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152話 旅のあと


 約2週間の測量旅行を終え、俺たちはサクラに帰ってきた。

 千切れた雲がオレンジ色のグラデーションに染まる頃――見慣れた光景が徐々に近づいてくると、なんとも言えない懐かしい気持ちになる。

 たった2週間なのに――これが家に帰ってくるってことか。

 海外から帰ってくる人たちは、富士山を見たときに、似たような感情を抱くのかも。

 車の窓から見える、砂浜沿いに植えたサトウキビは、結構大きくなっていた。

 これも魔法の力だろう。


「おお~い! 只今帰ったぞ~」

 車から降りた俺が声を上げた。

 2週間ぶりのサクラは、明らかに人が増えており、住居が足りないために、野宿しているらしい人々も多い。

 車のドアが開くと、するりとベルが抜けて、すぐに家の周りをパトロールし始めた。

 それを見た作業員の獣人たちが、土下座をしている。


「聖騎士さまぁ~!!」

 帰ってきた俺に、真っ先に駆け寄り抱きついたのはアマランサスだ。

 彼女のアスリートのような身体をガッチリと受け止める。

 アネモネやリリスのような気軽さでやると、ふっとばされてしまう。


「おお、アマランサス。なにか問題はなかったか?」

「ありません」

「人が増えているようだが……」

「おかえりなさいませ、ケンイチ様」

 紋章官のユリウスがやってきた。アマランサスと一緒にいたらしい。


「ユリウス、俺のいなかった間の説明を」

「承知いたしました」

 彼が、留守の間のできごとを説明してくれた。


「増えた人口は、土地の整地や建築のための人手です。全然建物が足りません」

「ユリウス、とりあえず俺たちの屋敷より、住民の寝床の確保が先決だ」

「聖騎士様なら、そうおっしゃると思って、すでに手配をしております」

 アマランサスから説明を受けるのだが、彼女が離れてくれない。


「アマランサス――」

「いやじゃ」

 一応、命令はしてないので、奴隷紋は反応していない。


「夜に、相手してあげるから」

「……」

 その言葉でやっと離れたのだが、そこにリリスとアネモネがやってきた。


「どうじゃ、リリス? 今回の旅で、なにか解ったことでもあったかぇ?」

 アマランサスが、どこからか出した扇子をパッとひらいた。


「……母上、妾が役立たずだと解ったわぇ。とにかく役に立たん。足手まといの穀潰しじゃ」

 この世界でも穀潰しって単語があるんだなぁ――と思いつつ。


「うん、そのとおりだったね」

「ぐぬぬ……」

 最近、アネモネの当たりが激しい。


「リリスが俺と一緒にいたいってことはよく解ったよ。旅も一緒で楽しかったし」

「そんな慰めはいらぬ! 妾にも元王族としての誇りがあるゆえ、ケンイチのためには他のことで、役に立たねばなるまい……」

「それなら簡単じゃ。妾と入れ替わって、リリスがまつりごとをすればよい」

「ううう……」

「なにを悩むのじゃ、それしかないであろう?」

「母上と代わりというのが引っかかるのじゃが?」

「そんなことはあるまい」

「まぁ確かに、アマランサスの戦闘力が加われば百人力だ。戦闘はずっと楽になる」

「そうじゃろうのう、おほほ」

 高らかに笑うアマランサスに、リリスはぐぬぬとしているが、これは事実だ。


「確かに! 妾は未熟じゃ! 今回の旅でそれは理解した! 妾もまつりごとの経験を積まなくてはなるまい!」

「丁度いい凄い先生が、目の前にいるしな」

「あまり、母の手法は用いたくないのだが?」

「使えるところだけは使って、リリスの個性を出せばいい」

 俺の言葉に、アマランサスが反応した。


「リリス、綺麗事ではまつりごとは務まらんぞぇ?」

「解っております」

 彼女も、魑魅魍魎が跋扈する王侯貴族のゴタゴタは十分に承知しているはずだからな。

 なにせアマランサスは国のトップにいた女性なのだ。

 素人の俺も、彼女の下について、政治を学ばなければならないだろう。

 成り行きとはいえ、貴族になってしまったのだからなぁ――。

 領民が集まってくれば、彼らの生活が双肩にかかってくるわけだし。


 日が暮れてきたので道具を出して、食事の準備をしてもらう。

 女たちが俺にベタベタするので、アネモネの機嫌が悪いが仕方ない。


「皆、久々に会ったんだから、大目に見てあげなよ」

「うー」

 むくれるアネモネの頭をなでてやる。

 そこにメイドたちがやってきた。


「「「おかえりなさいませ、ご主人さま!」」」

「ああ、皆ただいま。アネモネと一緒に食事の準備をしてくれ」

「「「承知いたしました」」」

 そこに、ミャレーとニャメナがやってきた。


「旦那、手伝うことあるかい?」

「そうだな、アイテムBOXに入ったままの黒狼を捌いてくれ」

「オッケーにゃ」「よっしゃ!」

 アイテムBOXから、入ったままの黒狼を出す。

 とりあえず食わないとドンドン溜まるからな。


 そのあと、アマランサスと話をしているとアキラのトラックがやって来た。

 荷台から、がやがやと人が降りてくる。どうやら荷台に座席を載せて、人が乗れるように改造したらしい。

 毛皮を着込んだ大柄な獣人たちも次々と降りてきたのだが、黒い森猫――ベルの姿を見て固まっている。

 トラックの助手席のドアが開き、白いドレスの女性が降りてきた――カナンだ。


「ケンイチ! 戻ってきたのか?!」

 カナンが走ってきて、俺に抱きつく。その後ろでアキラが手を振っている。


「オッス! 無事なようでなによりだな」

 アキラは口は悪いが、「死んだと思ってたぜ」とかいう冗談は言わない。

 彼自身、死線を乗り越えて、それが洒落にならないのを知っているからだ。


「オッスオッス! 森でエルフと会ってな。これが役にたったよ、サンキュー!」

「マジか!?」

 笑っているアキラに、彼から借りた指輪を返すと、アイテムBOXからカメラを出した。

 画面上に、写したエルフを出してやる。


「おお、マジエルフだな。エロいのはないのか?」

「流石にない」

 撮れないこともなかったが――そんなの家族に見つかったら、なにを言われるか解らんだろ?


「ははは、指輪はしばらく使わんと思うから貸しておいてもいいぞ?」

「いや大丈夫だ。ほら俺も同じものを作ってもらったからな」

「ちょっと見せてくれ」

「はいよ」

 アキラは2つの指輪を見比べている。


「まぁ機能は同じだろうが、部族によって、刻む模様に色々とあるようだな」

 彼の言うとおり、刻まれているモチーフやらがかなり違うが、エルフなら定番の伝統的な模様――というものもあるようだ。


「彼らは、王国ができる前から、ここに住んでいると言ってたぞ?」

「ああ、帝国のエルフたちも、そう言ってたな。帝国よりも前から住んでいたと」

「それから、祝福のことも知ってた」

「エルフたちは、部族間で面子の入れ替えをして、情報の共有をしているんだろう」

 エルフが部族間を渡り歩くことも、アキラは知っているようだ。

 彼の話では、パーティの中にエルフがいたそうだしなぁ。


「まぁ、1000年もあれば、なんでもできるよなぁ」

「そうだな」

「飯を食っていくだろ? 沢山話すことがある」

「おお、いいねぇ。こっちもまぁ、話すことがあるしな」

 アキラのことはひとまずおいて、俺に抱きついたままのカナンの相手をする。


「随分とめかしこんでいるな」

「貴族連中の集まりに出ていた。王室派の切り崩し工作も確実に進んでいるぞ」

 切り崩し工作? なんじゃそりゃ?


「おい、アマランサス――そんなことをしなくてもいいんだけど?」

「なにをおっしゃいます。私と聖騎士様の国を作るために必要なことではありませんか」

 彼女は、まったく悪意なく本気でこう思っているから怖い。


「王国に対する、明確な謀反行為じゃないか」

「エキナセアベア公爵を始め、王家に反感を持っているものは多数いますからな」

 確かに、イベリスの橋が落ちた所で、反王家派に加わらないか――と誘われたしな。


「マロウ商会が王都に進出する際に、アルストロメリア様にも便宜を図ってもらわないといけないのに」

「利用するところは、利用すればよろしいのです」

「言っておくが――俺は戦なんて、絶対に認めないぞ?」

「ふふ、そのようなことになるはずがありません」

「断言できるのか?」

「王都の騎士団が南下などしたら、どうなると思いますか?」

「あ……」

 王都の食料は、ソバナという地方都市一帯の穀倉地帯や、塩が頼みの綱だ。

 ソバナに行くためには、険しい峠を越えていかなければならない。

 王都から、騎士団がいなくなったという情報が帝国に伝われば、ソバナに侵攻される可能性が上がる。


「お解りいただけましたか? うふふ」

「さすが国政を担っていただけあるな。王国の弱点を知り尽くしている」

「そのとおりです」

「こんな怖い女を手放すなんて……バカな話だな」

「実権を握りたいというから、握らせてやったのです。存分に苦しめばいい」

 そう言うアマランサスの顔が怖い。王都の王侯貴族に相当ストレスを溜めていたらしい。

 そのストレスが、変な方向へいってしまい、俺とのいざこざになったのかも……。

 こっちはいい迷惑だがな。


「この国は、南のほうが豊かだ。アストランティアやダリアで、食うに困ったなんて話は聞いたことがないし」

「聖騎士様の力があれば、深い森を切り開いて、農地を拡大することも可能でしょう」

「そこはエルフたちとの兼ね合いもあるぞ、不可侵の証をたててきてしまったし」

「エルフのいない土地も沢山ありますから……」

 そういえば、サクラの上にある台地の土地はどうなんだろうな。

 一応、背は低いが木も生えているから、種類を限定すれば畑作もできそうな気がするが。

 川も流れていて水にも困らないし。


「そのためにだな――私もアマランサス様の指示で頑張っておるのだ。私にもできることがあって、嬉しい限りだ」

 カナンに任せられる仕事ができてよかった。

 人の適材適所を見つけるのは、意外と難しい。

 

「まぁ確かに――カナンは、畑仕事をしているより、ドレスを着て踊っていたほうが、様になると思うが……」

「それで、新しいドレスが欲しいのだが……」

「俺の手持ちでドレスはあまりないぞ?」

 シャングリ・ラでドレスを検索してみる。

 安い化繊のドレスやら、ウエディングドレスやらを適当に選んで購入。

 目の前にバサバサといろいろなドレスが落ちてくる。


「ここから使えそうなものを探して、仕立直してみては? 俺は、服飾はまったくだめだからな」

「あっ! これなんて素敵だろう!」

 カナンがレースのドレスを持ち上げたが、スカートの短さに驚いたようだ。


「これは……」

「その下に、さらにスカートを伸ばして2段にすれば使えるだろ?」

「ふむ、なるほどのう……」

 アマランサスもドレスを見ているが、化繊はどうだろうか?

 この世界には化繊はないから、逆に貴重かもしれないが。


「なんだか、すごい薄くてすべすべした生地ですね」

「火に弱いからな。ローソクとかは気をつけたほうがいい」

 色々と買ってみたが、ちょっと見た目が寂しいな。なにか他に使えそうなものは……。

 シャングリ・ラで、色々と物色すると――レースの布や、飾りなどが単体で売っているし、種類も豊富だ。

 とりあえず、手当り次第にカートに突っ込んで、ポチってみた。

 俺の目の前に、それらがどっさりと落ちてくる。


「ほら、こういうレースの類は使えないかな?」

「ほう! これは見事なものじゃな」

「ケンイチ、妾にも見せてたもれ」

 リリスもやって来て、皆でレースや布地などを手にとってキャッキャウフフしている。

 やはり、女性陣はこういうものには、目がないようだ。

 これらは機械編みの安物だが、この世界でこれを再現するとなると、途方も無い金がかかる。

 100個1000円の洗濯バサミが、この世界で作れないのと同じ理屈だ。


「確かに、これは面白い! ケンイチ、これをもらっていいのか?」

「もちろん、役立ててくれ」

 他になにか使えそうなものは――お、そうだ!

 ドレスといえば、ウエディングドレス。ブライダル関係で検索したら、それっぽいのが出ないだろうか?

 早速、検索してみると――イミテーションのティアラやネックレス、花飾りなどが大量に出てきた。

 こりゃいい――使えそうだが、ユーザーの評価を見ると、安いものは子供の玩具レベルのようで評判が悪い。

 やはり、それなりのクオリティを得るには、1万円前後のものを買わないとダメのようだ。


「ポチッとな」

 目の前に、アクセサリー類が大量に落ちてきた。


「おおっ! これは!?」

 カナンが駆け寄って、ティアラを手に取っている。


「言っておくが、それは銀でもないし宝石でもない。全部、鉄とガラスだ」

「なに? これは真珠ではないのかぇ?」

 リリスが手に取ったネックレスには、イミテーションの真珠がついていた。


「それは、それっぽく作った模造品だ」

「じゃが、真珠を見たことがない者に、これを見せたら真珠だと信じてしまうぞぇ?」

「こういうものは売れないし、売るつもりもないよ」

 アマランサスも大型のネックレスを手にとっている。

 元世界じゃ結婚式でもなけりゃ、こんなネックレスをつけたりはしないよな。

 元世界にも本物のお姫様もいたけどさ、これが本物だったら数億円はするお宝だろう。


「ふむ……確かに、よく見れば作りが粗いのう……」

「そりゃ、模造品だからな。でも使えるものはあるはずだし、近づいて目を凝らさないと、解りっこない」

「ケンイチの言うとおりだな」

 そう言ったカナンの腕には、レースの指なし手袋が装着されていた。

 このアイテムも、結婚式ぐらいでしか使う場面がない。

 カナンが、山積みになったアクセサリーの山から、ガラスが沢山はめ込まれたネックレスを取ると、首に巻いた。

 いくらイミテーションでも、モデル級の美人が装着すれば、まさに鬼に金棒。

 眩しすぎて目が潰れそうになる。


「まったく、さすが辺境の華――似合いすぎるな」

「そうだろう! おほほ! 私の魅力にやっと気がついたようだな」

 なんだかんだ、カナンはこういう華々しい恰好が似合っている。

 アイテムBOXから出したテーブルの上に、レースやらアクセサリーを山積みにして、あれやこれやと話し合う。

 

 ――時間がそのまま過ぎて夕暮れどき、赤く染まるアストランティアに通じる道。

 女の獣人を護衛に従え、こちらに向かってくる自転車の姿が見えた。

 見覚えのある自転車――というか、自転車は1人にしか貸していない。

 あれはプリムラだ。


「おお~い! プリムラ!」

 叫んでも声は聞こえないだろうが、姿は見える。

 手を振る俺の姿が見えたのか、彼女が漕ぐ自転車が加速した。

 みるみる近づいてくると、自転車を放り投げて、プリムラが俺に抱きついた。


「ハァハァハァハァ――ううっ~」

 彼女が俺に抱きついたまま、突然泣き出してしまう。


「ちょっと、プリムラ。泣くことはないじゃないか」

「プリムラは、心配してないようなふりをしていたが、聖騎士様のお顔を見て、一気に色々と噴き出したのじゃろう」

 アマランサスがいつの間にか、プリムラを名前で呼ぶようになっていた。

 そりゃ一緒に仕事をしている間柄だしなぁ。彼女もプリムラの力を認めたということだろう。


「よしよし――あ~、アマランサス悪い。今日はプリムラの相手をさせてくれ」

「ふむ、妾は~聖騎士様の奴隷であるし~、聖騎士様が~そうおっしゃるのであれば、やむを得まい」

 彼女は、扇子で口を隠して、プイと横を向く。


「そう、嫌味を言うなよ」

 プリムラと抱き合っている俺の所に、メイド長がやってきた。


「皆さん~お食事ですよ」

「プリムラ、飯を食べようぜ」

「……」

 黙ってうなずく、プリムラの肩を抱えて、俺の横に座らせる。


「うー」

 アネモネは何やら不満があるらしいが、プリムラには随分と心配をかけてしまったようだからな。


「アネモネ、仕方あるまい」

 珍しくリリスが、アネモネをなだめている。

 久々に皆が揃っての食事だが、獣人たちは別テーブルになってしまう。

 彼女たちも、王侯貴族と一緒のテーブルだと嫌がるので、しょうがない。

 獣人たちと一緒に、プリムラの護衛のニャレサという女も一緒だ。

 3人でテーブルを囲んで食事をしているので、ニャメナには、ビールの差し入れをした。


「ミャレーとニャメナは、お疲れ様だな。ありがとう」

「にゃはは」「なに、いいってことよ、はは」

「ケンイチの旦那~、それってエール? あたいにもちょうだいな」

 ニャレサが俺の袖を引っ張ってきて、ビールをねだる。


「ああ、いいぞ。それじゃ、ニャメナのおごりだな」

 アイテムBOXから、ビールを出してやった。


「なんで、俺のおごりなんだよ! だいたいニャレサ! なんでてめぇが一緒に飯食ってんだ?!」

「そんな堅いこと、いいっこなしでさぁ」

「まぁ、ニャメナのおごりってのは冗談だから、はは」

 ニャレサの顎をなでてやると、ゴロゴロと大きな音を出す。


「にゃう~ん――はっ! なにをするんだい!」

 彼女が俺の手をはねのけた。

 

「あっと、すまんすまん。つい、いつもの癖でな、はは」

「あんたら――いつもこんなことをしてもらっているのかい?!」

「あ~まぁな。なでてもらって、ブラシをかけてもらったりしてる」「そうにゃ、ケンイチはすごく優しいにゃ~」

「なんだよそれ! ちょっとうらやましいんだけど……」

 ニャレサの質問に、少々照れながらミャレーとニャメナが答えていると――。

 獣人たちのビールを見ていた、アキラからも声がかかった。


「ケンイチ、俺にもビール!」

「極度に乾燥しなさい、でいいか?」

「いいぜ、いいぜ~」

 銀色の缶をアキラの前に置くと、同じものをアマランサスの前にも置く。


「エールじゃな」

 早速、アマランサスがプルトップを開けて、美味そうに一口飲む。

 テーブルに並ぶ沢山の料理――黒狼と芋の香辛料スープに、黒白鳥の唐揚げ。

 山菜と肉の炒めものと、アネモネが作ってくれたパン。

 相変わらずの野外パーティーだが、屋敷の中で食えるようになるのはいつの日か。

 遠巻きに、作業員達も飯を食いながらこちらの様子を窺っている。

 俺の足下にいるベルには、ネコ缶をあげた。


「ケンイチ悪いな、ゴチになって」

「なに、アキラの指輪で助かったからな」

「ケンイチは、初めて生エルフを見てどうだった?」

 俺とアキラの間にアマランサスが入ってきた。


「エルフの話なら妾にも聞かせてたもれ」

「ああ、アマランサス。交易の約束をしてきたから、俺がいないときでも、彼らがやってきたら便宜を図ってやってくれ」

「心得ました。早速、辺境伯の位階が役に立ちましたな」

 他種族間での揉め事になると、普通の貴族では迂闊に取り決めができない。

 今回、揉め事はなかったが、問題が起きれば一々王都までお伺いを立てる必要があるのだ。


 アマランサスが扇でパタパタしている。彼女のこれは、なにかを考えているポーズだ。

 エルフたちをどうやって利用してやろうかと考えているに違いないが――彼らは長寿種族。

 若く見えるようでも、俺たちの数倍生きているし、彼らにしてみれば、俺たちのほうが赤子同然だろう。


「最初、揉めたんだが、森猫に仲介してもらった」

「へぇ~、森猫ってそんなこともできるんだなぁ」

 アキラが、ベルを見つめている。

 

「俺の言ってることも理解しているし、かなり高い知能を持っているみたいだぞ」

「なるへそね~」

「にゃー」

 ネコ缶をあっという間に平らげてしまったベルが、俺の所にやってきて膝にスリスリをしている。


「お母さん、いつもありがとうな」

「ケンイチ、いつも不思議に思ってたが、なんでお母さんなんだよ?」

「俺がお父さんなら、ベルはお母さんだよな」

「にゃー」

「ほらな」

 笑う俺だが、食卓がひんやりと冷たくなったのは、気のせいだろうか。

 アキラとアマランサスに湖の説明をする。


「それじゃ湖の周囲は150kmぐらいで、間違いないってことか。デカい湖だな」

「対岸まで40kmぐらいだろう。それと川があった」

「川?」

「そう、そこから湖の水が流れ出て、アニス川というデカい川と繋がっていた」

「繋がっている所までは、行ってないんだろ?」

「エルフたちに確認したから、間違いないだろう」

「エルフの行動半径は意外と広いからなぁ」

 彼はエルフとも付き合っていたらしいからな。


「アキラは、エルフと付き合ってみてどうだった?」

「ああ、ちょっと仲間になると、遠慮しなくなるってところが面食らったが、他は普通だぞ? 中はちょっと狭いかな~」

 どこの中が狭いのかは、問うまい。


「いや、この場所で、そういう情報はいいから……」

「あ、失敬失敬! フヒヒサーセン!」

 また、食卓がひんやりとする。

 プリムラは黙って食事を摂っているが、まぁ食欲があるなら大丈夫だろう。


 飯を食い終わったので、後片付けはメイドたちに任せる。

 こういうところは、メイドがいると便利だな。


「ケンイチ、なにか見せたいものがあると言っていたが……」

 アキラは、飲みかけのビールの缶を持って、俺の所へやってきた。

 その後ろに獣人たちも一緒に見物だ。


「おい、ニャレサ。お前は見ないほうがいいぞ? 旦那がとんでもないものを出すからな」

「はぁ? いったい何を出すってんだい?」

「お前が驚いて毛を逆立てるものだよ」

 ニャメナがニャレサを煽っているのだが、彼女は信じていないようだ。


「は! あたいが毛を逆立てる? そんなわけないない。あんたが腰抜けなだけだろ?」

「なんだと? それじゃ賭けるか?」

「乗ったよ」

 獣人たちの会話をよそに、紋章官のユリウスもやって来た。


「アマランサスとユリウスも見てくれ」

 俺はアイテムBOXからクラーケンの足を出すと、白くて巨大なゲソが地面に出現する。

 地面に触れると汚れるので、あまり出したくないのだが、どうしようもない。

 その部分は捨てるとしよう。

 

 突然現れた得体のしれない巨大な脚に、皆から驚きの声が上がった。

 


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