126話 皆が来たいらしい
俺は貴族になった。まだ正式には決まっていないのだが、これは確定的。
今、お城で事務の方々が手続きの真っ最中だ。
無論、通信手段など存在しない世界なので、周知には時間がかかる。
俺の存在を知らしめるためにも、帰る途中にある街道沿いの貴族領には挨拶をしていったほうがいいと思われる。
帰った後も、隣領になる貴族領には挨拶が必要だろう。
俺が最初に暮らしていたダリアの街があるアスクレピオス伯爵領や、一緒に討伐で戦ったノースポール男爵がいる領などだ。
引っ越してきたあとの、ご近所回りみたいなものだと思えば仕方ない。当然、贈り物も必要になるだろうな。
そこら辺の選定は、プリムラやアマランサスの意見を聞けばいいと思うが――個人的にはプラチナがいいんじゃないかと思っている。
王族と交渉の末、お城の書庫にある蔵書を、複製する許可をもらった。
俺とアネモネ、助っ人であるメイドさんの一人と協力して、1000冊ほどあった蔵書のすべてをスキャンしてデータ化。
このまま電子書籍リーダーでも読めるし、プリントアウトして製本すれば、本にもできるわけだ。
スキャンしたデータを整理していると、お城の料理人であるサンバクさんが現れた。
白い料理服を着て、一口料理を食べただけで使った素材が解ってしまうという、リアル美味○んぼのような人である。
やって来た彼が、リリスとアマランサスの前に平伏する。
「長年お世話になったお二方に、なにも報えず――このサンバク、慚愧に堪えません」
「なにを申す。いつも妾と母上に、美味なる料理を振る舞ってくれたではないか」
「それが私の務めでございますから」
「妾のわがままにも、そなたは必ず応えてくれたしのぅ……」
「いいえ、ぬるま湯に浸かり凡俗になりがちな料理を、姫殿下の言葉が奮い立たせてくださいました」
「リリス共々、世話になったの、サンバク」
アマランサスが、彼に声をかけた。
「勿体無いお言葉」
「のぅサンバク――妾と母上は、すでに王族籍を捨てた故、もはや畏まる必要などないのだぞ?」
「なにをおっしゃいますか。このサンバク――身分などに関係なく、お二方に敬意を払わせていただいておりまする」
彼の話はこれで終わりかと思ったが、さらに続きがあった。
「もし、お許しがあれば、お二方に同行したいのでございますが……」
「それはならぬ。城の料理番を捨てるつもりか?」
「恐れ多くも、後継は育ててありますので心配御無用でございますし――ケンイチ様の料理や菓子に触れ、この身がいかに浅学だったと思い知りました」
王女がちらりと俺を見る。
「あ~サンバクさん。新しい領ができると、お聞きしたと思いますが、本当に辺境でなにもない状態なのですよ。当然、屋敷もありません。あなたほどの料理人が来てくださるのは嬉しいのですが、屋敷の建設が終わってからにしていただけると――どうでしょうか?」
「……この身を受け入れてくださるとおっしゃるのであれば、承知いたしました」
「ふむ……」
リリスは、「やれやれ」といった表情をしている。
以前、サンバクさんにチョコを食べてもらったのだが、複製はできたのだろうか?
そのことを尋ねてみる。
「いいえ、今のところは原料の当てすらついておらず……」
「そこにいる、帝国から亡命してきた大魔導師の情報によれば、エルフの栄養食にチョコの原料に近いものがあるということでした」
「真でございますか?!」
「ええ」
「なれば――やはり私は、ついていくしか道はございません」
彼の決意は固いようだ。見たこともない料理に対する、料理人の好奇心が抑えられないのだろう。
サンバクさんの件が終わると――今度は、お城の魔導師――カールドンさんがやって来た。
彼は、代々魔道具の研究に秀でている一族だ。
「申し訳ございません! 研究のために部屋にこもっておりまして、お二方がお城を出ると、先程伺いました!」
「よいよい、そなたには、妾のくだらぬ遊びに付き合ってもらった礼を言わねばな。そなたに幾千万の感謝を」
「勿体無いお言葉! こちらこそ、私の役に立たない研究に多大な援助をしていただき、感謝の念に堪えません」
いや彼の研究は、素晴らしいものだ。彼の祖父の魔道具もそうだったが、先進過ぎてだれも理解できないだけなのだ。
「カールドンさん。あなたの研究は素晴らしいですよ。ただ、常人には理解できないので、認められないだけだと思いますけど……」
「ありがとうございます! ……あの、ちょっと小耳に挟んだのですが、お城の書庫にあった蔵書の複製を作ったとか?」
「まぁ、確かに作りました」
「一体どのようにして?」
まさかPCの説明をするわけにもいくまい。説明しようがないしな。
俺はしばし考えると、シャングリ・ラを検索して、あるものを買った。
「ケンイチ、なんだそれ? カメラか?」
アキラが、テーブルの上に載った、木でできた機材を眺めている。
「ピンホールカメラだよ」
「ああ、科学の実験でやったりする」
ピンホールから入った光が結像する、一番原始的なカメラだ。
買ったのは単なるピンホールではなく、小さなレンズがついている、オロシア製のピンホールカメラ。
デジタルカメラではなくて、木製で大判のフイルムを入れるタイプで――値段は2万円。
形だけ見ると、大昔のカメラのようだが、今現在も販売されているものだ。
レトロな写真が撮れると、人気だったりする。
日本製のインスタントカメラも密かな愛好者がいたりするしな。
そして俺がこいつに使うのはフィルムではなくて、光に感光するジアゾ感光紙。
設計図などに使う、いわゆる青写真というやつだ。
暗い所で、適当な大きさに感光紙を切って、カメラの中へ入れる。
明るいテーブルの上にカメラを置き、シャッターを開いてしばし待つ。
ピント合わせなどはないので、遠景しか撮れない――F値は固定だが、多分F10ぐらいだと思われる。
構図は、お城の一角と裏庭がL字に入るようにしてみた。
「ケンイチ、それでどうなるのじゃ?」
「ちょっと時間がかかりますので、数十分ほどお待ちを」
「ほう、なにが起こるか楽しみじゃの」
開始から20分ほど後、カメラの中から感光紙を取り出して、日陰でアネモネに魔法を使ってもらう。
「アネモネ、紙を魔法で温めてくれ。お湯より熱い温度で5つ数えるぐらいで」
「解った、温め!」
魔法で温められた紙に、青い景色が浮かび上がる。
「おおっ! 紙に景色が! 魔法かぇ!?」
「いや、これは魔法じゃなくて、光に反応する薬品を使った錬金術だよ」
「……むむ!」
カールドンさんが、紙を手に取るとじっと見つめている。
「そりゃ、ブルーフィルムってやつか?」
「おいおい、アキラ。ブルーフィルムはエロフィルムだろ? それを言うなら、ブループリント」
別の言葉でいうなら、日光写真か。
「あっ! ははは、ワリィワリィ――もう根が下品だからよ。咳まで下品なんだよ。ゲヒンゲヒン! なんちて」
アキラが、頭をかいて大笑いしている。
「けど、ブルーフィルムなんて単語、久々に聞いたぞ」
「俺はブルーフィルム見たことがあるぜ。すげぇBBAがセーラー服着てるやつとか」
「ブルーフィルムをコレクションしている人もいるらしいからな」
「そうそう、マジでそのコレクターがいたんだよ。確かに、あれはあれで貴重だぞ。昭和の文化財ってやつよ」
どうも、オッサン二人だと、すぐにオッサン話になっていかんな。
「話は逸れましたが――カールドンさん。そのような機械で、本を複写したのですよ」
「……キ、キターー!」
突然、カールドンさんが叫んだ。
「な、なにが来たのじゃ?」
驚いたリリスが、椅子から飛び上がった。
「これは、一体どのような仕組みなのでしょうか?」
「え~と、光に反応して色が変わる、薬品を紙に塗ってあるのです」
「光に――それは理解できますが、景色が写るのはどういった原理なのでしょう?」
「う~ん」
俺は少々悩んで、シャングリ・ラから、科学用の教材で売っている組み立て式のピンホールカメラを購入した。
ボール紙製でペラペラだが、原理は一緒だ――1000円である。
ピンホールカメラなので、先端にはピンホールが開いており、終端にはトレーシングペーパーが貼ってある。
それを組み立てて、テーブルの上に置くと皆に見せ、さらに図を描いて説明をする。
「このように、先端の穴から入った光が、終端に結像します」
「おおっ! 箱の中に景色が逆さまに映っておる!」
「これは、面妖な……」
リリスは箱を覗き込み興味津々、アマランサスは疑り、訝しげな表情をしている。
二人の性格の差がよくでている光景だ。
「これは魔法ではありませんよ。これと同じものをつくれば、同じ現象を起こすことができます」
「なるほど! この終端に、光で色が変わる紙を置けば、映った景色を写し取ることができると……」
「ご明察」
「……す、素晴らしいぃぃ! ハマダ伯様、お願いがございます」
カールドンさんが、地面に膝をつき平伏した。
「な、なんでしょうか? まだ正式に授爵したわけではないですから。ケンイチでいいですよ?」
「ケンイチ様! このような未知の知識と見識、到底私の及ぶところではございませぬ。望みが叶うのであれば、あなた様の弟子となり、錬金と魔導を極めたい所存でございます」
「いや~あの?」
「何卒!」
「よ~ケンイチ、男にもモテモテだな」
アキラの茶々が入る。
「それは構わないのですが――」
先に料理長のサンバクさんにも話したとおり、現地にはなにもないことを、彼にも伝える。
「確かに、私の研究資料等も持っていかねばなりませんし、場所がないとなると……」
「そうなのですよ。私はアイテムBOXがあるので、平気なのですがね」
「はぁ……」
カールドンさんは凄いがっかりしたようだが、諦めてはいない。
「それでは、屋敷ができて街ができる頃には、小生も馳せ参じますので、よろしくお願いいたします」
彼は深々と頭を下げて、自分の部屋に戻った。
確かに彼の魔道具の技術があれば、この世界に革命が起こせるかも知れない。
それはそれで、この世界にどんな技術が広がるのだろうか、楽しみで仕方ない。
「ケンイチ、結構な大所帯になりそうなんだが」
アキラの言うとおりだし、本拠地に屋敷ができれば人がより集まってくることも考えられる。
人が集まれば、それを当てに商売する人も集まってきて、雪だるま式に増える。
人口が増えれば、人々の雇用を満たすための産業も必要になるだろう。
プリムラがサンタンカの村で行っていた、スモークサーモンなどもいいだろうな。
「大所帯になったり、領の経営となると、経理が大変そうだなぁ……」
「それは、私とマロウ商会にお任せください」
プリムラが名乗りを上げた。
「勿論、任せるよ。俺は基本どんぶり勘定だからな」
会計簿や、小遣い帳などつけたことがない男だ。
「魔法は私に任せて! ケンイチのお手伝いするから!」
「おう、アネモネも頼むぞ!」
アネモネの頭をナデナデするが、これは世辞などではなく――本当にそのぐらいの実力を伴う大魔導師に、彼女はなりつつある。
「俺たちの向かう場所って土地はあるのか?」
アキラは目的地の広さが気になるようだ。
「森で未開だけど、湖の辺りに土地はたっぷりとあるぞ」
「湖ってどのぐらいの大きさなんだ?」
「正確には測ってないけど、日本でいうと――ちょっと丸い琵琶湖ぐらいの大きさがあると思う」
「そんなにデカいのか?」
「対岸側とか行ったことがないしな。マジで前人未到だよ」
「そりゃ――そんな広い土地を治めるとなると、辺境伯なんてことになるはずだわ」
それだけじゃなくて、さらに高地もあるしな。その話をしても、アキラはピンとこないらしい。
「高地ってどんな感じなんだ?」
「元世界に、テーブル状になっているギアナ高地ってあったろ? 高さは低いけど、あんな感じだな」
「じゃあ、ちょっと高い平地がずっと続いているって感じか?」
「そうだな」
俺とアキラが話していると、獣人たちも不安を述べている。
「クロ助どうするよ? 旦那が獣人に優しい貴族なんて話が広まったら、国中からわんさか獣人が集まってくるぜ?」
「仲間が増えるのはいいことだにゃ。それにケンイチなら、香辛料の売買に制限つけたりしないしにゃ」
「そうじゃねぇよ。女がわんさか集まってくるって言ってんだよ」
「うにゃ! うにゃにゃにゃ……」
ミャレーが尻尾をブンブン振っている。イライラしている証拠だ。
「そんなことになったら、ケンイチにブラシをかけてもらう時間が減るにゃ!」
「それだけじゃねぇ、旦那は実力主義者だ。俺たちより、強い女がやってきたら……」
「ふぎゃー!」
「おい待て待て、そう簡単にお前達を見捨てるわけないだろ。一緒に苦難を乗り越えてきた家族じゃないか」
「でも旦那、強力な戦力になると解れば……」
「まぁ、確かにそれは欲しい。街ができるとなれば、警備だって必要だしな」
「ふぎゃー!」
実力者が欲しいといっても、あくまでも戦力としてだ。
「そりゃ能力があれば雇うけど、愛人としてじゃないからな」
「旦那がそうでも、向こうから迫ってくるかもしれないじゃないか」
「そんな先の、あるかどうかも解らないことで、右往左往するのは止めろっての」
「ふにゅー」
ミャレーの尻尾が垂れ下がり、完全にテンションが落ちている状態だ。
ニャメナはいつもミャレーにからかわれているので、意趣返しをしているのだろう。
「ケンイチ、騎士団を作ったりするのか?」
「いや、傭兵を雇ったりはするかもしれないが、騎士団はなぁ――既得権益になりそうだし」
「まぁな。騎士団というよりは、コネの公務員の団体みたいになりがちだし、ははは」
アキラの言葉から、帝国の騎士団もあまり質は高くないようだ。
最初は理想に溢れて結成される騎士団だが、2代3代と続くうちに既得権益化して、タダの名前だけの集団に成り下がるのだろう。
リリスとアマランサスも苦笑いしていて、思い当たる節があるようだ。
まだ揉めている獣人たちに、リリスが苦言を呈した。
「そんなに立場を取られたくないのであれば、そなたたちが強くなればよかろう」
「うっ! そりゃ、お姫様の言うとおりだけどさぁ」「うにゃー」
「そりゃ、ちょっと面白いかもな。アマランサス、ちょっと稽古をつけてやってくれ」
「心得た」
「え!?」
ニャメナがたじろぐのだが、アマランサスに確認を取る。
「剣じゃ勝負にならないだろうから、素手でどうだ?」
「ふむ、よかろう。娘たちよ、二人同時でもいいぞぇ?」
「畜生! こんなに舐められて、黙っていられるかってんだ! いくぞ、クロ助!」
「え~、ウチは気分が乗らないにゃー」
ミャレーは乗り気ではないようだが。打算の結果なのか、それとも最初から実力差を認めているので、無駄なことをしたくないのか。
獣人は実力差による上下関係がハッキリしている。
血気溢れるニャメナはミャレーを説得して、二人同時に戦うことに決めたようだ。
「いっくぞ~」
「にゃ!」
素手で対峙した、アマランサスと獣人二人だが――。
アマランサスは、駆け引きもなく、無防備にスタスタと間合いを詰めていく。
「なっ! くそっ!」
動いたかと思った瞬間、ニャメナが脇腹を押さえて倒れこんだ。
「うぐ……」
「シャーッ!」
慌てて飛び上がり、後ろ回し蹴りを繰り出したミャレーであったが、難なく脚を捕まえられて、地面へ叩きつけられた。
「ふぎゃ!!」
「はいはい、終了ね!」
試合を止めて、ニャメナの傍に駆け寄ると、俺の回復を使う。
「アネモネ、ミャレーのほうを見てやってくれ」
「うん」
アネモネが近付こうとすると、ミャレーが立ち上がり、俺に抱きついてきた。
「なんでウチには、やってくれないにゃー! ウチもケンイチのほうがいいにゃ!」
「大丈夫そうじゃねぇか」
「痛いにゃー!」
「ミャレー、ちょっとまて! 下が、コンクリや岩場だと即死しそうな攻撃だったが……元気だな」
それについてアキラが戦場で経験した所見を述べる。
「獣人の頭蓋を見たことがあるが、かなり分厚いぞ。1cmぐらいあって、脳震盪にもかなりの耐性がある」
「なるほどな」
「あいつつ! いてぇ!」
「肋骨にヒビでも入ったかな?」
ちょっと強めに回復の力を送る。
「はわっ! ふぁぁ! ……ふぎゃー!」
気持ちよさそうにしてたニャメナが、飛び上がった。ミャレーが彼女の尻尾を引っ張ったのだ。
「もう、ウチもやってにゃ! 頭が痛いにゃ!」
「クロ助、てめぇ!」
「こら、喧嘩するな」
ミャレーの頭を撫でながら、回復のパワーを送る。
「にゃにゃ~、にゃぁぁぁぁ――ふぎゃー!」
俺に頭を撫でられて、気持ちよさそうにしていたミャレーが飛び上がった。
仕返しに、ニャメナがミャレーの尻尾を引っ張ったのだ。
「にゃにするにゃ! いいところだったのに」
「ふん!」
「お前ら余裕あるな」
彼女たちとアマランサスとの間に実力差があるとは思っていたが、これほどとは思わなかった。
これが達人の技か。
その後、リリスとアマランサスの荷物もまとめ終わったようで、荷物を積んだパレットを俺のアイテムBOXへ収納する。
その中には、彼女たちの財産も含まれている。
各々金貨で約1万5千枚――日本円で30億円。
二人の合計で60億円の大金であるが、これが彼女たちの全財産ではない。
現金化できなかった不動産などはそのままなのだ。まったく、ある所にはあるもんだ――と感心するしかない。
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――何事もなく、まったりと過ごし、2日後。
お城の謁見の間に、貴族や大臣、役人たちを集めて、俺の授爵と拝領式が行われた。
奥の正面には玉座に座る国王陛下と、円卓会議の王族の女性。
――名前、なんて言ったっけ? ……忘れた。
この謁見の間って何回目だっけ? ――え~と、3回目か……やっとまともな謁見のような気がする。
今回、謁見の間に入ったのは俺とリリスだけだ。
正式な授爵ということで、いつもはラフな恰好の俺も、それっぽい服を用意。
シャングリ・ラで買った、コスプレ用の白い法衣を着用している。
正中線に金糸で刺繍がはいっており、見た目もちょっと立派に見える。
肩から、青い生地に刺繍が入った肩帯もぶら下げてみた――2つ合わせて値段は1万円である。
端から見れば、貴族というよりは、どこぞの司祭のような恰好だ。
こんなコスプレだが、リリスとアマランサスに見せても問題ないらしいので、この恰好に決まった。
謁見の間の両側にずらりと並ぶ王都の貴族や、騎士団たちだが――有力な貴族たちは、イベリスへ向かう街道で落ちた橋の普請へ出向いているので、不在らしい。
並ぶ面々であるが、ここで大暴れした平民が、いつの間にか授爵して拝領までするってんだから、苦々しく思っている連中も多いことだろう。
俺から言わせてもらえば、「知るかそんなこと」である。
大体、俺は被害者だ。もっと大騒ぎになって、この国が傾いてもおかしくなかったっていうのに、俺の寛大さに皆は、ひれ伏してほしいわ。
「あの男が授爵だと?」
「確かに魔導師としての実力はあるが、平民ではないか」
「しかも、辺境伯だというではないか」
「あの者が国の危機を救ったのは、事実として認めなくてはならないだろう」
「しかし――」
色とりどりの華やかな衣装をきた貴族たちがざわついている。
「なぜ、アルストロメリア様が玉座にいらっしゃるのだ」
「王妃様が辱めを受けて、下野されたというのは、真なのか?」
貴族たちの間でも、侃々諤々である。
「静まれ~い!」
玉座から立ったアルストロメリアの一声で、謁見の間が静まり返った。
国王は、今回のことでよほど心労が溜まったのであろう――暗い顔で生気のないまま玉座の上に置物になっている。
本当にお飾りである。
「ハマダ伯が授爵し拝領することは、すでに決定事項である。これに異を唱える者は、王家への不忠とみなす!」
王族にそう言われれば、貴族たちや騎士団も、もはや黙るしかない。
そのまま式は粛々と進み、俺は貴族となった。
少なくとも、王都周辺の貴族には、新しい貴族と領ができたのを周知できたように思える。
本当に色々とあったが、後は俺たちの家があった場所に帰るだけだ。
王族のお遊びに呼び出されたようなものなのに、なんでこんな大騒ぎになる。
どうしてこうなった?
湖の辺りに、ほんのちょっと住んだだけの場所を思えば、故郷に帰るような郷愁が湧き上がる。
やはり、あそこが俺たちの故郷に相応しい場所ってことになるのだろう。