160話 昨日の敵は今日の友
俺はアキラと一緒に夜の湖に繰り出し、明るく輝く集魚灯を船で引っ張り回して、クラーケンのやつをおびき寄せた。
俺の策略どおりに化け物は姿を現し、まちがいなくクラーケンがいることが確かめられた。
出現した化け物は、脚が1本欠損しており、俺たちが遭遇した個体に間違いない。
エンカウントした場所に目印のブイを放り投げると、俺たちはすぐさま帰宅した。
これで敵の、おおよその位置が判明したことになる。
マーキングは完了したが、クラーケンが大幅に動いてしまえば、また一からやり直しなのだが……。
全ては、この湖が大きすぎることが原因だ。
やつがじっとしてくれることを願うしかない。
捕捉できなければ、夜に集魚灯を引っ張りつつ、迎撃するという夜間戦闘を強いられるだろう。
できれば、それは避けたいのだが……。
俺は、アストランティアへ行き、道具屋の婆さんの孫であるメリッサに応援を頼んだ。
彼女は王国でも有数の魔導師であり、実戦経験も豊富だ。
貴重な戦力を確保できたと思ったのだが、道具屋の婆さんも戦闘に参加すると言い出した。
そりゃ、かつては有名な魔導師だったらしいが、年寄りの冷水だぜ。
俺はサクラに戻ると、早速クラーケン討伐の準備をはじめた。
少々、長期戦になることも予想して、前線基地を設置。
シャングリ・ラから購入したコンテナハウスを5基並べて、参加者に自由に使ってもらう。
もちろん物資もこちら持ちだが、参加者はそれほど多くない。
俺側から、俺、アネモネ、アマランサス、ミャレー、ニャメナ。
アキラ側から、アキラ、レイランさん、獣人のミャア。
あとは、婆さんとメリッサだ。
看板も立てた。
「対クラーケン討伐作戦本部」
無論、日本語であり、板に墨で書いた。書道初段の俺の筆が火を吹くぜ。
なんか、こういうのを立てるとフラグも立ってしまうような気がするが……。
「たいくらーけん、とうばつさくせんほんぶ」
声に出して看板を読んだのは、アネモネだ。
「え? もう、こんな難しい漢字まで覚えているのか?」
「うん、ケンイチのことは、なんでも知りたいから」
「いやいや、無理をして知らなくてもいいんだぞ?」
「そんなことはないよ」
やべぇな。あまり危ない日本の本は読ませられないな。
「ん~」
アネモネが俺に抱きついてきたので、頭をなでてやる。
魔法は凄いし頭は超いいし、やっぱり歴史に名を残す子なんだろうな。
そこにリリスがやってきた。
「あ! アネモネ! また妾のおらぬところで!」
「つ~ん!」
アネモネが、リリスの言葉に横を向く。
「離れるがよい!」
「や!」
「それでは、妾も抱きつくぞぇ!」
リリスも一緒に俺に抱きついてくる。
「待て待て、受け入れ準備ができないじゃないか」
「貴族らしく、ふんぞり返って、部下をこき使えばよいであろう」
「こんなものの整備とか、俺にしかできないし。やって来る相手は、この国でも有数の魔導師だ。礼は尽くさんとな」
「うむ」
辺りを見回すと、誰もいないのだが――。
「マイレン!」
「お呼びでしょうか?」
すぐにメイド長のマイレンが姿を見せる。
「討伐に参加する魔導師の面々が来るから、世話を頼む。人数を見て料理もな。いつものウチの食事でいいぞ」
「かしこまりました」
「いつもの食事だが、王族が食しても不満がないものじゃからのう」
「王族のお墨付きがもらえてよかったよ」
「私は、ケンイチの料理が食べたいのに……」
「アネモネ、これだけ人数が増えたら無理だよ」
「むー」
そこに、アストランティアへと続く道から、馬車がやってきた。
荷馬車ではなくて、黒いボディで1頭だてのオープン型の馬車だ。
「ケンイチ!」
馬車の上から手を振る女性がいる。
やってきたのは、魔導師のメリッサとその祖母――道具屋の婆さんだ。
2人とも、黒いワンピースとローブという、いつもの格好だが、大きな鞄を持っている。
魔導師はこういう格好をするのが、決まりなのだろうか?
そりゃ、見れば魔導師だって解るが……。
「おお、メリッサよく来てくれたな」
「これは王女殿下にはご機嫌麗しく……」
「よいよい、妾はもう王族ではないゆえ」
「2人共、まだ屋敷ができていないから、あの黒い部屋を使ってくれ」
2人をコンテナハウスに案内する。
「ほ、こいつは鉄の箱かい?」
「頑丈だが、日が照ると暑いのが、少々欠点だな……そのときは、なにか考えよう」
「暑かったら、魔法で冷やせばいいし」
まぁ、みんな魔導師だからな。
メリッサの話では、馬車をレンタルしてここまでやって来たと言う。
「なんだ、連絡くれれば迎えに行ったのに」
「あまり世話になると、今後の儲けに支障が出るからねぇ」
婆さんが俺の顔を見て、ニヤニヤしている。
貴族になったし、白金貨なんて持っているから、もっと金目のものを持っていると踏んだに違いない。
まったく、がめつい婆さんだ。
「お婆ちゃん、またそんなこと言って」
「そんなに金を儲けたって、あの世には持っていけねぇんだぜ?」
「ひひひ、余計なお世話だよ。まったく、こんなものまで持っているなんてさ……」
婆さんがコンテナハウスの壁をペチペチと叩き、メリッサが中を覗いている。
「ふ~ん、中は綺麗ね」
「最低限のベッドと戸棚だけ置いてある。欲しいものがあれば言ってくれ」
「はいよ~」
婆さんが、コンテナハウスの中に入って、荷物を置いた。
「常にメイドが待機しているから、何かあれば彼女たちに」
「解ったわ」
婆さんたちと話していると、次の1陣がやってきた。
アキラの運転するプ○ドだ。
「ケンイチ!」
「お~オッス!」
「オッスオッス!」
車から降りてきたのは、アキラとレイランさん、そして獣人のミャアだが、もう1人いる。
銀色のアーマーに身を包んだ、金髪の女騎士の――え~と……。
「クレメンティーナさんだっけ?」
「クレメンティーナでいい。辺境伯殿」
そう言うと、彼女が俺に礼をした。実に貴族らしい振る舞いだ。
「ケンイチ、すまんな。こいつがどうしても来たいって言うことを聞かなくてさ」
「何を言う! 我々が異国の地で、なに不十分なく――いや過分に暮らせているのも、全て辺境伯殿のおかげではないか!」
「順調に暮らせているようでよかったよ」
「そこでだ! 魔物退治という機会が巡ってきたのは、まさに天啓! ここで義を返さねば、貴族の名が廃る!」
「あ~ケンイチ。こいつは無視でいいから。こいつは俗に言う、無能な働き者だから、ミソッカスで」
「貴様~! 言うに事欠いて、この私を無能とは!?」
クレメンティーナが、アキラに掴みかかった。
「だってお前、いっつも戦闘の脚を引っ張るじゃねぇか。マジで困るんだけど」
「う……うううう~っ」
クレメンティーナが、アキラの胸ぐらを掴んだまま泣きはじめた。
「まぁまぁアキラ、ちょっと待て。クレメンティーナ、今回は船に乗って水上での戦闘だ。騎士の出番はないぞ?」
「その通りだな。ことわざにもあるだろ? 『騎士を川に入れるマヌケ』ってな。大体だな、クレメンティーナ、お前は泳げないだろうが」
どうやら、隣の帝国のことわざらしい。
「それに、その鎧で水に落ちたらあっという間に沈んでしまう」
「アーマーを着たまま泳ぐ連中もいるようだけどな」
「ああ、日本の古流でも、甲冑を着て泳ぐのがあったな」
俺たちの会話を聞いていたクレメンティーナが、ボソリと返事をした。
「……それでは、ライトアーマーにする……」
「まったく……困ったもんだな、俺のチ○ポに負けた女騎士様は」
「うう……」
彼女に、なにかこだわりがあるのかとも思ったのだが――どうやら仲間外れにされるのが、嫌なだけみたいだな。
「アキラ、ライトアーマーなら、ライフジャケットがあるから大丈夫だ」
「そんなものがあるのか。それならまぁ…………しょうがねぇなぁ。センセ!」
「アキラに任せますよ」
アキラにセンセと呼ばれている、夜烏のレイラン――艷やかな黒い髪と烏色のドレスに凶器とも言える爆乳。
「レイランさん。この度は依頼を受けていただきありがとうございます」
「いいえ、辺境伯様には、素晴らしい贈り物をいただいたので、その恩に報いねばなりません」
「贈り物……って?」
「ケンイチ、これだよこれ!」
アキラが、胸の前で、ボインボインのポーズをしている。
「ああ、それでは、直しが上手くいったんですか?」
そういえば、レイランさんの爆乳がいつもより上向きになっている。
「これで走っても、回っても大丈夫になりました」
彼女がポンポンと、その場でジャンプしているのだが、巨大な胸がブルブルと一緒に跳ねている。
すげぇ大迫力だ。思わず見入ってしまう。
そこにメリッサがやってきた。
「ちょっと! その女は誰?! 魔導師よね?!」
「ああ、紹介する。彼女は王国の魔導師メリッサだ」
「メリッサ・ラナ・ナスタチウムよ。見知りおきなさい」
彼女は、右手を顎の所へ持ってくるポーズを決めている。
「よろしくお願いいたします、メリッサ様」
レイランさんが深く頭を下げる。彼女は大魔導師とはいえ平民――相手は貴族なので、これが礼儀なのだ。
「メリッサ、こちらの女性が、帝国の魔女――夜烏のレイランだ」
「……は?」
メリッサの動きが止まる。
「お前は知らないのか? 夜烏のレイランの名前は、ウチの獣人でも知ってたぞ?」
「し、知ってるわよ! 帝国魔導界の重鎮じゃない! なんでそんなやつが、ここにいるのよ!」
「俺がソバナで亡命させたんだよ」
俺の一言に、メリッサが仰天した。
「なっ! なんでそんなことになっているの!?」
「まぁ、話すと長くなるんだが――もう1人紹介する、帝国魔導師のアキラだ」
「知っているわ、最近あなたとつるんでいる、オッサンでしょ? って帝国魔導師なの?!」
「そして、帝国の竜殺しでもある」
「……は?」
再び、メリッサの動きが止まる。
「帝国の竜殺しって知らないか? ウチの獣人でも知っていたがなぁ」
「知っているに決まっているじゃない! なんでそんなやつが、ここにいるのよ!」
「峠で、そういう話が出てたじゃん。それで俺たちはソバナに行くって別れたろ?」
「確かに、そんな話は聞いたけど……本当に帝国の竜殺しなの?」
「メリッサ、間違いないぞぇ」
そこにリリスがやってきた。
「ケンイチが帝国側に潜入、竜殺しに接触して亡命の手引をしたのじゃ」
「本当にそんなことをしてたの?」
「ああ、アキラと俺が同郷だと解ったんでな」
「平民から、いきなり辺境伯になったのじゃぞ? 普通の手柄では、こうはいかぬ」
メリッサが、すこし考えてから意を決し、リリスのほうを向く。
「……あの、失礼を承知で申しますが、陛下は乱心なされたのかと――貴族の間では噂になっておりまして……」
「まぁ、言っても信じてもらえぬかもしれぬからの、ははは。じゃが、ケンイチのやった偉業からすると当然の褒美でもある」
俺は、直前にアマランサスとも揉めていたからな。
十分な褒美を渡さないと――俺が帝国に寝返りかねないと、王家もそう思ったのだろう。
「ひひひ、この歳でまさか帝国の大魔導師と共闘することになるとはねぇ」
「婆さん的には、問題ないか?」
「問題もなにも、命がけの仕事になるんだから、強力な助っ人はありがたいだろう? 白金貨のためさ」
この世界の白金貨の価値は命がけの仕事の報酬に匹敵するらしい。
「まさか、私が別れてから、こんなことになっていたなんて……」
「ははは、事実は物語より奇なりじゃ!」
リリスが腰に手を当てて、笑っている。
「彼らと共闘するんだ、仲良く頼むよ」
「うう……」
メリッサが、レイランさんの胸をチラ見している。
「レイランさんは、アキラの内縁だから、色々と心配するなって」
「あ……そうなの」
なんの心配をしているのか解らんが、メリッサはホッとした顔をしている。
そのあと、家の前でブリーフィングを行い、俺が持っている情報を彼らに伝えた。
野外のテーブルに、参加するメンバー ――魔導師たちがついているが、アキラの女騎士は後ろに控えている。
獣人たちは参加していない。彼女たちに難しい作戦内容は覚えられないからだ。
それに、相手がクラーケンだと二の足を踏むかもしれないし、強制はできない。
テーブルの上には、お菓子と飲み物が並ぶ。
俺とアキラは、ブラックコーヒー。その他は紅茶を飲んでいる。
「その数十エーター(数十m)になる巨大な魔物を仕留めようと言うのですね」
レイランさんの言うエーターは、帝国の単位でメートルに近い。
「その通りじゃ!」
「もぐもぐ――美味しい!」
レイランさんは静かに紅茶をのみ、リリスとアネモネはお菓子を頬張っている。
リリスとアネモネは、まだ花より団子って感じだな。
「レイランさんは、アキラからおおよそは聞いたと思いますが……」
アキラもクラーケンを目撃したからな。
「ええ」
「イカという生物については……?」
「海に、そのような生物がいると、本の知識はありますが……」
「ケンイチ、海でもタコとかイカは食わないみたいだぜ?」
「そうなのか……美味いのに」
「なぁ?」
俺とアキラが顔を見合わせているが、メリッサが両手で自分の身体を抱えて、身震いしている。
「そんな魔物を食べるなんて、冗談はよして!」
「レッサードラゴンも、ワイバーンも美味かったじゃないか」
「トカゲとかは食べるけど、そんな得体のしれないものや、虫の類を食べるなんて」
どうやら、メリッサはこの手の食い物はダメのようだ。
――というよりは、なんでも食べる王族の連中が変わり者であって、これがこの世界の住民のデフォルトなのかもしれない。
「ひひひ、こりゃ意外と大物のようだね」
俺たちの話を聞いていた婆さんが、ローブを被ったままニヤニヤしている。
「婆さん嬉しそうだが、なにかあるのか?」
「魔物が大きいと、魔石も大きいんじゃないかと思ってね」
その話を聞いて、俺はアイテムBOXに入れっぱなしの魔石を思い出した。
レッサードラゴンとワイバーンを解体したときに出た、大型の魔石だ。
「婆さん、デカい魔石ならあるぞ」
俺はアイテムBOXから、魔石を取り出した。
黒くて、ソフトボール大の石だが、中にキラキラと金色のインクルージョンが含まれている。
「こ、こりゃ、見事な魔石じゃないか?!」
「俺が倒したレッサードラゴンとワイバーンのものだよ」
「なんだって?! お前さん、そんな化け物も討伐したのかい?!」
「その一つは私のものなんですけどぉ」
メリッサが、テーブルに肘をついて、むくれている。
お城で、俺に負けたことを思い出したのだろう。
「どういうことだい?」
「あれ? メリッサ、婆さんに話してなかったのか?」
「そんな格好悪いこと、お婆ちゃんに話せるわけないでしょ!」
婆さんにお城で遭ったできごとを説明する。
「そんなことがあったのかい……」
「まぁ、王族に命令されて戦っただけだから、勘弁してくれよな」
「それにしても――相変わらず、下々に無茶させて楽しんでいるんだねぇ」
「婆さんのときも、色々あったのか?」
「まぁね、あたしは平民だから、色々と嫌がらせを受けたもんさ」
貴族のメリッサは婆さんの言葉に少々気まずそうだ。
彼女は、アマランサスの言葉に乗って、俺と戦闘したりしたからな。
「これだけ立派な魔石なら、戦闘にも使えるよ」
魔石は魔力を蓄える電池として使える。
この力を使って、ランプやコンロなどの魔道具が動いているのだ。
魔石にアキラが手を伸ばす。
「ケンイチ、ちょっと魔石を貸してくれ」
「いいぜ」
アキラが魔石を両手に取り、集中しはじめると、丸い石に変化が現れる。
黒い石の内部が赤、黄色と変化して、最後は青い光になった。
「ケンイチ、これで満タンだ」
「へぇ」
「俺の魔力は、センセに渡すことはできないが、こうして魔石を仲介させることで、俺の魔力をセンセに使ってもらえる」
「なるほど、俺でもできるのかな?」
「多分できるぞ? やってみろ」
アキラに勧められて、俺も魔石を手に持ち、パワーを送り込んでみる。
祝福を受けて回復が使えるんだ。
怪我をした所を治療する感覚で、力を込めればいいんだろう。
試してみると、魔石の中に徐々に変化が現れ、最後はアキラが見せてくれたように、青い光が灯る魔石になった。
「ほう、これは見事なものだねぇ!」
婆さんが2つの魔石を手に取って見ている。
「それじゃ――これを使えば、俺の魔力をアネモネにも使ってもらえるってことか」
「その通りだ」
「ほら、一つはお嬢ちゃんのものだよ」
婆さんが魔石の一つをアネモネに手渡した。
「綺麗……」
アネモネが魔石の中に見入っている。
「アネモネ、妾にも見せてたもれ」
「はい」
リリスが、アネモネから渡された魔石を覗き込んでいる。
「ほう……なんという美しさ。貴族で魔石を集めている連中がいるのもうなずける」
「それじゃ高い値段がつくんだな?」
「そのとおりじゃ」
「じゃが、王女殿下。それだけの魔石に魔力を充填できるとなると、魔導師の数が限られておりまする」
婆さんが、リリスに魔石の流通量の説明をしている。
「そうじゃろうのう……」
婆さんも魔石をジッと見つめているので、もしかしてかなり高いのか?
「婆さん、その魔石って高いのか?」
「そうだねぇ。この大きさなら1個金貨200枚(4000万円)はくだらないね」
「え? そんなに高いのか?」
「ケンイチ、そりゃそうだよ。レッサードラゴンやワイバーンだって、滅多に討伐なんてできないからな」
アキラは魔石の価値を知っているらしい。
「そういえば、アキラはドラゴンを倒して――魔石は?」
「言っただろ? あのクソ女に全部取り上げられたって」
クソ女ってのは帝国皇帝のことだ。
「命がけで戦って、全部取られたら……そりゃ、やってらんねーなぁ」
「その通り! もう、やなことを思い出しちまった……ケンイチ、ビール!」
「ほい」
アキラにビールの缶を渡すと、缶を開けて早速飲みはじめた。
「か~っ! このために人生やっているって感じだぜ!」
まるでオッサンだが、オッサンだから仕方ない。
「なんだい? その金属の筒は?」
「婆さん、飲み物――エールだよ」
「なんだいそりゃ、そんないいもの、私にもおくれよ!」
まぁ、今日は打ち合わせだけだから、いいけどさ。
俺の諦めをよそに、ビールを飲んだ婆さんが叫び声を上げた。
「こりゃ、美味すぎるよ! こんないいものを隠してたのかい?!」
「別に隠していたわけじゃないよ」
婆さんが、ビールの缶をマジマジと見ている。
「婆さん、その金属は魔法の触媒に使えるから、あとで回収させてもらうからな」
「触媒?」
「ああ……」
俺の言葉を聞いて、婆さんは光よ!の魔法を使ったようだ。
テーブルの上に眩い光の玉が出現した。
「こりゃたまげた! こんなものがあるなんて……」
「ダリアの爺さんには教えたぞ」
「あの爺―― 一言も言わなかったよ」
ブツブツ文句を言う婆さんだが――まぁ爺さんとは知り合いだが、ライバル関係でもあるからな。
なにかの拍子で敵になることも考えられるし……。
「ちょっと! 私にも、こんな金属があるなんて話してなかったじゃない!」
メリッサがテーブルに手をついて立ち上がった。
「悪いが――メリッサとは、敵対する可能性があったからな。実際、俺の家族を危険に晒したことに関しては、少々のわだかまりが俺の心には残っているんだぞ?」
「あれに関しては、悪かったと思っているわよ……」
「――とはいえ、戦闘時には、その金属は渡すから、有効活用してくれ」
「解ったわ……そちらの帝国側は?」
「彼らは、俺とは別経由でこの金属のことを知っていた」
「ええ、辺境伯様のおっしゃるとおりです」
レイランさんが、紅茶を飲みながら静かに答えた。
「ぐぬぬ……」
相手が帝国の有名魔導師だから、ライバル視したくなるのは解るが、仲良く頼むぜ……。
皆で打ち合わせをしていると、紋章官のユリウスとアマランサスがやってきた。
メリッサが席を立とうとしたのだが、アマランサスが止めた。
「ケンイチ様、王家からの書簡でございます」
ユリウスが手渡してくれた丸めた紙には、赤い蝋印が押してある。
蝋印には尻尾の長い羽の広げた鳥が描かれている。
「王家の蝋印ってことは、俺以外が開いちゃダメなんだよな?」
「もちろんでございます」
俺は丸めた紙を開いた。