162話 助っ人
サクラに大魔導師たちが集結、作戦の打ち合わせをした――翌朝。
俺は、ツリーハウスの部屋で目を覚ました。
目の前には、俺の顔を覗き込むベル。
「にゃー」
「おはようベル。お前って美人だったんだな」
「にゃー」
窓から入ってくる朝日にきらめくビロードのような彼女の毛皮をなでると、ゴロゴロと大きな音を立てる。
チーターとか、山猫とか、ジャガーとか、サーバルとか大型のネコ科の動物を飼うのが夢ではあったが、異世界でその願いがかなうなんて。
――と言いたいところだが、彼女はただの猫ではない。
かなりの高い知能と戦闘能力を持つ、人智の及ばぬ生物に見える。
ゴロゴロしている姿は猫なんだけどねぇ。
「さぁ、ベル。朝ごはんにしよう。皆が待ってる」
「にゃー」
彼女と一緒にツリーハウスを出て階段を降りると、皆の所へ向かう。
村では家の前にテーブルが設置されて、すでに食事の用意が整っていた。
テーブルには、メリッサと婆さんが座っており、こちらに手を振っている。
「随分とのんびりな領主さまだねぇ」
「婆さん、腹が減ったのなら、先に食べてもいいぞ?」
「さすがに王族より先には食べられないねぇ、ほほほ」
俺の所にマイレンがやってきた。
「悪い、寝坊したかな?」
「大丈夫です。まだリリス様とアマランサス様がいらしてません」
「にゃー」
先に、ベルにネコ缶をやる。
そこにアキラたちがやってきた。
「オッス! ケンイチ」
「オッスオッス!」
「今日からやるのか」
「ああ、今日からだ。しばらく地獄の一丁目まで付き合ってもらうぜ」
「任せろ」
「地獄って住所があるの?」
そう言ってやってきたのは、目を擦っているアネモネだ。
メイドたちが食事の準備をしてくれるので、彼女のパン焼き器も出番がない。
――とはいえ、同じパン焼き機をメイドたちも使っているので、味は同じだ。
人数が増えたので、そろそろパン焼窯が欲しいところだな。
「おはようアネモネ――地獄の住所ってのは、たとえだよ」
「ふ~ん」
俺とアキラが缶コーヒーを飲んでいると、リリスとアマランサスも起きてきた。
ちなみに、コーヒーの黒い色合いは評判が悪く、飲み物に見えないらしい。
皆が揃ったので、朝食になる。
メニューはベーコンエッグに、スープとパン。食べたい人には、グラノーラがある。
食卓にのぼったベーコンはメイドたちのお手製だ。シャングリ・ラで買った本でベーコンの作り方を教えてあげたら、自分たちで作りはじめた。
お城の料理人サンバクさんのような超人的な感覚はないが、彼女たちの料理の腕も中々のものだ。
「ケンイチ、今日からやるのかぇ?」
「ああ、リリス。とりあえず――1週間ほどだな」
「ぐぬぬ……妾も一緒に行きたいところだが……」
「だめだめ、戦闘ができないんじゃ――それにかなり危険だ」
「それは解っておる!」
「こればっかりは、わがまま言われても、連れていけないな」
「……」
自分でも無理だと解っているので、これ以上はリリスもなにも言わなかった。
「戦闘などに行って脚を引っ張らずとも、リリスには沢山の仕事が待ってるぞぇ?」
アマランサスが行政官の仕事をしているが、彼女が留守のときはリリスが代行ということになっている。
領主が不在のときは、領主夫人が代行することも多いとはいえ、普通は政には素人で、役人の言いなりになってしまうことが多いらしい。
ユーパトリウム子爵夫人だったカナンのように、商人のいいように利用されてしまったとかな。
サクラには、紋章官のユリウスもいるので、彼にやってもらう手もあるが……。
まぁ、リリスにも政をやってもらわないとな。その能力はあるし、俺よりは政治に詳しい。
元世界の政治の知識がある俺だが、この世界ではあまり役には立たないし。
「大丈夫、リリス! ケンイチは、私に任せて!」
「アネモネも、たくましくなったなぁ……」
「ケンイチと一緒なら、どこでも行くんだから」
嬉しいのだが――子どもにあまり危険なことはさせたくない――なんてことを言ったら、怒るだろうしなぁ。
やはり、大人として扱って、彼女の才能を伸ばすべきなのか。
食事が終わって、出発の準備をする。
俺もアキラもレザーアーマーを着て、その上からオレンジ色のライフジャケットを羽織る。
獣人たちも鎧を装備した。いつぞやソバナのドワーフの店で買ったものだ。
ライフジャケットも装着させようとしたのだが――やはり動きにくいと言って、着てくれない。
彼女たちは、泳ぎが上手いので平気だとは思うが……。
アキラの家族、クレメンティーナにも革の鎧に着替えさせ、ライフジャケットを装備させる。
「クレメンティーナ、中々似合うじゃないか」
アキラが女騎士の周りをグルグルと回って品定めをしている。
「どうも、心もとない気が……」
彼女は、体中あちこちを触って、気にしているようだ。
「どうせ、役に立たないんだから、なにを装備しても同じだ、同じ!」
「うう……」
アキラの話では、彼女はあまり戦闘の役に立たないようなのだが……。
剣技などは優秀で、練習ではなんの問題もない。
アキラに言わせると――戦闘のセンスが絶望的にないらしい。
「まぁ――突然、あらぬところで戦闘を仕掛けたりとか、突拍子もないことをやるから困るんだよ」
「こ、今回は、アキラの指示に従う……」
「本当だな!」
「はい……」
今回の戦闘に参加するということで、アキラと彼女はかなり長い話し合いをしたらしい。
どういう話し合いだったかは、不明なのだが――そこらへんは、詮索しないでおこう。
噂を聞きつけた獣人たちが、戦闘への参加を希望するのだが、なにせ船がない。
いや、プラ製の釣り船ならシャングリ・ラにはあるのだが、船外機付きの俺たちと一緒に行動できないのだ。
なにせ、戦闘地点は陸より数十km先の湖のほぼ中心。
いくら獣人たちのパワーやスタミナがあるといっても、手漕ぎでついてこれないだろう。
それに、あの化け物相手に、剣や斧を振り回す獣人のパワーが通用しそうにないのだ。
「ねぇ旦那! あたいたちも連れていっておくれよ!」「そうだよ!」「よろしくおねがいしま~す」
俺に食らいついているのは、獣人の3人組だ。
「今回の戦闘は、主に魔法戦なんだよ。水の上じゃ剣も斧も役にたたないしな」
「そうだけどさぁ」
「なんでそんなに、こだわる?」
「だって、あいつらにデカい顔をされるのは嫌じゃないか」
あいつらってのは、ミャレーとニャメナのことだ。
「それに船もないんだよ。魔道具が装備された俺たちの船は、水面を凄い速さで進む。普通の船じゃついてこれないんだ」
「うう……」
「悪いが、今回は諦めろ。陸の上での戦闘があれば、力を借りるから」
「にゃー」
俺の所にベルがやってきた。
「ちぇっ……」
3人組はブツブツ言っていたが、森猫の手前なんとか引き下がったようだ。
こちらとしても無い袖は振れないし、地上の戦闘なら戦士の数と獣人たちのパワーが頼りになるんだがな。
「よしよし、お母さんありがとうな」
「にゃー」
「チュ○ル、食うか?」
「にゃー」
ベルが、俺の手からチュ○ルをペロペロしていると、さっきの3人組が戻ってきた。
「なんかいい匂いがするじゃないか!」「クンカクンカ」「美味しそう……」
その3人組が、俺とベルのチュ○ルに気がついたようだ。
「なんだい!? そのいい匂いがするものは!?」
結構離れていたんだが、これはそんなに匂いがするのか?
くんくん――匂いを嗅いでみると、魚粉みたいな匂いはするが……。
「う~ん……それじゃ戦いに参加させられないから、これをやるよ」
3人組は、俺から棒状の袋をもらうと、ちぎって舐めはじめた。
「ペロペロ……」「ペロペロ……」「ペロペロ……」
3人共、一心不乱に舐めている。すごいシュールな光景だが、猫らしくもある。
ベルの毛皮をなでながら、その光景を見ていると――アストランティアへ続く道に、自転車らしきものが見える。
一生懸命に自転車を漕ぐ女性らしき影――プリムラだ。
「お~い、プリムラ」
俺のすぐ近くまで彼女がやってくると、自転車を乗り捨てて、俺に抱きついてきた。
「ハァハァハァ……」
息を切らしながら、俺を固く抱きしめる。
「プリムラ、落ち着きなさいって」
「ハァハァ……アンネローゼさんから聞いて……今日、魔物退治に行くと」
「数日中に魔物退治に行くと、言ってあったじゃないか」
そう、別に秘密にしていたわけじゃない。事前に彼女にも話してある。
「でも、出発するなら、お見送りしないと……」
「君は心配しているのかもしれないけど、大丈夫だって。見りゃ解るが、凄い戦力だぞ?」
「解っています。アマランサス様も、1国の軍隊に匹敵する力だと」
「そうそう、だから心配ないない」
彼女が俺の目を見て、目を閉じてくる。
軽く口づけを交わすと、胸に押し付けられた彼女の豊かな膨らみが気になる。
レイランさんほどではないが、立派なものだ。
思考がオッサンだが、オッサンだから仕方ない。
「なに、胸を揉もうとしてるの!?」
下から声がして、そちらを向くとアネモネが2人の間に割って入ってきた。
「え? そ、そんなことしようとしてないよ?」
「うそ! そんなに胸に触りたいなら、私の触ればいいのに!」
そんな子ども触ってどうするんだよ――とは絶対に言えない。
情けないオッサンだが、アネモネの追及にしどろもどろになっていると、馬車がやってきた。
立派な馬車ではなく、普通のオープンタイプの黒い馬車。
同じ毛色の黒い馬が牽いているが、手綱を持っている男性に見覚えが……。
深い青の詰め襟のような上下を着た、金髪の男性。
「ケンイチ殿!」
男性が馬車を降りて、こちらに走ってきた。
「ノースポール男爵――!」
思わず様をつけそうになってしまったのだが、俺のほうが位階がかなり上なのだ。
「これは失礼を! ケンイチ様とお呼びすべきでしょうか?」
男爵が畏まる。前はくだけた印象だったのだが、俺も貴族になったので、少々堅い。
「いやいや、戦友なのですから、ケンイチでもいいですよ」
「とんでもない――それではケンイチ殿と」
「ええ」
「承知いたしました。それにしても――シャガの討伐のあと、こんなことになっていようとは。いきなりケンイチ殿から、貴族になったという連絡をいただいて、最初は冗談かと……」
「ははは、まぁ本当に色々とありましてね」
男爵に、ここから送り出した家族のことを聞く。
「クロトンの家族は、元気にやっておりますよ」
「マリーは元気ですか?」
アネモネが、仲がよかったクロトンの娘のことを尋ねる。
「ああ、クロトンの娘ですね。元気ですよ」
「よかった!」
「お久しぶりでございます、ノースポール男爵様」
「おお、プリムラさんもお元気そうでなにより。マロウ商会を訪ねたら、あなたが行方不明と聞かされて驚きましたよ」
「心配おかけして、申し訳ございません」
プリムラが頭を下げる。
彼女と男爵との婚姻の話もあり、彼女がそれをすっぽかしてしまったのだが、男爵がそれを気にしている様子もなくて安心した。
「申し訳ない、クロトンの家族を押し付けてしまったようで……」
「滅相もございません。領民を募集しておりましたし、クロトンは中々有能で、男爵領の役人をしてもらっています。貧乏貴族領は常に人手不足なので、有能な人材は喉から手がでるほど欲しいですよ」
よかったな。家族で元気でやっているようだ。
ホッとしながら、ユリウスを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、ケンイチ様」
「男爵、悪いが――これから魔物討伐なので、お相手できない。夕方には戻ってくるので、お話があるなら、ここでお待ちになっていただきたい」
「なんですと! 魔物退治! それでは、私にも参加させていただきたい!」
「ええ? 男爵、魔物というのは湖にいる巨大生物でして、騎士の出番は――」
「なにをおっしゃる! ここで義を果たさねば、騎士としての沽券に関わる!」
いやいや、真面目な人間はこういうときに困る。
「だが、その格好では……」
「心配ご無用! こんなこともあろうかと、装備はちゃんと持ってきてあります!」
「しかし、重いプレートアーマーでは、湖に落ちたときに、溺れる可能性が……」
「軽装の装備もありますぞ! 騎士として備えは怠りませぬ。ははは、私の愛剣ウルフファングもこのとおり」
見れば、装備一式が、馬車に積んである。
男爵は供もつけずに、自分で手綱を握ってここまでやってきたのだ。
従者にする人材もいないだろう。
彼は愛剣を高く掲げると、俺に微笑む。いや、微笑まれても困るのだが……この男爵は根っからの戦闘狂だ。
戦いとなると首を突っ込みたくて、仕方ない性格らしい。
「う~ん」
「ケンイチ殿! 何卒、戦友として一緒に戦わせてくださいませ!」
オッサンは、戦友とか言われると非常に弱い!
「なんだよ旦那ぁ! その貴族様が行くなら、あたいらもいいだろ?!」
騒いでいるのは、獣人3人組だ。戦いとなると首を突っ込みたくなるのは、騎士だけではないらしい。
「お前ら、まだいたのか……う~ん」
困った。
「ケンイチ殿!」
「男爵、貴殿になにかあれば、男爵領の運営が行き詰まりますよ?」
「そのときは、そのときで。戦闘で命を落とすのは、貴族の誉」
「いやいや……そういう場合は、どうなるんだ? ユリウス」
「領主代行を立てて、国の沙汰を待ちます。その後、受け入れてくれる貴族領があれば併合されたり――」
「赤字の領だと、見捨てられたり?」
「ありますねぇ」
「そのときはケンイチ殿に、領を託します」
「えええ?」
――とはいえ、クロトン親子を押し付けて、逆に俺が押し付けられたらNO! とは言えない。
「解った、何があっても恨みっこなしだぞ?」
「旦那、勝手に戦闘に押しかけて、文句言うやつは獣人たちにはいないよ」「ミケの言うとおり!」「そのとおりです~」
結局、獣人3人組と、男爵を戦闘に参加させることになってしまった。
「マイレン!」
どこからともなく、マイレンがすっと現れた。
「こちらは、ノースポール男爵だ。ここに、しばらく滞在することになる」
「よろしく頼む」
「承知いたしました」
マイレンがペコリと頭を下げた。
「プリムラ、それでは行ってくるよ」
「お気をつけて」
「カナンはどうしてる?」
「一応、今回のお話はしましたが、気にはしておられないようでした」
「まぁ、プリムラが心配しすぎだ」
「そうでしょうか?」
彼女がまた俺に抱きついて、大きな胸を押し付けてくる。
「プリムラ、くっつきすぎぃ」
アネモネが、2人の間に割って入る。
「ははは、これでは私が袖にされるのも、仕方ありませんなぁ」
プリムラに別れを告げて、獣人3人組と男爵に準備をさせる。
「俺は桟橋にいるから、準備ができたら、そこまで来てくれ」
「承知した」
「解ったぜ旦那!」「腕が鳴るぜ! わざわざソバナから来た甲斐があったってもんだ」「そうだよねぇ~」
戦闘でどうなるかも解らんのに、そんな楽観的でいいのか?
少々心配だが、言うことは言ったし、全て彼らの自己責任だ。
桟橋の近くで準備しているアキラたちの所へ行く。
「ケンイチ、遅かったな。トラブルか?」
「いや、援軍だ。獣人が3人と、男爵――騎士が1人参加してくれることになった」
「貴族? ――知り合いか?」
「ミャレーは知ってるよな? シャガ討伐で一緒に戦った騎士だ」
「知ってるにゃ! 剣に向かってブツブツ言ってる危ない騎士にゃ!」
「おいおい、本人の前で言うなよ……?」
参加する獣人の正体にニャメナが気づいたようだ。
「旦那! 獣人が3人って、あの3人組かい?」
「ああ、断りきれなかった」
「いいのかい?」
「彼女たちも了承済みだ」
ニャメナも仕方ないって顔をしている。戦いとなれば参加したくなる獣人の性ってやつを、彼女なりに理解できるのだろう。
さて、人数が増えたが、俺たちの船は定員でいっぱいだ。
乗せられないこともないが、船の上で身動きがとれなくなる。
シャングリ・ラで、前に買った中古の漁船と同じものを探してみるが――ない。
たまたま出品されていたものなのだろう。
それならば――市販のフィッシングボートを探す。
FRP製で16フィート(約5m)のボートが売っている――40万円だ。
高価だが、水面で安定するように脇にフロートがついている。
3人乗りだし、これならいいだろう。
「ポチッとな」
白いボートが2艘落ちてきた。
「お、新しい船か」
「討伐が終わったら、不必要になるが貸し出せばいい」
「これを作るのに、どのぐらいの対価が必要になるんだ?」
「1艘金貨2枚だから、2艘で4枚だな」
「結構高いな……」
「だが、この世界で金貨4枚出しても、これと同じものは作れないからな」
「そりゃそうだ!」
このボートには動力がないので、俺たちの船にロープで結んで牽引しよう。
直線なら平気だろうが、急な方向転換をすると、遠心力で飛んでしまうかもしれない。
気をつけないとな。
アイテムBOXからナイロンロープを取り出し船を繋いでいると、男爵と獣人たちがやってきた。
「ケンイチ殿、その船で行くのですね?」
「そうだ。この湖は巨大でな。幅が数十リーグもあるから、俺の魔道具で動くようにしてある」
「魔道具――貴殿は、やはり凄い!」
彼に面子を紹介するが、その豪華さに驚いている。
「高名なナスタチウム侯爵家のご令嬢とご一緒できるとは!」
「ほほほ、脚を引っ張らないように」
つづいて帝国から亡命させた面子も紹介する。
「そちらの女性は帝国の大魔導師、夜烏のレイランさんだ」
「なんと! ご高名は聞き及んでおりますぞ?」
「ありがとうございます。男爵様」
普通の男なら、レイランさんの巨大な胸に釘付けになるところだが、彼は武器以外に興味はないようだ。
変わっているといえば変わっているが、実直なのは間違いない。
「そちらの男性は、男爵も話していた、帝国皇帝の懐刀だ」
「な、なんですと! それでは、独自魔法を使うという大魔導師……」
「ははは、そういうことになるな。俺はアキラだ。よろしく、男爵様」
「ちょっとアキラ! 申し訳ございません、男爵様」
アキラの不躾にレイランさんが、頭を下げる。
「構いません。これから戦場へ行くというのに、身分がどうのと言ってる場合ではありませんからな」
「ケンイチ、中々話の解る男爵様だな。ああ、そっちの女は、みそっカスなので、無視していいから」
アキラが、クレメンティーナを指差した。
「うるさい! アキラはいつも!」
いつものごとく、アキラの家族は騒々しい。
「はは――男爵、アネモネは知っているな」
「……ああ、シャガのアジトから助けた子どもですね?」
「子どもじゃないから!」
「彼女は、今や辺境伯領の大魔導師なんだよ。これだけの大魔導師は、王国でも中々いないぞ?」
会話に獣人3人組が入ってきた。
「その子は、巨大なゴーレムを作って、ワイバーンを叩き落としたりしたんだよ?」「そうそう」「そのとおりなんです~」
アネモネの変貌ぶりと活躍っぷりに、男爵も驚いた。
「なんと……それは失礼した、大魔導師殿」
「ふん!」
子どもと言われて、アネモネは機嫌が悪そうだ。
最後にアマランサスを紹介する。
「ここの行政官をしている、戦奴のアマランサスだ」
「ちょっと、ケンイチ!」
割り込んでくるメリッサを制する。
「戦奴? むう、一見して只者ではない――しかし、はて……アマランサス……」
どこかで聞き覚えがある名前に、男爵が首を傾げている。
さすがに、男爵になったばかりの身分では、謁見もしていないのだろう。
「戦奴が行政官なんて変だと思うかもしれないが、ここも人手不足でね」
「ふふ、よしなに」
アマランサスは、あまり意に介していない様子。
獣人3人組と男爵に、クロスボウを渡した。
「水の上じゃ剣は役に立たないかもしれないから、これを渡しておく」
「おお! シャガ戦で使っていたものですな!」
「すげー! こんなすげぇ弩弓は初めてみたぜ!」「なんじゃこりゃ!」「素晴らしいです」
獣人たちに使い方を教える。
コンパウンド式になっていて、一見複雑そうに思えるが、やっていることは、この世界にある弩弓とまったく同じだ。
そこにリリスがメイドたちを連れて見送りにやってきた。
メイドから昼ごはんの弁当をもらって、アイテムBOXに入れる。
「ケンイチ、出発するのかぇ?」
「ああ、行ってくるよ。男爵、彼女は正室のリリスだ」
「これは、ご挨拶が遅れました。アラン・ウェ・ノースポール男爵です。以後お見知りおきを――辺境伯夫人様」
男爵が、膝をついて礼をした。
「うむ、よしなにの」
皆で船に乗り込み、出発をする。
男爵と獣人3人組は、ロープで繋がれた船に乗り込んだ。
「アキラ、最初はゆっくりとな」
「任せろ」
「ちょっと、ケンイチ。これで本当に漕がなくても、湖の上を進むの?」
「大丈夫だよ、メリッサ。心配するな」
リリスとメイドたちに手を振る。
「行ってくるよ」
「「「いってらっしゃいませ、ご主人様!」」」
マイレンを筆頭に、メイドたちが並んで、頭を下げる。
「はは……」
ちょっと恥ずかしい。
この恥ずかしい光景を、アキラが羨ましそうな顔で見ている。
「いいなぁ、メイド。センセ! ウチにもメイドを入れようぜ」
「入れてどうしようと言うのですか?」
レイランさんが、じろりとアキラを睨む。
「もちろん、家事手伝いをさせるんだよ。センセもアンネローゼも、そこのチ○ポに負けた女騎士も、てんでなにもできねぇじゃん」
「私は負けてない!」
アキラと一緒にいる女性陣は、家事が苦手のようだ。
今まではその日暮らしだった彼らだが、落ち着いて生活の拠点を定めるとなると、家事手伝いが必要になるだろう。
そんな俺達を乗せた船は、エンジン音を響かせ、湖の上を走りはじめた。