173話 ドワーフの一品
お城からやってきた料理人のサンバク、魔道具の専門家カールドンのほか、ソバナの街からドワーフたちもやってきた。
まったく物好きな連中ばかりだが――いや、領の発展に尽くしてくれるために、遥々やって来てくれたんだ、そんなことを言ったら罰が当たるな。
ドワーフたちは、俺が以前洞窟蜘蛛を退治した洞窟に住みたいと言い出した。
蜘蛛がいた巨大なホールをドワーフの村にするつもりらしい。
元々ドワーフたちは、ああいった洞窟に住んでいるのが普通らしく、とても落ち着くようだ。
彼らの工事を見学しに行くと――人間の職人では考えられないような建築が行われていた。
彼らは鍛冶だけではなく、大工や石工、土木工事でも、一流の職人たちなのだ。
寿命もかなり長いようなので、様々な技術鍛錬に多くの時間を割ける賜物なのだろう。
彼らは、ホールに足場を組み、洞窟の天井に開いている穴から出ると、台地上に生えている木を伐採。
それらを洞窟内に運び込んで、住居の建築を始めた。
その様子をアキラと見学している。今日は彼と2人きり。
洞窟内は魔法の照明で照らされて、足場を明るくしている。
ドワーフたちも魔法を使えるようだ。
「はぁ~こりゃすげぇな。重機もなしでこんなことができるのかよ」
ドワーフの作業風景を見たアキラも、驚いている。
「滑車を複数組み合わせて、クレーンみたいにして使っているらしいぞ」
「なるほどな~でも、大昔の城やデカい屋敷なんかも全部人力で作ったんだから、できねぇことはないよな」
「それに、この世界には魔法もあるしな」
「俺もそういう魔法が使えればいいのに、マヨネーズだし……」
「けど、アイテムBOXも使えるようになったし、祝福を受けて回復も使えるようになったろ」
「そうだけどさ……」
彼は、この世界にやって来て相当苦労したらしく、天上世界にいるかもしれない神様に向かって、いつも恨み節をつぶやいている。
「いつも言ってるけど、あんな爆乳の奥さんもできたじゃないか」
「まぁな――日本じゃ、あんな極上の女には巡り会えねぇし」
アキラは世界中を貧乏旅行したらしいのだが、その先で浮いた話はなかったのだろうか?
そこらへんを聞いてみる。
「え? え~? ゴニョゴニョ……」
「やっぱりあるのか」
「そりゃ、据え膳食わぬは男のナントカってやつで、センセには内緒だぞ?」
「それはいいが、世界の片隅でアキラの息子か娘が、お前を待っているかもしれないのか」
「あ~ないとは言い切れないが、それはちょっと考えたくねぇなぁ。こんな親父で、誠に申し訳ない……」
「帰りたいといっても、帰れないしな」
「いやぁ――帰ろうとも思わないぜ、ははは。ちょっと里心ついたときもあったが、ケンイチと一緒にいれば日本のものが食えるし。なんの不自由もねぇ」
そこにドワーフの親方――ドーカンがやってきた。
他にはワーカンとかツーカンとか、そういう名前が多い。
女性は、~クルって名前が多いようだ。
「領主様」
「おお親方、作業は順調みたいだな」
彼の話では、他の都市にも連絡を入れて、ここの住人を募集するようだ。
「ええ、ちょっと掘ってみたんですが、鉄鉱石もありそうですぜ」
「鉄か――でも、製鉄となると簡単には……」
「いい鉄鉱石が出るようでしたら、ここの天井までぶち抜いて高炉を作るつもりですが」
「「高炉?」」
俺とアキラの声が重なった。
そんなものまで作れるのか。
「ここは、天井に穴があいてますからねぇ。火を使えるんで丁度いい」
「ケンイチ、高炉なら燃料は石炭じゃね?」
「製鉄なら石炭というよりはコークスだろ?」
「ああ、コークスか……」
「領主様? そりゃ?」
「燃える石なんだが、見たことがないか?」
「石が燃える? いや、そんなものは……」
鉱物に詳しい、ドワーフでも見たことがないということは、この世界に石炭はないのかもしれない。
シャングリ・ラで検索するとコークスが売っている――5kgで1500円ぐらいだ。
値段がよくわからないが、安いのかな?
「ポチッとな」
空中から、ダンボールに入ったコークスが落ちてきたので、蓋を開ける。
「ほら、これが燃える石だ」
「す、炭じゃねぇ――本当に石ですが、これが燃えるんで?」
ドーカンが手にコークスを持って、こねくり回している。
「ああ」
ドワーフの周りに、青い光がまとわりつく――魔法だ。
青い光が集中すると、コークスが真っ赤になって燃え始めた。
「うわ! 本当に燃えたぜ!」
「なんだなんだ?」「どうした?」
騒ぎに、他のドワーフたちも集まってきて、コークスを燃やし始めた。
「こりゃすげぇ! とんでもねぇ火力だ!」
「こいつを燃料にすれば、もっと簡単に鉄が作れるぜ!」
「だが、あんまり俺が作るものを当てにすると、俺がいなくなったときに大変になるぞ」
「なぁに、そのときは、普段どおりに炭と魔法でやる」
「魔法を使うのか?」
「ああ、炭を燃やして、魔法を使って温度の底上げをするんだ」
炭だけだと、鉄が溶けるまで温度を上げられないらしいが、コークスなら魔法なしでも温度を上げられるわけだ。
「それで領主様、こいつをどれだけいただけるんで?」
「あ~それなんだが、俺が魔法でこれを作るためには対価がいる」
「対価とおっしゃいますと?」
「金が一番簡単なんだが、魔法の糧として使ってしまうと、領から貨幣が消えてしまう」
「うん? ――とおっしゃいますと?」
ドワーフたちはピンとこないようだ。
「ケンイチが言いたいのはだな――普通は金が回り回って市場が動くんだけど、魔法の対価として金を消耗してしまうと、それがなくなってしまうんだよ」
「それじゃ、どうすれば?」
「う~ん……そうだ。ドワーフの作る一品なら、価値があるかもしれない」
「ああ、そいつを金の代わりに使うんだな?」
「そうだ」
ドワーフたちに、ナイフを1本用意してもらった。
見た目にも見事なもので、俺も1本欲しいぐらいの一品だ。
「こんなのでよろしいので?」
「ああ」
アイテムBOXに入れると、久々に【査定】をつかう。
【査定結果】【ナイフ 買い取り価格20万円】
「ええ?!」
驚いた俺の声に、ドワーフたちが反応した。
「どうしました?」
「大丈夫だ、魔法の対価として十分に使える」
アキラが俺の所にやってきてヒソヒソ話をする。
「ちなみにどのぐらいの対価として使えるんだ?」
「日本円でおよそ20万円」
「おお! それじゃ、長剣なら数百万って感じか?」
「そうだな、金貨と同じぐらいの価値がある」
「そりゃドワーフが作ったものだからなぁ……」
これなら金要らずだ。彼らにシャングリ・ラで購入した物資を渡しても、それ以上のものを作ってもらえる。
「ドーカン、この短剣と引き換えに、さっきの燃える石が一山作れる。どうする?」
「できるだけ欲しいんですが」
「解った」
シャングリ・ラを開き、20万円でコークスを買えるだけ買う。
全部で665kg――110箱だ。
本当は133箱のはずだが、在庫切れかそれ以上買えなかった。
「ポチッとな」
空中から、5kg詰めのコークスが110箱、滝のように落ちてきた。
まぁ、壊れもんじゃないから、安心だな。
「おお~っ! 宝の山だぁ!」「うぉぉ!」
ドワーフたちが、玩具を与えられた子供のようにはしゃぎ回っている。
そのうち、コークスの山の周りで輪になって踊り始めた。
『オーエオーエオーエオーエ――』
まるでフォークダンスのようだ。
こういう場面には酒だろうが――安くて強くて美味い酒か。
まさか、ドワーフたちに大○郎を飲ませるわけにはいくまい。
獣人たちには飲ませたけどな。
「ポチッとな」
ナイフの対価として余った分で、ラムを20本ほど購入すると、地面にマットを置いた。
ガチャガチャと音を立てて、ラムの瓶が沢山落ちてきた。
「なんだ? 酒か?」
「ああ、いいことがあった日には酒だろう」
「バ○ルディじゃん。俺も飲んでいいか?」
「ああ――ほら、ドワーフたち、酒だぞ」
「「「おおお~っ! 酒だ酒だ!」」」
もじゃもじゃ髭の男たちが、酒に群がった。
「なんじゃこりゃ!」「こりゃ美味くて、強い酒じゃ!」「俺たちの火酒より強い!」
酒を飲んでワイワイしていると、ドワーフの女たちもやって来た。
こりゃ酒が足りない。追加で20本ほど購入した。
「ドワーフたちが作っているナイフや短剣を対価にして、俺の魔法でこういう酒も作れる」
「「「うぉぉ!」」」「こりゃ、天国だ!」「こんな美味い酒に化けるなら、ナイフなんていくらでも作ってやるぜ!」
「よう! ドワーフたち。この領には、この酒の原料があるから、同じものが作れるぞ。ラムって言うんだけどな」
アキラの説明に、ドワーフたちが沸き立つ。
「なに?! この酒が、魔法じゃなくても作れるのか?」
「ああ、そのためにデカい窯がいるんだが……」
アキラが俺からもらったスケッチブックに蒸留釜を描いて説明する。
似たようなことは俺がいつも使っている液体を分ける魔道具で可能だが……。
たとえば、エチルアルコールだけを抜き出すとか――出来上がった酒から水だけを抜けば、どんどん濃縮も可能。
でも、それって酒になるかな?
「ガハハ! そんな窯なんて、俺たちに任せろ!」「そのとおり」「余裕だ余裕!」
ドワーフたちが男も女も一緒になって、酒瓶を持ったまま、コークスの山を囲んでまた踊りだした。
小柄なドワーフたちが手を上げてクルクルと回り踊るその様は、なんともコミカルだ。
『オーエオーエオーエオーエ――』
彼らの作るものが、高額で査定されるのが解ったってのは収穫だな。
さて、酒の飲めない俺は、そろそろ退散するか。
アキラは、しばらくドワーフたちに付き合うようだ。
どうみても、彼らに飲み比べでは敵わないような気がするが……。
毛むくじゃらの男たちとラムを酌み交わすアキラを見てそう思ったのだが――祝福を使えばアルコールも分解できる。
彼のアイテムBOXには、俺が貸している車やバイクも入っているから――まぁ大丈夫か……。
------◇◇◇------
――ドワーフたちの洞窟を訪れた次の日。
朝飯を皆と一緒に普通に食う。メニューはスープとベーコンエッグ。
こんな普通のメニューでも、サンバクは完璧に作ってくれる。
ベーコンはメイドたちのお手製だったが、彼が製法を改良して、さらに美味しくなってリニューアル。
美味しくなってリニューアルといっても、小さくなったり容量が減ったりはしない。
美味しさも満足度もアップしている、本当のリニューアル。
さすが、宮廷の料理人だ。当の本人もベーコンを食べて、かなり気に入ったらしい。
ドワーフたちと一緒に飲んでいたアキラは、朝帰りだった。
一緒にずっと飲んでいたらしい。
「そんなに酒はなかっただろう?」
「ははは、ラムはすぐになくなって、ドワーフたちの火酒を飲んでた」
「火酒って、どんな酒なんだ?」
「まぁ焼酎だな」
「それなら、ラムじゃなくて、大○郎を大量に出せばよかったか……」
「ははは、それでもよかったかもな」
そこにニャメナがやってきた。
「なんだ、アキラの旦那。飲み会だったのかい? 俺も誘ってくれよ」
「ははは、ケンイチと一緒に話していたら、なんか盛り上がっちゃってな」
「ニャメナも、仲間と飲みに行ってもいいんだぞ?」
「ええ? 獣人の男たちとかい? 危なくて、飲んでらんねぇ」
「そうだにゃ」「あいつら、女とやることしか考えてないしね」
ニャメナと一緒に朝食を食べている、ミャレーとニャレサがつぶやく。
「それにもう、俺の毛皮には旦那以外には指一本触れさせねぇ!」
「そうだにゃ!」
獣人たちは、なにやらワイワイと盛り上がっているのだが、不機嫌な女もいる。
「聖騎士様は妾を置いていってしまうし……」
「ああ、アマランサス、ごめんよ。視察して、すぐに帰ってくるつもりだったからさ」
置いていかれたアマランサスが、ベーコンを突きながらむくれている。
彼女が一緒に行ったら、ドワーフの酒まで飲み尽くしてしまうだろう。
一緒に朝食を摂っていたプリムラが手をあげた。
「ケンイチ、ちょっと仕事の話をしてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
「サンタンカで、加工用のクラーケンを待っています」
「わかった、食事のあとで船で行ってこよう」
クラーケンは生ものなので、俺がその都度サンタンカまで行って、アイテムBOXから出しているのだ。
人に任せると運んでいる最中に傷んでしまう。
「ありがとうございます」
「それから、船に乗るついでだ。エルフの村へちょっと顔を出してくるか。船でどのぐらいの時間がかかるのか調べておきたいし……」
湖に巣食っていたクラーケンを退治したので、そこを横断して一直線にエルフの村へ向かうことができる。
「私も行く!」「当然、聖騎士様の護衛である妾も」
アネモネとアマランサスが手をあげた。
「それでは、妾もじゃ!」
リリスも一緒に手をあげたのだが、ちょっと困るな。
「アマランサスかリリスか、どちらかは残ってくれよ」
「それでは、聖騎士様が選んでたもれ」
「え? 俺か? う~ん、それじゃアマランサスは残ってくれ。危険はないと思うし、戦力は必要ないだろう」
「承知しましたわぇ」
「もっと危険地帯に行くときは、アマランサスに頼むから」
「賢明な判断だと思いますわぇ」
やけにあっさりと引き下がったな。
短期の同伴はリリスに譲り、長期狙いなのか?
確かに、未開の地などの探査となると、アマランサスの戦力が必要になる。
「ケンイチ、俺も行くぜ? ここのエルフたちに会ってみたい」
船舶免許を持っているアキラも手をあげた。
「それは構わないが、こっちで遊びまくって、レイランさんになにか言われないか?」
「大丈夫、大丈夫。センセ的には、ここのほうが安心できるんだってよ」
「そうなのか?」
「ここには、女子ネットワークがあるらしくて、俺がやっていることは全部センセに筒抜けらしいし……」
アキラがプリムラのほうを見ると、彼女がニコリと微笑んだ。
「ネットワークってなんにゃ?」
聞き慣れない単語に、ミャレーが耳を動かしている。
「ミャレー、蜘蛛の巣のことだよ」
「にゃるほどにゃ! ネットワークにゃ! アキラが、絡め取られるわけにゃ!」
「そうならないようにしねぇとな。センセは、マジで洒落にならんからなぁ……」
アキラは腕を組んでウンウン唸っているが、ラブラブにしか見えん。
「ラブラブだなぁ」
「いえいえ、お代官様には敵いません」
「ふふふ、お主も悪よのう……」
アキラとくだらん冗談を言い合っているうちに食事は終わった。
メイドたちが後片付けを始めたのだが、こういうことをやらなくてもいいようになったのはありがたい。
その分、金がかかっているとはいえ、領の事業も順調に軌道に乗りつつある。
サンタンカでのスモークサーモンや、イカクンの生産も順調だし。
その原料をサンタンカに届けるために船を出す。
俺たちがクラーケン退治で使った船外機付きの元漁船。
地面を走るより早く到着できるので、重宝している。
船だと一直線に向かえるからな。
桟橋に到着すると、ベルがやって来た。
「にゃー」
「夕方には帰ってくるから、お母さんは狩りに行っててもいいぞ?」
「にゃー」
彼女は、俺の脚にスリスリすると、森の中へ消えていった。
まぁ今回は、危険はないだろ。
船に皆で乗り込むと、船の操縦はアキラに任せた。
乗組員は俺とアネモネとリリス、そして獣人たち、ニャメナとミャレーだ。
ちょっとした小競り合いでも、獣人たちのスピードとパワーは頼りになる。
鏡のような湖の水面を船が進むと、5分ほどでサンタンカが見えてきた。
船を桟橋につける。
「燻製工場に肉を置いてくるだけだから、すぐに戻ってくる。ここで待っててもいいぞ」
「はいよ~」「オッケーにゃ!」
ミャレーはすぐに、俺とアキラが使っている言葉を覚えてしまう。
そのうち、ネットワークとかも使い出すぞ。
桟橋を進み、村の中を挨拶しつつ、集落の外れへ向かう。
ちょっと大きめで倉庫のような木造の建物が見えてきた。
黒い防腐剤を塗った鎧張りの壁が目立つ。
簡易な作りの木製の扉を開けて中に入ると――中は薄暗く木製の長いテーブルが真ん中にあり、丸椅子が沢山置かれている。
奥には燻蒸器も並んでいるが、暗くてよく見えない。窓から陽の光が入ると肉が傷むので、窓がないのだ。
換気は、下方から吸って天井の排気口へ抜ける。
そこに、作業員の女たちが暇そうに座っていた。
材料がなくなったので、作業が止まっていたのだろう。
ちなみに、ここの作業員に獣人はいない。毛が舞ってしまうからだ。
「こんちわ~」
ぐるりと見回したのだが、ここの責任者がいない。
ちょっと小太りの髭の生えたオッサンなのだが。
「あ! 領主様!」
俺に気がついた女たちに囲まれた。
「燻製の材料を持ってきたぞ」
「よかった!」「男たちが漁から帰ってくるまで、仕事がなくなっててさぁ」
テーブルの上に、クラーケンの脚を出して、必要な分だけ切ってもらう。
取りすぎても傷んでしまうからな。
皆で作業をしていると、エプロンをしている若い女の1人に抱きつかれた。
「きゃー! 領主様に抱きついちゃった!」
「え~!? ズルい! あたいも!」「それじゃ、あたしだって!」「負けるかぁ!」
「「「きゃあぁぁぁぁ!」」」
女達に抱きつかれて、おしくらまんじゅう状態になる。
「おいこら! やめろって!」
「「「きゃぁぁぁぁ!」」」
無理をして、扉の方に動こうとしたのだが、雪崩れて扉に激突。
そのまま突き破って、外に転げ出てしまった。
「「「きゃぁぁ!」」」
「おおい! 潰れるぅぅ! なんかでちゃううう!」
アホなことを叫びつつ、多数の女たちの下敷きになっていると、怒鳴る声が聞こえてきた。
「こらぁぁぁぁ!」「ふぎゃぁぁ!」
ニャメナとミャレーの声だ。
耳の良い彼女たちは、異常事態を察知して、ここまで走ってきたのだろう。
それを聞いた女たちが、Gのごときダッシュで作業場の中に戻った。
「ふぅぅ! 油断もスキもあったもんじゃねぇ」「ケンイチ、ちょっとでも護衛は必要だにゃ?」
獣人たちが、作業場から顔を出す女たちを威嚇している。
「ははは、まいったね」
「領主様~!」
そこに責任者の男が走ってきた。
「クラーケンの肉を持ってきたぞ。切り分けて、女たちが作業に入っている」
「申し訳ございません。領主様自ら――」
「まぁ、材料は俺のアイテムBOXの中に入ってるからな仕方ない」
「それより、なにかあったのですか?」
男がじろりと見ると、壊れた扉から様子を窺っていた女たちが、顔を引っ込めた。
「なぁに俺がつまずいて、扉を壊してしまってな。これで勘弁してくれ」
シャングリ・ラで買いだめしておいた瓶のワインをやる。
6本で4500円ぐらいなので、1本750円だ。
「これは! はは~っ! ありがとうございます」
男が両手で受け取り、礼をした。
「それじゃ、よろしく頼む」
「はは~っ!」
桟橋に戻って船に乗る。
女たちになにも言わない俺に、獣人たちは不満顔だ。
「どうしたのじゃ? 随分とボロボロになったの?」
「ははは」
アネモネに洗濯の魔法をかけてもらう。
「旦那は、女に甘すぎるぜ」「そうだにゃー」
「まぁ、彼女たちも悪気があってやったわけじゃないし」
「ケンイチ、どうした? なにかあったのか?」
「はは、作業場の女たちにもみくちゃにされた。おしくらまんじゅうだ」
「おしくらまんじゅうなんて、てっきり見なくなったが、この世界であったか」
俺とアキラの会話を聞いていたアネモネが、首を傾げている。
「おしくらまんじゅうってなぁに?」
「子どもたちが集まって、押し合いへし合いする遊びだよ」
「へぇ~」
「組み合って、背中ついたほうが負けとかそういう遊びじゃねぇのかよ」「そうにゃ」
「違う違う、ただ押し合いをするだけ」
「変なの~」
この世界には、おしくらまんじゅうはないようだな。
「ケンイチ――注意せねば、女に甘いという噂が立つと、それを逆手に取って暗殺などに使う輩が出てくるぞぇ?」
「やっぱり、常に護衛はつけたほうがいいのかな?」
「当然じゃな」
リリスは王族だったので、テロには敏感だ。
俺も領主になったんだ、注意したほうがいいのかな?
まぁ、祝福があるから、簡単には死ななくなっているようだが……。
皆で船に乗ると、アキラの操縦でエルフの村に繋がる川へ向かう。
「ケンイチ、どこらへんなんだ?」
「サクラの丁度対岸辺りに外へ流れ出る川がある。流れは緩やかだし水深も1mぐらいあったので、船外機も大丈夫だと思う」
「オッケー!」
1時間ほど船を進め、川の入り口にやって来た。
「ここか、まるで運河だな」
アキラが川の先を見て、ゆっくりと進入を開始した。
「ここから、デカいアニス川って所まで繋がっているらしいから、上手くいけば海まで出られるかもな」
「へぇ~、マジで運河として使えるじゃん」
「でもなぁ、アキラの旦那。魔物がウヨウヨいるんだぜ?」「そうにゃ、スライムもいっぱいいるにゃ」
「そいつは厄介だなぁ。湿地なのか?」
「そうらしい。アキラはスライムに出会ったことがあるのか?」
「ああ、スライムっちゃ雑魚のイメージがあるが、とんでもないぜ。マヨネーズも効かねぇし」
生物の呼吸を止め、窒息させるアキラのマヨ攻撃だが、スライムに通用しない。
会話しつつ、運河のような川を進む。
このままエルフの村まで30分ぐらいかな?