138話 凸して来た!
異世界での俺たちの故郷――サラーイの土地は、サクラという名前に決まった。
ここはハマダ辺境伯領サクラということになる。リリスによると、現地読みではサ・クラになるのではないかという話だ。
それを象徴するように、シャングリ・ラから桜の苗木を買って植えた。
四季がある日本で咲く桜が、温暖なこの国で咲くかどうかは微妙だが、こちらにある桜に近い植物と交配して新しい種を作れないだろうか。
それが可能なら、四季咲きの桜――なんてのも作れるかもしれない。
その場合、桜イコール春ってイメージはなくなるな。
その前に、この国に四季がないので、春自体がないのだが。
皆でさくらんぼを食べて、アメリアンチェリーのジャムを作っていると、自転車に乗ったプリムラがやってきた。
いつもアキラの車に乗ってくるのだが、彼がコチラに来ているので、単独でやって来たのだろう。
自転車を漕ぐ彼女の後ろに、新しい護衛である、ニャレサというシャム柄の獣人が同行している。
車とも並走できるぐらいの獣人の脚力があれば、自転車に乗ったプリムラの護衛ぐらいは難なくこなすだろう。
自転車でやってきたプリムラにも驚いたのだが、そのうしろを黒い馬車がついてきている。
1頭立ての小さな馬車で、多分二人乗りだろう。長い手綱で屋根の上に御者が乗っている変わったタイプだ。
「プリムラ~そのドライジーネに乗れるようになったんだな。それより、どうした? 急用か?」
「はい――あの、後ろの方々が、ケンイチにお会いしたいと……」
「後ろ?」
個人用に馬車を持っているってことは、大店の商人か貴族ってことになるが――。
まさかプリムラが、商売敵をここに連れてくるわけがないだろう。そうなると――。
俺の予想どおりに、小さな馬車から、初老の男女が降りてきた。
男は、少々背が小さく、金糸の刺繍を施してある青い服の上下。一見して貴族だ。
女のほうが背が高く、緑色の胸の開いたドレスを着ているが、歳は50過ぎているはず。
歳は気になるが、凛とした佇まいとそのスタイル――若い頃は、さぞかし美人だったと思われる。
その夫人の姿を見ていた俺の頭に、誰かの姿がダブっているような……はて?
「ちょっとニャメナ、ユリウスを呼んできてくれ」
「はいよ~」
だれか解らんが、とりあえず挨拶しよう。
「ようこそ、我が領へお越しくださいました」
位階は解らんが、辺境伯より上ってことはないだろう。
そのぐらい高位の貴族が、騎士団などの護衛もなく、ウロウロできるはずがないからだ。
まぁ、とりあえず声をかけたのだが、反応が薄く――すぐに夫人の返答が返ってきた。
「そなたのような下男が貴族に声をかけるなど、無礼であろう」
いきなりのストレートな言動に、俺は面を食らった。
おそらくは、普段の作業着のままだったからに違いない。
「は? いやいや、私がハマダ辺境伯です」
「あの! シェフレラコンパクタ男爵夫人! こちらが、ケンイチ・ハマダ辺境伯様で間違いありませんよ!」
慌てて、プリムラが間に入った。
「これは失礼いたしました。私がライチ・メイラー・シェフレラコンパクタ――こちらが、夫のシェフレラコンパクタ男爵でございます」
夫が頭を下げた。完全に尻に敷かれている旦那さんだな。
「それで男爵夫人、当領へ御用の向きは?」
「こちらに、うちの娘がいると聞きまして」
「娘――?」
そこへ、カナンがグレーのジャージ姿で走ってきた。
「父上! 母上! なぜ、こんな場所へ!」
こんな場所は酷いな。
「まぁ! カナン! こんな所にいたのですか! 子爵様のお屋敷に行けば、離縁したと寝耳に水のお言葉!」
カナンは、本当に実家に何の連絡も入れてなかったようだ。
「そのとおりです! 私は、辺境伯様の側室になったのです」
いやいや、まだ側室じゃないぞ? いや、やっちまったから側室になるのか?
「辺境伯領と言っても、なにもないただの森の中ではありませんか! おまけにその恰好! 奴隷にでもなったのですか?」
「これは、農作業をするための作業着です! 母上、あまりに辺境伯様に無礼が過ぎますぞ!」
「まったく、カナン殿の言うとおりじゃな」
そこへ、リリスがやって来た。
「男爵夫人、紹介しよう。私の正室で、リリスだ」
「リリス・ララ・ハマダである。よしなに」
「リリス……リリス……」
夫人の動きが止まる、リリスの顔を見覚えがあるようだ。
「まさか――お、王女殿下!?」
男爵夫人は、リリスの正体に気がついたようだ。
下級貴族は、1年~2年に1回ぐらいしか登城しないが、なんとか王族に顔を覚えてもらおうと、必死になるらしいからな。
「今は、王族籍を捨てて、辺境伯様の正室じゃ」
「「はは~っ!」」
男爵と夫人が膝をついた。俺のときと、態度が全然違うじゃねぇか。
「男爵夫人、先程のそなたの言動は、貴族にあるまじき礼節を欠いた行為じゃのう……」
「「申し訳ございません」」
「なんじゃ、騒々しいのぅ……」
そこにユリウスを連れた、アマランサスがやって来た。日傘をさして口元を扇子で隠している。
「アマランサス――こちらは――」
「知っておるぞぇ。シェフレラコンパクタ男爵であろう?」
「知ってるのか。え~と、男爵、こちらが――なんて紹介すりゃいいんだ? 行政官か?」
まさか、俺の奴隷と紹介するわけにもいかねぇ。いい加減に、奴隷は止めてもらえないかな。
俺の悩みも気にしないように、アマランサスが短く答えた。
「よしなに」
「こちらが、我が領のアマランサス行政官だ」
「アマランサス?!」
俺の言葉を聞いた夫人が、驚愕の表情を見せる。どうやら彼女も王妃の顔を知っているらしい。
「も、もしや、王妃さ……ま」
夫人が立ち上がろうとしたのだが、動転して貧血でも起こしたのか、その場に倒れてしまった。
「母上!」
慌てて、カナンが母親に駆け寄った。
「ありゃ、こりゃまずいな。アイテムBOXから部屋を出すから、そこへ」
「承知した」
相手が貴族なので、獣人たちに担がせるわけにもいかない。
そういうのを気にしない人ならいいのだが、この人達は身分などにうるさそうだ。
まぁ貴族らしい貴族だな。
シャングリ・ラから買ったコンテナハウスを出して、中にベッドも置く。
チェストを置いて、飲み物も置いておくか。
「カナンと男爵。そこへ夫人を寝かせてください」
見たこともない鉄の部屋に、男爵はかなり戸惑っている。
「辺境伯様、色々とご無礼をいたしましたのに、このような介護をしていただき、ありがとうございます」
男爵が俺に頭を下げた。うるさい夫人がいなければ、普通の人のようだ。
「まぁ、気にしてませんので、娘さんとしばらく話し合ってください」
コンテナハウスの中に折りたたみの椅子を3脚出した。
「承知いたしました」
「カナン、俺も一緒に話し合いをするか?」
「いや、まずは私が父母と話し合いする」
カナンが強引に、ここに来てしまったからな。その説明からか。
――とはいえ、俺もやっちまったがなぁ。
コンテナハウスを出ると、プリムラをねぎらう。
「プリムラ、悪いな」
「いいえ、貴族の相手ってのも仕事のうちですから」
「しかし、よく自転――ドライジーネに乗れたな」
「練習しました!」
彼女が両手で拳を作り、フンス! と気合を入れている。
そのプリムラが乗ってきた自転車を、ニャレサという獣人が乗っているのだが――凄い上手い!
トリック的な乗り方もしているし。さすが、獣人たちは運動神経の塊だ。
どんな運動をやらせても、そつなくこなせるのではないだろうか?
ただし頭をつかう運動以外な。
「おう、ケンイチ。何があった?」
住宅地のほうから、アキラがやって来た。
「カナンの両親が凸してきた」
「ははは、頑張れよ」
笑うアキラであるが、カナンは押しかけ女房だからなぁ。
悩んでいると、獣人たちが俺の所にやって来て、ニャレサの自転車を指差す。
「旦那ぁ! 俺らにも、あれ! 俺らの金から引いてもいいからさぁ!」「にゃー!」
「ええ? 足の速い獣人たちにドライジーネは要らんだろ?」
彼女たちの話では、スピードよりも、トリックみたいな乗り方をしてみたいらしい。
それじゃ――シャングリ・ラから、それに使うBMXを購入してみた。
ペダルと後輪が直結しており、普通の自転車のようなカラカラと空回りするワンウェイクラッチがついていない。
それに前後の車軸にペグがついており、足が乗せられるようになっている。
値段は8万円――当然、この世界ではオーバーテクノロジーで、この10倍の金額を出しても作れない。
2台購入して、代金は彼女たちの預り金から引いておく。
「ポチッとな」
2台のBMXがガチャっと落ちてきた。
「ほら、でも大丈夫か?」
「ニャレサのやつに乗れて、俺にできねぇなんてことはねぇ!」「多分、大丈夫にゃー!」
初めて乗る自転車に、最初は悪戦苦闘――していたが、すぐに乗りこなした。
ウイリーして、くるくると回ってみせたり、ジャックナイフも自在。
「うひょー! こいつはおもしれぇ!」「うにゃー!」
ギアもローギア固定のはずなのに、かなりのスピードだ。足の回転するスピードが桁違い過ぎる。
これで普通のロードに乗せたら、どのぐらいのスピードが出るのだろう。
興味はあるが、異世界の道は整備されておらず、マウンテンバイクやBMXじゃないと走るのは無理だ。
獣人たちの運動能力に改めて感心している俺だが、ちょっとコンテナハウスの周りが騒がしい。
「お前たち、鉄の箱で寝ている人がいるからな。もうちょっと離れた場所で遊んでくれ」
「はいよ~」「にゃー!」
獣人たちが、いなくなったので、ユリウスに貴族の再婚について聞く。
「離縁した貴族の女房ってのはどうなるのが多いんだ?」
「よほどのことがなければ、普通は離縁にはなりません。死別したとかであれば別ですが……」
「その場合は?」
「良家であれば、引き取り手が見つかりますが、通常はかなり位階を下げて嫁ぐとか……」
死に別れても、政略結婚の駒にしかならんのか。
「なんか厄介者扱いだな」
「世継ぎを生むにしても、若いほうが好まれますし……」
彼も、奥歯に物が挟まったような話し方だ。
まぁな――とはいえ、彼女ぐらい美人であれば、貰い手もすぐに見つかりそうだが――ユリウスは首を振る。
「そうなると、商人に嫁いだりとか……」
「十分にありえます」
カナンの行動に、リリスは不満があるようだ。
「やれやれ、カナン殿も無茶をし過ぎじゃ。勢いでここへやって来て、実家にも連絡を取らぬとは……」
「そういう、リリスとアマランサスはどうなんだ? いきなり王族も辞めてしまって、こんな僻地までやって来るなんて」
「う……それは……」
「リリスは、まだ嫁ぐという名目はあるかもしれないが、アマランサスなんて元王妃で、今は奴隷だぞ? 意味が解らんだろう」
「それは、妾に言っても困る!」
隣で話を聞いているアマランサスは、知らんぷりを決め込んでいる。
元王族二人とユリウス、4人で話していると、コンテナハウスから男爵夫人が飛び出してきて、俺の手を握った。
「それでは辺境伯様に、娘をお預けしてよろしいのですか?」
「はぁ? まぁ、それは構いませんけど、随分簡単に掌をひっくり返しましたね?」
「ここに王族のお二方がいらっしゃるということは、ここは王家の肝いりの領地になるのでございましょう?」
「そう、決まったわけではないけどな」
「そんな領地の側室になれるなんて、これ以上の再縁はありませんわ」
こりゃまた、随分と現金なお母さんだな。まぁ、俺の側室になれば、王室とも縁続きになる可能性があるのだから、無理もないか。
「ケンイチ~!」
カナンがコンテナハウスから飛び出してきて、俺に抱きついた。
「ちょっと待ちなさい」
「父と母の許しも得たぞ。これで、正式な側室に――」
「そういう望みはないと言ってなかったか?」
「もう、やってしまったではないかぁ」
彼女が、うっとりとした顔で、俺に脚を絡ませてくる。
「はぁ……こんなに子どもを孕みたいと思ったのは初めてだ……」
「子爵は、そうじゃなかったのか?」
「前にも言ったと思うが、政略結婚に愛などあるはずがない」
横を向くカナンではあるが、ユリウスの話では、仲がいい貴族夫妻もいるということだ。
「その割には、子爵の正室が代わることに怒ってたじゃないか」
「当たり前だろ! 私にだって、女の誇りというものがある! まったく、10年早くケンイチに出会っていれば……」
不可能な歴史の改変に後悔するカナンのつぶやきに、後ろから声がした。
俺たちの会話を黙って話を聞いていたアマランサスだ。
「それは、妾もそうじゃぞ? カナン。10年早ければ、妾が聖騎士様の正室じゃ」
「あんなに、お前のことを想っていた国王陛下が可哀想じゃないか」
「ふん、妾に切られようとも、真正面からぶつかっておれば、妾の心も動いたかもしれぬがの! 姑息な手ばかりを使いおって」
アマランサスは扇子で顔を隠しているのだが、目がかなり怖い。
王様にも、チャンスがあったようだが、アプローチの仕方がまずかったらしい。
「今からでも遅くはない! 私と蜜時を取り戻すのだ!」
カナンが俺に顔を近づけてくる。
「真っ昼間から止めなさいっての」
俺が彼女の顔を押しのけると、リリスが割って入ってきた。
「カナン殿! 正室の妾が先じゃぞ?」
「リリス様、そんなことをおっしゃられても、できるできないは神の思し召しですし」
「だめ~!!」
いつの間にかやって来た、アネモネも一緒に割って入ってきた。
「はいはい! 君たち離れなさいって!」
そこにプリムラがやって来た。
「あの、ケンイチ。男爵夫妻をおもてなししたほうが……」
「王族の2人も納得する、うちの料理はいいと思うのだが、夕飯を食べるとここに泊まることになるが……」
ここには屋敷も客間もないのだ。そこら辺の事情を男爵夫妻に話す。
「辺境伯様、あの鉄の部屋を貸していただければ、なんの問題もございません」
男爵夫人は、最初に会ったときとは、打って変わって普通だ。上下関係がはっきりとしたので、これが貴族らしい対応なのだろう。
「あれでよろしいので?」
「はい、王都へ出かけるときには、馬車で野宿するのも普通でございますから」
従者を沢山連れて、組み立て式の天幕を運んでとなると、かなり位階が高い貴族じゃないと無理。
領地も持っていない男爵クラスでは、野宿になるのも仕方ないといえる。
「そうなると――料理は、なにがいいだろうなぁ」
「カレーじゃろう」「カレーだな」
元王族の2人もカレー。
「カレー!」
アネモネもカレー。
「旦那、晩飯はカレーかい?」「にゃー!」
カレーの声を聞いて、獣人たちもやって来た。
ユリウスとアキラも笑っているので、カレーでいいのだろう。
「それじゃカレーにするか」
「「「わ~!」」」
「やっぱ、異世界でもカレーは正義か」
アキラが皆を見てつぶやく。
「そうなんだよ。これが一番人気がある」
盛り上がる家族の中で、訝しげな顔をしている獣人がいる。
プリムラの護衛のニャレサだ。
「なんだ? かれーって?」
「香辛料料理だよ。無茶苦茶美味いぞ」「そうだにゃ」
「領主様、そんな高級なものを、私も食べていいのかい?」
「もちろん、いいぞ。プリムラが世話になっているんだからな」
プリムラがいるので、今日の予定を聞いてみる。
「プリムラ、今日はここにいるのか?」
「はい」
「それじゃ、スープを頼む」
「解りました」
「無理をしなくてもいいぞ?」
「そんなことはありません」
アイテムBOXからテーブルと道具を取り出して並べていく。
屋敷ができれば、こういう食事の用意も、メイドたちがやることになるのだろう。
そのメイドたちは、ちょっと離れた場所に、折りたたみのテーブルを並べている。
俺がシャングリ・ラで買ってあげたものだ。
「サンバクさんが来れば、食事の用意もお付きの料理人に任せることになるのか」
「え~? 私はケンイチの料理が食べたい」
アネモネは、そう言うのだが――人数が増えてくれば俺がなんでも用意するってわけにはいかなくなる。
彼女にしてみれば、俺と2人きりだったときが、一番よかったのに違いない。
まぁ、まだ子どもだし、もうちょっと大きくなれば、解ってくれると思うのだが……。
本人の前では言えないけどな。
「アネモネはパンを焼いてくれ」
「うん!」
皆で野菜の皮を剥き、俺はドラゴンの肉を焼く。
それらがプリムラがかき混ぜる巨大な鍋の中で渾然一体になる。
舞台が整ったら、最後に日本が作り出した偉大なる文明の結晶である、カレールーを投入する。
一面に漂うカレーの匂い。
メイドたちもカレーにした。
この世界では、スープはほとんど毎回作る定番料理。そこにカレールーを投入すれば、すぐにカレーになる。
簡単で明快、そして美味い。これがカレーの真理。
「うめー! こりゃ、なんだい?! これが香辛料料理だって?!」
カレーを食べた、シャム柄の獣人が声を上げた。
獣人たちは、ちょっと離れた場所で、テーブルを別にしている。
「はは、うめぇだろ? こんな食事を毎日してたら、ニャレサも旦那なしじゃ生きられなくなるぜ」
得意げな顔をしていたニャメナに、呆れ顔のミャレーの突っ込みが入る。
「これだから、トラ公はアホだにゃ」
「なんでだよ?!」
「獣人の女を増やしたら、ウチらの分前が減るだけだにゃ」
「うっ!」
長いテーブルにつくと、プリムラが皆にカレーを盛る。
初めて見る怪しい料理に、男爵夫妻は緊張していたのだが、元王族がパクパクと食べているのを見て――。
スプーンでカレーを掬うと、口へ運んだ。
「これは、なんと素晴らしい香辛料料理でしょう!」
「まったくだな。このような素晴らしい料理は食べたことがない」
男爵夫妻は俺の前に座ってカレーを食べて、絶賛している。
「このカレーは、いつ食べても美味い」
男爵夫妻の娘、カナンも一緒にカレーを食べているが、ジャージのままだ。
これだけは、親になんと言われても着替えるつもりはないらしい。
「これだけの素晴らしい料理は、城でもなかったのだぞ?」
「そのとおりじゃな」
元王族2人のカレー談義に、男爵夫妻も興味深そうに、耳を傾けている。
話を聞いていた俺の足下に黒いものが巻き付いた。
「にゃー」
「なんだお母さん。機嫌は直ったのか?」
ベルをなでてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしているので、ネコ缶をあげた。
「え!? 森猫様!?」
驚いた声を上げたのは、ニャレサだ。
その声を聞いたベルが、ニャレサの所へ向かう。森猫を目の前にした彼女が地面に膝をついて拝み始めた。
「そういえば、ミャレーとニャメナって、ベルを様付しないな?」
「ウチの部族では、してなかったにゃ」
「俺たちの部族でもだな」
「部族によって違うのか」
理由はそれだけではないらしい。
「それに――森猫に様付けなくてもいいって言われたから……」
「ウチも、ダリアの森で会ったときに、そう言われたにゃ」
「え~? そうなのか?」
獣人たちと森猫の間に、なぞのコミュニケーション手段があるらしい。
彼女たちに聞いても、なんとなく――みたいな感じで、はっきりとは解らないようだ。
俺の会話もかなり理解しているようだから、かなり知能は高いと思っていたが、それが裏付けされた恰好。
ちょっと、びっくり。
飯を食い終わったので、寝床の準備だ。
男爵夫妻はコンテナハウスに泊まるようだが、アキラはどうするか?
「アキラはどうする?」
「ケンイチ、あのコンテナハウスはもうないのか?」
「あるぞ」
獣人たちの家の近くに、アイテムBOXから鉄の箱を出す。
空中からコンテナハウスが落ちてきて、地響きを立てる。
中には、ベッドとチェスト、ランプと椅子……こんなもんかな。
アキラのアイテムBOXの中にも、ものは入っているからな。彼はそれを使うだろう。
「アキラ、こんなんでいいのか?」
「おお! 上等! 上等!」
皆での食事が終わると、辺りは暗闇の中。
男爵夫妻に風呂を勧めてみたのだが、さすがに野外で裸になるのは抵抗があるようだ。
そう考えると、俺たちが異常なのか?
そのまま夜になり、辺りは静寂に包まれる。
俺はリリスと一緒に、ツリーハウスにいた。
俺の前には、なぜか――よつん這いになり床に転がったマイレン。
彼女のメイド服のスカートを捲りあげられ、大きなお尻を剥き出しにして、左右に振っている。
「ああ~っ! ご主人様、お許しを~!」
「ちょっと、リリス。お許しを~って、許していいんだけど?」
「ならぬぞぇ? ケンイチ。しっかりと、お仕置きをしてやらねばならん」
「ええ? だって、お仕置きするようなこと、なにもないんだけど……?」
「なくても、するのじゃ! そうせぬと、本当のお仕置きをもらうために、こやつらは露骨に手を抜き始めるぞぇ?」
一応、マイレンにも確認してみる。
「ええ? 本当なの、マイレン?」
「そんなことは、ございません~!」
「こやつらは嘘つきじゃからの。妾を疑うのはよいが、明日から業務が滞り始めるぞぇ?」
「ええ~っ?!」
リリスが嘘を言っているようには見えない。その前に、こんな嘘をつく必要もないだろう。
仕方なく、リリスの言うとおり――オッサン丸出しで、マイレンにお仕置きをする。
「これか! これがええんか!?」
「ひぃぃぃ! ご主人様ぁ~お許しを~!」
なんとも理解不能な、貴族たちの趣味というか、習わしというか……。
せっかくの機会なので、リリスにもシャングリ・ラで買った、白いフリフリドレスを着せてみた。
以前に、カナンが着たのと同じコスプレ用だが、スカートが凄く短くて、股間が見えそうになっている。
「ちょっと待つがよい! なんじゃこの服は!?」
「おお、可愛い可愛い。やっぱり可愛いから、なんでも似合うなぁ」
「しかし、これでは見えてしまうではないか!」
股間ギリギリのフリフリフリルのスカートから出た白くて長い脚が、抜群の破壊力を誇る。
これで、さらに数年たてばボインボインになるのか――まったくもって素晴らしい。
思考がオッサンだが、オッサンなので仕方あるまい。
リリスが必死に股間を隠そうとしている。あまり恥ずかしがることがない彼女であるが――。
こういう恰好は恥ずかしいようだ。
「見えそうだから、可愛いんだよ」
「ううう……」
3人で、そんな遊びを一晩中して――次の日の朝。
男爵夫妻は朝食を摂ると、アストランティアへ帰っていった。
昨日お仕置きをした、マイレンはというと――いつもより一段と艷やかな顔をして、仕事をこなしている。
どうやら、こういうものらしい。