
あいにく俺に王国への忠誠心はない。自分の領を守るのに精一杯だ。
一応、サトウキビのサンプルは王家には献上したし、義務は果たしていると思う。
これ以上の献身かつ過剰な義務は必要ないだろう。
アイテムBOXから出したテーブルを並べて、皆で食事を摂っているとアキラが起きてきた。
朝は簡単にグラノーラにした。
足りない人はパンを食ってもらう。
「おはよーさん!」
「オッス! グラノーラ食うか?」
「ああ……」
Tシャツで起きてきたアキラだが、頭がボサボサだ。
祝福で疲れ知らずかもしれないが、寝癖は直らない。
「昨日は遅かったのか?」
「ふう……ちょっと遊び過ぎたな、ははは」
「レイランさんから離れるほどに少年の心が爆発するんじゃないだろうな?」
「いやぁ――ケンイチの言うとおり、少年の心は忘れないようにしたいねぇ……」
「あまり愁嘆場は見たくないぜ……?」
「へへへ、大丈夫! いつものことだからな」
駄目だこりゃ。
少々諦め気味な俺だが、彼とレイランの問題で部外者が口を出すわけにはいかない。
最後に起きてきたのはカールドンだ。
「ははは、寝坊だな」
「申し訳ございません。ケンイチ様からの知識を整理して書き留めていましたら、いつの間にか……」
「旅は長いんだ。無理をすると後が続かないぞ?」
「はい、気をつけます」
彼も大急ぎで食事を摂り始めた。
食欲がないようなら、市販の栄養補助食品を食べればいい。
あれとバナナでも食っていれば、十分な栄養が摂れる。
かくいう俺も、インフルエンザに罹って動けなくなり、栄養補助食品とトマトジュースだけで3日ほど寝込んだことがあった。
それでも平気だったし、飯が食えない状態だったので、あのときはマジで助かった。
まぁ、それはどうでもいいか。
さて、飯を食ったので、ノースポール男爵領に視察に行ってみますか……。
食事のあとを片付けて、テントやコンテナハウスをアイテムBOXに収納する。
一緒にカールドンのコンテナもだ。
「ほぇ~、相変わらず旦那のアイテムBOXは凄いねぇ」
アマナが感心している。
「あそこのアキラもアイテムBOX持ちだぞ?」
「ええ? そうなのかい?」
アマナが驚いていると、アキラのアイテムBOXからプ○ドが出てきた。
「こりゃ、たまげた!」
アマランサスのアイテムBOXの件は、黙っておこう。
彼女もアイテムBOXを持っていると、人に話したりしないしな。
出発の準備ができたので、皆で車に乗り込む。
徐々に同行する人が増えるのだが、乗り切れなくなったら、またコ○スターを出すか。
海までの道は平坦だし、街道も整備されているようだ。
マイクロバスでも問題ないだろう。
車が走り出すとマロウ邸を出て大通りを進み、南の門を目指す。
南門の一角に、貴族が多く住んでいる地区があり、そこにアスクレピオス伯爵も住んでいると言う。
「数日後には、あそこに行かないと駄目か」
「仕事ですから諦めてください。以前、言いましたが、アスクレピオス伯爵は、そんなに悪い方ではありませんよ」
プリムラがそう言うのだから、間違いないだろう。
まぁ、これも仕事だし――いろんな貴族とも会って経験値も積んだんだ。
上手くこなせるだろう。
ダリアの南の門を出て、俺たちは街の外に出た。
いつぞやのシャガの件以来だ。
目指す男爵領は、このまま南に向かい、しばらくすすんで東へ進路を取るらしい。
シャガの騒ぎがあった場所は反対の方角だな。
途中、アキラのプ○ドが先行した。
彼の車に一緒に乗っている、マロウ商会の番頭が地理に詳しいので、案内してもらうことに。
途中何箇所か集落を過ぎて、小さな森をすぎると目当ての男爵領が見えてきた。
ダリアから車のオドメーターで100㎞ぐらいで、ゆっくりと走って2時間ほどで到着。
それでも馬車よりは、かなり早い。
小さな森と畑がモザイク状になっているのだが、森を切り開き、開墾しながら領地を広げているのだろう。
その点は、俺のハマダ領と同じだ。
俺は、重機などをつかってインチキをしているが、なにもかも人力で開墾するってのは、さぞかし大変だと思われる。
小麦や緑の色の野菜の葉っぱが生い茂る畑の中を通り集落にやってきたが、家が密集しているわけではない。
それぞれ自分の畑の場所に家を構えているので、分散している。
俺が住んでいた田舎でも見た光景だ。
そのうち1軒の家が見えてきた。周りの家よりちょっと大きめで新築だと思われる。
外壁は板張りで防腐剤が塗られていて黒い。
門もないので、そのまま玄関の前に2台の車を止めると、皆で車から降りた。
「辺境伯様、ここで少々お待ちを」
「解った」
マロウ商会の番頭の言うとおり、ここで待つ。男が家の中に入っていった。
おそらく、ここが領主の屋敷なのだろう。
見るからに普通の家で、扉も普通だ。
「へぇ、地方の領主の屋敷ってこんな感じなのか」
「そうですね。庄屋などの屋敷に間借りしている方もいらっしゃいますよ」
プリムラの話によると――屋敷を作る余裕もないので、間借りするのだという。
ここを治めている男爵は、シャガの討伐で褒賞金をゲットしているので、それを使って屋敷を建てたのだろう。
ここは、マロウ商会からの資金提供も受けているらしいし。
「貴族といえども、なかなか大変だなぁ……」
そんなことをつぶやく俺の領地には屋敷すらないが。
「聖騎士様――自領に屋敷もないのに快適な生活ができる時点で、まともではないのですぇ」
「まぁな。その上、旅行をしながらでも普段と同じ生活ができるしな、ははは」
笑う俺に、アマランサスが呆れている。
「ケンイチ、ここに来るのだって、本来なら馬車でまる一日かかるのですよ」
「俺のこれなら、日帰りできるしな」
プリムラと話していると、アマナがやってきた。
「旦那、今回はどこまで行くんだい?」
「海岸のオダマキだ」
「へぇ~、あんな所まで行くのかい?」
「ああ」
アマナも行ったことがないらしいが――そういえば……。
「ウルップってどこにあるんだ?」
ウルップはアネモネの故郷――と言っても、母親が行き倒れた地点ってだけだが。
「オダマキよりは遠くありませんよ。方向も違いますし」
「アニス川の河口近くか?」
「そこまでは行きません」
まぁ、聞いただけで行く予定はない。
育ての親に売られてしまったアネモネも行きたくはないだろうしな。
男爵を待っていると、車の周りでおかしな行動をしている男がいる――カールドンだ。
車の底を覗き込んだりしてメモを取っている。
サスペンションなどを調べているようだ。
カールドンの行動を見ていると――建物からマロウ商会の番頭と初老の女性が出てきた。
白髪頭を後ろの高い位置でまとめて、ロングスカートのメイド服を着ている。
「これは、辺境伯様にはご機嫌麗しく……」
「ああ、構わないよ」
毎回これか……。
「あの――男爵様は、畑のほうへ行っておりまして――あの呼んでまいりますので、しばらくお待ちを」
マロウ商会の話だと、アポは取っていたはずなんだが……。
なにかトラブルだろうか?
メイドと話していると、アキラがやってきた。
「場所は遠いのかい?」
「そ、そんなには……」
「ケンイチ、俺の車で迎えに行ってやるよ」
「そうか、ありがたい。ついでに、クロトンってやつの家に行って、マリーって女の子を連れてきてくれないか?」
「オッケー!」
「それじゃ、私も行く!」
アネモネが手をあげた。早くマリーに会いたいのかもしれない。
やっとできた同世代の友達だったのに離れ離れになってしまったからなぁ。
「おお、いいぞ」
「それじゃ、アネモネちゃんも一緒か」
アキラがドアを開けて、初老のメイドを乗せようとする。
「あ、あのこれに乗るのでございますか?」
「ああ、心配いらない。馬なしで動く馬車みたいなもんだから」
「馬なしで……ああっ!」
面倒になったのか、アキラがメイドを車に押し込めた。
おいおい……。
「それじゃ行ってくるぜぇ!」
「よろしく頼む」
「あの! これって大丈夫なのでしょうか?!」
車の中でメイドが叫んでいる。
「大丈夫大丈夫」
構わずアキラが車を発進させた。
「ケンイチ! ウチらは暇だにゃ。近くの森に狩りに行っていいかにゃ?」
「おお、いいぞ~。多分2~3時間ぐらいはいるはずだ」
「解ったにゃ」
当然、一緒にニャメナも行くようだ。
アイテムBOXから、彼女たちの弓やボウガンなどを出してやる。
「にゃー」
「お母さんも行くのか? いってらっしゃい」
俺から道具を受け取ると走り出した獣人たちの後ろを、ベルがついていく。
森までそんなに距離はなかったので、彼女たちの脚なら問題ないだろう。
アキラが男爵たちを連れてくるまで時間がかかる。
アイテムBOXからテーブルを出して、お茶にする。
女性陣には紅茶、俺はコーヒーにした。
お茶菓子は、ウェハスをチョコで包んだもの。
プリムラとアマランサス、そしてアマナがテーブルでお茶をしている。
「こ、こりゃ美味いねぇ! こんなの街で食ったらいくら取られるか……」
「金の話は止めろって」
「でも、商人としちゃ気になるじゃないか? ねぇプリムラお嬢さんよ」
「ふふ、そうですね。口には出しませんが、売ったらいくらで儲けがどのぐらい――とすぐに考えてしまいます」
「やっぱり、商人ならそうだよねぇ……」
そんな商人たちの話を黙って聞いてお茶を飲む、アマランサス。
その姿は気品にあふれて、一見して只者ではない。
「アマランサスさんだっけ? あんた、元お貴族様だろ?」
「ふふ、そう見えるかぇ?」
「そりゃ、どう見たって平民には見えっこないし……」
「中々の観察眼じゃのう。じゃが妾は聖騎士様の奴隷じゃ」
自分のことを妾なんて言う奴隷がいるかよ――ってツッコミが入りそうだ。
アマランサスの口から出た単語に、アマナが訝しげな顔をしている。
「旦那、聖騎士って? 普通の騎士とは違うのかい?」
「違うらしいな――王家から、そういう位をもらったんだよ。誰も知らない位だけどな」
「はぁ……なんだか、すごいことになっちまったんだねぇ」
アマナが呆れて紅茶を飲むのだが、説明しても信じてもらえないだろう。
その前に話せないけどな。
「ははは、本当にな」
苦笑いするしかないが、波乱万丈すぎるだろ、俺の人生。
30分ほどすると、アキラの車が戻ってきた。
一緒に男爵も乗っているようだ。
他に男が1人乗っているように見える。
「ケンイチ、連れてきたぜ」
「サンキュー」
「ひぇぇ! あの距離を一瞬でぇ!」
一緒に乗っていたメイドが目を回している。
ちょっと刺激が強すぎたのかもしれない。
アキラがドアを開けてやると、降りてきたのは黒っぽいズボンに麻のシャツを着ている見覚えのある男。
ちょっと長くて黒い髪の毛を、後ろで束ねている。
「久しぶりだな。どうだ調子は?」
「ははっ、辺境伯様には多大な御恩を賜りまして……」
彼は――この男爵領が領民を募集しているというので紹介してやった男だ。
名前はクロトン――マリーの父親だ。
彼は、俺が辺境伯になったのを知っているらしい。
ここで男爵領の仕事もしているからな。話を聞いたのだろう。
この男は、アストランティアで役人をしていたのに、悪い奴らとつるんでいたせいで、街にいられなくなってしまったのだ。
それで俺が、ここを紹介してやって、引っ越してきて今に至る。
「ああ、いいからいいから――ケンイチでいいよ」
「しかし……」
あ~面倒だな。
「ケンイチ様!」
そこに響く甲高い声。見れば麻のワンピースを着た彼の娘のマリーだ。
前に会ったときと同じように、栗色のウェーブヘアをツインテールにしている。
「ケンイチ、マリーも連れてきたよ」
「ケンイチ様には、いつもお世話になっております」
マリーがペコリとお辞儀をした。
クロトンも元役人だからな、礼儀作法にはうるさいのだろう。
「よく来たな。前より背が伸びたんじゃね? まぁまぁ、テーブルについて、お菓子を食べてくれ」
彼女たちには、カップにミルクを入れてあげた。
「あれまぁ、こりゃまた可愛らしい女の子だねぇ」
「マリーです!」
「マリーかい? 私はアマナ、よろしくねぇ」
「はい!」
アマナが、またかいがいしく女の子の世話を焼き始めた。
彼女は自分の娘を亡くしているので、この世代の女の子を見るとついつい世話を焼いてしまうらしい。
アキラと一緒に男爵もやってきた。
畑仕事だと言っていたのに、アーマーを装備して剣を持っている。
彼の愛剣――ウルフファングだ。
「ケンイチ様、アマランサス様、申し訳ございません。お迎えにも上がらず」
男爵が俺の前に膝をついた。
「まぁ、構わないよ。こちらも押しかけてしまったし」
「マロウ商会さんにも、いつもお世話になっております」
「商会としては商売でやっておりますので」
男爵の言葉に、商会の代表としてプリムラが答えた。
だが男爵が完全武装して忙しそうにしているのは――気になる。
「男爵、なにか問題が起きているのか?」
「はぁ……」
男爵の歯切れが悪い。
自分の領のことなので、他領の世話になりたくないのだろうか?
そこに、さっき出かけたばかりのミャレーたちが帰ってきた。
ベルも一緒だ。
「ケンイチー!」
「あれ? ミャレーもニャメナも、もう帰ってきたのか?」
「森の中は黒狼だらけにゃ!」
「ええ? 黒狼か……」
「旦那、あれじゃ危なくて狩りなんてできっこないぜ」
「畑にも出てくるにゃ!」
「ははぁ……」
俺は、男爵の恰好に納得した。
「ケンイチ、こりゃ黒狼退治か?」
アキラが俺のほうを見て、ニヤニヤしている。
「し、しかし、他領の方々にご迷惑をおかけするなど……それに我が領は予算不足で……」
男爵の歯切れが悪い理由は解った。
黒狼退治を頼んだりすると、金がかかるからだ。
――とはいえ、農民ばかりのこの領で戦闘できるのは男爵ぐらいなもんだろう。
「まぁ、協力するかしないかの判断はあとでするとして、とりあえず話してごらんよ」
俺の催促に男爵が、やっと重い口を開くと――黒狼だけではなく、ゴブリンもいるらしい。
こりゃ大変だ。