145話 エルフの文化
俺たちは森の深淵にある、エルフの集落にたどり着いた。
俺が思っていたとおりに、彼らは金髪で背が高くて身体が細い。耳が長くて、美男美女揃い。
空想と現実が違うところは、少々馴れ馴れしいところか。
基本的に排他的な種族なのだが、一度中に入ると、それが一変する。
――エルフの集落で、初めての朝。
ベッドから起きると、窓からエルフたちが覗き込んでいた。
「うわぁ!」
ガラス窓にへばりついて、ゾンビ映画みたいになっていて、焦る。
どんだけ物珍しいのか。
一応、鍵をかけて寝たので、中には入ってこれなかったようだ。
エルフの家は、ゴザみたいな布ペラ一枚だったからな。あれじゃ防犯もあったもんじゃないと思うんだが、どうなっているのだろうか?
なにか、魔法の結界のようなものを使うのかな?
ドアにへばりついているエルフたちをどけて、外に出る。
「ふぁぁぁ!」
大きな伸びをすると、辺りの景色を眺める。
夜に到着したので、辺りの様子は解らなかったが、集落のすぐ側に湖が迫っていた。
朝日がキラキラと湖面に反射して美しい。集落の状態も把握できたが、皆が草でできた掘っ立て小屋。
族長の家が一番立派だったのだが、それでも掘っ立て小屋には違いない。
これで十分なので、自分たちで家を建てて暮らしているのだろう。
ちょっと離れたところでは、湖の魚を使って干物を作っている女性の姿も見える。
俺のところに集まっているのは、仕事のない連中なのだろう。暇を持て余しているようだ。
俺のことが珍しいのか、10人ほどのエルフの男女に囲まれた。
「王国の貴族なんだって?」
「ああ、ハマダ辺境伯だ、よろしくな」
「なんだか全然貴族っぽくないね。只人の貴族ってのは、もっと偉そうにしているじゃない」
「そうそう、すぐに干からびて死んじゃうのにね」
まぁ、エルフの寿命からすれば、そう見えるのも当然だろう。
「エルフのことはよく知らないのだが、寿命はどのぐらいあるんだ?」
「え~? 只人の暦で1000年ぐらいじゃない?」
「そうそう……」
やっぱり、とんでもなく長生きなんだな――ということは、ここにいる連中は、爺婆ばっかりか。
こんな生活を1000年……気が狂いそうだが、それは価値観の違いだろうか?
「家も自分たちで建てているのか?」
「もちろん、皆で建てるんだよ」
近くにいる――金髪のショートボブが朝日に輝く、エルフの女が教えてくれる。
女性も皆スレンダーで、巨乳って感じの女性はいないようだ。
髪の毛は――長い短い、編み込みと色々といるが皆金髪。
「そのエルフの服も、自分たちで織るのか?」
「そう、青や緑が綺麗でしょ?」
自分たちで織って染色して、刺繍もするらしい。
何百年も同じことをやっているので、どんなことでも自然とベテラン職人真っ青になるのか。
「あそこで干している魚は、マスか?」
「う~ん、只人がなんて言っているのかは、知らないから……」
俺は、アイテムBOXに入っていた虹マスを出した。
「これじゃないのか?」
「あ、そうそう。これ!」
「俺の領でも、燻蒸した干物を作っているぞ。確か、サンプルが残っていたはずだ」
アイテムBOXのリストを探す。容量に制限がないので、なんでも詰め込みすぎだ。
多少整理したほうがいいのかもしれない――といいつつ、後回しになっているが。
俺は、アイテムBOXからスモークサーモンを取り出した。
「ほらこれだ。中々美味いぞ?」
「ええ? これって生じゃん?」
「干物にして、燻蒸してあるから、半分生って感じかな。あちこちの街に売ってるけど、事故ったことはないよ」
アイテムBOXから包丁を出して、ちょっと切ると口に入れてみせる。
「ええ~? なに? この包丁すご~い!」
スモークサーモンじゃなくて、包丁に食いついたのかよ。
「凄い綺麗! これって鉄の一枚板から切り出したの?」
「まぁ、そんな感じだな」
俺が出したのは、元世界でも使っていた、シャングリ・ラでも安いステンレス包丁だ。
ブレードの部分と柄が一体型になっている。
「すごーい!」
「この金属はドワーフに作らせた特殊なもので錆びにくい」
もちろん大嘘だが――包丁を見るエルフたちの目が、きらきらと輝いている。
「ほしけりゃ何本か卸すが――」
「ここには王国の通貨はないし……」
「女なら身体で払ってくれてもいいぞ――なんてな」
「ええ? どうしよっかな~」
ほんの冗談のつもりだったのだが、女たちが赤い顔でもじもじしている。
そういうのに、あまり垣根がない種族なのだろうか?
エルフの細長く、しなやかそうな身体が目に入ってくると、それに気がついているのか、あからさまに扇情的なポーズを決めてくる。
森の中で、一時のアヴァンチュールも悪くない――そんなことを考えていると、後ろから声がした。
「ほう? 朝から面白い話をしておるの?」
不機嫌な顔をして、コンテナハウスから出てきたのは、ピンク色の寝間着を着たリリスだ。
「おはようリリス。冗談だよ」
「どうだかのう……まぁ、女を手篭めにするのも貴族の嗜み。別に否定はせんが」
「手篭めとか人聞きの悪い。普通に商品の対価としての話だよ」
「ふん」
否定はしないが、怒るということなのだろう。
もちろん家族がいるここで、エルフに手を出すつもりも毛頭ないが。
周りにいたエルフは、リリスの姿を見て相槌を打った。
「ああ~、なるほどねぇ。貴族様は、そういう趣味なのねぇ」
「おい、待て待て。そういう趣味って、どういう趣味なんだよ。王国じゃ彼女ぐらいの年齢で嫁ぐのは普通だぞ」
「ええ~?! すごく小さく見えるのだけど、そんな歳になってるのぉ?」
どうも、エルフの目には、リリスがすごい子供に映るようだ。
「もちろんだ。彼女ぐらいの歳で、子供を生むのも普通だぞ」
元世界の常識からすると、かなり若いのだが、ここだと普通らしい。
平民でも貴族様でも、結婚して子供がいる男女も多い。
「本当? もう1人小さい子がいたんだけど、あの子はどう見ても子供でしょ?」
「彼女は魔導師で、そういう関係ではない」
「魔導師なの?!」
「爆裂魔法を使う、うちの大魔導師様だぞ?」
アネモネの話をしていると、彼女も目を擦りながらコンテナハウスから出てきて、俺に抱きつく。
それを見た、リリスも俺に抱きついてきた。
「……」
エルフたちの疑いの眼差しが、一斉に俺に向く。
「うっ」
その時、コンテナハウスのドアが開いて、獣人たちも起きてきた。
「旦那、おはよう!」「にゃー!」
ドアの開いた隙間から、ベルが出てきて、俺の脚にスリスリを繰り返す。
「獣人や、森猫まで一緒に寝て……」
「う~む、只者ではない」
男女のエルフたちが、腕を組んで俺を見ている。軽蔑の眼差しなのか、それとも尊敬なのか、微妙に判断しかねる顔をしている。
俺は言い訳が難しいと感じて、説明するのを諦めた。
「エルフたちは、なんと言っておるのじゃ」
当然、俺とエルフたちの会話は、家族には理解できない。
「欲しいものは沢山あるみたいなんだけど、対価がないから――と言っているんだよ」
「それで? 対価にエルフたちの女をいただこうと思ったのかぇ?」
「別に俺から提案したわけじゃないぞ」
まぁ、最初に冗談めかしたのは俺だが。
「確かに、エルフが王国の通貨を持っているはずがないからの。身体を対価にと考えても致し方ない」
「そうなんだよ」
「別に――妾は構わんぞ? 他種族との交渉が上手くいけば、それに越したことはない。戦などになるよりは遥かにましじゃ」
「さすが、政をする王家の姫だなぁ」
「じゃが! 理解しているつもりだが、納得しているわけではないのだぇ?!」
リリスが怖い顔で俺を睨む。怒った顔は、アマランサスに似ているかもしれない。
さすが親戚だ。
「そんなに目を吊り上げなくても解っているよ。他になにか対価があればいいんだけどね~」
「別に吊り上げてなどおらぬ!」
「他種族や、他国との友好関係を結ぶために、女を贈るなんて普通にあることだろ?」
「それは……そうじゃが……」
「女は贈らず、俺の身体一つで済むものなら、安いものじゃないか」
「それとこれとは話が違うと思うがの!」
リリスが怒って横を向いてしまったので、抱き寄せてなだめる。
それを見たエルフたちが、またひそひそ話をしている。
「アネモネ、着替えて飯の用意をしよう。パンを焼いてくれ」
「うん」
アイテムBOXから道具やテーブルを出すと、それも物珍しいのか、エルフたちが集まってくる。
こんな光景は滅多にないので、カメラを出してエルフたちを撮影してみた。
エルフたちも、こんな森の中で毎日同じことをしているらしいので、さぞかし暇なのだろう。
あれこれと質問をしてくる。
「興味があるなら、色々と出してみるが。友好の印に贈り物をするのは、普通にあることだからね」
「でも――、只人に借りを作るのは……ねぇ」
エルフたちが全員で顔を見合わせる。そんなに警戒するってのは、過去になにかあったのかもしれない。
その中から、1人の男が前に出てきた。
「だからな~、こんなBBA共の身体で済むなら、本当に安上がりなんだよ」
「うるせぇ! この男ども! 向こう行ってろ!」
「そうだよ! 決まるものも決まらなくなるだろ!」
「なんだよ~、実際にBBAなのは事実だろうが」
そりゃ、皆云百歳なんだろうから、BBAなのは間違いないだろう。
「ちなみに、100歳以下っているのか?」
俺の問に、女たちは即答した。
「いまのところいないね。子供はしばらく生まれてないし」
おかっぱのエルフが、彼らの部族のあらましを教えてくれた。
「エルフは100歳を過ぎると、他の集落へ行くの」
「血が濃くならないようにか?」
「そう、解ってるじゃない」
「――ということは、ここに親子はいないってことか」
「うふふ、そゆこと~」
数百年単位でゆっくりと、増減を繰り返すのか。なんとも、気の長い話だな。
まぁ、その話はおいて、朝飯にしよう――腹が減ったからな。
アネモネの魔法で、パンが焼けるいい匂いがしてくる。
「それって、パン?」
黒いドーナツ型のパン焼き機にも、エルフたちは興味津々。
デカいエルフたちに囲まれて、彼女もやりにくそう。
「ほら、パンを食いたいなら、俺のパンをやるぞ?」
俺は、シャングリ・ラからパンを買うと、エルフたちの前に差し出した。
いつも買ってる訳ありパンってやつだ。多少いびつでも崩れてても、この世界のパンより遥かに上等で甘い。
「う……う」
食べたそうであるのだが、どうしても手を出さない。
「そんなに頑なに拒否することもないと思うけど。なにも入っていないぞ?」
俺は、ビニール袋を開けると、パンを一つ摘み、一口齧った。
「ほら?」
「旦那、俺にもくれ」「ウチもにゃー!」
「ああ! もう! すぐに焼き上がるのに!」
「大丈夫だよアネ嬢。一つぐらい食べたって平気平気」「にゃー!」
気前よく、ものをプレゼントしようとしている俺たちに、なにか裏があると思っているのだろうか?
「ちょっとお母さん、このエルフたちに説明してやってくれ。単なる好意で、なにもやましいことなんてないとな」
俺はベルに、エルフとの仲介を頼んだ。
「にゃー」
ベルが、ちょっと離れた場所に歩いていくと、その周りをエルフたちが囲み円になっている。
エルフの戦士たちも説得してくれたので、なんとかしてくれるだろう。
アネモネのパンが焼き上がったので、俺たちは朝飯にすることにした。
インスタントのスープに、牛乳とグラノーラ。手間がかからず評判がいいので、簡単に済ませるときは、いつもこれ。
足りない人は、ゆで卵を食べるのもいつもの光景だ。
俺たちがグラノーラを食べていると、ベルが戻ってきたので、ネコ缶をあげる。
彼女のあとを、エルフたちがついてきた。
「にゃー」
「ありがとうな」
ベルの黒い毛並みをなでてやる。
「それじゃ贈りもので懐柔して、無理やり領民にしようとしたり、土地を取り上げたりというのではないのね?」
「ああ――そういう心配をしていたのか。彼女から聞いたと思うが、そんなことは絶対にないから、心配しないでもいい。ハマダ領領主として、ここに宣言する」
「にゃー」
ベルも返事をした。
「それじゃ……!」
わ~っと集まって、次々とパンの皿に手を伸ばす。それどころか俺のグラノーラの皿に指を突っ込んだ。
「こら、ちょっと!」
「ああ、白いのは何かの乳なのね?」
おかっぱのエルフが自分の指を舐めている。
「乳はダメか? 何かの禁忌に触れるとか?」
パンがあっという間になくなったので、追加のパンをシャングリ・ラから購入した。
「う~ん、そういう食生活がないから……」
牛乳がダメだと、あれしかないじゃないか。
俺は、シャングリ・ラから調整豆乳を買った。
マジな豆乳は、豆臭くて飲めたもんじゃないのだが、これなら美味いはず。
豆乳をカップに注いでやる。
「これならいいだろう。飲んでみろ」
「え~? これも何かの乳じゃないの?」
「これは、豆の汁を絞ったものだよ」
「豆ぇ? 本当に?」
「ああ」
女のエルフが、おそるおそるカップに口をつける。
「あ! 本当に乳じゃない。豆の味がするけど、美味しい!」
「本当か!?」
「本当!」
皆で回し飲みをしているのだが、口に合うようだ。
彼らにもテーブルを出して、人数分の深皿にグラノーラを開けてやった。
「これは、木の実や果物を小麦に練り込んで焼いて砕いたものだ。これも食えるだろう?」
エルフたちは、グラノーラを摘んで口に入れている。
「これも美味しいね!」
「美味い! 確かに、木の実や果実の干したものが入っている」
「それを、こうやって浸して食うんだ」
俺がグラノーラを食ってみせると、エルフたちも真似して食い始めた。
「これは、パリパリして美味い!」「甘いねぇ~!」
「歯ごたえもいいし、この白い汁が豆とは……だが本当に、動物の乳ではない」
余程美味しいのか、彼らに笑みが絶えない。
エルフの食事を見ていたら、リリスが俺の袖を引っ張った。
「ケンイチ、妾もその豆の汁を飲んでみたいのじゃが……」
「ほい」
カップに注いでやると、リリスはじっと見つめていたのだが、口をつけた。
「ほう! 確かに、これは動物の乳ではない! なんと珍妙な!」
「珍妙って――ほら、お前らも飲んでみるか?」
「旦那、まさか虫の汁とかそういうのじゃ……」「にゃ?」
「違う、マジで豆の汁を絞って調整したものだ」
獣人たちも、おそるおそる口をつける。
「マジで、乳じゃねぇ!」「にゃ!」
一緒にアネモネも豆乳を飲んでいる。
「美味しいけど、後味が豆のスープだね」
「わざわざこのようなものを……」
「動物の乳が嫌いって人もいるからな」
「確かに、貴族でもそのような話を聞いたことがあるぞ。飲むと、身体に発疹が出るとか」
ははぁ、この世界でもアレルギーはあるみたいだな。
魔法で治らないのかね。
「極端な話をすると――動物の乳ってのは、その動物の子供のもので、人間のものではない――っていうやつがいるんだよ」
「それもそうじゃな」
「それにな、動物の乳というのは、色は白だが血と同じものなんだ」
「そうなのかぇ?」
リリスが驚くが、乳ってのは血液から作られる。
「へぇ! 只人でそれを知っているやつがいるなんて」
エルフたちが驚くのだが、彼らは乳と血液が同じものだと知っていたようだ。
「動物の血を毎日すするなんて、できないでしょ? だから、エルフは動物の乳も飲まないの」
おかっぱのエルフが、豆乳を飲みながら俺に微笑む。
エルフってのは、この世界にいる普通の人間よりも科学が少々進んでいるのかもしれない。
まぁ1000年の寿命があれば、勉強や研究も色々とできそうだしなぁ……。
皆で、食事をしていたのだが――昨晩、エルフと約束していたことを思いだした。
「そういえば昨晩、蜂の子をやる約束をしていたんだったな」
俺は、エルフたちのテーブルの上に、蜂の子と卵を置いた。
「うえ!」「にゃ!」
うちの獣人たちが、思わず顔をそむけたのだが、エルフたちは集まった。
「うわぁ、立派な幼虫! これもくれるの?」
「ああ、昨日の夜にエルフの戦士と約束したからな。え~とミセラだったかな」
「なんだ、もう! 我慢していた私たちが、バカみたいじゃない」
「やったぁ! これで、スープを作ろう!」
エルフたちのキャッキャウフフを見ると、いつも普通に食べている食材のようだ。
「こういうものをいつも食べているのか?」
「滅多にないよ。巣を壊して採っても、食べきる前に腐っちゃうし……」
「そうそう、アイテムBOXっていいよねぇ」
「そのアイテムBOXの中に、取った蜂の子が全部入っているんだろ?」
「ああ、成虫も入っているぞ」
俺は、テーブルの上に成虫も出してみせた。
「うわぁ! これをどうするの?」
「素材に使えないか、研究しようと思って。それに酒に漬ければ、滋養強壮剤として使える」
「へぇ~」
スズメバチの酒漬けや蜂蜜漬けが売っていたから、効能はあるはずだが、エルフにはその文化がないらしい。
それになんだっけ……プロポリスだっけ? あれも含まれているはず。
異世界の蜂に、プロポリスが含まれているかどうかは不明だが、研究の余地はあるだろう。
「エルフに酒文化はないのか?」
「果実酒や、蜂蜜酒があるけど……貴重だから……」
「蜂蜜酒なら、俺も持っている」
俺はシャングリ・ラから、1本2000円の蜂蜜酒を購入した。
「ポチッとな」
落ちてきたのは、黄金色の瓶に詰まった酒。
「ほら、これが蜂蜜酒だ」
「わぁ!」「綺麗! ガラスの瓶に入ってる!」
「飲んでもいい?」
「もちろん」
エルフたちは、豆乳を飲んでいたカップを空にすると、黄金色の酒を注ぎ始めた。
「甘い!」「これって蜂蜜!」「だけどお酒!」
「ねぇねぇ! 街に行けば、こんなお酒が手に入るの?」
「いいや、これは俺が持っている貴重な酒なので、街には売ってない」
酒を飲んだ、男のエルフも会話に加わってきた。
「ハマダ領だっけ? そこの領民になれば手に入るとか?」
「それはやぶさかではないが、物を買うには対価が必要だ。エルフたちが、なにか対価になるものを持っていればいいが」
「そうだよねぇ……」
うなずきながら、エルフたちは蜂蜜酒を飲みまくっている。
よほど気に入ったらしい。
「ほら、君たちが欲しがっていた、包丁もやる。10本ぐらいでいいか」
「すご~い、綺麗!」
「10本でいいのか?」
「いいよ、エルフは道具を皆で使うんだから」
エルフたちは、ほんの一握りの私物以外は、全ての財産が共有らしい。
家も道具も全て共有財産。壊れたら皆で修理して、皆で新しいものを作る。
夫婦という概念がなく、だれとでも寝て――もちろん子供が生まれたら、皆で育てる。
「こんな素晴らしいものを見ちゃうと、領民になるのもいいと思っちゃうねぇ」
エルフたちが、俺の渡した包丁を木漏れ日にかざしている。
「しかし領民になれば、王国の経済に組み込まれることになるから――そうすると君らの文化が変質する可能性が……」
「そのとおりだ」
今までなかった、低い声が響く。
テーブルにやって来たのは、エルフの族長。
女たちから、酒をもらうと少し口に含み、包丁を見ている。
「あまり、只人の文化に染めてもらっては困る。我々には、我々の教義があるのだ」
酒には驚いたようだが、只人の文化を見せてしまったことには、少々不機嫌だ。
エルフたちが、人の街へ憧れたりすると困るというのだろう。
「これは申し訳ない。あくまで友好の証としてだったのだが」
族長が来たので、朝飯会はそこでお開きになって、エルフたちは散っていった。
蜂の子を担いでいったので、料理を作るのだろう。族長に話を聞くと、指輪は明日の朝渡せるという。
それじゃ明日の朝に出発だな。
俺の所に、ニャメナがやって来た。
「あの~旦那ぁ……」
まぁ彼女の目当ては解っている。
「朝なんだから、少しだけだぞ」
シャングリ・ラから、蜂蜜酒を追加で購入して、ニャメナに少し注いでやる。
「へっへっへ――うおっ! 甘い! まるで蜂蜜だ!」
「甘いにゃ!? ウチも飲みたいにゃ」
「酒を飲まないミャレーでも飲めるかもな」
ミャレーのカップにも注いでやると、美味しそうに飲み始めた。
「うみゃー! これは甘くてうみゃー!」
「それなら、妾も」「私も」
「こいつは酒だから、少しだけな」
アネモネとリリスにも飲ませてやる。
「凄い、蜂蜜だ~!」「これは、また見事な――これは菓子に使えるかもしれぬの」
「ああ、サンバクさんに渡したら、素敵なお菓子を作ってくれそうだなぁ」
「う~む、楽しみじゃのう」
飯を食い終わるとなにもすることがない。
明日の朝まで時間があるので、湖で釣りをしたりして、のんびりと過ごす。
ついでに湖の周りを測量した。ま、旅の途中で、こんなにゆったりできるのもいいだろう。
明日からは、また過酷な旅が待っているのだから。
――そして夜、暗くなってから、夕飯を食べる。集落は静かで、普段と変わらないようだ。
歓迎の宴とか――そういうのが苦手な俺は、どうしようかと思っていたのだが、内心ホッとしていた。
ドラゴンの肉を焼いて食う。
エルフたちは寄ってこないのだが、1人の女が白いスープを持ってきてくれた。
とろりとした白いスープに木の実が入っている。
「これは、蜂の子のスープだな」
「そうだよ」
ニコリと笑うエルフの言葉に、獣人たちはドン引きしているので、俺とリリスで飲む。
「お~、甘くて美味い。その中に塩味が少々」
だが、俺の記憶にある蜂の子料理とは少々違う。
こんなに旨味はないはずだが――化学調味料があるはずもないし、なにか魔法でも使っているのだろうか?
入っている木の実は煮えていて、ほんのりと甘くて栗のよう。
タンパク質100%って感じで、高タンパクで低カロリー。
「ほう、これはまた珍味じゃのう。このようなスープは飲んだことがない」
そりゃ、巨大バチの蜂の子スープなんて普通はありえないし――ましてエルフが作った料理なんて。
こんな深い森の中だから、食べられる珍品料理だ。
俺とリリスを見て、アネモネもスープを啜った。
美味いらしい。それじゃサクラに帰ったら、蜂の子のスープを研究しないとな。
エルフたちが近寄ってこないのは、獣の肉は食べないかららしい。
普段のタンパク源は虫で、肉を食べたりすることもあると言うのだが、そのときは鳥が多いようだ。
飯が終わって休んでいると、エルフの女たちが4~5人やって来て、俺の手を引っ張る。
どこかへ連れていこうとしているのだ。
「やっぱり、なにもお礼をしないのは、気持ち悪いからぁ」
「そうそう、あの蜂の子も美味しかったし」
俺は、リリスとアネモネに睨まれながらも、エルフの女たちに引っ張られていった。
お礼といっても、ナニをナニするとは限らない。
なにか他のいいことかもしれないし。