137話 サクラ
この異世界での俺たちの故郷を作るため、壮大な計画が始まった。
なお成功するかどうかは、まったくの不明。
まぁ、小さな村でもいいから、皆が平和に暮らせる所を作れればいいのだ。
まずは畑を広げて野菜を植え、湖畔にはサトウキビの苗を植えた。
この世界で砂糖は高級品だ。製糖事業は、この領の重要産業になるだろう。
作物はこれだけではない。キャロブやカカオなど、木の実の栽培にもチャレンジしてみることにした。
成功すれば、この領でチョコレートの製造も可能になり、大きな産業として期待できる。
うちにいる元王族にチョコレートを食わせたところ、その美味さの虜になったので、他の王侯貴族も間違いなく大金を積むはずだ。
村が大きくなり作付面積が増え、砂糖やチョコの値段も下がれば、ちょっと裕福な庶民にも手の届く値段になると思われる。
高級品を特権階級に売るよりは、大量生産して庶民に買わせるほうが儲かるのだが、はたしてそこまでできるのか?
それは、まだまだ先のことになるだろう。
手始めにアネモネと一緒に、街道までの直線道路を作り始めた。
彼女のゴーレムを使って、次々と大木をなぎ倒していく。
倒した大木は、俺の重機に装備した大剣で輪切りにして、アイテムBOXに入れて運ぶ。
手作業で行えば、数百人以上の人手が投入されて行われる公共事業。
初日と2日目は俺とアネモネだけで仕事が進んだが、3日目からはアストランティアから人手が投入された。
俺の重機や、アネモネのゴーレムで全てを進めてしまっては、公共事業にならない。
雇った人手で行えるところは、どんどん任せてしまう。
たとえば、倒した大木の枝払い作業やら、切り株が掘り出されてできた大穴の埋め立てなどだ。
俺とアネモネでどんどん先行して、現場の作業はマロウ商会から出張してきた現場監督に任せる。
人手が増えれば、必要なものも増える。
3日目には、俺が用意した大テントの中にマロウ商会の支店ができて、商品を供給し始めた。
その商品の運搬には、アキラが運転するトラックが使われている。
彼はアイテムBOXも所有しており、一気に大量の荷物を運べるのだ。
マロウ商会の王都支店の話も進んでおり、イベリスで落ちた橋の再建が完了すれば、計画が実行に移されるはずだ。
その際にも、アキラのトラックによる輸送が計画されている。
なにせ道路の状況がよければ、1日で王都まで運ぶことが可能だからな。
マロウ商会では、伝書鳩の実験も始めたようだ。
もちろん、この世界に鳩はいないので、スピードが速くて帰巣本能が強い鳥を色々と探して、実験を繰り返している。
俺がアイテムBOXから出した無線機を使えば手っ取り早いのだが――。
もし俺になにかあったときのために、アイテムBOXに頼らない、領地づくりを心がけなければならない。
俺のチート能力におんぶにだっこでは、俺が死んだりすれば、領が立ち行かなくなる。
そうなればせっかく集まってくれた領民が、路頭に迷ってしまう。それは避けなくてはならない。
領主になってしまったからには、民の生活を守る責任があるのだ。
俺とアネモネが作っている道は、3日で約300m進んで今日の作業は終了。
他の仕事もあるし、俺たちだけがどんどん進んでも、他の作業員達の仕事が間に合わない。
アネモネと一緒に森の中に出来た道を戻る。
道といっても、処理をしていない木が倒れており、根っこが剥き出しになった地面には大穴が開いている。
これを綺麗に整地していかなければ、道としては使えない。
道の途中では、アストランティアからやって来た作業員たちが、倒れた大木の枝を払ったり穴を埋める作業をしていた。
枝を払う鉈や斧、地面を埋めるためのシャベルは俺がシャングリ・ラから買ったものだ。
現場監督をしているマロウ商会の男に声をかける。
緑色のシャツに黒いズボン、黒いベストを着た、短い黒髪の男である。
マロウ商会の手代や従業員は、この恰好をしている者が多いような気がする。
制服というわけではないのだが……。
「引き続き作業を続けさせてくれ。無理はさせないようにな」
「承知いたしました、領主様」
「領主様ぁ~、領主様の、あの凄い鉄の魔獣を使ったほうが早いのでは?」
そんなことを言ってきたのは、シャム柄をした男の獣人だ。
ニャメナの知り合いにもシャム柄の女の獣人がいたが、こっちは本当にシャム猫みたいな顔をしている。
「そりゃ、そうだが。俺が全部やってしまったら、お前たちの仕事がなくなって、すぐに失業だぞ?」
「あ、そりゃそうか」
「領主様は、敢えて仕事をお前たちに割り当てて、メシ代を稼げるようしてくれているわけだ」
年末工事で道路を掘り返して、餅代を稼がせるようなもんだ。
現場監督の言葉に、皆も納得している。
「アストランティアの中じゃ、あまり仕事もないようだしな」
人が暮らしていれば、生活必需品は必要なので商人は儲かるが、肉体労働などで日銭を稼いでいる、獣人たちのような連中は苦しい。
王都のように人だけが集まっても、ろくな仕事もなく失業者で溢れてしまう。
道路工事は現場監督に任せて、俺たちは家に戻ると――辺りに人が増えており、かなり賑やかになっている。
会社も街も、賑わって活気があるイコール、成長しているってことだからな。
これから街が大きくなっていく予感がする。
俺がシャングリ・ラから購入した、組み立てキットの家は、すでに一棟の棟上げが完了していた。
塗装していない板の家が、ちょこんと建っていて、その周りに銀色のハシゴが並んでいる。
俺がシャングリ・ラで購入した脚立や2連ハシゴだ。
とても軽いので評判がいいのだが、アルミ製なので取扱に注意が必要。
アルミは、この世界で強力な魔法の触媒として作用するのだ。
そのことは、大工の親方にも話して、詳しく説明している。
一日の終わりに数をチェックして、俺のアイテムBOXに入れるか、倉庫にしまう。
大工たちの話では、最初は慣れない仕事で建築に手間どっていたが、手順が解れば1日に1軒のペースで完成させられると言う。
さすがプロだ。餅は餅屋に任せるべきだな。
その建築現場を見に行くと、ちょっとしたトラブルが起きていた。
俺がいないときに、集落の指揮を任せていたアマランサスと、作業員の獣人たちが、もめているらしい。
俺は、そこへ走ると、大工の親方に声をかけた。
「親方、どうした?」
「こりゃ、領主様。獣人たちが、ごねてまして」
「何が問題だ?」
「別に俺っちたちは、働きたくねぇとは言ってねえ。指図するのが、その女だってのが気に入らねぇ」
「彼女は俺の代行だぞ? 従ってもらわないと困るが……」
「しかし、その女は奴隷でやんしょ?」
まぁ確かに、そうなのだ。そこら辺がややこしくなるから、アマランサスに奴隷紋を外せと言っても、頑として譲らない。
俺は、ため息をついた。
「ふう……それじゃ、獣人のお前たちより、この女が強かったら文句はないんだろ?」
「ええ? そりゃ、そうですけどねぇ……」
獣人たちが、集まってきてニヤニヤしている。
そんな馬鹿なことがあるものかと思っているのだろう。
「それじゃ、ここで彼女と手合わせしてみろ」
「ええ? 本気ですかい?」
「もちろん本気だ。もし勝ったら、この女を好きにしていいぞ?」
「マジですかい?」
「ああ、こんないい女は滅多にいないだろ?」
俺の言葉を聞いて、獣人たちは俄然やる気を出したようだ。
まぁ獣人たちは丈夫だから、死ぬことはないだろう。アキラによると、頭蓋骨もかなり分厚くて、脳震盪にも耐性があるらしいからな。
「領主様、いいんですかい?」
「親方、大丈夫だ」
アマランサスに声をかける。
「ここで力の差を見せつけたほうが、後々も言うことを聞くだろう?」
「聖騎士様の仰るとおりに」
お城で、アマランサスとうちの獣人たちが手合わせした。
ミャレーとニャメナは、獣人たちの中でも実力上位だと思われるが、まったく歯が立たなかった。
それを鑑みても、アマランサスが、この男たちに後れをとることはないだろう。
「領主様、本当にいいんですかい?」
「ああ、二言はないぞ?」
「いつでも来やれ」
余裕しゃくしゃくのアマランサスに、男たちもキレたようだ。
男たちの中でも身体の一番大きい虎柄が、いきなり飛びかかると、アマランサスの両肩をつかもうとした。
普通なら一瞬で勝負が決まると、周りの奴らもそう思っただろう。
巨躯の獣人の男と、ひ弱そうな女が勝負になるはずがないと――。
男のグローブみたいな手が、アマランサスの肩に触れようとした瞬間、身体を躱した彼女は、そのまま毛皮を地面に叩きつけた。
凄い音とともに地面に衝突した男は、白目を剥いて、そのまま動かない。
「大丈夫か?」
いくら獣人が丈夫といっても、かなりの勢いで衝突したので、心配になってしまう。
突進したエネルギーをそのまま受け流して、獣人の体重も加味して地面に激突させたのだろう。
相手のパワーと体重を利用する――実に武術の達人らしい攻撃の仕方だ。
頭を打って倒れている場合、人間だと揺すったりしちゃまずいのだが、変ないびきをかくようなこともないので――。
ちょっと身体を揺すってみる。
「おい! 大丈夫か?!」
俺の言葉に反応したのか、獣人の男がガバっと起き上がった。
そこにアマランサスが、威圧をしながら近づいてくる。顔を引きつらせた男が、いきなりひっくり返って腹を出した。
無防備な腹を出すことで服従を誓う、降参のポーズである。
「ふむ……」
アマランサスは穿いていたサンダルを脱ぐと、素足で男の腹をふみふみし始めた。
ちょっと彼女の行動に焦ったが、力任せに踏みつけているわけではなく、足の裏で軽く踏む感じ。
家のネコの腹を足でなでる感じに似ている。
「聖騎士様のために、働くかぇ?」
「姉御、聖騎士様って、領主様のことですかい?」
「そのとおりじゃ」
「もちろんでさぁ」
男は起き上がると、その場にあぐらをかいた。
「俺っちは、領主様と姉御のために、尽くさせてもらいやす!」
「その他の者はどうじゃ?」
威圧するアマランサスに、皆が膝をついた。この中で一番強いらしい、この男が折れたってことは、その下も従うってことだ。
獣人たちは上下関係が、はっきりしているからな。これで彼女に逆らうやつはいなくなったってことになる。
まさに力で手下を従わせる王者の風格。
これで作業に戻ると思ったら、他の獣人たちもやってきて、アマランサスの前にひっくり返って腹を出した。
「ほほほ、そなたたちも踏んでほしいのかぇ?」
屈強な男たちが、アマランサスにお腹をふみふみされて、喜んでいる。
これが本当の女王様プレイ――いや、王妃だけど、実質女王だったからなぁ。
俺も獣人たちと付き合ってきたが、お腹を出されたことは、あまりなかったな。
俺と付き合っていた獣人たちは、対等の関係だったはず。
ミャレーとニャメナのお腹もなでてやったけど、服従のポーズって感じじゃなかったし。
この前のシャム子が、それっぽかったけど……。
その光景を見ながら、色々と考え込んでいたのだが、獣人の一人が、半ズボンの脇から大砲を勃たせた。
「おいおい、昼間からそんなの出すなよ」
「しかし、こんないい女に踏まれたんじゃ、うへへ」
男たちは、ニヤニヤしていたのだが、その大砲の根本にアマランサスの剣の切っ先が止まった。
「妾に服従するのなら、これを切り取ってもよいのじゃな?」
「ああ、アマランサスは、アイテムBOX持ちだからな。どこから剣が飛んでくるか解らんぞ?」
「「「……」」」
当然、男たちの大砲は一瞬で沈黙した。まったくかなわなかったどころか、手加減されていたと解ったのだろう。
そこにリリスがやってきた。
「ケンイチ~って、なんじゃこれは?!」
お腹を踏まれて喜ぶ、ずらりと並んだ男に、リリスが驚いている。
「獣人たちの男たちが、アマランサスに服従を誓っているんだよ」
「騎士が跪いて、剣を受けるようなものかぇ?」
「それに近いのかなぁ……リリス、なにか用かい?」
「それじゃ! アキラが来たぞぇ」
アキラが荷物をトラックで運んできたようなので、迎えにいく。
「オッス!」
「オッスオッス!」
「ケンイチ、なんじゃその挨拶は?」
「え? ああ、俺たちの故郷の挨拶だよ」
アキラは、ここにできたマロウ商会の支店に商品を運んできたようだ。
作業員も沢山入り始めたので、食料品や酒、生活必需品なども大量に消費するようになった。
メイド達も、マロウ商会から、色々と買っている。
最初はなにもなかったので俺が用意していたが、商品が揃うようになったら、普通の生活をしてもらわないと困る。
もちろん、マロウ商会にないものや、俺がマロウ商会に卸している商品は、俺が直接渡したほうが早い。
たとえば洗濯バサミ。俺がマロウ商会に卸して、それをアストランティアへ持っていって、またここに持ってきて――なんてことをやっていたら、時間の無駄だ。
「ケンイチ、この村にそろそろ名前をつけたほうがよくね?」
アキラの提案に、俺はハッとなった。そういえば、この土地に名前をつけないとな。
隣のアストランティアも、ユーパトリウム子爵領アストランティアだし。
ここもハマダ領、何々と名前をつけなくては。
「ああ、そうだな。マロウ商会の支店名も、ないと困るな」
「なんて名前にする?」
「東京とか、京都とか?」
「もうちょっと、異世界っぽい名前のほうが……」
アキラの言うことも、一理ある。
「帝国風に、オストハウプトシュタットとか、エーデルハウプトシュタットとか……」
「ケンイチ! そんな名前にしたら、妾は王都へ帰るぞぇ?」
なぜか、リリスが怒っている。
「そんなに、嫌か?」
「当たり前であろう!」
「え~?」
腕を組んでそっぽを向く、リリスのためになにか他の名前を考えなくてはならない。
それじゃ――。
「サクラはどうだ?」
「ほう! 中々よい響きではないかぇ? なんという意味なのじゃ?」
「花の名前だよ」
読み方はサ・クラにすると、この国風になるようだ。
「それではここは、ハマダ領サクラになるわけじゃな!」
「その通り!」
「それじゃ、領木として桜を植えたらどうだ? ケンイチの魔法で桜は出せないのか?」
ちょっとシャングリ・ラを検索してみた。ズラズラと検索結果の中に表示される、桜の苗木――売っているな。
桜は、接ぎ木や挿し木でいくらでも増やせるので、大量に購入しなくてもいいだろう。
この世界にもリンカーという、りんごに近い植物があるので、あれが台木として使えるかも。
リンカーの木に咲く花も、りんごの花によく似ている。
形は、りんごっぽいのだが、中身はりんごと桃と合わせたような感じ。
りんごも桃もバラ科だし、桜もバラ科だ。
それはいいとして桜といえば、ソメイヨシノなのだが――。
「なぁ、アキラ。ソメイヨシノは作れそうだが、ソメイヨシノって種の限界にきているとか、きてないとか――そんな話がなかったか?」
「そういえば、そんなニュースを見たような……」
「それに、この国って年中暖かいじゃん。桜が咲くかな?」
「う~ん……」
「沖縄って桜が咲いたっけ?」
「ソメイヨシノじゃないが、桜はあったぞ」
アキラは、沖縄の桜も見たことがあるようだ。濃いピンク色の桜らしい。
戦時中、南方にソメイヨシノを植えたが、花が咲かなかった――なんて話も聞いたことがあったような……。
二人で悩んでいたが、試しに苗を買ってみた。
種類は、河津桜、小彼岸桜、大島桜、一応ソメイヨシノも購入した。
獣人たちに手伝ってもらい、家の近くに植える。ここから徐々に増やしていけばいい。
その様子を、リリスとアネモネも見ている。
「旦那、この木にはどんな実がなるんだい?」「美味いのかにゃ?」
「花が咲くだけだけど……」
「え~?」「にゃ~?」
ミャレーとニャメナの落胆の仕方が凄い。そんなに落胆すること、ないじゃないか。
実もならないような木を、なんでわざわざ植えるのか? みたいな顔をしている。
あまりに残念そうな顔をするので、実がなる木の苗も買ってみた。
さくらんぼとアメリカンチェリーである。
山桜にも、さくらんぼがなるのだが、食えたもんじゃないからな。食べると、それなりに甘いのだが、苦味がすごいのだ。
シャングリ・ラから、さくらんぼの有名な品種である佐藤錦と、アメリカンチェリーの苗を購入した。
両方とも5000円弱である。意外と高い代物。
子供の頃から、さくらんぼを自宅で栽培したいという憧れはあった。
運動会などで母親が作ってくれた弁当に、さくらんぼの缶詰が入っていたので、特別な食べ物という印象が強い。
スーパーなどで買っても、結構高いしな。
さくらんぼを沢山食べてみたい――そんな願いが、こんな異世界で、かなうとは。
「ミャレーとニャメナ、こいつは実がなるから、頑張って植えてくれ」
「これは美味いにゃ?」
「美味いぞ」
植えている苗を、アキラが覗き込んでいる。
「ケンイチ、なんの苗だ? 葉っぱが桜だが、もしかしてさくらんぼか?」
「そうそう佐藤錦と、アメリカンチェリーだ」
「マジか! 実はないのか?」
「ちょっと待ってくれ……」
シャングリ・ラにさくらんぼは……売ってるな。
この人数だと――1kgぐらいは必要かな? え~と6000円か……さくらんぼって高いよなぁ。
「ポチッとな」
白い箱に入った、真っ赤な実が落ちてくる。
「おお~っ! これは美しい木の実じゃの!」
とりあえず、正室であるリリスに食わせる。
「タネがあるから気をつけてな」
「これは美味い! なんという上品な味わい」
「美味しい!」
アネモネに続いて食べた、獣人達も喜んでいる。
「こりゃうめぇ!」「この木の実がなるにゃ?」
「多分、いっぱいなるぞ」
「にゃあ! 食べ放題にゃ!」
「ケンイチ、アメリカンチェリーはないのか?」
「あれのほうが好きなのか?」
「デカくて、食いごたえがあるじゃん」
まぁ、確かに。アキラの言うとおりに、がっつりと食える感覚はある。
シャングリ・ラを探すと、アメリカンチェリーも売っていた。
こちらは1kgで3000円と、佐藤錦の半額だ。
「ポチッとな」
透明なパッケージに入った、黒っぽい実が沢山入っている。
「ほう! こちらは、また変わっておるの!」
「ちょっと、大味っぽいんだが、大きいから食いごたえがある」
獣人達が、アメリカンチェリーを次々と口に放り込む。
「これもうめぇよ!」「にゃー!」
「確かに、味に繊細さはないが、豪快に食えるのぉ」
「美味しい!」
リリスもアネモネも、アメリカンチェリーを美味しそうに頬張っており、アキラも久々の元世界の味に目を細めている。
「アメリカンチェリーなら、ジャムも作れるか」
「いいねぇ。ケンイチ、作ってくれよ」
「ジャムとは? なんじゃ?」
リリスがジャムを知りたがっているが、果実の砂糖漬は、お城ならありそうだけどな。
「木の実を砂糖で煮たものだよ」
「それ食べたい!」
「よしよし、作るか」
「ケンイチ! そのようなことは、まずは正室の妾に尋ねることであろう?」
「もう、そんなの気にするなよ。ほら、頭なでてやるからさ」
リリスの頭をなでてやる。
「ふわぁぁぁぁ……って、そうではない!」
「私もぉ!」
アネモネが俺に抱きついてきた。
「アネモネ! ケンイチの正室は妾じゃぞ!」
「べぇ~!」
アネモネとリリスが俺の周りをぐるぐると回り始めた。
「ほらほら、喧嘩しない」
二人の頭をなでる。
「「ふわぁぁぁぁ……」」
二人がおとなしくなったところで、ジャムを作ってみることにした。
シャングリ・ラで、追加のアメリカンチェリーを3kgほど買う。
皆でヘタとタネを取る。大量に作っても、アイテムBOXに入れておけば問題ない。
グラニュー糖と、酒のジンを入れてかき混ぜて、アネモネの魔法の出番。
「アネモネ、温めて沸騰させてくれ」
「うん! 温め!」
すぐにクツクツと、チェリーに火が通る。
「魔法って、電子レンジより高性能だからなぁ」
アキラが煮えるジャムを見てつぶやいた。
「そうなんだよ。アネモネが魔法を使えるようになってから、あまり電化製品を使わなくなってしまった」
獣人たちもジャムを見ていたのだが、ニャメナは他のものに興味があるようだ。
「あの……旦那。それって酒だよな。すごくいい匂いがするんだけど……」
ジンに入っている、ジュニパーベリーの香りを嗅ぎつけたようだ。
アイテムBOXから、カップを出してジンを注ぐ。
「まだ日は高いから、少しだけだぞ」
「へへへ……」
「ケンイチ、俺にも……」
アキラもジンを飲みたいようだ。呑兵衛はこれだから困る。
ジンを飲み始めたニャメナとアキラだったが、匂いを嗅ぎつけた呑兵衛がもう一人――。
「聖騎士様ぁ……とても、いい香りが……」
「アマランサス、お前もか。少しだけだぞ」
彼女はウワバミって話だから、気をつけないと。
呑兵衛たちが酒を飲んでいる間に、チェリーが煮えた。
アネモネの魔法で冷やしてもらって、レモンを絞る――といっても、レモン汁がシャングリ・ラで売っているので、そいつを買った。1000円だ。
「ケンイチ、それってレモン汁だよな。ジンに少し入れてくれ」
「はいよ~」
「旦那、俺にも」
「妾にも、たもれ」
ジンを飲んでいるニャメナが、膝を叩いた。
「かぁ~! 一体、旦那のアイテムBOXには、どんだけ上等な酒が入っているんだよ」
「確かに、このような酒は城でもない」
「そりゃ蒸留技術がないからなぁ」
「蒸留……錬金術師が使う、乾留とは違うのかぇ?」
「似たようなものだよ、アマランサス。酒の醸造はアキラが興味を示していたから、ここで始めるかもしれないぞ?」
「本当かい、アキラの旦那!」
「ああ、この世――ここにゃ、酒の種類が少ないからなぁ。エールだって、もうちょっとマシになるはずだ」
呑兵衛たちによる酒談義に花が咲いているが、俺は飲まない人だから、醸造にはまったく興味がない。
皆が酒で話し込んでいるうちに、アメリカンチェリーのジャムはできた。
スプーンで掬って、リリスに食わせる。
「う、甘くて美味い! なんという風味!」
「お城なら、果実の砂糖煮ぐらいはあったんじゃ……?」
「確かにあったが、こんな美味なものは……」
「私も~!」「妾もじゃ」
アネモネとアマランサスにもスプーンで食べさせる。
「これをパンに載せたりして食べるわけだ」
「楽しみじゃ~」
「うん、たのしみ」
お城から、サンバクさんがやって来れば、ジャムぐらいは余裕で作れるだろう。
彼に任せてしまえばいい。
さくらんぼの木に、アネモネが魔法をかけていると、自転車がやって来た。
プリムラである。