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167話 異世界寿司


 湖を寝床にしていた巨大な魔物――クラーケンを仕留めた俺は、その巨体をバラバラにしてアイテムBOXに収納。

 岸まで戻ってくると、人を集めて解体を始めた。

 クラーケンの腹が開かれると、上に登ってその様子を眺める。

 すると作業員が何かを見つけたようで、走ってきた。


「ご領主さま!」

「ん? なにかあったのか?」

「これが!」

 イカのヌメヌメした体液に濡れた黒いTシャツと、枯れ草色のズボンの若い男が差し出したのは、黒い石。

 大きさはソフトボール大だ。


「もしかして魔石か?」

 それを受け取り、魔力を送り込んでみると、中が光りだした。

 魔石に間違いない。


「ありがとう。こいつは、ご祝儀だ」

 俺は、アイテムBOXから金貨を一枚取り出して、男に手渡した。


「金貨!? いいんですかい?!」

「ああ、もちろん」

「いやっほう! これでしばらく遊べるぜぇ!」

 貯金とかしないのか? まぁ、この世界はこういう連中が多い。


 下の地面を見ると、アマランサスとユリウスが何か話していて、その隣に白いヒゲの生えた小柄な老人。

 黒いズボン、白いシャツに黒いベストを着て、肩紐がついた大きな板を持っている。

 元世界の学校で使ったことがある画板に見えるが――。


「ユリウス、その老人は?」

「ケンイチ様、画家でございます」

「画家? なにをするんだ? 絵を描くのか?」

「ケンイチ様の偉業を、本にするためです」

「本? 画家なんてどこから連れてきたんだ?」

「ケンイチ様なら、数日中に魔物を仕留めるだろうと、待機させておりました」

 用意周到だな。そんなことまで考えていなかったよ。

 リリスの話では、王侯貴族でこのような行事は普通に行われているようだ。


「この光景をじゃな、挿絵にして――面白おかしく文章をつけて、本にするわけじゃ」

「面白そうだな」

「それに、その本は城に対しての報告書としても、使われるぞぇ?」

 ユリウスの隣にいるアマランサスが教えてくれる。

 元王族のリリスとアマランサスが言うのだから、間違いないのだろう。


 面白い本は写本をされて、他の貴族へと――この世界に広がっていくわけだ。

 アストランティアで研究されているガリ版印刷が始まれば、本ももっと出回るかもしれない。

 俺はクラーケンから降りて、画家の絵を見せてもらう。

 さすが本職だ、正統派な絵画で上手い。俺も本業はイラストレーターだが、画家ではないからな。

 彼に、作画の手助けになるような資料を描いてやろうと、アイテムBOXからスケッチブックを取り出した。

 本にするためには、クラーケンの全体像も必要だろう。


「ほら、クラーケンの全体像はこんな形になっていた」

「ほう! 領主様も、中々達者でございますなぁ」

「全長は20カンほど。2/3は脚で、全部で10本だな。脚は目の下から出ていた」

「なんと! 奇妙奇天烈摩訶不思議!」

 ユリウスが不思議そうに、俺の描いた絵を覗き込んでいる。


「ケンイチ様、この魔物の口はどこにあるのでしょう?」

 クラーケンを下から見た図を描く。


「脚が円形に生えていて、その中心だ。脚で捕まえた獲物を、そのまま口に運べるような造りになっている」

「なるほど……理にかなっている……」

「すごいですぞ! 画家を営み40余年! こんなものを描ける機会に巡り会えるとは!」

 そりゃ、こんな題材は、画家魂を刺激するかもなぁ。

 この画家は、普通のイカも見たことがなかったらしい。


「傑作に描いてくれよ」

「もちろんでございます!」

「ほほほ、文章や戦闘の光景などは、妾が監修してやろう」

「ありがとうございます」

 画家がペコリと、アマランサスに頭を下げた。

 彼女は首に奴隷紋があるのだが、誰も気にしていない。


「アマランサスが一番活躍したからな」

「何をおっしゃるのかぇ。この物語の主人公は、聖騎士様でございますわぇ。そして他の貴族に対し、辺境伯領にハマダ辺境伯あり! ――と知らしめなければまいりませんわぇ」

 アマランサスが凄いニコニコしている。

 多分、すごい脚色されて、大パノラマの大海戦が描かれると思うが、それもまたよし。

 作業をしていると、サンタンカから迎えの船がやってきた。


「村長――マロウ商会経由で色々と新しい商売やらを任すから、よろしくな」

「へへ~っ!」

 村長が深々と礼をする。

 最初に会ったときから、えらい変わりようだな。


 その後、クラーケンの胴体は短冊状に切られて、俺のアイテムBOXに収納された。

 要らない内臓は、ゴミ箱の中へ投入。

 このゴミ箱は、毒物や危険物があってもポイ捨てできて非常に便利だ。

 投入したものがどこに行くのかは解らないが……。


 解体していた男たちが、撤収作業に入る。

 引き上げる者には、給金を渡す――小四角銀貨2枚(1万円)だ。

 大体、こういう作業では、小四角銀貨1枚(5000円)ぐらいが相場――半日の作業で1万なら上等な部類らしい。

 ついでに――欲しかったら、クラーケンの肉もやると冗談混じりに言ってみたのだが、全員が即座に辞退した。

 やっぱり、クラーケンの肉は人気がない。まぁ無理に勧めちゃ可哀想だし、止めておく。


「お~い、3人組~!」

 獣人3人組を呼ぶと、アイテムBOXから出した金貨を2枚ずつやる。


「金貨?! もらっていいのかい?」「うひゃ!」「いいんですか~?」

「命がけで戦ってもらったのに、少ない気がするけど」

 そこにウチの獣人たちもやってきた。


「旦那! 上等だよ、そいつらなにもやってねぇじゃん」「そうだにゃ」

「うるへい!」「喧嘩売ってんのか?」「そうですよ~」

 獣人たちが、にらみあう。


「喧嘩するなっての! ミャレーとニャメナの分は、俺のアイテムBOXに入れておくぞ」

「もう、旦那そんなの要らないよ」

「そうだにゃ」

「美味い飯を食って、美味い酒を飲んで、装備ももらって、住む所ももらって、金なんて要らないじゃん」

「珍しくトラ公の言うとおりだにゃ」

「それでも、一応な」

 彼女たちの言うとおり、俺のアイテムBOXにある獣人フォルダの中には金が貯まる一方だ。

 使い所がないのだから仕方ないが、これもけじめってやつだ。


 夕方になり空が茜色に染まる頃、皆が引き上げようとすると――。

 アマランサスの前に、いままで剣を振り続け汗だくになった男爵が跪いた。


「アマランサス様、これをお受けください」

 そう言って男爵は、自分の剣を横にして両手で差し出した。


「これがどういうことになるか解っているのかぇ?」

「はい」

 男爵がアマランサス個人に忠誠を誓うということだ。

 もしも王国と仲違いしても、男爵はアマランサスに従うということになる。


「妾に忠誠を誓うということは、聖騎士様の庇護に加わるということじゃぞ?」

「承知しております」

「妾たちが、王国と剣を交えることになっても、ついてくると申すのかぇ?」

「もちろんでございます」

 アマランサスは男爵の長剣を取り、軽々と持ち上げると、彼の肩に当てた。

 家柄やらしがらみではなく、純粋にアマランサスの剣技と実力に忠誠を誓ったのだろう。


「これからは、聖騎士様のために働くように」

「ははっ!」

 いいのかなぁ? でも止めろとも言えんし。

 男爵の領民はどうするのだろう。なにかあったら、俺が面倒みることになりそうだけど……。


「――というわけで、男爵。これをやる」

 俺はアイテムBOXから、1/2オンスの白金貨を取り出すと与えた。


「こ、これは?」

「それは白金貨だよ」

「白金貨!? 噂で聞いたことはありますが……こんなものを賜るほどの働きはしておりませんが……」

「いや、懇意にしてもらう貴族たちには、渡しているものだから。金に困ったら売ってもいい。ちなみに本物だぞ?」

 男爵の手から白金貨を取ると、力を込める。魔力が通ったコインは、うっすらと光り輝き始めた。

 辺りが暗くなっているので、その光がよく見える。


「おおっ! これは真に……」

「これからも、よろしく。男爵殿」

「ははっ! このアラン・ウェ・ノースポール男爵、命に代えましても!」

 いやいや、そんな仰々しくしなくてもいいんだけどなぁ……。

 良くも悪くも一直線すぎる。


 そこにアキラがやってきた。


「よっしゃ、ケンイチ! さっき言ってた寿司を作ろうぜ! 異世界寿司だ」

「やるか?! そうとなったら、早速準備だ!」

「へい! 合点承知の助でい!」

「にゃー」

 ベルも俺の下へやってきた。一緒に戻るらしい。


 俺たちは、飯の準備がされている家の前にダッシュで向うと準備を始めた。

 メイド長のマイレンに、事情を説明する。


「マイレン――俺とアキラは、あの魔物を食うから食事はいらないぞ。他の皆は普通の料理を食べてくれ」

「か、かしこまりました……」

 マイレンが一瞬、ぎょっとした表情をしたのを俺は見逃さなかった。


「アキラ、誰も食わないぜ?」

 その光景を見たアキラが笑っている。


「ははは、しゃーない。ウチの家族もいつもこんなもんだ。俺たちだけで消費しようや」

 どうやら、ウチの王族たちと違って、アキラの家族はゲテモノには手をつけないようだ。


「そうだな――しかし、寿司なんて作ったことがない」

「大丈夫だよ、俺に任せろ」

「私も食べるよ!」

 アネモネが手をあげた。


「無理しなくてもいいんだぞ?」

「大丈夫!」

「妾も食べるが――手伝えず観てるだけだがのう……」

「ほほほ、リリス。聖騎士様が、どんな料理をお作りになるか想像もできぬゆえ、手伝うなど不可能」

 アマランサスの言うとおりだが、生食は平気なのだろうか?

 それが心配だな。

 皆が気持ち悪がるといけないので、ちょっと離れた場所で寿司の準備を始めた。

 寿司を握った経験があるという、アキラの主導でことが進む。


「よっしゃ! まず、米だな! それから米酢、砂糖、塩、昆布! 昆布がなけりゃ、昆布だしでもいい」

 アキラの言うものは全部、シャングリ・ラにあるが――今からご飯を炊いていられない。


「アキラ、パックご飯でいいか?」

 俺は、アイテムBOXから、パックご飯を取り出した。


「上等上等!」

 大量にパックご飯を購入して、アネモネの魔法で加熱してもらう。


「むー! 温め(ウォーム)!」

 ご飯を温めている間に、必要なものをシャングリ・ラで物色する。

 そうだ、寿司桶としゃもじもいるな――購入っと。

 直径30cmの寿司桶が落ちてくると、アキラが驚いた。


「おっ! こんなものまで作れるのか。本格的だな、ははは」

 寿司桶なんて買ったことがなかったが、5000円ぐらいした。

 だが、寿司が食えるとなれば、無駄にはならないはずだ。

 この世界にも寿司に使えるネタが、色々とあると思うし。


 アネモネが温めてくれたパックのご飯を寿司桶に入れると、アキラがご飯を切り始めた。


「あ~なんか見たことがある動きだな~」

 次に合わせ酢を入れてかき混ぜて、冷ませば酢飯は完成らしい。


「結構、簡単だな」

「まぁな。本当は昆布を入れて飯を炊いたりするんだが、昆布だしで代用したぜ」

「さて――次は、ネタか。マスを三枚におろすのはできるから、最後に切るのはアキラがやってくれ」

「オッケー!」

 アキラと一緒にマスを三枚におろしたあと、彼が切り身にして、皿に並べていく。

 薄ピンク色の身が綺麗だが、元世界のマスほど赤くない。

 

「綺麗だね!」

「これは見事じゃな。ケンイチもそうだが、アキラ殿も料理が達者じゃのう」

「へへへ、ウチの女たちが、全く料理がダメなんでねぇ」

 アキラが少々離れた場所で、食事をしている家族をチラ見する。


「そ、それは、妾たちも同様じゃが……」

「リリスはパンを焼けるようになったから、他の料理もできるようになると思うが……」

「――だと、いいがのう……」

「俺としては――不得手のものをあえてやるよりは、まつりごとなどで手伝ってもらったほうがありがたいが……」

「妾とて、好きな男に手料理を食べさせたいこともある!」

 リリスは怒って後ろを向いてしまった。


「ごめんよ~、リリス」

 彼女を後ろから抱きしめると、少々強引に前を向かせて口づけをする。


「あ~、ずるい! 私も~!」

「聖騎士様~妾も~」

 アネモネとアマランサスにも抱きつかれる。


「ケンイチ、そんな若い奥さんの尻に敷かれて大丈夫か?」

「大丈夫だ問題ない。アキラだって、レイランさんに頭が上がってないだろ?」

「フヒヒサーセン! だって、センセ怒ると、マジで怖いんだぜ?」

 くだらない話をしている間に、マスの下ごしらえができたが、寿司ネタが一種類じゃ寂しい。

 アイテムBOXから、クラーケンの脚のブロックを出して、切り身にする。


「アキラ、こいつも頼むぜ」

「オッケー!」

 あとは――寿司といえば、マグロか……。

 シャングリ・ラを検索すると、刺身用のマグロのブロックが5000円ぐらいで売っているな。

 インドマグロらしいが、食えりゃ問題ない。


「ポチッとな」

 目の前のテーブルに、マグロのブロックが落ちてきた。


「おわっ! こりゃ、マグロか?」

「寿司といえば、マグロがないと寂しいだろ? あとは、海苔か?」

「海苔もあるのか?」

「あるぞ」

 正方形で束になった海苔が、100枚で3000円――購入すると、落ちてきた。


「やった! 海苔もあるじゃん。ケンイチ、アレがいるぞ?」

「アレってなんだよ」

「アレだよアレ」

 オッサンになると、突然単語が出なくなって、アレとかコレとかいう会話が多くなる。


「海苔巻を巻くやつ」

「アレかぁ――あれってなんだっけ? スダレ?」

「思い出した、巻きだ」

 シャングリ・ラで検索すると、色々と売っているが、ポリプロピレンのスダレが3000円ぐらいだな。

 購入してみる。


「アキラ、これだと、ご飯がくっつかないらしい」

「おお~、なんでもいいぞ! 具だくさんの太巻きを作ろうぜ」

「いいねぇ」

 リリスは、海苔が気になるようだ。


「ケンイチ、この黒い紙はどうするのじゃ?」

「これは、海藻を乾燥させたものだよ。もちろん食べる」

「この黒いのをか?」

「ああ」

 どうも、色合いがよろしくないらしい。

 黒いものってのは、食欲が湧かないようだ。


 海苔と寿司といえば――軍艦だな。そのネタをシャングリ・ラで探す。


「あった!」

 軍艦といえばイクラの醤油漬け――500gで3500円だ。もちろん購入する。

 現れたイクラにアキラが驚く。


「イクラまであるのかよ~! マジか」

「ケンイチ! この赤い玉は? 宝石かぇ?」

「キラキラして綺麗!」

 アネモネが、パックに入ったイクラを覗き込んでいる。


「これは、魚の卵だよ」

「魚? 魚の卵まで食うのかぇ?」

「これって、美味しい?」

「美味いぞ? アキラ、この湖にいるマスからも、マス子が取れるかもしれない」

「そうだな――でも、繁殖期とか研究しないとダメだな」

 そう――北海道でも鮭が登ってくる季節は決まっていた。

 この世界でそれがいつなのか、まったく解らない。


「なんと、王侯貴族も裸足で逃げ出すほどの、珍味三昧じゃのう……」

 アマランサスが、扇でパタパタと仰ぎながら、感心している。

 さすがに王族でも、魚の卵などは食べたことがなかったようだ。


「あと、ケンイチ! わさびを忘れてたな!」

「そうだ、わさびな」

 シャングリ・ラを探すと、1パック2000円の高級おろし本わさびが売っている。

 こいつでいいか。


「ポチッとな」

「おお~っ! わさびゲット! しかも結構いいやつ~ははは」

 俺とアマランサスが話している間にも、アキラは下ごしらえを終えて寿司を握り始めた。

 左手で、すし飯を取ると、右手でネタとわさびを乗せて形を整える。

 俺からみると、まるで職人のように見える。


「なんだか、玄人はだしに見えるんだが……」

「ウヒヒ、スーパーの寿司より美味いのは保証するぜ! 味見していいぜ!」

「ちょっと待つがよい! 穀物に、生の魚を乗せて食すのかぇ?」

 ゲテモノ料理を食い慣れている王族にも初体験のようだ。


「ああ、こういう料理なんだが……」

「こんなものは、見たことも聞いたこともないわぇ」

 基本的に生食自体がないらしい。

 困惑している王族たちを放置、10貫ほど並んだところで、食ってみることに……。


「それじゃ、マスからいってみるか」

 小皿に昆布醤油を垂らして、寿司につけると口へ放り込む。


「なんと! 本当に!」

 リリスは、魚を生で食うのが信じられないようだ。

 甘酸っぱい酢飯と、醤油の旨味、そしてマスの身の甘み――。


「う、美味い! こりゃ美味いぞ!」

「マジか! それじゃ俺も一つ」

 アキラが、自分で握ったマス寿司を口に放り込んだ。


「おおっ! こりゃ、うめぇ! サーモンより美味いな! ふへへ、我ながら上出来だぜ!」

 アキラが次々と寿司を握り、赤、白、ピンクの寿司が並ぶ。

 クラーケンの寿司は、普通のイカと変わらない。イカと言われても解らない味だ。

 マグロはマグロだが、安物の赤身とは全然違う。


「このマグロは中トロだな。舌の上でとろけるようだぜ――美味い!」

 アキラの言うとおり、伝説の回らない寿司でこんなの食ったら、目が飛び出るぐらい金を取られるな。


「アキラ、どのぐらい寿司の修行したんだ?」

「ん~と、3ヶ月ぐらいだったか……」

「それで、こんなに握れるようになるのか?」

「ああ、見様見真似で握ってたら、本職の職人が激怒しやがって、それで辞めた、へへへ」

 なんとまぁ……基本貧乏人の俺には、これでもかなり上等な寿司だが。


「ケンイチ、私も食べたい」

「平気か? マスの安全性がちょっと心配だから、マグロの方がいいだろう」

「そうだな、わさびも抜くか?」

「最初はそのほうがいいかも……」

 アキラが握ったわさび抜きのマグロ。

 アネモネが手づかみで、それを掴み、醤油につけると口に放り込んだ。


「……」

 彼女が、もしゃもしゃと咀嚼している。


「……どうだ? 食えそうか?」

「にへへ……」

 寿司を頬張った、アネモネがニコニコしている。

 美味しいようだ。彼女は米も食い慣れているし、醤油も平気だからな。


「おっしゃ! せっかく海苔とイクラもあるんだ。海苔巻と軍艦もいってみるか」

 アキラは手慣れた手付きで巻きに海苔と酢飯を置いていく。

 細く切ったネタを入れると、くるくると巻き始めた。


「なんと、これはまた面妖な……」

 リリスが黒い筒を覗き込む。

 でき上がった太巻きを包丁で切ると完成だ。

 皿に綺麗に並んだそれもまた、市販のものと遜色ないできで、お見事としか言いようがない。


 一つ摘んで口に入れると、口内にあふれる潮の香り――まさしく日本の味。

 太巻きを味わっていると、イクラの軍艦もできてきた。

 イクラも美味いけど、何個も食うものじゃない。1つあれば十分だ。


「はぁ――アキラ、こりゃ美味いよ。こんな懐かしい味を味わえるなんて」

「ははは、俺もそうだよ。まさか寿司を食えるなんて思ってもみなかったよ」

 アキラが納豆巻きも食べたいようなので、納豆を買おうとしたが、単体では売ってない。

 スチロールの器に入った納豆が100個パックで3000円だ。

 通常では、こんなに食いきれないが、アイテムBOXに入れておけばいい。

 便利だが、アイテムBOXに入れた瞬間に、納豆菌は死んでしまうのだろうか?

 牛乳やチーズなどに含まれている乳酸菌は?

 菌も死ぬなら、アイテムBOXで滅菌もできることになるが……アイテムBOXに入れているパン酵母は使えている。

 ――ということは、菌まではセーフ?

 いずれ、検証しなくては。


「ポチッとな」

 白い納豆のパックが100個落ちてきた。


「なんだ?!」

 山積みになった納豆パックにアキラが驚く。


「悪い、100個単位でしか作れなくてな」

「マジかよ、ははは」

「まぁ、アイテムBOXに入れておけば、いつでも食えるし」

「そうだな」

「しかし、アイテムBOXで寄生虫も死ぬなら、魔物の刺し身も食えるなぁ」

「豚とか羊とか、熊とかやべぇけど、禁断の刺し身が味わえるってことだよな」

 俺とアキラの会話に、リリスが怪訝な顔をしている。


「ちょっと待つがよい! 刺し身というのは、なんなのじゃ。不吉な予感しかせぬが……」

「刺し身ってのは、肉を生で食う料理だよ」

「やはり! それは、少々考えさせてもらうわぇ」

「別に無理に食べろとは言わないよ」

 俺たちの話を黙って聞いていたアマランサスが、マスの寿司を摘むと、口に放り込んだ。


「ふむ……これは未知なる味じゃ。この国のどんな料理にも当てはまらぬ。サンバクも、さぞかし驚くことだろうのう」

「母上――」

 リリスはなにか言おうとしたのだが、意を決して寿司を食べてみるようだ。

 目をつぶって、摘んだ寿司を口に入れる。


「……むぐむぐ……う、美味い! なんと! こんな料理は食したことがない!」

 続いて、アマランサスが軍艦を食べた。


「ほう、これはまた初めての味じゃ。海藻に、魚の卵がこのような豊かな味になるとは……」

「ケンイチ! この赤いつぶつぶも美味しい!」

 アネモネも軍艦が気に入ったようだが――アキラが準備を始めた料理に皆が鼻を押さえた。


「くさい! なに?!」

「ははは、さすがに、これは食えないだろう」

 アキラが、巻きに置いた酢飯に、納豆を載せていく。


「な、なんだそれは!? 豆が腐って糸を引いているではないか?!」

「まぁ、そうなんだけど……」

 巻いた海苔巻をアキラがカットして、納豆巻の完成だ。

 一つ頬張る。


「おっ! 本当に納豆巻だ! うめぇ!」

「ははは、いやぁ、涙が出るぜ。ケンイチ! ビールをくれ!」

「ほい! エ○スでいいか!」

「すっとこどっこいべらぼうめ! あたりきしゃりきのあたぼうよ!」


 ゲテモノ食いの彼女たちも、さすがに納豆は無理だったようだ。

 俺たちの大騒ぎに、ちょっと離れた場所で食事をしている連中は、ドン引きしていた。

 肉の生食なんて、とんでもない野蛮な行為に見えるらしい。


 文化の違いは致し方ないとはいえ、刺し身が食えるようになったのは、大発見だな。


「ケンイチ!」

 声がする方向を見ると、自転車に乗ったプリムラだ。


「プリムラ、大物を仕留めたぞ!」

「ケンイチ!」

 プリムラが走ってくると、俺に抱きついた。


「ははは、なにも心配いらないよ。魔物の肉が大量に手に入ったから、なにか売れるものを作ろうぜ?」

「はい……」


 こりゃ、今日の夜はプリムラとベッドだなぁ……。


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