179話 ガラスの城
ドワーフたちが住み始めた洞窟で、ラムの生産の研究がされている。
味はいまいちのようだが、強い酒が好きな者にとっては、この世界にこれ以上強いものは存在していない。
サクラ以外では生産できないそれは、十分な付加価値がある。
現状、サトウキビの生産はわずかなのでラムの生産も少量で、ドワーフたちで自家消費されている。
サトウキビの作付面積がアップすれば、ドワーフたちも飲みきれないだけの酒が醸造されることになるだろう。
ドワーフたちが酒造りに熱中しているため、高炉の建設は途中で止まっている。
工事は止まったままだが、鉄鉱石やその他の鉱物資源などは崖に沿って調査が行われており、試掘もされているようだ。
彼らはチームを組んで、数十kmに渡って露出している崖を調査している。
崖はアニス川が流れている湿地帯まで繋がっており、それ以上は調査できないらしい。
鉱物資源が見つかり鉱山ができれば、領に産業もできるわけだし、彼らに協力は惜しまないつもりだ。
ドワーフたちに調査を任せ、俺はなにをやっているのかといえば――アキラと一緒に趣味に走って色々とやっている。
アキラと2人で崖の上にコンテナハウスを置き秘密の研究所として、あれこれとバカなことをやって遊んでいるのだ。
最初にやり始めたのは、スライムの研究。
下でやると獣人たちがうるさいので、ここは丁度いい。
コンテナハウスの中にはベッドがあるのだが、そこには俺の行動に理解があるアネモネが寝転がってタブレットを読んでいる。
鉄の箱の前では俺とアキラが、スライムを切った張ったして、あーでもないこーでもない―― 一緒についてきたベルは、崖の上を探検している。
「切っても死なないってことは群体なんだろ?」
俺は、包丁でスライムをカットし始めた。
解剖して構造を調べるためだが、なにか弱点をつかめるかもしれない。
「そうだな――多分、そうだと思う。バラバラになってもすぐに集まって、身体を作り出すからな」
アキラは帝国でスライムと戦った経験があるので、知識が豊富だ。
スライムはバラバラになるが、ある一定の大きさよりは小さくならない。
それより更に小さいのは、幼生らしいが――成体は大人になるまで、幼生を身体に取り込んで生育に必要なための栄養を渡しているらしい。
「つまり幼生は成体に寄生しているわけか……」
「ああ」
「でも細かく分裂している間に、燃やしたりすれば、ダメージは通りそうだな」
「合体しないうちに、上手くまとめて燃やせればいいけどな」
「う~ん」
スライムは透明だったが、死んでいる今は青緑っぽい色をしている。
こう見ると玩具のスライムっぽいが、こいつはれっきとした生き物。
この世界に、はびこり繁殖を繰り返しているが、そのためには水が淀んだ湿地が必要らしい。
流れが速い川にはいないという。
「これは俺の推測なんだが――」
アキラがスライムの生態に対する見解を示す。
「やつらは温度に敏感らしい」
「水温か?」
彼によれば――水の冷たい場所にはおらず、水が淀んでいて水温が高い場所が好みらしい。
水温の低い場所では、極端にスピードが落ちるという。
王都を過ぎたアニス川は、平地に入ると大蛇のようにうねうねと大地を這い回り、大湿地を作り出している。
まさに、そこがスライムの生育に適した場所ってことになるわけだ。
エルフの村を襲ったスライムたちは、湿地帯から紛れ込んできたものと思われる。
湿地帯に比べて湖や川の水温が低いので、あれ以上はスライムが遡上してくる心配はないというのが、アキラの考えだ。
スライムが低温に弱いというなら、穴に冷たい水を入れたトラップも作れるかもしれない。
動いているスライムに冷却の魔法をかけるのは難しい。魔法は発動するまでにタイムラグがあり、一旦発動すると場所を移動できないからだ。
冷却や乾燥の魔法などは、止まっている目標にしか使えない。
このように制御の難しい魔法だが――事前に冷たい水や氷を用意したり、パサパサに乾燥させた土などをトラップに利用することは可能だろう。
攻撃に転用するならゴーレム魔法を使えばいいが、事前に準備が必須ですぐには使えない。
アキラと一緒に、餅のようになっているスライムを解剖する。
群体のはずなのに、分化して組織ができ上がっているのだ。
縁には獲物の動きを止めるための毒を持った刺胞ができて、内側には獲物を消化する器官ができる。
消化吸収された栄養は他の組織を構成している個体にも送られて、共存共栄。
群生なのに、まるで一つの生き物のように行動する。
「最初はただ集まっただけなんだが、しばらくすると、それぞれの組織へ分化が進むんだ」
「群体なのに組織ができるのも凄いな」
「俺たちの身体でたとえると――手や脚や目玉などが、それぞれ別の生き物で構成された集合体のようなもんだ」
「手や脚を切っても、別の個体がくっついて、すぐに元通りになると――」
「そうだな、そんな感じ」
想像すると、気色悪さに俺の肌が粟立つ。
「そう考えると、かなりキモいな。スライムが嫌われるのが解る気がする……」
とくにエルフたちは嫌っているな。
サクラにやってきたエルフのセテラも、ここには近づかない。
「ははは、だろ?」
なにはともあれ、食ってみることにする。アイテムBOXから料理器具を出して準備。
小刻みにしたものをフライパンの上に載せて、水を入れる。
「とりあえず煮てみよう」
「毒があったら、お湯に溶け出すって寸法だな」
「そうだ」
煮こぼしたほうがいいだろうが、まぁ少量なので平気だろう。
一口で人が死ぬような猛毒だったら終了だろうが、俺たちには祝福がある。
そう簡単には死なないはずだ――多分。
熱を通すと身体を構成しているタンパク質が変質したのだろうか、少々固くなった。
煮えたので、アキラと一緒に少量口に入れてみる。
「歯ごたえある、グミみたいだな。嫌なにおいもしない」
俺の感想にアキラがうなずいている。
「味はしないな――クラゲに近いんじゃね?」
「そうだな、クラゲだと思えば、そんなに違和感はない……甘くしても合いそうな感じ」
今度は、欠片をコンロで焼いてみる。
なんだか甘そうなにおいが漂うが、電撃ショックをしたときにも、こんなにおいがしていた。
「やっぱり、焼いたりすると甘そうなにおいがするな」
「実際は甘くないけどな。香料のバニラも甘そうなにおいがするけど、口に入れたらウェッてなるが」
焼いてから、アルコールなどに漬ければ、香料が取れるかもしれない。
面白そうなので、それをやってみる。
スライムを大量に刻み、網で焼いていると、鼻をひくひくさせながらミャレーがやってきた。
「なんのにおいにゃ?」
「ミャレー、スライムをいじるから来るなと言ったのに」
「あんなのを聞くのはトラ公だけだにゃ。そんなことを気にしてたら、ケンイチと付き合えないにゃ」
ミャレーがスライムを覗き込む。
「ほら、甘いにおいがするだろ? これを取れないかと思ってな?」
「においを取るにゃ?」
「ああ、香水とかもそうやって作るんだぞ?」
「にゃー、さすがケンイチは賢者だにゃー」
ミャレーのアゴの辺りをなでてやると、ゴロゴロという大きな音が聞こえてくる。
彼女は目を細めていて、気持ちよさそうだ。
シャングリ・ラからエタノールを買って、焼いたスライムを漬け込む。
においの元が、アルコールに溶け出す成分なら、これで回収できる。
アイテムBOXに入れると時間が止まってしまうので、しばらくこのまま浸け込んでおく。
「ケンイチ、それを蒸留するのか?」
「いや、液体を分ける魔道具があるから、それで成分が取り出せるんじゃなかろうか?」
まぁ上手くいかなかったら、蒸留だな。
「ケンイチ、スライムをバラして、なにか解るにゃ?」
「そうだな色々と解ったぞ。バラバラになっても死なない構造とかな」
「しかし、もっと簡単に仕留められないもんかねぇ」
アキラの言うことももっともだ。
水際だと、水と同化してて本当に解らないからな。
「戦わずというと――毒か?」
「毒ねぇ――帝国でもスライムに毒をかけたとかそんな話は聞いたことがねぇなぁ……」
「そのためにも、生きたサンプルが欲しいなぁ」
「それじゃ――行くか?!」
俺のつぶやきにアキラが反応した。
「行くって、スライムのところにか?」
「生きているのを捕まえるとなれば、それっきゃないだろ?」
「スライムが大量にいる場所へ向かうとなると――それなりの準備が必要だぞ?」
「どうする? 戦艦でも作るのか?」
「鉄で船を作れれば最高だが、そんな時間も建造する技術もない」
「ケンイチの魔法で作れるもので、それっぽいのを作れないか?」
「う~ん。こんなことになるなら、スライムを生かしておけばよかったか……」
「まぁ、あの場合は余裕もなかったし、後からあーすればよかった、こーすればよかったってのは、よくあることだ。しゃーない」
彼の言うとおりだ――シャングリ・ラを検索してみる。
コンテナハウスがそのまま船に乗れば一番簡単なんだが……。
俺の目にアルミサッシが止まった。
木枠を組んで、アルミサッシで周囲を囲んでみるか……それなら視界もいいしな。
スライムの消化液で、アルミやガラスが溶けないのは、経験済みだ。
アイテムBOXからスケッチブックを出して、アキラに計画案を見せる。
「アルミサッシか……確かに、これなら作れそうだな」
「ただ、ほぼガラスの温室なので、暑いと思うが……」
「まぁ、なにごともなってみなくちゃ解らんし」
アキラの言うとおりだな。
駄目なら改良点を見つけて、根本的に間違っているのであれば、他の方法を考えればいい。
「ケンイチ、また行くにゃ?!」
「今回は、俺とアキラとで行く。ちょっと危なそうだからな」
「そうだにゃ……」
「相手がスライムじゃ、獣人たちは分が悪いだろ?」
「にゃー」
ミャレーの尻尾が垂れ下がり、テンションが落ちる。
「まぁ、他に出かけるときには、頼むよ」
俺たちの話を聞いていたのだろう。
コンテナハウスから、アネモネが出てきた。
「冒険でしょ?! 私も行く!」
「いや、今回は危ないから、君はサクラで待ってなさい」
「いや! 絶対に行くから!」
「まぁ、ケンイチ待て待て。魔導師は1人いたほうが便利だぞ?」
「しかし、今回は危険が危ないぞ?」
「頭痛が痛くなるかもしれん」
「骨折して骨が折れる場合もある」
俺とアキラのくだらない冗談にも、アネモネは誤魔化されない。
「冒険は危ないのが当たり前だし! ぜ~ったいに行くから!」
今回は、船にガラスの温室を載せるようなもんだからな。
かなり狭くなるだろうし、重量もマシマシだ。3人乗るので精一杯だろう。
「アキラ、酒造りのほうは?」
「ドワーフたちに、教えることは教えちまったからな。酒造りに関しちゃ、奴らのほうが云百年先輩だし」
「そうなんだよなぁ。ドワーフとかエルフとか、俺たちの想像を遥かに超えているよな」
「何百年も生きるってどういう感じなんだろうなぁ?」
「祝福で寿命が延びるとかないのか?」
「解らん」
「王国でも、過去に祝福を受けた者は、幸せに暮らしました――とさ! って感じでしか伝わってないみたいだし」
「時間がたってみないと、誰も解らんか……」
早速、コンテナハウスを収納して、アキラと2人で崖下に降りる。
俺が作った単管の足場は、石工たちが使っている。
作業をしている石工たちに声をかける。
「調子はどうだ?」
「これは領主様! この櫓があるおかげで、石のいいところを切り出せますので、作業がはかどっております」
「移動したいときは、言ってくれ。仕事の合間に動かしてやるから」
「ありがとうございます。領主様自ら、お手をかしていただけるとは、他領では考えられぬことで……」
他の領だと、役人がふんぞり返って、あれこれできもしない指図をしてくるだけらしい。
それですめばいいが、賄賂まで要求してくるのだから、始末に負えない。
領のために働いている者の足を引っ張ってどうしようというのか。
ここでは、そんなことがないようにしないとな。
人の振り見て我が振り直せってやつだ。
アキラと湖の畔に到着すると、早速工作を始める。
アネモネとミャレーも一緒についてきたので、湖畔にコンテナハウスを出す。
「このコンテナは便利だよなぁ」
アキラがコンテナハウスを眺めている。
「そうなんだ。前は自分で作った小屋を使っていたんだけどな」
スライムを食った影響は、今のところなにもない。
アキラにも確認してみたが、大丈夫。明日、もう少し量を増やして食べてみるつもりだ。
相手は未知の食材だ、慌てるとろくなことないからな。
たとえばキノコの類いだと、大丈夫だと思ってもアルコールと一緒だと当たったりとか――そういうことがあるので、注意するに越したことはない。
「しかし、ケンイチは遊んでていいのか?」
「いやぁ――これも立派な仕事だし。大湿地がどんなことになっているのか、調べる必要があるし」
スライムを駆除できれば、運河としても航路が開けるかもしれない。
そうなればハマダ領への利益も大きい。
「はは、そういうことにしておいてやるよ」
「してくれなくても、これは仕事だぞ?」
アキラと一緒に船の寸法を計ると、地面に降りてシャングリ・ラから買ったサッシを出す。
「このアルミサッシで、船を囲むのか?」
「そうだ。ガラスなら見晴らしもいいし、いい考えだろ?」
船の大きさと合わせて、サッシの寸法も測ると、設計図を描く。
そこにエルフのセテラがやってきた。
「スライムをいじってたんじゃなかったの?」
「そのスライムを捕まえるために、湿原へ突撃しようかと思ってな」
「ええ~っ?」
露骨に嫌な顔をしたエルフに、頭がおかしいと面と向かって言われる。
「ははは、ひでぇな」
アキラが笑っているが、まったくだ。
エルフは呆れて、自分の部屋に戻ってしまった。
作業の続きを開始して木材で枠組みを作る。木材もシャングリ・ラで購入したもの。
規格が統一されているので、計算がしやすい。
とりあえず地面の上で作業をするが――土の上で工作が完了してからアイテムBOXに入れ、それを船の上に出せばいいのだ。
本来なら多数の作業員が必要な作業も、俺とアキラ2人で作業が可能。
これぞアイテムBOXのチートパワー。
木枠の固定には、シャングリ・ラで購入した金具を使いネジ留めする。
高い所の作業にはアルミの脚立を出した。
この金具――本来は小屋などを作るときに使用するものらしい。この木枠にアルミサッシを固定するわけだ。
作っているものが完成すれば、見た目は完全にガラスの温室だろう。
絶対に中は灼熱になるはずだが、サッシは開けることができるので換気は可能。
――とはいうものの、こういうのは机上であれこれ言っても仕方ない。
まずは実際に運用してみて、改善点を見つけないことには、全く物事が進まない。
アキラも工作機械は使えるので、作業は問題なし。
こんなことに大工を巻き込んでは彼らに申し訳ないので、この仕事は頼まない。
大工たちには、住民たちの家を作ってもらわないとな。
俺たちが変なことをやりはじめたのを、住民たちにジロジロと見られていたのだが――その噂があっという間にサクラ中に伝わる。
みんな噂好きなので、そういう話にすぐに飛びつくのだ。
それを聞いた大工の親方が飛んできた。
「領主様! そのような仕事、我々がやりますのに!」
「いやいや、お前たちには住民の家を作ってもらわないとな。こいつは俺とアキラの趣味みたいなもんなので、お前たちが心配する必要はない」
「ケンイチ、今趣味って言ったぞ」
「たとえだよ、もののたとえ。これが領主の仕事だっていうのは、譲るつもりはないぞ?」
「ははは、解ってる」
「領主様の仕事であれば、なおさら――」
大工の話を途中で遮る。
「いや、大工たちは住民の住宅の建設に、全力を投入してくれ」
「し、承知いたしました」
親方が作業に戻っていった。ちょっとがっかりしていたようだが、こんなことにつき合わせちゃ悪いし。
あとで酒でも持っていってやろう。
そんな話をしている間に木枠は完成した。
電動工具があれば、こんなものはチョチョイのパッパよ。
「それで? ケンイチ、これにどうやってアルミサッシを固定するんだ」
「ふふふ、実はそれはすでに考えてある」
俺はシャングリ・ラで買ったものを、アキラに見せた。
「ダクトテープ!(大山○ぶ代の声で)」
「アメリカ人かよ!」
日本で普通に売っているガムテープとは違う、この灰色のテープは超強力だ。
アメリカ人は、なんの修理でもこのダクトテープを使う。
それはもはや一種の宗教と言ってもいいぐらい。
「ふふふ、ツッコミサンキュー。でもウケ狙いじゃなくてマジだぞ」
「まぁ今回だけ使えればいいと割り切れば、これでもなんとかなるか……」
「ダクトテープはアメリカ、割り切りのよさはロシアを真似してみました」
「いいとこ取りと言いたいんだろうが、本当に上手くいくか?」
「まぁ駄目だったら、すぐに帰ってくればいい。別な手を考えて、ちゃんとしたものを作るとなると時間もかかる」
「こんなアホなことに、手間暇をかけるのも無駄ってもんか……」
「アホって言うなよ」
試しにサッシをダクトテープで固定してみたが、かなりの強度がある。
揺らしても引っ張っても大丈夫だ。むしろ木枠が壊れるぐらい。
「木枠の強度が足りねぇんじゃね?」
アキラが木枠をペシペシと叩いている。
「ぐるりとサッシが囲めば、それ自体もフレームになるから大丈夫だと思う」
「かなり重量があるから、喫水が下がりそうだな……重心が高くなると転覆の可能性もある」
アキラが腕を組み、サッシと船を見比べて、唸る。
彼は船舶免許を持っているので色々と船に詳しい。
「まぁ俺とアキラとアネモネで、中はいっぱいだろうな。でも川だから波もないし」
「スライムと格闘するんだろ? 天井にスライムが沢山乗ったりすれば、ひっくり返るかもしれん」
スライムは水分が多いので、意外と重い。
「天井はサッシで三角形の屋根にするつもりだから……」
「それなら、簡単には乗られないか」
あとはスライムを入れる冷凍庫を設置しなければ。
今回は生け捕りが目的なので、アイテムBOXには入れられない。
木枠はすぐに完成したのだが、サッシの取付には少々時間がかかり、1日では終わらなかった。
それに船外機の所は、実際に温室を船に載せてから、それに合わせて工作をする必要がある。
夕方になり暗くなってしまったので作業は中断。夕飯を食うことにした。
以前は、飯の準備やらで忙しかったのだが、サンバクとメイドたちがいてくれるおかげで、俺の時間も増えた。
俺の飯が食いたいらしいアネモネには不評なのだが、サンバクの料理は美味しいという。
家に向かう途中でアネモネと話しながら、住民たちにも挨拶をする。
皆の顔が明るく、子どもたちははしゃぎまわっている。とりあえず領の経営が上手くいっている証拠だ。
「サンバクの料理だって、美味しいんだからいいだろ?」
「私は、ケンイチの料理が食べたいの!」
「彼の料理は、多分俺のより美味いぞ?」
「違う~!」
まぁ味はともかく――俺に作ってもらって、自分でもパンを焼いたりしたいのだろう。
彼女の気持ちも解らんでもない。
家の前で、皆でテーブルに集まり、飯を食う。
今日はプリムラがいないので、彼女の護衛であるニャレサもいない。
空の下での食事にもすっかりと慣れてしまったので、これが普通になってしまっている。
今更、屋敷で食事なんて――と思ってしまうのだが、客も訪れるからな。
それなりの施設は必要なのは解る。
今日は、鳥肉のスープと、焼き物。
エルフは食事の作法やら食習慣が違うので、自室で食事を取っている。
今日は鳥肉料理なので彼女も俺たちと同じメニューを食べているが、肉料理のときは自分で食事を用意してもらう。
鳥肉は、ベルや獣人たちが獲ってきた獲物。見たこともない食材にサンバクも試行錯誤しているのが解る。
でも美味い。俺が提供している元世界の調味料も巧みに使いこなす。
さすがだ。
テーブルの下にいるベルにも焼き鳥をあげる。
「アキラ、身体に変化ないな?」
「ああ、平気だな」
彼は、俺が渡したビールを喉を鳴らして飲んでいる。
「なんじゃ? ケンイチ、またそなたらは悪巧みかぇ?」
「リリス、聞かないほうがいいぞ」
「ケンイチたちは、スライムを食ってたにゃ」
ミャレーの言葉に、ニャメナが反応した。
「止めろクロ助! 飯を食っているときに!」
ニャメナは拒否反応を示しているが、他の家族は――ああまたか――みたいな顔をしている。
「ケンイチ様――それは、どのような味なのでございますか?」
俺の話に興味を示したサンバクがやってきた。
「歯ごたえがよく、味もなく癖もない。味付けしだいで、どんな料理にも合いそうだったな」
「ほう――」
彼がアゴに手をやり、なにか考え始めた。多分、料理の献立を考えているのだろう。
偏見などには拘らず美味いものを追求する。本物の料理人だ。
そうでなければ、こんな辺境で魔物の肉を調理するなんて仕事にはつかない。
「多分、甘くすれば、デザートにもなるかもしれない」
「なんと、あのような魔物に無限の可能性が……」
「料理や食材ってのは奥が深いよな」
「まことに……」
「まだ解らんぞ。遅効性の毒かもしれんし。しばらくは、実験をアキラと続けるつもりだ」
元世界で、食うと死んでしまうフグを食えるようにした先人に比べたら、どうってことはない。
寄生虫の心配もあるが、アイテムBOXにいれれば、生きとし生けるものすべてが死ぬ。
究極の殺菌だ。
「あの――聖騎士さま?」
アマランサスがちょっと上目づかいで俺を見てくる。
次の俺たちの冒険に、彼女も参加したいのだろう。
「悪い、アマランサス。船に載せるガラスの鎧が重すぎてな。今回は3人しか乗れない」
「そうでございますか……」
アマランサスが、俺の言葉にしょんぼりしている。
彼女の剣技は素晴らしいが、スライムには通用しないからな。
魔法を使えるアネモネのほうが戦力になるだろう。
それには船に載せるガラスの城を早く完成させないとな。
大湿地というスライムの楽園が、どんな感じの世界なのか今から楽しみだ。
いや、化け物の里が楽しみだなんて、俺も相当にこの世界に毒されてきているな。
俺は心の中で苦笑いをした。