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178話 移築


 アキラとドワーフたちは、早速サトウキビの絞りカスでラムの醸造の研究を行なっている。

 ドワーフたちは、火酒というリキュールを造っているので、醸造の技術と知識はある。

 ないのは、蒸留に関するものだけだ。

 魔法があれば、蒸留器を一定温度に保つのは容易いようで、すぐに蒸留のコツを掴んだようだ。

 蒸留ができたといっても、アルコールの度数が上がるだけで、イコール美味い酒というわけではない。

 美味い酒を作るのには、長年の経験と勘が必要になるのだが、長寿の彼らにはそれがたっぷりとある。

 すぐにできなくても、いずれは可能になるだろう。


「ははは!」「ガハハハ!」

 アキラとドワーフのドーカンが、ステンレス製のカップで、できたての酒を飲んでいる。

 場所は、ドワーフたちが住処に選んだ、洞窟のホールだ。

 まず目に飛び込んでくるのは、建設中の高炉。

 高炉の建設には耐火レンガなどが必要になると思うのだが、ドワーフたちは自分たちでそれを造っているようだ。

 これも彼らが持っている秘伝の一つなのだろう。


 そして、洞窟の隅に建設された丸太造りの醸造所。

 ログハウス風の建物の中に、巨大な桶のような発酵槽が鎮座している。

 俺がシャングリ・ラで購入した、銅製のアランビックと、ステンレス製の蒸留器が並び――彼らがコピーした銅製の蒸留器も一緒にある。

 中には酒のにおいが立ち込めていて、飲まない人の俺は、ここにいるだけで酔っ払いそうだ。


「アキラ、味はどうなんだ?」

「はは、なんというか、強いアルコールだな」

「酔っ払うには最高?」

「まぁ、そんな感じ」

 ドーカンやドワーフたちが、カップで酒をあおっている。


「ガハハ! まったく強くていい酒だ!」「こういう錬金術で酒精が強くなるとは、たまげたな」「まったくだ!」

 彼らによると、この手の化学も錬金術になるらしい。


「ドーカン、新しい蒸留器は、全部銅製なのか?」

「たしかに銅製だが、内側にはスズが張ってある」

「へぇ……日本にある銅製の鍋なんかと同じだな」

 彼らに技術を開発してもらい、領に卸してもらう。

 もちろん、機材なども作ってもらうのが前提だ。

 美味い酒はともかく、ただ酔えればいいって酒なら、すぐにでもできそう。

 この世界の巷で出回っている酒は、酷いものが多い。

 とりあえず一般庶民は、安くて酔えればなんでもいいのだ。


 領の経営を考えるならば、あまり安いものを作っても仕方ない。

 ある程度、高く売れるものを作らねば……。

 彼らに追加で渡すものがあったので、アイテムBOXから取り出す。


「ドワーフたちにお土産を持ってきた」

 俺が取り出したのは、シャングリ・ラで購入した、小型旋盤とフライス盤。

 工業用のバカでかい代物ではないが、個人で使う分には十分に使える。


「こ、これは旋盤だな?」「しかし、こんな精密な旋盤は見たことがねぇぞ?」

 ドワーフたちは、旋盤とフライス盤を食い入るように見ている。


「ああ、旋盤はドワーフたちも知っているのか」

「もちろんだぜ。木工でも使うしな」

 こんなに高度なものではなくて、もっと原始的なものらしいが。

 旋盤は知っていたが、フライス盤は初めて見たらしい。

 アイテムBOXから発電機を出してつなぎ、デモンストレーションを行う。

 鉄がみるみる削れると、ドワーフたちから驚きの声が上がる。


「本当は、旋盤を動かすために、このような別の魔道具がいるのだが、それなしで動くように改造すれば、ドワーフたちでもこいつが使える」

「ははぁ、なるほど。要は、人力でも水車でも、なんでもいいから動くようにすれば、このすげぇ旋盤が使えるってわけだ」

「そういうことになる」

「しかし、こんなすげぇものをもらって、俺たちには対価が……」

「そうですぜ。あんなすげぇ蒸留釜までもらっちまってるのに……」

「ドワーフたちが、いい酒造りに成功すれば、その技術と知識を領に卸してもらうんだから。それが対価になる」

「本当に、それだけでいいんですかい?」

「ああ、もちろん。それが、この領のためになるんだ」

 カールドンが俺の知識を利用したものを作ったりしているから、もっと高度な加工技術が必要になってきている。

 そのためにも、工作技術の底上げは必要だ。


「レベルの高いドワーフたちのレベルを更にあげようって腹だな」

 アキラの言葉に俺はうなずいた。


「この世界に、彼らほどの技術と知識をもった種族は、他にいないからな」

「そうだな。ゼロから職人を育てるのも大変だ」

 ドワーフたちにアルミも渡す。

 この世界でのアルミは、魔法の触媒に使えるので、かなり効率をあげることができるだろう。


「領主様、この金属は?」「こんなの見たことがねぇ」「ああ」

「こいつは、魔法の触媒に使える。大変危険なので、限られた人物にしか渡してないが、おまえたちなら大丈夫だろう」

「触媒ですかい?」

 ドーカンが魔法を使うと、まばゆい光が溢れる。


「なんじゃこりゃ!」「魔法の触媒!?」「こりゃたまげた!」

「悪用しないでくれよ」

「とんでもねぇ、領主様が俺たちを信用してくださって、こんなすげぇもんをくれたっていうのに、そいつを悪事に使ったとあっちゃ、ドワーフの名折れ」

「まぁ、管理をよろしく頼むよ」

「任しといてくれ」

 とりあえず、ドワーフたちの住処での仕事は終わった。

 次だ。


 俺はラ○クルに乗ると――仕事でアストランティアへ向かった。

 近くにいたニャメナだけを車に乗せて、彼女に護衛をしてもらう。他に同行者はいない。

 話をすると、ついて来たがる子ばかりなのだが、毎回ぞろぞろと引き連れて歩いていられないしな。


 俺のアストランティアでの仕事――サクラでの住宅不足を解消するために、裏ワザを使う。

 その方法は簡単。10m×10mの普通の住宅なら、俺のアイテムBOXへ入れられるので、そいつを使って建物を移築するのだ。

 デカい容量のアイテムBOXを持つ俺だからこそできる、チートだ。

 建物の選定や、買取の交渉はマロウ商会にまかせてある。

 なんでもかんでも俺がやっていては、仕事が進まない。

 マロウ商会という優秀なサポートがいるのだから、これを使わない手はない。


 多少ボロい住宅でも、大工にリフォームしてもらえばいい。

 ゼロから新築するよりは格段に早い。

 マロウ商会にラ○クルで向かうと、プリムラが移築する建物に案内してくれた。

 プリムラの護衛であるニャレサも一緒だ。


 同様の買付は隣街のダリアでも行われており、これによって30軒ほどの住宅が移築できることになる。

 このため、ダリアにも行ってこなければならなくなった。

 仕事でダリアまで脚を延ばしたなら、その地を治めている、アスクレピオス伯爵にも挨拶せねばなるまい。

 ふう――まるで政治家だなって、すでに政治家なんだけどな。


 街の中を車で進むと、前よりスカートの短い女性が目立つ。

 この世界のデフォルトは足首が隠れるぐらいのロングスカートなのだが、脛やふくらはぎが露出している。


「あの短いスカートは、カナンが流行らせているものなのか」

「そうです。抵抗がある人もいらっしゃるのですが、着実に増えてきてますね」

「やっぱり影響力はあるかい?」

「はい、足下が露出するということは、靴にも気を使うことになりますから、靴の種類も増えるでしょう。実際にそういう問い合わせもいただいております」

 これがアストランティアで終わるのか、それとも他の都市にも波及するのかは、見てのお楽しみ――と言いたいところだが、すでに他の都市にも輸出して好評らしい。

 そうなると、王侯貴族のご婦人たちの生脚を見られる日もそう遠くはないってことか……。


 俺がラ○クルでやってきたのは、古い民家。

 4人で車を降りて、家の前に立つ。


「ここか……」

「はい」

「ボロボロだぜ?」

 ニャメナの言うとおり、ボロボロの漆喰の壁と穴の開いた屋根。扉は壊れており、中には何もない。

 当然、住むのには修理が必要だ。


「ケンイチのやることに、間違いはないだろ?」

「ああ? ニャレサ――お前、随分と旦那の肩を持つようになったな」

「べ、べつに……」

 俺の護衛がニャメナなら、プリムラの護衛にはニャレサがついている。

 お互い辺境伯領の重鎮だからな。これじゃ少ないぐらいの護衛だが、あまり大人数だと逆に目立ってしまう。

 それに、よくも悪くもアストランティアには、俺やアキラの噂が広まってしまっている。

 それを知った上で、辺境伯に喧嘩を売るなんてのは、相当な愚か者だ。


「よし、それじゃいくか――収納!」

 普通の住宅もアイテムBOXに収納可能か? ――その実験は事前に済ませてある。

 家がアイテムBOXに収納されると、周りにいた住民から驚きの声が上がる。

 突然、目の前にあった家がなくなるんだ、無関係の人間だって驚いて集まってくるだろう。

 俺たちが買ったのは、上モノの建物だけで、土地は買ってない。

 ――とはいえ、一応の土地の所有権はあるものの、元々はここを治める子爵の土地。

 俺の辺境伯領も、全ての土地は俺のもので、住民たちに土地を貸していることになっている。

 さらに、この国の土地は、全て国王が治める王家の土地ってことになっているから、民間の持ち物でも国から返せ! ――と言われれば、返却しなくてはならない。

 もっとも、そんなことは滅多にないのだが。


「よしプリムラ、次に行こう」

「はい」

「旦那! 旦那のアイテムBOXに、家は何個入るんだい?」

 ニャメナの疑問ももっともだが――。


「さぁな。俺にも解らん。いままで上限にぶち当たったことがないからな」

「はぁ――まったく、とんでもねぇ人だぜ……」

「これって、下手したら、街をまるごと移動したりできるんじゃ……?」

「ニャレサの言うとおりかもしれないが、あまり大きな家は入らないからな」

 たとえば、日本にあった2階建て1戸建て住宅でも一辺が10m以下だったはずだから、普通の住宅なら十分に収納できる。


「さて、次に行こうぜ?」

「旦那、あと何軒あるのさ?」

「あと9つですよ」

 プリムラが、ニャレサの前に両手を出した――指が5本と4本。


「そんなにかい?」

「ははは、まぁ途中でアイテムBOXに入らなくなるかもしれないけどな」

「旦那のアイテムBOXが一杯になるところを見られるかもしれないってわけか」

「そうだな、ニャメナ」

 俺の杞憂、獣人たちの期待を裏切り10軒の住宅は、全てアイテムBOXの中に入った。


「すげぇ! 旦那、すごすぎるぜ!」

「ははは、惚れ直したか?」

「そ、そんなことはないぜ! ずっと俺は惚れてるし……」

 ニャメナが、頭を俺の身体にスリスリしてくる。


「俺はゲテモノばかり食うから、嫌われたと思ってたよ」

「う……あ、あれは正直止めてほしいんだけど……」

 ニャメナが耳を伏せる。


「ははは、だが断る!」

「にゃうーん」

 なぜかニャレサも、俺に頭を擦り付けている。


「おい! ニャレサ! なんで旦那に、におい付けしてるんだよ!」

「いいじゃないか! 少しぐらい!」

「よくねぇ!」

「あ~、これ以上増やすなって言われてるからなぁ……」

「その割には、いつの間にかエルフとか増えてますけど……」

 後ろからプリムラの声が聞こえるのだが、怖くて振り向けない。


「彼女は、エルフ村の大使で、愛人候補とかじゃないよ」

「本当ですか?」

「ああ、ほんとう」

「でも旦那、向こうはやる気満々だったぜ?」

「なんか、エルフってみんなあんな感じみたいなんだよなぁ。それに、あのエルフは女の子のほうが好きみたいだし」

「ああ、それは間違いなさそうだったぜ、お嬢」

「あやしい……」

 黒いプレッシャーを押し付けてくる、プリムラが怖い。


 住宅の収納が済んだので、俺は次の場所へ向かう。

 その場所とは、カナンのアトリエだ。

 最近、サクラにまったく顔を出さないので、心配で見に来た。

 以前は、子爵の屋敷に間借りしていたのだが、そこから独立をしてアトリエを構えたのだ。

 この地を治めていたユーパトリウム子爵も事実上引退して、領の経営は辺境伯領が担っている。

 子爵は、再婚した夫人と仲良く小さな屋敷で暮らし、小説を書いているらしい。

 とても仲良く睦まじい夫婦と聞く。

 すでに、ガリ版によって印刷された本も出版されており好評だ。


 プリムラに案内されて到着したのは、赤い屋根が目立つ石造りの2階建て。普通の家よりちょっと大きめだな。

 商人で裕福な家庭が借りてたものらしい。

 もちろん仲介はマロウ商会で行なったものだ。


「中々立派な家だな」

 サクラにこういう家が建つのはいつになるやら……。

 ここで、プリムラとニャレサを車から降ろす。


「ここから、マロウ商会まではすぐですので、歩いて帰ります」

「悪いなプリムラ」

「仕事もありますので」

「ニャレサ、プリムラを頼むぞ」

「まかせな」

 プリムラとニャレサの後ろ姿を見送る。


「ニャメナ、ちょっと時間がかかるかもしれないが、待っててくれるか?」

「解ったぜ旦那!」

 ニャメナをラ○クルに残して、ドアのノッカーを鳴らす。

 すぐに中から返事が聞こえたが、カナンの声ではない。


「は~い、どなた?」

 顔を出したのは、胸を強調したワンピースを着た、赤髪の女性。

 ちょっと長めの髪を後ろで1本に編んでいる。

 スカートは短く、膝の下まで出ている流行りもの。


「カナンはいるかな? ケンイチが来たと伝えてくれ」

「はぁ? あんた誰? カナン様になんの用?」

「ケンイチだ、彼女に伝えてくれれば解る」

「はぁ~最近、多いのよねぇ。こういう輩が……」

「身辺警護に問題があるなら、マロウ商会に言って、護衛を雇ってもらえ」

「確かに、そういう話があるんだけど? マロウ商会の関係者?」

 押し問答をしていると、奥から聞き覚えがある声が聞こえてきた。

 ドアの向こうは、狭いが2階まで吹き抜けになっており、赤い絨毯が敷かれた奥に階段がある。

 左右に扉があるので、最低でも1階に2部屋、2階にも2部屋で、合計で4つの部屋があるのだろう。


「アセロラ、誰か来たのか?」

「お~い、俺だ! カナン! ケンイチだ!」

「え!? ケンイチ!」

 バタバタと走ってくる音が聞こえてきて、ボサボサの金髪を後ろでまとめたカナンが出てきた。


「よ! 全然顔を出さないから、様子を見に来たぞ?」

「きゃー! こんな格好なのに! 来るなら言ってくれ!」

 カナンのきゃー! は初めて聞いたような気がする……。


「別にいいだろ? 働く女性は素晴らしいな」

「うう……」

 俺とカナンの会話を聞いていた女性が、固まっている。


「あの――カナン様? この方は……?」

「その方は、私のご主人様――ハマダ辺境伯様だ」

「え~っ!? これはご無礼をいたしました!」

 女性が両手を前に揃えてお辞儀をした。

 彼女は、カナンが雇っている女性なのだろう。カナンが礼儀には厳しくしていることがうかがえる。


「はは、まぁどうみても貴族には見えないからな。気にすることはない」

「ありがとうございます」

 アトリエに上がると、カナンが抱きついてきた。


「そんなによれよれになっているなら、帰ってくればいいのに」

「もう忙しくてな」

「よしよし」

 カナンの腰を抱き、金色の頭を撫でる。


「はわわわわぁぁ」

 なんだか、カナンが凄い声をあげて、身体をプルプルさせている。

 彼女の上げる声に、他の部屋からぞろぞろと人が出てきた。

 おそらく、このアトリエに雇われている従業員たちだろう。

 女性が多いようだが、男性もいる。


「もう、疲れているんじゃないのか?」

 よく見ると、目の下にクマができている。


「はわわっ! アセロラ!」

「はいっ! カナン様!」

「ちょっと野暮用ができたから、1時間だけ時間をくれ!」

「え?! あ、あの~?」

「はい! ケンイチ! 二階へ!」

「ホイホイ!」

 カナンをお姫様抱っこして、階段を上がると彼女の私室へ。

 ベッドと鏡台、机などが並んでおり、洋服の材料が所狭しと並んでいる。


「すまん! 散らかってて! でも、もう我慢出来ない!」

 彼女がそう言うと俺の首に手を回し、口に吸い付いてくる。

 そのままベッドへ倒れ込むと――くんずほぐれつ、1時間のゴニョゴニョ。

 凄い大声だったから、多分下にも筒抜けだったろう。


 事後、彼女と一緒に階段を降りる。


「おい、大丈夫か? フラフラだけど?」

「大丈夫~! これで元気100倍だ!」

 そう言うカナンだが、目の下のクマは取れ、ほっぺたは赤みを増している。

 かなり血色は良くなった。

 下まで降りると、顔を赤くした従業員たちが、ずらりと集まっている。

 いったい、なにごとがあったのかと、心配だったのだろう。


「あの――カナン様。大丈夫なのですか?」

「ああ、大丈夫だ! このとおり! ご主人様から、元気を分けてもらったからな!」

「確かに、すごく血色がよろしくなったみたいですが……」

「もう、魔法みたいに効くからな」

「まぁ、これも一種の魔法なんだよ」

 従業員たちが顔を見合わせている。


「あの……私たちにもお溢れを、いただくことは……?」

 顔を真っ赤にした女性陣が、興味津々といった顔をしている。

 中々の美人揃いだ。


「ははは、興味があるのか?」

「駄目に決まっているだろ! ケンイチ!」

「解ってるよ」

「え~っ! ズルいですよ、カナンさま! 辺境伯様が、こんな力を持っているなんて、聞かされていませんでしたし……」

「そりゃ、こんな力がバレたら、女たちが群がるに決まっているだろ!」

「「「え~っ?」」」

 女性陣は残念そうな顔をして、一斉に不満を述べるが、さすがにこれは無理だな。

 サクラの女性ネットワークは強力だ。すぐにサクラにも情報が流れてしまう。

 カナンが、できあがっている作品群を見せてくれるそうなのだが、一旦外に出てニャメナに伝えなくては……。


「お~い、ニャメナ。悪い、あと1時間ぐらい」

 車の中でシートを倒した彼女がくつろいでいた。


「はいよ~。真っ昼間から、旦那も大変だねぇ」

 耳のいい獣人には、昼の情事が全部筒抜けだったらしい。

 こりゃ、しばらく駄目だな――と悟った彼女は、どこからか食い物を買ってきていた。


「悪いな。ほら、エールをやる」

「やったぁ! 旦那、話が解るぅ! ちょうど飲みたかったところだぜ!」

 ニャメナに待っててもらい、カナンのアトリエに戻って、作品を見せてもらう。

 色とりどりのドレスに、元世界のようなスーツもある。

 どれもスカートは短めだ。


「街でも裾が短いものが流行りだしているな」

「そうなんですよ! すごく好評なんです!」

「でも、爺や婆たちには不評だけどな」

 数少ない男性スタッフが不満を述べる。


「まぁ、どこの国でも年寄ってのは新しいものを否定して、伝統とやらに固執するもんだ」

「そうなんですよねぇ」

 皆が、俺の言葉にうなずくのだが、俺とてこの世界について詳しいわけではない。

 それでも、彼らの共感を得られるってことは、俺の言葉が間違ってなかったってことだ。


「ほら、これをやる」

 俺はシャングリ・ラから購入した、ファッション雑誌をカナンに手渡した。全部古本なので安い。


「新しい本ですね!」

「すごーい!」

 スタッフが全員で本に群がる。


「きゃー!」

 女性スタッフが悲鳴を上げる。

 下着やら、裸の女性の写真があるからだ。

 つい最近まで、女性がくるぶしを出すのも無作法といわれていた世界なのだから、それは当然だ。


「カナン、こういう下着はつくらないのか?」

「試作はしているが、少々難しい……」

「けど、魔導師のレイランさんのような方には、絶対に必要ですよね!」

「レイランもここに来るのか?」

「はい!」

 やっぱり、女性ネットワークがしっかりとでき上がっている。

 俺もアキラも迂闊には動けん。


 カナンが元気なのも解ったし、俺は帰ることにした。


「それじゃ、カナン。楽しいからといって無理はするなよ」

「心得た」

「その割には、青い顔してフラフラだったじゃないか」

「ちょっと寝不足で……」

「それが無理っていうんだ」

 彼女を抱き寄せて、口づけをする。


「んん……」

「はわぁ、こんなカナン様を初めて見たぁ」「そうそう」

「あの~カナン様? やっぱり、お溢れをもらうわけには……」

 女性陣が集まってきて、興味津々な顔をしている。


「駄目だ」

「あ~ん!」

 カナンに別れの挨拶をして、車に乗り込んだ。


「ニャメナ、悪かったな」

「なぁに、いいってことよ」

 エンジンをかけると、玄関の扉が開きアトリエのスタッフがでてきた。


「これが、馬なしで動く鉄の魔獣?!」

 皆が唸りを上げる俺の車に驚いている。


「それじゃ、カナン」

 手を振って挨拶すると、彼女も手を振ってくれた。

 後は、サクラに戻って、アストランティアでアイテムBOXに収納した家を設置するだけだ。


 サクラへ戻ると、ユリウスと一緒に家族持ちの農民たちを優先に住宅を設置する。

 色んな産業を開発しているとはいえ、基幹になるのはやはり農業だ。

 ユリウスには、住民の管理もお願いしている。

 この世界には戸籍がないとはいえ、俺の領では、どんな住民がいるか把握しておきたい。


「ありがとうございます! 領主様みずから、このようなことをしてくださるとは!」

 俺の出した住宅の前で、住民がペコペコと頭を下げている。


「ボロい家ですまんな。すぐに大工をよこして、修理をさせるから」

「いえいえ、とんでもねぇ! 修理なら自分たちでしますから!」

「そうか、それでは任せた」

「はは~っ!」

 できるという住民には、やってもらわないとな。なにせ人手不足だからな。

 すでにコンテナハウスを貸してあるので、修理しながらでも暮らせるだろう。

 独身の農民には少々気の毒だが、彼らにもコンテナハウスを貸してあるから、雨風はしのげる。

 ――といってもこの世界は、雨があまり降らないが。


 住宅を10戸設置完了して、ダリアで追加の20戸を持ってきたとしても、あと50は足りない。

 他の都市にも、マロウ商会の手を伸ばしてもらわないとな。



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