165話 たゆたう
俺は沢山の人々の協力を得て、巨大な湖に生息するクラーケンを退治した。
白金貨に誘われた婆さんなどもいたが、これだけ沢山の人が集まってくれるのは、大変にありがたいことだ。
いくら貴族になったとはいえ、俺だけでは決して領の運営はできない。
優秀な人材の手助けが必要だ。
その領の運営の障害になると思われるクラーケンを排除して、ハマダ辺境伯領はその歴史に新しい1歩を記したとも言える。
ちょっと恰好いいことを言っているようだが、目の前に背けることができない問題がある。
「はぁ……」
俺は湖に漂う、巨大な白い躯にため息をついた。
生きているときは透明だったクラーケンが、死ぬと同時に真っ白になってしまったものだ。
別に白くなるのは問題じゃない。問題なのはその大きさ。
脚までいれると30m近い大きさがある。これではアイテムBOXにも入らない。
俺が途方に暮れていると、アキラの船がやってきた。
「お~い、ケンイチ! これ、どうする?」
「う~ん、このデカい湖にこれが漂ってても、問題ないとは思うが……」
琵琶湖と同じぐらいの大きさの湖に、30mの魔物が漂い腐敗しても、影響はないだろう。
魚たちや、湖底にいるカニたちの餌になるに違いない。
「これだけ大物だと、デカい魔石があるかもしれないぜ?」
「そうだなぁ――それに、これは食えるしな」
アキラの言葉どおりに魔石があるかもしれないが、胴体には魔法を食らって大穴が開いている。
「穴から魔石が落ちたりしてないかな?」
「いや、魔石が抜け落ちた瞬間に死ぬはずだからな。魔法を食らったときには、生きていたはずだ」
魔物に止めを刺したのは、俺の爆雷が起こした水中衝撃波ということになる。
「ああ、なるほど。そういうことか」
――ということは、魔石のある位置さえ解れば、一撃で魔物を倒すことができるってことか……。
「魔石の位置ってのは結構ばらつきがあるんで、それを抜くのは大変だぞ?」
アキラが、俺の考えを見透かしたように言う。
「なにごとも簡単にはいかないな」
「そゆこと、ははは――それで? どうする?」
「10m以下にぶった切れば、アイテムBOXに収納できるから、切ろう」
「運んで、岸でバラすのか?」
「そうだな。前に言ったみたいに塩辛ができるかもしれないぞ?」
「お? いいねぇ」
早速、行動に移す。
見たところ、脚が20mで胴体は10mって感じだ。
まずは、脚を10mずつにカットすれば、胴体もアイテムBOXに収まるんじゃなかろうか?
「アネモネ、ゴーレム魔法はまだ使えるかい?」
「そんなに魔法を使ってないから大丈夫! ケンイチから、もらった魔石もあるし」
巨大なゴーレムを作っても1時間ぐらいは動かせるからな。
それを考えれば、今回は魔力をそんなに消費していないといえる。
「この化け物の脚を切りたいから、持ち上げてくれるかい?」
「うん!」
戦闘でカットしたクラーケンの脚の根元に近づくと、アネモネの魔法が発動する。
水が持ち上がり、巨大な白い脚が宙に浮く。
水がまるで生き物のようにうごめく姿は、信じられない光景。
まさにファンタジー。
「アマランサス、切ってくれ」
「はい、聖騎士様」
彼女は、クラーケンの脚に飛び乗ると、その場で前方一回転して脚を両断。
再び、俺の隣に戻ってきた。
「やっぱり、すげぇ!」「凄いにゃ!」
アマランサスの剣技を見ていた獣人たちから驚きの声が上がる。
戦闘力が高いと思われる獣人たちから見ても、アマランサスの剣技は凄いらしい。
とりあえず、切った脚をアイテムBOXに収納を試みる――ダメだ。
10m以上あるらしい。こりゃ大変だ。
地上なら人海戦術が使えるんだが、ここは湖の上。
それに、やるなら今やらないと、明日には腐敗してしまう。
「悪いが、この脚をさらに半分にしないと、アイテムBOXに入らない」
「旦那、次は俺たちにやらせてくれよ!」「こっちもいいところを見せないとにゃ!」
「あたいたちも手伝うよ」「全くいいところなしだったからな」「そうですよねぇ」
脚のカットに、3人組も参加するようだ。
「尻尾を膨らませて、ビビってたくせに、大丈夫かよ」「そうだにゃ」
「馬鹿にするなよ?」「こんなの慣れちまえば、どうってことねぇし」「そうですよねぇ」
獣人たちが5人がかりで、脚を切ろうとするが、やはり簡単には切れない。
それだけアマランサスの剣技が、ずば抜けているということだろう。
俺だって、彼女がどうやって、あんなことをしているのかも解らない。
元世界だって、こんなことをできる達人はいなかったはずだ。
この世界にある、魔法と同じ類の、特殊能力なのかもしれない。
もしくは――前に考えたとおりに、彼女が祝福の力を内包している人物なのか……。
そのまま皆で力を合わせて3本の脚を処分した。
「おおい、ケンイチ。こっちもやるから、アネモネちゃんを休ませたほうがいいぞ」
「大丈夫だけど……」
「アネモネ、向こうにも花を持たせてやらないと――これで通じるかな?」
「聖騎士様がおっしゃるのは、手柄を譲る――そのような意味であろ?」
「そうそう――まぁ、疲れたろう。休んでチョコでも食べなさい」
「うん!」
「聖騎士様……」
見れば、アマランサスも食べたそうな顔をしている。
「解っているよ、みんなに配るからさ」
疲れたときには、甘いものが一番だ。
俺やアキラのナチュラル回復を使ってもいいんだけど。
「あま~い! 美味しい!」
「ほんに美味いのう!」
アネモネもアマランサスもチョコの虜だ。
ミャレーとニャメナもチョコを頬張り、3人組にもおすそ分けをしようとしたのだが――。
「旦那、できれば――あの美味いやつで……」「うん」「美味しかったです~」
彼女たちが言っているのは、チュ○ルのようだ。
まぁ、シャングリ・ラで買えば、高級チョコよりチュ○ルのほうが安いからいいのだが。
「ほら、これか?」
「うひょー!」「これこれ!」「ありがとうございます~!」
3人組はチュ○ルに飛びつくと、封を切って一心不乱に舐め始めた。
「「「ペロペロペロペロペロペロ――」」」
なんか凄いシュールな光景だ。
「にゃー」
「なんだお母さんも食べたいのか?」
「にゃー」
ベルにもチュ○ルをやると、ペロペロしている。
そんなに美味いのか?
俺の船のメンバーで、チョコを食べ始めると――アキラの船で、大型のコアを使ったゴーレム魔法が発動し始めた。
魔法を使っているのは、レイランさんだろう。
湖面が盛り上がり、持ち上がったクラーケンの脚を、ボートで挟み打ちにして騎士たちが切ろうとしている。
見れば――クレメンティーナと男爵が同じぐらいの剣技レベルだな。
男爵も実戦経験が豊富だけあって、かなり強いと思われる。
シャガ戦でも、バタバタと野盗を切り倒していたからな。
2艘の船で交互に脚を切って、残りは少ない。
「アキラ~、それを切ったら、あと3本だと思うわ。残りは、そちらに任せてもいいかな?」
「オッケ~! クレメンティーナも据えもの切りなら得意だからな、ははは」
「うるさい!」
「けど、クレメンティーナも今回は活躍してたじゃないか」
「まぁ珍しくな。帰ったら、ご褒美をやらないとダメだなぁ……」
「……」
クレメンティーナの動きが止まり、顔が赤くなる。
「べ、べつに、そのようなものを期待して、今回の戦いに臨んだのではない!」
「はいはい」
ご褒美とは一体なんなのか――まぁ突っ込まないでおこう。
「ウチも手伝うにゃ! まったく、ウチはいいところなしだったにゃ」
アキラの船にいた獣人のミャアが、脚切りに参加しはじめた。
「まぁな――水の上だし、獣人たちの機動力を活かせないのはしゃーないな」
戦闘が上手いこといったので、アキラも機嫌がよさそうだ。
俺とアキラの会話を聞いていた、獣人たちが話し込んでいる。
「クロさんよ、旦那たちが言ってる、桶とか産休とか、ありゃなんなんだい?」
「ケンイチたちが使っている異国の言葉だにゃ。桶は解った! 産休はありがたい――って意味だにゃ」
「へぇ~クロさん、中々やるねぇ」
「まかせるにゃ」
3人組におだてられて、ミャレーは鼻高々。
獣人たちの会話に少々笑いながら、アキラたちの船の舳先に、婆さんが座り込んでるので話しかける。
「婆さんどうした? 腰が抜けたか?」
「まったくねぇ――話と、実物じゃ大違いだね」
「だから言っただろう。年寄りの冷水だって」
「ふん! 寿命が半年は縮まったね」
「たった半年かよ」
婆さんと、一緒にいるメリッサにも、チョコをやる。
「ありがたい。甘いお菓子かい」
「美味しい……」
貴族の令嬢であるメリッサも、チョコの美味さの虜になった。
「このお菓子の原料となる木も植えたので、この領で作れるようになると思うぞ」
「こんな洗練されたものを、ここで本当に作れるの?」
「お城の料理人のサンバクさんもこの領に来るから、多分可能だろう」
「前に聞いたけど、本当にサンバクを引き抜いたの?」
追加のチョコを頬張りながら、メリッサが驚く。
「ああ、彼の希望でもあるし」
「呆れた! けど、このお菓子は蠱惑的に美味しいわ。絶対に貴族に売れると思う」
「リリスやアマランサスも大好きだからな。貴族というか、女性なら絶対に惹かれる味だと思う」
その話を聞いた婆さんが笑い始めた。
「ひゃひゃひゃ、お前さん。それだけ両手に花なのに、さらに花を増やそうというのかい?」
「いやいや、あくまで商売の話だよ」
「どうだい、ついでにあたしも囲ってみては?」
「お婆ちゃん!」
婆さんの冗談にメリッサが慌てる。
婆さんはずっと、こんな感じなのだが、メリッサは慣れていないのだろう。
「ははは、これ以上増やすなって言われてるからな」
「そりゃ残念だねぇ」
機嫌がいい婆さんだが、その孫は少々元気がない。
「どうしたメリッサ? 王国の歴史に残るような大物を討伐したのに、元気がないじゃないか?」
「ひゃひゃひゃ、もしかしたら物語になってしまうかもねぇ」
「討伐ですって? 大口叩いたのに、私はなにもしてないじゃない」
「クラーケンの胴体に大穴を空けたじゃないか」
「私と同じ魔法だったわ……」
レイランさんが、彼女と同じ魔法を使った件だろう。
「戦闘の経験から、一番効果的な魔法を選択して使ったんだろ? 別に問題ないと思うが?」
「私より詠唱を始めるのが遅かったのに、展開は早かった……それに、コアの所持者の変更をあんな一瞬でやってのけるなんて」
そこら辺は実戦経験の豊富さが、アドバンテージになっているのかもしれない。
「多分な――なにか裏技があるんだよ」
アキラたちは、帝国皇帝に命じられて、修羅場巡りをしてたみたいだしな。
体育座りになったメリッサが、魔法を使うレイランさんを見ている。
「ゴーレム魔法が気になるか? 君だってゴーレム魔法は使えるんだ、手伝ってみたらどうだ?」
「こ、こんな使いかたしたことがないし、コアの書き換えには時間がかかるし……魔法を失敗して迷惑かけたら、恥の上塗りじゃない……」
コツでも教えてもらえば――と言いたいところだが、彼女も王国の大魔導師だ。
帝国の魔導師に教えを請うなんて、プライドが許さないのだろう。
そんなものを捨てたほうが、早く上達するんだけどねぇ。
まぁ、それは言わないでおこう。
「ひゃひゃひゃ、本当に人間ってのは死ぬまで勉強だね」
「それは俺もそう思う。この歳になって、政を学ぶとは思わなかったし」
「お前さんは、それなりに知識があったように、思えるけど?」
「そりゃ多少はな」
アキラの船を離れて、近くを漂っていた男爵のボートへ向かう。
疲れて一休み中らしい。
「男爵、大丈夫ですか?」
「はぁ、大丈夫ですが――まったくお役に立てませんで……」
「魔物の脚を1本切り落としたではありませんか?」
「あれで、切ったことになるかと言われれば……」
男爵はがっくりと肩を落としている。
「水の上で騎士を戦わせること自体が間違っているのですから、気にしなくてもいいのでは? 責任があるとすれば、戦いに参加するのを許可した私にあると思いますよ」
「そのようなことはありません! 私が強引に、無理を言って参加させていただいたのですから」
「なにはともあれ、魔物は退治できました。ありがとうございます」
「……」
男爵が、アマランサスをじっと見つめている。
「彼女を射止めるのはかなり難しいと思いますけど」
「ま、まさか! そのようなことはありません――が」
「なにか、気になることでも?」
「私も、あの高みに近づけるのでしょうか?」
男爵が言っているのは、アマランサスの人間離れした、超人的な剣技のことだ。
「さぁ……私が思うに――あれは、独自魔法のようなものだと」
「それでは、持って生まれたもの……」
「でも、彼女の身体を見れば、相当な修練を積んだように思えます」
「それは私も感じました……なるほど……諦めたらそこで終了でございますな」
「そういうことになりますか」
男爵がニヤリと笑う。彼の今までの行動を見ても、くじけるようなタイプには見えない。
落ち込みながらも、前に進むタイプだろう。
皆の協力もあって、足の収納作業が終了。
今度は、アイテムBOXへクラーケンの胴体部分の収納を試みる。
「ケンイチ、大丈夫か?」
「解らん。よし! 収納!」
入らない――。
「くそっ! ダメだ。若干サイズがデカいらしい」
「それじゃ、胴体の先っぽ――尖っているところを切るか?」
「そうだな。アネモネ、頼めるか?」
「任して!」
またアネモネの魔法で持ち上げてもらい、アマランサスに切ってもらう。
あの太い脚が切れるんだ。尖っている先っぽを切るなど、造作もないだろう。
「むー!」
アネモネの魔法で、クラーケンの胴体が持ち上がる。
「「「おお~っ!」」」
それを見た獣人たちから、声援があがった。
「アマランサス!」
「承知した」
船からクラーケンに飛び移った彼女が、ジャンプして前方に2回転すると巨大な白い胴体が輪切りになった。
落ちたイカの先っぽが、湖の中へ落ちて水柱を立てる。
切り落とした部分には内臓が入っていないらしい。
イカの耳の部分には内臓はなかったとはいえ、これを刺身にしたら、何人分あるんだろうな。
食えば美味いし、村の住民でもタダなら食うやつがいるかもしれん。
「「「すげー!!」」」
アマランサスの神業を見た獣人たちの目が輝く。
獣人たちは、絶対的な強さに憧れを抱くようだ。
戻ってきたアマランサスに礼を言う。
「ありがとう、アマランサス」
「はい」
彼女は俺の言葉にニコニコしている。初めて会ったときの、あの凄まじいプレッシャーはどこにいったのやら。
「よ~し、これだけコンパクトになれば、アイテムBOXに入るだろう」
俺は、意を決して叫んだ。
「収納!」
目の前に漂っていた、巨大なイカの躯がアイテムBOXに収納された。
さすがに、これだけデカいものが入ると、中がどうなっているか気になる。
――とは言っても、今までも巨大なコ○ツさんやら、ホイールローダーやら、ダンプまで収納してたじゃないか。
なにをいまさら。
「「「おお~っ!!」」」
その光景を見た、皆から驚きの声が上がる。
「相変わらず、すげぇ収納能力だな」
俺の隣に来たのはアキラだ。
「これだけでも、十分にチートなんだけどな」
「それに比べて、俺のマヨネーズときたら」
「まぁまぁ、艱難辛苦の果てに、アキラもアイテムBOXを使えるようになったんだろ?」
「ケンイチのほどデカくはないけどな。けど、あるとなしじゃ大違いだからな」
「確かに、アマランサスみたいに、剣や金を入れられるだけでも利用価値は大きい」
「そゆこと」
アイテムBOXに収納できたということは、そのままステータス画面のゴミ箱へ捨てることもできるってわけだ。
「さて――帰るか! 皆が待ってるし!」
「まてまてケンイチ! こういう勝ち戦の場合は、勝どきを上げるんだ」
「エイエイオー! か?」
「この世界だとゥラーゥラーゥラー! だな」
「それって帝国式じゃなくて?」
一応、アマランサスにも確認を取る。
「王国でも、ゥラーゥラーゥラー! でございますよ、聖騎士様」
「そうか――しかし、少々恥ずかしいなぁ」
「なにを言ってるんだ、辺境伯様よ~。これもお貴族様の立派なお仕事ですよ~」
ちょっとアキラが、嫌味っぽく言う。
しょうがない。これも仕事だ。
ちょっと練習をする。ウをハッキリと言わず、ラーラーラー! に近い発音だ。
「よ~し! それじゃ勝どきを上げる! ゥラーゥラーゥラーー!」
「「「ゥラーゥラーゥラー!!」」」
ワー! と皆から歓声が上がる。
魔物相手だからいいけど、本当の戦はやりたくねぇなぁ……。
船に3人組と男爵のボートを括り付けると、俺たちはサクラを目指した。
急ぐ必要はないし、後ろにボートを牽引しているので、2時間ぐらいかけてサクラに到着。
桟橋につけると、リリスとメイドたちが出迎えてくれた。
俺が渡してある双眼鏡を使って、湖をチェックしていたらしい。
「ケンイチ、今日は早かったのう!」
「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」
マイレン筆頭に、メイドたちが一斉に頭を下げる。
「皆、ただいま。リリス、やっと魔物を討伐できたよ」
「ほう! あの化け物を、やりおったか」
「「「おめでとうございます、ご主人様!!」」」
「はは、皆のおかげさ」
そこにアキラたちがやってきた。
「ケンイチ、早速バラすのか?」
「その前に腹が減らないか? 昼飯が、まだだったろ?」
「そういえばそうだな。さっきチョコ食ったから、なんとなく保っていたが」
「軽く飯にしようぜ?」
「そうだな」
アイテムBOXからテーブルを出して、岸で食事にすることにした。
メニューは、メイドたちが作ってくれた、弁当だ。
スモークサーモンと野菜のサンドイッチとスープと、お茶。
スモークサーモンは、サンタンカからの差し入れだ。
「これが街で噂になっている魚の干物かい? 生みたいな感触だねぇ」
婆さんがサンドイッチに挟まっているスモークサーモンをジッと見ている。
「干物と生の中間みたいな感じだな。美味いんだが、日持ちはしない」
「確かにねぇ――でも、美味いよ」
「これも、この領の重要な産業になるはずだ。実際サンタンカでは、こいつの生産をするために、人が増えたし、村も大きくなった」
「そりゃ、仕事があれば人が増えるのは当然さ。アストランティアじゃ、もうずっと前から頭打ちになっているし……」
「おお、これは美味い! 酒にも合いそうだ」
男爵もスモークサーモンが気に入ったようだ。
「男爵。美味いだろ? どうだ、少し飲むか?」
「いや、まだ日が高いですし……」
「祝酒だ。ほんの少しだけ」
「そ、それではいただきます……」
彼も、酒は好きそうだからな。
小さなショットグラスにウイスキーを注いでやる。
「ケンイチ、俺にもくれ」
「オッケー」
俺とアキラの会話を聞いていた獣人たちが、ひそひそ話をしている。
「桶だ、桶!」「解ったって意味だよな!」「クロちゃんの言うとおりです~」
クロちゃんってのは、ミャレーのことらしい。
飯を食いながら、マイレンを呼ぶ。
「お呼びでございますか? ご主人様」
「化け物を解体する。手の空いている奴を集めてくれ」
「承知いたしました」
マイレンが下がると、早速仕事に移った。
「クラーケンが欲しいやつには、タダでやるつもりだけど、食うやつはいると思うか?」
「さぁなぁ……」
答えるアキラも半信半疑だ。
「確かに珍味じゃが、味は悪くないと思ったが……」
「そうじゃな」
王族の2人が食べて、味は悪くないというのだから、食える味だとは思うのだが……。
実際、ワームを食うよりは、抵抗がないと思う。
「肉なら売れるけど、イカじゃなぁ……食う文化がないからな」
俺のつぶやきにアキラが反応した。
「普通に焼いて食っても美味いと思うが。それに酒によく合うしな、ははは」
飯を食い終わると、人が集まってきた。
20人ぐらいだろうか。
大工の親方のドラクラもいる。
「なんだ、親方。野次馬か?」
「へへ、領主様が仕留めたっていう、化け物を見てみませんと。話のとおりの大物なら、しばらく酒の肴に困らねぇ」
親方が顎に手をやり、ヒゲをジョリジョリしながら、ニヤニヤしている。
この世界は娯楽がないので、野次馬には沢山の人が集まってくる。
ここにやって来た連中は、ほとんどがそれだろう。
まぁ、無理に手伝わすわけにもいかないので、見ているだけの野次馬も仕方ないが、金を払うといえばやるだろう。
領主なら、無理やり手伝わせろ! ――ってリリスは言うだろうけど。
「よし! そろそろやるか~」
「そうだな」
獣人たちがはしゃぎ回り、周りにアピールしている。
「ウチらが仕留めた魔物を見て、腰を抜かすにゃ!」
俺は桟橋からちょっと離れた場所に移動。
アイテムBOXに入っていた、クラーケンの死骸を岸の砂地に出すと――周りから一斉に歓声があがった。