149話 水中洞窟
湖の北側を走っている連続した崖を測量するため、俺たちは朝一で出発した。
この崖の問題は、切り立った断崖絶壁がどのぐらいの距離に渡って繋がっているか不明な点。
ドローンを飛ばしてみても、先が見えない点からしても、1日でクリアできるとも思えない。
そのために、コンテナハウスを出すための岸がなく、下手をすると水の上で夜を明かす羽目になるかもしれない。
この湖には、クラーケンのような化け物がいるのも確認済みなので、なんとか危険を回避したいのだが……。
獣人たちが手漕ぎで湖を崖伝いに先行して進む。
そのあとを2馬力の船外機を載せた俺たちのゴムボートが、測量しながら追いかける。
獣人たちが岩肌にピンクのスプレーで印をつけて、そこまでの距離をレーザーで測定。
方位と距離を地図に書き込んでいく。
先行している獣人たちのボートは手漕ぎでも速い。
彼女たちには、トランシーバーと食べ物を持たせてある。
ボートを漕いで、俺の測量を待っているだけなので暇なのか、ずっとトランシーバーで話している。
電池がなくなるだろうと思うのだが――まぁ電池なんて安いから、いいけどな。
やることがなくて暇そうなのは、こちらのボートも一緒である。
ゆらりゆらゆら、ただよう船の上。ここは湖で波はないから、酔いはしない。
女の子2人にオレンジ色の救命胴衣を着せて有事に備えているが、アネモネは青いローブを脱いで、ワンピースの上に着用している。
そんなゴムボートの上で、アネモネはパッドを使って電子書籍を読む。
それを見たリリスも、電子書籍を読みたいと言い出した。
しかたなく、リリスにもパッドを貸す。
「ほう! これが魔法の板かぇ?」
「そう、お城の書庫にあった本が全部その中に入っているんだ」
「なんと! それは真かぇ?」
「ああ、全部入れたので、入っていると思うぞ」
「それでは、子供の頃に読んだ『森に生息する魔物図鑑』は?」
リリスの言葉に、アネモネが反応した。
「それ、読んだから入っているよ」
「ほう」
「アネモネの方が沢山読んでいるから、彼女に聞いたほうが早いな」
オレンジ色の救命胴衣を着た彼女たちが、あれこれと本の話をしているのだが――。
ゴムボートの隅っこに収まるように、じっと伏せている黒い毛皮――ベルだ。
俺に無理やり、青と黄色に塗られた犬用の救命胴衣を着せられて、恨めしそうにこっちを見ている。
「そう睨むなよ。君のためなんだよ?」
「……」
「そうだベル、チ○ールをあげよう」
俺の言葉に彼女が反応した。
シャングリ・ラからチ○ールを買って、封を切ってやると、一心不乱にペロペロしている。
「そなたはすぐにそうやって、食い物で釣ろうとするの」
「美味しいものでご機嫌をとるのは基本だろ?」
「む……」
「君たちも、チョコレートはどうだ?」
シャングリ・ラから買ったチョコレートにアネモネが飛びついた。
「食べる~! リリスは要らないよね?」
「食べるに決まっておるであろ!」
リリスはアネモネからチョコレートを奪い取って食べ始めたのだが、動きが止まった。
「どうしたリリス?」
「……その……なんじゃ……」
「ん? どうした?」
「あの……花摘みがしたいのじゃが……」
「ああ、男なら立ちションでいいが――女の子はねぇ、そうなると、これしかないんだよなぁ」
俺はシャングリ・ラを検索して、あるものを購入すると、ポトリと透明な容器がボートの上に落ちてくる。
「これでどうしろと言うのじゃ?!」
「ズボンを脱いで、その中にするんだよ」
リリスの服装は、この測量に出発する前に、動きやすいズボンを穿かせた。
そう、俺が購入したのは、女性用の尿瓶。
「そ、そんなことができるはずなかろう!」
柔らかいゴムボートの縁に乗って――なんてできないし、バランスを崩してひっくり返る可能性大だ。
「それじゃ俺が抱えてあげるから、ズボンを下ろして股を広げて……してみる?」
「そなたは、女子をなんだと思っておるのじゃ!」
「そんなこと言われてもなぁ――他に方法がないぜ?」
「リリス貸して! 私ならできるから!」
アネモネが、リリスの手から尿瓶を奪い取ると、自分の紺色のワンピースの中に突っ込んだ。
この世界には下着がないので、そのままできる。
「ん……」
勢いでやってみたが、やはりアネモネも恥ずかしいらしい。
「おい、アネモネ……」
「ほら!」
アネモネがし終わったものを勢いよく差し出した。
「みせんでもいい!」
リリスの言葉に、アネモネは尿瓶の中の液体を湖に捨てた。
「このぐらいできなくて、ケンイチと一緒に冒険とかできないから! その覚悟で、リリスもやって来たんじゃなかったの?」
「た、たしかにそのとおりじゃが……」
「リリス、無理をするなと言いたいところだが、マジで他に方法がない……あ、湖に飛び込むとか」
「妾は泳げん! 解った! すればよいのじゃろう!」
顔を真赤にしたリリスがズボンを下ろし始めた。流石に凝視できないので、後ろを向く。
音が終わったので、声をかけた。
「終わったかい?」
「……うむ」
俺が振り向くと――リリスが液体の入った尿瓶を俺に差し出してきた。
「どうじゃ! これで満足であろう!」
「いや、満足とかそういうのじゃなくてさぁ……」
「なんだというのじゃ!」
リリスの手から尿瓶を受け取ると、中身を湖に捨てる。
「俺とリリスは夫婦じゃないか」
「そうじゃが! それとこれと――」
「まてまて、君が病気や怪我で動けなくなったら、俺が下の世話までするんだよ?」
俺の言葉に、リリスの表情が変わる。
「そのようなことは、メイドたちがおれば……」
「メイドがいない、こういう場所だったら? 逆に俺が、怪我や病気で動けなくなったら、リリスは俺の世話をしてくれないのかい?」
「私はするよ! 絶対にしてあげる! なんだってするから!」
大声を上げたのは、アネモネだ。
「ありがとうアネモネ」
「無論! 妾だってするに決まっておる!」
「それじゃ、リリスもこのぐらいは平気だよね!」
今日は、アネモネがめちゃ突っ込みまくっている。
「わ、解った――そなたたちの言うとおりじゃ」
「ありがとうリリス。恥ずかしい思いをさせて、ごめんな」
そうは言っても、このゴムボートの上じゃどうしようもないのも事実。
「ううう……」
納得はしてくれたようだが、やはり恥ずかしかったのか、顔が真っ赤なままだ。
「裸とか見られているのに、やっぱり恥ずかしいか?」
「そんなの決まっておるじゃろ!」
「解ったよ。それじゃ俺もするから、2人で見ればいいだろう」
そう言うと俺は、ゴムボートの上から立ちションを始めた。
「見る見る!」
アネモネとリリス、2人の美少女が、俺の立ちションを興味津々で覗いている。
一体どういうプレイなんだよ、これは。
「ほう! なるほど、このようにするものなのかぇ」
「うん」
「アネモネは見たことがあるのかぇ?」
「野盗に捕まっていた時に、盗賊がいつも立ちションしてたから」
まぁ、ああいう荒くれたちは、そんな感じだろうな。
「騎士団の連中にさせて、観察とかしなかったのか?」
「するわけがなかろう!」
「ええ? マイレンとは、あんなことをしていたのに……」
「あ、あれは、女子同士の遊びじゃ!」
し終わったので、息子をしまっていると、リリスが神妙な顔をしている。
「どうした、リリス?」
「なるほど、男がそのようにするのは解った――じゃが、大きくなったときは、どうやってするのじゃ?」
「まぁ、ちょっと出にくくはなるが、普通にできるよ――といっても、他の男のを見たことがないから、なんとも言えないが……」
「ほう、今度2人きりのときに、見せてたもれ」
「ええ~っ?」
「ずる~い! 私も見るぅ!」
「マジですか?」
「妾もそのぐらい、恥ずかしかったのじゃが?」
「解ったよ……」
まぁ本当に夫婦なら、死がふたりを分かつまで一緒だからな。
「でも、リリス?」
「なんじゃ?」
「お城には、お尻拭き係とかいなかったのか?」
「そんな者がいるはずがなかろう!」
「ええ? そうなのか、俺が知っている国ではそういう専門職がいたところもあったので、てっきり……」
確か、江戸城の将軍様には、そんな係がいたとかなんとか……。
「そんなことまでして、どうするのじゃ!?」
「いやぁ、やんごとなき方から出てきたものを調べて、体調の管理とかするらしいんだよ」
「……なるほどのう、そう言われると、理にかなっておるような……」
リリスが、俺の話に複雑な表情をしている。
ちょっと気になったので、獣人たちにもトランシーバーで連絡してみた。
「お~い、そっちは用足しとかどうしてるんだ?」
『だ、旦那! なんだよ藪から棒に! いくら旦那でも、そんなことを……』
無線に出たのはニャメナだ。
「悪いな変なことを聞いて。今ちょうど、そのことで揉めててな」
『ウチらは、水に浸かってしてるにゃ!』『おい、クロ助!』
どうやら獣人たちは、半身水に浸かって用を足しているらしい。
「途中に岸があればいいけどなぁ。今は小だからいいけど、大になったら……」
「なったら、どうするのじゃ!」
俺はシャングリ・ラからホーロー製のおまるを購入した。
「こういうのにするしか」
「……座敷牢にこういうのがあるの……そうか、この船の上は座敷牢と考えればよいのか」
何かを悟ったように、リリスがつぶやく。
いや、別に悟らんでもいいのだが。
「私は平気! するよ!」
なんか、アネモネのテンションが上がってて怖い。
「ちょっと、アネモネ落ち着きなさい」
「リリスはお姫様で、こんなことできないでしょ? 屋敷にこもっていればいいの!」
「なんじゃと! なんじゃ、このぐらい! 妾にもできるわぇ! なんなら、今すぐここでしてやるわぇ!」
そう言うと、リリスはズボンを下ろし始めた。
「まてまて、待ちなさい二人とも! そのうち岸があるかもしれないじゃないか」
「「ぐぬぬ……」」
アネモネとリリスがゴムボートの上で睨み合う。どうしてこうなった。
極限状態なので、常軌を逸しているのか?
そこまで切羽詰ってる状態じゃないと思うんだが……。
ゴムボートの隅で丸くなっているベルが、俺たちの様子を呆れ顔で見て、あくびをしている。
2人をなだめて、獣人たちと合流すると昼飯にする。
書き記した地図によると、3kmほど進んだらしい。
このまま夕方まで続けると、6kmか……意外と進むもんだな。
俺のゴムボートに船外機を取り付けたのも大きい。
「まったく、船の上で揺られて本格的な飯なんて初めてだぜ」「にゃ」
「俺だって初めてだよ」
実際は、青函連絡船や、苫小牧――大洗間のフェリーも乗ったことがあるのだが、ゴムボートの上での食事は初めてだ。
そういえば――奥尻島行きのフェリーにも乗ったなぁ。
料理ができないので、パンやハムなどの簡単に摘めるものにした。
インスタントスープも、火を使わずにアネモネの魔法で温めができるしな。
「旦那、この崖ってどのぐらい続いていると思う?」「にゃ?」
「空に飛ばした召喚獣で見てみたが、まだ先は長いな。途中で少しでも、休める場所があればいいんだが……」
「けど、ケンイチのアイテムBOXや魔法があるから、こんな飯を食べたりして余裕なんにゃ」
「そうだよなぁ。旦那以外の普通の役人なんかがきたら、事故が起きまくって……」
「その前に、こんな船を用意できぬであろ?」
ムスッとしているリリスは、まだ不機嫌だ。
「まぁ問題があるとすれば、便所の問題だけだな……出発するまで、すっかりと忘れてたけど」
本当に気がつかなかった。
「旦那の言うとおり、俺もまぁ……頭になかったね」「ウチもにゃ」
「海での航海は、どうするのかのう……」
「そりゃやっぱり、海にするんだろう? それとも、おまるにして海に捨てるか」
「うぐ……それしか考えられんか……」
「ケンイチ、海って見たことがない」
アネモネは海を見たことがないようだ。
「アネモネの村って、ウルップだっけ? ダリアよりは、かなり海に近いみたいだが……」
「海まで行ったことがないし、村と周りの森が私のすべてだったから……」
まぁ子供の脚じゃ遠出するのは、無理だろうか。
「王家の本の中に、ウルップのことを記していたものがあったぞ?」
「へぇ」
「たしか、『辺境の暮らし』という本じゃ」
アネモネが、タブレットを取り出して、その本を調べている。
彼女は一度読んだ本に、日本語でラベルをつけて、検索できるようにしている。
「これ……」
アネモネが俺にタブレットを渡してきた。確かに、「辺境の暮らし」という本がある。
中を開いてみると、落書きのような地図が出てきた。
この世界の地図といっても、こんな感じのものが多い。
距離も正確に測ったものではなく、記録した者の主観によるものだ。
「え~と、海まで数十リーグと書いてあるな……」
多分、20~30kmぐらいの距離だろう。子供がその距離を歩くのは大変だ。
自転車でもあれば別だろうが。
「海ってのは、この湖よりはるかにでかくて臭い。そして水が塩辛い」
「臭いの?」
「ああ、臭い。生臭い臭いがする。ミャレーとニャメナは? 海を見たことがあるのか?」
「ないな」「ないにゃ」
「湖に繋がっているあの川を運河にすれば、海岸沿いとも交易ができるんだがなぁ」
「そのような大事業、とてつもない金がかかるぞぇ?」
「まぁな」
「それに旦那。川や湿地帯は魔物がうようよだ。スライムもいるしな」
この世界のスライムは雑魚でなくて、かなりの強敵みたいだしな。
やっぱり無理があるか……。
川が利用できるようなら、王都まで一直線に繋がっているわけだし、とっくに利用されていてもおかしくない。
それが放置されたままってことは、それなりのわけがあるのだ。
昼飯を食い終わったので、再び測量を始める。
進んで測り、そしてまた進む。
順調に進み――午後の3時頃、獣人たちから無線が入った。
『ケンイチ! 穴があるにゃ!』
「穴? 大きいのか?」
『結構、大きいにゃ!』
船外機を回し、急いでその場所へ行くと、水面に沈んだ黒い半円形がポッカリと口を開いていた。
高さ5m、横幅は7~8mぐらいって感じか。
「ちょっと中に入ってみるか……」
「え?! 旦那、大丈夫かよ」
「トラ公は心配性だにゃ」
ニャメナは反対、ミャレーは賛成のようだ。
「まぁな、流石に水の上だと、俺の召喚獣が使えないから、ニャメナが心配するのも解る」
「そうなんだよ。それに、こんな船の上じゃ戦えねぇ」
「なにかいるって決まったわけじゃないにゃ」
「どうだ、お母さん? なにかいそうか?」
「……」
警戒もしていないが、楽観もしていないって感じか。
「お前たちは、ここで待っててもいいぞ。俺だけ、中に入って見てくる」
もしかして、ここも川になってて、山の反対と繋がっていたりな。
それじゃトンネルじゃないか。
「私も行く!」
「妾もじゃ!」
「ウチも行くにゃ! トラ公だけ、ここで待ってればいいにゃ」
「俺だって行くに決まってるだろ!」
決定だな。アイテムBOXから、LED投光器とモバイルバッテリーを出した。
この投光器は、いつぞやの洞窟蜘蛛以来の出番だな。
青い光で岩肌を照らしながら、2艘のゴムボートでゆっくりと進入を開始する。
日が入ってくるのは入口だけで、中は真の暗闇。
洞窟蜘蛛がいた、あの洞窟もこんな感じだったな。
あそこにも魔物がいたし、ここにも居る可能性はあるが――ベルをチラ見しても、警戒している様子はない。
そのまま100mほど進むと行き止まりで、ライトの光に照らされた砂浜が見えてきた。
「おおっ! 船をつけられるぞ!」
「やったにゃ!」「おおっ!」
辺りを確認しながら、ゆっくりと岸にボートを乗り上げた。
その場所で辺りを確認する。ベルも降りて、辺りのパトロールを始めたが、地面を気にしている。
なにかいるのだろうか? こういう洞窟だとコウモリなどがいそうだが確認できない。
奥のほうが高い斜面になっている砂浜。そのさらに奥にも細い通路が続いているようだが、探索は止めておく。
進んできた方向を振り返ると、出口の小さな光がポツンと見える。
「どうだ? なにか怪しい音とかは?」
「んん? なにも?」「にゃ?」
ボートから降りた獣人たちがくるくると耳を回しているが、異常はないようだ。
「砂浜に足跡もないし、引きずったような模様もないな」
「なるほど、旦那の言うとおりだな」「なにかいれば、足跡だらけにゃ」
「よし、今日はここに泊まるか!」
「うん!」
アネモネは賛成のようだが、リリスが渋っている。
「うう……」
「リリス、船の上で不自由するのとどっちがいい?」
「くく……これは究極の選択じゃの……」
「お姫様。少々恐ろしくても、地に脚をつけてなんとかできるってのは大事だぜ?」
「そうにゃ」
「解った、それもそうじゃな」
「お花摘みにも困らないしな、ははは」
リリスが怒っているが、事実じゃん。
俺はゴムボートを収納すると、LEDランタンをそこら中にばら撒き――コンテナハウスを設置するために、ユ○ボを出して整地を始めた。
水際から少々離れた場所にコンテナハウスを置くつもりだが、砂浜が傾斜しているので、水平にしないとダメだ。
作業が終了すると、アイテムBOXからコンテナハウスを出して設置。
ついでに洞窟の奥に、トイレの穴も掘った。
「やったにゃ!」
「ふ~っ、助かった……あのまま船の上で寝るのかと思ってたよ」
獣人たちの心配も、もっともだ。
「いや実は、俺も内心は困ってた、ははは」
こいつは渡りに船というか、渡りに岸だ。
暗いのが欠点だが、地に足が着くってのは、いいもんだ。
火を燃やし、テーブルや食事の準備をしていると、ベルがなにかに反応した。
「どうした? お母さん?!」
咄嗟にアイテムBOXから、獣人たちの剣や、ボウガンなどを出して手渡す。
「旦那?!」「にゃんだ?!」
「解らん!」
「「ケンイチ!」」
アネモネとリリスの声が響く。
「リリスは、家の中に入ってろ!」
「わ、わかったわぇ!」
「アネモネ、大きい爆裂魔法は使うなよ! 洞窟が崩れるかもしれん!」
「解った!」
ベルは洞窟の奥は気にしていない。なにか怪しい気配は水中かららしい。
「コ○ツさん戦闘バージョン召喚!」
重機の腕をマックスまで振り上げると天井にぶつかるが、車体には十分な高さがある――大丈夫だ。
地響きをたてて、巨大な剣を装備した黄色い車体が降ってくる。
俺はコ○ツさんの運転席に乗り込むと、エンジンを始動させた。
洞窟内に、ディーゼルエンジンの煙と、天ぷらのようなバイオディーゼル燃料の臭いが充満する。
俺は水面を睨みつけた。
「来た!」
なにかが水中を進んできたらしく、水面にさざなみが立つ。
「なんにゃ?!」
黒い水面から水しぶきをあげて出てきたのは、赤い巨大なホースのような物体。
いや、ホースというよりは、直径1mほどの土管か。
大きく開いた口から、水がザバザバと流れ落ちている。
「うぎゃー!! わわわわ!」
「管虫だにゃ!!」
獣人たちの叫び声が洞窟にこだますると、2人が大きく開いた巨大な口に目掛けてボウガンを発射した。
「むー! 爆裂魔法(小)!」
アネモネの唱えた魔法だが、魔法が発動するタイムラグで管虫が動いてしまい、攻撃は空振り。
ボウガンの矢も口の中に吸い込まれたのだが、攻撃が効いている節はない。
「シャー!」
ベルが毛を逆立てて威嚇しているが、彼女でもこいつの相手は無理だろう。
俺は、コ○ツさんに装備されている巨剣の切っ先を向けて、管虫を牽制。
巨大な赤い土管に果たして目はあるのか?
俺も一瞬考えたのだが、剣を向けられた化け物は、攻撃を躊躇しているように見える。
「ケンイチ! ゴーレムのコアを出して!」
突然響いたアネモネの声に反応して、俺はアイテムBOXから、巨大な木の十字架を取り出した。
「ほら! アネモネ!」
「うん! むー!」
砂に放り出されたゴーレムのコアが青く光ると、水際の砂を集め、大きな壁となって管虫の前に立ちふさがる。
それはいいのだが――集められた砂の中から、赤い管虫がわらわらと無数に這い出てきた。
「うぎゃー!」
「ここは、管虫の巣にゃ!」
獣人たちの全身の毛が逆立ち、完全に戦意を喪失している。
ゴーレムで防御は出来ているが、砂の塊が攻撃のために水の中に入ろうとすると崩れてしまう。
俺は、アイテムBOXから、タイマー爆弾を取り出し、起爆時間を1分ほどにセットすると、スイッチを入れた。
「ミャレー! こいつをすぐに、あいつの口に投げ込め!」
「ふぎゃー!」
獣人たちにタイマー爆弾を渡そうとしたのだが、パニックになっていて俺の声が届いていない。
「ケンイチ、私にちょうだい!」
俺から、タイマー爆弾をもらったアネモネは、ゴーレムに向かって投げつけた。
それを飲み込んだゴーレムは、大きな腕を壁から生やすと高く掲げる。
腕といっても関節があるわけもなく、砂でできた触手といってもいいかもしれない。
「ロケットパーンチ!」
ゴーレムの腕が風車のように1回転すると、砂の塊ごと、タイマー爆弾を管虫の口へ放り込んだ。
その攻撃に管虫は驚いたのか、するりと水中に顔を引っ込めた。
水面が静かになったので、相手の出方を待っていると――岸から50mほど離れた場所で水しぶきが上がり、巨大な管虫がバシャバシャと暴れているのがうっすらと見える。
「ど、どうしたにゃ!?」
「多分、腹に投げ込んだ魔法が爆発したんだろ」
「はぁはぁ……だ、旦那、やったのかい?」
目の前から管虫がいなくなったので、獣人たちのパニックも収まったようだが、毛はまだ逆立っている。
「止めを刺したほうがいいだろうか? いずれ死ぬと思うが」
「か、回復すると厄介にゃ! やってにゃ!」
「それもそうだな」
俺は、コ○ツさんを収納すると、コンテナハウスへ向かい、リリスを外に出した。
「片付いたのかぇ?」
「アネモネに止めを刺してもらう」
コンテナハウスを一旦アイテムBOXに収めた。
「皆、洞窟の奥の方へ! お母さんも!」
皆で避難をすると、アイテムBOXから透明なポリカーボネートの盾を取り出して皆で陰に入る。
安全を確認すると、アネモネに止めの魔法を頼む。
「アネモネ、爆裂魔法(中)だ」
「うん! むむむ、むー! 爆裂魔法(中)!!」
暗い水面に青い光が見えたかと思うと、オレンジ色の爆炎が天井まで焦がす。
次いで水面が真っ二つに割れて、それが水柱に変わり、白い波が黒い水面を走り岸まで押し寄せた。
洞窟内に炸裂音が反響して思わず耳を塞ぐ。
「わわわ!」
「にゃー!」
高いうねりではなかったのだが、砂浜に近づくにつれ高さを増す。
結構奥のほうまで波が押し寄せて、辺りが水浸しになる。
引き波に持っていかれないように、皆で身体を寄せ合っていると――暗く狭い洞窟内を、白い波が寄せては返して、それが徐々に小さくなった。
砂浜に置いていたLEDランタンが流されてしまったので、辺りは真っ暗だ。
「やったかにゃ?!」
ミャレーのその言葉はフラグなんだよな~。
ちょっと心配しつつ、ナイトビジョンを出して覗いても、長い物体は動きが止まっているように見える。
俺は、ゴムボートを出して、管虫の所まで行ってみることにした。
「大丈夫かぇ?」
「まぁ、おそらくは……」
シャングリ・ラから追加で、LEDランタンを購入すると、辺りに設置する。
こいつは2つで1000円と格安なので、いくら買っても懐が痛くない。
リリスの心配そうな顔に見送られつつ――船外機を回すと注意深く管虫に近づく。
LED投光器で水中を照らすのだが、爆発の影響で水中が撹拌され、水がミルクコーヒーのように濁っている。
その中に、巨大な赤い土管が半分水没した状態で漂っていた。
「これって、アイテムBOXに入るかな?」
縞々が見える管虫の赤い身体に触れて唱えた。
「アイテムBOXに収納!」
俺の言葉をともに、目の前の水中から赤い躯がなくなり、波が立った。
アイテムBOXに生き物は入らない。収納されたってことは、死んだってことだろ。
「おお~い! やったぞ!」
手を振る俺に、獣人たちが応えている。
「うにゃー!」
「よっしゃー!」
「わーい!」
とりあえず危機は去ったかな?
こんな洞窟に、こんなのがいるとは……。
ところで、これって食えるだろうか?