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147話 異世界の食材


 俺たちは、エルフの集落で2泊3日の休日を過ごした。

 ゲットしたのはエルフからもらった翻訳の指輪。

 これを商売として大幅なマイナスと捉えるか、レアアイテムゲットのためのイベントとして捉えるかは、人によるだろう。

 損得抜きにして、エルフたちと友好関係を結べたのは大きい。

 オッサンが無理をして、政治家っぽいこともしてみたぜ――という感じだ。


 湖から川を2日ほど下ってきたのだが、上りは流れに逆らうので、3日ほどかかり――。

 俺たちはマスを獲った川の入り口に戻ってきた。

 もちろん、途中で獣人たちが乗り捨てたゴムボートも無事に回収した。


 湖の入り口に戻ってきたが、右の岸はやって来たときにキャンプした地点。

 当然、俺たちは先に進むので、左の岸にボートをつけた。

 川を渡るために、随分と遠回りをしたことになる。

 暗くなってしまったので、コンテナハウスを出して飯の準備をするが――どうも獣人たちの様子がおかしい。


「旦那~、俺らは魚を獲るから、飯はいらね」「そうにゃ」

「どうしたんだ?」

「……旦那、絶対にあの蜂を食べるつもりだろ?」

「よく解ったな」

「ぎゃー! 俺らは魚を食う!」「にゃ!」

「別に無理に食わせるつもりはないぞ? 嫌なら、レッサードラゴンの肉もあるぞ?」

「いや、魚が沢山いるんだ、魚を食うよ」「そうだにゃ~」

 どうも獣人ってのは、食に関しては保守的なようだ。

 獣人たちは香辛料が好きだからカレー粉をやろうか――それとも――。

 シャングリ・ラを検索すると、良さげなものを見つけた。

 タンドリーチキンスパイスである。各種スパイスが混合されており、鶏肉にふりかけて焼けばタンドリーチキンになるという代物。

 これが、焼き魚に使えないだろうか?


「それじゃ香辛料だけやるよ。ふりかけて焼けば多分香辛料料理になるぞ。それから、カレーの粉な」

「それは、もらっておくよ」

 ミャレーとニャメナがスパイスの袋を開けて、匂いを嗅いでいる。


「う~ん、いい匂いにゃ!」

 あちらは獣人たちに任せて、俺は蜂を料理しよう。

 蜂の子の安全性は、エルフたちが食べていたことで、保証されているしな。

 洞窟蜘蛛の卵のときのように、安全性の試験をしなくても問題ないだろう。


「アネモネとリリスも、無理して俺につき合うことはないんだぞ?」

「エルフの里で食べたスープは美味だったのぅ。あれから察するに、不味いということはないはずじゃ」

「そうだねぇ」

 アネモネも一緒に食べるらしい。意外とチャレンジャーだ。


「だって冒険に行って、現地のものが食べられないんじゃ、苦労するでしょ?」

「そりゃそうだな」

 元世界の外国人は、祖国以外の飯で苦労するらしいが――日本人は、どんな料理でも食えるところが強みらしい。

 まぁ、とりあえずなんでも食うしな。


「それに、なんにも食べられなかった前に比べたら、食べられるだけ凄いもん」

 アネモネはロクに飯も食えなかったらしいしなぁ。


「アネモネみたいな大魔導師が、才能を発揮できずに餓死寸前とか、なんというこの世の損失。この世界の不条理もここに極まれりだな」

「そうだのう――まつりごとを司る身分に身を置いていた妾からすれば、肩身が狭いわぇ」

 家族と話していると、ベルがやってきた。


「にゃー」

「お母さん、今回は助かったよ」

 彼女の毛皮をなでてやり、高級猫缶をプレゼントする。


「ほんにのう――森猫というのは、不思議な生き物じゃの」

「そりゃお姫様、神様の遣いだからさ」「そのとおりにゃ」

「にゃー」

 ベルが、顔をあげてドヤ顔をしている。


「エルフたちの中でも、森猫はそんな立場だったな」

 彼らの様子からみても、意思の疎通ができるようだったしな。

 逆に、獣人たちでも犬人たちは、それから外れるようだ。

 犬人たちは、黒狼を神様の遣いと崇めている。

 猫人たちが森猫と意思疎通できるように、彼らは黒狼とそれが可能なのかもしれない。


 それはさておき料理だ――白いぷよぷよの卵の中身を出してマヨネーズを作る――定番だな。

 長さ50cmほどの楕円形に穴を開けて、中身をボウルに出す。

 アネモネの魔法でかなり熱を加えたと思ったが、中身はどろりとして完全には固まっていない。

 固まっている所は焼いて、ドロドロの部分だけをマヨに使う。

 

 ドロドロにリンゴ酢とオリーブオイル、調味料を足して、ハンドミキサーで撹拌する――蜘蛛の卵のときと一緒だ。

 味見をする――「お、美味い」

 蜘蛛の卵より、味が濃いような気がするな。

 余った材料はアイテムBOXに収納した。


 続いて、幼虫を切って中身を取り出し、ハンドミキサーで撹拌。

 玉ねぎや人参、じゃがいもなどを、アネモネの魔法で火を通してもらい、一緒にハンドミキサーで混ぜる。

 幼虫の中身はタンパク質だ。これだけでは旨味はないので、だしの素を投入した。

 塩で味付け――ポタージュの完成だ。


「あ~旦那が何かやってるぜ……」「見ないようにするにゃ」

 獣人たちは無視して、指で少し舐めて味見をしてみる。


「うん、こんなもんだ」

 デザートも作ってみよう。

 蜂の卵に、砂糖と牛乳を入れて、バニラで香りつけ。飯を食べている間に蒸して、プリンにしよう。

 テーブルの上に蜂料理が並ぶ。

 蜂の幼虫と野菜のポタージュ、蜂の卵焼と蜂のマヨネーズがけ、そしてアネモネの焼き立てのパン。


「すごーい! 蜂だって言われないと解らないね」

「その通りじゃの。このままテーブルに出されたら、誰も蜂の子が材料だと思うまい」

「うわぁぁ……」

 ニャメナがカレー粉をかけた魚を持ったまま硬直しているが、無視する。


「ふむふむ、やっぱり蜘蛛の卵より、味が濃いような気がするな」

 卵焼きを食べる。見た目は白身焼みたいな感じだが、味は濃い。

 蜂の卵には黄身がないので、全部が渾然一体だ。マヨネーズソースが合う。


「蜘蛛のは卵が大きいので、大味なのであろうか?」

「そんなことはないと思うが……」

 蜘蛛より、蜂のほうが食料に利用されているので、蜂のほうが美味いということだろうか。

 元世界だと蝉も美味いと言われていたが、この世界に蝉らしき昆虫はいない。


「このスープは、濃厚じゃがホッとする味じゃのう」

「美味しい!」

 タンパク質が十分に入っているので、濃厚だが高タンパク低カロリー。

 動物の肉や魚の身をドロドロになるまでミキサーにかけたら、こんな感じだろうか。

 プロテインもいらないから、ボディビルとかにピッタリだな。

 上手いことタンパク質を分解してアミノ酸にできれば旨味は増すと思うのだが……。

 そういえば、エルフのスープは美味かったな。

 なにか魔法でも使っていたのだろうか?


 ポタージュを啜り、元世界の味を思い出した。

 ドロドロ濃厚系のラーメンスープの味に似ている気がするが、脂身はない。

 それにあれには化学調味料が沢山使われていたはずだ。


「リリスは卵が好きだから、卵焼きが沢山食べられていいな」

「うむ、これは美味いし、他の料理にも合いそうじゃな」

 食事が終わるころ、プリンも蒸し上がったので、アネモネの魔法で冷やしてもらう。


「むー冷却(リフリジレイション)!」

 茶碗に入っているので、一見白い茶碗蒸しだが、これはプリン。

 なお、俺が嫌いなのでカラメルはないが、生クリームを乗せてみた。

 一口食う――卵プリンは卵臭さがあったりするのだが、これにはまったくない。

 ただひたすらに濃厚なプリンの味。


「おお~、普通に美味いな」

「ケンイチ、これをもっと作って!」

 アネモネも気に入ったようだ。


「これは素晴らしい。お菓子としても1級品じゃ。それに、城にいてはこんなものは絶対に食えん!」

「まぁな。普通の人は森の奥深くに入って、蜂と戦ったりしないし」

「旦那ぁ……戦うやつはいるかもしれないけど、蜘蛛や蜂を食おうなんてやつはいないと思うぜ?」

「そうだにゃー」

「ウチの教義はな、とりあえず食えそうなものがあったら、食ってみるんだよ」

「じゃが、危険なものもあるじゃろう?」

「そうだなぁ、キノコはヤバイやつが多いから、かなり慎重にならないと……」

 なにせ異世界、普通のキノコに似ていて、カエンタケクラスのヤバイのがあるかもしれないし。


「本当はもっと慎重なんだぞ? 蜂はエルフが常食しているようだったので、安全性が確保されていたわけだし」

「なるほどのう」

 飯を食い終わったので、食器や道具を片付けて、コンテナハウスに入る。

 ここ数日、俺がエルフと一緒に遊んだことについて――アネモネとリリスに色々と言われていたが、やっと機嫌が直った。

 明かりを点けた部屋の中、縦に並んだベッドの上に皆で寝転がる。


「けど旦那~。エルフなんかと付き合ってどうするのさ」

「彼らには、豆や木の実の苗を渡してきた。彼らが上手く栽培できれば、交易ができる」

「あんな排他的な連中が商売をするかにゃ?」

「物資は欲しいみたいだったからな。森の中で暮らすエルフだって、物は必要だ」

「そなたにも利点があるということかぇ?」

「もちろん、彼らは先史以前からここに住んでいて、この世界について詳しい。その情報は重要だ」

「いままでそのようなことは考えてみなかったわぇ……」

 エルフは魔法にも詳しいし、全員が魔導師だからな。


「エルフの魔法で、アネモネの魔法にも磨きがかけられるかもしれない」

「うん!」

 アネモネが抱きついてきたので、頭をなでてやる。


「帝国の魔女もおるしの」

「まぁ、無理強いはするつもりはないよ。アキラと揉めると、本当に厄介なことになりそうだし」

「ああ、いるいる。味方なら最高だけど、敵に回すと厄介なやつってのが」

 ニャメナがベッドでゴロゴロしながら、しっぽをうねうねさせている。


「そうだにゃー」

「にゃーん」

 ベルがベッドの上に載ってきて、俺に身体を擦り付ける。

 彼女にもそういう相手がいるようだ。


 さて、明日からまた測量の日々が始まる。

 皆との冒険に備えて寝ることにした。


 ------◇◇◇------


 ――次の日の朝。簡単に食事を摂ると、測量へ戻る。

 ずっと砂浜が続き、車での移動が可能で、順調な測量が続く。

 ずっとこんな感じなら、楽ちんですぐに終わるのに。


 そのまま3日ほどかけて、約40kmの地図を作成した。

 夜には砂浜に重機で穴を開けて露天風呂に浸かる。

 上を見上げれば満天の星。その光景はまさにスローライフといえる。

 その雰囲気を満喫する俺の周りには裸の美女たち――異世界万歳。


 すっかりとご満悦の俺だが、いいことばかりではない。

 たまには別の部屋を用意して、彼女たちの相手をしなくてはならない。

 俺の秘密のノートに、ナニした回数などを記録して、不平等にならないようにしなくては。

 ナニしたプレイを記録なんて変態っぽくて嫌なのだが、これは必要な行為。

 今日も、ちょっと離れた場所に2つ目のコンテナハウスを出して、そこでリリスと色々とする。

 このコンテナハウスはマジで便利だな。もっと早く気がついていれば……。

 あれやこれやとしたあと、ベッドに裸で寝転がるリリスによると――。


「女たちには、なるべく公平に接するがよい」

 彼女は、多数の女性たちを抱える王侯貴族の事情に詳しい。

 不平等にすると、女性たちの間に軋轢が生じることも多いという。


「ということは――数を増やすと、必然的に回ってくる回数が減るから、女性たちに不満が積もる」

「ゆえに! 数をこれ以上増やすなと申しておる!」

「多分……」

「多分じゃと? まさかそなた、エルフの女子おなごどもにも、なにか約束したのではあるまいな?!」

 彼女が身体を起こすと、裸のまま俺に詰め寄ってきた。


「約束というか――交易がしたいのなら、屋敷まで来いって言ったけどね」

「むう……やはり、ケンイチのものを、ここで噛み切っておくべきか……」

「そんなことをしたら、子供ができなくなるだろ?!」

「ふん! パクっ!」

「あいたたたた! ちょっとリリス」

「ふがふがふがぁ~!」

 ちょっと洒落にならないぐらいに痛い。やむを得ず頭を撫でて、聖騎士の力を使う。


「ふぁぁぁぁ! ケンイチ! そなた卑怯であろう!」

 リリスが俺から離れた。


「そんなこと言っても、痛いからさ」

「ふぁっ! まつがよい! ああっ! そなた、困ったことがあると、聖騎士の力で誤魔化そうとしおって!」

 いくらナチュラル回復ヒールで治るといっても、噛みつかれるのは勘弁。


「俺の力なんだから、自由に使ってもいいだろ?」

「あああっ!」

 とりあえず、リリスがぐったりと静かになったので、彼女を抱き寄せて寝ることにした。


 ------◇◇◇------


 ――次の朝。リリスを起こすと、2つ目のコンテナハウスを収納して、皆の所へ行く。

 夕飯の道具が出しっぱなしだったので、アネモネがパンを焼いてくれていた。


「おはよ~」

「旦那、おはようさん」「おはようにゃ~」

 ベルが俺の足下にやって来た。


「ベルもおはような」

「にゃ~」

「「……」」

 アネモネとリリスの機嫌が悪い。


「なんだよ、今度はアネモネの機嫌が悪いのか」

「ふんだ、リリスと仲良くすればいいでしょ?」

「そんなこと言うなよ~、今日は一緒に寝てあげるからさ」

「……」

 アネモネとリリスのご機嫌を取ろうとしている俺を、獣人たちが笑っている。


「旦那も大変だねぇ」「そうだにゃ~」

 今日の朝は、インスタントスープと、アネモネのパン。主役はハムエッグにしてみた。

 そういえば、エルフからもらった干物を忘れていたな。

 それをアイテムBOXから出してみた。


「管虫だって言ってたな」

 縞々の身体で赤茶色の細長い生き物だ。虫って言ってるが、虫かは分からん。

 元世界で見たもので近いと言えばミミズだが、環形動物は虫じゃないし。

 ゴカイなども、みんな総称して虫って言ってるけどな。


「普通、そいつらは湿地帯にいるにゃ」

 説明してくれるミャレーは平気かと思ったのだが、やっぱり嫌な顔をしているので、苦手のようだ。


「へぇ~。ニャメナはどうだ?」

「旦那、やめてくれ……」

 ニャメナが、げっそりとした顔を見せる。

 どうも細長いものが、あまり好きじゃないみたいだな。


「それじゃ蛇は?」

「旦那ぁ……飯時に蛇の話は止めてくれよ……」「そうだにゃ~」

「そういえば、ミャレーも蛇は嫌いだったな」

「もう、身の毛がよだつにゃ」

 猫みたいに毛が逆立つらしい。人間でいう鳥肌状態だ。


「ミャレーは、クラーケンは平気だったみたいだが」

「あのぐらい大きくなると、蛇っぽくないにゃ」

 ミャレーはそう考えるのだが、ニャメナはダメらしい。

 獣人たちはダメなようだが、せっかくエルフたちがくれたんだ。

 とりあえず、どんなものか食ってみるか。

 彼女たちの料理を食べた感じから、そんなに俺たちと味覚がかけ離れているとも思えんし。


「干物だが、味はついているのかな?」

 俺は、干物を少し折ると、口に含んでみた。


「ひゃ!」

 ニャメナが、すごい顔をしてこちらを見ている。

 固いが、噛んでいると唾液で柔らかくなる。やはり塩で煮てから乾燥させているようだ。

 脂身のないサラミみたいな感じだな。


「ふむ……結構美味いな」

 これは、普通に食べてもあまり美味くないのかもしれない。

 乾燥させたことで、管虫の身体を構成しているタンパク質が分解されてアミノ酸に変化したのだろう。

 その美味さに納得の俺だが、日本人なら醤油と生姜、ニンニクで煮込みたいところだ。

 今度、管虫を捕まえたら挑戦してみるか。

 ベルが、ねだってきたので、あげてみる。

 あまり塩辛いものは、動物にはよろしくないのだが。

 干物をもらったベルも美味しそうに食べているので、彼女も好きな味のようだ。


「どうだ、リリスも食ってみるか?」

「うむ」

 リリスは、本当に美味けりゃなんでも食うタイプだ。


「俺は結構好きな味だが」

「ほう! これは珍味じゃのう!」

「そりゃお姫様、王侯貴族が管虫なんて食うはずがないよ」「そうだにゃ」

「ケンイチ、私も食べてみる」

 アネモネにも少し渡してみると、彼女はおそるおそる口に運んでいる。

 リリスがなんでも食うので、対抗意識があるようだが、無理をする必要はないと思う……。


「管虫なんて、街でも見たことがなかったが……」

「壷に入った塩漬けなら売っていると思うよ」

 塩漬け――まるで塩辛だな。


「臭いから、食うやつは限られてるにゃ」

 やっぱり臭いのか――塩辛とかアンチョビみたいな感じか。魚醤ならぬ虫醤だな。

 そんなものがあるのに、調味料として使われているのは見たことがなかったな。

 もったいない。

 俺はあることを思いつき、シャングリ・ラからイカの塩辛を買ってみた。

 1瓶1200円もする、ちょっと高いやつだ。


「ポチッとな」

 テーブルの上に広口の蓋がついた小瓶が落ちてくる。


「なんにゃ?」

 俺は蓋をとって中身を獣人たちに見せた。


「塩漬けってこんなやつだろ?」

「うわわぁ! なんで旦那は、そんなのまで持っているんだよぉ!」

 ニャメナの反応を見るからして、管虫の虫醤も似たような感じらしい。

 恐れおののく獣人たちを尻目に、リリスの目が輝いている。


「ケンイチ、それも美味いのかの!?」

「え~? いや、俺は好きだけど――好き嫌いがでる食べ物だぞ?」

「そなたが食べているのなら大丈夫であろ!」

「どうかな?」

「美味いから、そのようなものが、わざわざ作られておるのじゃろ?」

「そうとも限らないのが、面白いのだが……」

 どうしても食いたいようなので、食わせてみる。まぁ納豆とかよりは、平気だろうと思われるが。

 パンに塩辛を塗って、その上にシャングリ・ラで買ったチーズを載せる。


「アネモネ、これを魔法で少し温めてくれ」

「うん、温め(ウォーム)!」

 すぐに黄色いチーズが、パンの上でとろけた。


「おお! 黄色いのはチーズか」

 目を輝かせたリリスが、俺からパンを受け取ると、大きな口を開けてパクリとかじりついた。


「そんな食べ方をしたら、マイレンにお小言を言われるな」

「――ほう! これはなんという、深みのある味わい!」

 リリスがパンの上のチーズと塩辛をじっと見つめている。


「臭いはどうだ?」

「確かに癖はあるが、それを言えばこのチーズも十分に臭いからの」

「苦手なやつも多いんだけどな」

「下賤の食べ物と決めつけて、このような珍味を逃すとは――気取った王侯貴族は人生を無駄にしておるのう」

 塩辛は、アキラも食いたがるかもしれないな。

 あのクラーケンが塩辛に使えるかもしれないし、管虫も上手く調理すれば塩辛になるかもな。

 工夫すれば和食に使えそうな食材が色々と見つかるな。

 リリスに対抗していたアネモネだが、お姫様の大食らいについていけずにギブアップ。

 まぁ、しょうがない。


 食後、俺はちょっとしたイタズラを思いつき、シャングリ・ラからあるものを購入した。


「リリス、たまにはまずいものを食べてみるか?」

「まずいもの? なんじゃそれは」

 俺が取り出したのは、黒い飴。


「お菓子だよ。わざわざ作っているなら美味いものに違いないと、リリスが言うからさ」

「そのとおりじゃ、まずいものをわざわざ作って、商売にすると言うのかぇ?」

「まぁ、食べてみなよ」

「どれ」

 俺から黒い飴をもらったリリスが、それを口に入れて固まった。


「……」

 あまりの不味さの衝撃に言葉も出ないらしい。


「な、なんじゃこれは! 毒ではないかぇ?」

「毒ではないよ。そんなのリリスに食わせるはずがないだろう」

「くくく……たとえようのない味なのに、なぜか唾液が止まらんのは……なんと奇っ怪な……」

「吐き出しても構わんぞ?」

 俺の言葉に、リリスが必死に耐えている。


「い、いや、王族たる者、このようなことぐらいで動揺してはおられん、しかし……信じられん」

「まずいものを、わざわざ作るということがだろ?」

「そうじゃ! わざわざこのようなものを……」

「ところがな、これが癖になって、愛食するやつもいるんだよ」

「なんということじゃ――また世界が広がったぞぇ?」

 皆も食いたいというので食わせたが、口に入れた途端にフリーズ。

 獣人たちは口からだらだら涎を垂らしている。

 吐き出しはしなかったが、相当まずかったらしい。


 朝飯を食い終わった俺たちは、飯の片付けをしたあと、コンテナハウスを収納して再び測量を始めた。

 獣人たちに先行してもらい、方位と距離を測り地図に書き込んで、車で移動。

 ずっと続く砂浜で作業は楽ちんだが、湖の北に近づくと徐々に岩肌が見えてきた。

 高さ800~1000mの山が岩肌を晒して、直接湖に浸かっており、崖のようになっている。


「湖の北側は結構険しそうな地形だなぁ」

 双眼鏡を出して崖を覗く。


「あの様子だと、ケンイチの召喚獣どころか、歩く場所もなさそうじゃの」

「うわぁ……あ! ケンイチ、鳥が沢山いるよ」

 アネモネとリリスにも双眼鏡を覗かせた。

 崖の窪みには、黒白の鳥が沢山巣を作っており、繁殖地になっているらしい。


「数日間、ずっと船で移動して平気だろうか」

「へへへ、獲物には困らないと思うけどな」

「そうだにゃ~」

 獣人たちは楽観的だが、あそこは地上ではなくて、水上だ。

 なにもかも勝手が違う。


「小さな船の上で狩りなんてできるのか?」

「大丈夫だよ旦那! なんとかなるって!」

「そうは言うけど、水の上で暗くなったら、船の上で夜を明かすことになるんだぞ?」

「うむ、そうなると、この前の化け物などに狙われたら、逃げ場がないのぉ……」

 リリスの言葉を聞いたニャメナの表情が変わった。


「旦那! あの化け物はやっつけたんだよな?!」

「まぁ、痛めつけたんで、あいつは手出ししてこないと思うが、他の仲間がいるかもしれないし」

「う、嘘だろ?」

「もう、ケンイチも、トラ公も心配性にゃ! 大丈夫にゃ!」

 ミャレーの根拠のない自信もすごいが、基本日本人は心配性なところがある。

 やっぱり災害が多かったからだろうか。

 この事業に危険を伴うことは理解しているが、地図を作り領地を把握するという、貴族の仕事もある。


「う~ん……」

 悩む俺の所に、ベルがやって来た。


「にゃー」

「そうだ、こういうときは、我が領の重鎮。お母さんに聞いてみよう。どうだ? お母さんは危険があると思うか?」

「にゃー」

 普段と変わらない彼女の様子に、俺は決心した。


「よし! 湖の北側を船で横断するぞ!」

「やるにゃ! トラ公は、反対回りに、引き返してもいいにゃ」

「ここまで来て、引けるかよ! 俺も行くぞ」

「怖いのに、無理をしなくてもいいにゃ」

「うるせぇ!」

 ニャメナとミャレーが、俺の周りをぐるぐると回りはじめた。


「アネモネとリリスも、危ないことに巻き込んじまったら、ゴメンな」

「もう十分に巻き込まれておるから、今更じゃな。危険を承知でついてきておるのじゃし」

「ケンイチと冒険するんだから、いいの! 私の魔法で助けてあげるんだから!」

「それじゃ頼むぞ」

「うん!」

 アネモネもすっかりと、たくましくなったなぁ。

 オッサンの俺は、これ以上変わりようがないし。


 俺は家族を連れて、湖の北側をボートで渡る決断を実行に移すことにした。

 

 

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