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180話 出撃


 スライムが溢れるという湿地帯を目指し、俺はアキラと一緒に船を改造した。

 スライムを避けるために、船をシャングリ・ラから購入したアルミサッシで囲ったのだ。

 その姿は、まるでガラスでできた温室。

 木枠を組み、アルミサッシはダクトテープで留めるという安普請だが、強度的には必要にして十分。

 1回の試航海ならこれで問題ないだろう。

 なにも決死の航海じゃないんだ、スライムを捕まえるだけだし、危なくなったら逃げて帰ってくればいい。

 俺が作った簡単な防御手段を用いた船だが――これ以上本格的な戦艦となると、鉄を使った造船ということになる。

 それは男の浪漫を誘うとはいえ、この世界にはそんな技術は存在していない。

 いくら鉄製品の工作に長けているドワーフたちがいても、それは難しいだろう。


 完成した温室を船に載せる。

 本来なら移動には多数の人手が必要になるが――俺にはアイテムBOXがある。

 一旦アイテムBOXに入れて、船の上に出せば簡単。

 最近は、どこにものが出るのか解るようになったので、結構正確な位置決めができるようになった。


 残った工作で難しいのは、船から出ている船外機の周りだ。

 アキラが握る船外機のレバー部分だけをサッシの隙間から温室の中に入れて、操れるようにした。

 隙間部分は分厚いゴムシートをすだれ状に切ったもので覆って塞いである。

 アキラに試してもらったが、少々動かしにくくなるだけで、問題ないようだ。

 ここが温室の弱点ってことになるが――ここを的確に狙ってくるような知能がスライムにあるとは思えない。


 船が完成したので、試運転を行う。

 かなり船が重くなったので、加速は随分とのんびりになった。

 これじゃ、やはりあまり人は乗せられない。

 操舵を担当したアキラによれば――。


「重心が高くなったんで、急な操作をすると転覆するかもしれないな」

「高機動が必要な戦闘時や逃げる時には、温室をアイテムBOXに収納すればいい」

 時速30~40kmで水上を走れば、スライムも追いつけないだろう。

 また設置するときには、岸につける必要があるが。


「ああ、そりゃそうだな。普通じゃそんなことを考えられねぇからな」

 弱点はあれど機能的には問題ない。アキラと出発の準備をしていると、エルフがやってきた。


「そんなものを作って本当に行くつもりなのぉ?」

「もちろんだよ。伊達や酔狂でこんなものを作ったりはしないぞ?」

「ええ? 只人って信じられないことをするのね?」

「別に只人の専売特許って言葉は通じないか――スライムを退治したり退ける方法があれば、川を運河代わりに使えるからさ」

「運河なんて――それが、そんな命がけの危ないことをする対価になると思うの?」

「もちろんだよ。もし使えれば大量の輸送が可能になるからな」

「只人のやることは、よく解らないわぁ」

 まぁ種族の違い、文化の違いがあるから如何ともし難い。


「まぁ、明日からちょっと留守にするからな」

「それじゃ、アネモネが持っている文字の出る板を貸してぇ」

 板ってのは、タブレットのことだ。


「あれは特殊な魔力を使っているから、俺がいないと1日しか使えないぞ?」

「ええ? そうなの? なんとかならない?」

「う~ん」

 悩んだ俺だが――エルフはかなり知能が高い。アネモネが使っているタブレットを見て、興味を持つと一発で使い方を覚えた。

 崖の上に太陽電池パネルがあるが、そこにモバイルバッテリーが繋がっている。

 それの使い方を教えてみるか――。

 どのみち、出発は明日の朝一だ。


「アキラ、船の把握は大体できた。今日はこれで上がろうぜ」

「オッケー!」

「セテラ、ちょっと来てくれ」

「うん」

 彼女を崖の上にある太陽電池パネルの設置場所に連れていく。

 崖の上に向かうため単管の足場を登っていくと、作業をしている石工たちが、セテラに見とれている。


「おい、エルフだぜ」

「マジエルフなんて初めて見た」

「領主様の所にいるらしい」

「それじゃ領主様は、エルフとも――いやぁ、あやかりてぇなぁ」

「けど、エルフの女ってのは皆BBAなんだろ?」

 その話を長い耳で聞いていたのか、セテラがカンカンと渡り板を鳴らして、石工の所へ向かった。


「なぁに? 坊やたち、私に興味があるの?」

「いえ、あの――言葉が……」

 エルフが只人の言葉が解らないと踏んでいた彼らの顔から血の気がなくなる。


「私は、只人の言葉は少し喋れるから」

 ニコニコ顔で笑っているセテラに、石工たちは恐れおののいたのか、彼女に謝罪した。


「申し訳ございません、エルフ様……」

「よろしい」

 戻ってきたセテラに小言を言う。


「余り、いじめてやるな」

「BBAって悪口を言われたのは私だからぁ!」

「すまんな。他の連中にも注意しておくから」

「本当ね!」

「ああ、本当だ」

 何百年も生きているから、歳のことなんてどうでもいいような気もするのだが、BBAと言われるのは嫌らしい。

 セテラを太陽電池パネルの所に案内した。


「これは、なぁに?」

「これは、日の光を特殊な魔力に変換する板だ。そして、この魔導具に蓄積される」

「へぇ~、これってケンイチが作ったの?」

「まぁな」

 彼女にモバイルバッテリーへのタブレットのつなぎ方を教える。


「この線の先を、この穴に挿すと、魔力の充填が始まるわけだ」

「へぇ~へぇ~」

「この赤い棒が徐々に伸びてくるから、いっぱいになったら使える」

「解ったぁ、ありがとう」

 彼女がタブレットにUSBケーブルを抜いたり刺したりしている。

 物珍しいのだろう。


「只人の文字も読めるのか?」

「まぁね」

 何百年も生きているなら、学ぶ時間はいくらでもあるか……。

 とはいえ、タブレットに使われているのは日本語だが、それもアネモネから教えてもらっているらしい。


 ユリウスに予定を告げるために崖下に下りようとすると、セテラに抱きつかれた。


「おい、ちょっと」

「うふふ……はぁ、やっぱりケンイチに抱きつくと気持ちいい」

「俺を抱き枕代わりにするな」

「なぁにそれ?」

 エルフには抱き枕はなかったか。


「なんでもない」

「ねぇ? ここでする?」

 セテラがエルフドレスの裾を持ち上げて、白くて細い脚を見せつけてくる。


「しないぞ」

「ええ~っ? なんで、そんな堅いのぉ? 只人の領主ってのは、女好きでぇ~」

「女が好きなのは否定しないが、これ以上は増やすなって言われてるからな」

「別にその中に入ろうなんて思ってないけどぉ」

「ただ、遊びでして、気持ちよくなりたいだけなのか?」

「そう」

 実に魅力的な提案だし、エルフの身体がいったいどういうものなのかも気になる。


「う~ん、だが断る!」

「ええ~? なんでぇ? ほらほら、只人ってエルフ好きでしょ?」

 彼女が裾を捲り、股間まで見せてくるのだが――眩しい。


「まぁ、好きだけど――断る!」

「ええ~?」

 何回繰り返してもキリがないので、崖の下に下りると、ユリウスに予定を告げる。

 俺にフラれたセテラは、しょんぼりと自分の部屋に戻ったようだ。

 まさかフラれるとは思っていなかったらしい。

 少々自意識過剰気味だが、エルフってのは只人より優れているという自負があるらしい。


「ユリウス、明日からしばらく留守にする」

「どのぐらいで、お戻りですか?」

 ユリウスが心配そうな顔をする。


「明日中には戻って――いや、どのぐらいだろう。正直、初めて行く場所なので、どのぐらいの時間がかかるか解らん」

 アニス川と大湿地を確認して、スライムを捕まえるだけだからな。

 そんなにはかからんとは思うが。


「なるべく早くのお戻りを――」

「解った、善処する」

 彼は役人なのだ。領主がサクラにいて、ふんぞり返っていてもらったほうが助かるのだろう。

 まぁ、ここにはリリスもいるし、政治のプロのアマランサスもいる。

 領の経営には、マロウ商会がついているし、俺みたいな素人がいなくてもなんの心配もない。


 時間が余ったので、昨日アルコールに浸けた焼きスライムから、においを取り出してみることに。

 ちょっとにおいを嗅いでみる――バニラとも違う、甘いにおいがする。

 それに水を足して、アルコールだけ抜けば、凝縮したにおいがついた水だけが残るはず――。

 詳しい香水の作り方は解らないが、今回は興味本位で、においを取り出してみるだけだからな。


 アイテムBOXから液体を分離する魔道具を取り出してセット。

 こいつは便利で使いみちが色々とあるので、カールドンに追加で発注をしてある。

 大本は、彼の爺さんが作ったものだが、彼も同じものを作れるらしい。

 暇をみて作ってくれるそうなので、期待している。


 魔道具を動かし、左側のスロープから流れる水を指で掬うと、クンカクンカ。


「おお、凄い甘そうなにおいがする」

 とりあえず抽出には成功したようだ。

 これがなにかに使えるかは別の話。これから、毒性などを調べなくてはならない。

 某キノコの毒のように、旨味成分なのに毒――みたいなものもあるからな。


 この手のものに興味ありそうなのは――サンバクのところに行くと、彼に見せてみることに。

 彼は、カマドで料理の試作をしていた。石工が来たことで、立派な石窯もできてパンも焼けるようになった。

 すでに頂点を極めた料理人とも言える彼だが、このように日々新しい食材に挑戦して、研鑽を繰り返している。


「サンバク、このにおいを嗅いでみてくれ」

「はい……む! これは素晴らしく甘そうなにおいですな」

「上手くいけばお菓子などに使えそうな香料になるだろ?」

「はい――しかし、これは何のにおいですかな? まったく記憶にありませんが……」

「これはスライムのにおいだよ」

「は?」

 サンバクが俺の言葉に固まる。


「スライムを焼くとな、甘い香りがするんだ。それを特殊な方法で抽出したものだ」

「な、なんと! スライムですと?!」

「ああ、なかなか意表をつく、素敵な香りだろ?」

「いや、まったく――ケンイチ様には驚かされてばかりでございます」

「いやいや、俺だってサンバクの作る料理には驚いているよ」

「それで、この香料はすぐに使えるのでございますか?」

「いや――俺とアキラとで、毒性の試験をしてからだな」

 スライムの肉と一緒で、遅効性の毒だったりすると困るし。

 サンバクはこの甘い香料に興味津々。彼ならきっと素晴らしいお菓子などに昇華してくれるだろう。


 スライムといえば――アキラと一緒にそれを食べたが、まったく身体に異常はない。

 このまま食べる量を増やしてみることにしよう。


 ――そして夕方。

 皆で夕飯を食べて、明日の予定を告げる。

 今日の料理は、サンバクが作ったカレー。

 この世界の高価な香辛料ではなくて、俺がシャングリ・ラで買ったものを使って作ってもらった。

 スパイスから作っているので、すごく鮮烈な香りがする。

 いつも食べているカレーとは一味違う。

 まぁ、家庭料理のカレーは、あれはあれでホッとする味なんだけどね。


「明日、ちょっとでかけるからな」

 アキラを除く女性陣たちが、顔を見合わせている。

 代表としてリリスが口を開いた。


「どのぐらいで帰ってくるつもりじゃ?」

「まぁ、なにもなかったら明日中には帰ってくる」

「それで――最終的には海まで向かうのかぇ?」

 アマランサスがカレーを食べながら、しょんぼりしている。

 連れていってくれないので、すねているらしい。


「それも考えてはいるが、明日は目的を果たしたらすぐに帰ってくるつもりだ」

 一緒に飯を食っているアキラが質問してきた。


「けど、ケンイチ。運河といっても、あの水路じゃ小さいボートしか通れないぜ?」

「アニス川を運河として使えるようなら、将来的には川に港を作って、大型船も建造するつもりだが」

「そりゃまた大掛かりな公共事業になるなぁ……」

「領の発展のためには、次々と民の仕事を絶やさないようにしないとな」

 本当に実現できるかどうかは別の話だが。


「その前にスライムどもは、どうするのじゃ?」

 リリスが不安そうな顔をしているが、当然だろう。


「そのためにも、生きているスライムを捕まえて、研究してみる必要がある」

 ちょっと離れた場所から獣人たちの嘆きが聞こえる。


「はぁ~俺たちにゃ、理解できねぇよ」「なんか凄いことになってるにゃー」

 本当にできるかどうかは解らんが、一応可能性は調べておかないとな。

 スライムを駆除できる方法があるなら、その方法も研究して損はないし。

 今後、領が広がれば、湿地帯の方向へも生活圏が伸びるかもしれん。

 その時になって慌てるより、いまから研究しておいたほうがいいだろう。


 まぁダリアに行って住宅を持ってきたり、彼の街周辺を治めている、アスクレピオス伯爵に会うって仕事もあるのだが。

 とりあえず勢いで決まってしまったが、やる気が充実している間に片付けてしまったほうがいい。

 好きで仕事をやるのと、後になって切羽詰まって嫌々やるのとでは、気持ちのテンションに大きな違いがあるし。


 飯を食い終わって、明日に備えて早めに休む。

 今日のお相手は――冒険に参加できずにむくれている、ミャレーとニャメナにした。

 崖の上のコンテナハウス。その中のベッドの上に毛皮の彼女たちが寝転がっている。


「ごめんな~一緒につれていけなくて」

 彼女たちの艷やかな毛皮にブラシをかけてやる。

 いつもブラシをかけてやっているので、ピカピカだ。


「ふにゃ~ん。悔しいけど、相手がスライムじゃ俺たちはなにもできねぇ……しぃ!」

 尻尾の付け根の所を入念にマッサージすると、尻尾をピンと伸ばしたニャメナが、ふるふると震えている。


「ケンイチ、そういう気持ちいいなで方をすると、またトラ公が漏らすにゃ」

「いいよ、漏らしても」

「ああ~旦那ぁダメダメぇ」

「にゃーウチは~ケンイチにスリスリするにゃー」

 ミャレーが俺に身体を擦り付けて、喉をゴロゴロと鳴らしている。

 今度は船の上だし、剣も打撃も効かないスライム相手じゃ仕方ない。


「違う場所に行くときは、連れていってやるからな」

「楽しみだにゃー」

「あ~っ!」

 彼女たちの毛皮に埋もれて、夜はふける。


 ------◇◇◇------


 ――スライムを求めて、湿地帯へ向かう朝。

 今日は皆でグラノーラを食べている。

 エルフの村で考えていた、週に一度ほどジャンク食の日を作って、サンバクを休ませてあげようという計画だ。

 彼は休みなどは要らないと言っていたのだが、領主命令で従わせた。

 本当はジャンク食を食べたいだけ――なんて言ったら、彼が落ち込んでしまうかもしれない。

 この手軽に食事ができて美味しいグラノーラは、メイドたちにも好評なのだ。

 メイドたちが朝食に食べていたそれをサンバクも食べてみたらしく、彼の評判もいい。

 まぁ、さすがにグラノーラを自作するとは言わないだろうが――言うかな?


 食事が終わったので、桟橋で出発の準備をアキラとしていると――。

 背の高い三毛子、黒いチビ子、サビ柄太子の獣人3人組がやってきた。


「旦那、また出かけるのかい?」

 彼女たちには、サクラ周辺の警備をしてもらっている。


「ああ、アニス川へ視察だ」

「そういうのは、部下にやらせるんじゃねぇのかい?」「普通はそうだな」「そうですよ~」

「俺は自分でやるんだよ。この目で見ないと、正確な判断がくだせないだろ?」

「旦那は、貴族だっていうのに変わってるねぇ」「全くだ」「私もそう思いますけど、そんなことを言うのは駄目ですよ?」

「まぁ、変わっていると言われるのは慣れているからな」

 そこに、森のほうからベルがやってきた。


「ベル、留守番頼むぜ?」

「にゃー」

 彼女が桟橋に座っている。


「にゃー」

「え? もしかして、一緒に行くのかい?」

「にゃー」

 まぁ、森猫1匹ぐらいの余裕はあると思うが……。

 3人組は仕事に戻ったので、アキラと準備を続ける。


「アキラ、レイランさんには連絡したのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 レイランさんは、マロウ商会の援助を受けて、アストランティアに店を構えた。

 おおっぴらには営業していない、魔導を扱う完全な趣味の店らしいが。

 商人の元女房であるアンネローゼはマロウ商会で働き、獣人のミャアと女騎士のクレメンティーナは、マロウ商会の護衛の仕事をしている。


「遊んでばかりで、レイランさんはなにも言わないのか?」

「ケンイチは仕事だって言ってただろ?」

「そうそう、仕事だよ。もちろん」

「それに、逆だよ逆!」

「逆?」

「そう! 散々お世話になったのだから、しっかりと付き合って恩を返してきなさい! って言われている」

「それじゃ公認のわけだ」

「ははは、まぁな。俺のセンセからしてみれば、ここにいれば俺が女遊びもしないから安心なんだろ?」

 アキラが、大口を開けてゲラゲラ笑っていたのだが、俺の一言で勢いがなくなった。


「エルフ遊びはするのにか?」

「まぁ、それはなんだ……ゴニョゴニョ」

「俺はなにも言わないから安心しろ」

「――といってもな、エルフ限定なんだけどなぁ」

「そうなのか? 奴らは男でも美人だからなぁ」

「そうなんだよ……」

 アキラがしみじみ言う。どうやら、アキラのこの趣味はエルフ限定のものらしい。


「アキラは、元世界でも世界中を旅していたって話じゃん? それでゴニョゴニョの結果、目覚めてしまったのかと思ったよ」

「ああ、たしかになぁ中東あたりはマジで多いぜ?」

「そうなのか? アキラも中東にいたときは、髭を生やしていたのか?」

「もちろん。そうしないと男だと認めてもらえないからな。ははは」

 レイランさんには、森の中にエルフがいたことを話していないらしい。


「ここにエルフが来ているし、いずれはバレるだろうけどな」

 準備が終わると、リリスとアマランサスがメイドたちを引き連れてやってきた。


「ケンイチいくのかぇ?」

「ああ――まぁ、スライムを捕まえたら、すぐに帰ってくるよ」

「まったくのう、酔狂が過ぎるぞぇ?」

「そんなことはないぞ? これにハマダ領の命運がかかっているかもしれんし」

「そんなものかの」

「聖騎士様ぁ」

 アマランサスは泣きそうな顔をしているので抱き寄せる。


「別に今生の別れじゃないんだぞ?」

「しかし……」

「ケンイチ様、お昼のお弁当を作りました」

「ありがとう」

 マイレンから弁当をもらった。もちろん、アキラとアネモネの分もあるので、アイテムBOXに入れる。


「ケンイチ!」

 遅れて、青いローブを着て肩に鞄をかけたアネモネがやって来た。


「遅かったな」

「セテラに捕まってた」

「変なことされなかったか?」

「大丈夫! あの人、いい人だよ」

 人じゃなくて、エルフだけどな。


「本当か?」

「うん! 言葉を教える代わりに、魔法も教えてもらっているし」

 ああ、そうなのか。ちゃんとギブアンドテイクしているわけね。

 中々、強かなアネモネの成長ぷりに親代わりの俺としても心強い。

 彼女は桟橋の所にいるベルに気がついた。


「あれ? ベルも行くの?」

「ああ、なんだかお母さんも行きたいようなんだよ。連れていってもいいだろ?」

「うん」

「にゃー」

 船の上に載せられたサッシを開けて中に入る。

 アルミサッシの枠は固定されているが、中は動くようになっている。

 天井は三角屋根になっているが、上もスライドして開く――とはいえ中はすでに暑い。

 見た目は、そのまんま温室だからな。


「あちー!」

「あつーい!」

 思わず、天井と横のサッシを開ける。


「ケンイチ、これ大丈夫か? 俺たち茹だらないだろうな?」

「上と横を開ければ大丈夫だろう? アネモネの冷却(リフリジレイション)の魔法もあるし」

「うん! 多分、大丈夫!」

 温室から顔を出して、岸にいる家族に別れを告げる。


「それじゃ行ってくるぞ~!」

「気をつけるのじゃぞ!」

「「「いってらっしゃいませ、ご主人様!」」」

 ちょっと離れた場所で、ミャレーとニャメナも手を振っている。


 アキラが船外機を始動させると、船はいつもより重そうにゆっくりと桟橋を離れた。


「いつもの半分のスピードって感じか?」

「そんな感じだな」

 アキラが、操舵の感触を確かめている。

 あまり急な操舵は無理らしい。


「それじゃ、エルフの村まで普通に行って、あそこで温室をセットすればよかったか……?」

「ははは、そうかもな。まぁ後のカーニバルってやつよ」

「今更ジタバタしても仕方ない。このままゆっくりと行くとするか」

「そうだな」

「にゃー」

 暑いのは上だけで、ベルが寝ている船底は涼しいのか?

 船底を触るとひんやりと冷たい。


 ガラスの温室を載せた珍妙な船は、広大な湖の上をゆっくりと進み始めた。

 


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