181話 大湿地帯
色々と仕事があるのだが――忙しいと他のことをやってしまう症候群というか、なんというか。
――とはいえ、これも立派な領の仕事。
スライムを生きたまま捕獲して、実験材料にするために、俺は再び船に乗り川へ向かった。
湖から繋がる川を運河代わりにして、その先にあるアニス川を見るためだ。
スライムの捕獲の他に、アニス川と大湿地帯の様子を視察するのも、今回の仕事。
リリスやユリウスからも、なにも言われなかったので、正当な領主の仕事として認めてくれているのだろう。
船を改造して、アルミサッシで作った温室を載せており、珍妙な格好になってしまったが――こいつはスライム避け。
とにかくスライムの量が多いらしいので、防御のためにこういう形になった。
船はアキラの操舵で川を進み、乗組員は俺とアキラ、そしてアネモネとベル。
今回、なぜかベルがついていきたいと言い出したので一緒だ。
危ない所へ行くのが解ったので、彼女なりの助っ人のつもりだろうか?
ちょっと過保護な気がするのだが。
船はなにごともなく、エルフの村にある池に到着した。
今回は船を押してくれる獣人たちがいないので、接岸はしないつもりだ。
岸の近くまでいくとサッシを開けて、そこにいたエルフに挨拶をした。
髪の長い男のエルフ――皆と同じように耳が長く金髪だ。
「やぁ!」
「領主様、また来たのかい?」
「いや、川へ抜けるつもりなのでタダの挨拶さ。領主がここを通ったと、皆に伝えておいてくれ」
「ええ? 川へ? 正気かい?」
「ほら、ガラスで作ったスライム避けもあるからな」
「全く、只人のやることは理解できないぜ」
アキラも一緒に顔を出した。
「ウサラに、よろしく言っておいてくれよ」
「おう、帝国の竜殺しの話をまた聞かせてくれよな!」
「ははは、今度来たときにな」
アキラが船外機を逆転させると、船を後進させ岸から離れた。
「アキラ、ウサラって?」
アネモネが、アキラの交友関係に興味津々だ。
「髪の短い、小柄なエルフがいたろ?」
「そういえばいたなぁ」
ふ~ん、へ~そうか。
まぁ、野暮なツッコミは止めておこう。
船はエルフの村を離れると再び川へ。
この川がゆっくりと主流のアニス川へ流れ込んでいるらしいが、ほぼ高低差がないので流れは、本当にゆっくりだ。
この辺りまでスライムが来ているはずなのだが――湖の水が冷たいため、これ以上は遡上してこないだろうという結論に達している。
鬱蒼とした森の中を船はゆっくりと進む。
1時間ほど進み、アニス川との合流地点へやってきた。
日本の川のように直線的な水の流れの横に合流する感じではなく、大きく蛇行するコーナー部分に出てきたようだ。
「おお~っ! 結構広い川だな」
アキラが川を見渡しているが周りにはなにもなく、ひたすら平地が広がっている。
大きな木は見えず見渡す限りの草むらに見えるのだが、すべて湿地なのだろう。
「これなら大型帆船も通れるんじゃねぇ?」
彼の言うとおりだが、大型と言っても小舟に比べて大型というだけで、元世界の100mもある船は望むべくもない。
せいぜい数十メートル級の帆船だろう。
それさえ作れる人間がいるかどうか……。
この王国も南の果ては海岸があるらしいので船もあるだろうが、大型船など建造されているのだろうか?
あとでアマランサスに聞いてみよう。
「ちょっとアキラ、岸の近くに寄せてくれ」
「はいよ~、なにするんだ?」
「マーキングだ。帰る場所が解らなくなると困るからな」
「そうだな」
アイテムBOXから、以前に買ったピンク色のスプレー缶を取り出して、湿地に生えている大きな草にマーキングする。
細くて長い草がピンク色に染まった。
「さて、ちょっと進んでみるか、微速前進!」
「はいよ~、微速前進ヨーソロー」
船はゆっくりと進み出した。
いざというときのために開いていたサッシは全部閉めたのだが、やはり暑い。
「暑いね! 冷やしてあげる。むー! 冷却!」
「あ……」
あることに気がついて、口を開こうとしたのだが――。
青い光が温室の中に充満すると、ひんやりと涼しくなる。
いや、凄く涼しいというか寒い。
「お~! すげぇ涼しい!」
アキラも喜んでいたのだが――そのうち身体が冷えてきた。
「ちょっと冷えすぎだろ。やっぱりあれだ!」
俺はガラスの城を形づくっている、アルミサッシを指差した。
この世界ではアルミが魔法の触媒として働いてしまう。
慌てて窓を全開にして冷気を逃す。
アネモネには弱目に魔法を使ってもらわないと……。
魔法が効きすぎてビックリしたのだが、その魔法について少々疑問がある。
「ケンイチどうした?」
「いや――動いているものに冷却の魔法が使えないだろ? 船が動いているから駄目かな? ――と思ったんだが」
「よくわからんが慣性の法則じゃね? 走っている電車の中で、ボールを落とすと真下に落ちるってやつ」
「まぁ、厳密に言えば惑星だって公転して動いているし、太陽系も動いているからなぁ」
「ははは、まぁな。それを考えると、過去に戻れるなんてのは、嘘っぱちのような気がするよな」
時間だけ過去の地球に戻っても、その位置には地球も太陽もないってことになるからな。
「むー! 難しくて解らない!」
「果たして、こんなこと(地動説)を教えていいものだろうか?」
「まぁ、人に話したり広めたりしなけりゃ、異端ってことにはならんだろ」
そんな話をしている間にも船は進み、真っ直ぐに進んでいたかと思うと、いきなり180度ターン。
そして、しばらく進むと、また180度――いや270度ぐらい回ってね?
「ははは、こりゃすげぇな――大蛇かよ」
アキラが、川の蛇行を見て笑う。
「日本にこんな蛇行する川なんてなかったからな」
「そりゃ日本は山から湧き出てあっという間に海だからな」
「勢いがありすぎて、曲がる暇がないってことか」
「そうだろうなぁ」
それでも蛇行はするんだが、ここまですごいのは見たことがない。
PCでグ○グ○アースを見ていたときに、オロシアの平地で凄い蛇行を見たことがあったが、それと同じぐらい凄い。
今のところ、スライムが襲ってくる様子はない。
川の様子を見るために、正面のサッシから外へ出ると舳先に行く。
アイテムBOXから、クワッドコプターのドローンを出したが、このドローンは結構活躍しているな。
便利この上なし。
「よし! ア○ロ行きま~す!」
ドローンを真上100mまで上昇させると、コントローラーに映し出される、異世界の光景。
こいつのコントローラーには液晶がついていて、上空にいるドローンのカメラからの映像を見ることができるすぐれもの。
この動画を保存することもできるので、一応資料として保存しておこう。
「ケンイチ、どんな感じなんだ?」
「ひたすら川の蛇行と三日月湖と湿地帯」
アキラにコントローラーの映像を見せる。
蛇のような蛇行と三日月湖と様々な大きさの池が映し出される。
「なんじゃこりゃ、いったいどこまで続いているんだ?」
「多分、海まで……だろ?」
「これを帆船で抜けるのは、かなりしんどいんじゃないか?」
「うねうねしているからなぁ……」
走って方向転換、走って方向転換しなければならない。
確かに大量輸送はできるだろうが――いったいどのぐらいの時間がかかるのか見当もつかない。
「直線なら楽勝なのになぁ」
「そうだな」
「私にも見せて!」
アネモネがサッシの中から出てこようとしたので止める。
「危ないから中に入ってなさい。あとで見せてあげるから」
「うん……」
アネモネがおとなしく温室の中に戻ったので――アキラと画像を見ていると、ベルがサッシから顔を出して警戒音を発した。
「シャー!」
「え?!」「やばっ!」
船の縁から透明な物体が這い上がってきていた。
「スライムだ!」
俺とアキラが慌ててサッシの中に逃げ込む。
透明な魔物は、そのまま船へと這い上がり、サッシにもへばりつく。
俺たちが温室の中から出てきていたので、獲物として察知されてしまったのだろう。
そのままスライムたちは温室の天井まで覆い尽くした。
屋根を三角形にすれば、登らないかと思ったのだが少々甘かったな。
「おおい、すげぇ量だな」
アキラが天井のスライムを見上げている。
「スライムだらけって聞いてたけど……この一面に、どれだけのスライムがいるんだろ?」
「こんなの駆除するなんて無理じゃね?」
「そんな気がしてきた……」
駆除ができなくても、近づけないようにできればいいんだが……。
「アネモネ、天井にへばりついているやつなら、動きが止まっているから、魔法が効くんじゃね?」
彼女に冷却の魔法を使ってもらうことにした。
魔法が起動すると位置を動かせないので動いているものは使えないが、今なら効くだろ。
魔法はガラス越しでも発動する。
「むー! 冷却!」
ガラスの外に青い光が集まり始めると――ガラスの城に取り付いてたスライムたちが一斉に飛び上がった。
全面アルミなので、魔法がブーストされたのだろう。
「「すげー!」」
俺とアキラの声がダブる。
飛んだスライムが、ボチャンボチャンと音を立てて川に逃げていく。
それに身体を広げて、少し滑空するような仕草も見せる。
「なんか、ムササビみたいに滑空してないか?」
それにアキラも気づいたようだ。
「そんな感じに見えるな」
「もしかしたら――木のある所なら上から滑空して襲ってくることも考えられね?」
「ありえる――のか? アキラも今まで見たことは?」
「ないな」
スライム恐るべし。その場に適応して進化しているのか?
すごく魔法に敏感だが、1匹どんくさいやつがいて舳先で逃げ遅れている。
動きが鈍い。
「アネモネ、あいつを凍らせてくれ」
「解った――むー!」
彼女が魔法の準備をしていると――逃げ遅れたスライムに他のスライムが群がり始めた。
「なんだ?! うぇ? もしかして共食いか?」
アキラの言葉に俺も目を疑ったが、それっぽく見える。
「なんか、そんな感じに見えるが……」
動きが悪かった個体は何らかの原因――老化や病気などで弱った個体だったのだろう。
「冷却!」
魔法が発動すると、再びスライムが逃げ始めた。
凄く動きが速くてキモい。おまけに逃げ遅れた個体まで持っていかれてしまったようだ。
「こりゃ中々大変だな」
そのあともスライムが群がる。
魔法を使おうとすると逃げる――この繰り返し。
「ケンイチ、どうする? これじゃ埒が明かないぜ?」
「そうだな――でも、魔法に凄い敏感なのは解ったな」
射出系や、爆烈系なら逃げられないが、バラバラになるだけで死なないし……。
「そうだ!」
いいことを思いついた。
俺はシャングリ・ラから、1mの細い角材を購入した――太さは親指ぐらい。
20本セットで2500円。船の上に角材が落ちてくる。
「ケンイチ、何をするんだ?」
「アキラ、この角材を10cmぐらいに切ってくれ」
アイテムBOXから、鋸を出してアキラに渡す。
「オッケー! だが、いったいどうするんだ?」
「まぁ、細工は流々ってやつよ」
アキラに切ってもらった角材を1mの角材に結び付け、十字に紐で固定していくと――9個の十字架が並んだ。
「アネモネ、こいつをゴーレムのコアに見立てて、魔力を流せないか?」
「なにもしなくてもいいの?」
「ああ、ゴーレムモーターは、回る命令を書き込んだけど、なにもしなくてもいいって命令を書き込んでくれ」
「う~ん、多分できると思うけど」
もちろん、こんなことは初めてやるので、アネモネも不安そうな顔をしている。
「頼む。失敗しても大丈夫だからさ」
「解った――むー!」
俺とアキラが作った長いコアに、青い光が染み込んでいく。
「……多分、できたと思う」
「やったぜ! これがコアになったってことは、俺がアイテムBOXから魔石を取り出すと――」
当然、コアが魔石の魔力を使って、なにもしない――という命令を実行する。
「おら! どうだ?!」
俺は長いコアを持ちあげて、ガラスにへばりついているスライムに近づけた。
その瞬間――透明な魔物たちがバラバラと飛び上がり、川の中へ逃げていく。
「お! やったぞ成功だ! こいつでスライム避けになる!」
「マジかよ! それじゃ、もっと作って船の周りに取り付ければ、スライムは寄ってこなくなるってことか?」
「そうだ!」
「よっしゃ! それじゃ、もっと作ろうぜ!」
船の大きさは30フィート、約9m――1mの長さのコアで両舷側を埋めようとすると18本も必要になる。
それは大変なので、1m間隔で片舷で5本――合計で10本のコアを作ることにした。
アキラも、のこぎりで切るのは大変そうなので、アイテムBOXから切断機を出したが、工作機械を動かすためには発電機がいる
電力を沢山食うのでモバイルバッテリーは無理だ。
素早く外へ出ると、発電機を設置してエンジンを始動させた。
温室の中へ戻ると、今度は発電機があっという間にスライムまみれになって窒息した。
当然エンジンが止まる。
「あ~! クソ!」
鬱陶しいスライムに、少々いらつく。
「発電機を獲物と勘違いしたのか?」
「虻も馬や牛の体温と二酸化炭素に寄ってくるからなぁ」
これでは作業にならない。発電機の近くにさっき作ったゴーレムコアを置くと、蜘蛛の子を散らすようにスライムがいなくなった。
「なんか、スライムというよりは、虫みたいだな」
俺の言葉にアキラも同意する。
「あ~、俺もそんな感じがしてきたぜ」
彼も帝国でスライムと戦ってきたのだが、ここまで詳しい生態は知らなかったようだ。
発電機が使えるようになったので、1mの十字架の列を10本作った。
切断機があれば、角材のカットなどすぐにできる。
後は紐で結ぶだけ――それならアネモネにも手伝ってもらえる。
「もうちょっと人手があればなぁ」
「でも、この温室がなけりゃ、こりゃやばかったぜ?」
「そうだな。まさか、こんなにスライムまみれだとは思ってなかったし……」
コアができあがり、アネモネに命令を書き込んでもらわなければならないが数が多い。
「アネモネ、大丈夫か?」
「うん、ゴーレムを起動するわけじゃないし、コアに命令を書き込むだけだから」
命令さえ書き込まれれば、あとは俺が出した魔石からの魔力を使ってコアが起動する。
「さて、できあがったが、どうやって固定するか……」
「またダクトテープか?」
「いや……」
シャングリ・ラから、両面テープで固定するフックを購入。
それを船の縁に固定して、フックでぶら下げる仕様にした。
これなら取り外しも簡単にできる。
コアを持って外に出ると一斉にスライムがいなくなる。
「こりゃいいな。虫コナ○ズより効き目があるぜ」
アキラがコアを舷側に吊るしながら笑っているが、彼の言うとおり凄い効き目だ。
「魔石の虫除けも結構凄いけどな」
「ああ、けど魔石じゃスライムには効かないんだよなぁ」
「魔物避けの結界は?」
「それは効果があるが――せいぜい数時間ってところだし」
彼の話は、全て実戦経験に裏打ちされているので説得力がある。
「このコアを使ったスライム避けが、どのぐらい持つかだな」
「多分、普通に結界の魔法を使うよりは、長持ちすると思う……」
アネモネがサッシの間から顔を出している。
魔導師のアネモネの勘だと、そうらしい。
「もしかして新しい魔物避けを発明しちゃったのかね?」
「そうかもな、ははは」
会話しつつコアを使ったスライム避けの設置を完了した。
船の舷側にハシゴのような十字架が並ぶ。
コアの間隔が空いているので、そこから侵入されるかと思ったが、問題ないらしい。
「さて、スッキリとしたところで、いきの良いスライムを捕まえるか」
アイテムBOXからプラ製の衣装ケースを出して、水を入れる。
「アネモネ、こいつを冷やしてくれ」
「解った! むー! 冷却!」
青い光が水に染み込むと、すぐにキンキンに冷える。
「あとは――冷凍庫だな!」
シャングリ・ラから大型の冷凍庫を買う――3万5000円。
俺の実家があった北海道は、1~2週間の食べ物をまとめ買いをする。
そのために冷蔵庫とは別に冷凍庫を持っている家が多い。
たとえば取れすぎた野菜を調理してから冷凍して保存したりする。
昔はこの手の製品は日本製だったのだが、白物家電を作っていた会社が大陸に買われたせいで、今はアチラ製が多い。
「ポチッとな」
落ちてきた白い冷凍庫にアキラが驚く。
「おお! 冷凍庫か? それで冷やして運ぶのか?」
「冷えてもすぐには死なないんだろ?」
「ああ、ものすごくしぶといからな」
冷凍庫を発電機に繋ぐとすぐに動き出したが、冷えるのに少々時間がかかるだろう。
「そうだアネモネ。この中を冷やしてくれ」
「うん、冷却!」
これで、冷凍する時間を短縮できるだろう。
準備完了――あとはタモだな。
シャングリ・ラで、カーボン製の大型のタモを買う――5500円也。
伸縮できる構造になっていて軽い。
「それでスライムを掬うのか?」
「船に這い上がってこないが、水の中にはいるんじゃね?」
俺は船の縁に足をかけて、水中にタモを下ろした。
アキラに船をゆっくりと進めてもらうと――すぐにガッツリとした手応えが来た。
「お、重い~!!」
タモが曲がり、今にも壊れそう。
「ケンイチ! 手伝うぜ!」
アキラが船外機の所から飛んできて、2人でタモを掴む。
身体のほとんどが水ってことは、水と同じ重さってことだ。
座布団より少々大きいスライムの重量は30kgぐらいある。
タモからはみ出ている透明な魔物を、逃さないようにそのまま引き上げて、衣装ケースの中へ投げ入れた。
中にはキンキンに冷えた水が入っており、すぐに動きが遅くなる。
そのまま衣装ケースの蓋を閉めてアネモネに魔法を頼む。
「アネモネ頼む!」
「むー! 冷却!」
中で、ゆっくりとニュルニュルと動いていたスライムは、すぐに動きを止めた。
「よっしゃ!」
再びタモでスライムを掬うと、冷凍庫の中へ突っ込んで蓋を閉める。
「これで逃げられないだろう」
「はぁはぁ――多分な」
オッサンたちが肩で息をしているが――2人とも祝福持ちなので、疲れることはないが腹が減る。
「ケンイチ、こんなに水中にいるなら、電撃魔法か電気ショックをかければ一網打尽に……」
そういう漁法もあるけどな。
「水に浸かって電気を使うのは怖いぞ?」
「ゴム長を装備しないと駄目か……」
「それじゃ水中衝撃波はどうだ? 爆雷の在庫はなくなってしまったがタイマー爆弾ならある」
俺はアイテムBOXから、タイマー爆弾を取り出した。
シャングリ・ラから安いプラケースを購入。タイマー爆弾をセットしてから、重りを入れてダクトテープでぐるぐる巻にした。
「おい、ケンイチ! 爆発しないだろうな?」
「大丈夫だ、まだ1分ある。おりゃー!」
灰色に巻かれたプラケースを水中に放り込むと、アキラが船外機で後進をかける。
「あと、10秒~3、2、」
秒読みしている途中で爆発して水柱が上がる。
クラーケン戦に使った本格的な爆雷と違う。
こいつの威力はそれほどじゃないが、水面に白く濁った透明な物が沢山浮かんできた。
「うえ! こいつら全部スライムかよ!」
アキラが叫び声を上げたのだが、すぐにバシャバシャと他のなにかが集まってきた。
「アキラ――これ……もしかして共食いしているのか?」
「みたいだな」
水中衝撃波で動かなくなった個体を、他の個体が捕食し始めたらしい。
「うえ~最悪だな」
気分は本当に最悪だ。
オッサン2人でげんなりして中に戻ろうとすると、ベルが再び温室から顔を出して牙を剥いた。
「シャー!!」
「「えっ!?」」
オッサン2人が後ろを向くと――突然水面が持ち上がり、現れたのは巨大な赤茶色の土管。
丸く開いた赤い口の中には、ギザギザの歯が幾重にも重なって見える。
巨大な魔物が起こした波で船が大きく揺れて、足場がおぼつかなくなる。
「管虫だ!!」
アキラが叫ぶ。
口の中にスライムが見えるので、大量に浮かんだスライムを目当てに、やってきたのかもしれない。
「こんなところにもいるのか!」
2人で戦闘態勢に入ろうとすると、管虫の口に青い光が集まり始めた。
「むー! 爆裂魔法!」
実体化した爆炎が、管虫の頭を吹き飛ばすと同時に、辺りに破片を撒き散らしながら爆風を引き起こす。
オッサン2人がひっくり返り、突風に煽られたガラスの温室がバタバタと倒れ始めた。
ワームの巨体が倒れた衝撃で水面に大きなうねりが起きて、船が縦に揺られる。
「アネモネ! ベル!」
彼女は魔法を使うためにサッシから出ていたので、倒れた温室に巻き込まれることはなかった。
ベルも持ち前の素早さで倒れる温室から素早く脱出に成功。
俺たちの所にやってきた。
「にゃー」
「びっくりしたなぁもう!」
ホッと胸をなでおろす俺だが、アネモネがしょんぼりしている。
「壊しちゃってごめんなさい……」
サッシのアルミのせいで、出力の調節が上手くできなかったんだろう。
「今のは、しゃーない――なぁケンイチ」
「ああ、それよりアネモネとベルが温室の下敷きにならなくてよかったよ」
壊れてしまったのは仕方ない。大体、木枠にダクトテープで固定しただけだったからな。
俺はガラクタになってしまった温室をアイテムBOXに収納した。
ついでに船の側面に固定したスライム避けを確認してみるが、損傷はない。
「こりゃ早々に引き上げたほうが良さそうだな」
俺もアキラの意見に賛成だ。
「その前にアキラ――酷い有様だぞ?」
「ケンイチだって」
2人は、飛び散った管虫の体液やらを浴びてしまったのだ。
服や顔が緑色に染まり、生臭いにおいで鼻が曲がる。
「アネモネ、洗濯の魔法をかけてくれ」
「わかった」
「あ、でも魔法は大丈夫か? コアを作ったり爆裂魔法を使ったりしたが……」
「大丈夫。ケンイチの出してくれた魔石から、魔力をもらっているから」
「ああ、そうなのか」
事態に合わせた臨機応変な対応、彼女は確実に進歩している。
「若いのはいいなぁ。すぐに対応してどんどん上達するからなぁ」
「歳をくうと、新しいことに慣れなくてなぁ。頭も固くなるし、いやもうほんとうにまいっちんぐ」
オッサン2人で愚痴をこぼしても仕方ない。
青い光に包まれたオッサンたちは、すぐに綺麗になった。
さて綺麗になったところで、あとは――。
「アキラ、管虫の所に船を近づけてくれ」
「オッケー!」
アキラがエンジンを始動すると、ゆっくりと赤く長い巨体に近づく。
スライムはすべて逃げたらしい。爆弾で浮かんでいたスライムもすべてなくなっている――素早すぎる。
いったいどうやって水中を移動しているのやら……。
「この前倒した管虫ぐらいの大きさがあるな――アイテムBOXに入るかな? 収納!」
俺の杞憂をよそに、管虫の死体がアイテムBOXに吸い込まれた。
「おお~っ! こいつにも魔石があるんじゃね?」
「そうだな。前に倒した管虫もまだ解体してないんだよ。人を雇って解体させてみるか……」
魔石は、ゴーレムコアとの組み合わせで、色々と使えることが解ったからな。
所持している数が多いに越したことはない。
「そうそう、ドローンも落としてしまったんだよなぁ。そこら辺に落ちてないか?」
「少し進んでみるか?」
「頼む」
そのまま50mほど進んだ所で、草の陰に水没しているのを見つけた。
「ありゃー壊れちまったかな?」
「まぁ、緊急事態だったから、しゃーない」
「そうだな」
画像などはコントローラーのほうに残っているから、問題ない。
壊れてしまったのなら、こいつはゴミ箱へ入れて新しいのを買おう。
俺たちは、やってきた川を再び遡ると、エルフの村を過ぎて湖へ出た。
そこでやっと一息ついた。
「腹減ったな。アキラ、飯を食うか?」
「いいねぇ。スライムと管虫騒ぎで食いそびれたな」
「まったく、どうしてああなった」
アイテムBOXから、朝にもらった弁当を出した。
サンドイッチに唐揚げだ。
「アキラ、缶コーヒーでいいか?」
「悪いがビールをくれ」
「はいよ~」
まぁ、酔っ払っても、祝福の力ですぐに分解できるからな。
それに温室がなくなってしまったので、スピードが出せる。
あと45分もあれば、サクラに到着するだろう。
個人的には、もうちょっと川を下って様子を調べたかったな。
予定外に早く戻ることになってしまったが、冷凍庫の中にはスライムが入っているし予定は達成できた。
結果は上々だ。