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169話 サンバクが来た


 アキラと一緒に異世界寿司を作って舌鼓を打ち、クラーケンの肉を使ってイカクンを試作してみた。

 元世界のイカクンと全く同じで、しかも美味い。

 これなら売れるということで、サンタンカの村で生産が始まり、限定品として売りに出されたが、殊の外好評であるらしい。

 スモークサーモンよりは日持ちもするので、少々遠くの街まで輸出できる。

 それによって、我がハマダ領の名前も徐々に広がりつつあるようだ。


 領の名前が広がるにつれ、住民の数も増えてきたが、相変わらずの住宅不足。

 急ピッチで森が切り開かれて、住宅の建設が行われている。

 俺が苦労して作ったツリーハウスも撤去されてしまい、足場に使っていた大木も切り倒されてしまった。

 その場所は住宅地になり、新しい住民たちの棲家となる。

 行き場を失ったツリーハウスは、しばらく開発する予定のない崖の上に移転した。

 崖の上を本格的に開発するためには、階段が必要になるだろう。

 俺が作った単管の足場をいつまでも使うわけにはいかないだろうしな。

 崖に階段か――岩を削って作るか、それともコンクリで階段を作るか。

 いずれにせよ、まだ先の話になる。


 サクラを訪れるのは、新たな住民や商人たちだけではない。

 ハマダ領の評判を聞きつけた、貴族たちもやってくるようになったが、屋敷がない俺の領地を見て唖然。

 それでも、味方になってくれると宣言してくれた貴族には、生産が始まった砂糖と1/10オンス白金貨を渡した。


 最初は、貧乏領だとバカにしていた貴族たちは、白金貨と砂糖を見て豹変。

 見事に掌を返しまくった。まったく現金キャッシュなやつらばかりだ。

 金に集まるゴキの如き、こんな奴らはどうでもいいのだが、枯れ木も山の賑わい――役に立つこともあるだろうから、根回しは欠かせない。

 まつりごとの素人の俺は、素直にリリスとアマランサスの助言に従う。


 噂が噂を呼び、訪れる貴族や商人たちも増えてきた。

 それを見たリリスやアマランサスも苦笑いしている。


「ほんにのう――城にも、陳情や媚を売りにくる貴族や商人は多かったが、ハマダ領もそんな感じになりそうじゃのう……」

「リリスの言うとおりだわぇ」

 アマランサスは扇子で口を隠して、いつものポーズだ。

 俺としては、白金貨が広まってくれて、正式に流通してもらったほうがありがたい。

 なにせ、白金貨1枚で金貨100枚分の価値があるのに、シャングリ・ラでの購入価格はほとんど変わらない。


 金貨で白金貨を買って、金貨100枚と交換して、また金貨で白金貨買う――。

 まさに錬金術。これで金に困ることはなくなるってわけだ。

 この世界に来たときに、シャングリ・ラとの価格差を利用して、金貨と銀貨を交換しようと試みたことがあったが、怪しまれて失敗した。

 あのときの俺は、ただの怪しいオッサンだったが、今は貴族だ。

 大手を振って錬金術が行使できる――といえ、あまり派手にやっては、経済が混乱する可能性もあるし、王家や有力貴族に睨まれることになるだろう。


 リリスやアマランサスは気にすることはない――と言っているのだが、争いはなるべく避けたい。

 この白金貨――つまりプラチナだが、意外な経済効果を生み出している。

 俺のところにやってくる貴族たちは、領地を持たない貴族が多い。

 偉そうにしてはいるが、家計は火の車。

 手に入れた白金貨を早々に売ってしまい、手に入れた金貨であれこれ買い物をしたり、借金の返済をし始めた。

 それによって、停滞していた王国の経済が回り始めたのだ。


 ――そんなある日、荷物を満載した2台の荷馬車がやってきた。

 2頭立てなので、馬が4頭――鹿毛と芦毛の馬が2頭ずつだ。

 その馬車から降りてきたのは、金色の髪とカイゼル髭を生やした紳士。

 いつも着ていた白い服ではなく、地味な紺色の服であったが――お城の料理長サンバクだ。


「サンバク――さん」

 俺は貴族になったので、呼び捨てでいいのだが、どうも慣れない。


「辺境伯さま! サンバクでよろしいですぞ」

「それでは、俺もケンイチで」

「よろしくお願いいたします。ケンイチ様」

 そこにリリスがやってきた。


「サンバクではないか。本当にやってきたのだな?」

「お久しぶりでございます、姫様。もちろんでございますぞ。伊達や酔狂で、このようなことはできませぬ」

 直立不動になって、サンバクが答えた。


「妾はもう、姫ではないが」

「これは失礼いたしました。ハマダ辺境伯夫人」

「リリスでよい――ところで、そなた――夫人はどうした? 見当たらぬが……」

 彼女の言葉を聞いたサンバクの顔が曇る。


「離縁いたしました」

「なんと!」

 サンバクの話を聞いたリリスが驚いて、彼の顔を覗き込む。


「なにもない辺境で、料理の真理を追求をしたいと申したら、猛反対されましてな」

「さもありなん。まぁ、夫人の意見も理解できる」

「王都から動きたくないと申したので、私の資産のすべてを渡して離縁いたしました」

「それで、あの馬車の荷物が、今のそなたのすべてか?」

「そのとおりでございます」

「サンバクは、それでよかったのかい?」

 一応、彼の決意を聞いてみた。


「もちろんでございます。ケンイチ様の知識の海の中にある、いまだかつて見ぬ料理を食べぬうちは――このサンバク、死んでも死にきれません」

 いままで積み上げたすべてを捨てて、新しい料理の追究にやって来たということなのだろう。


「それでは、そんなサンバクにこれを」

 俺は、アイテムBOXから、スモークサーモンを取り出した。


「こ、これは――最近、辺境で噂になっているという魚の燻製ですか?」

「そう。まぁ食べてみてよ」

 ナイフで切って、彼に食べてもらう。

 サンバクは、切り身の断面をまじまじと見ている。

 さすがに料理人だ。色々と気になるのだろう。


「これは生でございますか?」

「そうだなぁ――生と干物の中間といった感じかな?」

 俺の言葉を聞いたサンバクは、スモークサーモンを指で摘んで口に入れた。


「む! なるほど――これは素晴らしい。柔らかな魚の身と旨味――そして燻蒸の香りが、音楽を奏でているようだ」

「これは、気に入ったようだな?」

「まさに、かつて食したことがない味でございます」

「それじゃ、そこにこの酒を」

 俺は、日本酒の大吟醸をグラスに注いでやった。

 サンバクは、透明な液体とグラスを確認すると、匂いを嗅いでいる。


「これは――まるで果実のような香りが……果実酒でございますか?」

「いや、穀物から作った酒だ」

「穀物……これが?」

 サンバクが一口飲む。


「なんと――酒で魂が震えるとは、信じられん……」

 彼は、ジッと目を閉じて上を向き、大吟醸の余韻を楽しんでいる。


「それじゃ次――」

 次は、同じ燻製でも、イカクン――クラーケンの燻製だ。


「これも燻製でございますな」

「サンバク――それは、妾も大好物じゃぞ? おやつにちょうどいい」

「ほう、姫様――リリス様も大好物とは……」

 サンバクがイカクンを摘むと、口に放りこんだ。

 これは、まじまじとは見ずに、いきなり口にいれた感じ。


「むぅ……これは獣でもなく、魚でもなく。イカかタコ?」

 さすが、一流の料理人だ。イカとタコを食べたことがあるらしい。

 ゲテモノと決めつけずに美食を追求する、その姿勢は素晴らしい。


「これは、クラーケンというイカの魔物の肉だよ」

「なんと、これが噂の魔物の肉!」

「サンバクは、イカとタコを食べたことがあるんだな?」

「はい、若い頃に海辺の村で食べました。ハッキリ言って、美味いものではなかったのですが……」

 彼の話からするとタコみたいだな。渋い表情を見ると、かなり不味かったらしい。


「タコは、煮るのが難しいみたいなので、大雑把な調理だったのだろう」

 俺とサンバクを見ていたリリスが、リクエストを出してきた。


「ケンイチ、サンバクに海苔巻を食べさせてやってくれ」

「解った――果たして、どうかな?」

 彼が、俺が出した太巻きをまじまじと見て、においを嗅ぐ。


「この黒いのは、海藻でございますな」

「海藻も食べたことがあるのか?」

「ええ」

 この世界でも、海辺では海藻を食べたりするんだな。

 少々驚きだが、海藻を消化できる遺伝子は、日本人だけみたいな話もあったような……。

 ――そんなことを考えていると、彼が太巻きを口に丸ごと入れた。


「甘酸っぱい穀物と、シャキシャキの野菜、香草――そして中心には、魚? 回りには海の香りの海藻が取り囲んでいる」

「どうじゃ? サンバク、最近の妾のお気に入りの料理じゃぞ?」

 そう――最近、リリスは海苔巻やおにぎりを食べているのだ。


「これは、見事なものでございますな。完成されたものが凝縮され渾然一体となっている。もしかして――魚は生でございますか?」

「ああ、生食は本当はダメなのだが、アイテムBOXを使った裏技を開発した」

「裏技……」

 アイテムBOXに入れると、寄生虫は死ぬ。

 アキラと一緒に魚についていたアニサキスのような寄生虫を掴まえて、アイテムBOXに収納。

 寄生虫が死ぬのを彼と一緒に確認した。同じように有精卵を入れると中で死んでしまい、外に出すとすぐに腐り始める。

 ――ということは、寄生虫の卵も死ぬということだ。


「アイテムBOXがないと食えない料理ってことになる」

「なんと、アイテムBOXにそのような使い方が……」

「これを使えば、魔物や獣の生食もできるようになるぞ?」

「し、信じられません……」

「やっぱり料理人だな。生食を頭から否定しない」

 この世界で生食は禁忌のはずなのだが、サンバクは真剣な眼差しで俺を見ている。


「肉としても素材の良さを究極的に求めようとすると、生食にたどり着くのではないかと、常々思ってまいりました」

「でも、生食は危険だからな……」

「そのとおりです。腹痛を起こし七転八倒したり、酷くなると気が狂い、奇行に走る者など……」

 奇行ってのは、寄生虫が脳みそに入ったのだろうか?

 元世界でも、そういう事例をネットニュースで見たことがある。


「奇行の原因は、なんだと言われている?」

「原因は不明ですが、禁忌を犯したため神の怒りに触れたのではないかと……」

 やっぱり、この世界には生肉には寄生虫がいるっていう概念がないようだ。


「原因については、俺に心当たりがある」

「なんでございましょう?」

「虫だ」

「む、虫でございますか?!」

 俺の言葉が予想外だったのか、サンバクが仰天する。


「野菜でも肉でも、生のものには、目に見えないような虫がついている。便の中に虫が混じっているのを見たことがないか?」

「あ、あります」

「それが、腹の変な場所に入ると腹痛――頭に入ると奇行という感じになる」

「あ、頭にも入るのでございますか?」

「ああ、虫に脳を食われていた死体を見たことがある」

「う!」

 黙って話を聞いていたリリスが口を押さえた。


「……生食が禁忌とされるのは、そのような原因があるのじゃな?」

「まぁ、そういうことになるかな」

「しかし、アイテムBOXに入れることで、そのような危険な虫の類をすべて排除できると――」

「そのとおりだが――いままで禁忌だったものを、即座に受けいれるのは難しいだろうから、おすすめはしないよ。食べると言っても、ウチの家族の一部しかいないし」

「いやはや、このような料理が、この世界にあるとは……」

 この世界じゃないんだけどな――まぁ言わぬが花ってやつだが。


 せっかくサンバクが来てくれたというのに、止めどなく話し込んでしまった。

 彼の荷物を降ろさなくてはならないが、彼が使う家もないのだ。

 しかたなく、いつものコンテナを2つ出して、彼に使ってもらう。


「申し訳ないが、家がないんだ。俺の屋敷すら、まだ建っていない状況だからな」

「民の棲家を優先しているのでございましょう?」

「まぁ、そんなところだ」

「この鉄の箱があれば、十分に使えますので」

 コンテナに入り切らなく、あまり使用頻度が高くない荷物は、俺のアイテムBOXに退避させた。

 やれやれ――住民が増えても、まったく住宅が追いつかないじゃないか。

 元世界のように、機械があるわけじゃない。皆が手作りなので仕方ない。

 俺の機械を出すと、作業員の仕事を取ってしまうので使えないが、棟上げなどの作業が大変な工事は手伝っている。

 そうした方が効率がいい。


 サクラにやって来たサンバクは、次の日からメイドに混じって厨房に立ち、料理を始めた。

 サンバクとメイドたちは、お城にいたときから、王族のための料理を作っており、気心の知れた仲だ。

 最強タッグと言えよう。


「サンバク、料理をするなら色々と面白い材料があるぞ」

 俺はアイテムBOXにしまってある、材料を出してみせた。

 輪切りにした巨大なワーム、巨大なハチと幼虫、そして卵。


「「「きゃぁぁぁ!」」」

 俺の出した食材を見たメイドたちから、悲鳴が上がった。


「おおっ! これは、見たことがないものばかりだ!」

「サンバク、ワームを食べたことは?」

「虫醤などに、使われていると聞いたことがありますが――」

「さすがに、虫醤をお城で使うことは、ないだろうしなぁ」

「う~ぬ……」

 サンバクは、早速料理を考えているようだ。


 俺が食材を渡して、夕方に出てきた料理が――ラビオリに似た具が入っているスープ。

 香辛料や調味料で味付けしたハチの幼虫のドロドロを固めて、小麦粉のシートで包んだものだ。

 空がオレンジ色に染まる頃、皆でテーブルを並べて、食事をする。

 ウチの家族とアキラも一緒だが、カナンは相変わらず仕事で、アストランティアにいる。

 今日は、プリムラが一緒だ。


 サンバクが作ってくれた料理を食べる。

 ラビオリに似たものをスプーンで掬い口に入れて噛むと、卵の白身に似た感触のものが、溢れ出す。


「うん、これは美味い」

「ほう、まことじゃのう。このまま王宮の料理で出てもいいぐらいじゃ」

 リリスがお姫様らしく、背筋を伸ばして料理を味わっている。

 やはり昔からの知り合いがいると、お城の作法を思い出してしまうのだろうか?


「リリスの言うとおりだわぇ」

「ありがとうございます」

「美味しいね!」

 アネモネも、ラビオリをパクパクと食べている。

 これなら、ハチの幼虫料理と言われても解らないだろう。


「アネモネの言うとおりじゃが、サンバク――これだけ山盛りにできぬのかぇ?」

 リリスは、ラビオリだけを山盛りにして食べたいようだ。


「ははは、姫様――それはできませぬ」

「むう……」

 俺ならリリスのわがままを聞いてしまうのだが、彼は厳しい。

 

「ケンイチ様。このパンも素晴らしいものでございますな」

「ああ、そうだ! サンバクが来たのだから、料理窯の製作を急がせよう」

 建物は無理でも窯は作れるだろう。

 屋敷ができたら、バラして移設すればいい。

 ――というか、窯として固まっていれば、アイテムBOXに入るよな?


「ありがとうございます」

「うめぇな! こりゃすげぇ。さすがプロの料理人だな」

 一緒に飯を食っているアキラも大絶賛だ。


「俺たちのは素人料理だからな――といっても、アキラは料理屋で働いたことがあるじゃん」

「ははは――まぁ、門前の小僧習わぬ経を読むってやつよな」

「サンバク、こちらは俺が懇意にしている帝国の大魔法師、アキラだ。お城で会ったよな」

「よろしく!」

 アキラが俺がやったビールを掲げている。


「よろしくお願いいたします」

「ああ、帝国の竜殺しの話はしたっけ?」

「はい――お城でも、あちこちで話題に上がっておりましたが、帝国皇帝の懐刀だったという――」

「まぁ、そうだったんだけど――職場での扱いが非常に悪くてねぇ。足抜けした。ははは」

「なんと……」

 アキラを紹介すると、どんな人でも驚く。

 帝国の竜殺しといえば、そのぐらい有名人なのだ。

 ちょっと離れた場所で料理を食べている獣人たちが、話しかけてきた。


「なぁ旦那。こんな偉い料理人の料理を、俺たちが食べていいのかよ?」

「そりゃ、家族なんだからいいんだよ」

「でもさぁ……」「トラ公は心配性にゃ。ケンイチのことだから、色々と考えているんだにゃ」

「まぁ、ミャレーの言うとおりだよ。領主が獣人たちを愛人にしている――というのは、実は大きな意味がある」

「そ、そうなのかい?」

 ニャメナが、少々訝しげな顔をしている。


「領主様が、単にそういう趣味ってだけじゃないかい?」

 茶化しているのは、プリムラの護衛のニャレサだが、そこにベルがやってきた。


「にゃー」

 彼女に、サンバクが作ってくれた特製のラビオリとネコ缶をやる。

 ラビオリは香辛料と調味料を抜いたものだが、美味しそうにネコ缶と一緒に食べている。


「よしよし、美味しいよな」

 食べている彼女の背中をなでてやる。


「にゃー」

「こうやって領主が、獣人と一緒に食事や寝床を一緒にすることで、お前たちに対する偏見や差別がないと、住民たちに訴えることができるだろ?」

「そうかぁ」「そうだにゃ」

「獣人たちが、つらい目に遭ったとしても、領主がちゃんと対応してくれるにちがいない――と考えて集まってくるわけだ。実際、あの3人組だって、俺が獣人好きだと解っていたから、ここまでやって来たわけだし」

 俺の話を茶化していたニャレサだが、椅子から降りると地面に手をついた。


「旦那! いや、領主様! 領主様が、そこまで獣人のことを考えてくれているなんて、あたいは知らなくて……」

「まぁ、解ってくれればいいよ」

「そうだにゃ~、シャムは大変失礼なことをしたにゃ~」

「こら、ミャレー。あまりいじめてやるな」

「だいたいニャレサ。旦那の傍には森猫も一緒にいるんだぞ? 普通の只人じゃ考えられないだろ?」

 只人というのは、エルフやドワーフ、そして獣人以外の普通の人間っていう意味だ。


「た、確かに――森猫様が只人と一緒にいるなんて聞いたこともないな……」

 森猫に様をつけてないのは、ミャレーとニャメナだけだ。

 ミャレーは最初から様つけをしてなかった気がするが、元々拝んだり信心深いタイプではないらしい。


 獣人たちは理解してくれたようなので、プリムラにサンタンカでのイカクン製造ラインの進捗状況を聞く。


「順調です。魚と違い骨を抜く作業がないので、作業をしている女たちは楽だと言ってました」

 製造ラインを埋めているのは、女性たちだ。骨を抜く作業は細かいので、大雑把な男にゃ無理だ。

 この世界の女性の仕事は、あまり多くない。稼げると解れば、サンタンカに移住する女性も多いだろう。


「村でのイカクンの評判は?」

「魔物の肉だと聞いて最初は驚いていましたが――やはり、食べてみると美味しいのが解ったようでした」

「そうだろうのう、あれが魔物の肉と言われても、信じられぬだろう」

 リリスの言うとおりだな。まったく魔物の原型を留めてないし、肉っぽくないところも幸いしているのかもしれない。

 イカクンと一緒に、カリカリに乾燥させた、スルメも売りに出された。

 果たしてこれがスルメといえるかは不明だが、日持ちするので保存食として人気だ。


 イカクンとスルメは、アストランティアやその他の都市でも、売上は順調。

 最初から、限定品として売り出しているのも利いているのだろう。

 実際、クラーケンの肉は限られた量しかないので、限定品には違いない。


 食事が終わると、メイドたちの後片付けを眺める。

 みんなやってくれるので、俺のやることがなくなってしまった。

 なんでも自分でやってきた人間なので、手持ち無沙汰だが、こういうのにも慣れないとな。


 ふと見れば、獣人の男たちが、暗い湖のほうへ走っていく。

 背負子に男を背負っている獣人もいる。

 なんだろうか?


「ニャメナ、獣人が湖の方へ走っていくんだが、なにかあるのか?」

「ああ、旦那。ありゃ、サンタンカに女を買いに行くんだよ」

「女……?」

 彼女の話では、サンタンカの燻製製造ラインに入っている女性たちが、夜にも稼ぐために自分を売っているようだ。

 稼げるときに、可能な限り稼ごうというのだろうが、この世界では普通にあることなので、咎めることもできない。

 世界で一番古い商売っていうぐらいだからな。


 サンタンカまでは5~6kmほどあるが、獣人たちの脚ならたいしたことはない。

 背中に乗っている男たちは、獣人の背中をタクシー代わりに使っているのだろう。

 儲かると解れば馬車をどこからか持ってきて、バス業を営む者が出てくるかもしれない。


 そう考えると――そのうちサクラにも花街ができて、娼館が建ち並ぶのか。

 行きはしないが、街が育つのは楽しみでもある。

 


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