155話 猫耳
サクラにナスタチウム侯爵がやって来た。
ナスタチウム侯爵家は、王都でいろいろとあった大魔導師メリッサの実家だ。
それだけではない――アストランティアで世話になった、道具屋の婆さんの息子と孫だ。
この婆さんは若い頃、王都の学校へ通っていたそうなのだが、そこで貴族と恋に落ちた。
そこでハッピーエンドになればよかったのだが、子供が生まれると身分の違いが大きな問題となり、離縁を迫られる。
最終的には手切れ金を渡されたあげく、赤ん坊を取り上げられてしまった。
酷い話だが、ありそうな話でもある。
「それじゃ、王都に戻ったメリッサは、当時の関係者を尋ね歩いたのか?」
「ええ、父を祖母から取り上げた当時のナスタチウム侯爵家の関係者は、ほとんどが鬼籍に入ってしまったので、皆が話してくれたわ」
「婆さん、学校では有名人だったらしいし」
「ほほほ、まぁねぇ」
貴族の目に止まるなんて、相当な美人だったろうし、ラブロマンスの果てに子供までできたとなれば、皆も覚えているに違いない。
今の婆さんを見ると少々信じられんが、目の前にいる孫のメリッサが、婆さんの若い頃に似ていると言われれば、納得もできる。
「なんだい、その目は? なにか失礼なことを考えているだろう?」
「そんなことはないが、メリッサを見て、婆さんの言っていることが本当だったんだなぁ……と」
息子のナスタチウム侯爵もナイスガイだしな。若い頃はさぞかしイケメンで、モテたに違いない。
王家もそうだが、美形の親戚は美形揃いで、まったく羨ましい限りだ。
「逆に言えば――メリッサを見るまでは、信じていなかったということだろ?」
「まぁねぇ……ハッキリ言って、年寄りの戯言かと……」
「まったく年寄りを大事にしないやつは、地獄に落ちるよ! 散々、世話をしてやったのに」
「そうそう、婆さん。俺が買った魔道具の作者に会ったんだが、金貨5枚はボッタクリだと言っていたぞ?」
「うっ! ……安く仕入れたものを、高く売るのは商売の基本だろ?」
横を向いてふてくされている婆さんだが――まぁ、そのとおりだ。
ぼったくられた俺が悪いが、あの魔道具はそれだけの働きをしてくれたから、文句はない。
「だいたい、婆さんと侯爵家の話は、アマランサスも知っていたし」
「そうなのでございますか?」
その話に、メリッサも驚いたようだ。
「うむ、先代からよく聞かされておったからの」
「先代って、あいつは死んだんだろ?」
婆さんが、ボソッとつぶやいた。
「婆さん、先代の王妃とも知り合いだったのか?」
「まぁ、お互い知ってはいたけど、さすがに相手が王族じゃねぇ」
婆さんの話っぷりからすると、先代王妃は相当性格が悪かったらしい。
「今の王妃様は、先代のアレを引き継いでいなくてよかったねぇ」
「おい、婆さん。命知らずだな」
アマランサスも苦笑いしているので、咎めるつもりはないようだ。
「ほほほ、なにをいまさら。この歳ならもう怖いものなんてなにもないよ。もう会えることもないと思っていた子供にも会えたしね」
「母上、そのようなことは、おっしゃらないでください。ナスタチウム侯爵家がやったことは、決して許されることではありません。これからは家族で――」
侯爵が椅子から立ち上がると、婆さんの傍にやって来た。
「よしておくれよ。あたしゃ母親らしいことなんてなにもしてないんだ。あんたに、お乳だってやったのは、ほんの数ヶ月さ」
「それでも、私の母上なのです」
「お婆ちゃん! それは、さんざん話し合ったじゃない」
メリッサも婆さんに寄り添う。
「ううう……」
婆さんが、侯爵とメリッサに抱きかかえられて涙を流し始めた。
彼女も、自分の息子を忘れることなど、いっときもなかっただろう。
「それで婆さん、王都に行くのかい?」
「あたしゃ、アストランティアに残るよ。自分の店があるし、あれが生きがいなんだよ」
年寄りってのは、生活環境が変化するのを極端に嫌がるからな。
環境の変化がストレスになるんだろう。
「今更、貴族の暮らしをするのも大変そうだしなぁ」
「その通りだよ」
「それじゃ私が一緒にいてあげるから!」
確かに年寄りの一人暮らしは、中々大変だろう。
今は元気かもしれないが、徐々に体は動かなくなってくるしな。
この世界には、年金もないし公的な介護制度もない。
「うん、それがいいよ婆さん。死ぬまで面倒みてもらったほうがいい」
「あたしが100まで生きたら、孫まで婆さんになっちまうじゃないか!」
「まぁ――100歳と60歳とかか? ありそうで困るが、身内が近くにいたほうがいいだろうさ」
「余計なお世話だよ!」
「ダーメ! もう決めたから!」
婆さんが強情だとすれば、その孫も強情なのは、想像に難しくない。
「侯爵はよろしいので?」
「う~ん……」
侯爵としては、母親も大事だが娘が手元から離れるのは少々寂しいのだろう。
「侯爵家の世継ぎは?」
「それは、メリッサの下に弟が2人いますので、心配いりません」
「なんだいそれは! それは聞いていないよ! なんで連れてきてくれないのさ」
婆さんが騒ぎ出した。可愛い男の子の孫を見たかったのだろう。
「孫が見たかったら、屋敷へどうぞ。母上」
侯爵の目がキラリと光る。
「その手には乗らないよ」
中々、婆さんも強情だ。
そのあと、侯爵たちは、アストランティアに帰ることになった。
「本当なら、サクラに泊まっていただいて、おもてなししたいところなのですが、なにぶんこのありさまでして……」
「新しい領の立ち上げなど、さぞかし大変でしょう。我が侯爵家で、なにかお手伝いできることがありましたら」
「いえ、そんなとんでもない」
「なにをおっしゃいます! 貴殿はナスタチウム侯爵家の恩人ですぞ」
「私は、婆さんの話をメリッサにしただけなので……」
しばらく押し問答をしたあと、侯爵たちが馬車に乗り込んだが――。
婆さんが1人で走ってきた。
「婆さん、無理して走らんでも――危ないぞ」
「余計なお世話だよ!」
そう言った婆さんだが、俺の手を掴んだ。
「ありがとうよ! この歳になって、別れた息子に会えるなんて夢にも思っていなかった」
婆さんが俺の手を握りしめて、また涙を流す。
その手は温かく――元世界に置いてきてしまった、俺の母親を思い出させた。
「まぁ、良かったじゃないか」
「この恩は、かならず返させてもらうよ」
「そんな、気にするなって」
婆さんは、再び走って馬車に乗り込んだ。
元気だねぇ。あれならマジで100まで生きるかもしれん。
「これで、ケンイチの手駒になる大魔導師が1人増えたの」
俺がテーブルに戻ると、リリスがそんなことを言う。
彼女1人で、ホールのタルトを半分以上食べてしまっていた。
「そんな言い方はよせよ、リリス。俺に下心はないぞ?」
「リリスの言うとおりじゃな。使える手駒は多いほうがいい」
アマランサスが扇子をパタパタして、考えごとをしている。
「アマランサスまで――と言いたいところだが、政をする人間なら、そういうふうに考えるほうが普通なのか」
「まったくもって悲しい性じゃが、そうしないと水は眠っても敵は眠らぬ世界では、生きてゆけぬからの」
「なにはともあれ、婆さん親子が仲直りできてよかった」
客が帰ったので、ユリウスを戻してマイレンを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、ご主人さま」
俺は、シャングリ・ラから、タルトを購入して、彼女の前に差し出した。
真っ赤ないちごのタルトが、目の前に現れる。
「ほら食べたかったんだろう? 目が輝いてたからな、ははは」
「も、申し訳ございません! メイドとして、あるまじき失態です」
「まぁ気にするな。女なら、甘いものには目がないだろうからな」
恐縮するマイレンに、タルトを渡す。
いつも頑張ってもらっているからな、このぐらいはいいだろう。
わらわらとメイドたちが集まってきて、キャッキャウフフして、タルトを自分たちの宿舎に持っていった。
仕事の休憩時間に、交代で食べるらしい。
「随分とメイドたちに、甘いのう」
「リリスも言ってたじゃないか。メイドの働きが、領を左右することもあると」
「そうじゃが――メイドたちは、領主の目をちょろまかし、陰で贅沢するのが醍醐味だというのに、面と向かって贅沢を許したのであれば、あやつらもやりにくかろうて」
「締めるところは、リリスやアマランサスに任せるし」
「なるほどのう――妾たちを悪者にしたあと、そなたがメイドたちを甘やかせて、奴らを操る魂胆かの?」
「多少、悪いほうが領主っぽいだろ?」
「やむを得ん――ところで……」
リリスが、ひそひそ話をする。
「なんだい? なにかおねだりかい?」
「違う! 母が、そなたに黙ってメイドを入れたそうじゃの」
「ああ、元貴族で、フォゲットミーノットとかいう」
「そなた、それでいいのかぇ?」
「なにか問題でも?」
「王族の暗殺未遂に関わった一族を、領内に入れることじゃ」
リリスの顔が厳しくなったので、なんとなく、その意味は察した。
「暗殺されそうになったアマランサスがいいって言っているし、いいじゃないか」
「ふう……呆れたのう……」
リリスはひそひそ話から、身体を起こすと、普通に座り直した。
「アマランサスやリリスの親戚じゃないか。それにアマランサスには奴隷契約もあるし、俺に不利になることをするはずがない」
「あれもこれもと、猫の子のように拾っておったら、領内が女だらけになるぞぇ?」
「美人が集まれば、それを目当てに、男どもも集まってこないかね?」
「そんなわけがあるまい!」
「冗談だよ。貴族は捨てたみたいだし、メネシアはいい子そうじゃないか」
「そなたまさか……」
リリスの顔色が変わる。
「違う違う、そういう意味じゃなくて」
いくらなんでも、これ以上手を出すつもりはない。体が保たんし。
聖騎士の力を使いまくって、やりまくる手もあるが――そんなことのために、聖騎士の力があるわけでもあるまい。
なにかきっと重要な目的が――たとえば、魔王を倒すとかな。
「リリス、魔王っているのか?」
「はぁ? 窓から槍じゃの! なんじゃそれは? 聞いたこともないぞぇ?」
窓から槍ってのは、藪から棒の意味らしい。
「それじゃ悪魔は?」
「それは、そなたのことかぇ?」
リリスは、俺がメイドに手を出すつもりじゃないかと疑って、機嫌が悪いようだ。
そこにアキラがやって来た。
「ケンイチ、客は帰ったか?」
「ああ、アキラもタルトを食うか?」
「お! オヤツか、いいねぇ」
リリスとアマランサスは食べたので、アネモネと獣人たちも呼ぶ。
「わ~い! 果物のお菓子だ!」
アネモネが真っ赤ないちごのタルトをかぶりつくように見ている。
皆にタルトを切り分けて、一緒に食べるが、獣人たちは立ち食いだ。
「おおっ! なんじゃこりゃ、うめ~」「甘くて美味くて甘くて美味いにゃ~」
「ウチのミャアと同じ感想だな、はは」
アキラの連れの獣人も、タルトを食べてそんな感想を言っていたな。
「美味しい!」
「よかった」
アネモネの頭をなでてやるが――これもちょっと子供っぽいかな?
「アネモネ、頭をなでるのも子供っぽいと思うんだが、どうしようか?」
「う? うう~?」
彼女がタルトを食べながら、悩んでいる。
なでてほしいのだろうが、子供っぽいと言われると、嫌なのだろう。
それに大人なら頭をなでたりしないからな。
「貴族が、なんの用事だったんだ?」
タルトを食べているアキラに、婆さんと侯爵の関係を説明した。
「ああ――身分の違いってやつか。よくある話だな」
「そうなんだよなぁ。元を正せば、皆が原人や猿だったのにな。それが貴族だなんだと――」
「ははは、そのとおりだな」
俺たちの話を聞いていたリリスが口を開いた。
「ケンイチ、猿とはなんなのじゃ?」
彼女のその言葉を聞いて、俺はハッとなり、アキラのほうをチラ見する。
彼も気がついたようだ。
リリスは、この世界でも先進的な考え方をしているのだが、進化論はマズい。
人間は神様が作ったものというのが、一般的に浸透しているからだ。
ここで、人間は猿のような原人から進化したと言っても、信じてもらえないだろう。
「あ~、この国に初めて入植したときは原野で、人々もなにも持っておらず、猿みたいな生活をしてたって話だよ」
「うむ――この地でも、ケンイチのアイテムBOXがなければ、もっと原始的な生活を営まねばならぬだろうしの……」
上手く誤魔化せた。実際、1人の奴隷によって、この地に国ができたって話だしな。
話題を変えなくては……。
「そういえば、アマランサス。カナンが帰ってこないが……」
「おそらく、アストランティアで、ドレスの製作に夢中になっておるのだろう」
「彼女は、そういう方面に才能があったのか……」
もしかして彼女が、この世界のファッションリーダーとして、服飾を根底から覆すかもしれない。
「どこに泊まっているんだ?」
「子爵の屋敷ではないかぇ?」
「離縁した所に押しかけているのか?」
「なにか吹っ切れた様子もうかがえるし、もうそんなことはどうでもよいのであろう」
面白くて、自分が熱中できることを見つけたので、子爵やら子爵の新しい正室のことなど、どうでもよくなったのか。
「自分の好きなことに熱中できるってのは、いいことだよ」
「そうだなぁ……」
「そうだアキラ。お前に渡すものがあったな」
俺はシャングリ・ラからブラジャーを買う。
彼の相方、レイランさん用だ。彼女はあの大きな胸で難儀しているらしいからな。
シャングリ・ラで検索して、一番大きいIカップ用を買う。
色は、夜烏のレイランにふさわしい黒。メーカーは無難な日本製だな。
購入ボタンを押すと、目の前のテーブルに黒いブラが落ちてくる。
「ほら、コレの話を以前していたろ?」
「おおっ! こんなものまで、手に入るのか!」
「一番大きなもののハズだが、サイズが合わないと思うから、仕立て屋に見せて、サイズ直しをしてもらうか。似たようなものを作ってもらえばいい」
「なるほど! こりゃいいな! 多分、センセは喜ぶぜ!」
アキラが、ブラを自分の胸に当てて大喜びをしている。
「ウチはエックス会社のボンボンや、歳は33歳、グリーンピースがYの仕事やで~」
そういう下ネタの絵描き歌があったのだ。
「オッサンネタは止めろって。ウチの地元は干しぶどうだった気がするが」
「はは、ケンイチも知っているのか。ローカルネタだと思ってたわ」
獣人たちが、黒いブラをじっと見ている。
「旦那こりゃなんだい?」
「女の胸を入れて、動かないようにする――下着だな」
「へぇ~!」「にゃー」
「獣人たちは、あまり大きいのがいないし、筋肉で支えられているから、要らないかもしれないが……」
「ほう、女用の鎧と似たような作りじゃの」
アマランサスが、興味深そうに眺めている。
「ああ、なるほど――女用の鎧って胸を支える作りになっているのか」
「夜烏のレイラン様用かよ」「確かににゃーあの胸は落ちそうだったにゃ」
獣人たちが、黒いブラを指先でつついている。
「そうなんだよ。走ると胸が揺れて痛いって言うし、センセも困ってたんだ。ケンイチ、ありがたくもらっておくぜ!」
「おう、もしかしてアストランティアで、胸の大きい女性用に流行るかもしれない」
かなり高いものになると思うから、平民には買えそうにないが、簡易タイプなら一般にも普及するかもしれない。
「アキラ、ディーゼル燃料ができあがってるぞ? 少し持っていくか?」
「そうだな」
「代わりにまた、マヨネーズの油をくれ」
「オッケー!」
彼に、ディーゼル燃料を渡して、また油をもらう。
ほぼ無限に出てくるマヨネーズは、油田と同じだ。
アキラは、渡した燃料をアイテムBOXに入れアストランティアに戻ったので、俺の仕事をする。
引き続きメイドたちには燃料の精製をさせるが、2台ある魔道具のうちの1台を俺が実験のためにつかう。
爆発物を精製するために、シャングリ・ラで購入した電子書籍を漁り、いい情報を得た。
危険な実験なので、村から遠く離れた場所に、コンテナハウスで実験室を作った。
アネモネのわがままも、今回は聞けない。
そのぐらい危険なのだ。
まずはシャングリ・ラから、希硫酸を買う。
なにに使うのか不明だが、シャングリ・ラにはこれが売っている。
こいつを魔道具に通して水を抜けば、簡単に濃硫酸になる。
シャングリ・ラには、理科実験用のビーカーも売っているので、それに入れた。
次に購入するのは、キャンプなどで使う着火剤。
最初は、グリセリンを使おうと思っていたのだが、もっといいものがあると電子書籍から判明した。
こんな普通に売っているものを、濃硫酸と組み合わせて、ゴニョゴニョすると――なんとRDXとかヘキソーゲン爆薬とか呼ばれるものができる。
有名なコンポジットC-4――プラスチック爆弾の主成分になるものだ。
ちょっとずつ合成を繰り返し、毒性もあるらしいので、完成したらすぐにアイテムBOXに収納する。
アイテムBOXの中なら劣化もしないし、どんなに動いても安全だ。
ただ抽出した白い結晶は、このままだと威力が低いので、圧縮を行う必要がある。
熱中しすぎて、気がつくとあたりは夕焼けになっていて、慌ててサクラに戻った。
戻ると、すでに飯の準備はできていて、俺がいなくても、しっかりと回るシステムができあがっている。
自分で飯を作るのも楽しいが、人の作ったものも嬉しい。
疲れて帰ったときなど、飯の用意をするのは大変なのだが、黙って食事が出てくるのは大変ありがたい。
メイドたちの作る料理は美味いしな。
「にゃー」
飯を食っていると、ベルが狩りから戻ってきた。
なにかの小動物を咥えている。大型のネズミか、モグラか?
「よしよし」
獲物を受け取ると、黒い毛皮をなでてやり、ネコ缶をあげる。
久々に存分に狩りもできて、彼女も満足そうだ。
美味い飯を堪能したあと――夜はツリーハウスの上で、裸のアマランサスと一緒だ。
俺の上に彼女が寝転がっている。
「リリスが、貴族の子をメイドにしたのを、えらく心配しててな」
「それに関しては、聖騎士さまに事前に許可を求めず、誠に申し訳ございません」
「ああ、それはいいんだ。お前のことは信用しているし」
「信用もなにも、奴隷契約結んでいる妾に、聖騎士さまが不利になることをできるはずがなかろう……」
「おれもそう言ったんだけどねぇ」
「しょうがないにゃー」
「ぷっ! なんだよそれ、はは」
突然のアマランサスのニャー言葉に俺は噴き出した。
「聖騎士さまは、獣人が好きなのにゃー」
「はは、やめろって、別に特別好きなわけでもないから。ただ、毛皮の手ざわりは癖になるけど」
「にゃー」
にゃーにゃーいいながら、アマランサスが俺の体をなで回す。
「あ、そうだ!」
俺はシャングリ・ラで、あるものを検索した。
「ほらアマランサス、これをつけろ」
俺が買ったのは、黒い猫耳のカチューシャ――1000円。
まぁ、玩具みたいなもんだな。
「にゃ?」
「よし、ついでに尻尾もつけてみるか」
「ひにゃー!」
こうして夜が更けていく。
これじゃ、ただのオッサンだが――だってオッサンなので仕方ない。
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――朝起きて、アマランサスと一緒に、皆の所に戻ったのだが――。
彼女が猫耳をしたままだ。さすがに尻尾は外したが。
「アマランサス……」
「にゃ?」
だめだこりゃ。
俺たちが戻ると飯の準備ができていたが、アマランサスの猫耳を見て、アネモネがピョンピョン飛び跳ねている。
「私も~私も~」
猫耳が俺の仕業とバレている。そりゃバレるわな。
アネモネにも、シャングリ・ラから猫耳を買ってやる。
「わーい! 耳が増えたぁ!」
「ケンイチ、妾もじゃ!」
「ええ? リリスもかい?」
リリスには白い耳を買ってやった。
「似合うかぇ?」
「ああ、似合う似合う」
こうなったら、皆にやらせよう。
メイドたち全員に猫耳を買ってやり、装着させる。
俺は領主なので、拒否はさせない。
かくして猫耳メイド服がずらりと並んだ――実に壮観である。
領主になってよかった、報われた一瞬。思わず、涙ぐむ。
周りで働いている、労働者や獣人たちが、何事かとこちらを見ている。
俺が感激していると、ミャレーとニャメナが起きてきた。
「旦那――おはよう……ぎゃぁ!」「ふぎゃー! なんにゃー!」
皆の猫耳を見て、獣人たちが毛を逆立てている。
尻尾もいつもの倍の太さだ。
「ああ、耳は作り物だよ」
「ふぅ……驚かせないでくれよ。てっきり旦那が、怪しげな魔法でも使ったのかと思ったぜ」
「にゃー」
獣人たちがホッとした表情をしている。
「そんなわけないだろ」
彼女たちは、俺をそういう目で見ているのか。
まぁ解剖学の話とかしているからなぁ。
怪しげなマッドサイエンティストに見えるか。
皆、猫耳のまま、朝食になった。
なんだこれ。