177話 ダリヤからの客
エルフの村を訪れたら、スライムに襲われて戦闘になった。
避難していたエルフたちから依頼され、現地に2泊してスライムを完全に殲滅。
お礼に、エルフと交易をすることになった。
交易額は微々たるものだろうが、文化的な交流をはかるのが目的だ。
彼らは全員が優れた魔導師でもあり、魔法での交流も可能かもしれない。
エルフの魔法が、人間でも使えるのかは少々不明だが。
エルフが使う精霊というものは、人間には扱えないようだし。
――朝、草の香りに包まれて目が覚めた。
俺の隣に寝ているのは、金髪のエルフ。毛布に包まれたきらめく白い肌と長い耳。
まるで人間ではないのだが、そう人間ではない。彼女はエルフだ。
ベッドの上であぐらをかいていると、寝ぼけ眼のリリスが這ってきて、俺の膝に頭を乗せた。
獣人たちのベッドを見ると、すでにいない。
朝の運動がてら散歩に行っているのに違いない。
スライム退治では、彼女たちの出番が少なかったので、フラストレーションが溜まっているのだろう。
「ううん……」
リリスの柔らかい金髪をなでていると、後ろから白い腕が伸びてきて、羽交い締めにされた。
「結局、しないんだからぁ」
「この子たちもいるんだぞ? するはずないだろ?」
「少しぐらいいいじゃない。只人とするのは久しぶりだしぃ」
女性に歳を聞いちゃいかんと思うのだが、いったい何歳なんだろうか?
非常に気になるが、聞けない。
エルフとすったもんだしていると、リリスの目が覚めたようだ。
「エルフよ、いい加減にするがよい」
「怒ったぁ? 可愛い!」
セテラは俺から手を離すと、リリスに抱きついた。
「ぎゃぁぁ! 離せ! 離すがよい!」
エルフに抱きつかれたリリスが、バタバタと暴れている。
男の俺でも、振りほどけないぐらいの力なので、女の子がここから抜け出すのは不可能だろう。
「もう可愛いぃ! エルフって小さい子がいないからさぁ」
「ぎゃぁぁ!」
「ああ、なるほどなぁ」
彼女の話だと数百年に1人~2人、生まれるかな? ――といった感じらしい。
「ケンイチ! 見ていないで、助けるがよい!」
「もう、はいはい。お姫様は俺のものだから、返してねぇ」
「んもう、ケチぃ!」
解放されたリリスが、俺の陰に隠れた。
「ううん……」
騒ぎが、うるさかったのか、アネモネも起きてきた。
「ケンイチ……」
俺に抱きついてきたアネモネを、セテラが狙っている。
「女の子たちが、嫌がっているんだが止めてくれ」
「んもう! そんなに嫌うことないじゃない」
「サクラやサンタンカに行けば、子どもがいるけど、本人や家族が嫌がっていたら止めてくれよな」
「解ってるよぉ。そこまで礼儀知らずじゃないし。これでも、一応只人の街で暮らしたこともあるんだからね」
「そうなのか?」
「ええ」
それでも、数百年前の話らしいが。
この世界じゃ数百年たっても、あまり変化がないらしい。
魔法なんて便利なものがあるせいで、テクノロジーが進歩しないせいだが、巨大ロボットのようなゴーレムもあるし、別の意味では元世界より進歩しているとも言える。
それはよしとして、エルフが素っ裸なのが気になる。
2人きりならいいが、家族の目もあるからな。
「そろそろ服を着てくれよ」
「ん~、私が着る前に、ちょっと触ってみるぅ?」
「いや、マズいだろ?」
「そんな遠慮することないのにぃ」
セテラが俺の手を掴むと、自分の胸に当てた。
柔らかいものが手に当たると、そりゃもんでしまうのが、男の性。
「ああん」
なにを考えたのか、セテラがそのまま大股を開き、俺の手を自分の股間に持っていこうとしている。
当然、彼女のゴニョゴニョは、丸見えである。
「止めろ! なに考えてんだ!」
そこに散歩から戻った獣人たちが入ってきた。
「旦那、鳥獲ってきたぜ~これで唐揚げ作ってくれ――ぎゃぁぁ! 朝っぱらからなにやってんだ!?」「ウチも混ぜるにゃ!」
「そうじゃねぇよ! クロ助!」
エルフに服を着せたが――少々、性道徳が俺たちとは異なっているようだ。
それとも俺たちをからかっているのか。
見た目は若いが――中身は数百歳のBBAだからなぁ……。
外で朝飯を食う。
ニャメナが唐揚げと言っていたが、朝から唐揚げを作っている時間がない。
サクラに帰ってから、サンバクに作ってもらおう。
手っ取り早く、シャングリ・ラで買ったパンと、グラノーラで済ませてしまう。
テーブルにはアキラもいる。
昨日は、堂々とエルフの所へ行ったみたいだ、どうだったのだろうか?
武士の情け――聞くつもりもないが。
「ねぇねぇアキラ。昨日も男どもの所に行ったみたいだけど、そんなに気に入った男がいたのぉ?」
「酒飲んだだけだって言ってるだろ」
アネモネとリリスの耳がピクピク動いている気がする。
「ふ~ん、そういうことにしてあげるけどぉ。それにしても帝国の竜殺しは、エルフとも遊び慣れているのねぇ」
「一緒に戦っていた仲間にエルフがいたらしい」
「ああ、それでねぇ」
「ゲフンゲフン」
あまりつっこんじゃ、アキラが可哀想だ。
飯が終わったので、エルフの族長の家へ挨拶に行く。俺一人だ。
少々行儀が悪いと思うが、玄関代わりになっているゴザらしきものを捲って、そこから挨拶した。
「族長、我々はサクラに戻る」
「ケンイチ殿には大変に世話になった。幾千万の感謝を」
「交易の件は、緩く考えてくれ。余ったものを売るぐらいの感覚でいい」
「承知した」
戻ろうとするとエルフの男たちに囲まれた。
「帰っちまうのか?」
「ああ」
「スライムを退治してくれて、助かったよ」
「まぁ、気にするな」
小柄なエルフが前に出てきた。金髪が短くて、ちょっと可愛い系だ。
「それからさ……」
「なんだ?」
「あ、アキラによろしく言っておいてくれよ」
なぜ、顔を赤くする。
「解ったが――いつでも遊びに来てもいいんだぞ? 湖にいた魔物を退治したから、横断しても大丈夫だ」
「その話も聞いたよ。あんたら、凄いんだな」
「あぁ、アキラなんてドラゴンを倒してるな」
「ケンイチも、ワイバーンとレッサーを倒したって聞いたぞ?」
「それは、本当だ」
「「「へぇぇ!」」」
「ケンイチの話も聞きたかったぜ!」
なるほど……彼らの話からすると、アキラから武勇伝を聞いたようだな。
それなら、俺たちが思っているようなことはなかったのだろうか?
ただの勘違いか?
エルフの男たちとも、別れの挨拶をすませた。
凄い排他的と聞いてたエルフたちだが、知り合ってしまえば、すごくフレンドリー ――悪く言えば少々図々しい、もしくは厚かましいが、嫌な感じはしない。
皆の所へ戻った。
「よ~し、帰るぞ~」
「おー!」
アネモネが手をあげた。
「オッケー!」
船の操舵は、来たときと同じにアキラに任せる。
「結構、長居をしちまったなぁ」「そうだにゃー」
「相手がスライムじゃ、全然活躍できねぇしよぉ」「まぁ、そういうこともあるにゃ」
「ふう――皆が心配しているかもしれない」
「大丈夫であろ?」
リリスは気にしてない様子だが、アマランサスやプリムラがなんて言うか……。
「へぇ~へぇ~」
セテラが、船をぐるぐると見回して、ケリを入れたりしている。
エルフの男たちも、同じことをしていたな。
「なにかおもしろいのか?」
「コレって木じゃないし、鉄でもないし……」
「魔法で作った人工の樹脂だな」
「へぇ~、ケンイチって凄いんだぁ――その後ろについているのは?」
「これは、前に進むための力を生み出す、魔道具だな」
「へぇ~!」
らちが明かないので、エルフを船に乗せる。
アキラが船外機を始動させて船を後進させると、獣人たちに舳先を押してもらう。
「よ~し!」
船が水に浮いたら、獣人たちに担いでもらって、アネモネとリリスを船に乗せた。
俺が乗って、最後に獣人たちが飛び乗る。
「アキラ頼むぜ」
「任せろ!」
アキラが池でぐるりと旋回すると、遠くにエルフたちがいるので、手を振る。
「向こうも手を振ってくれてるよ」
アネモネも手を振る。
「アキラは挨拶しなくてよかったのか?」
「まぁ、ここならいつでも会えるし」
「まぁな」
水の上の船が走りだした。
来るときは、川底の様子を見ながらゆっくりだったが、進路のだいたいの把握はできている。
スピードアップして、サクラへ帰る。
「凄~い! 漕がないのに、船が進んでいる!」
セテラが、水の上を進む船にはしゃいでいる。かなり楽しいらしい。
「これが、魔道具の力だ」
「へぇ、ケンイチ只人なのに凄いじゃん!」
「何百年生きているか解らないが、こんなの見たことがないだろ?」
「ケンイチ、エルフに歳のことは言わないほうがいいぞ? 皆BBAのくせに、歳を聞かれるのを嫌がるからな」
船外機を操っているアキラが、エルフの歳のことを笑いながら教えてくれる。
「BBAって言うな!」
「ははは!」
「速さに感心しているみたいだが、この船の速度はこんなもんじゃないぞ?」
10分ほど船が進んだあと、広い湖に出ると、船外機が唸りを上げた。
なめらかな湖面を時速40kmほどで進む。
「すごーい! なにこれ! 信じられない!」
舳先に座っているエルフの金髪が、風になびいてキラキラときらめく。
「うひょー! 相変わらず速えぇぇな!」「凄いにゃ! 凄いのに、自分で走らなくていいのは、凄いにゃ!」
獣人たちが、船の速さにはしゃいでいるのだが、船から落ちないか心配だ。
「危ないぞ? 落ちるぞ!」
アネモネとリリスも船の速さを楽しんでいるようだ。
「獣人たちでなくても――この速さは怖くもあり、楽しくもあるの」
「うん、ケンイチの鉄の召喚獣も凄いけど。これも凄い」
湖面のスピードを1時間ほど楽しんだあと、サクラの桟橋に到着した。
桟橋の前にはメイドたちが並んでいる。
俺が出かけると、交代で湖面を双眼鏡で覗いているのだ。
「「「おかえりなさいませ、御主人様」」」
「はい、ただいま。悪いな、予定外に外泊が延びてしまって」
「聖騎士様!」
アマランサスが走ってくると、俺に飛びついた。
「悪い、アマランサス。心配してたろ? エルフの村で色々とあってな」
「ち、ちょっと心配してぇぇぇ!」
アマランサスが、会話の途中でいきなり飛び上がった。
セテラが、アマランサスの脇腹を両手でナデナデしている。
いくら、油断してたとはいえ、アマランサスの背後を取るとは……う~む、只者ではない。
「ねぇねぇ、この子もケンイチのものなの?」
「この子って――まぁ、エルフから見れば、そうかもな」
「奴隷?」
セテラが、アマランサスの奴隷紋をじ~っと見つめている。
「本当は違うんだけど、自ら奴隷紋を刻んでるんだよ」
「エルフよ! エルフ!」「初めて見た!」「御主人様が、エルフを連れてきた!」「さすが御主人様」
メイドたちのボソボソ声が聞こえる。なにが、さすがなのか。
「おほん!」
メイド長のマイレンが咳払いをすると、メイドたちは静かになり、一列に整列している。
「マイレン、このエルフは、サクラに赴任することになった大使だ。失礼のないように」
「承知いたしました」
メイドたちに遅れて、紋章官のユリウスがやってきた。
「ケンイチ様」
「予定外にサクラを空けてしまって悪いな。なにか問題はあったか?」
「いいえ。私のほうはなにも。しかし、メイドたちの所に人が尋ねてきているようでした」
「マイレン」
「ここ数日――ケンイチ様に会わせろと、平民の娘が尋ねて参りまして……」
「娘?」
誰だ? 考えていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ケンイチ~!」
声のする方向を向くと、エンジ色のワンピースを着た黒髪の女の子が走ってくる。
メイドたちが、俺と女の子の間に入って彼女を遮った。
「あん! ちょっとどいてよ! 私はケンイチに用があるんだから!」
「約束のない方を御主人様に会わせるわけにはまいりません」
見覚えのある、その女の子の姿は――ダリアの宿屋にいたアザレアだ。
「メイドたち通してやれ。知り合いだ」
「し、しかし――」
「いいから」
メイドたちの脇を通って、アザレアが抜ける。
「ふんだ! ケンイチ! 本当にケンイチなの!?」
「まぁな」
「すご~い! ケンイチって人が、隣に新しい領を作ったって聞いてぇ――話をどう聞いても私の所に泊まったケンイチにしか思えなかったもん!」
「ははは、まぁ色々とあってな。それで、なにか用なのか?」
「あん、それなんだけどぉ――ケンイチ、私を愛人にしてくれるって話を覚えてるぅ?」
「いや、全然記憶にないな」
「あ~ん! 酷い! 私のことは、遊びだったのね!」
また始まった。
皆の視線が俺に突き刺さるが――どう見てもアザレアのは、嘘泣きである。
「それで? あまり冗談に付き合っている暇はないんだが?」
「なんだ……もうちょっと困った顔をするかと思ったのに……」
「用件は?」
「湖の畔で、女の労働者を募集しててぇ、お金も稼げるって聞いたからぁ、わざわざダリアからやってきたんだけどぉ」
「君のお母さんは?」
「大丈夫! お金を稼いだら、ダリアに帰るし! だからぁ、ケンイチから口利きをしてくれないかなぁって」
相変わらずのしっかり者である。この世界では、このぐらい図々しくないと生きていけない。
それに女の仕事が少ないのだ。特に稼げる仕事ってのは、本当に少ない。
「解った、取引のあるマロウ商会に口利きをしてやるよ」
「ここにも、マロウ商会があるの?」
「ああ、この領の御用商会だし」
「やったぁ! さすがケンイチ、大好きよ!」
アザレアに抱きつかれると、また皆から冷たい視線が突き刺さる。
なんだかんだで、この世界にやって来て、初めて肌を合わせた女性であるし、言葉を教えてもらったりしたからな。
このぐらいしても、バチは当たらない。
「ふ~ん、ケンイチはこういうのも好みなのぉ?」
「ひゃぁ!!」
アザレアが飛び上がった。
後ろからセテラが、彼女の身体をなで回していたのだ。
「こらこら、勝手に女の子に触るんじゃない」
「じゃあ、こっちのメイドは?」
「メイドも駄目」
「もう! それじゃ、ケンイチにするぅ~」
エルフが俺の身体をなで回し、頬ずりをしてくる。
まぁ、女の子に手を出されるよりはマシか。
「いい加減に、聖騎士様から離れ――ひゃぁぁ!」
怒って近づいてきたアマランサスの手を取ると、セテラが蛇のように絡みつき、首を舐め回している。
アマランサスをいとも簡単に手玉に取るとは――本人に悪気がないから、逃げづらいのかもしれないが。
「はぁぁ――この子いいわぁ。ケンイチと同じ感じがするぅ」
「密着すると、癒やされるような感じか?」
「そうそう」
やっぱり、アマランサスの力と祝福にはなにか因果関係があるのかもしれない。
「ケンイチ! アレってエルフ?」
アザレアがセテラを指差している。
「そうだよ」
「エルフとも知り合いなの?」
「まぁな」
「すごーい!」
とりあえず、アマランサスにひっついているエルフを剥がす。
「嫌がっているから、やめなさいって」
「それじゃ、やっぱりケンイチにするぅ」
俺はエルフに抱きつかれたまま、ユリウスに仕事を頼んだ。
「この子が、サンタンカの燻製工房で働きたいらしい。マロウ商会に紹介してやってくれ。働き者なのは間違いないから」
「承知いたしました――さぁ、こちらへどうぞ」
「ええ? なんか凄いイケメンキター!」
ユリウスを見たアザレアがはしゃいでいる。彼はメイドたちにも人気が高い。
「彼は紋章官で、貴族だぞ? 無理なお願いはするな」
「解ってるわよ!」
アザレアは喜びながら、ユリウスについていった。
そりゃ、オッサンよりイケメンのほうがいいよな。
「そなたは色々な女子に手を出しておるのう……」
リリスが白い視線で俺を見つめる。
「俺が泊まった宿屋の娘だよ」
「それにしちゃ、親密そうだったじゃん」
アキラが俺をからかってくるのだが、色々と世話になったのは本当だからな。
「初めての街で、言葉やら文化やら教えてもらったからな。それなりに恩義がある。アキラだって、初めて訪れた街の宿屋の娘とか覚えているだろ」
「ああ、覚えている。彼女はちょっといい子過ぎてなぁ。手を出せなかった」
アキラが腕を組んでウンウンうなずいている。
「そうそう――いい子すぎると、手を出しづらいよなぁ」
「「「じ~っ」」」
オッサンたちの会話を、女性陣がじ~っと冷たい視線で見つめている。
「おほん! さぁ仕事だ」
まずは、俺に抱きついているエルフの家を作らないと駄目だな。
セテラをひっつけたまま、家の所に行く。
一応、ここが官庁街通りってことになるから、ここに置くのがベストってことになる。
森を見ていると、黒い四脚が走ってくる――ベルだ。
「にゃーん」
「無事に帰ってきたよ」
彼女の黒い毛皮をなでながら、エルフの家を置く場所を考える。
「ここに領の中枢が集まってるから、ここにセテラの家を置くのが、いいと思うんだが」
「まぁ、どこでもいいよ」
「ちょっと離れた森の中でもいいぞ。ドワーフたちはそうしてる」
「ゲ! ドワーフがいるの?」
「ああ――エルフと仲が悪いんだってな」
そこに丁度タイミングよくというか、タイミング悪く、ドワーフの親方ドーカンがやってきた。
「領主様――! ゲ! エルフ!」
「ギャア! 本当にドワーフが!?」
エルフとドワーフがお互い牽制しあって固まる。
「おいおい、喧嘩は止めてくれよ」
「領主様も趣味が悪いぜ、よりによって、エルフのメカケとか……」
「いやいや、違う違う。エルフと交易するから、このエルフは大使だよ」
「か~! あの慇懃無礼で、高慢ちきなエルフがよく承諾しやしたね」
「余計なお世話だ! この髭面が! ドワーフには関係ないだろぉ!」
「なんだと?!」
エルフとドワーフが罵りあっているが――俺は通訳の指輪があるので聞こえているが、彼らは何語で話しているのだろうか?
「ヤメレ! 2人とも食っちまうぞ!」
とりあえず、ドワーフは待たせて、エルフの家を決める。
――といっても、余っている家はないので、いつものコンテナハウスだが。
俺の家の近くに、黒いコンテナハウスを出す。
「村の住民でも余っている家はないんだ、この鉄の箱で我慢してくれ」
「こんな立派なものなら、私はいいけどぉ」
「一応、ベッドなどは用意するが、欲しいものがあれば言ってくれ。善処する」
「解ったぁ」
「ああ、それから。俺たちは、自分のものと他人のものを区別しているから、人の家に入ったり、人のものを使ったりしないでくれよ」
「大丈夫だってぇ。私は、只人の街で暮らしたこともあるって言ったでしょ?」
彼女の言うことが本当なら、大使としては適任ってことになるな。
「俺たちが使っている共通語ってのも話せるのか?」
「ええ、それなりにね」
それじゃ、さっきドワーフと話していたのは、共通語なのか?
とりあえず、彼女はコンテナハウスを気に入ったようだ。
「女の子に手を出さないでくれよ」
「男はいいの?」
「相手の了承があればいい」
「う~ん、でも女の子のほうがいいなぁ。特に小さい子」
「ダメダメ、問題起こしたら、エルフの村へ強制送還するからな」
「え~?」
まぁ、人間の街で暮らしていたという彼女の言葉を信用しよう。
エルフはひとまずおいて、ドワーフたちの所へ行く。
「ドーカン、スマンな。待たせてしまって」
「あのエルフは、本当にここで暮らすんですかい?」
「ああ、一応大使だからな」
「なんてこったい……」
「それで? 用件は?」
「酒の醸造のことで――」
早速、彼らは酒を作りたいらしい。
「それじゃ、アキラを呼ぼう。お~い、誰かいるか?」
すぐにメイドの1人がやってきた。
必ず1人は、俺のそばについているらしい。
「はい、なにか御用でしょうか? 御主人様」
「アキラを探して呼んできてくれ」
「かしこまりました」
数分でアキラがやってきた。
「オッス! ドーカン!」
「これは、アキラ殿!」
「ドワーフたちが、酒造りを始めたいらしい」
「お? やるのか? 面白そうだ。やろうぜやろうぜ!」
「アキラに任せていいか?」
「おう、任せろ! ケンイチは飲まない人みたいだしな、ははは」
「まぁな」
シャングリ・ラを検索して、アランビックという銅製の蒸留器を購入してみた。
20Lタイプで、8万円だ。
もう一つ、大陸製のステンレス蒸留器も購入した。
こちらは、70L蒸留できて、8万円。評価をみると――造りがよくないと評判はイマイチだが、要は使えればいい。
どちらも、酒が入る容器から細い管が上方に伸びていて、それを水で冷やす構造になっている。
この細い管に、アルコールが溜まるわけだ。
温度を計るための温度計も装備されている。
これがないと蒸留できない。
あまり高度な蒸留器を買ってもドワーフたちがコピーできないと意味がないのだが、基本的にやっていることは同じ。
理屈が解れば、似たようなものを作れるだろう。
「ポチッとな」
ガラガラと蒸留器が落ちてきた。
「おおっ! 蒸留器か!」
「こいつを参考にして、試作してみればいい」
「実物があるなら、はかどるぜぇ」
ドーカンが、まじまじと蒸留器を眺めている。
「これは銅製だと解りますが、こっちの見事な作りの銀色のものは?」
「これは、この前に話したニッケルとクロムという金属が混じったものだ。サビに強く、耐久性に優れている」
「なるほど、水や酒を扱うなら、鉄で作っちゃすぐに錆びちまうってわけか……」
「そのとおり」
アキラが蒸留の基本について、ドーカンに説明を始めた。
「水を加熱すれば、沸騰するのは解るな?」
「ああ、もちろん」
「だが、酒に含まれている酒精ってのは、水より低い温度で沸騰して湯気になる」
「うん? つまり?」
「水が沸騰する温度まで上げずに、酒精が沸騰する温度に保てば――」
「酒精だけが湯気になる?」
「そうだ! その酒精の湯気をこの細い管で集めて、酒を濃縮するわけだ」
「すげぇ! さすが、大魔導師だぜ」
「ふはは、まあなぁ」
蒸留器を眺めていたドーカンだが、早速疑問があるようだ。
「つまり、温度管理が重要になる話だと思うんですが、それはどうやるんで?」
「それは、この細い管だな」
「これはガラス管ですかい?」
「中に、水銀などが入っていて、温度を計れるカラクリだ」
「なんですって!!」
どこからか、声が聞こえてきたが、ドワーフの声ではない。
「今、温度が計れると?!」
やって来たのは、カールドンだ。
「ああ、ガラス管の中に水銀が入っていて、温度が計れるんだ」
「なんと! ガラス管の中に水銀?! 水銀にこのような使い方があるとは――なんという僥倖!」
彼は両手を開いて、天を仰いでいる。
「いや領主様――こっちも驚きましたぜ」
カールドンも蒸留器を舐め回すように隅々まで観察している。
ついでに、酒造りと蒸留の仕方の本を5冊ほど購入して、アキラに手渡した。
「おおっ! 本もあるのか! これだけあれば、なんとかなるだろう。虚仮の一念でやってやるぜぇ!」
アキラが早速、本をペラペラと捲っている。
「頼むよ」
「ははは、なんか趣味がないとな。戦闘も面白いが、殺伐としてくるし」
「魔法も平和利用できるに越したことはない」
「そのとおりだな」
酒造りは、ドワーフとアキラに任せることにした。
俺は飲まない人だが、まったく飲まないわけでもない。
どんな酒ができるか楽しみだ。