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142話 川を下る


 湖の深部から現れたと思われるイカの化け物――クラーケンを退け、俺たちは湖の測量を続ける。

 ずっと砂浜だった湖の外周はどんどん険しさと変化に富み、俺たちの行く手を阻む。

 車が走れない場所は、ゴムボートを使いながら進むが、水上で測量した数値が使えるのかは微妙。

 元世界のような正確な地図は求められていないから、領地のおおよその把握ができればよしとしよう。

 測量した土地がサクラの領地となり、同時にカダン王国の領土となるわけだ。

 困難を極める旅であるが、皆の士気も高い。

 クラーケンとのエンカウントで、S○N値を削られたのか、ニャメナが危うかったが、すっかりと立ち直った。


 様々なできごとがあったが、サクラを出てから5日め、俺たちの前に川が現れた。

 幅は10mほどか、そんなに大きな川ではなく、流れもゆっくりと湖から流れ出ている。

 流れ込む川ばかりで、溢れたりはしないのだろうか? と余計な心配をしていたのだが、ちゃんと排出口があったようだ。

 おそらく、このまま王都の近くを流れていた大河――アニス川と繋がっているに違いない。

 湖にいる魚や生き物たちも、この川から遡上してきたのだろう。

 川から生き物がやって来たとすれば、その川は海にも繋がっている。あのクラーケンも小さい頃に海から上ってきたのだろうか?

 イカが湖に自然発生するはずがないしなぁ……でも、淡水で生きられるのか?

 異世界の魔物で、元の世界の動物とは違うのは解るが、淡水のイカとは……。


 もしかして、湖の底に塩水溜まりがあって、海まで繋がっているとか?

 それを確かめる術はないが……。

 そういえば、ネッシーで有名なネス湖も海底トンネルで繋がっている説があったなぁ。

 昔は、そういうオカルト読本が沢山あったのに、最近は見かけない。

 元世界にゃ夢はなくなったが、ここ異世界には、まだまだ夢があるってわけだ。


「にゃー! 魚がたくさんいるにゃー!」

「おおっ! 本当だぜ」

 獣人2人が川へ飛び込んだのだが、動きが素早くてそう簡単に獲れるものでもない。

 俺は、シャングリ・ラからファイバーグラス製の銛を購入した――1万円だ。


「ほら、これを使ってみたらどうだ?」

「にゃ? こんなに立派な銛なんて、使ったことないにゃ」

 本当は水の中で使うもののような気がするが――ミャレーが投げた銛が、マスらしき魚の腹に突き刺さった。


「やったにゃ!」

 凄い正確だな。やっぱり、獣人たちが持っている狩りの才能は凄い。


「狩りに銛も使うのか?」

「そりゃ旦那、投槍と同じだからね」

「あ、そうだ。矢にヒモをつければ、弓でも獲れるんじゃね?」

「ああ、それもやったことがあるよ」

 ニャメナに、アイテムBOXから出したコンパウンドボウを渡して、手本を見せてもらう。

 シャングリ・ラを検索すると、フィッシュハンティング専用の矢っていうのが、売っている。

 こんなものまで売っているんだ。


「ポチッとな」 

 落ちてきたのは、黒いファイバーグラス製の矢が6本で4500円、高い。

 普通の矢と違い先端には反しがついているが、矢羽はついておらず、ヒモを通す穴が開いている。


「ニャメナ、この矢を使ってみてくれ」

「旦那、こんな立派な矢をなくしたら、どうするんだよ」

「大丈夫だよ」

 シャングリ・ラから、ちょっと太めのタコ糸を買って、矢のうしろへ結びつける。

 ニャメナが矢を番えて、狙いをつけると、水面に水柱が上がった。


「やったにゃ!」

「どんなもんだ」

「すごーい!」

 褒めるアネモネに、得意げなニャメナだが、ミャレーから突っ込みが入った。


「このぐらい、獣人なら誰でもできるにゃ」

「うぐ……」

 言葉に詰まったニャメナだが、ヒモを引くと大きなマスに矢が突き刺さっていた。

 魚の側面を染めている斑点と虹色の肌が、綺麗だ。


 そのあと、6匹獲ったところで、昼になったので飯にする。

 全部の腹を裂きはらわたを出して川で洗うと、3匹を調理することにした。

 残りはアイテムBOXの中だ。沢山いるからといって獲りまくっても、アイテムBOXの中が魚だらけになってしまうからな。

 必要な分だけ獲ればいいんだと川を眺めていると、ベルが川の中に突っ込んでマスを口に咥えた。


「おおっ! お母さん、さすがだな」

 そのまま草むらに隠れてしまったので、ゆっくりと食べるのだろう。

 いつも思うのだが寄生虫は平気なのだろうか? 心配なのだが、まさか獲物を取り上げるわけにもいかない。

 前も生身の魚を食べていたので、多分平気だろうと思うことにする。

 ずっと以前から森で獲物を仕留めても、生で食べていたんだろうし。


「これだけ魚がいるということは、漁業も大きな産業になるの」

 俺が魚の頭を落とし、3枚におろしている作業をリリスが眺めている。


「けど、なまものだからなぁ。燻蒸しても、ダリア辺りにしか輸出できない」

「アキラが操っている召喚獣トラックがあるではないか。あれなら1~2日で王都まで行けるのであろう?」

「あれに頼りっきりになってしまうと、俺や彼がいなくなった途端に破綻するぞ?」

「むう……」

 それを考えると、保存が利く砂糖や酒がメインの産業になるだろうな。

 3枚におろした身を焼いて食う。俺は醤油だが、皆は胡椒とマヨネーズを塗って、パンに挟んで食べている。

 切り身を見ていると――日本人の悲しき性か、刺し身で食いたくなるが――。


「そうだ!」

 以前使った、低温調理器が使えるんじゃないか?

 寄生虫でも卵でも、マスの切り身を60度ぐらいに加熱すれば死ぬはず。

 何かの本で、生の魚を45度ぐらいで低温調理するのを読んだことがあったが、色々と条件があって、かなり難しそうだった。

 60度なら確実だろうと思ったが、シャングリ・ラで低温調理の本を見つけた。

 早速、購入して読んでみると、魚料理も載っていたので、詳しく読む。温度はもう少し低くてもいいようだ。


 アイテムBOXから低温調理器を出して、水を張る。


「アネモネ、ちょっとお風呂より熱いぐらいに、温めてくれないか?」

「うん、温め(ウォーム)!」

 すぐに手をつけると熱いぐらいにお湯が沸く。

 そこに、ビニール袋に入れたマスの切り身を入れ空気を抜くと、温度と時間をセットする。

 温度は本に書いてあったとおりに52度にセット。


「ケンイチ、湯煎でもするのかぇ?」

「本当は生で食いたいんだが、危険だからな。それっぽくならないかなぁと思って」

「うっ……魚を生でかぇ?」

 ゲテモノが平気なリリスでも、露骨に嫌な顔をしているが、日本人ならここで引くわけにはいかない。


「けど――前に旦那が、ドラゴンの肉を生っぽくして食べてたから、食えるかも……」

「まぁ、試しにな」

「そなた、料理人でもないのに、その食に関する貪欲さはなんなのじゃ?」

「何といわれてもなぁ……その俺の料理を、リリスは美味いぞ~! って食べてるじゃないか」

「それはそうじゃが……そんな叫んだりしたかの……?」

 30分ほど加熱したので、アネモネに冷やしてもらう。


「むー冷却(リフリジレイション)!」

 本当は、氷水で冷やしたりなんだのと結構大変な作業も、魔法一発で済んでしまう。

 ビニール袋から出して、まな板の上で刺し身を切る――当然、使う包丁は刺身包丁。

 身の周りは白いが、中は美味しそうなピンク色。

 小皿に醤油とチューブわさびを入れて、手づかみでちょいちょいと醤油をつけて、口に放り込んだ。


「ひぇぇ!」「ふぎゃー!」

 獣人たちが毛を逆立てる。


「うめー! ははは」

 滑らかな舌触りと、舌の上に天然の甘み。これぞ純の味――自然と笑みが溢れる。

 やっぱり日本人だな。ここにアキラがいたら、日本酒かビールを出せって言うはずだ。


「よし、妾も食べてみるぞぇ」

 なにやら覚悟を決めたように、リリスが叫んだ。


「え? 無理をするなって」

「いや、夫が食べる物を、正室が食べられないというわけにはいかぬ」

「そんなことはないだろう。誰しも好き嫌いはあるわけだし」

「化け物の白い肉も美味かったし、ケンイチが食べるものに間違いはないだろう」

 そういうものの考えかたもあるか。

 そう言ったリリスも、恐る恐る手づかみで刺し身を摘み、醤油をつけて口に入れる。


「ほう――別に生臭くはないな。すごく滑らかな舌触りじゃな。獣の肉では味わえない官能さがある」

 ゴクリと飲み込むと、舌をぺろりと出した。


「結論は、どうだ?」

「うむ、これは美味い。魚に、こんな食べ方があるとは――」

「でも、これは一応火を通してあるからな。生は絶対にダメだぞ」

「もし食べたらどうなるのじゃ?」

「寄生虫がいたりすると、内臓を食われて七転八倒する。下手をすると、身体の中が虫だらけになって……」

 それを聞いた獣人たちが震え上がっている。


「なんでそんな思いまでして、食うんだよ!」「そうにゃ」

「なぜって、美味いからに決まっているだろ」

 それを聞いた、アネモネも刺し身に手を伸ばした。


「……うん、美味しい」

 刺し身を食べたアネモネが、指を舐めている。


「あわわ……」

 獣人たちなんて、肉を生で食ってそうなイメージがあるが、随分とセンシティブだな。

 それだけ、俺の食い方がこの世界の常識から外れてるってことになるんだろうけど。


 飯を食い終わり、食休みをしているリリスが話しかけてきた。


「ケンイチ、母のことはどうするのじゃ? 本当に、国家転覆をやりかねんぞ?」

「まさか――と言いたいところだが、ありえるから困っているんだよ」

「それに、あの奴隷紋じゃが、ケンイチを思い通りに動かす道具として使っておるのを、そなたは気づいておるかぇ?」

 リリスが、妙なことを言い出した。


「道具?」

「そうじゃ――母が逆らえば、奴隷紋の呪いで七転八倒するじゃろ?」

「まぁな。何回も転がっていたし」

「それを見たケンイチは、母が可哀想だと、言いたいことも口に出さずに、つぐんでおるのではないかぇ?」

「それは――あるけど、アマランサスが、俺を利用しているとは考えたくないな。本当に、俺との国を造りたいだけなんだと思う」

「そのためには、戦になるのかもしれんのじゃぞ?」

「まぁ、それは心を鬼にして止めるし、ちゃんと話し合う」

「ならば、よいがのぅ」

 リリスは長年生活を共にして、アマランサスがどういう人間か正確に把握しているからな。


「けどなぁ、奴隷紋はどうかな? 話し合って外してくれると思うか?」

「無理であろうな」

 リリスにあっさりと言われて、言葉が続かない。

 領の行く末に多々の不安はあれど、まずは目の前の問題を解決しなくては。

 川を渡るのは簡単だが、川がどこへ向かっているか、2日ほど下ってみるか……。

 その後は、測量隊を雇って測量させてもいいし……だが、そこまでしなくても、居住地がこの地まで広がることはないと思う。

 もし広がるようなら、その時に考えればいい。


「旦那、どうするんだい? 川を渡るのかい?」

「いいや、川を2日ほど下って測量をする。魔物もいるかもしれないから、十分に注意な」

「にゃ」「わかった」

 川の流れは緩やかで、ほとんど流れているようには見えない。

 獣人たちの話を聞いても、この先は大湿地帯に繋がっているのではないと言う。

 つまり、この先はずっと平坦だってことだ。

 湖の水が溢れて、低いところを探しながら水が流れていき、ついには川になった――という感じだろうか。


 それなら車などを出さなくても川をボートで下っていけばいい。

 ゴムボートを出して川に浮かべると、トランシーバーを持たせた獣人たちに先行させる。

 川の蛇行などの地形に合わせて看板を立ててもらい、俺がレーザー距離計で計測した結果を書き込んでいく。

 これでも、道なき道を進むよりは早いだろう。

 いざとなれば、ボートに船外機を積む手もある。

 ベルが戻ってきていないが、彼女は匂いで俺たちを追ってくるだろう。

 もともとは、こういった深い森が彼女たちの住処なのだから、お茶の子さいさいのはずだ。


 鬱蒼とした森の中を静かにボートは進む。水面には虫が漂い、それを狙って魚が飛び跳ねる。

 川のある所だけ、森が開けているので、日光が注ぎ明るい。

 逆に明るい場所は、草が育つので背の高い緑に覆われてしまっている。

 本当に探検隊みたいだな。手作りのイカダで川を下ってみたい――という妄想を、異世界で満喫中だ。


 夢の中では疲れないが、現実は疲れる。ボートを引き上げることができる平地があれば休む。

 次に平地がある場所が予測つかないので、休めるときに休むのだ。


「どうだリリス、こんな森の奥地までやって来て後悔していないか?」

「そんなことはない。妾が望んだことだからの」

「まったくこんな危険なことに付き合うなんて、貴族の正室なんて屋敷にいるもんだろう?」

「それはそうじゃが――アネモネがケンイチと一緒に楽しそうにしているのは悔しいではないか!」

「べぇ~! 私は、魔法でケンイチのお手伝いができるから、いいの! ケンイチと一緒に冒険するってずっと言ってたんだから!」

「ぐぬぬ……」

 アネモネの言葉にリリスは反論できない。


「それに、パンだって焼けるし」

「パンなら、妾も焼けるようになったわぇ」

 そのパンの焼き方も、リリスがアネモネから教えてもらったのだが。

 彼女の腕も上達して、アネモネと遜色ない仕上がりになっているが、魔法が使えない分、作るのに時間がかかる。


「「ぐぬぬ」」

「ほら、喧嘩しない。リリスにはまつりごとをみてもらいたいんだけどな」

「それでは毎回、母のように置いてけぼりではないかぇ」

「もう、戦えないリリスは、家にいれば? もうちょっとすれば、私もケンイチからしてもらえるし。そうしたら、リリスはいらないでしょ?  もうお払い箱」

「なぜ、正室の妾がお払い箱なのじゃ!」

 二人が、俺の周りをぐるぐると回り始める。


「こらこら! 船の上で暴れるんじゃない! 危ないから!」

 俺に怒られた二人は、黙って口を尖らせている。

 アネモネも主張が強くなってきたなぁ。あちこち回って、経験を積んだのも大きいけど、実質この国の大魔導師にも匹敵する実力を持っているし。


 ふと、川岸に生えている、背の高い草がガサガサと動く。

 アイテムBOXからボウガンを取り出して、構えるが――黒い毛皮が顔を出した。


「にゃー」

「なんだ、お母さんか」

 やっぱり、追ってきていたようだ。

 水の上をボートで移動しても追ってこられるんだな。

 ちょうど上陸できそうな場所があったので、小休止することにした。

 トランシーバーで先行しているミャレーたちに連絡を入れる。


「ミャレー! ちょっと小休止する」

『わかったにゃ!』

 小休止のため岸にボートをつけると、草むらを分けてベルがやって来た。


「にゃー」

「なんだベル。草だらけだよ」

「にゃーん」

 彼女の黒い毛皮に、トゲトゲのついた草の種が大量についている。

 俺の地元では――こいつを、「だっこんび」と呼んでいたが、もちろん局地的な方言だろう。


 黙って草の種を毟られていたベルであったが、顔を上げてピンと耳を立てた。


「どうしたベル? 何か来たか?」

 下流の方から、声が聞こえる。


「旦那!」「にゃー!」

 草むらがわさわさしているが、ニャメナとミャレーだろう。

 トランシーバーはどうした。


「おいどうした?!」

「なにか来るにゃ!」

「旦那!」

 なんか、前もこんなことがあったぞ?

 草むらから、緑色の切れ端に塗れた獣人たちが飛び出してきた。


「ケンイチ、羽音にゃ!」「旦那、やべぇ~やつだ!」

「羽音?!」

 俺は咄嗟に、コンテナハウスを出した。

 スペースが足りないため、土手に乗り上げて少々斜めになっているが、そんなことを言っている場合じゃない。


「みんな中に入れ!」

「わわ!」「いそぐにゃ!」

「ひゃー!」「なんだというのだ!」

「ベル!」

 彼女は、コンテナハウスと地面の隙間に入ったようだ。

 ドアを閉めて息を殺していると、低音の唸るような音が聞こえてきた。

 ガラス窓から外を覗くと、黄色いものが近づいてくる。

 どうやら虫のようだが……。


「なんじゃ、あれは?!」

 リリスが外を見て叫ぶ。


「蜂だよ、お姫様!」「そうにゃ」

 全長50cmほどあるデカくて黄色い蜂が、コンテナハウスの回りをブンブンと飛び始めた。


「数は、10匹ぐらいか。蜂は黒いものを攻撃するらしいからな」

「それじゃ、クロ助のせいじゃねぇか!」

「にゃ?」

「この箱も黒いから、敵だと思っているのかもしれないな」

 羽音と一緒に、ボコンボコンと外板にぶつかる音がする。

 いくら蜂の針が鋭いといっても、金属板を貫通することはないだろうが、下に潜ったベルは大丈夫だろうか?

 彼女の毛皮も黒いからな。


「さすがに空中を飛ばれたら、厄介だな。俺の召喚獣も、アネモネの魔法も分が悪い」

「弓で落とすのも大変にゃ!」

「剣で切るのは、難しいぜ」

「アマランサスなら、できるかもしれないが……さて、どうする」

 このままじっとして、蜂が諦めるのを待つか? それとも打って出るか。

 とりあえず、リリスはベッドの下に潜らせた。


「多分、そこが一番安全だ」

 対抗手段を考えていると、窓ガラスに巨大な蜂がへばりついて、カチカチと音を出している。

 虫の裏側ってのは不気味だ。俺たち内骨格動物とは、明らかに祖先を別にしているモノコックボディ。

 ワシャワシャ動く脚をみると寒気がする。

 元世界にいたスズメバチだってヤバいってのに、こんな巨大な蜂なんて、まさに異世界。


「うおお! 超こえぇぇ!」

「嫌な音だにゃ!」「旦那、どうするんだよ!」

 獣人たちの毛も逆立っているので、内骨格動物に共通して、嫌悪感と恐怖感を感じさせる音なのかもしれない。


「う~ん、ちょっと思いついた。アネモネ、窓にへばりついているこいつを魔法で冷やしてくれないか? ガラス越しなら、魔法が通るかもしれない」

「やってみる――むー冷却(リフリジレイション)!」

 魔法が効いたのか、蜂は動きを止めると、ドサッと下に落ちた。

 やっぱり昆虫だな――寒さに弱い。この国は暖かいから、寒さに耐性はまったくないはずだ。


「旦那、全部その魔法でやるのかい?」

「いや――」

 俺はシャングリ・ラから、黄色いバズーカ型の蜂用殺虫剤を購入した。

 獲物を手に持ち、窓を開けて周りを確認すると、すぐに巨大な蜂が突進してきた。

 すぐに窓を閉めると、隙間に強引に顔を突っ込んでこようとしている。

 黄色と黒の彩られた歌舞伎役者のような三角形の頭に、茶色い大きな目。

 長い触角に鋭い牙が2本、カチカチと不気味な音を立てる。


「窓を押さえててくれ!」

「わかったにゃ!」

「くらぇ!」

 俺は、バズーカの引き金を引くと、白い霧状のジェット噴流が黄色い頭を直撃。

 敵は一瞬怯んで飛び立ったが、再び窓に張り付いてきた。


「あれ? 効き目が弱いのか?! もっと強力なやつは――」

 購入した殺虫スプレーの説明を読むと、スズメバチが対象に入っていない。

 マジか!?

 それじゃ、スズメバチ用を買えばいいってことだな。

 シャングリ・ラのウインドウに並ぶ殺虫スプレーの中から、黒い缶のスズメバチ用を購入してみた。


「これでも、くらいやがれ!」

 白いジェットの霧を食らった敵は、いきなり動きを止めると下に落下した。


「おっ! こいつは効くぞ!」

「旦那! そいつを俺にもくれ! それから、前に使った透明な盾も貸してくれ」

「まさか、外に出るのか?」

「クロ助と背中合わせになれば、死角はなくなるって!」

「それは、いい考えだにゃ」

「おいおい!」

 思いとどまるように説得したのだが、獣人たちはやるようだ。

 特にニャメナは、クラーケン戦で良いところを見せられなかったので、挽回しようとしているように思える。

 彼女たちのリクエストどおりに、アイテムBOXから、ポリカーボネートの盾を出す。

 シャングリ・ラで、黒い殺虫剤を20本ほど買い、盾のうしろにガムテープで貼り付けた。

 これで、すぐに取れるだろう。

 革の鎧や剣など、彼女たちの装備も出して準備させる。


「おっしゃいくぜ!」「うにゃー!」

 獣人二人が背中合わせになって、ドアから外に躍り出た。

 俺たちは、窓からその様子を見ていたが、こちらからも殺虫剤を装備して援護をする。

 リリスも、ベッドの下から這い出て戦いに参加することになった。

 こいつの薬剤は20mぐらい飛ぶので、コンテナハウスの中からでも狙える。

 激しい羽音と共に、巨大な蜂が襲いかかってきた。


「うひょー! 来やがったぜ!」「トラ公! この盾は本当に大丈夫にゃ?」

「しらね!」「ふぎゃー! トラ公を信じたウチがバカだったにゃ!」

 巨大な蜂は、尻からナイフのような白い針を出して突進するが、透明な盾は貫けない。


「ははは! 獣人が切っても突いてもびくともしねぇんだから、このぐらいは平気だろ?」

「ぎゃー! なんでウチばかりに攻撃してくるにゃ!?」

 明らかに、ミャレーが攻撃されている回数のほうが多い。


「旦那が言ってただろ? 黒い物を敵だと思ってるんだよ」

「トラ公に騙されたにゃ!!」

 その間にも、黄色い化け物たちが、ドスドスと透明な盾に突撃を繰り返している。


「おりゃ、くらいな!」「しゃー!」

 白いジェットの霧が、次々と蜂を叩き落としていく。

 どういう成分なのか知らないが、薬剤がかかると瞬時に動きが止まり地上に落下する。

 この黒い缶を作った人も、まさか異世界で巨大な蜂相手に使われてるなんて思ってもみなかっただろう。


 獣人たちに集まってきた蜂に向けて、コンテナハウスからも薬剤を噴射した。


「おらー!」「やぁー!」「ははは、死ぬがよい!」

 アネモネとリリスは楽しそうである。シューティングゲーム感覚であろうか。


「全部やったか?」

 俺は、スプレー缶を持ったまま、おそるおそるドアから首を出した。


「ああ旦那、多分な」

 上下左右を確認して外へでる。


「動いているやつには止めをさしてくれ。死んでも針で刺すことがあるから気をつけろよ」

「それなら、針を落としてしまえばいいにゃ」

 ミャレーは蜂の腹を踏んづけると、故意に針を出させて剣で切り落とし始めた。


「にゃー」

 ベルがコンテナハウスの下から這い出てくると、蜂の死体をクンカクンカしている。


「ベル、大丈夫だったか。さて――俺はと……」

 最初に冷却で落とした蜂のところへ行くと――やはり、まだ生きている。

 当然、生かして利用するために、このようなことをしたわけだが――。

 アイテムBOXから、ペラペラの荷紐を出して、2mほどにカット。蜂のくびれに結びつけた。

 これがなにかといえば吹き流しである。


「旦那! そいつはまだ生きてるぜ?」

「ああ、生かしておいたんだ。すぐに生き返って巣に逃げ帰るだろう? この紐を目印に追いかけて、こいつらの巣を見つけてくれ」

 近くにこんな奴らの巣があったんじゃ、危なくて川を下れない。

 水の上じゃ逃げ場がないからな。


「なるほどにゃー! ケンイチはずる賢いにゃー!」

 人聞き悪いな。


「巣の場所が解ればいいから、無茶はしなくてもいいぞ。この紐はかなり遠くからでも見えるからな」

 普通の人間なら迷う森の中を走り回っても、獣人たちなら匂いで戻ってこられる。


「ふ~ん、おもしれぇ」

「他の魔物などがいたら、深追いしなくてもいいからな」

「がってん」

「にゃ」

 アネモネと、リリスも部屋から出てきた。


「このような巨大な蜂がおるとは……それでケンイチ、巣を見つけてどうするのじゃ」

「一網打尽にする。そのときは、アネモネの魔法の出番だ」

「うん! 任せて!」

 俺の作戦どおりに生き残った蜂を放置して、家の陰に隠れる。

 こいつが再び襲ってきたら、この作戦は失敗。すぐに処理する。

 俺の心配をよそに、蜂は目を覚ますと、一目散にその場を離れ始めた。

 森の木々の間を、白い吹き流しが飛んでいく。


「よし、追ってくれ」

「よっしゃ! 任せろ! こういうのは得意だぜ」

「任せるにゃ」


 トランシーバーを持った獣人たちが、森の中を走り出した。

 

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