148話 管虫
少々のトラブルはあったが、それなりに順調な旅で、湖の周囲をずっと測量してきた。
俺も、少々お気楽な旅行感覚だったのだが、ここにきて困難にぶつかった。
湖の北側が崖になっており、そのまま湖面に吸い込まれている。
ありていにいえば、岸が存在していないのだ。
この状況がどこまで続いているのかは不明だが、俺たちは崖を測量しながら、サクラへ向かうことに決めた。
岸の砂浜が切れると、ほぼ垂直――実際は70度ぐらいの角度だと思われるが、人間が登れる壁ではない。
崖の凹みには、黒白の鳥が沢山の巣を作っており、壁が白く汚れている。
糞が沢山積み重なっていれば、元世界の南の島――ナウルのようなリン鉱石の鉱山として期待できるのだが……。
とりあえず、ドローンを飛ばして、高度100mほどまで上昇させてみる。
「ここからだと、崖の切れ目は見えないみたいだな」
「ケンイチ、すぐに湖を渡るにゃ?」
「いや、今日はもう昼を過ぎている。ここで一泊して明日の朝一で出発しよう」
「そのほうがいいじゃろうの」
そうと決まったので、砂浜にコンテナハウスを出すとキャンプの準備をする。
アイテムBOXから道具を出している俺の所へ、獣人たちがやってきた。
「それじゃ旦那! 俺たちは狩りをしてきていいかい?」「うにゃー!」
「いいぞ。何を狩る?」
獣人たちは、崖に沢山いる黒白の鳥を指差した。
「ああ、あれか……それじゃ弓か」
アイテムBOXから、コンパウンドボウを取り出すと、獣人たちに手渡す。
一緒にゴムボートも必要だろう。
嬉しそうに弓をチェックしている獣人たちを見て、ちょっと心配になった。
水の上で弓を構えるなんて不安定そうだな。
一応、念の為に――シャングリ・ラからオレンジ色の救命胴衣を購入した。
1個2000円で命を守れるなら、安いものだ。
「こいつを着てくれ」
「なんだい、この妙ちくりんなのは」「にゃ?」
「水に浮かぶ服だ。万が一水に落ちても、そのまま浮かぶ」
「ははは、大丈夫だって旦那!」「こんなの着てたら動けないにゃ」
獣人たちは、動きやすさを第一に考えるからなぁ……。
シャングリ・ラを検索すると、動物用の救命胴衣も売っている。
マジでなんでも売ってるんだなぁ……。
湖を渡るときには、ベルにも救命胴衣を着せたほうがいいだろうか?
猫は水が苦手なのは解るが、森猫はどうなんだろうな。
元世界の森に生息していた山猫やヒョウなどは、泳ぎが上手かったような映像を見たが……。
俺が救命胴衣のことを考えていると、ゴムボートに乗って獣人たちが湖に出てしまった。
そんなに遠くには行かないから、大丈夫だとは思うが。彼女たちは泳ぎも上手いし。
泳ぐときに、毛皮が邪魔にならないのかと思うのだが、それ以上にパワーとスタミナがあるからな。
俺たちは、やることもないので、半日休みだ。
砂浜にパラソルとデッキチェアを2つ出した。
テーブルも出して、飲み物――缶コーヒーを置けば、気分はもうリゾート。
ふと見れば、ベルがいないが、森に狩りに出かけたようだ。
デッキチェアに寝転がって、双眼鏡で獣人たちを覗く。
ゴムボートの上で、弓を引いているのだが、大丈夫なのだろうか?
獣人たちを観察していると、アネモネが俺の上に載ってきて、抱きついた。
「アネモネ、隣に座ればいいだろう」
「隣はリリスが座っている」
見れば、本当にリリスが脚を伸ばして座っていた。
サクラにいたときと違い、ブラウスと動きやすいズボン姿になっている彼女は、この旅を満喫しているように見える。
サクラにいるときのワンピース姿も素敵だが、ズボン姿も凛々しくて、よく似合う。
元々、王族の女性はアマランサスを始め、すごく活動的な方が多い。
王族が率先して、パンツルックを流行らせれば、国中の女性に広まるのではないだろうか。
「ケンイチ、私にも見せて」
アネモネに双眼鏡を渡すと、リリスとアネモネにも飲み物を出してやる。
オレンジジュースでいいだろう。
「どうだ? 狩りは上手くいきそうか?」
「う~ん、上を見て構えているけど……あ、ニャメナが落ちた!」
「え? ちょっと見せてくれ」
アネモネから双眼鏡をもらって、覗く。
確かに、ニャメナが落ちて、バシャバシャしている。
「こりゃ、行ったほうがいいかな?」
俺は水際に行くと、アイテムBOXからゴムボートを出して、獣人たちの所へ向かった。
数分オールを漕ぐと、獣人たちの所へ到着したが、ゴムボートの縁が潰れて凹んでいる。
ゴムボートの縁にニャメナが傷をつけたらしい。
ボートは何箇所かの区画で仕切られており、一箇所に穴が空いても全部の空気が抜けないようになっている。
「ああ、傷をつけたんで、膨らみが破れたな」
「旦那、面目ねぇ。船に上がろうとした時に、慌てて爪を立てちまって……」
「ああ構わん。すぐに直せるからな」
まぁ直すというか、別のやつを出すだけだが。
俺は、別のゴムボートをアイテムBOXから出すと、彼女たちに乗り移るように指示を出した。
「ほら、こっちの船に乗り移れ」
「これだから、トラ公はダメなんにゃ」
「うるせぇ……」
ヘマをしてしまったので、ニャメナの反撃も少々弱々しい。
2人でニャメナを、新しいゴムボートに引っ張り上げると、水で濡れた彼女の身体はペショーンとなってしまっている。
「熱い風を出す魔道具は、船の上では使えないぞ?」
彼女たちにタオルを何枚か渡した。
「手ぶらじゃ帰れねぇから、もう一度やる!」
「揺れる船の上から狙うのは大変だろう」
揺れる船の上で――南無八幡大菩薩、願わくはこの一矢をあの的に当てさせたまえ――って扇子を落としたって話もあるがな。
「いや! やる! 旦那、止めねぇでくれ」
「ウチも付き合うにゃ」
「解った解った」
潰れてしまったゴムボートをアイテムBOXに収納した。
幸い、コンパウンドボウは水中には落とさなかったようだが、もし落としても軽いから、浮かぶかな?
一応、彼女たちにも注意を促す。
「矢が船に刺さったりしても潰れるからな、刃物もダメだ。気をつけろよ」
「解ったにゃ」
狩人が本業とも言える獣人たちが、目の前に獲物が沢山いるのに、手ぶらじゃ帰れないのだろう。
俺は1人でボートを漕ぐと、岸に戻ってきた。
せっかくボートを出したので、パワーアップ用のアイテムでも探してみるか。
シャングリ・ラを検索してゴムボートに装着する船外機を物色。
多分、長距離を漕ぐことになりそうなので、文明の利器を使う。
獣人たちは、いくらボートを漕いでも平気だろうが、俺は違う。聖騎士となったとはいえ、普通のオッサンなのだ。
飯を食い続け、ナチュラル回復を使いまくれば、漕ぎ続けることも可能だろうが、パワーとスピードは如何ともし難い。
そこに船外機があれば、なにかに襲われた時に、猛スピードで逃げ切ることもできるだろう。
このボートの後ろには、船外機をつけるためのマウントも装備されている。
ここらへんの規格は統一されているはずなので、売っている船外機なら装着できるはずだ。
日本のメーカー製は4ストが多いようだが、シャングリ・ラでガソリンが売っていない。
最近は環境問題とやらで、4ストが多いのだが、ここは異世界なので環境問題は無問題。
農機具などに使う2スト用のガソリンは売っているので、2ストの船外機がいいのだが。
かといって、わけの解らん某国製とかは勘弁願いたい。
肝心なときに、エンジンがかからなくて、ホラー映画のような展開になるのは御免だ。
――主人公が、化け物やゾンビに追われている。
そこに見つけた、車やモーターボート。喜んで乗り込むのだが、鍵が見つからないとか、エンジンがかからないとかで、ハラハラさせるのがエンタメの定番だ。
それが映画ならそれでもいいかもしれないが、実際にそんな場面には遭遇したくない。
「あったぞ……2ストの船外機だ」
マー○ュリーというメーカーだ。船外機のメーカーなんてまったく知らないのだが、バイクを作っている日本のメーカーが作っているのは知っていた。
この会社はバイクメーカーではないが、日本のメーカーのようだ。
「ポチッとな」
砂の上にドシャ! と黒い船外機が落ちてきた。
船外機というと、モーターボートなどに搭載されているデカいのを想像するのだが、こいつは2馬力なので、小さい。
俺でも簡単に持ち上げられるし、このぐらいコンパクトじゃなければ、ゴムボートなどに搭載できない。
船外機を持ち上げて、ゴムボートのケツに装着。クランプで固定する簡単な方式だ。
シャングリ・ラで、農機具用のガソリンを購入して入れる。
2スト用の混合燃料は2Lで1800円――リッター900円とクソ高いが、しょうがない。
ディーゼルの船外機があれば、ラ○クルや重機に使っているバイオディーゼル燃料が使えるんだが。
あいにく、ディーゼルの船外機は検索しても売っていないようだ。
取り付けが完了したので、早速進水式だ。
船外機のケツを持ち上げて、ゴムボートを湖に入れる。
燃料ポンプを押して、チョークを引き――リコイルスターターを引けば――。
「よっしゃ!」
バイクみたいな音とともに、エンジンが目覚めた。
船外機には長い棒がついており、これで舵を取る。
棒の先にはバイクのようなスロットルがついており、こいつを回すとエンジンの回転数が上がる。
排気ガスは出ないが、水中に排出されているようで、意外と静か。
まずは慣らし運転だな。
俺はゆっくりと、湖の上を滑るように走りだした。まぁ、時速10kmぐらいだな。
それでも手漕ぎよりは数倍速い。なんといっても疲れないし。
湖面は鏡のように滑らかなので、本当に滑るようにゴムボートは進む。
あまり遠くに行かないように、ぐるぐると回っていると、水際でリリスが叫んでいる。
ゴムボートを操ると、彼女の下へ向かった。
「どうした?」
「なんじゃそれは! 漕がずに進んでおるではないかぇ?」
「ちょっと魔法で動くようにしてみた」
「なんと! 妾も乗せてたもれ!」
そこにアネモネもやって来た。
「私も!」
まぁ、しょうがない。どのみち慣らし運転はしなくちゃならないからな。
アネモネとリリスに救命胴衣を着せると、ゴムボートを走らす。
「すごーい!」
「すごいのう!」
2人の黒と金の髪の毛が、風にそよそよとなびいている。
水面を滑るように進むゴムボートに、彼女たちも楽しそうだ。
「長い間、水の上を進むことになるからな。それに、なにかに襲われても逃げられるだろ?」
「たしかにのう」
燃料が1.4Lしか入らないから、航続距離は限られていると思うが。
湖の上をぐるぐると周り、獣人たちの所へ行く。
「おおい、首尾はどうだ?」
一応、声をかけてみたのだが、ゴムボートの上に獲物がないのを見れば、お察しだ。
「くそ! 中々上手くいかねぇ」
地上と違い、足下がグラグラしている。発射する角度がほんの少しでも変われば、標的の近くでは大きな違いになってしまう。
「それじゃ弓から、クロスボウに替えるか?」
「ケンイチ、武器を変えても、さほど違いはないのではないのかぇ?」
リリスの言うとおりだが――俺がお手本を見せるために、ゴムボートに寝転がった。
「こうやってさ――船に寝転がって、照準を定めたらどうだ?」
船に寝転がれば重心が低くなるので、揺れが小さくなるはずだ。テコの原理だな。
背の高いバスより、車高が低いスポーツカーのほうが、ロールが少ない。
「それにゃ! ケンイチ、クロスボウ貸してにゃ!」
「ほい!」
俺はアイテムBOXから、装填済みのクロスボウを取り出すと、ミャレーに貸した。
「あ! てめぇ、クロ助! この裏切り者!」
「要は、手段はどうだろうと、獲物を獲った者の勝ちにゃ!」
俺からクロスボウを受け取ったミャレーは、早速ボートに寝転がって、崖の上の鳥に照準を定めた。
大きな黒白の鳥が、下の湖にいる俺たちを威嚇している。
卵か雛がいる鳥を撃つのは可哀想だが、これは娯楽ではなく、食料を取るための行為なのだ。
発射――矢が飛んでいくと、鳥の足下に当たり、驚いた鳥が飛び立った。
「あ、惜しいな」
「大丈夫、次は当てるにゃ」
ミャレーは、俺からもう一本矢を受け取ると――寝転がったまま器用に装填して、再び構えた。
今度は別の目標に、じっと狙いを定めて、再び発射!
鋭く進んだ矢が、見事に鳥に命中。黒白の大きな鳥が、岩肌を転がりながら落ちてきた。
「やったにゃ!」
「よし、俺が取ってきてやる」
船外機のエンジンをかけると、獲物が浮かんでいる場所へ行き、鳥を拾い上げた。
「大きいな、こりゃ。食いごたえがありそうだ」
「美味いのかの?」
リリスが俺の掴んでいる鳥を覗き込む。
「食ってみなきゃ解らんが、食えないことはないだろう」
色々な野鳥を食べた話を聞いても、人によって話が違ったりする。
俺の知り合いの話では、都会のゴミを漁っているハトやカラスはまずかったが、田舎のキジバトやカラスは美味かったらしい。
特に腐肉ばかり漁っているカラスは、頭がハゲてハゲタカのようになるから、すぐに解ると言っていたが、本当かどうかは定かではない。
獲物を拾って、獣人たちの所へ戻ってきた。
「ほら、大物だぞ」
「にゃー! ケンイチ、その船は魔法で動くようになったのにゃ?」
「そうそう、湖の上を長距離進むことになりそうなので、改造をした」
「ウチは、岸に戻るから、そっちに乗せてにゃー!」
「え? 4人は大丈夫かな?」
一応4人乗りだったはず――とか、考えてるうちに、クロスボウを持ったミャレーが飛び乗ってきた。
「にゃ!」
「あぶないな。ミャレーもこれを着るか?」
俺は、オレンジ色の救命胴衣を指差した。
「要らないにゃ」
やっぱり要らないらしい。
「ニャメナはどうするんだ?」
「獲るまで戻れねぇだろ!」
意地でも、コンパウンドボウで獲物を獲るつもりだ。
「それじゃ、頑張るにゃー!」
「くそ!」
ミャレーは、プライドや伝統などは関係なく、即座に判断して確実な方法を模索するタイプだ。
それに対してニャメナは、少々意固地なところがある。
ニャメナは1人で頑張ると言うので湖に残し、俺たちだけ岸に戻ってきた。
「早速、下ごしらえをするにゃー! ケンイチ、これで唐揚げを作ってにゃ!」
「おお、いいぞ! うまい肉だといいが、ミャレーはこの鳥は食べたことがあるのか?」
「ないにゃ!」
「ないのか?」
「こんな場所に巣を作る鳥は初めて見たにゃ」
確かに、他にこんな場所は――サクラの後ろにある崖が近いが、下は水じゃないしな。
ここなら外敵は、ほぼゼロだろうから、繁殖地に選んだのだろう。
アイテムBOXからユ○ボを出して、砂地に穴を掘る。
「ミャレー、ゴミはこの穴にな」
「にゃ」
ちょっと離れた場所に、今日の風呂用の穴も掘ったのだが、なにやら赤くて長い紐のようなものが見える。
重機を降りると、泥水の中に漂う、それを捕まえた。
「なんだ?」
手に掴むと、ぬるりとした手触りで、それは生きてうねうねしていた。
「おわっ! なんだこりゃ」
「んにゃ?! ふぎゃー! ケンイチ、それが管虫だにゃ! こんなところにもいるのにゃ!」
「え? これがか!」
頭には丸い口が開いていてギザギザの歯が見える。
この顔は、俺の地元にいたヤツメウナギを思い出す。
動き回る縞々の赤いボティ――うなぎというよりは、巨大なミミズだな。
サクラの周辺でもいるのかな? 砂地でも見たことがなかった気がするが……。
普通は湿地帯にいるらしいから、川を登ってきたのかもしれない。
「ミャレー、これどうやって料理するんだ?」
「し、しらないにゃ! 管虫なんて食わないにゃ!」
そこにアネモネとリリスがやってきた。
「ほう、これが管虫という生き物かえ?」
「気持ち悪~い!」
リリスは、まったく動じないが――それより、こいつの料理だ。
エルフからもらった管虫の干物には、頭がなかった――ということは、頭は食えないのだろう。
アイテムBOXから、まな板を出すと、包丁で頭を落とす。
シャングリ・ラから釘を購入して、頭がなくなっても暴れる管虫の先を打ちつけた。
管虫を押さえつけると、腹を割いていくが、うなぎのように骨はないので、どこから割いても同じ。
口から尻まで一直線で繋がっているので、真っ直ぐに内臓を出していくが――1/3ぐらいは、排泄物が詰まっていた。
ここらへんは肉も臭そうなので、切り落とした。
開いたら適当な長さに切って串を打つ。見た目は赤い蒲焼き。
「それをどうやって食うのじゃ?」
「単純に焼いてみるさ」
タッパに、シャングリ・ラで買ったうなぎのタレを入れて、蒲焼きを浸す。
俺が料理をしていると、ニャメナが鳥の首を持って帰ってきた。
「おい、クロ助、旦那はなにをやってんだ? 嫌な予感しかしねぇんだけど?」
「ケンイチは、管虫を食うって言ってるにゃ」
「え?! ここにいるのか?」
「砂地の下にいるみたいにゃ」
「ふぎゃ!」
ニャメナが飛び上がった。
「おい、聞こえてるぞ~! 別にお前らに食わすつもりはないからな。その鳥で唐揚げだろ? 解ってるよ」
そのあと、彼女たちが肉の処理をして、一口サイズの肉の塊が多数できていた。
コンロと鍋を出して、唐揚げを作り始め――試しに10個程揚げて、皆で味見をしてみる。
「ぱく! う~ん、風味もいいし、臭いもないな。いいんじゃね? ――あ、あとからちょっと苦味がくるような?」
「ふむ、なるほどのう。ケンイチの言うとおりじゃな」
「でも、許容範囲にゃ」
ミャレーにしては難しい言葉を使ったな。
「これなら大丈夫だぜ! 苦味なら、エールの方が苦ぇからな」
まぁ、ニャメナの言うとおりだな。これは大人の味か。
「アネモネは? 大丈夫か?」
「うん、ちょっと苦手だけど大丈夫」
「え? 苦手なら、他の唐揚げを作ってやるぞ?」
「いいの! 皆と一緒に食べるから!」
ここで世話を焼くとこじれるから、彼女の自主性を育てる。
唐揚げ作りは、アネモネとリリスに任せて、俺が管虫の蒲焼きを焼きだした頃――。
辺りは、夕日に染まり始めていた。
炭火を起こして、蒲焼きを焼く。
いっちょ前に、ジュウジュウと白い煙といい香りが、辺りにただよう。
こんなのを食うのは初めての経験。前に食ったのは干物だったし。
一つ焼き上がったので、試しに一口食う。その様子を、獣人たちがすごい形相で見ている。
「ふむ……」
皮はパリパリ、中はコリコリというかボリボリというか……歯ごたえのある食感。
およそ当たり前であるが、これは動物の肉ではありえない歯ごたえ。
昔、食べたヤツメウナギに似ていると思うが――あれよりは美味いと思う。
「ケンイチ、美味いのかぇ?」
「まぁまぁだな、リリスも食ってみるか」
「うむ……パク! ほう! これも珍味じゃのう! 食べたこともない食感――これは肉ではないな」
「そう、肉じゃないね」
アネモネも普通に食べている。
「うん、美味しい」
「まぁ、こういう食い物だと思えば、大丈夫だな」
「うえ~っ」「にゃ~」
獣人たちが嫌そうな顔をしているのだが――。
「こっちを見ながら食わなきゃいいだろ、ほれニャメナ。エールだ」
ニャメナにビールを渡すと、森の中からベルが戻ってきた。
「おお、ベル。お前も食ってみるか?」
彼女には、タレに浸けてない白焼きをやってみたが、美味しそうにボリボリと食べている。
結構グルメの彼女が食うってことは、やっぱりそれなりの美味い食い物ってことになる。
でも、森猫は管虫が平気なのだろうか? 調理したあとの状態だと、これが管虫だって解らないからな。
飯を食い終わったので、後片付けしてから、砂地に掘った穴の風呂に浸かる。
風呂から上がったあと、もう一つコンテナハウスを出した。
今日は、アネモネと一緒であるが、もちろんするわけではない。
最近、あまり彼女の相手をしてあげられないので、少々拗ねぎみだ。
シャングリ・ラで買った、女の子用の服を着せたりして、彼女のご機嫌を取る。
「おお、可愛いじゃないか」
彼女に着せたのは、黒いワンピースで、裾がレースになっているもの。
魔女っ子らしくていい。これで、大きな帽子と杖を持っていたら、本当に魔法使いだ。
この世界の女性の服は基本がワンピースだからな。但し獣人たちはのぞく。
「でも、こんなので冒険できないし」
「街とかで着ればいいだろ?」
「私は、ケンイチと冒険がしたいの!」
「でも、いつまでもそんなことをしていられないし……とか俺の言うセリフじゃないな」
不満は色々あれど、ワンピースは気に入ったらしいので、アイテムBOXにあるアネモネ用のフォルダに入れる。
その間に彼女は、ピンク色の寝間着に着替えて、俺の腹の上に載ってきた。
俺はシャングリ・ラを見ているのだが、アネモネには見えていない。
無防備な俺に彼女が抱きつくと、不意に唇を重ねてきた。
「ちょっとアネモネ……」
俺は、突然の彼女の不意打ちに固まった。
まったく、アラフォーのオッサンが12歳にしてやられるなんて。
「ケンイチが、ちっとも口にしてくれないから!」
「ふう……解ったよ。チューだけは認める」
「やったぁ!」
そうは言っても、唇を軽く触れるだけである。
それで彼女の機嫌が直るならよしとしよう。