150話 暗い洞窟の中で
巨大な湖の北側に走る崖を測量しながら、俺たちは水面をゴムボートで進んだ。
どこにも岸が見えず、水上での一泊も覚悟していたのだが、崖の横に大きな洞窟を見つけた。
奥はふさがっていたが砂浜があり、そこで一泊と喜んでいたのだが――。
俺たちの前に現れたのは、赤い土管のような巨大な管虫。
皆の力を合わせて、これをなんとか撃破。俺のアイテムBOXには、荷物がまた増えた。
こんな巨大なものがゴロゴロ入っていても、アイテムBOXにはまったく重さを感じないし、今のところ容量の限界が見えている風でもない。
いったいどういう仕組なのか、皆目見当もつかないが、これがなければシャングリ・ラを使えたとしても、かなりのハードモードになっていたに違いない。
アネモネの魔法によって、コーヒー牛乳のようになってしまった水の中に漂う、巨大な管虫の躯をアイテムBOXに収納すると、皆が待っている岸に戻ってきた。
「やったぞ! アネモネ!」
「うん!」
彼女の頭をなでてやる。
「それじゃチューして!」
「ん~、しょうがないなぁ」
彼女を抱きかかえると、軽くだが口づけする。
「なんじゃそれは! 妾にもするがよい!」
「だって、リリスは家の中で隠れてただけでしょ?」
「ぐぬぬ……」
これはアネモネの方が正論っぽい。
彼女たちも、ほっと安心しているものと思っていたのだが、獣人たちがなにやらあたふたしている。
「旦那、まさかあれをアイテムBOXに入れてきたのかい?」
「ああ、だって食えるし、もったいないだろ?」
「うえ!」「うにゃ!」
ああ、なるほど、そのせいか。
「別にお前らに食えとは言わんよ――それより波にさらわれた明かりを回収するのを、手伝ってくれ」
最初に出していたLEDランタンは、アネモネの魔法によって引き起こされた波によってさらわれて、水中に引き込まれてしまった。
この世界のランタンなら、すぐに消えてしまうが、こいつはLEDでしかも防水だ。
実際、濁った水の中からうっすらと光が漏れてきている。
安物の簡易防水だが、水没したぐらいなら、なんとか保つものらしい。
「にゃー」
ベルが俺の所にやってきた。
どうやら救命胴衣を脱がしてほしいらしい。
ベルの救命胴衣をアイテムBOXに入れると、シャングリ・ラから3000円の水中メガネとシュノーケルのセットを購入。
アイテムBOXからゴムボートを出すと、服を脱いで水中メガネを装着した。
慣れれば海でも目が開けられるが、消毒されたプールの水と違い、なにがいるか解らんし。
「にゃはは! ケンイチ、それはなんにゃ?」
「これは、水の中でつけるメガネだよ」
「旦那、俺たちにも使えるのかい?」
「多分大丈夫だと思うが……」
彼女たちには毛が生えているから、気密性はどうかな?
付け方が解らないだろうから、つけてやる。
「こうやって、水に浸けてみろ」
俺は、水面に顔を浸けてみせた。
「にゃ! すごいにゃ! よく見えるにゃ!」
「これなら、目が痛くならないぜ!」
「そして、この筒を口に咥えて呼吸をする」
俺の手本を真似て、彼女たちもシュノーケルを咥えてみる。
管虫を見たときには、かなりパニクっていたが、もう大丈夫のようだ。
「これはすごいにゃ! 泳いだまま息ができるにゃ!」
「これなら、顔を水面につけたまま、ずっと泳げるな!」
「でも、水に潜ると筒に水が入ってくるから、水面に上がるときは、筒から水を噴き出す」
シュノーケルから水を噴き出してみせると、彼女たちも真似をする。
獣人たちは読み書きそろばんができないが、頭が悪いわけではない。
手本を見せてやると、すぐに理解して真似をする。
獣人たちが楽しそうに泳いでいるのだが、前から気になることがある。
「獣人たちが泳いで、そのデカい耳に水が入ったりしないのか?」
「入るけど、すぐに取れるにゃ」
「そうなのか?」
「こう、やるにゃ」
獣人たちは頭を下にして、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
猫ってのは水が嫌いなんだけど、猫人たちは平気だな。
そういうことを言うと、猫じゃないにゃ! ――と怒られるが。
ついでに1万円ぐらいの脚につける足ひれを買う。
安いのは脚にはめるだけだが、これは靴のように穿くタイプだ。
「旦那! それはなんだい?」
「これは足ひれだよ。水中を魚のように泳げる」
「本当にゃ!?」
意外なところに獣人たちが食いついたので、彼女たちにも足ひれを買ってやる。
毛が生えている彼女たちの脚でも、装着できた。
「歩きにくいにゃ……」
「地上ではそうだけど、水の中では動きが速くなるぞ」
俺の言葉を聞いたニャメナが、さっそく水の中に飛び込んだ。
「おお~っ! 旦那! これはマジですげぇよ! 船は要らないぞ!」
なんだか、とんでもないスピードで泳ぎ始めた。
シュノーケルも使いこなしているし、身体を使う能力に関しては、獣人たちの右にでる種族はいないだろう。
「使いこなしているのは解ったが、船と明かりがないと無理だろう?」
「大丈夫にゃ、ウチらはこれでやるにゃ」
「任せろよ、旦那」
ちょっと心配だが、彼女たちに任せよう。
獣人たちは夜目が利くので、暗い水の中も見えるのかもしれない。
明かりもなしに暗い水の中に潜るなんて俺には無理なので、ゴムボートに明かりを載せる。
俺たちはLEDランタンを回収するので、アネモネとリリスには、食事の準備をしてもらう。
壁で繁殖していた黒白の鳥肉が、まだ残っているので、あれで唐揚げを作るそうだ。
ゴムボートで沈んでいる明かりの場所へ行くと、船に掴まり水に潜る。
泳ぎは得意じゃないが、潜るぐらいなら大丈夫だ。
ぐるぐると探し回っていると、水の濁りも収まってきたので、30分もしないうちに全て回収できた。
「いやぁ、この足ひれはすごいぜ」「にゃ」
「丘に上がったら、動きにくいけどな」
水から上がると、モバイルバッテリーと、ジェットヒーターを出して身体を乾かす。
俺はすぐに乾くが、獣人たちは少々時間がかかる。
コンテナハウスを設置するためにユ○ボを使って整地したのだが、アネモネの魔法が起こした波によって、再び砂で埋まってしまっていた。
アイテムBOXから重機を出して、再び整地しようとすると。獣人たちから物言いがついた。
「旦那! そこに部屋を置くのかい?」
「ダメか?」
「砂浜は管虫でいっぱいにゃ!」
どうやら管虫の上では寝たくないらしい。
管虫が鉄のコンテナハウスを破るとは思えないのだが、普段は冷静なミャレーも懇願しているので、よほど嫌なのだろう。
まぁ、別に無理強いするつもりもないしな。
「それじゃ、もっと奥に移すよ」
洞窟の奥はちょっと高くなっていて、岩肌が露出しているところもある。
食事の準備をしている場所も、奥に移ってもらう。
ここなら文句はないだろうが、管虫がいる砂浜とは違い水平ではないし、重機で均しもできない。
ここにコンテナハウスを置くと斜めになってガタガタしてしまう。
やむを得ず、シャングリ・ラから油圧ジャッキを購入。
コンテナハウスを少々持ち上げて、隅にコンクリレンガを挿入することにした。
油圧ジャッキは5t用で6500円、コンクリレンガは8個で700円――こりゃ安い。
「ふう……こんなもんだろ」
水平にしないと、部屋の中で寝られないからな。
俺の作業が終わり、彼女たちの毛皮がふわふわになるころ、飯が完成した。
暗い洞窟内に、美味そうな料理の匂いが漂う。外も完全に暗くなっており、出口で白く光っていた場所も、今は暗闇に溶け込んでいる。
LEDランタンに照らされているこの砂浜だけが、俺たちの世界。
今、世界が終了しても、ここだと解らないかもしれない。
テーブルの上には、美味しそうな唐揚げが山盛りになっていた。
早速、料理を食べる。
「おお、唐揚げはカリカリで美味いなぁ。アネモネはすっかりと料理上手になったな」
「えっへん!」
「妾も手伝ったぞぇ!」
アネモネは、物覚えもいいし頭もいいからな。
魔法の本を読んでもすぐに理解するし、日本語の本や電子書籍を読んで、難しい漢字でなければ日本語も読めるようになっている。
魔導師に頭のよさは必須だと思われるが、それが料理の腕とイコールにならないのも事実。
現に、帝国の魔女――レイランさんは料理が下手らしい。
サクサクとした唐揚げの食感を楽しむ。元世界にはいなかった鳥の唐揚げだ。
やっぱり最初に食べたときのように、後味に苦味が少々あるが、マヨネーズや醤油をつければそんなに気にならない。
唐揚げにマヨネーズは、カロリーが心配になってしまうが。
「は~っ、やっぱり地面で飯を食うってのは安心するなぁ」
ニャメナが、そんなことを言いながら、ビールを呷っている。
一緒にビールを飲むなら、後味の苦味も問題ないだろう。
「そうだにゃ。ベッドでも眠れるにゃ」
「俺は、水の上で眠るなんて初めてだから、どうしようかと思ったよ」
ニャメナの言うとおりだが、王都や国境の街ソバナでは川を運河代わりに使っていた。
家を持たずに、船を家代わりにしている人間も多いのではないだろうか?
戦後の日本でも、船で生活していた人々の映像を、なにかで観たことがある。
「ベッドに寝られるのも、ケンイチがいるからにゃー」
「まったくだな。世界中どこに行っても、旦那が一緒なら生活に困る心配はないってことだ、あはは」
それもこれも、やっぱり資金が豊富になったのが利いている。
いくらシャングリ・ラの能力があっても、それを使うには金――対価が必要になるが、一旦資金が潤沢になれば、あとは楽だ。
貯金ゼロから100万円を貯めるのは大変だが、1億円を2億円にするのにはいろんな方法がある。
金が金を呼んで、金のあるところには金が集まる。
それは元世界でも、この世界でも変わらない経済の摂理だ。
腹もいっぱいになったし、こんな洞窟の中では、やることもない。
外に置いてあったLEDランタンを回収すると、皆でコンテナハウスの中に入って、ベッドに座る。
ベルもドアからスルリと入ってきて、床で丸くなった。
彼女もずっとボートの上で疲れただろう。
「ふぁ~、今日は疲れたにゃ」
ミャレーとニャメナが一緒のベッドに寝転がっている。
「ふぅ……まったくだな。あんな化け物と戦う羽目になるしよぉ。しかし管虫があんなにデカくなるかぁ?」
「聞いたこともないにゃ」
彼女たちの話によれば、あんな巨大な管虫は見たことがないと言う。
「それじゃ、何百年も生きている貴重な個体を倒してしまったのかも……」
「旦那、化け物は化け物だろ? そんなことを気にするほうがおかしいぜ?」
元世界だと、何百年も生きたエビとか、貝とか、貴重だったしな。
年齢を調べるために殺してしまったりして、非難されたとか……。
「でも、管虫は魔物じゃないにゃ」
「ひょっとすると、管虫がなんらかの理由で魔物化したのかもしれぬのぅ」
「リリス、そんなことがあるのか?」
「うむ、たとえば召喚魔法じゃ」
アイテムBOXには生き物は入らないが、召喚魔法が作る空間には魔物しか入らない。
普通の生き物を強引に入れても、魔物化してしまう。
王都の魔導師、メリッサの話で出ていたな……。
「それじゃ、あのデカい管虫を解体すれば、魔石があるってことか」
「そうかもしれぬ」
俺もベッドに仰向けで寝転がって、じっと考えごとをしていると、あることに気がついた。
「あ! なんか身体がすげぇ、ふわふわする! 家が揺れないのに、揺れてるような感じ!」
「なんじゃそれは? そなた、なにを申しておる」
「皆、ベッドに寝転がって、じっとしててみろ」
皆でベッドに仰向けになる。
「にゃ?!」
「なんだこりゃ?! マジで揺れてるぜ!」
「すごーい! 本当に揺れているような感じする」
「おおっ! 真じゃ! ベッドや部屋が揺れておらぬのに!」
どうやら、耳の構造は人も獣人たちもあまり変わらないみたいだな。
「ケンイチ! なぜじゃ?」
彼女たちのために、アイテムBOXからスケッチブックを出し、図を描いて説明する。
「耳の奥に、渦を巻いている器官があって、中に水が入っているんだ」
「ほう……?」
「この中の水が動くことによって、頭を動かしたり、身体を動かしているのが解る仕組みになっている」
「へぇ、おもしろーい!」
「ずっと、身体を揺すられていて、その水の流れが安定してないので、そう感じるんだな」
アネモネは、面白がっているのだが、獣人たちは訝しげな顔をしている。
「旦那、どうやってそれを確かめたんだい?」
「俺は人から教えてもらったんだけど……」
「でも、そいつは人をバラしたわけにゃ?」
ああ、そういうことか……。
「まぁそうだな。そうしないと人体の構造が解らないし。ほら、骨格や内臓も描けるぞ」
一応、元プロの絵描きなので、美術解剖学は少々やっている。
「なるほど、身体の中はこのようになっておるのかぇ?」
「まぁな。女の場合は、更に子宮があるが……」
「子宮……?」
「え~子袋かな? 子供ができると、ここが大きくなって、赤ちゃんが逆さまに入る」
「逆さまに決まっておるかぇ?」
リリスが、俺の描いた図を覗き込んでいる。
「ああ、決まっている。そして出てくるときにも、頭から出てくる」
「脚から出てきたら逆子だね!」
「アネモネ、逆子とかよく知ってるなぁ」
「村の家畜で、たまに逆子だとか大騒ぎしたことがあったし」
「そういう場合は、一旦戻して運動させたりするんだが……」
「へぇ~」
「さすが賢者じゃのう……」
感心するアネモネとリリスだが、隣のベッドでは、獣人たちが青い顔をしている。
「俺は、下手な怪談より怖い話を聞いたぜ……」
「にゃ~」
どうやら獣人たちによると、あまり聞きたくなかった話らしい。
彼らの教義からすると、こういう解剖学は禁忌に触れるようだ。
「けどな――病気や怪我を治すには、人体の構造や仕組みを知らないと治せないし」
「治癒魔法もかぇ?」
「治癒魔法を使うにしても、構造を把握することで、より早い完治が望めるようになると思うよ」
たとえば骨折した骨を繋ぐときは、骨格の構造をしらないとダメだ。
適当に治癒魔法を使っては、曲がってくっついたりしてしまう。
実際、そういう例もあるらしいし。
「なるほどのぅ……」
腕を組むリリスだが、獣人たちのテンションは下がりまくりだ。
「旦那は、ありえないぐらいに優しいけど、突然怖い話をするからなぁ……」
「そうにゃ」
「まぁ、獣人たちと教義が違うところがあるからな。そこらへんは勘弁してくれよ。お前らをバラして調べたりしないから、心配するな」
「「……」」
獣人たちが、黙ってしまった。
あまり言い方がよくなかったか。まぁ、すぐに機嫌を直してくれるだろう。
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――次の日。
朝になった――いや、なっているはず。洞窟の中は真っ暗なので、いまいち判別がつきにくい。
夜が明けた証拠に洞窟の先には、出口の明かりが小さく白く見えている。
皆も起きたので食事の準備をするが、ここは暗いし簡単に済ますことにした。
パンとグラノーラを皆で食べ、ベルにはネコ缶をやる。
果物が食いたいので、冷凍のカットマンゴーを買ってみた――1kgで2500円である。
シャングリ・ラで買うと、どうしても大量買いになってしまうが、アイテムBOXがあるので、無問題だ。
小分けにして、アネモネに魔法で解凍してもらう。
凍ったまま食べると、甘みが足りない。
「温め!」
人間電子レンジのアネモネのお陰で、すぐに食べられるようになる。
「ほう、この果実も美味いの」
日本の果実で近いといえば、柿だろうか。
個人的には、酸味がある果物が好きなので、あまり積極的に食べる果物ではないのだが――乾燥マンゴーは好物だ。
そういえば、シャングリ・ラにも乾燥マンゴーが売ってたな。
高いので買わなくなっていたが、今なら金がたっぷりとある。
検索すると、乾燥マンゴーも1kg2500円だ。
「ポチッとな」
乾燥マンゴーの袋が落ちてくると、オレンジ色の薄いスライスが沢山詰まっている。
「それは?」
「この果実を乾燥させた物だ。これも美味いぞ」
袋を開けて、皆に食わせる。
「ほう! これは歯ごたえがあって美味いの!」
「甘くて美味しい!」
「これは、砂糖は使っておるのかぇ?」
「使ってないよ。乾燥させることで果実の甘みが凝縮されたんだ」
獣人たちにも食わせてみる。昨日の話のせいで、まだなにか警戒している感じである。
「こりゃ、うめー!」
獣人たちが、乾燥マンゴーを口に入れて目を見開いた。
「美味いにゃ! 砂糖も使ってないのに、こんなに甘いにゃ?」
「ああ、リンカーも乾燥させたり、ジャムにすれば甘くなるからな」
「リンカーのジャムは、こんなに甘くならないよ?」
アネモネが、オレンジ色の乾燥マンゴーをじっと見ている。
「そうだな――アネモネの言うとおりだな。多分、この果実には酸味がないせいで、甘く感じるんだろうな」
「ほう、なるほど酸味かぇ」
酸味に対抗しようとすると、かなり大量の砂糖が必要になるからな。
マンゴーが柿に似ていると思ったが、そういえば干し柿を作るところも似ているな。
ドライフルーツにするなら、酸味がないほうがいいのかも。
乾燥マンゴーを食べながら、今日の予定を皆に伝える。
「今日――皆は、ここで待っててくれ」
「ええ? そりゃないぜ、旦那!」「そうだにゃ!」
「いや、俺の船は魔導具で動くようになって、すごく速くなったから、この先がどうなってるか一旦見てくるよ」
そう、最初からそうすればよかったんだ。
スピードが出るボートで先がどうなってるか調べてから、予定を立ててゆっくり測量すると。
燃料は、いくらでもシャングリ・ラで買えるしな――高いけど。
そうすれば、一か八かで危ない航海をすることもなかった。
完全に俺のミスだ。
「先にケンイチが調べたあとで、今後の予定を立てようというのじゃな」
リリスが乾燥マンゴーを頬張っている。
「そのとおり! 今回、たまたまこんないい場所――でもなかったか。化け物がいたしな。こんな場所があるとは限らないし」
「それじゃ、私も行く!」
アネモネが、乾燥マンゴーを咥えたまま叫んだ!
「それなら、妾もじゃ!」
「いやいや、皆が乗ると船が重くなって速度が出ないからさ。見てくるだけだから、昼前には戻ってくるよ」
「「う――!」」
2人がごねているが、今回はダメだ。
おとなしく待っててもらう。
俺だけ出かけるので、LEDランタンの電池を換えておこう。
いざというときに、ガソリンランタンも置いていく。
なにかあったときのために、食料と飲み物、続けてゴムボートを2艘出し――。
最後に俺の船外機つきゴムボートを水に浮かべた。
「それじゃおとなしく待っているんだぞ?」
「「う――」」
「はは、お母さん、皆を頼むな」
「にゃー」
皆に見送られて、俺は船外機のエンジンを始動させると、ゆっくりと黒い水面を走りだす。
多分、全速で時速10kmぐらい――船のスピードにすると約5.4ノットだ。
一見遅いようだが、この巨大な湖の直径が約40kmだとすると、4時間で渡れる速さ。
この崖は15~20kmぐらいだと仮定すれば、5kmほど測量したので残りは10~15kmほどだろう。
1時間ぐらい進んだところで、ドローンを飛ばせば、先がどうなっているか把握できるはず。
暗い洞窟を出ると、左に舵をとり、エンジンを全開にする。
時速10kmでも、手漕ぎよりは断然速い。
人間が全力疾走すると、時速16kmぐらいらしいから、それよりは遅いな。
軽くジョギングするぐらいのスピードか。
シャングリ・ラにはもっと大型の船外機も売っているので、木造船を建造すれば取り付けが可能なはずだ。
辺りを確認しながら、のんびりと進む。
左手には切り立った崖、右手には果てしなく続いているように見える巨大な湖。
この世界――この惑星の大きさがどのぐらいかは不明だが、重力がほぼ同じということは、大きさもほぼ同じぐらいだと思われる。
そうなると目線の高さで見渡せる距離は、約4km。
それでは対岸は見えない。
1時間ほど進んだ所で、ドローンを上げて、ぐるりと見渡す。
コントローラーに映る画面に薄土色の砂浜が見えてきた。
「おっ! 岸だ! やっぱり崖は、20kmほどだったのか」
俺の近くも確認すると、崖に大きな凹みを見つけたので、ドローンを回収したあと、そこへ行ってみることに。
エンジンをかけて、10分ほどすすむと、ドローンで確認した場所へやってきた。
崖の水面近くが大きく凹み、そこに砂が溜まっている。
かなり狭くて斜面になっているが、コンテナハウスを置けそうだ。
試しにコンテナハウスをアイテムBOXから出して設置――様子を見る。
「大丈夫――そうだな」
かなり斜めになってしまっているが、コンテナハウスは置けた。
この中で寝るためには、色々と対策を練る必要があると思うが――なんとかなるだろう。
ゴムボートの上で寝るよりはマシだ。
残りの距離からすると、このコンテナハウスで一泊することになるだろう。
俺は、コンテナハウスを収納すると、家族が待つあの洞窟へ戻ることにした。