表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/275

165話 たゆたう


 俺は沢山の人々の協力を得て、巨大な湖に生息するクラーケンを退治した。

 白金貨に誘われた婆さんなどもいたが、これだけ沢山の人が集まってくれるのは、大変にありがたいことだ。

 いくら貴族になったとはいえ、俺だけでは決して領の運営はできない。

 優秀な人材の手助けが必要だ。


 その領の運営の障害になると思われるクラーケンを排除して、ハマダ辺境伯領はその歴史に新しい1歩を記したとも言える。

 ちょっと恰好いいことを言っているようだが、目の前に背けることができない問題がある。


「はぁ……」

 俺は湖に漂う、巨大な白いむくろにため息をついた。

 生きているときは透明だったクラーケンが、死ぬと同時に真っ白になってしまったものだ。

 別に白くなるのは問題じゃない。問題なのはその大きさ。

 脚までいれると30m近い大きさがある。これではアイテムBOXにも入らない。

 俺が途方に暮れていると、アキラの船がやってきた。


「お~い、ケンイチ! これ、どうする?」

「う~ん、このデカい湖にこれが漂ってても、問題ないとは思うが……」

 琵琶湖と同じぐらいの大きさの湖に、30mの魔物が漂い腐敗しても、影響はないだろう。

 魚たちや、湖底にいるカニたちの餌になるに違いない。


「これだけ大物だと、デカい魔石があるかもしれないぜ?」

「そうだなぁ――それに、これは食えるしな」

 アキラの言葉どおりに魔石があるかもしれないが、胴体には魔法を食らって大穴が開いている。


「穴から魔石が落ちたりしてないかな?」

「いや、魔石が抜け落ちた瞬間に死ぬはずだからな。魔法を食らったときには、生きていたはずだ」

 魔物に止めを刺したのは、俺の爆雷が起こした水中衝撃波ということになる。


「ああ、なるほど。そういうことか」

 ――ということは、魔石のある位置さえ解れば、一撃で魔物を倒すことができるってことか……。


「魔石の位置ってのは結構ばらつきがあるんで、それを抜くのは大変だぞ?」

 アキラが、俺の考えを見透かしたように言う。


「なにごとも簡単にはいかないな」

「そゆこと、ははは――それで? どうする?」

「10m以下にぶった切れば、アイテムBOXに収納できるから、切ろう」

「運んで、岸でバラすのか?」

「そうだな。前に言ったみたいに塩辛ができるかもしれないぞ?」

「お? いいねぇ」

 早速、行動に移す。

 見たところ、脚が20mで胴体は10mって感じだ。

 まずは、脚を10mずつにカットすれば、胴体もアイテムBOXに収まるんじゃなかろうか?


「アネモネ、ゴーレム魔法はまだ使えるかい?」

「そんなに魔法を使ってないから大丈夫! ケンイチから、もらった魔石もあるし」

 巨大なゴーレムを作っても1時間ぐらいは動かせるからな。

 それを考えれば、今回は魔力をそんなに消費していないといえる。


「この化け物の脚を切りたいから、持ち上げてくれるかい?」

「うん!」

 戦闘でカットしたクラーケンの脚の根元に近づくと、アネモネの魔法が発動する。

 水が持ち上がり、巨大な白い脚が宙に浮く。

 水がまるで生き物のようにうごめく姿は、信じられない光景。

 まさにファンタジー。


「アマランサス、切ってくれ」

「はい、聖騎士様」

 彼女は、クラーケンの脚に飛び乗ると、その場で前方一回転して脚を両断。

 再び、俺の隣に戻ってきた。


「やっぱり、すげぇ!」「凄いにゃ!」

 アマランサスの剣技を見ていた獣人たちから驚きの声が上がる。

 戦闘力が高いと思われる獣人たちから見ても、アマランサスの剣技は凄いらしい。

 とりあえず、切った脚をアイテムBOXに収納を試みる――ダメだ。

 10m以上あるらしい。こりゃ大変だ。

 地上なら人海戦術が使えるんだが、ここは湖の上。

 それに、やるなら今やらないと、明日には腐敗してしまう。


「悪いが、この脚をさらに半分にしないと、アイテムBOXに入らない」

「旦那、次は俺たちにやらせてくれよ!」「こっちもいいところを見せないとにゃ!」

「あたいたちも手伝うよ」「全くいいところなしだったからな」「そうですよねぇ」

 脚のカットに、3人組も参加するようだ。


「尻尾を膨らませて、ビビってたくせに、大丈夫かよ」「そうだにゃ」

「馬鹿にするなよ?」「こんなの慣れちまえば、どうってことねぇし」「そうですよねぇ」

 獣人たちが5人がかりで、脚を切ろうとするが、やはり簡単には切れない。

 それだけアマランサスの剣技が、ずば抜けているということだろう。

 俺だって、彼女がどうやって、あんなことをしているのかも解らない。

 元世界だって、こんなことをできる達人はいなかったはずだ。

 この世界にある、魔法と同じ類の、特殊能力なのかもしれない。

 もしくは――前に考えたとおりに、彼女が祝福の力を内包している人物なのか……。


 そのまま皆で力を合わせて3本の脚を処分した。


「おおい、ケンイチ。こっちもやるから、アネモネちゃんを休ませたほうがいいぞ」

「大丈夫だけど……」

「アネモネ、向こうにも花を持たせてやらないと――これで通じるかな?」

「聖騎士様がおっしゃるのは、手柄を譲る――そのような意味であろ?」

「そうそう――まぁ、疲れたろう。休んでチョコでも食べなさい」

「うん!」

「聖騎士様……」

 見れば、アマランサスも食べたそうな顔をしている。


「解っているよ、みんなに配るからさ」

 疲れたときには、甘いものが一番だ。

 俺やアキラのナチュラル回復ヒールを使ってもいいんだけど。


「あま~い! 美味しい!」

「ほんに美味いのう!」

 アネモネもアマランサスもチョコの虜だ。

 ミャレーとニャメナもチョコを頬張り、3人組にもおすそ分けをしようとしたのだが――。


「旦那、できれば――あの美味いやつで……」「うん」「美味しかったです~」

 彼女たちが言っているのは、チュ○ルのようだ。

 まぁ、シャングリ・ラで買えば、高級チョコよりチュ○ルのほうが安いからいいのだが。


「ほら、これか?」

「うひょー!」「これこれ!」「ありがとうございます~!」

 3人組はチュ○ルに飛びつくと、封を切って一心不乱に舐め始めた。


「「「ペロペロペロペロペロペロ――」」」

 なんか凄いシュールな光景だ。


「にゃー」

「なんだお母さんも食べたいのか?」

「にゃー」

 ベルにもチュ○ルをやると、ペロペロしている。

 そんなに美味いのか?


 俺の船のメンバーで、チョコを食べ始めると――アキラの船で、大型のコアを使ったゴーレム魔法が発動し始めた。

 魔法を使っているのは、レイランさんだろう。

 湖面が盛り上がり、持ち上がったクラーケンの脚を、ボートで挟み打ちにして騎士たちが切ろうとしている。

 見れば――クレメンティーナと男爵が同じぐらいの剣技レベルだな。

 男爵も実戦経験が豊富だけあって、かなり強いと思われる。

 シャガ戦でも、バタバタと野盗を切り倒していたからな。

 2艘の船で交互に脚を切って、残りは少ない。


「アキラ~、それを切ったら、あと3本だと思うわ。残りは、そちらに任せてもいいかな?」

「オッケ~! クレメンティーナも据えもの切りなら得意だからな、ははは」

「うるさい!」

「けど、クレメンティーナも今回は活躍してたじゃないか」

「まぁ珍しくな。帰ったら、ご褒美をやらないとダメだなぁ……」

「……」

 クレメンティーナの動きが止まり、顔が赤くなる。


「べ、べつに、そのようなものを期待して、今回の戦いに臨んだのではない!」

「はいはい」

 ご褒美とは一体なんなのか――まぁ突っ込まないでおこう。


「ウチも手伝うにゃ! まったく、ウチはいいところなしだったにゃ」

 アキラの船にいた獣人のミャアが、脚切りに参加しはじめた。


「まぁな――水の上だし、獣人たちの機動力を活かせないのはしゃーないな」

 戦闘が上手いこといったので、アキラも機嫌がよさそうだ。

 俺とアキラの会話を聞いていた、獣人たちが話し込んでいる。


「クロさんよ、旦那たちが言ってる、桶とか産休とか、ありゃなんなんだい?」

「ケンイチたちが使っている異国の言葉だにゃ。桶は解った! 産休はありがたい――って意味だにゃ」

「へぇ~クロさん、中々やるねぇ」

「まかせるにゃ」

 3人組におだてられて、ミャレーは鼻高々。

 獣人たちの会話に少々笑いながら、アキラたちの船の舳先に、婆さんが座り込んでるので話しかける。


「婆さんどうした? 腰が抜けたか?」

「まったくねぇ――話と、実物じゃ大違いだね」

「だから言っただろう。年寄りの冷水だって」

「ふん! 寿命が半年は縮まったね」

「たった半年かよ」

 婆さんと、一緒にいるメリッサにも、チョコをやる。


「ありがたい。甘いお菓子かい」

「美味しい……」

 貴族の令嬢であるメリッサも、チョコの美味さの虜になった。


「このお菓子の原料となる木も植えたので、この領で作れるようになると思うぞ」

「こんな洗練されたものを、ここで本当に作れるの?」

「お城の料理人のサンバクさんもこの領に来るから、多分可能だろう」

「前に聞いたけど、本当にサンバクを引き抜いたの?」

 追加のチョコを頬張りながら、メリッサが驚く。


「ああ、彼の希望でもあるし」

「呆れた! けど、このお菓子は蠱惑的に美味しいわ。絶対に貴族に売れると思う」

「リリスやアマランサスも大好きだからな。貴族というか、女性なら絶対に惹かれる味だと思う」

 その話を聞いた婆さんが笑い始めた。


「ひゃひゃひゃ、お前さん。それだけ両手に花なのに、さらに花を増やそうというのかい?」

「いやいや、あくまで商売の話だよ」

「どうだい、ついでにあたしも囲ってみては?」

「お婆ちゃん!」

 婆さんの冗談にメリッサが慌てる。

 婆さんはずっと、こんな感じなのだが、メリッサは慣れていないのだろう。


「ははは、これ以上増やすなって言われてるからな」

「そりゃ残念だねぇ」

 機嫌がいい婆さんだが、その孫は少々元気がない。


「どうしたメリッサ? 王国の歴史に残るような大物を討伐したのに、元気がないじゃないか?」

「ひゃひゃひゃ、もしかしたら物語になってしまうかもねぇ」

「討伐ですって? 大口叩いたのに、私はなにもしてないじゃない」

「クラーケンの胴体に大穴を空けたじゃないか」

「私と同じ魔法だったわ……」

 レイランさんが、彼女と同じ魔法を使った件だろう。

 

「戦闘の経験から、一番効果的な魔法を選択して使ったんだろ? 別に問題ないと思うが?」

「私より詠唱を始めるのが遅かったのに、展開は早かった……それに、コアの所持者の変更をあんな一瞬でやってのけるなんて」

 そこら辺は実戦経験の豊富さが、アドバンテージになっているのかもしれない。


「多分な――なにか裏技があるんだよ」

 アキラたちは、帝国皇帝に命じられて、修羅場巡りをしてたみたいだしな。

 体育座りになったメリッサが、魔法を使うレイランさんを見ている。


「ゴーレム魔法が気になるか? 君だってゴーレム魔法は使えるんだ、手伝ってみたらどうだ?」

「こ、こんな使いかたしたことがないし、コアの書き換えには時間がかかるし……魔法を失敗して迷惑かけたら、恥の上塗りじゃない……」

 コツでも教えてもらえば――と言いたいところだが、彼女も王国の大魔導師だ。

 帝国の魔導師に教えを請うなんて、プライドが許さないのだろう。

 そんなものを捨てたほうが、早く上達するんだけどねぇ。

 まぁ、それは言わないでおこう。


「ひゃひゃひゃ、本当に人間ってのは死ぬまで勉強だね」

「それは俺もそう思う。この歳になって、まつりごとを学ぶとは思わなかったし」

「お前さんは、それなりに知識があったように、思えるけど?」

「そりゃ多少はな」

 アキラの船を離れて、近くを漂っていた男爵のボートへ向かう。

 疲れて一休み中らしい。


「男爵、大丈夫ですか?」

「はぁ、大丈夫ですが――まったくお役に立てませんで……」

「魔物の脚を1本切り落としたではありませんか?」

「あれで、切ったことになるかと言われれば……」

 男爵はがっくりと肩を落としている。


「水の上で騎士を戦わせること自体が間違っているのですから、気にしなくてもいいのでは? 責任があるとすれば、戦いに参加するのを許可した私にあると思いますよ」

「そのようなことはありません! 私が強引に、無理を言って参加させていただいたのですから」

「なにはともあれ、魔物は退治できました。ありがとうございます」

「……」

 男爵が、アマランサスをじっと見つめている。


「彼女を射止めるのはかなり難しいと思いますけど」

「ま、まさか! そのようなことはありません――が」

「なにか、気になることでも?」

「私も、あの高みに近づけるのでしょうか?」

 男爵が言っているのは、アマランサスの人間離れした、超人的な剣技のことだ。


「さぁ……私が思うに――あれは、独自ユニーク魔法のようなものだと」

「それでは、持って生まれたもの……」

「でも、彼女の身体を見れば、相当な修練を積んだように思えます」

「それは私も感じました……なるほど……諦めたらそこで終了でございますな」

「そういうことになりますか」

 男爵がニヤリと笑う。彼の今までの行動を見ても、くじけるようなタイプには見えない。

 落ち込みながらも、前に進むタイプだろう。


 皆の協力もあって、足の収納作業が終了。

 今度は、アイテムBOXへクラーケンの胴体部分の収納を試みる。


「ケンイチ、大丈夫か?」

「解らん。よし! 収納!」

 入らない――。


「くそっ! ダメだ。若干サイズがデカいらしい」

「それじゃ、胴体の先っぽ――尖っているところを切るか?」

「そうだな。アネモネ、頼めるか?」

「任して!」

 またアネモネの魔法で持ち上げてもらい、アマランサスに切ってもらう。

 あの太い脚が切れるんだ。尖っている先っぽを切るなど、造作もないだろう。


「むー!」

 アネモネの魔法で、クラーケンの胴体が持ち上がる。


「「「おお~っ!」」」

 それを見た獣人たちから、声援があがった。


「アマランサス!」

「承知した」

 船からクラーケンに飛び移った彼女が、ジャンプして前方に2回転すると巨大な白い胴体が輪切りになった。

 落ちたイカの先っぽが、湖の中へ落ちて水柱を立てる。

 切り落とした部分には内臓が入っていないらしい。

 イカの耳の部分には内臓はなかったとはいえ、これを刺身にしたら、何人分あるんだろうな。

 食えば美味いし、村の住民でもタダなら食うやつがいるかもしれん。


「「「すげー!!」」」

 アマランサスの神業を見た獣人たちの目が輝く。

 獣人たちは、絶対的な強さに憧れを抱くようだ。

 戻ってきたアマランサスに礼を言う。


「ありがとう、アマランサス」

「はい」

 彼女は俺の言葉にニコニコしている。初めて会ったときの、あの凄まじいプレッシャーはどこにいったのやら。


「よ~し、これだけコンパクトになれば、アイテムBOXに入るだろう」

 俺は、意を決して叫んだ。


「収納!」

 目の前に漂っていた、巨大なイカの躯がアイテムBOXに収納された。

 さすがに、これだけデカいものが入ると、中がどうなっているか気になる。

 ――とは言っても、今までも巨大なコ○ツさんやら、ホイールローダーやら、ダンプまで収納してたじゃないか。

 なにをいまさら。


「「「おお~っ!!」」」

 その光景を見た、皆から驚きの声が上がる。


「相変わらず、すげぇ収納能力だな」

 俺の隣に来たのはアキラだ。


「これだけでも、十分にチートなんだけどな」

「それに比べて、俺のマヨネーズときたら」

「まぁまぁ、艱難辛苦の果てに、アキラもアイテムBOXを使えるようになったんだろ?」

「ケンイチのほどデカくはないけどな。けど、あるとなしじゃ大違いだからな」

「確かに、アマランサスみたいに、剣や金を入れられるだけでも利用価値は大きい」

「そゆこと」

 アイテムBOXに収納できたということは、そのままステータス画面のゴミ箱へ捨てることもできるってわけだ。


「さて――帰るか! 皆が待ってるし!」

「まてまてケンイチ! こういう勝ち戦の場合は、勝どきを上げるんだ」

「エイエイオー! か?」

「この世界だとゥラーゥラーゥラー! だな」

「それって帝国式じゃなくて?」

 一応、アマランサスにも確認を取る。


「王国でも、ゥラーゥラーゥラー! でございますよ、聖騎士様」

「そうか――しかし、少々恥ずかしいなぁ」

「なにを言ってるんだ、辺境伯様よ~。これもお貴族様の立派なお仕事ですよ~」

 ちょっとアキラが、嫌味っぽく言う。

 しょうがない。これも仕事だ。

 ちょっと練習をする。ウをハッキリと言わず、ラーラーラー! に近い発音だ。


「よ~し! それじゃ勝どきを上げる! ゥラーゥラーゥラーー!」

「「「ゥラーゥラーゥラー!!」」」

 ワー! と皆から歓声が上がる。

 魔物相手だからいいけど、本当の戦はやりたくねぇなぁ……。


 船に3人組と男爵のボートを括り付けると、俺たちはサクラを目指した。

 急ぐ必要はないし、後ろにボートを牽引しているので、2時間ぐらいかけてサクラに到着。


 桟橋につけると、リリスとメイドたちが出迎えてくれた。

 俺が渡してある双眼鏡を使って、湖をチェックしていたらしい。


「ケンイチ、今日は早かったのう!」

「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」

 マイレン筆頭に、メイドたちが一斉に頭を下げる。


「皆、ただいま。リリス、やっと魔物を討伐できたよ」

「ほう! あの化け物を、やりおったか」

「「「おめでとうございます、ご主人様!!」」」

「はは、皆のおかげさ」

 そこにアキラたちがやってきた。


「ケンイチ、早速バラすのか?」

「その前に腹が減らないか? 昼飯が、まだだったろ?」

「そういえばそうだな。さっきチョコ食ったから、なんとなく保っていたが」

「軽く飯にしようぜ?」

「そうだな」

 アイテムBOXからテーブルを出して、岸で食事にすることにした。

 メニューは、メイドたちが作ってくれた、弁当だ。

 スモークサーモンと野菜のサンドイッチとスープと、お茶。

 スモークサーモンは、サンタンカからの差し入れだ。


「これが街で噂になっている魚の干物かい? 生みたいな感触だねぇ」

 婆さんがサンドイッチに挟まっているスモークサーモンをジッと見ている。


「干物と生の中間みたいな感じだな。美味いんだが、日持ちはしない」

「確かにねぇ――でも、美味いよ」

「これも、この領の重要な産業になるはずだ。実際サンタンカでは、こいつの生産をするために、人が増えたし、村も大きくなった」

「そりゃ、仕事があれば人が増えるのは当然さ。アストランティアじゃ、もうずっと前から頭打ちになっているし……」


「おお、これは美味い! 酒にも合いそうだ」

 男爵もスモークサーモンが気に入ったようだ。


「男爵。美味いだろ? どうだ、少し飲むか?」

「いや、まだ日が高いですし……」

「祝酒だ。ほんの少しだけ」

「そ、それではいただきます……」

 彼も、酒は好きそうだからな。

 小さなショットグラスにウイスキーを注いでやる。


「ケンイチ、俺にもくれ」

「オッケー」

 俺とアキラの会話を聞いていた獣人たちが、ひそひそ話をしている。


「桶だ、桶!」「解ったって意味だよな!」「クロちゃんの言うとおりです~」

 クロちゃんってのは、ミャレーのことらしい。


 飯を食いながら、マイレンを呼ぶ。


「お呼びでございますか? ご主人様」

「化け物を解体する。手の空いている奴を集めてくれ」

「承知いたしました」

 マイレンが下がると、早速仕事に移った。


「クラーケンが欲しいやつには、タダでやるつもりだけど、食うやつはいると思うか?」

「さぁなぁ……」

 答えるアキラも半信半疑だ。


「確かに珍味じゃが、味は悪くないと思ったが……」

「そうじゃな」

 王族の2人が食べて、味は悪くないというのだから、食える味だとは思うのだが……。

 実際、ワームを食うよりは、抵抗がないと思う。


「肉なら売れるけど、イカじゃなぁ……食う文化がないからな」

 俺のつぶやきにアキラが反応した。


「普通に焼いて食っても美味いと思うが。それに酒によく合うしな、ははは」

 飯を食い終わると、人が集まってきた。

 20人ぐらいだろうか。

 大工の親方のドラクラもいる。


「なんだ、親方。野次馬か?」

「へへ、領主様が仕留めたっていう、化け物を見てみませんと。話のとおりの大物なら、しばらく酒の肴に困らねぇ」

 親方が顎に手をやり、ヒゲをジョリジョリしながら、ニヤニヤしている。

 この世界は娯楽がないので、野次馬には沢山の人が集まってくる。

 ここにやって来た連中は、ほとんどがそれだろう。

 まぁ、無理に手伝わすわけにもいかないので、見ているだけの野次馬も仕方ないが、金を払うといえばやるだろう。

 領主なら、無理やり手伝わせろ! ――ってリリスは言うだろうけど。


「よし! そろそろやるか~」

「そうだな」

 獣人たちがはしゃぎ回り、周りにアピールしている。


「ウチらが仕留めた魔物を見て、腰を抜かすにゃ!」


 俺は桟橋からちょっと離れた場所に移動。

 アイテムBOXに入っていた、クラーケンの死骸を岸の砂地に出すと――周りから一斉に歓声があがった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様より刊行の月刊「コンプティーク」にて、黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミカライズ連載中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ