182話 第一次五カ年計画
俺は船に改造を施し、この国を縦断しているアニス川へ向かった。
主な目的は研究のための材料――生きたスライムの捕獲だが、実際にアニス川が流れている大湿地帯をこの目で確かめるというのもあった。
実際に大湿地帯を目にすると、大河がうねうねとひたすら蛇行している景色。
これを運河として利用するとなると――帆船で遡上するのは、かなり難しいと感じた。
この世界の既存のテクノロジーでは難しいが、ゴーレムのコアを使ったモーター推進ならどうだろうか?
コアモーターは魔法で動いているせいか、トルクが凄い。
製材所のデカいノコギリを動かせるだけのパワーがあるなら、船のスクリューだって回せるはずだ。
普段は帆で走行して、難所ではコアモーターを使う。
これならなんとかなりそうな感じではあるが、まずは小型の実験船など造り、試験を繰り返さなければいけないだろう。
俺とアキラはサクラに帰ってくると、捕獲してきたスライムを使い、崖の上に研究施設を作り実験を始めた。
施設といっても、いつものようにコンテナハウスを置いただけの簡単なものだ。
そのコンテナハウスの中では、今日もアネモネが読書をしている。
スライムの実験をすると伝えてあるので、気持ち悪がって誰も近づかない。
まずは冷凍にして運んできたスライムをカット――小分けにして、プラ製の透明な虫かごに入れる。
この個体は、1円玉ぐらいの大きさの魔石を持っていた。
生きている時間が長くなると魔石も大きくなるらしい。
それにしても――まさか異世界でスライムを飼うことになるとは……。
とりあえず雑食でなんでも食うらしいので飼育は簡単。
基本は肉食だが、タンパク質が好きらしい。それなら大豆も食うかもな。
冷凍した状態でも生きているらしいので、解凍をするとそのまま動き出すという。
なんという生命力。
今回、生きている魔物を運んできたが――この場合、俺のアイテムBOXが使用できないので少々面倒だ。
生き物はアイテムBOXには入らないので、この便利さに慣れていると、普通のことが大変だったりするのを改めて実感した。
草と水で浸した透明な虫かごに、細切れスライムを入れ、じ~っと観察する。
「アキラ、これって本当に生きているのか?」
「多分……」
そのまま観察を続けていると、溶けたスライムがそのまま動き始めた。
透明なケースの中を透明ななにかが這い回っている。
「すげー! 面白ぇ!」
まるで、初めてクワガタなどを採って喜んでいるガキだ――自分でそう思う。
傍から見たら、俺の目はキラキラしているのに違いない。
大きな個体で分化した状態から切り出したので、他の器官などに分化している部分は、動き出すのに少々時間がかかるようだ。
見てばかりはいられない。
飼っていると情が移ってしまうのだが、こいつは魔物だ。
駆除に使う毒物などの実験を繰り返す。
油類は変化なし。高濃度のアルコールは効き目があるが、この世界では手に入り難い。
俺がシャングリ・ラで購入して散布するとしても大量に必要になるだろう。
塩よりも害が少ないという利点もあるが……。
毒物も試してみる。
殺鼠剤や、エチレングリコールなども変化なし。
試しにG駆除剤を試してみると効果があった。
こいつの成分はピレスロイド――除虫菊に含まれている成分だ。
それなら除虫菊を植えて駆除に使えばいい。
除虫菊の種も苗もシャングリ・ラに売っているし、キク科の植物はいくらでも増えるため費用が安い。
この世界の生態系を崩す可能性があるが――以前、アキラと話したとおり、シャングリ・ラなんて能力を俺に使わせている神様の責任だ。
除虫菊のいいところはもう一つある。スライムは共食いをするため、駆除剤で死んだスライムを食わせると、そいつも死ぬことが判明した。
それを使えば連鎖的に駆除ができる。
スライムの生態は解ったので、小さな1匹だけ残して処分。
ペットとして飼うことにした。
閉じ込めて餌をあまりやらなければ増えることもない。
なんでも食うし飼育は簡単だ。
虫などを入れると、かなりのスピードで触手を伸ばして捕らえる。
見ているだけでも楽しい。
そんな俺を見て、アネモネ以外の女たちはドン引きしている。
魔物を飼うなんて精神構造が解らないと言う。
あくまで研究のためなのだが……理解されないようだ。
研究といえば――スライムの試食は続いていて、多めに食べても問題ない。
食えるのは解ったが、家族の理解を得られていないので、食事に出すのは難しそうだ。
俺とアキラのツマミにしかならないだろう。
サンバクは食材として興味を示していたが、スライムから作った香料だけを使ってもらうことにした。
お菓子や飲み物などに使えるだろう。
心の安らぎのためにスライムを愛でていると、ドン引きされるので、崖の上の施設で眺めている。
俺の趣味を理解してくれるのは、同じ世界からやってきたアキラだけ。
テーブルと椅子を出し彼にビールを奢ると、俺の趣味に付き合ってもらう。
「帝国で、虫とか飼っているやつはいなかったのか?」
「はは、いないいない。この世界で虫ってのはすべて害虫扱いさ」
「益虫もいるのに?」
「そういう研究はまったくされていないからな」
殺虫剤の類いもほとんどなく、あるのは虫よけの魔石だけ。
便利な魔法があるので科学が発達しないってわけだ。
「俺が、トンボやら甲虫を捕まえただけで、ドン引きするからな」
アキラがビールを飲みながら笑っている。
アイテムBOXには生き物は入らないが、珍しい甲虫のサンプルなら、シャングリ・ラで買取ができないだろうか?
そんなことをするぐらいなら、ドワーフの作ったナイフを買取してもらったほうが金になるのだが。
虫を飼う人間はいないが――魔物を飼う例はわずかながら存在する。
召喚獣として使役するためだ。
「それでも、スライムはいないからなぁ」
「なにか原因があるのか?」
「他の魔物と違って、まったく懐かないらしい」
「ああ、なるほどなぁ」
虫が懐かないのと一緒だが――行動を見ていると虫よりは高度な知能を持っているように見える。
――アニス川から帰ってきて、スライムの飼育を楽しんでいたある日。
ダリアから黒い馬車に乗ってマロウがやってきた。
マロウ商会の関係者や代理人は毎日、ハマダ領を訪れているのだが、マロウがやって来るのは久しぶりだ。
「マロウさん――いや、マロウ久しぶり。あ~慣れないなぁ」
「はは、お久しぶりでございます、ケンイチ様。ご壮健で、なによりでございます」
世話になりまくって、プリムラのお父さんだと言うのに呼び捨て――慣れないが、俺は貴族なので仕方ない。
常に他人の目があるのだ。
俺と対等に会話をしては――俺が許しても、他の人から見ればマロウ商会が不敬をしているようにしか見えない。
そうなるとマロウ商会の評判に関わる。
小さな家の前に置いたテーブルで、彼と世間話や仕事の話をする。
テーブルの上には飲み物。俺はコーヒーだが、マロウはオレンジジュースにした。
屋敷もなく、こんな場所で打ち合わせをするなんて、この領ぐらいのものだ。
これだから辺境伯は変人だと言われているらしい。
話していると、マロウは血色もいいし元気そうだ。健康が一番だからな。
せっかく商売が上手くいっているのに、病気をしてしまっては元も子もない。
「そうそう、鳥を使った通信は順調か?」
プリムラに伝書鳩の話をしたら、すぐに使える鳥種を探して実用化したらしい。
自転車もすぐに実用化してしまったし、マロウ商会の商品開発力はすごいものがある。
「はい! 獣人の特急飛脚より速いので、都市間の連絡に重宝しております。これもケンイチ様のお陰でございます」
確実性が少々心配だが、大事な書類などは少々遅くても飛脚を使えばいい。
たとえば道が通行止めになって、応援を求めたいときなどは重宝するだろう。
実際、街道に架かってた橋が落ちて、通行止めになって困ったりしたからな。
「王都への街道で落ちていた橋の復旧は?」
「いまだ仮橋のようですが、通行はできるようです。ケンイチ様のお力があればすぐに復旧できるのにと――商人たちも話しております」
「他の領にまで行って、俺がデカい顔をできないからな。他の貴族の面子を潰してしまう」
「貴族の面子より、民の心配をしてほしいものです。おっと今の発言は聞かなかったことに……」
「解っている。俺もそう思っているからな」
そうそう、ダリアにも行かないとな。
住宅の建物をゲットする仕事があるし、ダリア近辺を治めている、アスクレピオス伯爵にも挨拶をしないと。
「アスクレピオス伯爵は、ハマダ領のことをなにか言っていたか?」
「王族の酔狂にも困ったものだと……あの、申し訳ございません」
「いやいや、ははは――まぁ、そのとおりだし」
突然なにもない所に辺境伯領などができて、王族であるリリスが嫁いでるのだから、そう言われても仕方ない。
すでにリリスが辺境伯領に嫁いでることは、知れ渡っているようだ。
娯楽がなく噂好きな民が、こんな面白そうな話を放っておくはずがない。
俺が考えている事業――川を運河に使っての輸送事業のことをマロウに話しておく。
そこにアキラがやって来た。アキラにもコーヒーを出す。
彼はビールを飲みたいところだろうが、さすがに客の前では駄目だ。
「おお、マロウさん。久しぶり~」
「これはアキラ様。いつもお世話になっております」
マロウがペコリとお辞儀をした。
彼の家族は、マロウの商会の護衛をしていたり、彼自身も俺から借りたトラックなどで輸送の仕事をしている。
今はそれでもいいが、いずれは俺の能力を使わない方法に転換していかないと駄目だ。
トラックも壊れたら修理ができないし、もしできたとしても、俺になにかあればそこでおしまいになってしまう。
そのためにも新しい輸送力が必要だ。
「なんですと? アニス川を運河に?!」
「そうなんだ。このデカい湖の反対側に、アニス川に抜ける水路があるんだ」
「そこを通れば、アニス川に抜けられると?」
「アキラと2人で、現地まで行って確認してきた」
「そうなんだ、スライムが山のようにいてな、大変だったぜ!」
スライムと聞いて、マロウの顔色が変わった。
「確かにアニス川が流れている大湿地は、スライムの住処だと聞いております」
「そこで怪我の功名と言うべきか――新しいスライム避けを開発した」
「スライム避けでございますか? 魔石などの結界はスライムには効果がないと聞いたことがありますが……」
「違う、魔石じゃない。これだ――」
俺は、アイテムBOXからゴーレムのコアを取り出した。
船で使ったハシゴのように繋がっているものではなくて、十字架の単体。
普通のコアで、アネモネに作ってもらった。
「こ、これは?」
「これは、ゴーレムのコアなんだが、これを使ってスライム避けを作ることに成功したんだ」
「ほう! それは是非この目で拝見したいのですが……」
「それには、生きたスライムが必要になる」
「さすがに、それは無理でございましょう」
俺はマロウに少し待ってもらい、崖の上の研究所から飼っていたスライムを持ってきた。
彼に、透明な虫かごに入れたスライムを見せる。
「こ、これはスライムでございますか?」
「そうだ研究用に飼っているものだな」
マロウも興味深そうに透明な箱の中で動き回るスライムを眺めている。
「そして、ここに取り出した魔石とゴーレムのコア」
コアをスライムに近づけると、反対側へ飛ぶように逃げた。
逃げたほうへコアを持っていくと、また反対側へ――。
「た、確かに、スライムが逃げておりますな!」
「こいつを船の舷側に貼り付ければ、スライムを防ぐことができる。実際に試して、この効果が確認できた。なぁアキラ?」
「ああ、間違いねぇ。まったく寄ってこなくなる。まぁ他の魔物には効き目がねぇから、油断はできねぇけどな」
「なるほど……しかし、川を遡上するとなると帆船では……」
「そこも考えてある」
俺はアイテムBOXから船の模型を取り出した。
ゴーレムのコアを使ったモーターが取り付けてあるスクリュー推進船だ。
「これは……」
「こいつは魔法で動く船の模型だ。俺の使っている船は俺やアキラしか動かせないが、こいつなら普通の人間にも魔石があれば動かせる」
俺は、川からプラケースに水を汲んで持ってきて、そこに船を浮かべた。
「ここに魔石を入れる――」
模型を持ち上げて、小さな豆粒のような魔石を船にセットすると、スクリューが回りだした。
それを水に入れると、小さな船が水面を走り出す。
「おおおおっ! こ、これを売れませんか?!」
どうやらマロウは、船の玩具としてこれを売りたいらしい。
「ええ? 通常、ゴーレムを使うためには王族の許可がいるから、売るのはマズいと思うがなぁ。俺は辺境伯なのでゴーレムの使用についても認められているが……」
「そ、それはそうでございますね……これもゴーレムでした」
彼もゴーレムの使用には、国の許可がいると知っていたようだ。
「しかし、通常許可がいるのは、人型のゴーレムのことで、このような格好でゴーレムを使うことは想定していないはず。お城にお伺いを立ててみるか……」
「是非、お願いいたします」
マロウがテーブルに両手をついて、頭を下げた。
こいつはデカい商売になると踏んだのだろう。
「これ――コアモーターって言うんだが、こいつが使えるようになれば、ドライジーネも馬車も動かすことができるようになるぞ?」
「ほ、本当でございますか?!」
「だが、このような玩具ならいいが――大きなものを動かそうとすると、大きな魔石が必要になる」
「た、確かに、そのような魔石となると中々手に入りませんなぁ……」
「けど玩具は売れるかもな」
作ろうと思えばポンプも作れるだろうが、魔石の問題は如何ともし難い。
「人工で魔石が作れれば、世の中がひっくり返るんだがなぁ――アキラ、帝国でそんな研究とかしてなかったのか?」
「はぁ? 聞いたことがないぜ? 魔石って、魔法を使うときの補助――そんな感覚しかなかったからな」
魔法先進国の帝国でも作ってなかったってことは、無理なのか……。
メイドを呼び、ユリウスを呼んでもらう。
その間、しばし考えていたのだが――いいことを思いついた。
「そうだ――スライムを養殖したらどうかな?」
「はぁ?」
アキラが、何を言い出すんだ? みたいな顔をしている。
「スライムならいくらでも増えるだろう? 箱に入れたスライムを大きく育てて、魔石を取る」
「できないことはないと思うが……」
「どのぐらい育てたら魔石が大きくなるか――などの検証が必要になるだろうけどな」
「まさか魔物を養殖するなどという話が出るとは……」
俺の提案を聞いたマロウが腕を組んで唸っている。
「しかし、上手くいけば魔石が安定して取れるようになるぞ。箱から出さなければ、他の魔物と違って危険は少ないし」
「ううむ……」
そこにユリウスがやってきた。
「ケンイチ様、お呼びでございますか?」
「ああ、お城に手紙を書いてくれ」
「承知いたしました」
内容は、人型ゴーレムの起動には国の許可がいるのだが、ゴーレムコアを利用するだけでも、許可が必要になるのか? ――という内容だ。
一緒に、カールドンが作った扇風機の模型を送ることにした。
ゴーレムコアを使うことで、このようなものが作れるようになった――という説明つきだ。
早速、送る手続きを行なってもらう。
「それではユリウス、王都まで送ってくれ」
「かしこまりました」
俺とユリウスが手続きをしている間も、マロウは船の模型を睨んでいた。
「ううむ……ケンイチ様。もしかしたら――このコアモーターとやらと魔石の組み合わせで、我々の生活が一変するのでは?」
さすが儲け話に鼻が利くマロウ、その可能性に気がついたようだ。
「上手くいけばな。そのためにも魔石の安定供給が必要になる。魔石がほしいからといって、毎回魔物と対峙していては、コストもかかるし、命がいくつあっても足りない」
「おそらく――魔石の使いみちが増えれば、値段が高騰するものと思われますな……」
「そうだ。買い占めて値段を釣り上げるやつらも出てくる。魔石ギルドなんてものもできるかも」
「香辛料を独占していた連中と同じですな」
各都市にあったスパイスシンジケートは、アストランティアのシンジケートが壊滅して、自由売買が始まった途端に崩壊した。
少々時間がかかっても、アストランティアでスパイスを買った方が安いのだから当然だ。
俺という貴族の後ろ盾を得たマロウ商会でもスパイスを売り始めたので、シンジケートが持っている在庫も早めに処分しなければ、どんどん損失が広がる。
すでに、それで倒産した商人もいるらしい。
もしかしたら俺も恨まれているかもしれないから、注意したほうがいいかもな。
危険なのは確かだが、今の俺は貴族だ。上流階級にガチで喧嘩を売る商人がいるとも思えないが……。
基本、貴族の敵は貴族。商人と貴族が敵対することはないが、双方がグルになって荒稼ぎをしていたやつらなどが、倒産に巻き込まれたりしていれば、俺を恨んでいることもありえる。
テーブルにリリスがやってきた。
「マロウか、元気なようじゃな」
「これはこれは、王女殿下! ご挨拶にも伺わずに申し訳ございません……」
「よいよい。そういうのは王宮だけでうんざりじゃ」
やってきたのはリリスだけではない。
「なぁに? この子、商人?」
リリスと一緒にやってきたのは、セテラ。
それにしても、この子って――まぁエルフから見れば、マロウでも十分に若いんだろうけど。
リリスとセテラもテーブルについたので、飲み物とお茶菓子を出す。
「エルフ!? プリムラから、辺境伯領にエルフ様が来ていると聞いておりましたが……」
「彼らと交流と交易の話が進んでいてな」
「それでは、エルフの由来の商品もマロウ商会で扱えると……」
「いや、彼らは必要最低限のものしか生産しないので、取引は微々たるものだと思う」
「そうですか……それは残念でございます」
「さっき話したアニス川に繋がる水路の途中にエルフの村があるんだ」
「ほう――気難しいエルフを説得なさるとは、さすがケンイチ様でございます」
俺たちの話を聞いていたセテラだが、少々異論があるようだ。
「私たちって、そんなに排他的かなぁ」
「俺が初めて出会ったときに攻撃されたが?」
「ええ? そうなの? 男たちでしょ? あいつらビビリだからぁ」
セテラはそう言うのだが――エルフは排他的というのが、一般の総意のように思える。
「それで、例の灰から竜が出てくるような話をマロウ商会に話していたのかぇ?」
「リリス――一応、実現できる見通しはたっていると思っているんだが……」
「恐れ多くも王女殿下、辺境伯様の言うとおりでございます。聞いた限り幾多の困難も予想されますが、実現は可能だろうと……」
「王国一の大店が言うのだ、そうなのだろうのう……」
リリスはお茶菓子を口に放り込んでいる。あまり信じていないようだ。
俺は、アイテムBOXからスケッチブックを取り出して、大雑把な開発計画書を皆に見せた。
開発計画書とは名ばかりで、ただの落書きだが。
「湖に繋がる水路では、小型船しか通れないが――いずれはアニス川まで森をぶち抜いて道路を敷設、川の近くに港を作れればいいと思っている」
「ケンイチ様! ここまで大型船が遡上できるのであれば、王都の近くまで行けるのでは?」
「俺もそれを考えているのだが……」
「す、素晴らしい! 私も燃えてまいりましたぞ!」
いかん……ちょっと火をつけすぎた。
彼は、商売魂に火がついてしまうと、たとえ火の中水の中、どこへでも行ってしまう。
戦場でも、魔物がいる森でも、吶喊してしまう――そんな男だ。
こんなことになってプリムラに怒られてしまうな。
「ふ~ん、話を聞くだけで、正気の沙汰とは思えないけどぉ……」
エルフには評判はよろしくない。
1000年同じ暮らしをしていて変化を嫌う彼らには理解できないのかもしれない。
マロウも乗り気なので、資金を出してくれることになった。
「本気か?」
「マロウ商会金儲けの秘訣――『誰もいない道にこそ、宝が転がっている』」
「そりゃそうだが……」
彼の決意は固い。
それにはまず、こちらの技術で小型船を作って実際に運用できるのか調べなくてはならない。
コアモーターや、スライム避けのコア結界の耐久性や、動作時間なども重要になるだろう。
運河計画は――少しずつだが実現へ向けて動き出した。
「アキラ、アニス川に繋がる水路だが、どのぐらいの大きさの船なら通れそうだと思う?」
「そうだな――あの水路はそんなに蛇行はしてなかったので、長さは60フィート――20mぐらいまでいけると思うが、幅がなぁ」
「幅は、いつも使っている船からちょいプラって感じで、長さが20mぐらいか……」
「まぁ、そんなところだな」
そんな喫水の深い本格的な船を作れる大工はここらへんにはいない。
それに河口から出た船は帆を張り海も走る――つまり帆船。
船を作るなら船大工が必要。
「ケンイチ様、船の建造はオダマキに行くしかありません」
マロウが初めて聞く地名を口にする。
「オダマキ? 初めて聞くな――都市の名前か?」
「王国の一番南に位置する海岸沿いの都市です」
マロウの話では、人口15万人ほどの街。
治めているのは男爵らしいが、長年陞爵を断っている変わり者らしい。
南の果てらしく王国とは最も縁がなく、海沿いに船を利用して独自に帝国との貿易をしているという。
そのために王国の援助がなくても、まったく困らないようで、一つの小国といってもいい。
造船技術が一番進んでいるのもその都市らしい。
「へぇ、そんな都市があるのか――行ってみたいな……」
「お! ケンイチ、行くのか?」
アキラがすっかりと乗り気だ。
彼は元世界でも全世界を渡り歩いた男。
とりあえず面白そうな場所があれば行ってみる男だ。
「船の建造を頼んでみたいし……それならコアモーターの専門家のカールドンも連れていくか……」
俺たちは遠征の計画を練ることにした。