144話 エルフたち
森の中で、蜂の巣を駆除していたら、エルフがやって来た。
いきなり攻撃を受けて焦ったのだが、ベルが話をつけてくれたようだ。
まったく頼りになるお母さんだ。
目の前に、俺より背の高い、女か男か解らんイケメンが立っている。
キラキラのパツキンで脚は長く針金のよう、袖のない緑色のチャイナドレスのような服を着て――俺のよく知ってるエルフと同じように、耳が長く尖っている。
ここまでイケメンなら、さぞかしモテて、人生イージーモードなのだろう。
などと、オッサンのコンプレックスを爆発させている場合ではない。
腰に巻いた帯に細身の剣とナイフを装備しているが、矢で射られたので、弓も持ってきているのかもしれない。
俺は交渉をするために、ドアから出てエルフの前に歩み出た。
「俺は、カダン王国貴族、ケンイチ・ハマダ辺境伯だ。敵意はない」
「王国の貴族? 我々の言葉が通じるのか? それはさておき、いきなり大魔法を撃っておいて、よく言う」
よく通り、低く澄んだ声――男だな。
彼の話を聞く限り、拡声器を使った声は、向こうに通じていなかったらしい。
「いきなり矢で射られたのは、こっちが先だったが?」
「そちらが、我々の縄張りに侵入したからだ」
「それはすまなかったな、まさかここにエルフがいると思ってもみなかったので」
棘のある言葉の応酬をしていると、ベルが怒り出した。
大きな口を開けて、白くて鋭い牙を見せている。
「シャー!」
「おっと、お母さんごめんよ」
彼女が怒るなんて滅多にないので、少々ビビったのは内緒だ。
「む……」
ベルの一喝に、エルフもおとなしくなった。
「言葉が通じるのは、この指輪があるからだ」
俺は、アキラから借りた指輪を見せた。
「む――それは……すでに他の部族と交流があるということか……」
この手のアイテムは、かなり仲が良くないと、もらえないらしいからな。
俺がもらったわけではないので、インチキだが。
「湖の一帯が俺の領地になったので、周辺の測量をしていただけだ。エルフの土地をどうこうするつもりはない」
「湖の周辺は、昔から子爵領だったはずだが……」
「最近、割譲されて、ハマダ辺境伯領となった。俺の村には元王族もいる」
「むう……」
エルフがなにやら考え込み――俺の後ろにあるコンテナハウスをチラ見している。
すごく若く見えるが――この世界のエルフも長寿だと聞いていたので、この男も俺よりかなり年上だろう。
「その後ろの鉄の箱は? どこからそんなものを運び込んだ」
「俺はアイテムBOX持ちだからな。コレは、天幕代わりに使っている、俺たちの部屋だ」
「アイテムBOX持ち? うむ……」
なにやらコンテナハウスに凄い興味があるらしい。好奇心旺盛だな。
「中を見てみるか?」
俺はドアを開けて、エルフに部屋の中を見せた。エルフが近くに来ると、草のような匂いがする。
「本当に部屋だな。む――獣人もいるのか?」
「ああ、大切な家族だ」
「こんな大きなものがアイテムBOXに入るというのか?」
「もちろん」
部屋の中にいた皆に、一旦外に出てもらい、コンテナハウスを収納する。
「ケンイチ――」
リリスとアネモネが心配そうな顔をしている。
彼女たちには通訳の指輪の効果が及ばないので、話は聞こえていないのだろう。
「大丈夫だよ、心配するなって――収納!」
「おおっ! こんな巨大な物が入るとは! 信じられん」
「貴族といっても、貴族になりたてでな。元々はこのアイテムBOXを使って商人をしていた」
「商人? 商人から成り上がったのか?」
「そのとおり。アイテムBOXには商品も詰まっているから、なにか欲しいものがあれば、都合するぞ?」
「いくら商人といっても、只人が持っているわけが……」
只人ってのは、普通の人――つまり人間のことだ。エルフってのは人ではないらしい。
「まぁ、とりあえず言ってみなよ。そのものはないかもしれないが、なにか代替品があるかもしれん」
「それでは、期待しないで言うが、我々の食生活を支えるのに必須なもので『チェチェ』という――」
チェチェ? ああ、アキラから聞いたな、エルフが大事にしている健康食品みたいなものだと。
それは、つまり――カカオだ。
俺は、シャングリ・ラから、カカオパウダーと、カカオニブを購入して、彼らに差し出した。
ビニール袋の中に茶色の粉が入っているが、アキラの話では、この世界のカカオは赤いと言っていたような。
「ちょっと種類が違うかもしれないが、これが近いと思う」
「こ、これは!?」
エルフの男は、腰からナイフを取り出すと、ビニール袋を切り裂いた。
溢れた茶色の粉を手に取ると、舌でぺろりと舐める。
「色は違うが、まさしく、チェチェだ!」
「まぁ、種類は違うだろうが――エルフのチェチェを飲んだやつがいてな。色は違うが同じものだと言っていたから、使えるはずだ」
「う~む……この透明な袋は?」
「それは、俺が魔法で作り出したものだ。虫の翅などと似たようなものだと思ってくれればいい」
「なんと……」
男のエルフは、ビニール袋を持って仲間の所へ行くと――俺たちが蜂の巣を破壊した所で円陣を組み始めた。
俺が放置したままのLEDランタンの明かりに照らされて、エルフたちの姿が浮かび上がっている。
フェアリーサークル――その姿は、まるで森の妖精たちの集会だが、どうするか話し合いをしているのだろう。
話し合いが終わると、さっきのエルフが俺の所へやってきた。
「お前を村に迎えて、族長と話をしてもらいたい」
「構わんよ。家族も一緒でいいか? ここに残しておけない」
「認めよう」
家族と話す。俺とエルフの会話は、皆には聞こえていないからな。
「エルフの集落へ向かうことになった、皆も来ていいようだから、一緒に行こう」
「へぇ! あの排他的なエルフが迎えてくれるなんて。旦那、どんな魔法を使ったんだい?」「にゃ?」
「彼らはチョコが欲しいみたいなんだ」
「え? チョコがほしいの?」
アネモネが、俺の言葉に少々驚いている。
「確かに、エルフたちもチョコに似たようなものを食すと聞いたが……」
「そうなんだよ、リリス。なにかの理由で、手に入らなくなったのかもしれない」
「ほう――そこにつけ込むわけじゃな」
リリスが、悪い笑みを浮かべているのだが、もちろんそんなことをするつもりはない。
「そんな人聞きの悪い」
「それよりもケンイチ! そなた、エルフの言葉も喋れるのかえ?」
「そうだよ旦那。俺も驚いたよ」
「まぁな――と言いたいところだが、この魔導具のお陰だ」
俺の指にはまっている、翻訳の指輪を皆に見せた。
「その指輪をはめると、エルフの言葉が解るのかぇ?」
「ああ、アキラから借りたものだが、エルフだけじゃなくて、野良のドワーフたちの言葉も解るらしいぞ?」
「それじゃ共通語を話せない、獣人の部族たちとも会話できるにゃ」
ミャレーが面白いことを言い出した。
「街に住んでない獣人って、言葉が通じないのか?」
「ああ、本当の森の奥地に住んでいる部族なんかは、獣人語を話しているぜ」
へぇ~そうなんだ。普段話している言語は、共通語と言われる言葉らしい。
皆を連れてエルフのところへ行く。
「俺の正室のリリスだ。こちらは、ウチの大魔導師のアネモネ。獣人たちは、ミャレーとニャメナ」
「貴族なのに、獣人たちと一緒なんてなぁ。只人のくせに変わってるな」
「こんな森の奥地に正室まで連れてきているのか?」
エルフたちが、次々と遠慮なしに色々と言ってくる。全員が耳の長いイケメンだが――結構、馴れ馴れしい。
背丈はまちまちだが、皆が緑色のチャイナ服みたいなものを着ている。
どうやら、これが民族衣装らしい。これで、少々胸が出てたら女と言われても勘違いしそうだ。
話すと声が低いので男っぽいのだが、ハスキーボイスの女性もいるからな。
「一緒に生死を共にするのも、妻の役目だと言うんだ」
「ふ~ん、貴族の奥方なんて、屋敷で贅沢三昧なんてのが相場みたいな感じがするけど」
「そちらの子供が爆裂魔法を使ったのかい?」
背の高いイケメンエルフに囲まれて、アネモネがビビっている。
「ウチの大魔導師様だよ」
「おっと、そいつは失礼、ははは」
「ケンイチ、なんて言ってるの?」
アネモネには、エルフの言葉は通じてないからな。
「若いのに爆裂魔法を使えて、凄いって言ってる」
「うん!」
アネモネは喜んでいるが、まさか直訳するわけにもいくまい。
「リリスは? エルフに会ったのは初めてかい?」
「無論じゃ。エルフなぞ、余程の変わり者以外は、滅多に姿を現さぬからの」
周りに放り投げたままだった、LEDのランタンを回収する。
こいつは安いし、電池で点灯するので便利だ。
ランタンをアイテムBOXに収納していると、ちょっと少年風で髪の短いエルフが話しかけてきた。
「そいつは、なんの光で光ってるんだい?」
「これは魔道具だが、特殊な魔力を使っているので、俺にしか使えない。詳しくは説明できないが」
「ふ~ん、これをくれと言っても無理なんだろうな」
「すぐに魔力切れを起こして、光らなくなるし、俺にしか充填できない」
「なるほど……それにしても、森猫を従えているとは……」
「彼女は、俺の本妻だぞ?」
「にゃー」
それを聞いた、エルフたちが――え?! という顔をした。
あまり、いい冗談ではなかったようだが、否定するつもりもない。
ベルの顔もドヤァって顔だ。
「あんたが、そういう趣味なのは解った……ところで、ここには殺人蜂の巣があったはずだけど?」
ちょっと誤解されてしまったようだが、エルフたちもここに蜂の巣があったのを知っていたようだ。
「俺たちが破壊したぞ。蜂や幼虫はアイテムBOXの中に入っている」
アイテムBOXから、蜂の成虫を出すと、彼らが驚いて飛び上がる。
「うおっ! 本当かよ」
もう1人のエルフが、横から入ってくると、交渉を持ちかけてきた。
少々垂れた目をした、髪の長い男。イケメンといっても、ハンコみたいな顔ばかりかと思ったら、意外と個性があるもんだな。
整形イケメンじゃ、こうはいかない。
「幼虫や卵を譲ってもらうわけには……?」
「エルフも、その手のものを食べるのかい? それなら構わないが――魔法で温めたので、多少火が通ってしまっているかもしれないぞ?」
「それは構わないさ」
イケメンが、ちょっと手を広げる。
「それじゃ決まりだな、君たちの集落についたら、アイテムBOXから出すとしよう」
「ふ~ん、アイテムBOXってのは、便利な代物だねぇ……」
「エルフでアイテムBOXを持っているやつはいないのか?」
「ウチの集落じゃいないね~。あれば便利なんだけどね」
皆でエルフの集落に向かうことにしたが、距離が3~4kmほど離れているらしく――小さな湖の畔にあるという。
彼らの話からすると、俺たちが下ってきた川が窪地に溜まり、湖になっているのだろう。
「ちょっと距離があるな……」
「旦那、俺たちが背負っていくかい?」
獣人たちからの提案だが――見れば、高い木に囲まれた森の中なので、下草があまりない。
エルフたちに質問をしてみる。
「ここから集落までは平坦かな」
「そうだ」
俺は川のほうを指さした。
「向こうを流れている川って、どこへ向かっているか解るか?」
「下流がどうなってるか? ってことか?」
「そうだ」
「大湿地に入り、そのまま大きな川に流れ込んでいる」
大きな川ってのは、王都から流れてきているアニス川のことだろう。
やはり、湖とアニス川は繋がっていた。それなら魚がいてもおかしくない。
詳しい測量は不可能だが、川の行く先が解っただけでも収穫だ。
ちょっと謎が解けた俺だが、このまま歩いてついていくのは、少々キツイ。
幸い平地のようだし、木々の間もそれなりに間隔がある。
これなら車で行けると判断して、アイテムBOXからラ○クルを出した。
「よっしゃ、ラ○クル召喚!」
森の中に、白いSUV車が落下してきた。
「皆、乗り込め~、歩いて行くのはタルいから、こいつで行こうぜ」
「わ~い」
「うむ、そうじゃな」
獣人たちにはどうってことがない距離だし、アネモネも平気だが、王族のリリスは体力的にしんどいだろう。
「にゃー」
ベルと、獣人たちも車に乗り込んだ。
皆でラ○クルに乗り込むと、エンジンを始動――ヘッドライトを点灯する。
白いまばゆい光が、森の中を明るく切り裂く。
「な、なんだそりゃ!」「おおっ?!」
エルフたちが驚いて、ラ○クルの周りに集まってきたので、窓を開けて説明をする。
「俺が召喚した、忠実な俺の下僕――鉄の召喚獣だ」
「鉄?」「本当なのか?」
エルフたちが、ラ○クルのボディをボコボコと蹴り始めた。
「おい、こら!?」
俺は、クラクションを思いっきり鳴らした。
「「「おわわぁぁ! 怒ったぁ!」」」
大きな音に驚いたエルフたちが腰を抜かし、暗闇の中に隠れてしまった。
なんだか俺が持っているイメージのエルフと随分と違うんだが……これがリアルエルフか。
ボディは少々凹んだが、こんな異世界で使えば凹むのは仕方ない。
「おお~い! どうでもいいが、エルフたちの集落へ案内してくれよ」
俺の言葉に、そ~っと暗闇から出てきた彼らが、ラ○クルの前を歩き始めたので、それについていく。
ほとんど、ATのクリープ現象だけでの移動だ。荒れ地でもないので、デフロックの必要もない。
髪の短いエルフが、運転席の所へやってきた。
「おい、これって馬なしで動いているけど、本当に生きているのか?」
「ああ」
「あんたも魔導師なのか?」
「まぁ、一応そうなんだが、ちょっと変わってるからなぁ」
俺とエルフの会話に、窓から顔を出したニャメナが割り込んできた。
「この旦那はな! 洞窟蜘蛛を退治して、レッサードラゴンを退治して、ワイバーンも退治したんだぜ!」
「そうだにゃ!」
言っても通じないので、俺が通訳をする。
「レッサードラゴンに? ワイバーン? 本当かよ?!」
「まぁ本当なんだよ、レッサードラゴンとワイバーンの肉は、まだ残ってるぞ? 食べてみるか?」
「俺たちは、あまり肉は食わないからなぁ」
そうなのか。でも虫は食うらしい。虫が貴重なタンパク源ってわけのようだ。
確かに、あのデカいキラーホーネットなら、食いごたえがありそうだが……。
森の中をそのまま進み、焚き火が燃えるエルフの集落らしき場所へやってきた。
集落の手前で一旦停止する。
「族長と話をしてくるから、ここで待っててほしい」
「承知した」
皆で車から降りると、ラ○クルをアイテムBOXに収納した。
真っ暗なので、LEDランタンを取り出して点灯させる。
「ほえ~、エルフの集落まで来ちまうなんて」「信じられないにゃ」
「森の中で、彼らに会うことは少ないのか?」
「見かけるけど、みんな近寄らないよ」
「そうだにゃ」
「森を荒らしていると見なされると、奴らに捕まって戻ってこなくなった連中もいるし……」
意外と剣呑な種族のようだな。剣も弓も使えるし、魔法も使えるだろう。
戦闘能力は高いはずだ。
家族と話していると、エルフが呼びにやって来た。
「族長がお会いになるそうだ」
「俺の家族も集落に入っていいのか?」
「もちろん」
広場の中心で火が焚かれ、オレンジ色に染まっている場所へ皆で入っていく。
広場を中心に、茅のような長い草で作られた掘っ立て小屋のような家が並ぶ。
全部、手作りっぽいな。
「こんばんは~」
エルフの数は30人ぐらいか。俺たちの所に来たのは全部男だったが、女もいる。
なるほど、男女が並ぶと女はすぐに解るな。
少々胸があるし、服のデザインが男と違うのですぐに解る。
胸の中心が開いた物を着ているのが女だ。
当然、全員金髪で耳が長くて、美男美女揃い。
素肌に服を羽織っているだけなので、皆が生足である。
「きゃ~只人だって! 久々に見たぁ」「なんか小さい子供がいるぅ」
「可愛い~」
俺には、女たちの会話が聞こえるが、俺の家族はまったく解らないようだ。
一番大きな家に案内されたが、ここも草でできている。
玄関の所に家族を待たせて、俺はゴザのような布の扉をめくると、家の中に入った。
中は外のオレンジ色とは違い、青い光で満たされている。
凸凹した板の間に、草の壁と天井。その奥――一段高くなった場所に、1人の男が胡座で座っていた。
長い髪の男のエルフ。チャイナのような青い服に、肩衣を羽織っている。
胡座で座っているので、服から生足が覗く。男の生足なんて面白くもなんともないが、これだけ美男だと無視できない魅力がある。
どっしりとした石のような風格。おそらくはかなりの年配で、族長と呼ぶにふさわしい雰囲気を醸し出している。
その脇に側近らしき男女がいる。もしくは族長の家族か?
「はじめてお目にかかる。カダン王国、ハマダ辺境伯領、ケンイチ・ハマダ辺境伯です。お見知りおきを」
「私が、この集落の族長をしている、メーサラだ。よろしく」
早速、取引に入る。ここで恩を売っておけば、ここのエルフとの友好関係が築けるかもしれない。
「ミセラの話では、貴殿が持っているチェチェを売ってもらえるそうだが……我々には王国の通貨がない」
ミセラというのは、俺と最初に交渉したエルフの男だな。
「エルフとの友好関係が築ければ願ってもない。金なんてのは、後回しで結構」
俺は、アイテムBOXから、カカオパウダーとカカオニブを取り出した。
「あなたたちが使っているものとは、種類が違うそうだが、十分に使える品質だと思っている」
彼らに品物を渡すと、脇にいたエルフたちが、茶色の粉を確かめ始めた。
「こ、これは確かに、チェチェ!」
彼らの話を聞くと、ここら一帯のチェチェの木が、なんらかの異変で枯れてしまったという。
「木が枯れた――というと、病害虫の可能性大だな」
「その通りだ、害虫による被害なのだが、それに気がついたときには、かなりの本数の木々が手遅れになっていた」
「エルフなら、魔法が使えるだろう? チェチェの実を地面に植えて、新しい木を育てたら……」
脇にいた女が、俺の問に答えた。
「木が枯れるとは思ってなくて、種子を全部粉にしてしまって……」
まぁ普通はそうだよな。普通に生えているものだったので、栽培するってことをやってなかったんだろう。
「それなら、こういうものもあるぞ」
俺は、以前買ったことがあるカカオの実を、再度シャングリ・ラから購入した。
それを見た、男のエルフが声を上げた。
「これは見事なチェチェの実!」
「それを植えて、木を育てればいい。いままで生えていたものとは種類が違うとは思うが、そのうち他の木も復活するだろう」
カカオの実を見た、族長が唸る。
「大変ありがたいのだが、我々には対価がない」
「まぁ、先程も言ったが、エルフと友好関係を築けるならば、無料で奉仕させていただく」
「いや――それでは、只人に借りを作ることになり、我々の教義に反する」
他種族に借りを作るのはイカンのか。まぁ気持ちは解るけどな。
「族長、それでは私が、この身体を使って――」
そう言ったのは、長いストレートヘアが美しいエルフの女。
皆と同じ青いチャイナのような服を着ているのだが、両脇が開いているので、横乳が見えそう。
身体を使うってどう使うのか、気になるのだが――これ以上、女が増えるのもちょいと勘弁してほしい。
「それならば――この指輪と同じものを作れませんかね?」
俺は、指にはまっている翻訳の指輪を見せた。
「作れるが――」
「実は、この指輪は借り物でして。同じものが作れるのであれば、作っていただきたい。それを対価にいたしましょう」
「それで、本当によろしいのか?」
「もちろん。それと他に欲しいものはありませんか? 塩とか小麦粉とか?」
「欲しいのは山々だが――」
これ以上、借りは作りたくないと言うのだろう。
族長の話では、指輪を作るのに丸1日かかるそうなので、その間この集落に滞在することになった。
話が終わったので、族長に大量のカカオを預けると、家の外に出る。
足を踏み出したところに、ベルが飛んできて、俺の後ろに隠れた。
「ベル、どうしたんだ?」
「ねぇ~もっと触らせてぇ~」
金髪で、長い耳のエルフの女たちに囲まれる。
集団で囲まれると、草の匂いが一層強くなり、目が痛い。
草というか樟脳みたいな匂いだな。あれも確か、植物由来の物質だったはず。
「シャー!」
俺の後ろで唸るベルから察すると、なでられまくった彼女が、エルフたちから逃げてきたのだろう。
「はいはい、ダメダメ! 彼女が嫌がっているじゃないか」
「んもう、ケチィ!」
エルフの女たちは、俺よりはるかに年上ばかりだと思うのだが、そんな落ち着いた様子は見られない。
なんだか普通の女みたいな感じだ。
そこに俺の家族もやって来たが、アネモネもエルフたちにつきまとわれている。
「ケンイチ~助けて」
アネモネが走ってきて、俺に抱きついた。
「ねぇねぇ、そのローブって洞窟蜘蛛の糸だよねぇ?」
エルフたちは、アネモネが被っている青いローブが気になるようだ。
「そうだけど、蜘蛛の糸は全部使ってしまったので、もう残っていないぞ?」
「なんだぁ~」
エルフたちが残念そうに離れていくと、それと入れ替わるようにリリスがやって来た。
「ケンイチ、話はついたのかぇ?」
「ああ、1日~2日滞在することになった」
「ほう、エルフの集落に滞在するなど、孫に自慢ができるできごとだの」
子供もいないのに、孫の話とは。
「ケンイチ――眠たい……」
アネモネが、目をこすっている。確かに、いつもなら眠っている時間だ。
エルフたちと交渉をする。
「悪いが、広場の隅を使わせてもらっていいか?」
「構わないけど、なにをするの?」
「家を出す」
俺は、アイテムBOXから、コンテナハウスを出した。
「「「おおお~っ!!」」」
空中から現れて、地響きを立てた黒い箱にエルフたちが驚く。
「これが、アイテムBOXかぁ~」
「この鉄の箱は?!」
エルフたちは、コンテナハウスに興味津々だ。
「これは、俺たちが旅先で家代わりに使っている鉄の箱だよ」
エルフたちは、遠慮なしに部屋の中を覗き込んでいる。
「おお~っ、中には立派な部屋があるぞ?」
「すご~い! 綺麗なベッドがある!」
なんだか本当に遠慮がないな。
「申し訳ないのだが、旅やら戦闘をして疲れているので、寝かせてもらえないだろうか?」
先に家族を家の中に入れて、あれこれ聞いてくるエルフたちの質問に答える。
異文化交流なので仕方ないが、まいったねこりゃ。