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153話 忘れな草


 湖の周りの測量を終えて、俺のこの世界での故郷ともいえるサクラに帰ってきた。

 皆が俺のことを心配していたらしいが、村の様子はいつもと変わりない。

 皆と食事をしたあと、俺のゲットした獲物をアキラやアマランサスに見せることになった。

 まずは、湖の畔で仕留めたクラーケンの脚だ。

 アイテムBOXから出すと巨大な白い塊が地面に現れた。


「ふぎゃー!」

 俺の周りで、クラーケンの足を見た獣人たちが毛を逆立てる。

 驚くはずがないと豪語していたニャレサも毛が逆立ち、ボーボー状態。


「わはは! どうだニャレサ! 毛が逆立っただろ? あ~キモい!」

 大笑いしているニャメナの毛も逆立っていて、随分と自虐的な笑いだ。


「にゃにゃにゃ、にゃんだい、こりゃ!!」

 ここまで対象物が大きいと反応しない獣人もいるようだが、ニャメナやニャレサのように、ダメなやつもある程度いるようだ。


「なんだこりゃ、タコかイカか?」

 アキラが、白い塊を見上げる。


「イカだよイカ。クラーケンだ」

「もしかして、こいつが湖にいたのか?」

「ああ、夜中に浜でキャンプをしていたら、コンテナハウスごと引き込まれそうになった」

「イカって淡水はダメなんじゃなかったっけ?」

「わからん、なにせここは異世界だからなぁ」

 腕を組んで唸る2人に、アマランサスとユリウスが入ってくる。


「それでは聖騎士様。アスチルベ湖を本格的に経済に組み込むとなれば、この化け物を退治する必要が……」

「この湖にこんな化け物が……」

 ユリウスが、信じられないといった顔をしているが、これは事実だ。


「そうなんだよ。沖に出る度に、こんなのに襲われていたんじゃ話にならない。実際に、サンタンカの住民にも行方不明者が出ているようだし」

「こんなデカブツどうやって殺る?」

 アキラが、足の表面を触って感触を確かめている。


「アキラの窒息攻撃は使えないな」

「相手がイカじゃなぁ――一応エラがあるだろうから、そこに突っ込めば或いは……」

 彼は、ドラゴンの口の中をマヨネーズで満たして窒息死させたという、ドラゴンスレイヤーだ。


「殺るとすれば、水中への爆雷攻撃かな?」

「ほほう――聖騎士様は、随分と荒っぽいねぇ」

「水中の衝撃波は、チタンの潜水艦を潰すぐらいに強烈だからな」

 帝国の魔導師ドラゴンスレイヤーと一緒にクラーケン攻略法を話していたのだが、アキラが脈略もなくつぶやいた。


「んで? こいつは美味いのか?」

「ああ、いけるぞ? 食ってみるか?」

「よっしゃ!」

 さすが日本人。とりあえず、なんでも食ってみるの精神。

 クラーケンの足を薄く切り取ると、アキラは自分のアイテムBOXから魔石コンロを出して、炙り始めた。


「ふぎゃー!」

 俺たちがイカを食い始めたのを見て、獣人たちがうるさいが無視だ。

 香ばしい、ゲソのいい匂いが辺りにただよう。


「ウチじゃ、イカを食うときは、醤油とマヨと七味だったんだが……」

「はは、俺も似たようなもんだ」

 小皿を出して、醤油と七味も出す。マヨはアキラの自前があるからな。

 焼き上がったゲソを、黄色のマヨネーズにつけて、アキラが口に放り込んだ。


「おっ! 美味いなぁ! まさか異世界でイカが食えるとは……ケンイチ、もう一本いいか?」

「ほい、極度に乾燥しなさい!」

「サンキュー!」

 俺の出してやったビールを、アキラが美味そうに飲んでいる。


「か~! たまんねぇ!」

「聖騎士様、妾も食べてみたいのじゃが?」

「あ、アマランサス様? そんなものを食べて大丈夫なのですか?」

 ユリウスが心配しているが――。


「お! いってみるかい? リリスも美味いと言ってたから、大丈夫だと思うが」

 焼いたイカをアマランサスも、口に放り込んだ。


「ほう! これは、魚とも肉ともつかない、まさに珍味!」

 まったくリリスと同じ感想だ。実の親子ではないのだが、よく似ている。

 ついでに、しかめっ面で黙って見ていたカナンにも勧めてみる。


「カナンも食ってみるか?」

「い、いや、私は遠慮しておく」

「ははは」

 ニャメナやニャレサは、いつの間にかいなくなってしまった。

 気持ち悪くなって、自分たちの部屋に戻ったのかもしれない。


 アキラに、巨大管虫も見せてやる。

 アイテムBOXから、赤い巨体が現れると、あちこちから悲鳴が上がった。

 見物していた他の獣人たちや、こちらを見ていたメイドたちの声である。


「げ! こりゃ管虫か?!」

「知ってるのか?」

「ああ、湿地には佃煮にするぐらいいるからな。しかし、こんなバカでかいのは……」

「それじゃ食ったこともあるんだ」

「食うなら、10cmぐらいの細いのがいいぞ。しごいて中身を出してからぶつ切りにして野菜炒めにすると、シャキシャキして美味い」

「へぇ、それは食ってみないとな。ちょっと大きいのを蒲焼きにしてみたけど、それはそれで、まぁまぁだったぞ」

「蒲焼きか~そういう手もあったなぁ」

 やはり同じ日本人同士、食材の話はすすむ。

 ついでに蜂も見せる。全長1,5mの女王蜂だ。


「こりゃ、キラーホーネットだな」

 アキラが、蜂の大きな目を覗き込んでいる。

 キラキラとして綺麗だが、なにかに使えないだろうか?


「戦ったことがあるのか?」

「ああ、味方を呼ぶから、厄介で逃げた」

「巣ごと潰して、蜂の子も取ったから、あとで食おうぜ」

「マジか、そりゃ楽しみだなぁ」

「食ったことがあるのか?」

「まぁな」

 アキラも蜂の子は大丈夫らしい。


「成虫はどうするんだ?」

「酒に漬けて、プロポリスエキスを抽出しようかと……」

「強壮剤か――いいねぇ!」

「ちょっと寄ってく?」

「いいねぇ!」

「「ラララ○○○~ラララ○○○~ははは!」」

 2人揃うと、オッサンが加速してイカンな。

 俺とアキラがはしゃいでいる間も、ずっとプリムラは黙って側に立っていた。

 アネモネとリリスは――座って、2人で話をしているが、なにを話しているのだろうか。

 ビールを飲み終わった連中からは、アルミ缶の回収を忘れずに。


 辺りは暗くなったのでツリーハウスへ、プリムラと一緒に行く。

 中は、前と変わっていない――というか、埃も積もっておらず綺麗。

 メイドたちはここも掃除をしてくれているようだ。

 ありがたい。


「ほい、プリムラ、ここに座って――」

 俺が言うか言わないうちに、彼女が俺に抱きついてきた。


「俺が留守から帰ってくる度にこれじゃ、どうするんだよ」

「解っていますけど……ケンイチの顔を見た瞬間、我慢できませんでした。それに、あんな恐ろしい魔物まで!」

「でもまぁ、俺は領主になっちゃったからさ。あのデカいのだって退治しなくちゃ、サクラやサンタンカに住む領民が安心できない」

「でも! ……私が、ケンイチの力を見せびらかすような真似をしなければ……」

「それについては、この前話したじゃないか。結果的には、マロウ商会は王国中――いや帝国まで名が轟くような商会になろうとしている」

「……」

 だまって、プリムラがうなずく。


「素晴らしいじゃないか! プリムラとお義父さんなら、間違いなくできる。そんな素晴らしい商売ができるなんて、ワクワクするだろう?」

 ――ってこの前も話したしなぁ。


「……」

 プリムラが小さく首を縦に振った。


「よしよし、俺のことは心配しなくてもいいから」

 彼女の頭をなでてやる。


「うう……」

 プリムラがまた泣き始めた。

 困ったなぁ……。


「大丈夫だって、聖騎士ってのになって、そう簡単には死ななくなっているからな」

 彼女がコクリとうなずいた。


 そのあと彼女は、夜が更けるまで俺を離してくれなかった。

 他の女性たちは普段と変わりなかったのだが、プリムラの反応だけが違った。

 なぜか俺の姿を見て感極まってしまったらしい。


 彼女をベッドの上でなだめるのに、一晩を費やしてしまったのだが、俺が出かける度にこれじゃ先が思いやられる。


 ------◇◇◇------


 ――朝起きて、コンテナハウスの窓から入ってくる日の光にプリムラの裸が照らされている。

 見とれている暇もなく、彼女を起こす。


「プリムラ、朝だぞ」

「ううん……」

 しばらく様子を見ていたのだが、彼女はいきなり飛び起きると俺に抱きついた。


「しばらくどこにも行かないから」

「……」

「ほら、飯の用意をしないと」

「……はい」

 彼女と一緒に家に向かうと、すでにメイドたちが食事の準備を始めていた。

 俺がいなくても、街や畑から食材を集めて、食事を出すシステムが確立されていたのだ。

 さすが、王家のメイドたちだなぁ――とても優秀だ。

 マイレンも少々変なところがあるが、かなりのやり手だからな。

 アネモネもすでに起きていて、パンを焼いてくれていた。


「アネモネおはよう」

「おはよう! すぐにできるよ!」

 怒っているのかと思いきや、すごいニコニコしていて、逆に怖い。

 リリスのアドバイスどおりに、女性陣にはなるべく公平に接しないと。

 多少の順番の入れ替えは、あるだろうけどな。


 焼き立てのパンの美味しいところを、アネモネが持ってきてくれた。

 それだけではない。美味しそうなスープが入った皿も俺の前に置かれる。

 いつも自分でやっていたが、今日はアネモネが全部やってくれたのだ。

 ニコニコ笑う彼女から、なにやら無言のプレッシャーのようなものを感じる。

 12歳の少女から、オッサンがプレッシャーを感じてどうする。

 でも――怖い。


 それを見た、リリスがニヤニヤしている。

 彼女は冒険のときに着ていた、乗馬服のようなパンツスタイルを止めて、いつもの白いブラウスと紺のスカート姿に戻っている。


「にゃーん」

 俺の所にベルがやってきたので、ネコ缶をやる。

 朝食の後、アキラが俺の所にやってきた。


「ケンイチ、ディーゼル燃料を、また頼むぜ」

「解った――また作らないとなぁ」

 アキラのマヨネーズから油を出してもらう。彼は歩く油田――いくらでも油が出てくる。

 アイテムBOXから出した、容器に使っているプラ製の湯船がすぐにいっぱいになった。


「アキラは、金に困ったら油を売ればいいからなぁ」

「ケンイチのそれだって、なんでも作れるじゃねぇか」

「俺のは、一応対価がいるんだよ。最初、文無しで苦労したし」

「俺も、油を売ろうとしたら、商人から嫌がらせを受けたりしたぜ」

「ああ、やっぱり少し調子がよくなってくると、そういう奴らが絡んでくるのか……」

「まぁ、どこの世界でも同じってことさ」

 アキラにバイオディーゼル燃料を渡すと、トラックにカナンを乗せて、アストランティアへ向かう。

 カナンは、昨日俺が出してやったドレスやらアクセサリーやらを、どっさりと抱えている。

 あれを使って、アストランティアの仕立て屋で、新しいドレスを作るつもりだ。


 他になにか役に立ちそうなものがあればいいが――そうだ。

 俺は、シャングリ・ラからファッション雑誌を5冊程購入した。全部古本だ。


「カナン、異国の服飾の本だが、参考にならないか? 文字は読めないと思うが……」

「こ、これは! ものすごく精密な絵だな!」

 写真のことを説明できないので、絵ということにする。


「でも、皆脚を出しているのが……その……」

 ああ、この世界ではロングワンピースが伝統で、脚を出すのは、はしたないってことになっているからな。


「そのままスカートだけ長くすればいいだろう」

「そうだな…………!!」

 本を見ていたカナンが突然固まる。


「こ、これ……!!」

 どうやら下着の写真らしい。


「俺とやらしいことをやっても、こういうのはダメのようだな。まぁ人に見せなければいい」

「なぜ、皆が脚を出しているのだ?」

「う~ん、どういう経緯でスカートが短くなったのかは解らないが、伝統への反逆みたいのがあったんじゃなかろうか?」

「反逆……」

「え~と、女性の自由の象徴……みたいな?」

 正直、俺もミニスカートが流行った経緯なんて解らん。


「それでは、この本を借りてもいいのか?」

「ああ、参考になれば」

「もちろん!」

 カナンは本を抱えて、アキラのトラックの助手席に乗り込んだ。


「アキラ~、今日も来るのか?」

「荷物があるんで、来ると思うわ」

「オッケー!」

 ディーゼルの黒煙を上げながら、トラックがアストランティアへ向けて出発した。

 そのあとを、プリムラが自転車で追っかけようとしている。

 その横には、護衛のニャレサが一緒だ。


「プリムラ、君もアキラのあれに乗せてもらえばいいのに」

「これが好きなんです。それにアストランティアなら、すぐそこですし」

 笑うプリムラの表情は明るい。

 昨日はずっと泣いていたので、どうしようかと思っていたが大丈夫のようだ。

 ニャレサに押されて走り出したプリムラの自転車を見送る。

 さて、こっちの仕事だ。


「ミャレー、ニャメナ!」

「なんだい旦那!」

「今日の予定は?」

「クロ助と狩りに行こうかと……仕事かい?」

「いや――俺の弓を持っていくか?」

「今日は自前の装備で行くよ。旦那の装備は性能がよすぎるんだ。あれに頼っていると、腕がなまっちまう」

「そうか」

 ベルも獣人たちと一緒に、狩りに行くようだ。

 俺と一緒に測量旅行をして、あまり狩りができてないようだったからな。

 身体がなまったろう。


 獣人たちにバイオディーゼル燃料の精製を頼もうと思ったのだが、諦めてメイドたちに任せるか。

 魔道具に下拵えをした油を継ぎ足すだけだからな。すぐに覚えてくれるだろう。

 メイドを1人、小屋に連れていき、魔導具の説明をする。

 俺が組み立てた狭い小屋の中には、油の入ったバスタブと、2基の魔道具がある。


「ここに入っている油を上に入れて、下に出てくる油を集めてほしいんだ。簡単だろ?」

「あの――上から油を入れるだけでいいのですか?」

 紺色のメイド服に白いエプロン、茶色の髪を2つにおさげにしている女の子が、少々困惑している。


「ああ、魔道具だからって難しく考える必要はない。上から入れて、下の油を集めるだけ」

 左に出てくるのが、バイオディーゼル燃料。右に出てくるのが、グリセリンなどの要らないものだ。

 グリセリンからは石鹸などが作れるが、現行は肥料にしたり、アイテムBOXのゴミ箱に捨てている。


「ずっと見なくてもいいぞ。油を切らさないようにしてくれれば、他の仕事をしながらでもいい」

「承知いたしました」

 そう言った彼女だが、なぜかもじもじしている。


「なんだ? なにかあるのか?」

「あ、あの――こんな場所で二人っきりなので、なにかあるのかな~と、えへへ」

 俺は、メイドの頭を軽くチョップした。


「ひゃん!」

「仕事をしっかりするように」

「し、承知いたしました」

「メイドたちは、そういうことをするメイド長を、よく思ってないと聞いていたが?」

「そういう子も、いますけど……」

「とりあえず、正室と側室で手一杯なので、そういうのは期待するな」

「わかりました~」

 がっかり顔のメイドに仕事を頼み、小屋から出てくると、リリスがやって来た。


「リリス、アネモネになにを言ったんだ? なんだか怖いんだけど」

「別に――ただ、なにかある度にむくれた顔をするのは、子供っぽいから止めたほうがよいと、申しただけじゃ」

 それで、あの顔か。

 怒っているなら怒ってもらったほうが、解りやすくていいんだがなぁ。

 地雷を踏みそうで怖いじゃないか。

 それに彼女は、実の親と死に別れて、育ての親からも愛情を受けずに育っているし、多少なりとも愛情に飢えていても仕方ないと思うんだが……。


 その後、メイドたちと一緒に畑仕事をする。

 彼女たちが、畑をもうちょっと広げたいというので、アネモネを呼ぶ。


「アネモネ、ゴーレムを使って畑を耕せるか試してみたいんだけど、いいかい?」

「うん」

 畑の予定地に、アイテムBOXから出したゴーレムのコアを置く。


「むー!」

 アネモネの魔法に呼応するように、コアの周りに青い光と土が集まり始める。

 山にしたり、ひっくり返したりすることで、天地返しもできるようだ。

 こりゃ便利だけど、アネモネクラスの大魔導師がそうそういるわけじゃない。

 普通に使える技術じゃないな。


「すごいのぅ! ゴーレムにこんな使い方があるとは……」

 リリスが驚くが――王国のゴーレム技術ってのは、より人型に近づけて、人に近い動きができるようにと進歩したらしいからな。

 こんな使い方は想定外なのだろうが、帝国のアキラやレイランさんは、ゴーレム技術の応用をしていた。

 やはり帝国の魔法のほうが、柔軟性もあり技術も上なのではあるまいか。


「「「すごーい!」」」

 メイドたちの声に、アネモネも得意顔だ。


「アネモネ、ありがとうな」

 彼女の頭をなでてやると、俺に抱きついてきた。


「ちゅー」

「はいはい」

 彼女を抱き上げて、軽く口づけをする。

 これが日課になってしまって、ちょっとマズいような気もするが……。


「アネモネ、なにかある度に報酬を求めるのは、子供っぽくはないのかぇ?」

「う? うう~」

 俺から離れたアネモネが、リリスの言葉に困った様子で、ウロウロしている。

 自分もそうだと思ったに違いない。


「いいんだよアネモネ。君は凄いことをしているんだから」

「うう……」

 頭をなでられるのも、子供っぽいと思ったのだろうが、実際にまだまだ子供なのだ。

 本当のことを言うと怒るから言わないが――難しい年頃だ。


「それじゃ妾もじゃ!」

「はいはい」

 アネモネを子供、子供とバカにする、リリスも子供っぽい。

 リリスも抱き寄せると、ちゅーをする。


「ずるーい! リリスはなにもやってないじゃない!」

「リリスは、一応正室だし」

「一応とはなんじゃ!」

「ははは、ごめんよ」

 それなりに歳が近いせいか、張り合う2人であるが――元世界で言うと、小学6年と中学3年。

 この辺の年齢は数年で大きく変わるので対応が難しい――要取り扱い注意だ。

 お姉さんたちの意見を取り入れつつ、慎重に接しないと。


 その後ろでメイドたちが集まり、ひそひそ話をしている。


「ご主人さまって、小さい子がお好きなのかしら?」「え~?」

「だってさぁ――」

 聞こえてしまったので、否定する。


「俺は、そういう趣味じゃないぞ。プリムラだって、アマランサスだって、カナンだっているじゃないか」

「それは、そうですけど……」

「くだらないこと言ってないで、仕事仕事!」

「「「は~い!」」」

 まったく人聞きの悪い。こういう噂は、あっという間に広まるからなぁ。

 どこぞの貴族が子供を連れてきて、「側室に~!」とかいう話がきたら困るじゃないか。

 リリスの話によると、女の子が14~15歳になると、もう嫁入りの話になるという。

 カナンが、貴族の結婚に幸せなどあるはずがないと言っていたが……。


 畑仕事をしながら、ふとメイドの1人に目が止まる。

 メイドたちは沢山いて、名前と顔は一致しないのだが、この子は見たことがない。

 金髪の長い髪を編み込んでまとめているが、なんだかモタモタしてて、あまり仕事し慣れてない様子が窺える。


「君は新しく入った子かい?」

 俺の言葉に振り向くと、細めの青い目がきらめく――16~17歳ぐらいか。

 どうも、メイドにしては気品がありすぎるようだし、どこかで見たような気が……。


「はい……」

「名前は?」

「メネシアです……」

「マイレン、この子は現地採用かい?」

 メイド服にメガネ姿のマイレンが、俺の前にやって来た。


「はぁ――あのアマランサス様が連れてこられて……」

「アマランサスが? ふ~む」

 彼女の顔をじっと見ていると、後ろからいきなり抱きつかれる。


「聖騎士様、いかがなさいました?」

「うわ! アマランサス、気配を消して近づくなよ」

 ここまで接近されたことを気づかないとなると――彼女が武器を持っていたら、真っ二つになるってことだからな。


「その者は私が連れてきたのです」

「ふ~ん、彼女――お前に似てないか?」

「…………聖騎士様、こちらへ」

「なんだなんだ?」

 困ったような顔をした、アマランサスに連れられて、少々離れた場所に行く。


「申し訳ございません。聖騎士様になんの相談もなく」

 いきなりアマランサスが頭を下げた。


「メイドを雇うぐらいは、別に構わんが……」

「あの娘の名前は、メネシア・ラン・フォゲットミーノットと申します」

「貴族じゃないか? なんでメイドに?」

「名前は捨てさせましたので――それに、もう貴族ではございません」

「貴族じゃない……お取り潰しかなにかか?」

「はい」

 アマランサスがじっと俺の顔を見てくる。


「俺がどうかしたのか?」

「これには、聖騎士様が関わっているのですが……」

「俺? なにかやったっけ?」

「妾の寝室にあった、青い壺……」

 そういえば、あったな。呪いがかかったとかいう青い壺。


「王妃の暗殺未遂ってことで、男子は処刑――女子は放逐って話じゃなかったか?」

「そのとおりでございます」

「それじゃ、その貴族の娘か……王族を殺そうとした家の娘をなぜ?」

 アマランサスの話によれば――王家の血を引くってことで担ぎ上げられたが、彼女はなにも知らなかったらしい。


「それに、小さい頃から知っているメネシアが不憫で――」

「まぁ、アマランサスがいいなら、いいよ。俺は別に困らんし」

「でも、よろしいのでございますか?」

 貴族の娘が野に放り出されても、生活能力はゼロだ。

 商人に囲われるか、高級娼婦になるぐらいしかない。

 あれだけ美人なら、引く手数多だろうが……。

 貴族が引き取ったりすれば、反王家派として疑われるってことだ。

 まぁ俺も疑われるってことだろうが、ここには元王族が2人もいるし。

 だいたい、暗殺されそうになった本人がいいっていうなら、問題ないだろ。


「もう一度言うけど、アマランサスが望むならそれでいいよ。それに俺が留守にしていたからな」

「ありがとうございます」

 アマランサスが頭を下げた。

 彼女は俺が気づかないと思ったのだろうが、元絵描きの俺は顔の造作などに敏感だ。

 そのくせ人付き合いには興味がないので、人の顔を覚えるのは苦手という矛盾。

 彼女もそう感じていたので、俺に黙っていたのかもしれない。

 いや、自分の興味があるものに関しては凄い執着があるんだ。

 興味がないものに関しては、まったくどうでもいいから、貴族の顔などまったく覚えていないだけなのだが。


「しかし、彼女は大丈夫なのか?」

「貴族ではなくなったので、自分でなんとかせねば、生きていけませぬ」

「そりゃそうだが……」

 やる気はあるようだし、娼婦になるよりはましだろうとは思う。

 土まみれになって畑仕事をしている、メネシアをじっと見つめる。

 アマランサスの親戚かぁ、それじゃ美人だよな――もう少し大人になれば、もっと美しく……。

 美形の親戚は、やっぱり美形揃いだなぁ。まったく俺みたいな十人並みには羨ましい限り。


「聖騎士様、なにか?」

「ああ、アマランサスにも、ああいう時代があったんだなと――な」

「もう! 当たり前であろ!」

 俺の言葉に、アマランサスが豹変する。


「そのとき、会いたかったなぁ」

「聖騎士さまは、意地悪じゃな! じゃが、そのとき出会っていれば、妾が正室に――」

 アマランサスが俺の身体に手を回してくる。


「そうだな」

「ああ――若返ることができれば…………そうじゃ! よいことを思いついたぞぇ?」

 アマランサスがニヤリと笑う。


「よいことって――それ絶対に悪巧みだろ?」

「帝国には、若返りの神器があるそうじゃ!」

 帝国皇帝は、ある歳になると神器によって若返り、国を治める。

 最初に聞いたときは、なにかの冗談かと思ったのだが、アキラによると本当らしい。

 その神器っていうのは本当に存在しているってことだ。


「止めろ! お前が言うと洒落にならん!」

「聖騎士様との目眩く春が、妾にも……」

 聞いちゃいねぇ。

 恐ろしい――このレベルの人間は、冗談が本当になるからな。

 気をつけないと。

 


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