139話 仕事分担
ハマダ領にできる街の名前は「サクラ」に決定し、街道までの直線道路の工事が始まった。
アネモネのゴーレム魔法で木を倒すと、アダマンタイトの剣を装備した重機で、先と根っこを切り離す。
俺たちのあとをついてくる作業員たちが、切り倒した大木の枝を払い、根っこの穴を埋めていく。
切り開く森の中は平坦ではなく、結構凸凹しているので、出ている所は削り凹んでいる場所は埋める。
剣を装備したコ○ツさんは、兵器として使われる予定なので、一々バケットを交換していられない。
そのため、もう1台コ○ツさんを購入して、作業用に充てることにした。
道路の水平出しをするために、シャングリ・ラでオートレベルという機械を買う――5万円だ。
一見、望遠鏡のようなこの機械。専用の棒を持って立ってもらい中を覗くと、簡単に水平出しや測量ができるという機械。
工事現場などで、三脚につけた機械を覗いている作業員を見かけたが、同じものを使うことになるとは。
水平に均す作業が終わると、近くの崖を油圧ブレーカで砕き、その石を敷き詰めてダンプで踏み固めていく。
公共事業のために作業員に仕事を作らねばならないが、道路の埋め立ての作業は俺の重機を使って行う。
街の開発に道路が必要なので、スピード優先だ。
道が完成したら俺の出番は減らし、仕事を作業員に回して、公共事業本来の役目を果たしてもらう。
今回、コ○ツさんを追加購入して、2台体制になったが――。
本当は、もう1台コ○ツさんを購入して、油圧ブレーカ専用車両を追加したいのだが……。
それは領の経営が上手くいって儲かったら考えることにしよう。
作業は順調に進み、1ヶ月半後には道路が開通した。
この世界で、このような公共事業を行うと毎日数百人で、数年の歳月がかかる。
延べ人数で、10万人以上の労働者を生む大工事となるのだが、それをたった1ヶ月半で終わらせてしまった。
公共事業としては、イマイチってことになるのだろうが、道路が完成したことでの経済効果のほうが大きいだろう。
通常、こういう公共事業が終わると、式典をやったりするそうなのだが、俺はやらない。
貴族の面子とか見栄とか、そんなものは微塵もないし、金の無駄だからな。
完成した道路の真ん中に立つと――森を切り開いたまっすぐな道路が、ずっと続いている。
街道までは6kmほど離れているので、先は見えない。
その完成した道路を皆で眺めていると――早速アキラが、トラックで荷物を運んでやって来た。
俺たちの姿を見たアキラが、トラックを停止させる。
「オッス!」
「オッスオッス!」
トラックを降りて挨拶を交わすアキラと俺に、リリスがつぶやく。
「その挨拶は、なんとかならぬのかぇ?」
「ならない」
どうやら、そうとう珍妙に聞こえるらしい。そんなことを言われてもな。
どうせ、俺とアキラしか使わないし。
オッケーとかは、獣人たちも使っているのだが。
そのままトラックは進み、大工たちが組み立てた10棟のログハウス群へ到着した。
10棟のうち、2棟をマロウ商会サクラ支店として使い営業中。
4棟がメイドたちの仮宿舎。残りの4棟を大工たちが共同で使っている。
その他の作業員たちは、俺の用意した大テントに共同で寝泊まりだ。
このような作業になると、野宿も普通らしいので、雨風をしのげるだけでもありがたいらしい。
野宿していると、夜露で濡れてびっしょり、なんてこともあるようだからな。
建てられたログハウスは、住居に使えるように改造され、台所とトイレが設置されている。
下水は、一旦溜めて水石で浄化する、この世界のシステムに準拠したものだ。
浄化された下水は、地下に埋設された塩ビ管を通って、湖へ流される。
塩ビ管は俺が提供したものだが、これをこの世界の技術で工事しようとすると、また時間がかかってしまう。
街が大きくなれば、本格的な下水が必要になると思われるが、そのときには他の都市と同じものが設置されるだろう。
シャングリ・ラで、土管を検索してみたのだが、売っていなかった。
セメントは売っているので、コンクリ製の土管を製造できないこともないが――。
そのときは、なにか考えよう。
サトウキビを植えた所は住居より少々離れているのだが、人が多くなれば生活排水の増大も考えられるので、場所を移すことも考えないといけないだろう。
まぁ、水質を見ながらの判断だな。
ログハウスの建築が終わり、次に大工たちが取り掛かったのは、製材所の建築。
滝から流れる川の近くに製材所を作って、ここで作られた木材で街の建設材料を賄おうというのだ。
周りの森には材木になる木が山ほどある。
ここに製材所を作ったほうが、住宅建築のための材料集めがはかどるってわけだ。
その製材所で生み出される材料を使って、やっと俺の屋敷の建築が始まる。
一緒に製材所の建築を見学しているユリウスに、この世界の事情を尋ねる。
「ユリウス、なにもない所に領ができたときって、どうやって屋敷とか建ててるんだ?」
「ここのように、本当になにもない所に、領ができるのは珍しいですね」
普通は、ある程度開拓が進み、人が集まっている所へ貴族が送り込まれて領になるらしい。
領主は、その場所にある建物などを利用して、領主屋敷を作る。
「それじゃ、なにもない荒野にポツンと、投げ出されて領になる――なんてことはない?」
「通常はありません。それでは領民も、いないじゃありませんか」
「そりゃそうだな」
一応、ここにはサンタンカの村があるから、通常であれば男爵領ぐらいの規模になるようだ。
「それでも、屋敷を建てるとなると、材料をはるばる運んだりするわけか」
「そのとおりでございます。ケンイチ様の鉄の召喚獣があれば容易いでしょうが、普通は大事業です」
「その話を聞くと、知り合いが作ったノースポール男爵領とかも苦労しているんだろうなぁ」
「まぁ、新しく立ち上げた領というのは、どこでも苦労しているはずです。但し、ここを除く」
「ははは、ここは、アストランティアが近くて場所もいいしな」
どんな屋敷になるか、いまから楽しみだ。
建築の際には、重量物の運搬などは手伝ったりする予定だが、基本は大工や作業員たちに任せるつもり。
これも公共事業だ。
夕方になると、マロウ商会の支店は閉められて、店員はアキラのトラックに乗って、アストランティアに帰っていく。
それと入れ替わるように、プリムラが自転車で帰ってくる。
道路が直通になったので、街の中から20分もあれば、自転車で到着できるようになった。
森の中を通るが、獣人のニャレサが護衛についているので、心配ないだろう。
道路工事をしている間に、ダリアからマロウさん――義父がやってきた。
プリムラが側室になってしまったことを釈明したのだが、マロウさんはまったく気にしておらず――。
プリムラが言うとおり、俺が貴族になったことで、上流階級の身内になれたことに大喜びしていた。
その上、俺の正室は王族だ。やんごとなき方々とも親戚になれたのである。
リリスとアマランサスは王族籍を抜けたとはいえ、まだ王族に顔が利く。
商人として、これだけ強力なコネはない。喜ぶのも当然だといえる。
実際、マロウさんとプリムラも、そのコネを使い倒せるだけの実力がある。
まさに、鬼に金棒、弁慶に薙刀、虎に翼。
ゲーム風に言えば、バフがマシマシになった状態か。
「プリムラ、アキラのあれで送ってもらえばいいだろう」
アキラのあれとは、トラックやSUV車のことだ。
「いいえ、これが楽しいので、これでいいのです」
このオフロードバイクを真似て、マロウ商会でなんとか製品化しようとしているらしいのだが、ちょっと無理がある。
「こいつを真似して作るのは、ちょっと無理だろう」
「そうなのです。特にこの鎖!」
彼女が指さすのは、チェーンだ。ちょっと、この世界の技術でチェーンを作るのは難しい。
彫金の技術などを使って、作れないこともないだろうが、貴金属より高価なチェーンになってしまう。
「鎖じゃなくても、歯車とかでも伝達できるし、革のベルトでもなんとかなるかも」
俺は、アイテムBOXから出したスケッチブックに、ギアドライブとシャフトドライブの図を描いた。
「……それですわ! 今から、アストランティアへ帰って――」
「待ちなさいって、もう夕方だ。これから戻るのは危険だろ?」
「解りました……」
いつも冷静な彼女だが、商売熱心なあまり、周りが見えなくなることがある。
「このドライジーネを売ってくれという話もあるのですが」
「故障しても直せないものを売るのはなぁ。高価なものだし」
「そうなのです」
高価なものを売りっぱなしでは、商会の信用に関わる。
これから、王都にも進出しようという大店が、目先の金にとらわれるわけにはいかないだろう。
プリムラと自転車の構造について話していると、甲高い2ストエンジンの音が聞こえてきた。
やって来たのはヘルメットを被った、アキラだ。
彼が一人のときは、こうやってバイクでの移動が多い。
彼のアイテムBOXの中にはSUV車も入っているのだが、トラックは入らないのでマロウ商会の敷地に駐車しているという。
「ケンイチ! 遊びに来たぜ」
アキラがヘルメットを脱いだが、これも俺が売ったものだ。
異世界なら道交法はないのだが、バイクってのは危険な乗り物だ。
ノーヘルでコケたら死ぬと思わないといけない。いくらチート持ちでも、頭を打ったりすれば死ぬからな。
祝福を受けているので、多少は他の人間よりは、頑丈になっているとはいえ――故意に身体を危険に晒すのは慎まなければならない。
「遊びに来るのは歓迎だが、レイランさんたちはいいのか?」
「いいっていいって、大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのか、さっぱりと解らないが、彼の家族のことに口出しするわけにはいかない。
彼の話では、レイランさんはマロウ商会の協力を得て、アストランティアに店を出すらしい。
「店? あんな美人が店主の店じゃ、野次馬の男どもでいっぱいになりそうだな」
「まぁ、看板を出したりしないで、会員制みたいな感じの店にするらしいぞ?」
「ほう――なにかアイテムを持っていないと、入り口が解らなかったり、扉が合言葉で開くとかそういうのか?」
「みたいだな」
それは、ちょっと行ってみたい。
彼女が持っている魔法のアイテムや、魔導書なども手にいれられるかもな。
メイドたちが、スープを作ってくれたので、それで夕食にする。
俺が、だしの素や調味料などを提供しているので、普段食べている俺たちの料理の味に近い。
いつものように、夕飯を食べて風呂に入る。
その風呂だが――作業員や労働者が増えてきたので、さすがに外で風呂に入るわけにもいかず――。
コンテナハウスを、また購入して、それを風呂部屋にあてている。
このコンテナハウスは、とりあえずの居住空間を作るのに、非常に便利だ。
ちょっとスローライフっぽくなかったので、当初は敬遠していたのだが、そんなことをいっている場合ではなくなっているからな。
便利なものは、どんどん利用しないと。
こんなものがポンポン出てくるから、「他の領とは違う」とユリウスに言われてしまうのだが。
あちこちに、作業員たちが燃やす焚き火のオレンジ色の光が見える。
笑い声なども聞こえてきてすごい賑やかだ。
静かな湖畔でスローライフってわけには、いかなくなってきたのは少々寂しいが……。
------◇◇◇------
――道路が開通して数日後。
俺は、きらめく湖面と、その対岸に広がる前人未到の森を見つめていた。
対岸は緑色なので、森があるのは確かだが、誰も行ったことがない土地。
サンタンカの連中に聞いても、誰も行ったことがないし、アストランティアに住んでいたニャメナもそんな話を聞いたことがないらしい。
飲み屋で噂話を集めるのが好きなニャメナが、聞いたことがないというのだから、そんな酔狂は本当にいなかったということなのだろう。
領主になった俺の仕事は、この巨大な湖を1周しての測量。
俺は、誰もやらないような酔狂を実際の行動に移して、この湖を1周しなくてはならない。
崖の上から見える所だけ簡単に測量して、外周を予想する。
この湖がほぼ円だと仮定すれば――外周は150~200kmぐらいだと思われる。
毎日、20kmほど測量できれば、10日で終わる計算だが、前人未到でどんな魔物がいるか解らない。
出立に際し、家族の皆を集めて説明をする。
「これから俺は、湖を1周する測量に出かける。誰も行ったことがないらしいから、なにが待ち受けているか解らん。強制はしないので、気が向かないやつは、ここに残っていていいぞ」
「え~? 旦那、まだそんなこと言っているのかい?」
「そうだにゃー」
「だって、測量とか地味な仕事だぞ?」
「いいんだよ、そんな細かいことは」
「にゃー!」
ミャレーが、空へ拳を突き上げた。
「私も当然行くから」
「ああ、アネモネは俺から頼む。君の魔法がないと困るからな」
「むふー!」
アネモネは、ガッツポーズで気合を入れている。
「妾も行くぞ?」
そう言い出したのは、リリスだ。
「ええ? リリスは、ちょっと……」
「なんじゃと?! 妾を置いていくつもりかぇ?」
「だって、リリスは冒険の役にたたないでしょ?」
アネモネから、辛辣な突っ込みが入った。口に出しては言えないが、実際にその通りなのだ。
「「ぐぬぬ」」
俺の前で、アネモネとリリスがにらみ合いを始めてしまった。
「いや、リリス。実際かなりの危険が伴うから」
「そんなことは解っておる!」
それを押してでも、行きたいらしいので諦めた。
「それでは妾も……」
「いや、アマランサスはここに残って、開発の指揮を執ってくれないと困る」
「そんな! 聖騎士様ぁ!」
アマランサスが、俺にがぶり寄ってくるのだが、ここで彼女に仕事をしてもらわねば困る。
「俺と、アマランサスの両方がいなくなったら、皆に指示を出す立場の人間がいなくなるだろ」
まぁ、ユリウスに頼んでもいいのだが……。
「うう……」
「それに――ここに俺とアマランサスの国を作るんじゃなかったのか? ここなら、小うるさく足を引っ張る王侯貴族たちはいないぞ? 存分に手腕を振るうことができる」
「そ、そうじゃ! ここに妾と聖騎士様の、きらめく黄金の国を作るのであった!」
「そうだ! 帝国も共和国も、目もくらむような黄金の理想郷を!」
「おおお~っ!」
「なので、俺が留守の間は頼む」
アマランサスを抱き締めて、頭をなでる。オッサンなので、ついでに尻もなでる。
細いようなアマランサスの身体だが、抱くと鉄筋を真綿で包んだような感触。
もふもふはしてないが、抱き心地は獣人に似ているかな……本人には言えないが。
「ふあぁっ……聖騎士様の御心のままに……」
アマランサスは納得してくれたので、助かった。
この三文芝居を――コンテナハウスの陰から、カナンが巨人○星の姉のようにこちらを覗いているのだが――。
「聖騎士さま、カナンには私から頼む仕事がありますので」
「アマランサス、頼む。俺には、彼女に任せる仕事が思いつかない」
「カナンは社交界に顔が広うございます。それを使って貴族間の情報収集をさせます」
「なるほど――俺には、まったく思いつかない仕事だな」
カナンを呼ぶ。
「ケンイチ――」
「測量の仕事には連れていけないが、アマランサスから大事な仕事がある。やってくれるか?」
「は、はい! 任せてたもれ!」
カナンの明るい顔を見て、俺の心は罪悪感でいっぱいになった。
普段から適材適所と言っていた俺だが、カナンの能力を見抜くことができず、使えない子扱いしてしまったことに後悔をしたのだ。
「カナン、スマン。君に任せる仕事が思いつかなくて、色々と一生懸命やってくれているのに」
「よいのだ! 私が役たたずなのは、自覚しているからな、ははは」
「君が社交界に顔が広いので、貴族間の情報収集をしてほしいんだが」
「それなら、任せてたもれ! 私の母も使えるぞ?!」
「それはいいな」
「それに――」
なんだか、カナンがいやらしい笑みを浮かべている。
「なんだ?」
「仕事ならば――ケンイチが持っている素晴らしいドレスとか――見たこともないアクセサリーが大手を振って使えるだろう?」
「そりゃそうだが、お前にやるんじゃないぞ。貸すんだけど?」
「ケンイチのものは、私のものも同然だろ?」
アマランサスが聞いたら、怒るかと思ったのが、神妙な顔をしている。
「聖騎士様。それらを使って、王族派の貴族への切り崩し工作に使えます」
「いやいや、アマランサス。切り崩しなんてしなくてもいいから」
「なぜです? 私と聖騎士様の国を作るのに、必要な行為ですよ」
真正面から向かって、そう言われると否定できない。
「あうう……」
やぶ蛇だ。アマランサスの性格からいって、マジでやるし、止めろと言っても聞かないだろう。
「ケンイチは、人を丸め込むのが上手いのう。あの母が簡単に納得するとは……」
「丸め込もうとして、眠れるドラゴンを起こした気がするのだが――それに、俺の話術なんて、プリムラの足下にも及ばないよ」
そのプリムラも、ここにいるが、彼女には領の経理を見てもらう、財務官をしてもらわねばならない。
「すまないな、プリムラ」
「そんな――私がついていっても、役にたたないのは解っておりますので。適材適所――領の財務を管理するほうが、私にピッタリです」
「そうなんだよ。これは君にしかできない」
「ふふ……後で、ご褒美をいただきますから」
そう言って、プリムラが俺に抱きついてきた。
世辞ではなく、この仕事は彼女にしかできない。俺は基本的にどんぶり勘定だからなぁ。
簿記の資格を持っているアキラに頼む手もあるが――彼のことを信用しないわけではないが、やはり身内のほうが安全だろう。
行政官はアマランサス、財務官はプリムラ、これがハマダ領の最強タッグだ。
実際、他領の運営も、行政官と財務官が担っていて、領主は飾りなんて所も多いらしい。
まぁねぇ――元世界でも、国を動かしているのは官僚で、政治家なんてお飾りなんて人も多かったし。
そうそう優秀な人間ってのはいないもんだ。
いや――いるはずなのだが、野に埋もれてしまったまま、コネや世襲の犠牲になっている印象。
それは、この世界でも同様だ。平民に優れた人材が埋もれても、そのまま制度は変わることなく、同じことを繰り返してしまう。
その中に生まれた、まったく新しいハマダ領。
一発、一旗あげてやろうと、血気盛んな人材が集まることに期待している。
測量に行くための面子が決まった。
俺とアネモネ、リリス、そして獣人が2人。
「にゃー」
そうだ、俺の足下にやって来た、ベルも一緒だ。
次に、前人未到の土地へ向かうための装備を整えなくてはならない。
まずは足だ。前から使っていたT社のプ○ドはアキラに貸したままなので、もう1台買おう。
金もあるし、プ○ドじゃなくて本家のラ○クルだな。
シャングリ・ラを検索すると、100系で走行距離10万kmが230万円で売っている。
いつものとおり、ディーゼルエンジンで10万kmなんて慣らしが終わったところだ。
異世界に車検はないので、車検なんてなくてもいい。
「こいつにしよう。ポチッとな」
白い車体がドスっと落ちてきてバウンドした。中は枯草色の革の内装で、ちょっと豪華。
7人乗りのはずだから、これで座席は確保できる。
元世界中でも使われている定番中の定番の車。異世界での激しい環境にも耐えてくれるはずだ。
「旦那! 新しい召喚獣かい?」
「にゃー! いつものと違うにゃ」
「わーい!」
ドアを開けて中を確認していると、リリスが一緒にインテリアを覗く。
「ほう! これはまた、随分と立派な内装じゃの! 王家の馬車にも匹敵するぞぇ?」
「王家の馬車のほうが、もっと豪華絢爛だろ?」
「確かに金細工などを使っておるから、豪華といえば豪華じゃが……」
「旦那、こりゃ革の椅子かい?」
「そうだ」
獣人たちは、革の椅子が気になるようだ。
街ではあまり見ないらしい。そういえば、ソファーといってもファブリック(布張り)だな。
車をチェックしていると、助手席にリリスが乗り込んだ。
「ケンイチ! 走らせるがよいぞ!」
「ちょっと待ちねぇ。今は、色々と確かめているところだから」
「旦那! 走ろうぜ!」「にゃー!」
獣人たちは、いつもと同じように3列目シートに乗り込む。
「お前ら……」
まぁ、試走も必要か。俺の後ろにアネモネも乗り込んだ。
「それじゃ、ちょっと走ってみるか」
運転席に座って、キーを回す。この時代のラ○クルは、まだキーシリンダー式で、プッシュボタンじゃない。
一発で始動して、ディーゼルエンジンが目を覚ました。
ここ1ヶ月で、バイオディーゼル燃料の生成は、ずっと続けていたので燃料の在庫は潤沢だ。
なにせ歩く油田であるアキラがいるので、燃料は作りたい放題。
彼がいる限り、燃料に困ることもない。
屋敷に作る風呂も石油ボイラーにしてみるか……。
こいつはオートマなので、Dレンジにして走り出した。
この前に作った橋を通り、サンタンカと反対方向へ湖畔を進む。
岸はずっと平らだし、水でしまっているので走りやすい。
この場所も何回かバイクで走ったりしているので、アクセルを踏み込んだ。
エンジンの唸りと共に、メーターの針は時速80kmに達した。
「ななな! なんという速さじゃ!」
リリスが、車のスピードに目を回す。
「すごーい!」
「すげー! 俺たちの全力ぐらいか?」「そうだにゃ」
獣人たちの脚も凄いが、さすがに80kmで巡航はできない。
走らせても、エンジンや車体になんの問題もない。これなら、十分に使えるだろう。
「こんな感じで、湖の水際を走って回ろうと思ってな」
「ケンイチと一緒に冒険! たのしみ!」
アネモネが後ろの座席ではしゃいでいるが、なんのデータもない土地なので、何が出るか解らない。
「アネモネ、魔物や見たこともない化け物が出るかもしれないんだぞ?」
「ケンイチと一緒なら平気だもん」
「まぁ、アネ嬢の言うとおりだな」「そうだにゃ」
いやまぁ、信頼してくれているのは嬉しいんだがなぁ……。
車の試走から戻ると、アキラが来ていた。
「おお~っ! ラ○クルかよ!」
白い新しい車を見て、アキラが叫んだ。
「中々いいだろ?」
「100系か。70系の古いのも捨てがたいがなぁ……」
「ここで故障すると、修理が難しいからな。そういうのを趣味で乗れない」
「ケンイチの魔法で部品は作れないのか?」
「作れるものもあるが――修理するなら、部品取りの車を出して共食い整備だな」
シャングリ・ラには、中古の車のパーツや社外品なども売っているので、簡単な修理ぐらいは可能かもしれない。
特に、ラ○クルは人気車――こういう車は、中古パーツや社外品も多い。
マイナーな車はパーツが出なくて苦労することになる。
「アキラ、俺たちは湖の測量と領地の確認に出るから、明日からしばらく留守にするぞ」
「オッケー! 何日ぐらいだ?」
「外周が150~200kmぐらいだと思うので、10日~15日ぐらいで回れると思う……」
「湖が予想以上に大きい可能性は?」
「崖の上から見る分には、そんなに大外れしないと思うけどな」
アキラには、トラックやSUV車に使うバイオディーゼル燃料をたっぷりと渡してある。
俺がいなくても、仕事には差し支えがないだろう。
「車より、測量とか平気なのか?」
アキラの心配ももっともだ。
「まぁ、大丈夫だろう」
元世界の江戸時代でも、原始的な道具だけで立派な地図を作った偉人さんもいたんだ。
俺には、シャングリ・ラから出てくる、文明の利器がある。
準備は万端、明日の朝に出発することになった。