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168話 イカクン


 巨大なクラーケンを倒した俺は、湖の上でそいつを切り刻み、アイテムBOXに収納。

 岸へ戻ってくると、それを解体した。

 解体途中で、アイテムBOXに生肉を入れると寄生虫が死ぬことに気が付き、アキラと一緒に寿司を作ることにした。


 板前のバイトの経験もあるというアキラの握りはなかなか見事なもので、俺の舌では本職と見分けがつかないレベル。

 彼と一緒に、久々の日本の味を堪能した。

 生食文化がない、こちらの世界の人間たちには、思い切りドン引きされたが。


 道具屋の婆さんとメリッサは、アストランティアに帰って、魔導の研究をするようだ。

 ウチのアネモネとレイランさんの魔法を見て、思うところがあったのだろう。

 討伐を手伝ってくれたノースポール男爵も帰路についた。

 本人は不本意な結果だったようだが、俺から見れば十分に働いてくれたと思う。

 彼は、アマランサスに忠誠を誓ったので、俺の味方――ということになる。

 ただ、男爵になにかあれば、男爵領の住民たちの面倒も俺がみなくてはならない。

 また俺の双肩が重くなった気がする……。


 婆さんとメリッサが帰ったあと――レイランさんとアネモネの魔法の技術交流が行われた。

 集落から離れ、森に近い場所で、あれこれと魔法のレクチャーが行われている。

 小さいながらも、アネモネの持つ魔力の大きさと魔法の威力にレイランさんも、かなり驚いたようだ。

 その光景を見守っている俺の後ろには、アマランサスがいる。

 彼女は俺の護衛ということになっているので、いつも一緒なのだが――。

 元王妃が、俺の護衛というのは妙な気分だ。


「ケンイチ! 見て見て!」

 アネモネがレイランさんの所から走ってきた。


「おっ? アネモネ、どうした?」

 アネモネが魔法を使うようだ。彼女の周りに青い光が集まってくる。


『むー! 光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 彼女の周りに複数の光の槍が顕現。

 大木に向かって一斉に発射されると、地を這うように進み大木を根元からなぎ払った。

 メキメキと大きな音と地響きを立てて、大木が倒れる。


「すごいな、アネモネ! もう、マジックミサイルを覚えたのか」

 そこにレイランさんがやってきて、ため息をついた。


「そう簡単に覚えられる魔法ではないのですが……」

「まぁ、アネモネは魔法の天才だからなぁ」

 彼女を抱き寄せて、頭をなでなでする。


「えへへ……」

 ついでに、レイランさんから、ゴーレムのコアについて聞く。

 水の上で簡単にイニシャライズをやってしまったことだ。


「あれは、ゴーレム魔法の欠陥なのです」

「欠陥?」

 彼女によれば――デフォルトのゴーレム魔法にはバグがあり、そこを突いて簡単にコアを乗っ取ることができるらしい。


「ええ? マジか――そりゃ大きな欠陥だな」

 つまり、バグを使ってシステムの乗っ取りをしたわけだな。


「アマランサス」

「なんでございましょう? 聖騎士様」

「このことを、王都に手紙を送って注意喚起したほうがいいかな?」

「なぜかぇ?」

 アマランサスは予想外に冷たい返事をした。


「なぜって?」

 俺は、アマランサスの言葉に疑問を覚えたのだが、彼女が俺に顔を近づけてきた。


「これは、我が領の大きな利点になる情報。それを易々と敵に渡すのかぇ?」

「敵ってな……王家を敵扱いするのか?」

「妾と聖騎士様の道を拒む者はすべて敵」

 さらに彼女が顔を近づけてきた。


「アマランサス、近い! 近い!」

 彼女が俺に抱きつき、身体をくねらせる。


「アルストロメリアは、やり手じゃぞ? 決め手は多い方がよい――はっ! もしや、聖騎士様はやはり、若い女の方が……」

「そんなことはないけどな」

 パワーがすごいので、抱きつかれて針金で巻かれたようになる。


「もう! 近づきすぎ!」

 アネモネが間に割って入ろうとしても、隙間も開かない。


「仕方ない」

 アマランサスの背中から尻にかけてなで回す。


「はうんっ! はあっ!」

 彼女が身体をプルプルと震わせて、拘束が緩んだ。


「もう! ずる~い! 私も!」

「はいはい」

 アネモネを抱き寄せて、頭をなでる。


「ふわぁぁぁ……」

 2人に抱きつかれる俺を見て、レイランさんがもぞもぞし始めた。


「ケンイチ様! 失礼いたします!」

 彼女が一礼すると烏色のワンピースの裾をひらひらさせて、集落のほうへ向かう。

 多分、アキラの所へ向かったのだろう。

 レイランさんが、大きな胸を揺らしながら走れるようになったのも、俺が渡したブラジャーを元にして、彼女の身体にフィットする一品を作るのに成功したからだ。


 さて大きな問題は片付いたが、まだまだ片付けなくてはならない問題が山積みだ。

 とりあえず大量にあるクラーケンの肉の使いみちを考えなくてはいけない。

 これだけの肉を俺とアキラだけで消費するのは不可能だろう。

 全部使い切ったあと、イカが食いたくなったら、シャングリ・ラで買う手もある。

 シャングリ・ラには、冷凍のイカも売っていたからな。


 アキラとクラーケンの加工について話し合ったが、イカクン(イカの燻製)がいいんじゃないかということになった。

 原型を留めてないし、なにより美味い。

 ――まずは試作を行う。


 アイテムBOXからクラーケンのブロックを切り出して、すぐにしまう。

 クラーケンは生なので、外に出したままだと、すぐに傷んでしまう。

 次に切り出した白い肉のブロックをアネモネの魔法で加熱してもらう。

 テーブルの上――デカいタライに入れた白い塊の周りを青い光がまとわりつく。


「むー! 温め(ウォーム)!」

 タンパク質が変質すればいいので、100度まで加熱する必要もない。

 魔法の温めは電子レンジと同じで、中まで均等に加熱できるのが特徴だ。


「さすが魔法だよな。こんな塊を鍋で煮たりしたら大変だ」

 アキラが、アネモネの魔法に感心している。


「けど、一般で作るとなると、そうしてもらわなければならないな。魔導師を雇う金と、かかる手間暇がバーター(物々交換)になるが」

 試作に立ち会っているのは、俺とアキラとアネモネだけ。

 他のやつらは気持ち悪がって、近寄ってこない。

 まぁ、そのうち好奇心の強い王族の2人がやってくるだろう。

 できたものの味も、気になるだろうしな。


 白い塊に火が通ったら、スライサーを買う。

 スライサー ――なんか恰好良さげな名前だが、要は裁断機だ。

 機械には電動で回転する丸のこがついている。肉屋の店先で見たことがあるのが、シャングリ・ラで売っていた。

 値段はプロ用なのか、少々お高めの4万5000円。


「スライサーか?」

「そうだ。さすがのアキラも使ったことはないか?」


「いや、スーパーのバイトで電動の使ったことあったし」

「やっぱり、スライサーも使ったことがあるのか」

 電動なので、モバイルバッテリーを出して、機械に接続。

 彼が経験者らしいので、使い方を教えてもらう。


「モバイルバッテリーか? 発電機もあったよな?」

 ここに遊びにきた彼に、発電機も見せていた。

 

「発電機もあるけど、ガソリンが高いんだ」

「そうか、ガソリンか……」

「軽油もないから、植物油から俺が合成してバイオディーゼル燃料を作ってるし」

「そんなの俺じゃ考えもつかないし……太陽電池もあるよな?」

「バッテリーと太陽電池持っていくか?」

「う~ん、別に要らないかねぇ。明かりは魔法でなんとかなるし、TV放送があるわけじゃねぇし……」

 シャングリ・ラにはDVDやブルーレイの新作が上がっているとは言わない。

 

 それはさておき試作だ。

 金具で肉を押さえて回転刃めがけてスライドさせると――クラーケンの白い肉が、正方形の薄いハムのように切れた。


「おお、いけるぞ」

「ケンイチ! 私にもやらせて!」

「いいぞ、回っている部分は刃物だから、十分に気をつけてな」

「うん!」

 カットは、アネモネに任せるとしよう。


「スモークのときに吊るすなら、幅広より長方形のほうがいいんじゃね?」

「そうだな」

 アキラに包丁を渡して、2人で白い正方形を半分に切る。

 スライスし終わったので、タレに浸ける――醤油と味醂、鷹の爪、昆布だしを少々。


「おっ! この味醂は高いやつだな?」

 アキラが言うとおり、シャングリ・ラで購入した味醂の色は黒く、瓶には長期熟成と書いたラベルが貼ってある。


「せっかくだ、贅沢しようぜ」

 ――薄くスライスした切り身をタレに揉み込むと、すぐに引き上げて燻蒸器にセットした。

 薄い肉が「珠のれん」のようにぶら下がる。


「昔、台所の入口とかに、珠が繋がったのれんとかなかったか?」

 俺の質問にアキラが反応した。


「ああ――あったなぁ、今でもあるのかね?」

「ウチの婆さんとか自作してたぞ?」

「木製か?」

「いや――新聞のチラシとかを細長く切ってな。それを巻いて珠型にしたものに、ニスを塗って紐を通してた」

「はぁ、そりゃまた器用だな」

 変なことを思い出してしまった。

 ウチの一族は、なんでも作る自作家揃いなのだが、こういうことをすると、「貧乏くさい!」といって、嫌う人間がいるのも事実。

 自作すれば、世界で無二のものが目の前に現れるのに、なぜそれが貧乏くさいのか。

 薄い肉を吊るしたあと、燻蒸器の底にチップを置いて火を点けると、もうもうと煙が上がる。


「おほ~いい匂いだぜ。こりゃリンゴか?」

「いや、リンカーという、多分バラ科の木のチップだ」

「ああ、リンカーか。そりゃ、サクラやリンゴみたいな匂いがするよなぁ」

 アキラはしばし、煙が出ている燻蒸器を見つめて、何かを考えている。 


「どうした?」

「いやぁ、燻製はしてなかったなぁ――と思ってな。リンカーなんて結構生えてるのに……」

「ウチでも植えたぞ。実験的に摘花して、実を大きくしてみるつもりだ」

「青森でリンゴの摘花のバイトしたぞ。確かに――なる実を少なくすれば、大きく甘くなるかもな」

「だろ?」

「ケンイチ、味醂を飲んでいいか?」

 飲兵衛のアキラが、味醂の瓶を掲げて、舌なめずりをしている。


「いいけど――まぁ、味醂を飲む人もいるよな」

「高級な味醂は、酒としても結構美味いぞ?」

「どうやって飲む? ストレートか? ソーダ割りか?」

「お! ソーダ割り、いいねぇ」

 アキラのリクエストで、シャングリ・ラでソーダを買う。


「へへへ」

 グラスに黒い味醂を注ぐと、ソーダで割り、アキラはぐいっと飲んだ。


「どうだ?」

「……ケンイチ、悪い! レモンはないか?」

「あるぞ」

 シャングリ・ラでも売っているが、バラ売りではない。3kgで2500円だ。

 購入ボタンを押すと、箱でレモンが落ちてきたが、山盛りの黄色の果実にアキラが驚く。


「そんなにか?」

「まとめてしか作れないんだよ」

「そういう仕組みなら、しゃーないな」

 アキラが、レモンを包丁でカットして、薄切りに――それをグラスの中の味醂にちょっと絞ると、皮ごと浸けた。


「う~ん! トレビア~ン! やべぇなこれ、美味いぞ」

「なにこれ? 木の実?」

 アネモネがレモンに興味津々だ。

 

「ちょっと食べてみるか?」

「うん!」

 薄切りにしたレモンをアネモネに渡す。


「す! すっぱ~い!!」

 レモンを少しかじったアネモネが、口をとがらせたまま固まっている。


「ははは」

「でも、酸味を抜くと、レモンって糖分高いんだよな」

「ああ、玉ねぎもそうだぞ。辛味を抜くと、かなり糖分が高い」

 俺たちがスモークしていると、リリスとアマランサスがやってきた。

 

「魔物料理なんて、気持ち悪いんじゃなかったのか?」

「そんなことはないわぇ。ドラゴンも食べたというのに。それに、そなたたちが作るものは、絶対に美味に違いない」

 俺の嫌味に少々怒るリリスだが、その横でアマランサスは調味料に興味を示している。


「聖騎士様、この黒い液体は?」

「それは醤油だな。豆を発酵させて作った、豆醤だ」

「こちらの黒い液体は?」

「それは味醂――ええと、穀物で作った酒から作った甘い調味料だ」

「甘いの!?」

 レモンの酸っぱさにやられたアネモネが、甘いという単語に飛びついた。


「味醂を飲むやつは、ここにいるけどなぁ」

 アネモネに少し舐めさせてみる。


「本当に甘い」

「お酒だから、これ以上はダメな」

「妾なら、よいじゃろ?」

「それじゃ、アキラと同じにして飲んでみるか?」

 アキラが作ったカクテルと同じレシピで、アマランサスにも作ってやる。


「ほう! これは美味じゃのう! それにしても、酒を甘くして調味料に使うとは、なんという知恵」

「うんうん、さすがケンイチは賢者じゃのう。ところで――」

「なんだ、リリス?」

「その黄色いのは果実かの?」

 そのリリスの言葉に、アネモネが包丁を持ち、レモンを厚切りにすると彼女に差し出した。


「はい!」

「おお、アネモネ――気が利くのう! あむ!」

 一口かじったリリスが、口を突き出したまま固まって震える。


「梅干し食べて、スッパナントカって昔あったよなぁ」

「ああ、あったあった」

「酸っぱいの! ななな、なんじゃこれは?!」

「なにって、果実だよ。いろんなものに使える。お菓子や飲み物にも使えるぞ?」

 シャングリ・ラでレモン絞り器を買って、黄色い果実の汁をたっぷりと絞る。

 それを砂糖と一緒にグラスに入れて、炭酸水で割る。


「ほい」

 俺が差し出したレモンジュースを、リリスが警戒している。


「また、酸っぱいのであろ?」

「酸っぱいけど、美味いぞ?」

 俺が毒味で一口飲んで見せるとリリスも、グラスに口をつけた。


「うう……美味い! これは、美味いな! なんという爽やかな味じゃ!」

 レモンジュースを一口飲んだリリスが叫んだ。


「まぁ、そういうのに使える」

「それに、はちみつを入れたら、レモネードだよな」

「そうそう」

「ずる~い! ケンイチ! 私も飲む!」

「ほいほい」

 アネモネにも同じものを作ってやった。


「甘酸っぱくて美味しい!」

「この美味さも、砂糖があればこそじゃな。あの砂糖ができる草も大きくなってきたことだし、そろそろ始めるのかぇ?」

「そうだな。懸案だった、湖の魔物も退治できたしな。湖畔の安全も確保できただろう」

 喜ぶアネモネとリリスをアキラが眺めている。


「ケンイチ、レモンやミカンの木は作れないのか?」

「ああ、ここなら、レモンやミカンもなるかもなぁ。試しに植えてみるか?」

 とりあえず植えてみて、順調に育つようなら、人に丸投げしてもいい。

 なんでも自分でやらないで、人を使うことを覚えないとな。

 シャングリ・ラを検索すると、いろんな種類のレモンやミカンが売っていた。

 農家の移民がやってきたら、苗を預けるのもいい。


「この世界で柑橘類は見たことがなかったから売れると思うぜ」

「そうだな」

 俺たちがレモンで遊んでいる間に、スモークが完了した。

 燻蒸器の蓋を開けると、スモークのいい香りが噴き出す。


「どれどれ、早速試食してみるか。ほい、アキラ」

「サンキュー!」

 オッサン2人で、イカクンを口に入れて咀嚼する。


「おっ! こりゃ美味いぞ! 市販のより美味いな!」

 噛むと旨味が口の中に広がり、鼻孔からスモークの香りが抜ける。


「こりゃ、めちゃ美味いって! ケンイチ、ビール!」

「ほい! 極度に乾燥しなさい!」

「サンキュー! グビグビ! ははは!」

「ケンイチ! 私も食べる」

「ほい、アネモネ」

 大きなイカクンのシートをもらったアネモネは、それを千切って口に放り込んだ。


「美味しい!」

「美味いよな?」

「うん!」

「リリスとアマランサスも食べてみるか?」

 アマランサスには、ビールと一緒にイカクンを渡した。


「ほう! これは珍味じゃ。以前に食した単純に焼いたものより、こちらのほうが美味い」

 リリスがイカクンを持ったまま叫び、アマランサスは肴にしてビールを飲んでいる。

 

「なんと、これは酒の肴にピッタリじゃな!」

「珍味って――元世界でも珍味って名前だったがなぁ」

「そうだな――ケンイチの所に珍味売りって来なかった?」

 アキラが懐かしいことを言い出した。


「ああ、来たなぁ。歌を歌ってくれるバージョンもあったようだぞ?」

「歌? どんな歌なんだ?」

「私たちの丹精込めて作った珍味を買ってくれてありがとうございます~みたいな」

「そんなのがあるのか?」

「年寄りなどは、一生懸命歌ってくれたとかいって、感激しちゃうらしい」

「孤独な年寄りってのは、人とのつながりに飢えているからなぁ……」

 なんか、異世界で悲しいネタになってしまったな。

 とにかく、この世界の住民にも美味いらしい。


「他のやつにも食わしてみるか――お~い! ミャレーかニャメナはいないか?!」

 大声で叫んでみると……ニャメナがやって来た。


「なんだい旦那?」

「新作の美味いものができたぞ? 食ってみないか?」

「……それって、あの魔物の肉だろ?」

「よく解ったな。ほら、美味いぞ? エールと一緒に食ってみろ」

 イカクンと、極度に乾燥しなさいをニャメナに差し出した。

 俺とアキラがムシャムシャ食ってみせるのだが――耳を伏せて、尻尾をブンブン――かなり警戒している。


「まぁ、無理に食わせるのも悪いが……」

「あ! そうだ、ケンイチ! ネコにイカとかタコ食わすと、腰が抜けるんじゃなかったか?」

「そういえば――そんな話を聞いたことがあったような……」

 俺たちの話を聞いたニャメナが、毛を逆立てた。


「俺たちはネコじゃねぇ!」

 大声を出したニャメナが、イカクンを口に放り込んで、ビールをグイっと飲んだ。

 そのまま、しばらく咀嚼していたのだが――。


「……あれ? 美味いような……」

「もうちょっと食ってみるか?」

 追加のイカクンをニャメナに渡すと、彼女はそれを口に入れた。


「旦那、これってあれだよな?」

「そうだよ。美味いだろ?」

「美味い! こりゃ、酒の肴にピッタリじゃねぇか!」

 飲兵衛の定義は、どこの世界でも共通のようだ。


「ニャメナ、プリムラは来てたか?」

「さっき見かけたから、来てたと思うぜ?」

「呼んできてくれるか?」

 彼女にイカクンを追加で渡す。


「はいよ~へへへ」

 少しするとプリムラがやって来た。

 護衛のシャム柄のニャレサも一緒だ。


「ニャメナの話によると、美味しいものができたとか?」

「ああ、まずは食べてみてよ」

「へへへ、旦那ぁ。あたいにも食べさせておくれよ」

「魔物の肉だけどいいのか? 最初、獣人たちは見向きもしなかったんだぞ?」

「だって、トラ公が美味いって言ってるしさぁ」

 プリムラとニャレサにイカクンを渡すと、2人でクンカクンカしている。


「においはいいですねぇ」

「食うぜ!」

 まずは、ニャレサが口に放りこんだ。


「お! 美味いぜこれ! 本当に魔物の肉なのかい?」

「ああ、本当だぞ?」

 ニャレサにもビールをやる。


「あんな化け物がこんなに美味しくなるなんて……」

 プリムラには、解体中の写真を見せている。


「とにかく、この肉が大量にあるんだ。なんとか金にしないと勿体ないだろ? 俺とアキラで食ったら、何十年かかるか解らん」

「ははは、そりゃそうだな。いくら美味くても毎日食ってらんねぇし」

「か~っ! こいつは、酒の肴にバッチリだぜ!」

 ビールを飲んだニャレサが、缶を掲げて目をつぶっている。


「飲兵衛は皆同じことを言っているな」

「――という事は、酒飲みに売れるということですね」

 俺の言葉に反応して、プリムラの目がキラリと光る。


「そういうことだ、プリムラ」

「でも、魔物の肉ということで警戒されないでしょうか?」

「まぁ、そうだな。ニャメナに食わせるのも苦労したしな」

「ケンイチ、まずはタダで試食させればいいんだ。タダなら食うやつがいるだろ」

 アキラも、ビールを飲みながらムシャムシャとイカクンを食べている。


「まぁ、一度食ってもらえば、美味いのは解ってもらえるか……そうするか、プリムラ」

「はい、それはいい考えだと思いますが、これを作る手間はどうでしょうか?」

「スモークサーモンを作るより簡単だ」

「それでは――」

 サンプルを渡そうとしたが、アネモネとリリスによって、食われてしまっていた。


「ふう、まったく美味じゃ――これは、おやつにも最適じゃのう」

「ケンイチ、お姫様1人で、あのクラーケンを全部食い尽くすんじゃ……」

「ありえる……」

「そんなことは、ありえんじゃろ!」

 追加の試作をしたあと――早速、プリムラはサンタンカに向かい、スモークサーモンと同じラインで、イカクンを製造する交渉を村長とするようだ。


 サンタンカでの人手が足りないのなら雇えばいい。仕事があるなら人はやってくるのだ。

 実際、サンタンカの人口はすでに倍になっているが、特に女性が多い。

 燻製づくりは、女性向きの仕事なのだ。


 それに人が増えれば、それを当てに、商店や飲み屋を営む者も出てくるし、村がドンドン大きくなる。

 このイカクンは、ここでしか作れないから、コピーされる心配もないが、原料がなくなったら終了だな。

 シャングリ・ラでイカを買うか、海まで行ってイカを獲れば続けられるが……。

 それまでに、なにか別の商売を考えないとな。


「まるでシミュレーションゲームをやっているみたいだな」

 アキラのつぶやきとおりにゲームのようだが、これは現実。

 失敗をすれば、路頭に迷う人々も出るのだ。


 

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