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124話 アマランサスの涙


 俺と同じように日本からやって来たアキラという男と、その家族たち。

 彼らと一緒に、お城で滞在中だが、アキラが引き連れている女性陣は、お城の来賓室で悠々自適の滞在をしている。

 豪華な風呂も入り放題、身体も洗ってマッサージまでしてくれるという。まさに、至れり尽くせり。

 そしてプリムラは、王族相手に商談の最中。

 俺のシャングリ・ラから出てくる、この世界ではお宝の真珠とシャンプーやリンスを取引材料として、一体どのぐらい稼ぐのか見当もつかない。

 商機は逃さない――さすが商売の達人である。


 王家とトラブルはあったのだが、完全に取引は成立して危機は去った。

 俺は王女と王妃を連れて王都を出る。皆で暮らしていた湖の湖畔に戻り、新しい領――ハマダ領を作る。

 俺は、そこを治めるハマダ辺境伯となるわけだ。

 お城での手続きやらがあるので、追加で1週間ほど滞在が延びることになった。

 確かに拝領したのだが、あそこにはご存知のとおりなにもない。今後、新領がいったいどうなるのかは一切不明――すべてが未定だ。

 限りなく未知数なのだが――なにも成果が出なくて、領や爵位を取り上げられたとしても、俺はなにも困らない。

 元の生活に戻るだけなのだ。


 リリスとアマランサスも、お城を出るための準備を始めたのだが、お城で俺が手伝えることはない。

 すべて彼女たちにまかせて、俺は皆の所へ戻ることにした。


「おーい戻ったぞ」

「おう、ケンイチ! 大丈夫だったか?」

 椅子に座っているアキラが手をあげる。


「旦那どうだった?」「にゃ?」

 ミャレーとニャメナが駆け寄ってきた。


「う~ん、なにから話したほうがいいか――とりあえず、あと1週間ほどここに滞在することになった」

「俺は構わないけどな。センセたちも、そのままお城の部屋を使わせてもらえるんだろ?」

 アキラが椅子を後ろに倒して、ゆらゆらとバランスを取っている。


「多分、大丈夫だ」

「俺も構わないけど――」「ウチもにゃ」

「それから――スマン。王女と王妃が俺たちに同行することになった」

「「「……」」」

「お前たちに相談しなかったのは悪いと思っているんだが……」

「な~んだ、やっぱりそうにゃ」「俺も、そうなると思ってたよ」

 獣人たちが呆れているのだが、皆は俺の行動を予測済みだったようだ。


「むー!」

「アネモネ、そんなに嫌そうな顔をするなよ。引き換えに、お城の書庫の本を全部複製してもいいって許可をもらったから」

「え? 本当?!」

「ああ、1週間あるんで、あの本を全部、板の中に入れようぜ」

「わーい!」

 あの書庫には、まだ面白そうな本がたくさんあった。全部スキャンしてコピってしまおう。


「けどよぉ、敵まで懐柔して連れていくなんて旦那らしいぜ」「そうだにゃー」

「まぁ敵対したままなら絶対に連れていかないが、本人も反省しているようだし。なんでも言うこと聞くって言ってるしな」

「おいおい――王妃を連れていくとか、国王とか、そっちのほうは大丈夫なのか?」

「アキラ、大丈夫だ。王族たちは匙を投げて、全部オレに丸投げしたんだ」

 彼に、円卓会議の面々と話したことを説明する。勿論、機密に関しては伏せる。


「それじゃ、お城のやんごとなき方々にとっては、王妃は目の上のたんこぶだったのか」

「そんな感じだったな。今回の奇行を理由にして、ここぞとばかりにパージにかかったようだった」

「そう言われると、ちょっと王妃が可哀想なような……」

「だろ? それに、彼女に子供ができないから、王族の連中はかなり焦っていた」

 子供ができないんじゃなくて、完全に拒否していたのだから当然だ。

 アキラに、王妃が側室の選定にも口出しして、うるさかったことを伝える。


「ああ、うるさい王妃を追い出し、側室を大量に入れてガキを量産しようってはらか」

「神輿になる世継ぎの男子も、政略結婚に使う駒の女子も多いほうがいいからな」

 事実上の表の政治を治めていた王妃と、裏を牛耳っていた円卓会議。思い通りに動かない王妃が邪魔になったのも、想像に難くない。


「やれやれ――まぁ、俺は構わんぜ。これで、しばらくはのんびりできるんだろ?」

「まぁ多分な」

 これだけではない、まだ伝えることがある。


「それからな――俺は貴族になるから」

「ええ~っ!! 旦那、やっぱり貴族になるのかい?」「ふにゃー!」

「ケンイチ、爵位はなんになるんだ? 男爵辺りか?」

 アキラは俺の爵位が気になるようだ。

 

「いや、ハマダ辺境伯だ」

「辺境伯ぅ? そりゃまた、でかく出たな」

「なにしろ、拝領した領地がバカでかいからな、ははは」

 俺の広大な無人の拝領地について彼に説明をした。アキラは呆れているようだったが。


「旦那、辺境伯ってのは、どのぐらいの偉さなんだ?」「あまり聞いたことがないにゃー」

「伯爵と侯爵の間ぐらいだよ」

「え~っ! いきなり、そんな偉い人になるのかい?」「ふぎゃー! すごいにゃ!」

 アキラは俺の家名に興味を示す。


「それじゃ、ハマダってのが、ケンイチの名字か」

「まぁ、そうなんだが――アキラだって家名ぐらいは認められると思うぞ? なんなら俺が許可してもいい。多分、それだけの権限があると思うし」

「いや、イラネーよ。名前だけで困ってねぇし」

「そうだよなぁ、俺も全然困らなかったし」

 ついでに、アキラの名字も聞く――『カザミ』というらしい。珍しい名字だけど、芸能人でいたような……。

 アキラと話していたのだが、話を聞いていた獣人たちの様子が変だ。


「どうした二人とも?」

「旦那――貴族様になっちまうってことは、俺たちとのことも」「にゃ……」

「大丈夫だって心配するな! こんな美人で可愛い働き者の獣人たちをクビにするわけないだろ?」

「本当かい?」

 彼女たちを呼んで抱き寄せる。


「大体、毎日なでて、毎日ブラシかけてやって、こんなにピカピカの毛皮にしてやったんだぞ? いまさら捨てるはずないだろう」

 彼女たちの毛皮はツヤツヤに光り、ビロードのように輝いて波打つ。

 他の獣人たちがいれば、彼女たちの毛皮の美しさに視線が釘付けになるのだ。


「それはそうだけどよぉ」「にゃー」

「それにだ! 前人未到の領地を測量して地図を作らなくちゃならない。そのためには戦力がいる。お前たちが絶対に必要だ」

「それなら、がってん任せろってんだ!」「ウチもやるにゃ!」

 黙って話を聞いてたアネモネも叫んだ。


「私もー! ケンイチと一緒に冒険するぅ!!」

「にゃー」

 いつの間にか、足元にベルもやってきて、黒い毛皮をスリスリしている。


「よしよし、お母さんもな」

「なるほどなぁ――それで辺境伯なぁ……」

 アキラとひそひそ話をする。


「そうなんだよ。勿論、王妃を引き取るのも辺境伯の条件に入ってるんだけどな」

「ははぁ――ケンイチも大変だな。俺なら、その条件でも断るが」

「まぁ、乗りかかった船だし、聖騎士とやらにもなってしまったしな」


 その後、王族に売るための商品を取りに来たプリムラにも事情を話す。


「……はぁ。予想はしておりましたけど」

 プリムラが大きなため息をついた。思いっきり呆れた顔をしている。


「ごめんよ、プリムラ。後でお義父さんにも説明をするからさ」

「いいえ、父は喜ぶと思いますよ。貴族の身内になれる機会なんて、普通は訪れないのですから。まして辺境伯ですか?」

「そうなんだよ」

「親子ともども、身に余る光栄ですわ、ハマダ伯様」

「そういう嫌味は止めてくれよ、プリムラ」

 彼女を抱き寄せて、ナデナデする。


「……こうなると思っていましたから。あなたを独り占めしたくても――私の想像のはるか彼方に行ってしまうのですね、はぁ……」

「悪いと思っているよ」

「いいえ全部、私の身から出た錆です。いやらしい根性を出して、ちょっと商売を大きくしようと、子爵様にケンイチの存在を教えてしまったばかりに……はぁ……」

 また、ため息をついたプリムラに商品を渡すと、それをアキラが見ていた。


「なるほど、真珠か~」

「そう、この世界じゃ簡単には手に入らないからな」

「まぁな、養殖技術なんて存在してないだろうし」

 大きな真珠も養殖なら簡単に作れる。中に入れる核の樹脂を大きくすれば良いのだ。

 大きい方がいいだろうと、そういうものを売って中身を見られたら、詐欺だと言われるかも知れない。

 それに真珠の層が薄いと、あの独特の美しさが現れない。美しさを出すためには真珠層の厚さが決め手になるのだ。


「真珠の値付けは君に任せるよ。高くても王侯貴族が払える金額じゃないとな」

「王族の方々は、真珠を使って貴族たちの求心力を増す切り札として使いたいようです」

 アキラが俺から借りた真珠を上に掲げている。


「王族の仲間になれば、お宝の真珠が手に入りますよ~ってわけか」

「アキラなら、お友達価格で売ってもいいぞ? どうだレイランさんに」

「確かに喜ぶだろうけど……この前、プラチナを買ってやったばっかりだし……」

「あのケンイチ――プラチナというのは?」

「これだよ。ここでいう、白金だ」

 俺は、シャングリ・ラから1/10オンスのプラチナのコインを買った――5万円だ。


「まぁ! こ、これが伝説に聞く、白金ですか?」

 さすが敏腕親子商人らしくプラチナのことも知っているようだ。


「そうらしい、魔力を注ぐと光るらしいが、俺でもできるのかな?」

 アキラによれば、祝福の力にもアルミが触媒として使えるということだし、魔力と似たような感じじゃないのか?

 ちょっとコインに、ナチュラル回復ヒールを流してみると――コインが薄っすらと光りだした。


「まぁ! なんということでしょう! 素晴らしいですわ! ケンイチ、これも売ってもよろしいですか?」

「はぁ? まったく、本当になんでも売っちゃうんだからなぁ。まぁ、いいよ」

 ちょっと判断が難しい案件なのだが、プリムラの機嫌が直ったようなので、よしとしよう。

 彼女は夫に新しい女ができるより、デカい商売の方が重要――いや、俺がとんでもないことばかりしでかすので、諦めたというべきか。

 それに俺が貴族になれば、マロウ商会にもたらされる恩恵は絶大。妻としての女の感情を横に置けば、商人としてこれ以上の好機はない。

 まさに千載一遇といえるだろう。


 彼女にプラチナの1オンスコインや、ペンダント型になった1/5オンスのコインを渡す。

 それを持つと、プリムラは喜び勇んでお城へ戻っていった。

 真珠とプラチナで、一体どれだけの売上になるのだろうか? 想像もつかない。


「ケンイチ、人数が多いと大変だな。はは、頑張れよ。なお後ろから刺されても、俺は助けないので、そのつもりで」

「肝に銘じておくよ」


 時間は過ぎて、そのまま夕方になり、食事の準備。家族はインスタントカレーを――。

 俺とアキラは、またホルモン焼きを食うことにした。

 なにせドラゴンの腸が大量にあるのだ。このホルモンを大量に食うという案件についても、俺たちには絶大なアドバンテージがある――それは祝福だ。

 いくら食っても、プリン体を大量摂取しても俺たちは痛風にならない、異世界万歳!


「アキラ、今日はワイバーンの腸を食ってみようぜ」

「おう! ワイバーンの肉はどうだったんだ?」

「肉はレッサーより美味かったぞ?」

「マジか?! それじゃ、期待できるじゃねぇか!」

 オッサンが二人、喜び勇んでホルモン焼きの準備をしていると――そこに、リリスとアマランサスが現れた。

 騎士団などの護衛も連れていない。もう王族の価値はないから、どうでもいいということなのだろうか?

 騎士団の姿は見えないが、メイドさんたちの姿はチラチラ見えるような気がする。


「ケンイチ食事じゃ」

「リリス、お城にいる間は、ここの料理を食べたほうがいいんじゃないのか? あの料理長さんが嘆くぞ?」

「もう、お城の人間ではなくなる故、外界の料理に慣らしていかぬとな」

 アマランサスもそう言うのだが、ホルモンは初心者にはちょっとつらいのではなかろうか。


「けどな、アマランサス、俺たちが食うのはこいつだぞ?」

 俺は、洗っていた巨大な白くぶよぶよな管を持ち上げた。


「なんじゃそれは!? 虫かぇ!?」

「違うって、ワイバーンの腸だよ」

「ほう! 今日はワイバーンの腸を食うのかぇ? レッサードラゴンの腸は大変美味であったの」

「……リリス、そなたそのようなものを……」

「母上、この世のものとは思えぬほどの美味じゃぞ?」

「……」

 アマランサスは、脂汗を流しながら、じっと俺の手にある腸の塊を見つめている。


「はは、無理をすることはないぞ。こんな下賤な料理を食べる必要はない。そちらで、カレーという香辛料料理を食べているから、それにすりゃいい」

「いや、聖騎士様の奴隷として、泥水を飲めと言われれば飲み、泥をめと言われれば食わねばならぬ!」

「あ、そうだ。その奴隷契約を止めろよ。もうそんなの必要ないから」

「いやじゃ! ぎゃぁぁぁ!」

 俺の命令に逆らったアマランサスが地面を転がり始めた。


「ああもう! 命令取り消しだ! 取り消し!」

「はぁはぁ……」

 アマランサスが地面によつん這いになって肩で息をしている。


「なにやってんだか――泥だらけじゃないか。これは服がいるな……」

 シャングリ・ラで婦人用の服を検索する。俺はハッキリ言って、ファッションなどは疎い。

 疎いとかいう問題以前に、この世界とは合わせ目が逆なので、少々種類が限られるのだ。

 その中から、袖の短い白いブラウスと、腰の部分にリボンがついた紺色のワイドパンツというものを購入。

 ガウチョパンツとも書かれているが、正式名称は不明。

 一見ロングスカートに見えるが、股が割れていてズボンなのだ。

 活動的なアマランサスにはピッタリだろう。サイズは、どれがいいだろうなぁ――彼女は背が高い。

 俺と同じぐらいの背丈なので、175cm前後のはず――女性ならLサイズだろうか?

 とりあえず購入してみる。


「ポチッとな」

 落ちてきた服を、アマランサスに渡す。


「これは……」

「着替えだ。着替えるのは、あそこの家。大きさが合わなかったら言ってくれ」

 彼女が服を持って家に駆け込むと、リリスがじ~っと俺を見ている。


「なんだ?」

「妾にはないのかぇ?」

「その白いドレスが似合っていると思うけど……」

「もう、こんな上等なドレスは着れぬのであろう?」

「まぁ、そう言われればそうだな……」

 俺に服を選ばせないでくれよ。ファッションセンスがないのは自覚しているのだから。

 シャングリ・ラの画面がリリスに見えれば、彼女に選んでもらうのがいいのだが。

 あんまり元世界のファッション的な奇天烈なものを選ぶわけにもいかないしな。

 この世界は脚を出すのは厳禁だが、魔導師がスリットから脚を出すのは認められている。

 なんだか納得いかないが、そういう慣習なので致し方ない。

 

 リリスには、襟がフレア状になった白いブラウスと、暗い紺色のロングワンピースの組み合わせにした。

 ワンピースの腰の部分にはちょっと斜めに大きなリボンがつけられている。


「ほい! こんなのでいいか? こういうのが欲しいって注文があるなら、なるべく近いのを用意するぞ?」

「これでよい! 早速、妾も着てくるのじゃ!」

「はいよ~」

 服を抱えてリリスも家に走っていった。

 ふと見れば、アネモネがじ~っとこちらを見つめている。あとでご機嫌を取らなくては……。


 とりあえず目の前の腸を切る。前と同じように、フグ引包丁を使って薄く切ると、皿に並べていく。


「ケンイチ、もう1本包丁はねぇのか? 俺も手伝うぜ。早く食いてぇし」

「それじゃ手伝ってくれ」

 シャングリ・ラから同じフグ引包丁を買って、彼に渡す。

 アキラも中々料理が上手く、包丁さばきが達者だ。

 腸を切っていると、アマランサスとリリスが戻ってきた。


 二人とも、美人でスタイルもいいから、なんでも似合う。

 アマランサスは、ちょっともじもじして、子供のような表情をする。


「ほう、まるでモデルだな……」

 二人を見たアキラが顎に手をやり、つぶやく。


「レイランさんにも色々と着せたらどうだ?」

「ははは、着せてるよ。センセは恥ずかしがって外では着ないけどな」

 アキラはレイランさんと二人で、コスプレごっこを楽しんでいるようだ。


「どうじゃ?」

 リリスが、両手を腰に当てて、ふんぞり返る。


「似合うな。可愛いからなんでも似合う」

「ぬふふ……」

 得意げな表情のリリスだが――ちょっと子供っぽかったか。もうちょっと大人の恰好でも良かったようにも思える。


 それに引き換えアマランサスは、見たこともない服にちょっと困惑しているように見える。


「これは――スカートかと思ったら、ズボンなのだな」

「そうだ。動きやすいし、活動的なアマランサスには、ピッタリだろ?」

「ふむ……」

 彼女がいきなり鋭いハイキックを繰り出すと、そのまま1本脚で静止した。

 まるで地面に杭を打ち込んだように、ピクリとも動かない。


「こういうことをしても、股間が見えないということじゃな?」

「そのとおりだが――すごいな」

「ケンイチ――謁見の間でお前を攻撃した瞬間、彼女の動きが見えなかったんだが、マジで武術の達人なんだな」

 アキラが俺の耳元でささやく。


「そうなんだよ。アイテムBOXも持ってるし、こんな恐ろしい女を敵に回すよりは、味方のほうがいいだろ?」

「そりゃ、そうだな」


 そんな話をしながら料理をしている俺たちを、王女が覗き込んでいる。


「そなたたち、男なのに料理が上手いのぅ」

「王女殿下、料理人や料理長も皆男でしょう?」

「それは、そうだの。じゃがアキラよ。妾のことはリリスと呼ぶがよいぞ」

「妾もアマランサスか、アマラで構わん」

 アキラが包丁を手にもったまま、両手を広げて呆れている。

 本人たちが、そう言っているのだから、それでいいのだろう。

 腸を切り終わり皿に並べたので、コンロを用意して焼く。前に使った焼き肉用の鉄板が、また活躍だ。

 アイテムBOXから小皿を取り出して、ホルモン焼きのタレを出す。


「これは魔導コンロかぇ?」

 アマランサスが、ガスコンロの青い火を覗き込んでいる。


「まぁな。ほら焼くぞ」

 鉄板の上に肉を乗せると、もうもうと白い煙が出る。


「すごい煙じゃ! だが食欲をそそる、本能に訴える匂いじゃ」

「ほらよ焼き上がったぞ」

「うう……」

 目の前の皿に盛られた肉の塊を見て、アマランサスが固まっているのだが、引っ越しの準備をして腹は減っているし、いい匂いなのだろう。

 食いたいのに食えない。先に食べ始めたリリスのほうを、ちら見している。


「これは……美味い! 美味いぞ!!」

 ホルモン焼きをフォークで刺して口に入れた王女が叫んだ。


「おっ! これは、レッサーより美味いぞ。なんというか鼻に抜ける風味がいいし、旨味も詰まっている感じがするな」

 アキラもホルモンを食べて叫んだ。

 

「マジか? どれどれ? むぐむぐ……こりゃ確かに!」

「たはー! こりゃ、飲まずにいられん!」

 アキラは自分のアイテムBOXから、ビールを取り出して飲み始めた。

 それを見ていたアマランサスであったが、我慢できなくなったのであろう。

 リリスと同じようにフォークで肉を突き刺し、ついに口に入れた――。


「う――う、美味い! これは美味い! なんという美味さだ! お城に閉じこもり、こんな美味いものを知らずにいたとは……ああ、涎が止まらぬ!」

「口に合ったようで、なにより」

 肉の味に喜んでいたアマランサスだったが、アキラのビールをじっと見つめている。


「飲むのか? エールみたいな飲み物だけどな」

「エールもビールじゃなかったか?」

 アキラがビール缶をテーブルに置くと、こちらを向いた。


「普通のビールは、なんていうんだっけ?」

「――ラガーじゃね?」

「ああ、ラガービールな。なにが違うんだっけ?」

「上で発酵か、下で発酵か――そんな話じゃなかったか?」

「そういえば酒の漫画で読んだような……」

 彼女にシャングリ・ラから買ったビールをジョッキに注いでやると、口につけた。


「んぐんぐ……ぷはっ! このエールも実に美味い! この肉と絶望的に合う!」

 実に豪快な飲みっぷり。あまりに男前過ぎる。国王と王妃が逆だったらよかったのに。


「ケンイチ、母は底なしじゃからの」

「え? そうなのか、それじゃその1杯だけな」

「うぐぐ……殺生な……」

「アマランサスの働き次第だな」

「にゃー!」

 ベルもやってきたので、大きく切って焼いたものをやる。

 前脚でそれを押さえると、引きちぎって美味しそうに食べている。

 ベルの様子を見ていたら、アキラが俺の後ろを箸で指した。


「もう我慢できないにゃ~」「旦那、俺たちにも食わせてくれぇ……」

「うおっ! だからお前ら、気配を消して近づくなよ」

 獣人たち用の魔導コンロをアイテムBOXから出し、鉄板も用意した。

 あとは皿と、ホルモン焼きのタレだな。


「ほら、肉は勝手に切って食え。アネモネも食べるか?」

「うん」

「ひゃっほーい!」「うにゃー!」

 カレーを食べて、まだ食べるのであろうか? 彼女たちは肉を食べて大騒ぎをしている。


「ああっ! 美味い! 美味すぎて死ぬぅ!」「はにゃー!」

 大げさな奴らだ。ニャメナにビールをやる。


「ぷは~っ! エールうめ~っ!」

 エールじゃないけどな。


「けどお前たち、こんなの毎日食べてたら、絶対に病気になるから、ほどほどにな。俺たちは祝福があるから平気らしいが……」

「ああ、大丈夫だよ、旦那。これは身体に悪い美味さだって解る」

「にゃー! ケンイチがいつも言ってるにゃ、美味いものは身体に悪いって」

「美味しい!」

 アネモネも美味しそうに、ホルモンを食べているのだが、食べ過ぎじゃないのか?


 皆で食いまくって、腹はいっぱいになったが、なにもかも油でギトギトになってしまった。

 皆で一箇所に集まると、アネモネに魔法で洗浄してもらう。


洗浄クリーン!」

 キラキラとした青い光で、一発で綺麗になる。

 これは、シャングリ・ラで買うものでも真似ができない。異世界の勝利だ。


「そうだ、リリスとアマランサス。夜はどうするんだ? こっちに泊まるなら、俺の家を使ってもいいが……」

 そう言うか言わないうちに、アマランサスが俺に抱きついてきた。


「聖騎士様ぁ~、妾にお情けをたもれ……」

「ええ~っ? お城を離れてからにしなさいよ」

「よ~色男! 敵の本拠地で寝取りは、流石ですねぇ」

 両掌を口に立てた、アキラの茶々が入る。


「そうだ、お前はまだ人妻だろ?」

「いいえ――すでに王族から追い出されたので、もはや平民――いや、聖騎士様の奴隷である」

「おい、仕事はぇーな! どんだけ嫌われてるんだ」

「よほど妾のことが邪魔だったのであろ? ふん!」

 彼女の言うとおりだな。

 もはや王族ではなくなったが、準備に1週間の猶予をもらったらしい。

 その間に荷物をまとめろってことなのだろう。


「であるからぁ、聖騎士様のたぎるもので、妾の中をかき回してほしいのじゃぁ」

「子供がいるところで、そういうことを言うんじゃない」

 俺が引き離そうとしても、アマランサスは離れない。なにせパワーが桁違いだ。この細い身体のどこにこんなパワーがあるのだろうか?


「離れろ」って言うと、拒否してまた転げ回るんだろうなぁ……面倒なやつだ。

 すべてを捨ててしまった彼女――失うものが、なにもないやつは最強である。

 アネモネとリリスに睨まれながら、城壁の隅に小さなテントを出す。

 アキラが茶化しているが無視して、二人でその中に滑り込んだ。


 狭い暗闇の中、彼女の肌を見たいので、アイテムBOXからLEDライトを出す。


「魔法の光かぇ?」

「まぁ、そんなもんだ」

 青い光に映し出されてる、アマランサスの裸体。

 彼女は恥ずかしそうにしているが――贅肉もない引き締まった身体で、腹筋も綺麗に割れている。

 まるで石膏デッサン用のトルソのよう。

 こんな王族がいるのか? 王侯貴族ってのは、運動もしないでふにゃふにゃのイメージなのだが――俺のイメージとはまったくかけ離れている。


 俺の思考とは裏腹に、アマランサスが抱きついてくると、泣きぼくろの上に涙をこぼしている。


「やっと、聖騎士様と一つに――」

 このなにもかも捨てた女は、俺みたいなオッサンに、どれだけ恋焦がれていたのであろうか?


 なんとも複雑な思いである。

 

 

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