171話 肥料は難しい
サクラに新しい住民が次々と増えている。
王都からも料理人のサンバクと、魔道具の専門家カールドンがやってきた。
こんな僻地にやってきて後悔しないのかと心配になるのだが、彼らは毎日楽しそうだ。
カールドンの協力で、ゴーレムのコアを使った巨大なモーターを製作。
それを使って、第2製材所の大型丸鋸を駆動させている。
製材所の生産力は上昇したが、まだまだ住居不足だ。
家のない住民たちは、自分達が荷物とともに乗ってきた馬車をベースにして棲家を作ったりして、開拓に勤しんでいる。
開拓すれば、自分の土地になるのだ。
ここは頑張りどころだろう。
農具を持参していない住民たちにも、農具を貸し出しているが、今のところ貸料は徴収していない。
この世界では農具も一品ものなので、買うと高い。これが農民にとって大きな負担となっている。
そりゃ、使っている鋼の量は短剣などと変わらないのだから、武器と同じ値段なのも仕方ない。
通常は、農民をまとめている庄屋などからレンタルしており、それが農民たちの暮らしを圧迫しているのだ。
その分を肩代わりしてやれば、農民たちの生活もかなり楽になり――これも一種の公共事業といえる。
今のところ税金も徴収しておらず、金を取るよりも、早く住民たちに定着してもらうことが先決だ。
逆に儲かっているサンタンカからは、税金を取り始めている。
まぁ――持っている者からは取る。これも仕方ないな。
農業も始まったということで、俺には少々仕事ができた。
魔法を使って大気中の窒素を固定して、肥料に使うための硝酸態窒素を作ることだ。
口で言うのは簡単だが、当然こんなことは誰もやったことがない。
アキラと話をすると――元世界では、ハーバーボッシュ法という方法でアンモニアを生み出しているようだ。
シャングリ・ラでハーバーボッシュ法が書いてある化学の本を読む。
触媒の上で、水素と窒素を超高温超臨界流体状態で反応させる――とか書いてある。
「こんなのデキッコナイス」
俺は明かりのついたベッドの上でつぶやいた。
「なぁに?」
俺の隣には、アネモネがいる――ここは崖の上のコンテナハウスで、ベッドの下にはベルが丸まっている。
住民が増えて、ツリーハウスの場所もなくなってしまったので、崖の上に移したのだ。
ここはしばらく開発する予定がない。バッテリーの充電に使っていた太陽電池パネルも崖の上に移設した。
ここなら邪魔にならないからな。
「魔法を使って肥料を作ろうと思ってな」
「肥料?」
アネモネが俺の腹の上に乗ってきて、胸に顔をうずめた。
「ああ、それを畑に撒けば、作物が沢山採れるようになる」
「そうすれば、みんなが美味しいご飯を食べられるようになる?」
「そうだな。作物が沢山とれれば、税金を払っても金は残るから、飢えることはなくなるな」
「そうなるといいね」
「そのために、アネモネの魔法が使えるかもしれない。そのときは手伝ってくれるか?」
「うん、いいよ」
彼女が俺の身体をスリスリしているので、くすぐったい。
「ケンイチ――みんなと同じこと、私にしてもいいよ?」
「え? ダメダメ、リリスと同じ歳になるまで、我慢しなさい」
「ぷー!」
「ふくれてもダメ」
「ずるーい!」
「ずるくないよ」
それにしても、ハーバーボッシュ法は、どう考えても無理だな。
なにか他の方法を考えねばならない。
そのあと、1週間ほどシャングリ・ラの電子書籍を読み漁り、他の方法でも合成ができるのを見つけた。
電弧法だ。
簡単にいえば、空気を電弧の中に通すと酸化窒素が生まれるので、そいつを水に溶かせば、硝酸になるらしい。
ドラム缶の中に少量の水を入れ、魔法で放電を起こしたのち、ゴーレム魔法で撹拌すれば、似たようなことを可能だろうが――硝酸から肥料に使う硝酸カリウムにするのが大変だ。
実験室レベルなら可能だろうが、大量生産となると見当もつかない。
「う~ん」
ベッドの上で電子書籍を読みながら、俺は唸った。
魔道具の製作に詳しいカールドンに、化学の知識を教えて共同作業を行うか……。
液体を分ける魔道具があるぐらいだ。気体を分けることも可能じゃなかろうか?
魔道具もありだとは思うが――空気中から窒素を取り出しても、土壌に取り込む方法が必要になるな……。
アンモニアを取り出す方法は思いついた。
住民の小便から、液体を分ける魔道具でアンモニアだけ取り出せばいいのだ。
それは解ったが、アンモニアから肥料はどうやって作る?
どのみち化学合成を色々とするとなると――危険な毒物も沢山出る。
その場合も俺のアイテムBOXがあれば、心配はいらない。
どんな猛毒物質でもゴミ箱に入れたら、どこかに消えてなくなるのだ。
これとシャングリ・ラなしで、魔法を使った肥料の化学合成……。
「だめだ……諦めよう……まったくいい方法が思い浮かばない」
とりあえず、俺がシャングリ・ラで購入した、化学肥料を農民に提供することにした。
あまり撒かれても意味がないので、決まった用量も守らせる。
多く手に入れると、余分をよそに売ったりする可能性もあるしな。
「何を諦めるのじゃ?」
隣に裸のリリスがいたのだが、俺の胸の上に乗ってきた。
彼女の小さな胸が俺の肌に触れる。ここは崖の上にあるコンテナハウスのベッドの上。
「俺の独自魔法じゃなくて、普通の魔法で肥料を作れるか、考えていたんだが――」
「ダメなのかぇ?」
「今のところは、ちょっと無理だな」
「今のところ――ということは、その可能性もあるということじゃな?」
「まぁ、そうだな」
俺とリリスの会話に変な声が挟まってきた。
「ああ~ご主人様~お許しを~」
裸のマイレンが、床にいるのだ。
なぜかリリスと一緒のときはマイレンもいる。
「マイレン――まだやってたのか? ああ、許す許す」
俺の投げやりな言葉に、やる気をなくした裸のマイレンがすっくと立ち上がった。
彼女の太ももには、俺が買ってやった黒いストッキングとガーターベルト。
ふふふ――やはり、メイド長には黒がよく似合う……さすが、いい仕事だ俺。
彼女のメガネがキラリと光る。
「もう、ご主人様はもっと貴族らしくしてもらわないと困ります!」
「貴族らしくって言われてもなぁ」
「もっと、メイドをこき使って、口汚く罵ってですねぇ――」
「そんなことをしたら可哀想だろ?」
「そうです。可哀想だからこそ、お菓子をくすねたり、いいワインを盗み飲みしたりと――気兼ねなくできるのです」
「俺の下じゃ、それができないって言うのか?」
「そのとおりです!」
メガネの素っ裸で、そんなことを力説されてもなぁ。
「美味しいお菓子も食べさせてあげてるし、いいワインも飲ませてやってるじゃないか」
「それじゃ、貴族様に対する僅かな復讐心を満たす背徳感がないのですよ」
「ないとどうなるんだ?」
「それこそが、メイドをメイドたらしめる充実感というか、幸福感というか――」
マイレンがメイド論を力説するのだが、よくわからん。
「屋敷ができれば倉庫もできるから、ワインをちょろまかしたりできるようになるだろ? それまで待て」
「ああん! そうじゃありません。姫様からも、なにかおっしゃってくださいませ」
「ははは、マイレン。ケンイチには無理ゆえ、諦めるがよい」
「お菓子をつまみ食いしたり、ワインを盗み飲みするぐらいならいいが、売っぱらって小銭を稼いだり、公金を使い込んだり中抜きしたりするなよ。分前が欲しいなら、事前に言えば考慮する」
「まぁ、それは少々まずいの」
リリスが話を聞きながら、俺の身体をなで回す。
「もし、やったりすれば、黙って即時解雇だからな」
「責めたりはせぬのかぇ?」
「しないで、そのまま放り出す」
「し、承知いたしました……」
しょんぼりしたマイレンが、下を向く。
「おう、怖いの。そなた女子には優しいのではなかったのかぇ?」
「皆が一生懸命頑張ってくれてると思うから優しくできるけど――誠意のない人間は嫌いだし、嫌いなやつは許さん」
「マイレン――ケンイチは普通の貴族と違うのじゃ。そこを踏まえて仕えるがよい」
「かしこまりました……」
元世界と、この世界の道徳が少々違うのかもしれないが、十分に通用すると思っている。
貴族だから、変な道徳があるわけでもない。
貴族でも、まともな人間はまともなのだ。
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――天気のよいある日。
入植した農民を集めて、説明会をする。
ボロボロで粗末な服を着た農民たちが並んでいる。
他の領でやっていけなくなって、着の身着のままここにやって来た農民たちが多い。
厳しい領では貧しい農民からも税を取るので、にっちもさっちも行かなくなって、欠落してしまう。
この世界には戸籍がないので欠落しても罪にはならないが、農民がいなくなれば、領の経営はさらに厳しくなるので本末転倒だ。
「これが、俺が魔法で作った肥料だ」
皆の目の前にあるのは、シャングリ・ラで買った化学肥料だ――ビニル袋に入っていて10kgで1400円。
「「「おおお……」」」
「これを少しずつ、畑に撒くことで、収量の増大が見込める」
「ほ、本当でございますか?」
「ああ、もちろん」
使い方を説明する。
「作物の横に穴を掘って一つまみいれて、土をかぶせて水をまく。作物を植える前に、土に混ぜ込んでもいい。簡単だろ?」
「そ、それでお代のほうは……」
「それは要らん」
「しかし、領主様――農具も貸していただいて、住む所も提供していただいておりますのに……」
着の身着のままの農民たちは当然、馬車も持ってなければ住む所もない。
その者たちにはコンテナハウスを貸してやっている。一番簡単で安い。
シャングリ・ラがどこにつながっているか解らないが、コンテナハウスメーカーは大儲けだな。
農民たちに余裕ができれば、家も建てられるだろう。
シャングリ・ラにチャージするときは、なるべくものでチャージをしている。
金貨を入れてしまうと、いずれ流通する金貨が不足してしまうのは今までどおり。
それは避けなくてはならない。
「心配するな。お前達が豊かになったら、税を取る予定だから。はやく豊かになってくれ」
「「「おおお……」」」
ビニル袋を開けるのが面倒なので、そのまま渡す。
「撒きすぎるなよ。過ぎたるは及ばざるが如し」
袋は袋で使いみちがあるだろう。ビニル袋は腐らないし丈夫だ。
農民たちは化学肥料の袋を担いで帰っていくが、広範囲を開拓して肥料が足りない農民には追加を認めている。
さらに収量を増やす試みとして、農民たちを集めての簡単な座学も行なっている。
農業に関する簡単な知識――たとえば連作障害について、知らない農民もいるのだ。
そんな状態で作物を作っても、収量が上がらないのは当然。
定期的に休耕地を作って、レンゲを植えることを推奨した。
レンゲの種も、1L1800円ぐらいでシャングリ・ラに売っているが、買うのは最初だけでいくらでも増えるだろう。
レンゲなどを緑肥作物というようだが、利用にはデメリットもあるらしい。
元世界との土壌の違いも不明だし、作付けされた作物の様子を見ながら、色々と試すことになりそうだ。
そのために――なんと、シャングリ・ラには土壌を検査するキットも売っている。
マジでなんでも売っているな。データを集めて、元世界との土壌との違いを見極める必要がある。
農業とは学問だからな。
「ほう! 中々綺麗な花畑じゃのう」
リリスが、試験的に植えたレンゲの花が揺れる、ピンク色の花畑を眺めている。
「そうだな」
「これはなんの役に立つのじゃ?」
レンゲはマメ科の植物で、空気中の窒素を根粒菌の助けを借りて、土壌に取り込むことができる。
「この草は、土地に栄養を蓄えることができるんだ。こいつを地面に鋤き込んで、作物を植えればよく育つ」
「ほう! なるほどのう!」
「これを使って、痩せた土地でも農地にすることができるんだ」
「さすが賢者じゃのう」
「それに、この花は食べることもできるしな」
「そうなのか?」
花を摘んで口にいれてみると、少々甘くて豆っぽい味がする。
まぁ、マメ科の植物なので当然だ。
似たような植物でクローバーがあるが、クローバーは少々毒があるので食えない。
熱を加えれば少量を食えないこともないが、牛でさえ沢山食うと病気になるぐらいだ。
それなら、レンゲのほうが使える。
リリスのリクエストで、レンゲの料理を作る。
一番簡単なのは天ぷらだが、さすがのサンバクも天ぷらは知らないので、俺が手本を見せる。
卵を入れて水で溶いた小麦粉にレンゲの花を通して、油で揚げる。
簡単だが、奥が深いのも天ぷらだ。
「ほう! これは単純な料理法だが、素材の良さを生かしている……」
サンバクがレンゲの天ぷらを食べて唸っている。
「今日は花を使ったが、本当は野菜や魚などを使う料理なんだけどな」
「それでは、他のものも作りましょう」
「そうだな」
サンバクとメイドに手伝ってもらい、野菜やマス、クラーケンの天ぷらも作る。
クラーケンの肉は、みんなが食べるようになったので、出しても心配いらない。
晩飯の食卓に、天ぷらとスープ、その他の料理が並んだ。
食卓には俺の家族のほか、アキラがいる。
カールドンは一緒には食事はしない。
いつも研究に没頭しているので、必要を感じたら、余り物を食べているようだ。
一緒に食べたくなったら、いつでも食卓についていいと言ってあるのだが、いまのところ同席することはない。
話を聞いても食事はエネルギーの補給として考えているようで、あまりこだわりはないようだ。
――といいつつ、美味いものをたべさせると、「美味い」と言っているので味は解るらしいのだが、自身の研究より食事の優先順位が低いのだろう。
「おお~っ、今日は天ぷらか?」
アキラが、天ぷらを見て嬉しそうだ。
「そうだ、リリスのリクエストでレンゲの花の天ぷらを作ってみたぞ」
「へぇ~、ニセアカシアの花の天ぷらは食ったが、レンゲは食べたことがないな」
「ニセアカシアも豆科だから、同じ感じだと思う」
アキラは帝国で唐揚げを売っていたようだが、天ぷらはつくらなかったらしい。
「うん! 美味しい! 花も食べられるんだね?」
アネモネがレンゲの天ぷらを頬張って笑みを浮かべている。
「なんでも食えるわけじゃないからな。毒の草木も多いし」
「解ってる。食べられるなら、ケンイチが食べているはずだし」
「はは、そりゃそうだ」
アキラが天ぷらを食べながら、笑う。
「こっちはマスを天ぷらにしてみたぞ?」
「マスの天ぷらは初めてだが、こりゃ身が甘くて美味いな! 鮭とかマスも天ぷらにしたら、美味かったんだな。俺も釣りをしたら作ってみよう」
アキラはビールを飲みながら、天ぷらに舌鼓を打つ。
「これは美味いの! エールによく合う」
「サクサクしてて、とても美味しいです。花が食べられるなんて……」
アマランサスとプリムラにも評価は上々だ。
ちょっと離れた所で、同じものを食べていたニャメナが叫んだ。
「旦那! これって、あのクラーケンなのかい?」
イカの天ぷらが美味いんだから、当然クラーケンも美味い。
「花を食うなんて初めてだにゃ!」
ミャレーはレンゲの天ぷらをパクついている。
「そうだニャメナ。美味いだろ?」
「美味いけど――旦那にかかると、どんな魔物の肉も美味くなっちまう……」「そうだにゃ」
「いまのところ魔物も食えているが、そのうち毒があって食えないものとかもあるかもしれないし」
「それでもさ、フグの卵巣みたいに、糠や酒粕に漬けると毒が抜けるとか……あるだろ?」
アキラの言うとおり、元世界にそういう話があったが……。
「そこまでしなくても、食うものが沢山あるじゃん」
「まぁ、そうだが珍味としてな、ははは」
「そなたたちの話を聞いておると、毒のあるものをわざわざ、食えるようにするかぇ?」
「そういう話もあるんだよ。アキラは食ったことがあるのか?」
「まぁあるけど……ははは。俺の口には合わなかったな」
シャングリ・ラを検索すると、話に出たそれが売っているが――珍味中の珍味だな。
これは止めておこう。
プリムラの話では、イカクンとスルメの売上は上々のようだ。
この分だと意外と早く、アイテムBOXに入っているクラーケンはなくなってしまうかもな。
クラーケンが養殖できればいいが――いや、無理か。
ワームなら沢山いるんだがなぁ……。
サンバクに美味しいワーム料理を考案してもらっているのだが、なかなか苦戦しているらしい。
普通に捌いて焼いて食うのが一番マシ――もしくは、エルフの連中がやっていたような干物がいいらしい。
またアキラが言っていたように若いワームを捌いて炒めものなどに使うのもいいようだ。
どこにでも沢山いるし栄養もあるので、金がない連中などには、湖の砂地で採れるワーム料理を推奨している。
最初は気持ち悪がっているが、しっかりと泥抜きなどをして食べてみれば、それなりに美味い。
もはや、サクラでの定番料理になりつつある。
少々気持ち悪くても、飢えるよりはマシだろう。
「ケンイチは、食い物のことになると、意外と厳しいの」
リリスが、天ぷらを頬張る。
「まさか、この領にやってきて得体の知れないものを食わされる羽目になると思ってなかった連中も多いんじゃね?」
「そうは言うがな、ニャメナ。食えるものがあるのに、飢えることはないだろう。別に食えない不味いものを無理やり食えとは言ってないんだ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「本当に飢饉になったら、草の根っこまで掘り返して食う羽目になるんだぞ?」
「私はいつもお腹が空いていたから、いつも食べるものを探してた……」
俺の言葉にアネモネがつぶやく。
彼女は、家で満足に食事がもらえなかったため、森の中で食べられるものを探してさまよっていたのだ。
「沼地にワームがいて、泥抜きすれば食えるって解ってたら、焼いて食べてただろ?」
「絶対に食べてた……」
「トラ公は贅沢で舌が肥えたにゃ」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ」
最初は頭を抱えていたクラーケンの在庫は順調に減りつつある。
なんとかなるもんだ。
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――天ぷらから数日後。
湖畔に植えていたサトウキビが立派に成長したので、刈り取り作業と砂糖の精製を行うことにした。
人手を集めてサトウキビ刈りを行うが――その中に新しい人物が加わっている。
マロウ商会から派遣されてきたニゲラという若い男だ。
長身で茶色の髪をオールバックにしており、グレーのシャツを腕まくりして長い鎌を振るっている。
この長い鎌はシャングリ・ラには売っていないので、こちらの世界製だ。
彼は、マロウさんが直々に採用したというので、期待しているのだろう。
ニゲラを作業に参加させて、砂糖の作り方を覚えてもらう――と言っても、なにも難しいことはない。
刈ったサトウキビを潰して刻んで、大きい鍋で煮る。
煮だしたら魔法で乾燥させるのが、元世界と違うところだ。
作業の様子を見守っている男がいる――マロウ商会の主、マロウだ。
「この草から砂糖ができるのでございますか?」
「そうだ」
今までは、彼のことをお義父さんと呼んでいたのだが、それを止められてしまった。
貴族になった俺が、商人に敬語を使うなどありえないと言うのだ。
2人きりのときには、義父と呼ばせてもらうが、公式にはマロウ――呼び捨てになってしまう。
彼の横にはプリムラもいて、作業を見守っているが――なんとも慣れない。
それはさておき、乾燥の魔法はアネモネに頼む。
「むー! 乾燥!」
白い霧とともに、鍋の水分がドンドンなくなる。
ここがこの世界ならではだろう。魔法を使えば大幅に作業を短縮することができるわけで、鍋の底に残ったのは焦げ茶色の塊。
「おお~黒砂糖の完成だな」
アキラが鍋の底を眺めている。彼は元世界で、サトウキビの刈り取り作業を手伝ったらしいので、黒砂糖も知っているはずだ。
「普通に売る分にはこれで十分だろ?」
なにせ、甘いってだけで十分に価値がある。
それに、黒砂糖のほうがミネラルも豊富に含んで栄養もあるしな。
昔のように砂糖を滋養強壮の薬とか栄養剤と考えれば、黒砂糖のほうがかなり優秀だ。
「どれどれ……」
リリスが、鍋の底に手を伸ばして、欠片を拾い上げると、口に入れた。
「うむ! 甘い!」
「私も食べる!」
アネモネも一緒になって、黒砂糖を舐めて微笑んでいる。
「ほ、本当に砂糖でございますな!」
「言ったとおりだろう?」
黒砂糖を舐めたマロウも驚いている。
「こ、これをマロウ商会で扱えるとは……」
砂糖と塩の販売は国の許可がいるが、すでに取ってある。
「まぁ、よろしく頼む」
「はは~っ」
マロウが頭を垂れる。
この世界にやってきてから、彼には散々世話になっているのに、呼び捨てとはなんとも心苦しいが、商会も順調のようだし十分に恩は返しているだろう。
「じゃが聖騎士様――聖騎士様のお使いになっておる砂糖は純白だの」
アマランサスも黒砂糖を口に入れた。
「白い砂糖は高級品として売ろうと考えている」
「ケンイチ、黒砂糖から糖蜜を脱いたりするのは、遠心分離機が必要だぞ?」
「ああ、解っている」
アキラの言うとおりで、白糖の製造法をシャングリ・ラで売っている本で少々調べてみた。
カールドンが作ったゴーレムモーターで遠心分離機も作れないこともないが……。
「実はいい方法がある」
俺はアイテムBOXから、液体を分ける魔道具を取り出した。
こいつはいつも油の合成に使っているので、油臭い。
「アネモネ、ちょっと魔法で洗浄してくれ」
「いいよ――洗浄!」
綺麗になったら、魔道具の上部に黒砂糖をお湯で溶かしたものを注ぐ。
次に中間の容れ物には、白糖を溶かした水を入れる。
こいつは上に入れた液体から中間の容れ物の成分を分離できる魔道具。
こうすれば、黒砂糖の溶液から、白糖が溶けた水が分離されるわけだ。
分離された砂糖水を蒸発させれば、白い結晶だけが残る。
アネモネの魔法によって、容れ物の底に白い結晶が現れた。
これなら、カールドンに魔道具を追加で製作してもらえば、俺がいなくても砂糖作りが可能だ。
「「「おおお~っ!」」」
「す、すばらしいですぞ、辺境伯様!」
「マロウには散々世話になったからな」
「いえいえ、滅相もございません! マロウ商会がここまで大きくなったのは、すべて辺境伯様のおかげでございます!」
マロウと一緒にいるプリムラも微笑んでいるが、俺は良い夫なのだろうか?
この世界では、一夫多妻が認められているとはいえ、少々モヤモヤが残る。
刈り取ったサトウキビの株からは脇芽が伸び、すぐに次の刈り取りができるようになる。
順調に、サトウキビ畑は湖畔に広がり始めた。